引退していなかったモンチョ・アルメンダリス*新作を準備中2016年04月02日 16:09

         『心の秘密』からかれこれ20年になる!

 

★引退の噂もちらほら届いていましたが、新作のニュースが飛び込んできました。No tengas miedoを最後に沈黙していた監督、まだ全体像は見えてきませんが、とにかく引退説はデマでした。デビュー作『タシオ』から数えて長編映画は30年間に8作と寡作ですが、『心の秘密』などの映画祭上映により結構知名度はあるほうじゃないかと思います。当時8歳だったハビ役のアンドニ・エルブルも立派な大人になっているはずです。彼の印象深い眼差しが成功の一つだったことは疑いなく、子供ながらゴヤ賞1998では新人男優賞を受賞しました。しかしその後アルメンダリスのSilencio roto、短編やTVにちょっと出演しただけで俳優の道は選ばなかったようです。

 

   

       (左から、アンドニ・エルブル、親友のイニゴ・ガルセス 『心の秘密』から)

 

モンチョ・アルメンダリスは、19491月、ナバラ県のペラルタ生れ、監督、脚本家、製作者。6歳のときパンプローナに転居、パンプローナとバルセロナで電子工学を学び、パンプローナ理工科研究所で教鞭をとるかたわら短編映画製作に熱中する。バスク独立活動家の殺害に抗議して逮捕、収監されたがフランコの死去に伴う恩赦で出所する。1974年短編デビュー作Danza de lo graciosoが、1979年ビルバオのドキュメンタリーと短編映画コンクールで受賞、文化省の「特別賞」も受賞した。1981年ドキュメンタリーIkuska 11などを撮る。検閲から解放され戸惑っていたスペイン映画界も民主主義移行期を経てやっと新しい時代に入っていった。

 

1998年、『心の秘密』の成功により、1980年から始まった映画国民賞を受賞、2011年ヒホン映画祭の栄誉賞に当たるナチョ・マルティネス賞2015年にはナバラに貢献した人に与えられるフランシスコ・デ・ハビエル賞を受賞したばかりである。2009年に始まった賞でナバラの守護聖人サン・フランシスコ・デ・ハビエルからとられ、受賞者の職業は問わない。

 

1984年、長編映画デビュー作『タシオ』は、ナバラの最後の炭焼き職人と言われるアナスタシオ・オチョアの物語、年齢の異なる3人の俳優が演じた。プロデューサーにエリアス・ケレヘタ、撮影監督にホセ・ルイス・アルカイネを迎える幸運に恵まれた。この大物プロデューサーの目に止まったことが幸いした。引き続き1986年にケレヘタと脚本を共同執筆した27時間』がサンセバスチャン映画祭1986銀貝監督賞に輝き、製作者ケレヘタはゴヤ賞1987で作品賞にノミネートされた。アントニオ・バンデラスやマリベル・ベルドゥが出演している。撮影監督に“Ikuska 11”でタッグを組んだ、北スペインの光と影を撮らせたら彼の右に出る者がないと言われたハビエル・アギレサロベが参加した。自然光を尊重する彼の撮影技法は大成功を収めた『心の秘密』や「オババ」に繋がっていく。

 

         

        (炭焼きをするタシオ・オチョア、『タシオ』のシーンから)

 

ケレヘタは同じテーマでカルロス・サウラの『急げ、急げ』(1980)を製作するなどドラッグに溺れる若者の生態に興味をもっていた。翌年のベルリン映画祭「金熊賞」受賞作ですが、その後主人公に起用した若者たちが撮影中もドラッグに溺れていた事実が発覚、サウラもケレヘタも社会のバッシングに晒され、それが二人の訣別の理由の一つとされた。1980年を前後して社会のアウトサイダーをメインにした犯罪映画「シネ・キンキ」(cine quinqui)というジャンルが形成されるなど、数多くの監督が同じテーマに挑戦した時代でした。

 

     

          (最近のモンチョ・アルメンダリス、マドリードにて)

 

40代から白髪のほうが多かった監督、髪型も変えない主義らしく、その飾らない風貌は小さな相手を威圧しない。ゆっくり観察しながら育てていくのアルメンダリス流、そうして完成させたのが『心の秘密』1997)でした。脇陣はカルメロ・ゴメス、チャロ・ロペス、シルビア・ムントなど〈北〉を知るベテランが固めた。なかでチャロ・ロペスは本作でゴヤ助演女優賞を受賞したが、カルメロ・ゴメスもイマノル・ウリベの『時間切れの愛』(1994)で主演男優賞、シルビア・ムントはフアンマ・バホ・ウジョアの長編デビュー作“Alas de mariposa”(「蝶の羽」)で主演女優賞を既に受賞していた。現在はそれぞれ舞台や監督業などにシフトしている。以下は、短編及びドキュメンタリーを除いた長編映画リスト。

 

長編フィルモグラフィー

11984Tasio”(邦題『タシオ』)監督・脚本

1985フォトグラマス・デ・プラタ賞受賞、シカゴ映画祭1984上映作品

19859月に「スタジオ200」で開催された「映像講座 スペイン新作映画」上映作品

 

2198627 horas”(邦題27時間』)監督・共同脚本(エリアス・ケレヘタ)

サンセバスチャン映画祭1986監督銀貝賞受賞作品

1989年に東京で開催された「第2回スペイン映画祭」上映作品

美しい港町サンセバスチャン、ホン(マルチェロ・ルビオ)とマイテ(マリベル・ベルドゥ)は恋人同士、同じ学校に通っているが二人ともヘロイン中毒で殆ど出席していない。漁師の父親の手伝いをしているパチ(ホン・サン・セバスティアン)には二人が理解できないが友達だ。ある日三人はイカ釣りに出かけるが船酔いでマイテが意識を失くしてしまう。マイテが死ぬまでの若者たちの27時間が描かれる。他にヤクの売人にアントニオ・バンデラスが扮している。

 

     

        (イカ釣りに出掛けたマイテ、ホン、パチ、『27時間』から)

 

31990Las cartas de Alou”(「アロウの手紙」)監督・脚本

サンセバスチャン映画祭1990作品賞(金貝賞)・OCIC受賞。ゴヤ賞1991オリジナル脚本賞受賞、監督賞ノミネーション。シネマ・ライターズ・サークル賞1992作品賞受賞

スペインに違法に移民してきた若いセネガル人アロウが、異なった文化や差別について故郷の両親に書き送った手紙。80年代から90年代にかけて顔を持たない無名のアフリカ人が豊かさを求めてスペインに押し寄せた。この不法移民問題は社会的な大きなテーマだった。

 

41994Historias del Kronen”(「クロネン物語」)監督・脚色

カンヌ映画祭1995コンペティション正式出品。ゴヤ賞1996脚色賞受賞(共同)、シネマ・ライターズ・サークル賞1996脚色賞受賞(共同)

*ホセ・アンヘル・マニャスの同名小説の映画化。何不自由なく気ままに暮らす大学生のセックスやドラッグに溺れる生態を赤裸々に描いた。クロネンは溜まり場のバルの名前。主役のカルロスにフアン・ディエゴ・ボット(ゴヤ賞新人男優賞ノミネーション)、その姉にカジェタナ・ギジェン・クエルボ、バル「クロネン」で知り合った友人にジョルディ・モリャ、チョイ役だったがエドゥアルド・ノリエガが本作で長編映画デビューを果たした。

 

           

              (“Historias del Kronen”から)

 

51997Secretos del corazón”(邦題『心の秘密』

1997年ベルリン映画祭ヨーロッパ最優秀映画賞「嘆きの天使」賞受賞ほか、アカデミー賞外国語映画賞スペイン代表作品に選ばれたが、翌年のゴヤ賞では監督賞・脚本賞はノミネーションに終わった。

19983月シネ・ヴィヴァン・六本木で開催された「スペイン映画祭‘98」上映作品

 

62001Silencio roto”(「破られた沈黙」)監督・脚本

トゥールーズ映画祭2001学生審査員賞スペシャル・メンション受賞。ナント・スペイン映画祭2002ジュール・ヴェルヌ賞受賞。他

1944年冬、21歳のルシア(ルシア・ヒメネス)は故郷の山間の村に戻ってくる。若い鍛冶職人マヌエル(フアン・ディエゴ・ボット)と再会するが、彼はフランコ体制に反対するレジスタンスのゲリラ兵「マキmaquis」を助けていたため追われて山中に身を隠す。監督の父親が農業のかたわら蹄鉄工でもあったことが背景にあるようです。“Historias del Kronen”で主役を演じたフアン・ディエゴ・ボットを再び起用、他に彼の姉マリア・ボットや、アルメンダリスお気に入りのベテラン女優メルセデス・サンピエトロが共演している。本作でシネマ・ライターズ・サークル賞2002の助演女優賞を受賞した。

 

      

           (再会したルシアとフアン、“Silencio roto”から)

 

72005Obaba”(「オババ」)監督・脚色(原作者との共同執筆)

サンセバスチャン映画祭2005コンペティション正式出品、ゴヤ賞2006では作品賞を含む10部門にノミネーションされたが録音賞1個にとどまった。

*ベルナルド・アチャガ1988年にバスク語で発表した短編集『オババコアック』(翻訳書タイトル)の幾つかを再構成して映画化。映画は作家自らが翻訳したスペイン語版が使用された。女教師役のピラール・ロペス・デ・アジャラがACE2006の最優秀女優賞を受賞、彼女はゴヤ賞助演女優賞にもノミネートされている。現在公開中のカルロス・ベルムトの『マジカル・ガール』のヒロイン、バルバラ・レニーも新人女優賞にノミネートされた。

 

         

          (ピラール・ロペス・デ・アジャラ、“Obaba”から)

 

82011No tengas miedo”(「怖がらないで」)監督・脚本(ストリーはマリア・L・ガルガレリャと共作)

カルロヴィ・ヴァリ映画祭2011コンペティション正式出品、シネマ・ライターズ・サークル賞2012作品賞・監督賞ノミネーション

父親の娘に対する児童性的虐待がテーマ。父親にリュイス・オマール、娘シルビアには年齢(7歳、14歳、成人)ごとに3人に演じさせた。離婚して別の家庭をもった母親(ベレン・ルエダ)にも信じてもらえず、トラウマを抱えたまま成人したシルビアにミシェル・ジェンナーが扮した。この難しい役柄でシネマ・ライターズ・サークル賞2012とサン・ジョルディ賞2012女優賞を受賞した。ゴヤ賞2012でも新人女優賞にノミネートされるなど彼女の代表作となっている。間もなくスペイン公開となるアルモドバルの新作“Julieta”にも出演している。

 

 

(左から、ベレン・ルエダ、ヌリア・ガゴ、監督、ミシェル・ジェンナー、リュイス・オマール)

 

○以上が長編映画8本のアウトラインです。受賞歴はアルメンダリス監督のみに限りました。 

   

準備中の新作のテーマは霧のなか?

