スペイン移住を決意したアルフレッド・カストロ*チリの才能流出2024年05月23日 09:57

            チリではプラチナ賞なんか誰も気にかけない!」

     

      

     (ズームでインタビューに応じるカストロ、2024425日、メキシコ・シティ)

 

★先月、4個めのイベロアメリカ・プラチナ賞TV部門男優賞)を受賞したアルフレッド・カストロのスペイン移住のインタビュー記事に接しました。ニコラス・アクーニャの「Los mil días de Allende」(全4話、仮題「アジェンデの1000日」)でサルバドール・アジェンデ大統領(197073)を体現した演技で受賞したのですが、このドラマ出演とスペイン移住がやはりリンクしているようです。ラテンアメリカ諸国のなかでは、チリは経済こそ比較的安定していますが、文化軽視が顕著で芸術にはあまり敬意を払いません。多くのシネアストがヨーロッパやアメリカを目指す要因の一つです。インタビュアーは2022年からチリに在住するエルパイスの記者アントニア・ラボルデ、メキシコのプロダクションのための撮影が終了したばかりのカストロとズームでインタビュー、以下はその要約とカストロのキャリア&フィルモグラフィーを織り交ぜて紹介したい。

         

           

     (アジェンデ大統領に変身するためのメイクに毎日3時間を要した)

    

★チリだけでなくアルゼンチンを筆頭にラテンアメリカ諸国やスペインなどの映画に出演していることもあって、当ブログでも記事にすることが多い俳優の一人です。しかしその都度近況をアップすることはあっても纏まったキャリア紹介をしておりませんでした。パブロ・ララインの長編デビュー作「Fuga」、続く「ピノチェト政権三部作」(『トニー・マネロ』『ポスト・モーテム』『Noノー』)、『ザ・クラブ』や『ネルーダ 大いなる愛の逃亡者』、『伯爵』と監督の主要作品で存在感を示しているパフォーマーです。

   

      

         (観客を震撼させた『トニー・マネロ』のポスター)

 

アルフレッド・アルトゥール・カストロ・ゴメスは、1955年サンティアゴ生れの68歳、俳優、舞台演出家、映画監督、その幅広い演技力でラテンアメリカを代表する俳優の一人、特にチリの舞台芸術ではもっとも高く評価されている演技者及び演出家と言われています。5人兄弟でサンティアゴで育った。母親を10歳のとき癌で失っている。ラス・コンデスのセント・ガブリエル校、プロビデンシアのケント校、ラス・コンデスのリセオ・デ・オンブレス第11校で学んだ。1977年チリ大学芸術学部演劇科卒、同年APESエンターテイメント・ジャーナリスト協会賞を受賞する。同じくイギリスのピーター・シェイファーの「Equus」で舞台デビュー、専門家から高い評価を得る。

 

1978年から1981年のあいだ、創設者の一人でもあったテアトロ・イティネランテで働く。1982年、チリ国営テレビ制作の「De cara al mañana」でTVでのキャリアをスタートさせた。翌年ブリティッシュ・カウンシルの奨学金を得てロンドンに渡り、ロンドン音楽演劇アカデミーで学んだ。1989年にはフランス政府の奨学金を受け、パリ、ストラスブール、リヨンで舞台演出の腕を磨き、帰国後テアトロ・ラ・メモリアを設立したが、2013年資金難で閉鎖した。彼は、チリの舞台芸術で高く評価されている演技者であり演出家ではあるが、大衆向けではない。傾向として登場人物に複数の人格をあたえ、それを厳密に具現化すること、比喩に満ちた演出で知られています。「私は、2000人が見に来てくれる劇場を作っているわけでも、起承転結のある物語を作っているわけでもありません」と語っている。

 

