『8月のエバ』 鑑賞記*ラテンビート2019 ⑨2019年11月13日 12:33

     ホナス・トゥルエバの『8月のエバ』――30代女性のロメリア巡り

      

    

     

★東京会場土曜日(9日)、東京国際映画祭TIFF共催上映の『戦争のさなかで』『ファイアー・ウィル・カム』、2回目の上映となる『8月のエバ』の3作、翌日曜日にはTIFFでも上映された『列車旅行のすすめ』、ブラジル若手監督の『神の愛』の計5作を楽しんできました。『戦争のさなかで』と『ファイアー・ウィル・カム』は、まだ咀嚼中なので後回しにするとして、他の3作を鑑賞順にお喋りしたい。先ずはカルロヴィ・ヴァリ映画祭 FIPRESCI と審査員スペシャル・メンションを受賞した8月のエバ』から。

8月のエバ』の紹介記事は、コチラ20190603

 

    

  (ホナス・トゥルエバ監督とイチャソ・アラナ、カルロヴィ・ヴァリ映画祭2019)       

 

A: ホナス・トゥルエバ8月のエバ』には、監督第2Los ilusos13)以来、全作品を手掛けてきた制作会社「Los Ilusos Films」の製作者ハビエル・ラフエンテQ&Aがありました。

B: 第2作を撮るために監督と一緒に起ち上げた制作会社です。

A: デビュー作Todos las canciones hablan de mi10)は、母クリスティナ・ウエテの制作会社「フェルナンド・トゥルエバP.C.S.A.」製作でしたが、「親の七光り」に頼りたくなかったのかもしれない。翌年のゴヤ賞新人監督賞にノミネートされた。

 

B: 父フェルナンド・トゥルエバは勿論だが、叔父ダビ・トゥルエバ「フェルナンド・トゥルエバP.C.S.A.『「ぼくの戦争」を探して』を撮っている。

A: ゴヤ賞2014の作品賞以下6冠に輝いた作品、LBFFで上映された。父の『チコとリタ』『ふたりのアトリエ~ある彫刻家とモデル』LBFFで上映されているから、トゥルエバ一家3監督の作品が本映画祭で上映されたことになります。

 

B: ラフエンテさんによると、「8月のマドリードの酷暑は半端でなく、多くの人はバカンスに逃げ出す。しかし出かけられない人々や観光客のためにフィエスタや祝祭日の前夜野外で催される祭りがある」ということでした。

A: 「ベルベナス」と言ってましたね。マドリードの下町では、ロメリアという巡礼祭のなかでも最も重要な三大祭り、サン・カジェタノ祭サン・ロレンソ祭パロマの聖母祭81日から15日にかけて順繰りに祝われる。ミサに行く人は激減しているけれど、フィエスタ好きのマドリっ子の人気は色あせていない。日記体で81日から15日まで15のエピソードを追ってカメラは移動していく。

   

  

(背後に伝統衣装を着て祭を楽しむマドリっ子。エバがルイスと偶然再会するシーンから)

 

B: クライマックスがマドリードの守護聖女パロマを祝うパロマの聖母祭(ビルヘン・デ・ラ・パロマ)で締めくくられる。

A: 815日は、聖母被昇天の祝日、聖母マリアが肉体と霊魂を伴って天国に昇っていく。カトリックの国の多くが祝日です。いろんな奇跡が起きる日でもあり、エバにも起きたわけです。

 

B: エバ役のイチャソ・アラナのために撮った作品で、女性の目線を取り入れて脚本を手直ししながら撮影していったとラフエンテさんは語っていた。

A: 彼女は脚本の共同執筆者でもあり今回脚本家デビューを果たした。トゥールーズ・シネエスパーニャで監督と一緒に脚本賞を受賞、女優賞もゲットした。

   

                 

          (水に全身を委ねるエバ、イチャソ・アラナ)

 