 

★監督の家族は〈赤い屋根瓦の家〉として知られていた精神科病院の前に住んでいた。モンチョが両親に「映画の道に進みたい」と打ち明けると、「息子をこの〈赤い屋根瓦の家〉に監禁しなくちゃ」と母親は考えたそうです(納得)。何しろパンプローナ理工科研究所の教師の職にあり安定した生活をしていたから、映画監督などとんでも発奮でした。37歳の長編デビューは当時としては遅咲きでした。『27時間』や“Historias del Kronen”のような若者群像をテーマにしたのは、かつて自分が教えていた若い世代にのしかかる危機が気にかかっていたからのようです。

 

DAMADerechos de Autor Medios Audiovisuales 視聴覚著作権)、SGAESociedad General de Autores y Editores 著作者と出版社の全体を総括する協会)の仕事に携わりながら教鞭をとっている。教えることが好きなのでしょう。引退したわけではなく常に映画のことを模索している。フアン・ディエゴ・ボットによると、二つほど企画中のプロジェクトがおじゃんになってしまったが、現在取り憑かれているテーマがあるそうです。

 

★「今どうしていると訊かれれば、映画のことを考えている」と答えている。「それは居心地よくワクワクするから。山ほど難問があるけれど、オプティミストになろうと努めている。人間的な善良さについての立派な映画や小説はあるけれども、私は自分たちが抱えている悩みや困難について語りたいと考えています」と監督。結局、長編第9作となる新作のテーマは明かされず、あれこれ類推するしかないようですが、フアン・ディエゴ・ボットを起用するのかもしれない。


ペドロ・アルモドバル*オックスフォード大学から名誉博士号授与の朗報!2016年04月03日 12:28

        ハーバード大学に続いてオックスフォード大学も

 

★新作公開前に飛び込んできたオックスフォード大学名誉博士号授与の朗報、授与式は622日です。目立ちたがりやのペドロと苦々しく思っている人も素直に喜んで上げましょう。2009年、映画芸術への貢献に対して授与されたハーバード大学名誉博士号以来3個目になります。1個目は1998年のカスティリャ=ラマンチャ大学からでした。今回一緒にアメリカの経済学者ポール・クルーグマンと建築家の妹島和世(セジマ・カズヨ)が授与される。クルーグマン氏はノーベル経済学賞受賞者(2008)、つい先だって第3回目となる安倍総理の国際金融経済分析会合出席のため来日したばかり、消費税10%への引き上げ先送りを進言していた。妹島氏も2010年、女性として2人目となる「ブリツカー賞」を受賞した。建築界のノーベル賞と言われる賞、昨年「村野藤吾賞」も受賞するなど現在輝いている日本女性の一人です。

 

 

       (2009年、ハーバード大学から名誉博士号を授与されたときのもの)

 

★スペイン人監督でアルモドバルほど海外での受賞歴が多い人はいないと思います。国内ではテキに取り囲まれている印象ですが、2015年には全米脚本家組合賞「ジャン・ルノワール賞」を授与されている。アメリカ芸術科学アカデミーの名誉会員になったのは、2001年とだいぶ前のことでした。国際的に認知された作品は、やはり『神経衰弱ぎりぎりの女たち』1988)でしょうか。『オール・アバウト・マイ・マザー』(99)、『トーク・トゥ・ハー』(02)、『ボルベール』(06)など、いずれもプロットに重きをおかない映画作りでファンを楽しませた。もともとストーリーで見せる監督ではないのですね。しかし国際的アーティストたちとの交流、コラボは成功をおさめており、国際感覚はバツグンです。

 

    

   (カルメン・マウラとアントニオ・バンデラス、『神経衰弱ぎりぎりの女たち』から)

 

★いよいよ48日に封切られる“Julieta”は観客を魅了できるでしょうか。根回しイベントも目立つようになりましたが、はてさて辛口批評家たちのコメントも間もなくです。

 

   

      (二人の「フリエタ」エンマ・スアレス、アドリアナ・ウガルテと監督)


「アディオス」、チュス・ランプレアベ、そして「グラシアス」2016年04月08日 13:57

        スペイン映画の象徴的な顔、チュス・ランプレアベ逝く

 

★だいぶ前から生れ故郷アルメリアの自宅に閉じこもっていたというチュス・ランプレアベの訃報が、44日に知らされました。85歳の旅立ちでした。目が悪く日常は牛乳びんの底のような強度の眼鏡をかけていた。マルコ・フェレーリEl pisito1958、「小さなアパート」)で映画デビュー、続いてEl cochecito60、「電動車椅子」)、そしてルイス・ガルシア・ベルランガとの出会い、彼の社会批判をブラックユーモアで包んだ象徴的なコメディEl verdugo63.「死刑執行人」)に出演、「ナショナル三部作」といわれる全3作に起用された。スペインでもっとも愛された監督と言われながらも映画祭上映だけに終わったベルランガに、その類まれな知的ユーモアのセンス、独特な甲高い声、誰かと混同することのない強烈な個性、少しずれたおかしみによって気に入られた。フェレーリ、ベルランガ、トゥルエバと脚本でタッグを組んだ、女嫌いと言われたラファエル・アスコナのお気に入りでもあった。あちらで旧交を温めていることだろう。

   

     

          (眼鏡をかけていないチュス・ランプレアベ、1989年)

 

★女優になりたかったわけではないのに女優になってしまった。マリア・ヘスス・ランプレアベ・ペレスChusチュスは愛称、19301211日アルメリア生れ、女優。脇役に徹し、出演本数70本は60年の映画人生で多いのか少ないのか、どっちだろうか。ガルシア・ベルランガ、ハイメ・デ・アルミニャン、アルモドバル、フェルナンド・トゥルエバ、フェルナンド・コロモ、サンティアゴ・セグラなどなど、実力派の監督たちに愛された。画家を目指してマドリードの「サン・フェルナンド美術アカデミー」に20歳のとき入学した。ビクトル・エリセのドキュメンタリー『マルメロの陽光』の画家アントニオ・ロペスとも或る期間同じ空気を吸っていた名門美術学校です。卒後出版社アギラルでイラストレーターとして働いていた。その後、映画学校の監督特別コースに入学、そこで多くのシネアストの友人たちができ、なかにハイメ・デ・アルミニャンがいた。彼を介して1958年テレビ出演、同年マルコ・フェレーリの“El pisito”でデビューした。後にデ・アルミニャンのMi querida señorita1971「我が愛しのセニョリータ」)に出演している。

 

「アルモドバルの娘たち」の一人、しかし彼のデビュー作『ペピ、ルシ、ボンとその他大勢の女の子たち』、第2作『情熱の迷宮』はオファーを断っている。初参加は1983年の『バチ当たり修道院の最期』から、『グロリアの憂鬱』『マタドール』1988年の『神経衰弱ぎりぎりの女たち』で一区切りする。フェルナンド・コロモ、ホセ・ルイス・クエルダ、F・トゥルエバなどを挟んで、1995年の『私の秘密の花』『トーク・トゥ・ハー』『ボルベール〈帰郷〉』、最後が『抱擁のかけら』2009)合計8作でした。『ボルベール』でカンヌ映画祭2006の最優秀女優賞にカルメン・マウラやペネロペ・クルスなど6人で受賞した。その他、俳優組合賞助演女優賞を受賞、ゴヤ賞は『私の秘密の花』でノミネーションを受けている。

 

 

(ロッシ・デ・パルマとチュス、電話の相手は娘役のマリサ・パレデス、『私の秘密の花』)

 

★アルモドバルによると、「しばしば起こったことなのだが、自分にふさわしい役柄に出会えないときには悔しがった」、そういう意味では「アルモドバルの正真正銘の娘」として評価できるというわけです。「アルモドバルの娘たち」のなかでも、ロッシ・デ・パルマとチュスは、その異色さにおいて双璧をなす。前者は本日封切られる“Julieta”に出演している。

    

 

  (女優6人がカンヌ映画祭女優賞を受賞した『ボルベール』から)

 

フェルナンド・トゥルエバとの出会いは、彼のヒット作となった4作目Sé infiel y no mires con quién1985「他人を気にせず浮気なさい」)、翌年の『目覚めの年』、そしてオスカー賞を受賞した『ベルエポック』に、マリベル・ベルドゥの婚約者ガビーノ・ディエゴの母親役で出演、ゴヤ賞1993助演女優賞を受賞した。ノミネーション4度目の実に60歳を超えての初受賞だった。結局これ1個にとどまった。そしてトゥルエバが初来日したことでも話題になった『ふたりのアトリエ~ある彫刻家とモデル』2012)の家政婦役、これがトゥルエバ作品の最後となってしまった。「人格者というのでも、女優というのでもなかったが、ただそこにいるだけでよかった。彼女の中にはなにか小天使のような雰囲気があった」「他の誰とも似ていない女優だった」とトゥルエバ監督。

 

     

  (首吊り自殺をする神父役アグスティン・ゴンサレスとチュス、『ベルエポック』から)

 

★テレビドラマには出演しておりましたが、長編映画としてはサンティアゴ・セグラのトレンテ・シリーズ第5Torrente 5: Operación Eurovegas2014)が最後の出演となりました。だいぶ痩せた印象を受けますね。第1Torrente, el brazo tonto de la ley1998)にも出演した。いささか下品だとゲイジュツ映画ファンには不人気だったが、戯画化された人格造形の上手さにセグラの才能を感じさせるブラックコメディでした。結局シリーズ化され、毎回トレンテ・ファンを喜ばせている。

 

   

       (最後の出演となったサンティアゴ・セグラの「トレンテ 5」から)

 