★その後フェルナンド・ゴンサレス演劇アカデミーの教師及び副理事長として働く。カトリック大学の演劇のため、ニカノール・パラが翻案した「リア王」、ホセ・ドノソの小説にインスパイアーされた「Casa de luna」他を上演した。2004年にサラ・ケインの戯曲「Psicosis 4:48」を演出、翌年、チリのアーティストに与えられるアルタソル賞演劇部門で受賞、主演のクラウディア・ディ・ジローラモも女優賞にノミネートされた。2014年、テネシー・ウィリアムズの『欲望という名の電車』を演出、キャストはチリ演劇界を牽引するアンパロ・ノゲラマルセロ・アロンソルイス・ニエッコパロマ・モレノを起用した。2020年3月日刊紙「エル・メルクリオ」によって2010年代の最優秀演劇俳優に選ばれている。

  

1998年、チリ国営テレビ局に入社、ビセンテ・サバティーニ監督と緊密に協力し、TVシリーズの黄金時代(19902005)といわれたシリーズに出演して絶大な人気を博した。2006年、上述したパブロ・ララインの長編デビュー作「Fuga」に脇役で出演、2008年「ピノチェト政権三部作」の第1部となる『トニー・マネロ』に主演、その演技が批評家から絶賛された。第2部『ポスト・モーテム』、第3部『No /ノー』」と三部作すべてに出演、以後ララインとのタッグは『ザ・クラブ』から『伯爵』まで途絶えることがない。

   

  

   (女装に挑戦したロドリゴ・セプルベダの「Tengo miedo torero」のフレームから)

 

2015年、初めて金獅子賞をラテンアメリカにもたらしたロレンソ・ビガスの『彼方から』に主演したこともあってか、その芸術的キャリアが評価されて、2019年にベネチア映画祭からスターライト国際映画賞が授与された。以下にTVシリーズ、短編以外の主なフィルモグラフィーをアップしておきます。(ゴチックは当ブログ紹介作品、主な受賞歴を付記した)

    

  

  (金獅子賞を受賞したロレンソ・ビガスの『彼方から』で現地入りしたカストロ


主なフィルモグラフィー 

2006年「Fuga」監督パブロ・ラライン

2008年「La buena vida」(『サンティアゴの光』)同アンドレス・ウッド

2008年「Tony Manero」(『トニー・マネロ』「ピノチェト三部作」第1部)

   同パブロ・ラライン

   アルタソル2009男優賞、金のツバキカズラ2008男優賞、ハバナFF2008男優賞、他

2010年「Post Mortem」(『ポスト・モーテム』「ピノチェト三部作」第2部)同上

   グアダラハラ映画祭2011男優賞

2012年「No」(『No/ノー』「ピノチェト三部作」第3部)同上

2013年「Carne de perro」監督フェルナンド・グッゾーニ

2015年「Desde allá」(『彼方から』ベネチアFF金獅子賞)

   同ロレンソ・ビガス(ベネズエラ)  テッサロニキ映画祭2015男優賞

2015年「El club」(『ザ・クラブ』ベルリンFFグランプリ審査員賞)同パブロ・ラライン

   フェニックス主演男優賞、マル・デル・プラタFF男優賞

2016年「Neruda」(『ネルーダ 大いなる愛の逃亡者』カンヌFF「監督週間」)同上

2017年「La cordillera」(『サミット』)同サンティアゴ・ミトレ(アルゼンチン)

2017年「Los perros」(カンヌFF「批評家週間」)同マルセラ・サイド

   イベロアメリカ・プラチナ2018主演男優賞

2018年「Museo」(ベルリンFF)同アロンソ・ルイスパラシオス(メキシコ)

2019年「El principe」(ベネチアFF批評家週間クィア賞)同セバスティアン・ムニョス

   イベロアメリカ・プラチナ2021助演男優賞

2019年「Algunas bestias / Some Beasts」(サンセバスチャンFF

   同ホルヘ・リケルメ・セラーノ

2020年「Tengo miedo torero / My Tender Matador」同ロドリゴ・セプルベダ

   グアダラハラFF2022メスカル男優賞&マゲイ演技賞、カレウチェ2022主演男優賞

2020年「Karnawal」同フアン・パブロ・フェリックス

   グアダラハラFF2020男優賞&メスカル男優賞、銀のコンドル2022助演男優賞、

   マラガFF2021銀のビスナガ助演男優賞、イベロアメリカ・プラチナ2022助演男優賞

2021年「Las consecuencias」(マラガFF批評家審査員特別賞)