B: 彼女は4作目La reconquistaのヒロインで初めてトゥルエバ映画に起用された。

A: Netflixで邦題『再会』で配信されました。相手役は新作では重要な役だがスクリーンには少ししか登場しなかったフランセスコ役のフランセスコ・カリルだった。エバとは3ヵ月前に別れたばかりという元カレらしく、エバが動揺する様子がきめ細やかに描かれていた。エバが酷暑のマドリードで過ごすことにした理由の一つです。フランセスコ・カリルはトゥルエバ映画の常連の一人です。

『再会』の紹介記事は、コチラ20160811

 

B: イチャソ・アラナの次にクレジットされながら、なかなか登場しなかったアゴス役のビト・サンスも常連の一人、8歳になる娘の父親役ということで、かなりオジサンだったのでびっくりした。

A: 演技の幅が広がったように思いました。もっともなくてもよかったシーンもありましたが、サンスもアラナも頑張りました(笑)。マラガ映画祭2018の目玉の一つだったマテオ・ヒル『熱力学の法則』でちょっとノイローゼ気味の物理学者役で主役を好演した。

B: 邦題はNetflixが配信したときに付けられた。

『熱力学の法則』の紹介記事は、コチラ20180402

 

        

             (ビト・サンスとイチャソ・アラナ)

 

A: もう一人の常連が国立考古学博物館でばったり出会うルイス役のルイス・エラス、女優陣の常連がボヘミアンのオルカ役イサベル・ストフェルです。子育て中ということで唯一現実感のあった女性ソフィアを演じたのがミケレ・ウロスで、第2作目「Los Ilusos」に出演している。というわけで「気の合った仲間が集まって自由に撮りかった」と語っていた通りのファンタジックな作品に仕上がっている。まあ、スペイン映画では珍しい作品、若い女性観客からはエバが何がしたいのかワカンナイという不満が聞こえてきそうです。

 

       

   (左から、アラナ、イサベル・ストフェル、ミケレ・ウロス、ジョー・マンジョン)

 

        

        青春時代は終わったのにモラトリアムを続行中の群像劇

 

B: 2時間越えは忙しい日本人には厳しいかもしれないね。エリック・ロメール『緑の光線』86)を思い起こした観客が多かった。プロットの立て方が似てますからね。

A: むしろドラマの推進役として、バルセロナ派の監督が使用した群像劇、例えばセスク・ゲイ『イン・ザ・シティ』03)を思い出しました。今まで全く無関係だった複数の人物が繋がってドラマが進行していく。ロバート・アルトマンが生みの親と言われるアンサンブル劇、スペインでは合唱劇と言ってます。

B: 中核になる人物、ここではエバですが、偶然出会うオルカやアゴスがドラマの推進役で、元カレのフランセスクは別として、かつての友人ルイスは消えてもいい。

 

A: ロメールに戻ると、あちらの主人公デルフィーヌは20歳半ば、こちらはもうすぐ33歳になると開きがありますが、孤独と不安を抱え込んでいる女性、フィナーレで二人に奇跡が起きるのは同じでした。大きな違いはデルフィーヌのケースは、友達がギリシャ行きのバカンスを突然キャンセルしたからで、エバとは動機がまったく異なる。エバは「信徳」としてバカンスに行かなかった。このあたりは日本の観客には分かりづらいかもしれない。

 

B: どちらも女性のほうから見ず知らずの男性に話しかけてドラマを完結させた。エバはソレア・モレンテが歌うTodavíaが気に入って話しかけたいが躊躇している。アゴスに促されて勇気を出して言いに行く。如何にもトゥルエバ風のシーンでした。

A: 「しばしば自分が嫌になる、ここからどこかへ行ってしまいたい、でも私にはまだ時間があるよ~」というような歌詞でしたが、エバの気持ちにぴったりでした。これはモレンテが2015年にリリースした曲で、ここら辺はアラナのアイディアかもしれない。

 

        

          (Todavía」を熱唱するソレア・モレンテ、映画から)

 

B: エバが受けるセラピーのチャクラの挿入もアラナの提案かもしれない。日本でも健康維持や自己啓発の一つとして女性たちに受け入れられている。

A: 長寿時代になったとはいえ、20代の10年間、30代の10年間は今も昔も同じ、病んだ老後が増えただけ、愛と青春時代は早く過ぎ去るのです。