★こうして振り返ってみるとノミネーションはかなりあるが受賞歴は少ない印象を受けます。2005年、フォトグラマス・デ・プラタを受賞している。アルモドバルの『グロリアの憂鬱』、『マタドール』、『神経衰弱ぎりぎりの女たち』、トゥルエバの『目覚めの年』などでノミネートされたが受賞にはならなかった。だから2005年の受賞はいわば栄誉賞のようなもので全作品に対して贈られた。トロフィーは長年の盟友カルメン・マウラから手渡された。

 

 

  (プレゼンターのカルメン・マウラとチュス、フォトグラマス・デ・プラタを受賞、2005年)

 

★『ベルエポック』で共演したフェルナンド・フェルナン=ゴメスも逝き、同い年のアグスティン・ゴンサレスも既に10年ほど前に旅立ってしまった。チュス・ランプレアベ、画家にならなくて本当によかった。楽しい映画をたくさんありがとう。

 

『苺とチョコレート』のナンシー*ミルタ・イバラ、スペインにリターン2016年04月10日 16:18

        自作自演の二人芝居、演劇のスペシャルな夕べ

 

★企業家を引き連れてのオバマのキューバ訪問、季節外れのハリケーン級の老人パワーを見せつけたローリング・ストーンズのハバナ公演と、退屈だったカリブの小島も一時世界の注目を集めました。公演中は長時間におよぶ停電に悩まされた近隣住民もヤレヤレでしょうか。そんな小島から時を同じくして、トマス・グティエレス・アレアの『苺とチョコレート』でナンシー役に扮した監督夫人ミルタ・イバラ15年ぶりにマドリードに戻ってきました。映画ではなく自作自演の舞台Neurótica Anónima出演のためです。キューバ出身のジョエル・アンヘリノとの二人芝居、脚本も彼との共同執筆のようです。マドリードでの上演は47日マチネーで1回のみ、その後、カナリア諸島のサンタ・クルス・デ・テネリフェでは10回の予定。

 

 

 (トンボ眼鏡を右手にチャーミングなミルタ・イバラ、マドリードのカサ・アメリカにて)

 

★『苺とチョコレート』のあれこれには触れないとして、相手のジョエル・アンヘリノは彫刻家ヘルマンになった俳優、思い出せない方はホルヘ・ペルゴリア扮する同性愛者ディエゴのアーティスト仲間、意見の相違で口論となり、自作を壊してしまった彫刻家と言えば思い出していただけるでしょうか。彼は約15年前にキューバを出てスペインに亡命しました。現在はサンタ・クルス・デ・テネリフェに定住、映画やTVドラ、演劇で活躍しており、才能国外流出の一人です。『苺とチョコレート』のセネル・パスの原作「狼と森と新しい人間」のディエゴのモデルになったというロヘール・サラスも、実は1981年にスペインに亡命してしまった流出組の一人です。ミルタ・イバラとジョエル・アンヘリノの二人は、2000年から翌年にかけて、Obsesiones Habanerasの舞台で共演しており、先述の「15年ぶりにマドリードに戻ってきました」は、そういう意味でした。

 

  

 (ヘルマン役ジョエル・アンヘリノ、『苺とチョコレート』から)

 

ロヘール・サラスは、セネル・パスにディエゴの人格形成の資料を提供した人、グティエレス・アレアが映画で描いたディエゴ像に抗議したことで知られています。彼はtravesti女装愛好者、亡命するまでハバナの国立美術館に勤務していました。現在は欧米のバレエ衣装や舞台装置のデザインを手がけているほか、「エル・パイス」紙の舞踊欄のコラムニスト、コンプルテンセ大学付属の音楽研究所教授。

 

 

 (“Obsesiones Habaneras”の二人、20006月、カナリア諸島プエルト・デル・ロサリオ)

 

ミルタ・イバラ19462月ハバナ南東30キロにあるサン・ホセ・デ・ラス・ラハス生れ、女優、脚本家、監督。父親は鋳物工場の経営者、国立芸術学校で学び、1967年在学中に舞台デビューする。同年フランス人と結婚、最終学年の1970年に男子を出産する(現在では孫もいる由)。ハバナ大学でラテンアメリカ文学を専攻する。略奪愛と話題になったトマス・グティエレス・アレア(192696)と再婚したのは1973年、最初の出演映画が長編劇映画7作目の『最後の晩餐』1976、キューバ公開77年)のチョイ役、本格デビューは9作目『ある視点まで』83,キューバ公開84年)、女優としての地位を確立した。続いて『公園からの手紙』88)、『苺とチョコレート』(93)、遺作となった「グアンタナメラ」95)に出演した。最後の2作は監督の癌手術と療養のため、義兄弟のようだったフアン・カルロス・タビオとの共同監督でした。この2作におけるブラックユーモアは、アレアのものというよりタビオのものですね。彼とはキューバ=スペイン合作Aunque estés lejos03)、スペインのクラシック映画、ガルシア・ベルランガの『ようこそマーシャルさん』へのオマージュと言われたEl cuerno de la abundanciaほかに出演しています。最近はアントニオ・HensLa partida13,西=キューバ)、ホルヘ・ペルゴリアのFatima14、キューバ)に出演、前者は同性愛と女装愛好家の人生を語るもの、後者もファティマと呼ばれた若いゲイの娼婦、夜の女王にまつわる物語のようです。

 

   

   (ミルタに演技指導をするグティエレス・アレア、『苺とチョコレート』から)

 

 

    

          (グティエレス・アレアとフアン・カルロス・タビオ)

 

★「キューバでは1年に1本出演できるかどうかの少なさです。私のようにテレビ出演をしない女優にとって映画で食べていくことは難しい」とミルタ。できやすい目の下の隈を隠すように大きなサングラスを手放さないミルタ、「スケジュールの変更があって眠れなかった。それでいくつも台本を私に持たせるの」と微笑みを絶やさずユーモアを連発する。来西する前にアルトゥーロ・サンタナのデビュー作Bailando con Margotの撮影を済ませてきたばかり、「若い監督たちが独立系のプロデューサーと組んで映画作りを始めている。アメリカの経済ブロック解除が庶民の生活を向上させることを期待していますが、それが映画作りにも及ぶかどうかは別のこと」とも付け加えている。かつてのようなキューバがラテンアメリカ映画のメッカとなるのは大分先と考えているようです。ミルタのような待ったなしの年齢では、どうしても現実的にならざるをえません。

 

   

               (ミルタ・イバラ、“Neurótica Anónima”の舞台から)

 

★「私の家はまだティトンの持ち物で所狭しです」と5年前のインタビューで語っていたが、今も同じでしょうか。ティトンとはグティエレス・アレアのことですが、多分彼に囲まれていることで落ち着くのでしょう。初監督作品Titón, de la Habana a Guantanamera2008)は、アレア監督についてのドキュメンタリー.。著書として“Volver sobre mis pasoas”を刊行、これにはティトンからの書簡類の編纂も含まれている。またICAICについての意見や不安、ティトンとの再婚にいたる経緯、そのエネルギュッシュなアタックぶりも詳しく書かれているそうです。

 

★長編映画デビューが『苺とチョコレート』だったジョエル・アンヘリノにとってミルタはどう映っていたか。「常に私を魅了し続けている女優、ミルタは私がまだハバナの国立舞台芸術学校で学んでいた頃、既に神話化された存在でした」と語る。「再び舞台で一緒に演じられるなんて。必ずお客さんを楽しませることができると思う」とも。生年は1970年代初めと推測するが、キューバを離れた後はスペイン映画やシリーズTVドラ(「アイーダ」)出演、映画編集、舞台俳優、サルスエラ出演などで活躍、詩人でもある。最近キコ・カストロが撮った短編“Cristales rotos”は、彼の詩の1編がベースになって製作された。

主なフィルモグラフィー

2001Buñuel y la mesa del rey Salomón”監督カルロス・サウラ

2001I Lave You Baby ”同アルフォンソ・アルバセテ、他

2003El misterio Galíndez”同ヘラルド・エレロ

 

 

     (ジョエル・アンヘリノ、“Neurótica Anónima”の舞台から)

 

★もう間もなくグティエレス・アレアの命日が巡ってきます。今年は没後20周年の節目の年(1996416日)、キューバでは何か催し物が企画されているのでしょうか。

  

マラガ映画祭2016*オープニングはキケ・マイジョのスリラー ①2016年04月14日 18:33

    オープニングはコンペティション外からキケ・マイジョの“Toro”に決定

 

     

         (第19回マラガ映画祭2016ポスター)

 

★第19回マラガ映画祭は例年より若干後ろにずれて422日から、クロージングは51日と月を挟んでしまいました。オープニングは公平を期してかコンペティション外からキケ・マイジョの“Toro”に決定、正式出品は14作品、コルド・セラの“Gernika”と新人ポル・ロドリゲスの“Quatretondeta”が、下馬評では先頭を走っています。

 

          

              (マリオ・カサス“toro”のポスター)

 

★第1弾は、長編デビュー作『エヴァ』(“Eva”)でゴヤ賞2012新人監督賞やガウディ賞など複数受賞したキケ・マイジョToroからご紹介。ラテンビート2012上映『エヴァ』で日本でも認知度のあるキケ・マイジョ、前作は近未来2041年が舞台のSFでしたが、近作は現代のアンダルシアを舞台に2人の兄弟が織りなすスリラー・アクション、『エヴァ』とは大分様相が異なります。暗い過去を断ち切って5年ぶりに出所してきたトロにマリオ・カサス、ワルの兄ロペスにルイス・トサール、彼には小さな娘ディアナがいる。この3人によろ48時間のアンダルシアへの逃亡劇、ハリウッド並みのカーアクションで盛大に車が吹っ飛びます。スペイン映画ファンには両人ともお馴染みでしょう。

 

   

     (なんとも冴えない髪型の兄役トサールと泥沼に落ちるカサス、映画から)

 

       Toro2015

製作:Apaches Entertainment / Atresmedia Cine / Zircozine / Escandalo Films /

     Maestranza Films

監督:キケ・マイジョ

脚本:ラファエル・コボス、フェルナンド・ナバロ

撮影:アルナウ・バルス・コロメル

編集:エレナ・ルイス

美術:ぺぺ・ドミンゲス・デル・オルモ

データ:スペイン、スペイン語、2015年、スリラー、マラガ映画祭2016オープニング上映422日、撮影地アルメリア、マラガ、トレモリノス他、米国公開予定

 

キャスト:マリオ・カサス(トロ)、ルイス・トサール(兄ロペス)、ホセ・サクリスタン(ロマノ)、クラウディア・カナル(ロペス娘ディアナ)、ホセ・マヌエル・ポガ、イングリッド・ガルシア・ヨンソン(エストレーリャ)、他

 

解説:トロは彼の人生を閉じ込めた長い5年間の刑期を終えて出所してきた。反逆したい気持ちを抑えて暗い過去を断ち切り、社会復帰を目指して新たな一歩を踏み出した。しかし彼を待っていたのは、小さな娘ディアナを連れて追われている古買人の兄ロペスだった。複雑な家族関係にある兄弟は、それぞれの命を救うために古疵を癒やすことなく和解せざるをえなかった。こうして三人の目まぐるしい48時間のアンダルシアへの逃避行が始まった。暗い過去から逃げようとしても逃げられないとき、人間はどうすればいいのだろうか?