   同クラウディア・ピント(ベネズエラ)

2022年「El suplente」(『代行教師』サンセバスチャンFF

   同ディエゴ・レルマン(アルゼンチン)

2022年「La vaca que canto una cancion hacia el futuro」同フランシスカ・アレグリア

2023年「Los colonos」(『開拓者たち』カンヌFF「ある視点」)同フェリペ・ガルベス

2023年「El viento que arrasa」同パウラ・エルナンデス

2023年「El conde」(『伯爵』)同パブロ・ラライン

 

★フランコ没後半世紀が経っても多くの信奉者がいるように、チリのピノチェト信奉者はしっかり社会に根付いている。社会主義者アジェンデ大統領の最後の3年間(197073)を描いたTVミニシリーズ「Los mil días de Allende」で大統領に扮した俳優を攻撃したり、一部のメディアがタイトルを無視したりしたことがチリ脱出の引き金になっているようです。要約すると、まずはスペインに部分的に軸足を移し、本格的な移住は来年早々になる。このことが吉と出るかどうか分からないが、チリとの関係は今後も続ける。スペイン国籍は民主的記憶法のお蔭で既に取得している。母方の祖父がカンタブリア出身であったこと、ゴメス家の歴史を書いたスペインの従兄弟と知り合いだったことが取得に幸いした。母方の苗字がゴメスということで、ルーツを徹底的に調べることができた。

      

   

       (『ポスト・モーテム』右は共演者アントニア・セへルス

 

TVシリーズ「アジェンデ」はベルギー、フランス、スペインでの放映が決定しており、国内より海外での関心の高さが顕著です。アウグスト・ピノチェト陸軍大将が犯した軍事クーデタから約半世紀が経つが、チリでの総括は当然のことながら終わっていない。両陣営の対立は相変わらずアンタッチャブルな側面を持っている。「パンを買いに出かけたら無事に帰宅できる、通りが憎しみに包まれていないところで暮らしたい」と、チリで最も多い受賞歴を持つカストロはインタビューに応えている。〈ボット〉はネガティブなコメントを集め、プレスはそっぽを向く。チリでは文化など不愉快、海外で評価される人は無価値、「4個のプラチナ賞など誰も重要視しない!」とカストロ。

    

       

        (パブロ・ララインの『ザ・クラブ』のフレームから

    

★移住を決意した理由の一つに68歳という微妙な年齢もあるようです。「私はもう若くない」と、引退するには若すぎるがチリで仕事を続けるのはそう簡単ではない。スペインにいるエージェントたちから「アルフレッド、もしそのうち考えるよなら、来るチャンスはないよ」と言われた。しかし「私にとってチリは常に私を育ててくれ、楽しんだところだ。良きにつけ悪しきにつけ、チリは私の祖国なんです」と。

 

60代というのは興味ある世代です。「スペイン語を母語とするコンテストの機会はそんなに多くない。私の世代には素晴らしい俳優がいるが、56人くらいです。自分は壁の隙間に入っている」。世間に〈高齢者〉と一括りされているが、旅をして、恋をして、仕事をして、SNSを自由に操作しているアクティブな〈60代の若者〉もいる。「このコンセプトが気に入った。自分にピッタリだよ」。幸運を祈りますが、わくわくするような映画を待っています。

 

主な関連記事

「ピノチェト政権三部作」の紹介記事は、コチラ20150222

『ザ・クラブ』の紹介記事は、コチラ20151018

『彼方から』の紹介記事は、コチラ20160930

『ネルーダ 大いなる愛の逃亡者』の紹介記事は、コチラ20160516

『サミット』の紹介記事は、コチラ20170518

Los perros」の紹介記事は、コチラ20170501

Museo」の紹介記事は、コチラ20180219

Algunas bestias / Some Beasts」の紹介記事は、コチラ20190813

Tengo miedo torero / My Tender Matador」の関連記事は、コチラ20190218

Karnawal」の紹介記事は、コチラ20210613

Las consecuencias」の紹介記事は、コチラ20210701

『代行教師』の紹介記事は、コチラ20220809

『開拓者たち』の紹介記事は、コチラ20230515

  

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