"El metodo" マルセロ・ピニェイロ ― 2013年12月19日 13:45
“El método”(”The Method”)
★セルバンテス文化センター「土曜映画会・上映とトーク」(5月31日)に参加したときのメモをベースに構成したものです(英語字幕で上映)。本作出演のナタリア・ベルベケ来日を機に纏めてみましたが、来日トークでは脇役というせいか本作への言及はありませんでした。
監督・脚本:マルセロ・ピニェイロ
脚本:マテオ・ヒル、マルセロ・ピニェイロ
(ジョルディ・ガルセランの戯曲“El método Gronholm”を脚色)
製作国:アルゼンチン、スペイン、イタリア
プロダクション:ヘラルド・エレーロ、フランシスコ・ラモス
撮影:アルフレッド・マジョ
編集:イバン・アレド
美術:ベロニカ・トレド
キャスト:エドゥアルド・ノリエガ(カルロス)、ナイワ・ニムリ(ニエベス)、エドゥアルド・フェルナンデス(フェルナンド)、パブロ・エチャリ(リカルド)、エルネスト・アルテリオ(エンリケ)、カルメロ・ゴメス(フリオ)、アドリアナ・オソレス(アナ)、ナタリア・ベルベケ(モンチェ)
データ:言語(スペイン語・フランス語)ドラマ 115分 2005年 撮影地マドリッド
受賞歴:2006年、ゴヤ賞(脚色賞マテオ・ヒル、マルセロ・ピニェイロ、男優助演賞カルメロ・ゴメス)、カタルーニャ映画観客賞(男優賞エドゥアルド・フェルナンデス)、スペイン映画脚本家サークル賞(脚色賞マテオ・ヒル、マルセロ・ピニェイロ、男優助演賞カルメロ・ゴメス)、スペイン俳優組合賞(女優賞アドリアナ・オソレス、男優賞パブロ・エチャリ)、その他ノミネート多数。
プロット:国際通貨基金(IMF)&世界銀行サミット開催当日の朝、マドリードの路上は反グローバリゼーションのデモ隊の波で騒然としていた。一方、多国籍企業デキア社では中間管理職採用試験の最終面接が行われようとしていた。あと一息まで辿りついた候補者は7人、インテレクチュアルだが腹をすかせたネクタイ着用の狼たちの闘いが始まろうとしている。「グロンホルム・メソッド」というフェアープレーでないゲームとは何か、厳しい生き残りをかけて地上35階フロアーで繰り広げられるライバル蹴落とし劇の幕が開く。(文責:管理人)
「グロンホルム・メソッド」とは何か
A:2005年の作品ですからネタバレを気にしなくてもいいね。かなり心がザワザワするアンフェアーな心理ゲーム劇です。
B:マドリードでサミットは開催されていませんから、導入部のドキュメンタリー手法を取り入れた日刊紙“ABC”のアップやテレビニュース報道、街角の貼り紙「FMI(西)」反対のビラはつくりもの、編集が大変だったのではないか。
A:イバン・アレドが受賞は逃しましたが、2006年ゴヤ賞や映画脚本家サークル賞のベスト編集賞(Mejor Montaje)にノミネートされていますね。
B:メソッドが始まってからは殆ど密室劇になりますが、なるほどこれは戯曲の映画化だなと感じます。
A:密室劇の金字塔といえばシドニー・ルメットの『十二人の怒れる男』、これも最初は舞台劇、それをテレビドラマにしたのを映画化した。こちらは原作者がどれにも関わったので大きな違いはない。しかし本作はかなり内容が違うらしいです。演劇の初演は2003年カタルーニャ国立劇場、タイトルは「グロンホルム・メソッド」です。登場人物も女性1人男性3人の4人、結末も異なり、原作者ガルセランは不満だったようです。
B:小説の映画化も同じですが、不満でない原作者というのは珍しいです。
A:マルセロ・ピニェエロ監督は先にガルセランの同名戯曲“Kamchatka”(2002)をかなり自由に翻案して映画化しており、それの影響があるかもしれない。“Kamchatka”は原作が戯曲だったとはとても想像できません。本作はガルセランが「作品のアイデアは現代の寓話として生れた」と語っているように寓話性がより高く、原作はもしかしたらシリアス・コメディなのかもしれません。
B:いずれにせよ演劇と映画は同じになりえないのだから、OKを出したら白が黒でない限り不満でも仕方がないのでは。それでナタリア・ベルベケは秘書役だから7人には含まれない。
A:見せかけはコケティッシュだが実はしたたかな曲者なんですね。それが映画の進行とともにだんだん分かってくる。彼女はハッとするような美人じゃないけど何本か見ているうちに味のある女優であることが分かってくるタイプです。
B:ゴヤ賞を筆頭に受賞やノミネート歴でも分かるように、アルゼンチンやスペインでは話題になったようですね。
A:こういう密室劇は派手な動きがないだけに演技者が決め手になります。主役はノリエガのようですが、それぞれが持ち味を生かして人物像をくっきりさせている。ゴヤ賞男優助演賞はカルメロ・ゴメスですが他の映画賞ではエドゥアルド・フェルナンデスやパブロ・エチャリが選ばれています。
B:さて「グロンホルム・メソッド」とは何か。リーダーとしての適性や能力を評価する「アセスメントセンター・メソッド」が背景にあるようですね。
A:1930年後半にハーヴァード大学臨床心理学者のヘンリー・マレーが作成したメソッド、昇進昇格時の審査に用いられ、今後必要とされる能力の有無を予測的に評価するメソッド。リーダーとしての適性や可能性をシミュレートする。60年代にはIBM、スタンダード石油、GMなどが採用、1973年に第1回アセスメントセンター・メソッド国際会議が開催されるまでになった。
B:60年代には12個所だったのが現在では世界1000個所以上の機関が採用しているという。それをパロディ化したのが「グロンホルム・メソッド」というわけですね。この7人の中にデキア社のtopo*が潜りこんでいる。つまりスパイですね。そのスパイを炙りだせという課題が科される。
A:まずスパイ以外は疑心暗鬼になる。グロンホルムは汚いゲームのメタファーでしょうね。現代のマキャベリズム、皮肉を込めた新自由主義でもあるかも。各人厳しい社会での生き残りをかけて、目前のライバルを退けようと戦っている。しかしそれぞれ個人と戦っているように見えて、実は現実と虚構、真実と嘘というモンスターと戦っているようです。
(*topo
=英語字幕 mole、モグラ、盲人の意味だが、映画ではスパイ)
ストレス・テストに耐えられる勝利者は誰?