 

★故買人は盗品の事実を知っていて売買する人、ロペスは危険な古買人だった。かつてトロが引き起こした悲惨な事件にはロペスが関係しているようです。ルイス・トサールは『プリズン211』で声を潰して以来、元に戻らないのか、すっかりワルが似合う役者の仲間入りをしたようです。マリオ・カサスは、『グラン・ノーチェ!最高の大晦日』、『スガラムルディの魔女』など、今はアレックス・デ・ラ・イグレシアのお気に入りとなっています。ホセ・サクリスタンは、カルロス・ベルムトの『マジカル・ガール』のホントウの主人公になったスペイン映画の重鎮、この春やっと公開されてお目見えした。イングリッド・ガルシア・ヨンソンは、ハイメ・ロサーレスがカンヌ映画祭2014でプレミアした“Hermosa Juventud”でデビューしたスゥエーデン出身の才媛という言葉がぴったりする演技派女優(マドリード在住)、キャスト陣は不足なしでしょうか。ホセ・マヌエル・ポガはアルベルト・ロドリゲスの“Grupo 7”やハイメ・ロサーレスの“Miel de naranja”に出演している。

 

  

              (本作撮影中のキケ・マイジョ監督)

 

★スタッフ陣のうち脚本のラファエル・コボスは、アルベルト・ロドリゲスの『マーシュランド』や“Grupo 7”を手がけて、ロドリゲス監督の信頼が厚い。美術担当のぺぺ・ドミンゲス・デル・オルモも『マーシュランド』組。脚本の共同執筆者フェルナンド・ナバロと撮影監督のアルナウ・バルス・コロメルはハビエル・ルイス・カルデラの『SPY TIME スパイ・タイム』を共に担当している。こうして纏めてみると、大体の輪郭が見えてきます。早ければ秋ごろ短期間かも知れませんが公開が期待できそうです。

 

特別賞の行方

本映画祭にはコンペティション以外に特別賞として本映画祭に貢献したシネアストに贈られるマラガ賞リカルド・フランコ賞エロイ・デ・ラ・イグレシア賞レトロスペクティブ賞「金の映画」ビスナガ・プラタ‘シウダ・デル・パライソ’があります。コンペの前段として受賞者の名前を簡単にお知らせいたします。判断材料として()内に昨年の受賞者を入れました。

 

マラガ賞(俳優アントニオ・デ・ラ・トーレ)

パス・ベガ(女優)

フリオ・メデムの『ルシアとSEX』(2001)でゴヤ賞新人賞他を受賞、2003年ビセンテ・アランダの『カルメン』、1999年米国のTVドラマ出演を期に軸足を海外に広げていった。2002年ベネズエラ人のオルソン・サラサールと結婚、ニ男一女の母。スペイン映画のスクリーンからは遠ざかっていますが、米国、フランス、イタリア、メキシコの映画に出ずっぱり、目下のところ海外活躍組です。 

 

カルド・フランコ賞(キコ・デ・ラ・リカ)

テレサ・フォント(映画編集者)

編集者は裏方なのでテレサ・フォントが受賞するのは嬉しい。今年「金の映画」を受賞する『アマンテス / 愛人』のビセンテ・アランダ監督の作品を数多く手がけた編集者。リカルド・フランコの“Berlin Blues”(88)、ビガス・ルナの『ハモンハモン』、3人とも既に鬼籍入り、20年前のアレックス・デ・ラ・イグレシアのホラー『ビースト 獣の日』も編集した。

 

 

エロイ・デ・ラ・イグレシア賞(監督・脚本家・俳優パコ・レオン)

サンティアゴ‘サンティ’アモデオ・オヘダ(監督・脚本家・ミュージシャン)

1969年セビーリャ生れ、ギタリスト、作曲家など多彩な顔をもつ。脚本家として出発、同郷のアルベルト・ロドリゲスとのコラボの後、長編映画“Astronautas”(03)でデビュー、ゴヤ賞新人監督賞にノミネートされた。続く2006Cabeza de Perros”は上海映画祭2007に出品、国際的にも評価される。2013年“Quién mató a Bambi”ほか。昨年のコンペティション部門審査員を務めた。

 

 

 

レトロスペクティブ賞(監督イサベル・コイシェ)

グラシア・ケレヘタ(監督)

今年も女性監督が受賞、当ブログではゴヤ賞2015作品賞ノミネーション、スペイン映画アカデミー副会長就任の記事など含めて度々ご紹介しています。

 

 

「金の映画」(オーソン・ウェルズの『フォルスタッフ』)

『アマンテス / 愛人』1991)監督ビセンテ・アランダ

主演者ビクトリア・アブリル、ホルヘ・サンス、マリベル・ベルドゥ。ゴヤ賞1992の作品賞・監督賞受賞作品。ベルリン映画祭でビクトリア・アブリルが主演女優賞を受賞、アランダの名を国際的に高めた作品。     監督と本作についての記事は、コチラ⇒201566

 

     

        (ビクトリア・アブリルとホルヘ・サンス、映画から)

 

  

ビスナガ・プラタ‘シウダ・デル・パライソ’(女優フリエタ・セラノ)

エミリオ・グティエレス・カバ(映画と舞台俳優)

1942年バジャドリード生れ、パスクアル・アルバの曾孫、イレーネ・アルバの孫、エミリオ・グティエレスとイレーネ・カバ・アルバの息子、レオカディア・アルバの甥の息子・・・と延々と続く有名なシネアスト一家。子役時代を含めると長い芸歴です。カルロス・サウラがエリアス・ケレヘタとタッグを組み、ベルリン映画祭1966銀熊監督賞を受賞した『狩り』(1965)に出演、4人の兎狩り仲間の一番若い青年役だった。アレックス・デ・ラ・イグレシアのブラック・コメディ『13みんなのしあわせ』(La Comunidad)と2002年のミゲル・アルバラデホの“El cielo abierto”でゴヤ賞助演男優賞を連続受賞、マラガ映画祭1998にも同監督の“La primera noche de mi vida”で最優秀男優賞を受賞している。

 

 

各賞の特徴と性格についてはマラガ映画祭2014にアップ、コチラ⇒201447

  

オフィシャル・セクション14作*マラガ映画祭2016 ②2016年04月16日 16:05

 

     目玉は“Gernika”か“Quatretondeta”か、今年も混戦模様

 

★コンペティションは14作品、今年の目玉の下馬評は、GernikaQuatretondetaが先頭を走っているようです。マラガ映画祭ディレクター、フアン・アントニオ・ビガル、選択委員会メンバー、フェルナンド・メンデス=レイテ、正式作品に参加する製作者、監督などが参加してノミネーションが発表されました。若干コンペとコンペ外に移動があったようですが下記のように決定しました。まず2016年の審査員は、次の6名です。

マヌエル・マルティン・クエンカ(監督)『カニバル』『不遇』

アルベルト・アンマン(俳優)『プリズン211』“Lope”(ロペ・デ・ベガの伝記)『エヴァ』

ダニエル・グスマン(監督)昨年の最優秀作品賞(金賞)の受賞者

ベレン・ロペス(女優)1970年セビリャ生れ、主にテレビで活躍、“Aguila Roja”、映画はグラシア・ケレヘタの“15 anos y un dia”他

マヌエル・イダルゴ(作家・脚本家・ジャーナリスト)1953パンプローナ生れ、「エル・ムンド」紙で長年映画評論を執筆した。

ピラール・マルティネス=Vasseur(ナント・スペイン映画祭ディレクター)ウエスカ出身、サラゴサ大学で現代史とフランス哲学を専攻、1980年よりフランスでスペイン映画の普及に努めている。

 

オフィシャル・セクション14
1GUERNIKA 同:コルド・セラ

 

 

 

2QUATRETONDETA 同:ポル・ロドリゲス

 

 

 

3LA NOCHE QUE MI MADRE MATÓ A MI PADRE 同:イネス・パリス

 

 

4EL REY TUERTO 同:マルク・クレウエト


  

5)RUMBOS 同:マヌエラ・ブロ(ブルロ)・モレノ

 

 

  

6LA PUNTA DEL ICEBERG 同:ダビ・カノバス

 

 

 

7NUESTROS AMANTES  同:ミゲル・アンヘル・ラマタ

 

 

 

 

8JULIE  同:アルバ・ゴンサレス・モリーナ

 

 

 

9LA PROPERA PELLLa proxima piel監督:イサキ・ラクエスタ & イサ・カンポ

 

 

 

10ZOE 同:アンデル・ドゥケ

  

 

11CALLBACK 同:カルレス・トラス

 

 

 

12CERCA DE TU CASA LORIS OMEDES  同:エドゥアルド・コルテス

 

 

  

13EL FUTURO NO ES LO QUE ERA 同:ペドロ・バルベロ



 

14KÓBLIC 同:セバスティアン・ボレンステインBorensztein

 

 

 

コンペティション外

TORO  同:キケ・マイジョ

ACANTILADO 同:エレナ・タベルナ


コルド・セラの第2作「ゲルニカ」*マラガ映画祭2016 ③2016年04月20日 19:56

         「ゲルニカ」といってもピカソは出てきません

 

★「ゲルニカ」と聞けば「ピカソ」に繋がる。ピカソが「ゲルニカGuernicaを描かなかったら、ゲルニカは観光地にはならなかったでしょう。現地に行ったことがない人でも、マドリードを訪れた観光客は「ゲルニカ」が展示されている美術館に案内される。日本で言えば国宝級なのか特別室に展示され監視人がいて近づけない。以前東京でも横長の実物大(7.82m×3.5m)のレプリカが展示されたことがあったほどの大作。フランコ没後民主主義移行期の1981年、亡命先の「ニューヨーク近代美術館」より返還されることになった。それで「最後の亡命者の帰国」と言われた。しかし既にピカソ亡き後のことで遺産問題も絡まって、どこの美術館で展示するかで喧々諤々、白熱の議論のすえにピカソが名誉館長を務めたこともあるプラド美術館へ、しかし本館ではなく別館だったことで当時の館長が辞任するなどのテンヤワンヤ、なんとかピカソ生誕100周年記念日の1025日に一般公開された。更に1992年に開館した王立ソフィア王妃芸術センターの目玉としてお引っ越し、現在はここの特別室で展示されています。

  

 

 (ピカソが50日間で一気に描いた「ゲルニカ」、王立ソフィア王妃芸術センターに展示)

 

 マリア・バルベルデが共和派報道機関の編集者を力演

 

★さて本題、ビスカヤ県の町ゲルニカは、スペイン内戦中の1937426日、ナチス・ドイツ空軍機によって史上初めてという無差別爆撃を受けた。当時共和派の軍隊は駐屯しておらず全く無防備の町であったという。どうしてナチスが第二次世界大戦勃発前に無防備のバスクの町を爆撃のターゲットにしたのか。いったいスペイン内戦とは誰と誰が戦ったのか。これがコルド・セラの長編第2Gernikaのメインテーマでしょうか。しかし本当のテーマは、やはり「愛と自由」かもしれません。マラガ映画祭2016正式作品、無差別爆撃を受けた426日に上映。スペイン公開は今年の秋が予定されている。 

           

                   

                                    (ポスター)

 

    Gernika(英題“Guernica”)2016

製作:Pecado Films / Travis Producciones / Pterodactyl Productions / Sayaka Producciones /

      ゲルニカ The Movie 協賛カナル・スール、ICAA 他

監督:コルド・セラ

脚本:ホセ・アルバ、カルロス・クラビホ・コボス、バーニー・コーエン

撮影:ウナックス・メンディア

編集:ホセ・マヌエル・ヒメネス

衣装デザイン:アリアドナ・パピオ

製作者:バーニー・コーエン & ジェイソン・ギャレット(エグゼクティブ)、ホセ・アルバ、カルロス・クラビホ、ダニエル・Dreifuss 他

データ:製作国スペイン、スペイン語、撮影地ゲルニカ、マラガ映画祭2016426日上映、スペイン公開は今秋、製作費約580万ユーロ(ゲルニカ市、ビルバオ市、バスク政府、アラゴン政府などから資金援助を受けた)

 

キャストマリア・バルベルデ(テレサ)、ジェームズ・ダーシー(ヘンリー)、ジャック・ダヴェンポート(ワシル)、バーン・ゴーマン、イレネ・エスコラルイングリッド・ガルシア=ヨンソン、アレックス・ガルシア、フリアン・ビジャグラン、バルバラ・ゴエナガ、ビクトル・クラビホ、ナタリア・アルバレス=ビルバオ、ラモン・バレア、イレナ・イルレタ、他

 

解説:時は内戦勃発翌年の1937年、スペイン女性テレサとアメリカ人ヘンリーの戦時下での屈折した愛の物語。テレサは共和派の報道機関に勤めている編集者、ヘンリーは北部戦線を取材しているジャーナリスト、二人は意見の相違で対立している。テレサの上司ワシルは共和派政府の助言者として派遣されたロシア人、若く美しいテレサに気がある。いずれテレサはヘンリーの非現実的な理想主義に魅せられていくだろう。そして彼女のたった一つの目的、真実を語るための使命に目覚めることだろう。

 

    

       (テレサ役マリア・バルベルデとヘンリー役ジェームズ・ダーシー)

 

★複雑で謎だらけのスペイン内戦の総括はまだ完全には終わっていないと思いますが、ファッシズムと民主主義の闘いではなかったことだけは明らかでしょう。どの戦争でも同じことと思いますが、共和派善VSフランコ派悪のように、真実はそれほど単純ではない。はっきりしているのは、共和派側についたのがソビエト、フランコ派を応援したのがドイツ、イタリア、ポルトガルということです。イギリスやフランスは心情的には共和派側だが、教科書的には中立だった。長いフランコ独裁制や米ソ冷戦構造が貴重な研究成果を覆い隠してしまっている。これがスペインで繰り返し映画化される原因の一つです。

 

コルド・セラKoldo Serra de la Torre1975年ビルバオ生れ、監督、脚本家。バスク大学美術科オーディオビジュアル専攻、ビルバオ・ファンタスティック映画祭のポスターを描きながら(200004)、コミックやデザインを学ぶ。“La Bestia del día”というタイトルで、短編のコミック選集を出版する。1999年、ゴルカ・バスケスとの共同監督で短編Amor de madreを撮り、ムルシア・スペイン・シネマ週間で観客賞を受賞した。これにはライダー役で自身出演している。2003年、短編El tren de la brujaがアムステルダム・ファンタジック映画祭でヨーロッパ・ファンタジック短編に贈られる「金のメリエス」を受賞、国際的にも評価される(ナチョ・ビガロンドとの共同脚本)。他シッチェス映画祭短編銀賞、サンセバスチャン・ホラー・ファンタジー映画祭最優秀スペイン短編賞、Tabloid Witch賞他、受賞歴多数。

 

   

       (タブロイド・ウィッチ賞のトロフィーを手にしたコルド・セラ)

 

2006年長編映画デビューBosque de sombras(“The Backwoods”仏=西=英、英語・スペイン語)は、サンセバスチャン映画祭の「サバルテギ新人監督」部門で上映、プチョン富川国際ファンタスティック映画祭2007に出品された。1970年代後半のバスクが舞台のバイオレンス・ドラマ、スペイン側からはアイタナ・サンチェス=ヒホン、リュイス・オマール、アレックス・アングロなどが出演している。10年のブランクをおいて本作が第2作目、主に脚本執筆、TVドラを手がけていた。ビルバオ出身の監督としては、1960年代生れのアレックス・デ・ラ・イグレシア、エンリケ・ウルビス(『悪人に平穏なし』)の次の世代にあたる。

 

          

               (“Bosque de sombras”から)

 

★製作国はスペインですが、男優陣は英国出身の俳優が起用されている。なかでジェームズ・ダーシー、ジャック・ダヴェンポート、バーン・ゴーマンの3人は公開作品が結構ありますので簡単に情報が入手できます。ヘンリー役のジェームズ・ダーシー1975年ロンドン生れ、1997年ブライアン・ギルバートの『オスカー・ワイルド』の小さな役で長編デビュー、セバスチャン・グティエレスのホラー『ブラッド』にカルト集団のメンバーとしれ出演、マドンナの第2作『ウォリスとエドワード 英国王冠をかけた恋』(11)でエドワード8世に扮した。続いて1960年の『サイコ』の舞台裏を描いたサーシャ・ガヴァンの『ヒッチコック』12)では、主人公ノーマン・ベイツを演じたアンソニー・パーキンスに扮した。ヒッチコックをアンソニー・ホプキンスが演じるなど、テレビ放映もされた。最新作はジェームズ・マクティーグの『サバイバー』15)でアンダーソン警部役になった。

 

ジャック・ダヴェンポートは、1973年イギリスのサフォーク生れ、両親とも俳優、幼児期はスペインのイビサ島で育った。1997年、『危険な動物たち』で映画デビュー、ゴア・ヴァービンスキーのシリーズ『パイレーツ・オブ・カリビアン』030607)のノリントン提督役で知られている。マシュー・ヴォーンのスパイ物『キングスマン』14)に出演している。最新作のGernikaではスターリン信奉者のロシア人になる。

 

バーン・ゴーマンは、1974年ハリウッド生れ、しかし家族と一緒にロンドンに移住している。父親がUCLAの言語学教授という家庭で育った。1998年テレドラで俳優デビュー、日本での公開作品は、マシュー・ヴォーンの『レイヤー・ケーキ』04)、クリストファー・ノーランの『ダークナイト・ライジング』12)、ロドリゴ・コルテスの『レッド・ライト』12)、ギレルモ・デル・トロの『パシフィック・リム』13)、同監督の最新作『クリムゾーン・ピーク』15)は今年1月に公開されたばかり。英語映画、それもスリラーやホラーは公開されやすい。

 

マリア・バルベルデは、1987年マドリード生れ、マヌエル・マルティン・クエンカのLa flaqueza del bolchevique2003)でデビュー、翌年のゴヤ賞とシネマ・ライターズ・サークル賞の新人女優賞を受賞した。日本登場はアルベルト・アルベロの『解放者ボリバル』(ラテンビート2014)で薄命のボリバル夫人を演じた女優。当ブログでは、マリア・リポルのロマンチック・コメディAhora o nunca2015)でダニ・ロビラと共演して成長ぶりを示した。汚れ役が難しいほど品よく美しいから、逆に女優としての幅が狭まれているが、そろそろお姫さま役は卒業したいでしょう。監督との出会いはTVドラ出演がきっかけのようです。

 

     

            (一時より痩せた監督とマリア・バルベルデ)

 

イレネ・エスコラルは、Un otoño sin Berlínで今年のゴヤ賞新人女優賞を受賞している。イングリッド・ガルシア=ヨンソンは、オープニング上映となったキケ・マイジョのToroにも出演しており、目下躍進ちゅうの「三美人」を起用するなど話題提供も手抜かりない印象です。

 

 

      (イレネ・エスコラル、映画から)

 

コメディ“Ahora o nunca”とマリア・バルベルデの記事は、コチラ⇒2015714

スリラー“Toro”とイングリッド・ガルシア=ヨンソンの記事は、コチラ⇒2016414

 

       

         (撮影終了を祝って記念撮影、中央の小柄な男性が監督)

ブラック・コメディ”Quatretondeta”*マラガ映画祭2016 ④2016年04月22日 18:16

      コンペティション第2弾“Quatretondeta”って何のこと?