B:パブロ・エチャリが演じたリカルドであることは半ば以降だいたい観客にも分かってくる。すると導入部分のリラックスしていたリカルドの朝のシーンが生きてくる。それに対してゴメスの緊張ぶりが際立っていました。
A:誠実な良心の持主から消えていく。カルメロ・ゴメス→アドリアナ・オソレス→エルネスト・アウテリオと退場していく。3人は生き残ったライバルたちのリズムに追いつけない。何故なら残留者はリミットを弁えないからです。最初から生き残り3人組は分かるようになっています。
B:エドゥアルド・ノリエガ(カルロス役)はケンブリッジ大学卒業後、コロンビア大学のマスター号を取得したエリート、2003年ナイワ・ニムリ扮するニエベスとチュニス会議で知り合い、しかも深い仲だったという設定。18か月ぶりの再会というわけです。
A:二人は英語は勿論のことフランス語も堪能、秘かに勝利者は自分だと確信しています。後半フランス語も披露しますが、ここら辺はコメディタッチです。演劇にもあるシーンなら場内は笑い声に包まれたことでしょうね。映画のほうも後半はかなり笑えますね。
B:エドゥアルド・フェルナンデス(フェルナンド役)は、マッチョ・イベリコ、イベリア半島のマッチョであるが、pajero*オナニー男で、カルロスに剥きだしの敵意を燃やす。
A:ちょっと損な役回りでしたが、カメレオン役者の名に恥じず上手いですね。ナイワ・ニムリは可愛い顔して残酷ぶりを発揮する役柄には打ってつけ、彼女のキイワードは鏡、ここでは複雑な役柄を豊かに演じていました。
B:特に最後のシーンは、一瞬の迷いが命取りになることを見せつけられる。最後の勝利者も達成感よりむしろ苦汁を味わったような印象でした。
A:元恋人でも安易に人を信じてはいけません(笑)。最後のゴミで埋まったマドリードの街路に消えていく疲れ果てた後ろ姿が寒々としていた。観客も疲れましたね。
(*藁売り人の意味だが、ラプラタ地域ではオナニーをする男、またアルゼンチンでは意気地なしの意味もある。)
B:どんな状況のもとに置かれても、倫理とか道徳とか恥とかを捨てなければならない社会に暮らすのは経済的に豊かでも楽しくない。デキア社のオフィスはビルの35階、あまりに高層なので下界の喧騒とは縁がない。
A:ウエはグローバリゼーション、シタはアンチ・グローバリーゼーションという対比というか断絶が面白い。このあとに起こったリーマンショックを経験した私たちにとって考えさせられる映画です。ピニェイロ監督の次回作“Las
viudas de los jueves”(2009)は、2001年12月に起きたアルゼンチンの金融危機、国家破産をテーマにしたものですが、政治的社会的なテーマが多い粘り強い監督です。『木曜日の未亡人』という邦題で2010年にDVDが発売されています。
B:常にアルゼンチンの現実にコミットしており、先述の“Kamchatka”は70年代から80年代にかけての軍事独裁時代を糾弾している映画で、題名の「カムチャツカ」はユートピアのメタファーでした。
A:『木曜日の未亡人』は、アルゼンチン中堅俳優総出演という感じの映画でちょっと総花的、エチャリやアウテリオも参加している。字幕入りで見ることができる長編第3作“Cenizas
del paraiso”(1997“Ashes fromParadise”)が『ボディバック 死体袋』という分かりにくい邦題で2000年にVHSが発売されました。
B:一番話題になったのは当時イケメン男優として人気絶頂だったノリエガとレオナルド・スバラグリアがコンビを組んだ“Plata quemada”(2000“Burnt Money”)ですね。スバラグリアは、『木曜日の未亡人』にも出ていた。
A:東京国際レズ&ゲイ映画祭2001で『逃走のレクイエム』として上映、第1回ラテンビート2004では『炎のレクイエム』と改題されました(まだラテンビートの呼称ではありませんでしたが)。実話をもとに書かれた小説の映画化、先に小説を読んでいた人は物足りなかったようです。事実は小説よりも奇なりが実感できる。最新作“Ismael”(2013)には、マリオ・カサス、ベレン・ルエダ、セルジ・ロペス、フアン・ディエゴ・ボットなど人気の若手からベテランまでのスペイン勢が名を連ねています。間もなくスペインで公開、情報が待たれます。
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