 

  

ポル・ロドリゲスのデビュー作Quatretondetaは、スペイン人が大好きなブラック・コメディ。ホセ・サクリスタン、ライア・マルル、セルジ・ロペス、フリアン・ビジャグラン、大物ベテランと中堅演技派3人が一つのお棺を取り合ってクアトレトンデタ村を目指してアリカンテへ、果たして辿り着けるのでしょうか。「Quatretondeta」(マップはCuatretondeta)は、アリカンテ州の北部、セタ谷の切り立った岩山に取り囲まれた小さな村の名前です。ウィキペディアによると、1602年にはモリスコ(レコンキスタ以後キリスト教に改宗してスペインに留まったモーロ人)の40家族が暮らしていたとある。現在の人口わずか138人という死ぬほど静かな村です。しかし気候のよい季節には山歩きのハイカーの拠点になっているとか。

 

    

           (こんな感じの村です。観光案内のサイトから)

 

    Quatretondeta” 2016

製作:Arcadia Motion Pictures / Noodles Production / Afrodita Audiovisual /

共同製作TVE & TV3、協賛 ICAA & ICEC

監督・脚本:ポル・ロドリゲス

音楽:Joan Valent

撮影:カルレス・グシ

データ:スペイン、カタルーニャ語、2016年、92分、コメディ、撮影地クアトレトンデタを含むアリカンテほか、マラガ映画祭2016正式出品、429日上映、アメリカ公開が予定されている。

 

キャスト:ホセ・サクリスタン(トマス)、ライア・マルル(ドラ)、セルジ・ロペス(ヘノベス)、フリアン・ビジャグラン(イニャキ)、ロベルト・フェランディス(サクリスタンのスタントマン)、マリアノ・フェレ(同)、ハビエル・ホルダ(同)、アルムデナ・クリメント(村長の妻)、他

 

解説:妻に死なれて埋葬地に奔走する老トマスの物語。亡骸はアリカンテの内陸部にあるクアトレトンデタ村に埋葬して欲しいという妻の願いを叶えてやりたいトマス。一方、妻の親族は故郷のパリに埋葬したいと遺体を渡さない。そこで遺体を密かに盗み出そうと決心、クアトレトンデタに向かうが、なにせ老人のことゆえ記憶が定かでなく道に迷ってしまう。パリで暮らしていた妻の娘ドラはできる限り早く母親をパリに連れて帰りたいとやってきたが遺体が見当たらない。この義理の娘は冷酷なうえ計算高く、母親所有の財産を手に入れようとしていた。ドラは仕方なく一風変わった葬儀屋イニャキとヘノベスを巻き込んで、追いつ追われつの追跡劇が始まった。到着してみればクアトレトンデタ村はフィエスタの最中、果たして遺体はどちらの手に渡るのでしょうか。

 

★長い人世では時には忘れることが幸せな場合もありますが、日を追うごとに記憶力が減退していくのは辛いことです。如何に記憶を保ち、曖昧になった記憶をよみがえらせることに時間を費やすことになる。最初のタイトルは“Camino a casa”(カタルーニャ語“Cami a casa”)だったようです。これも悪くないが平凡、Quatretondetaのほうが興味を唆られる。IMDbではカタルーニャ語となっているが、予告編ではスペイン語だった。マラガではどういうかたちで上映されるのだろうか。最初、架空の村かと思っていましたが、オリーブの木に囲まれた観光地のようです。山歩き愛好家には人気の場所、ホテルなど宿泊施設もある。映画に出てくるモーロ人のフィエスタにはプータも出張してくる(笑)。

 

 
 (モーロ人の衣装を着て祭りに参加したトマスとイニャキたち、“Quatretondeta”から)

 

★監督紹介:ポル・ロドリゲスPol Rodriguezは、監督、脚本家。正確な出身地・生年は検索できなかったが、1997年に映画の世界で仕事を始めたとあるので、1970年代と推測します。本作が長編デビュー作品ですが、キャリアを調べると、実に長い助監督時代を経てきています。テレドラ、ドキュメンタリーを含めて35作品に上るから最近の若い監督としては珍しいタイプかもしれない。なかで公開、映画祭上映作品として、ホセ・ルイス・ゲリンの『シルビアのいる街で』07)、クラウディア・リョサの『悲しみのミルク』09)、アグスティ・ビリャロンガの『ブラック・ブレッド』10)などが挙げられる。

 

         

                (ポル・ロドリゲス監督)

 

★最近ではリュイス・ミニャロのStella cadente14)、美術・衣装デザインのカテゴリーでガウディ賞を受賞した作品や、昨年のマラガ映画祭に正式出品されたバーニー・エリオットのスリラーLa deudaOliver’s Deal2014、西=米=ペルー)でも助監督を務めた。何かの賞に絡むかと期待して紹介記事を書きましたが、監督がアメリカ人、オリジナル版が英語というハンディキャップのせいか無冠でした。他にもスペイン人以外の監督とのコラボがあるように、若い監督は国籍にはこだわらない。

La deuda”(“Oliver’s Deal”)の記事は、コチラ⇒2015419

 

  主なキャストのプロフィール

ホセ・サクリスタン1937年チンチョン生れ。当ブログには度々登場してもらっていますが、最近の活躍をコンパクトにまとめると、名画の誉れ高いマリオ・カムスの『蜂の巣』(82)出演をはじめとして、オールドファンには忘れがたい作品に名脇役としてその長い芸歴を誇っています。最近ではカルロス・ベルムトの『マジカル・ガール』(14)にバルバラ・レニー扮する本当のマジカル・ガールに翻弄される数学教師を演じました。一時舞台に専念してスクリーンから遠ざかっておりましたが、復帰して撮ったタビ・トゥルエバのMadrid 198711)が評価され「フォルケ賞2013最優秀男優賞、ハビエル・レボージョのブラック・コメディEl muerto y ser feliz12)でサンセバスチャン映画祭2012銀貝男優賞とゴヤ賞2013主演男優賞を受賞、さらにはマラガ映画祭2014レトロスペクティブ賞を受賞するなど受賞ラッシュが続いており、現在では銀幕でひっぱりダコです。

ゴヤ賞・フォルケ賞の関連記事は、コチラ⇒2013818

レトロスペクティブ賞の関連記事は、コチラ⇒201447

 

       

     (ホセ・サクリスタン、右側がセルジ・ロペス、“Quatretondeta”から)

 

ライア・マルルは、1973年バルセロナ生れ、代表作はサルバドル・ガルシア・ルイスのMensaka98)、アントニオ・エルナンデスのLisboa99)、セルジ・ロペスと共演している。翌年ミゲル・エルモソのFugitivasでゴヤ賞新人女優賞を受賞して女優としての地位を確立した。つづいてイシアル・ボリャインの『テイク・マイ・アイズ』03)でゴヤ賞主演女優賞、シネマ・ライターズ・サークル女優賞、フォトグラマス・デ・プラタ賞以下、数えきれない賞を受賞した。再びサルバドル・ガルシア・ルイスのLas voces de la noche03)でヒロインに抜擢された。ヤニス・スマラグディスのEl Greco07)、エル・グレコがギリシャ人だったこともあり、テッサロニキ映画祭では観客賞、作品賞以下賞を総なめにし、ガウディ賞ノミネーション、ゴヤ賞では衣装デザイン賞を受賞するなどした話題作。前述したビリャロンガの『ブラック・ブレッド』など。ここしばらくTVドラ出演が多く、本作でカムバックしたようです。監督との接点は『ブラック・ブレッド』でしょうか。

 

     

            (ライア・マルル、“Quatretondeta”から)

 

セルジ・ロペスは、なんといってもギレルモ・デル・トロの『パンズ・ラビリンス』06)の憎っくきビダル大尉でしょうか。1965年バルセロナ近郊生れ、本格的な演技はフランスのジャック・ルコック演劇学校で学んだ。フランス語ができ、デビューはマニュエル・ポワリエのLa petite amie d’Antonio92)でいきなり主役のアントニオに起用された。したがって最初の頃はフランス映画出演が多く、ドミニク・モル監督の『ハリー、見知らぬ友人』でセザール賞2000主演男優賞を受賞しているほど。フランソワ・オゾンのファンタジー『リッキー』09)など。スペイン語映画では、『パンズ・ラビリンス』のあと、イサベル・コイシェの『ナイト・トーキョー・デイ』09)、『ブラック・ブレッド』、ダニエル・モンソンの『エル・ニーニョ』14)などでしょうか。いかつい顔から悪役、シリアスドラマ、コメディとこなして演技の幅は広い。

 

      

            (セルジ・ロペス、“Quatretondeta”から)

 

フリアン・ビジャグランは、1973年カディス生れ、ダニエル・サンチェス・アレバロのデビュー作『漆黒のような深い青』06)が日本発登場でしょうか。フェリックス・ビスカレットのBajo las estrellas07)、ナチョ・ビガロンドのExtraterrestre11)、アルベルト・ロドリゲスのGrupo 7の演技が認められ、ゴヤ賞2013助演男優賞、スペイン俳優組合賞助演男優賞を受賞した。ビガロンドの『ブラック・ハッカー』14)は、イライジャ・ウッドが主演だったからか、テーマが今日的だったかで直ぐ公開された。横道に逸れるがビガロンド監督は、デビュー作となったサスペンス『タイム・クライムス』以来、コアなファンがいるようです。前回紹介したコルド・セラの「ゲルニカ」にも出演している。

 

   

    (フリアン・ビジャグラン、後ろ向きがサクリスタン、“Quatretondeta”から)

 

★撮影監督のカルレス・グシは、『テイク・マイ・アイズ』、『エル・ニーニョ』、『プリズン211』など手がけているベテラン。本作はロードムービーの要素もあるから、上映を待ち焦がれているファンも多いのではないか。予告編の面白さから判断するに、必ず賞に絡むのではないか。

 

★次回はイネス・パリスのコメディ“La noche que mi madre mató mi padre”の予定。


イネス・パリスの新作は悲喜劇*マラガ映画祭2016 ⑤2016年04月25日 15:41

        ベレン・ルエダがコメディに初挑戦、40代は女優の曲がり角

 

イネス・パリスの第4作めLa noche que mi madre mató a mi padreは、「お母さんがお父さんを殺しちゃった夜」などと物騒なタイトルですが辛口コメディです。監督は『マイ・マザー・ライクス・ウーマン』2002)で長編デビュー、運良く「東京国際レズ&ゲイ映画祭2003」で上映され、2004年から始まったラテンビートでも見ることが出来ました。ベレン・ルエダといえば、日本ではアメナバルの『海を飛ぶ夢』、フアン・アントニオ・バヨナの『永遠の子どもたち』、ギリェム・モラレスの『ロスト・アイズ』などが話題作です。初のコメディ挑戦がウリですが、本人によると大方のイメージとは異なってコミカルな性格だそうで、TVドラでも実証済みです。共演者はエドゥアルド・フェルナンデス、マリア・プジャルテ、フェレ・マルティネス、ディエゴ・ペレッティ、パトリシア・モンテロと演技派が集合して危なげない。

 

 

 (オール出演者、ルエダ、フェルナンデス、ペレッティ、他)

 

   La noche que mi madre mató a mi padre2016

製作:La Noche Movie A.I.E. / Sangam Films / Post Eng Producciones /

     共同製作TVE / Movistar / Crea S.G.R. / 協賛ICAA / Cultura Arts

監督・脚本:イネス・パリス

脚本(共同):フェルナンド・コロモ

撮影:ネストル・カルボ

音楽:アルナウ・バタリェル

編集:アンヘル・エルナンデス・ソイド

美術:ラウラ・マルティネス

衣装デザイン:ビセンテ・ルイス

メイクアップ・ヘア:ラケル・コロナド(ヘア)、サライ・ロドリゲス(メイク)

製作者:ベアトリス・デ・ラ・ガンダラ、ミゲル・アンヘル・ポベダ

データ:スペイン、スペイン語、2016年、コメディ、撮影地バレンシア、マラガ映画祭2016424日上映

 

キャストベレン・ルエダ(イサベル・パリス)、エドゥアルド・フェルナンデス(夫アンヘル)、マリア・プジャルテ(アンヘルの元妻スサナ)、ディエゴ・ペレッティ(俳優ディエゴ・ペレッティ)、フェレ・マルティネス(イサベルの元夫カルロス)、パトリシア・モンテロ(カルロスの恋人)、他

 

解説:美の衰えを抱きはじめた40代の女優イサベルの物語。プロフェッショナルな女優の価値について、つまり年を重ねることの恐れ、その能力、不安定、矛盾、コケットリー、苦しみなどを議論したいと思っている。イサベルと脚本家の夫アンヘルは、アンヘルの元妻で映画監督のスサナとアルゼンチンの俳優ディエゴ・ペレッティを夕食に招待する。ディエゴが今度の映画の主役を引き受けるよう説得するためだ。夕べの集いのなかば過ぎ、イサベルの元夫カルロスが若いガールフレンドを連れて闖入してくる。彼女はディエゴに秋波を送り男の欲望を掻きたてる戦術にでる。予期せぬ事態に宴は混乱、ひとつめの死体が転がることに。果たして死体は一つですむのでしょうか。

 

         21世紀のもつれあった夫婦関係を模索する?

 

★「登場人物はすべてアーティスト、自由放縦なボヘミアン、意志が弱く、エゴイスト、さらに思い込みが激しく夢見がち」とイネス・パリス監督。かつてフランコ時代に描かれた家族像とは様変わりしている。例えばフェルナンド・パラシオスの『ばくだん家族』(62)、貧しいけれど父親と母親、子供たち、祖父母世代は遠くに住んでいる。結婚は1回で子沢山、これが当たり前の家族だった。ビジネス絡みとはいえ、夫婦が自宅に元夫と元妻を招待して一緒に夕べの宴をするなどありえなかった。また先日訃報に接したばかりのミゲル・ピカソの『ひとりぼっちの愛情』(64)、これはミゲル・デ・ウナムーノの同名小説“La tía Tula”の映画化ですが、妻が死んで残された夫とまだ母親が必要な子供が残される。婚期を過ぎた妻の美しい妹が見かねて母親代わりになる。夫も義妹も心のなかでは想い合うが・・・と、まあ焦れったい物語です。義妹になった女優の演技、心理描写の巧みさで現在見ても面白いかと思いますが、歴史を感じさせます。これはサンセバスチャン映画祭で監督賞、シネマ・ライターズ・サークル作品賞などを受賞した作品でした。

 

 

       (本作について語るイネス・パリス)

 

監督紹介

イネス・パリスは、1962年マドリード生れ、監督、脚本家。大学では哲学を専攻(哲学者カルロス・パリスが父)、特に美学と芸術理論、のち舞台芸術の演技と演出を学んだ。映画、テレビ、ドキュメンタリーの脚本家として出発、2002年ダニエラ・フェヘルマンとの共同監督作品『マイ・マザー・ライクス・ウーマン』で監督デビュー(フィルモグラフィーは下記参照)。現在は、スペイン及び海外の映画学校で教鞭をとるほか、男女平等についての記事を執筆している。CIMAAsociacion de Mujeres Cineastas y de los Medios Audiovisuales)の会長を5年間務め、またアフリカ女性の自立を援助する財団の顧問でもある。

 

   

           (フェルナンデス、ルエダ、監督、ペレッティ)

 

フィルモグラフィー(長編映画の監督作品)

2002A mi madre le gusutan las mujeres”コメディ『マイ・マザー・ライクス・ウーマン』

2005Semen, una histiria de amor”コメディ(問題を抱えた現代女性についての白熱した考察)

2007Miguel y William”(セルバンテスとシェイクスピア)

2016La noche que mi madre mató a mi padre”コメディ

うち第3作目“Miguel y William”は、16世紀末、一人の女性(エレナ・アナヤ)に魅せられてしまった二大作家セルバンテス(フアン・ルイス・ガリアルド)とシェイクスピア(ウィル・ケンプ)を交錯させたドラマ。その体験がミゲルに『ドン・キホーテ』を、ウィリアムに三大悲劇(ハムレット、オセロ、リア王)を書かせたというお話。

   

キャスト紹介

ベレン・ルエダは、1965年マドリード生れ、キャリアについては公開作品『海を飛ぶ夢』『永遠のこどもたち』の公式サイトに詳しいが、TVドラ出演がもっぱらで、『海を飛ぶ夢』が映画デビューだったという遅咲きの女優。本作では40代後半の女優に扮したが、実際は既に51歳になっている。冒頭に触れたようにコミカルな性格、「我が家にいるときは、家族を笑わせるピエロ役、でもコメディを演ずることとピエロであることは同じではない」とインタビューに応えている。「女性の脚本家が不足しているから、ある年齢に達した女優が優れたホンに出会えるチャンスは多くない」とも。

 

マリア・プジャルテは、1966年、ガリシアのア・コルーニャ生れ。“Miguel Willam”を除いてイネス・パリスのデビュー作『マイ・マザー・ライクス・ウーマン』から出演している。脇役が多いから結果的に出演本数は多くなり、主にバルセロナ派の監督に起用されている。なかでセスク・ゲイの群像劇『イン・ザ・シティ』では、エドゥアルド・フェルナンデスや『マイ・マザー~』のレオノール・ワトリングなどと共演している。

 


 (死体に唖然とするプジャルテ、ペレッティ、フェルナンデス)

 

エドゥアルド・フェルナンデスは、1964年バルセロナ生れ、ルエダ同様公開作品が多いから説明不要でしょうか。1985年シリーズTVドラで出発した。公開作品を時系列で並べると、ビガス・ルナ『マルティナは海』01)、アグスティン・ディアス・ヤヌス『アラトリステ』06)、アグスティ・ビリャロンガ『ブラック・ブレッド』10)、アレハンドロ・G・イニャリトゥ『ビューティフル』10)、アルモドバル『私が、生きる肌』11)、ダニエル・モンソン『エル・ニーニョ』14)など。その他、F・ハビエル・グティエレス『アルマゲドン・パニック』08)やビセンテ・ランダ『ザ・レイプ』09)などがDVD化されています。当ブログでは、アルゼンチン監督のマルセロ・ピニェイロのEl método05)とグラシア・ケレヘタのFelices 14014)でご紹介しています。

El método”の記事は、コチラ⇒20131219

Felices 140”の記事は、コチラ⇒201517

 

フェレ・マルティネスは、アメナバルの『テシス、次に私が殺される』95)のホラー・オタク青年、フリオ・メデムが次回作を撮れなくなったほど大成功をおさめた『アナとオットー』98)の主人公オットー、アルモドバルの『バッド・エデュケーション』の監督役など、公開された話題作に出演している。

 

パトリシア・モンテロは、1988年バレンシア生れ。1999年、マリアノ・バロッソのLos lobos de Washingtonで映画デビュー、本作にはエドゥアルド・フェルナンデスやマリア・プジャルテが出演していた。その後シリーズTVドラ出演に専念、代表作の殆どがTVドラである。2011年ダビ・マルケスのEn fuera de juegoの小さい役で映画復帰、本作が本格的な映画出演のようです。

 

    (カルロス役のフェレ・マルティネスとガールフレンドのパトリシア・モンテロ)

 

ディエゴ・ペレッティは、アリエル・ウィノグラードの第4作になるロマンチック・コメディSin hijosにマリベル・ベルドゥと共演したアルゼンチンの俳優。ここではオシャマな娘に振り回されるバツイチを演じた。1963年ブエノスアイレス生れ、ルシア・プエンソの『ワコルダ』で少女リリスの父親を演じて既に日本登場の俳優です。本作では本人と同じ名前ディエゴ・ペレッティで登場します。キャリアについてはご紹介済みです。

Sin hijos”とディエゴ・ペレッティのキャリア紹介記事は、コチラ⇒2015824

 

    

   (マラガに勢揃いした監督以下の女優陣、右端は製作者ベアトリス・デ・ラ・ガンダラ)

 

★開幕2日前には赤絨毯が敷かれてからはフェスティバル・ムードも盛り上り、23日夜には最高賞のマラガ賞がバス・ベガに手渡されました。こんな鈍行では51日のクロージングまでどれだけご紹介できるか分かりませんが、馴染みのある監督や俳優が出演している映画を拾っていきたい。

 

カンヌ映画祭もオフィシャル・セクションのノミネーションが発表になりました。予想通りアルモドバルの“Julieta”が選ばれ、下馬評ではパルムドール、審査員賞などが取りざたされておりますが、個人的には厳しいかなと思います。ラテンアメリカからはブラジルのKleber Mendonça Filho(クレベル・メンドンサ・フィーリュ?)の“Aquarius”(フランスとの合作)がノミネートされました。「ある視点」部門では、アルゼンチンから若い二人の監督アンドレア・テスタとフランシスコ・コルテスのデビュー作“La larga noche de Francisco Sanctis”がいきなりノミネートされ、若い二人は夢心地です。マラガのあとカンヌ特集を予定していますので、いずれご紹介することになるでしょう。

イサキ・ラクエスタの新作はスリラー*マラガ映画祭2016 ⑥2016年04月29日 10:28

 金貝賞」受賞者ラクエスタ、金のジャスミン賞」ゲットなら両賞受賞は初となる!

 

金のジャスミン賞」というのはマラガ映画祭の作品賞、「金貝賞」はサンセバスチャン映画祭の最高賞のことです。イサキ・ラクエスタは、2011年に長編6作目Los pasos dobles金貝賞」を受賞しています。マラガ映画祭は比較的若い監督に焦点が当てられているので将来的にも両賞の受賞は限られます。8作目となる本作はイサ・カンポとの共同監督、オリジナル版タイトルはカタルーニャ語のLa propera pell、スペイン語はLa proxima pielでマラガは吹替え上映のようです。最初の候補作にはなかった作品、最終選考で浮上しました。イサキ・ラクエスタはLa leyenda del tiempo2006)が『時間の伝説』という邦題で上映されたことや、河瀨直美と短編ドキュメンタリーSinirgiasLas variaciones Naomi Kawase e Isaki Lacuesta09)を共同監督したことから若干認知度はあるでしょうか。

 

         

 

     La propera pellLa próxima piel2016

製作:Corte y Confeccion de pelicula/ La Termita Films / Sentido Films / Bord Cadre Films

      協賛ICAA / ICCE / TV3 /Eurimage

監督・脚本・製作者(共同):イサキ・ラクエスタ、イサ・カンポ

脚本(共同):フェラン・アラウホ

撮影:ディエゴ・ドゥスエル

音楽:ヘラルド・ヒル

美術:ロヘル・ベリエス

編集:ドミ・パラ

製作者(共同):オリオル・マイモー、ラファエル・ポルテラ・フェレイレ、他

データ:スペイン、カタルーニャ語・フランス語・スペイン語、2016年、103分、スリラー、撮影地サジェント・デ・ガジェゴ(アラゴン州ウエスカ県北部)、バルセロナ。マラガ映画祭2016では428日上映。

 

キャスト:アレックス・モネール(レオ/ガブリエル)、エンマ・スアレス(母アナ)、セルジ・ロペス(伯父エンリク)、イゴール・スパコワスキー(従兄弟ジョアン)、ブリュノ・トデスキーニ(少年センターの指導員ミシェル)、グレタ・フェルナンデス(ガールフレンド)、ミケル・イグレシアス、シルビア・ベル、他

 

解説8年前突然行方知れずとなった少年が、心の声に導かれて国境沿いのピレネーの小さい村に戻ってくる。もはやこの世の人ではないと誰もが信じており、家族さえ謎に満ちた少年の失踪を受け入れていた時だった。青年は果たして本当にあの行方不明になった子供なのか、またはただなりすましているのか、という疑いが少しずつ浮かぶようになってくる。

 

★前作“Murieron por encima de sus posibilidades”がサンセバスチャン映画祭2014コンペティション外で上映されて間もなく、次回作の発表がジローナであった。「8年前にほぼ脚本は完成していたが、製作会社が見つからずお蔵入りしていた。一人の女性と行方不明になっていた息子が10年ぶりに出会う物語です。フランスとの国境沿いのピレネーの村が舞台、このような地域は人によっては目新しく映る所です。ツーリストとその土地で暮らす人との違いを際立たせたい。季節は真冬、とても風土に密着した映画」とインタビューで語った。イサ・カンポと8年前から構想していたこと、製作会社、キャスト陣、113日にサジェント・デ・ガジェゴでクランクイン、撮影期間は6週間の予定などがアナウンスされた。

 

     

          (本作撮影中のイサ・カンポとイサキ・ラクエスタ)

 

★最初の構想では母子の出会いは10年ぶりだったこと、まるで神かくしにあったかのように突然消えてしまった息子がピレネーの反対側、フランスの少年センターで発見されることなど若干の相違が見られます。製作会社のうちLa Termita Filmsは二人が設立しており、責任者は主にイサ・カンポのようです。製作会社が見つからなければ自分たちで作ってしまおう、というのが若いシネアストたちの方針なのでしょう。

 

   

        (主役のガブリエルを演じたアレックス・モネール、映画から)

 

監督紹介

イサキ・ラクエスタ Isaki Lacuesta 1975年、へロナ(カタルーニャ語ジローナ)生れ、監督、脚本家、製作者、両親はバスク出身。バルセロナ自治大学でオーディオビジュアル・コミュニケーションを学び、Pompeu Fabra 大学のドキュメンタリー創作科の修士号取得、ジローナ大学の文化コミュニケーションの学位取得。マラガ映画祭2011エロイ・デ・ラ・イグレシア賞を受賞している。現在は映画、音楽、文学についての執筆活動もしている。共同監督のイサ・カンポと結婚、二人三脚で映画を製作している。

 

長編フィルモグラフィー(長編ドキュメンタリーを含む)

2002Cravan vs Cravan

2006La leyenda del tiempo”『時間の伝説』ラス・パルマス映画祭特別審査員賞受賞、アルメニアのエレバン映画祭の作品賞「銀のアプリコット賞」受賞、他

2009Los condenados サンセバスチャン映画祭FIPRESCI国際映画批評家連盟賞受賞

2010La noche que no acaba”(ドキュメンタリー)

2011El cuaderno de barro”(61分の中編ドキュメンタリー)ビアリッツ・オーディオビジュアル・プログラマー国際映画祭FIPA「音楽ライブ」部門ゴールデンFIPA受賞、ゴヤ賞2012ドキュメンタリー部門ノミネーション

2011Los pasos dobles”サンセバスチャン映画祭2011金貝賞受賞作品、他

2014Murieron por encima de sus posibilidades”コメディ、サンセバスチャン映画祭2014コンペティション外出品作品

2016La propera pell”本作

  

  

 (「金貝賞」のトロフィーを手にしたラクエスタ監督と脚本家イサ・カンポ、授賞式にて)

 

★第2La leyenda del tiempo(『時間の伝説』)は二つのドラマ、カンタオールの家系に生まれた少年イスラの物語とカンタオーラを目指してスペインにやってきた日本女性マキコの物語を交錯させ、二人の出会いと喪失感を描いたもの。日本はフラメンコ愛好者がスペインを除くと世界で一番多い国ということか、あるいは日本女性(マキコ・マツムラ)が出演していたせいか、セルバンテス文化センター「土曜映画上映会」で2010年上映された(日本語字幕入り)。個人的にはMurieron por encima de sus posibilidadesのような100%フィクションのコメディが好みですが、あまり評価されなかった。ボクもワタシも仲間に入れてとばかり人気俳優が全員集合しての演技合戦、その中から今回の主役アレックス・モネール、エンマ・スアレス、セルジ・ロペスなどが起用されました。

 

イサ・カンポ Isa Campo 1975年生れ、脚本家、監督、製作者。バルセロナのPompeu Fabra 大学の映画演出科で教鞭をとっている。ラクエスタとの脚本共同執筆歴が長く、Los condenadosLa noche que no acabaEl cuaderno de barroLos pasos doblesMurieron por encima de sus posibilidades5作でコラボしている。アルバ・ソトラのドキュメンタリーGame Over15)は、ガウディ賞2016(ドキュメンタリー部門)で作品賞を受賞している。監督としては短編、ビデオ多数、本作が長編映画デビュー作である。最近1児の母になった。現在はウルグアイ出身のフェデリコ・ベイロフの脚本を執筆中、彼の最新作はサンセバスチャン映画祭2015で“El apóstata”(ウルグアイ、フランス、チリ合作)で審査員スペシャル・メンションを受賞した。ほかにコメディ“Acné”(08、アルゼンチン、メキシコ他との合作)が『アクネACNE』の邦題で短期間公開されている。

 

 

  (“Murieron por encima de sus posibilidades”撮影頃のカンポとラクエスタ)

 

キャスト陣:最近のエンマ・スアレスは話題作に出演している。若いころには上手い女優とは思わなかったが監督には恵まれている。年齢的にはおかしくないのですが、アルモドバルのJulietaでも母親役でした。セルジ・ロペスはポル・ロドリゲスのQuatretondetaで紹介したばかりです。

 

 
         (エンマ・スアレスとアレックス・モネール、映画から)

 

★若いアレックス・モネール1995年バルセロナ生れ、上記したようにMurieron por encima de sus posibilidadesにチョイ役で出演しています。デビュー作はパウ・プレイシャスPreixasHéroes10)、パトリシア・フェレイラの話題作Els nens salvatges(“Los niños salvajes”)で3人の若者の一人に抜擢された。マリア・レオンとゴヤ・トレドが共演したベレン・マシアスのMarsella14)、日本ではパコ・プラサの[REC]312)で登場しています。

ベレン・マシアスの“Marsella”の記事は、コチラ⇒2015

 

 

     (セルジ・ロペスとアレックス・モネール、映画から)

 

ブリュノ・トデスキーニは、1962年スイス生れ、フランス映画で活躍している。スペイン映画ではアグスティ・ビリャロンガのEl pasajero clandestino95)やヘラルド・エレロのTerritorio Comanche97)に出演している。しかし本拠地はフランス、パトリス・シェローのお気に入り、『王妃マルゴ』94)、『愛する者よ、列車に乗れ』98)に出演している。代表作は2003年のベルリン映画祭でシェロー監督が銀熊賞を受賞した『ソン・フレール―兄との約束』の難病に冒された兄役でしょうか。見続けるのがなかなか辛い映画でしたが、ルミエール賞受賞ほかセザール賞ノミネーションなどを受けた作品。  

 

 

   (左から2人目がブリュノ・トデスキーニ、アレックス・モネール、エンマ・スアレス)