笑えないブラック・コメディ『列車旅行のすすめ』*ラテンビート2019 ⑩2019年11月15日 13:37

   アリッツ・モレノの『列車旅行のすすめ』――マトリョーシカ風ブラックコメディ

 

            

 

★頭の体操を強いられたのがアリッツ・モレノ『列車旅行のすすめ』、ラテンビート共催ではないが、東京国際映画祭TIFFでも上映された。アントニオ・オレフド・ウトリジャのベストセラー、同名小説の映画化です。ワールド・プレミアしたシッチェス映画祭のインタビューで「原作を尊重して、オブセッション、性的倒錯、多重人格、嫌味、皮肉、精神錯乱に娯楽性をたっぷり振りかけて映画化した」と監督。作家も脚本に参画しています。作品紹介記事では原作者のキャリアも紹介しています。

『列車旅行のすすめ』の紹介記事は、コチラ20191014

 

      

A: TIFFにはアリッツ・モレノ監督と原作者のアントニオ・オレフド・ウトリジャ氏がQ&Aに登壇した。原作者が脚本にコミットしていたので脚本家として来日したのでしょうか。

B: ブラックコメディでもあるし、サイコスリラー、メロドラマでもあり、ジャンル分けのできないハイブリッド映画、嘘八百と見せかけて戦争批判もするなど、なかなか奥が深い。とにかく結末を書くとネタバレになる。

 

       

          (モレノ監督と原作者オレフド・ウトリジャ、TIFF 2019Q&Aに登壇)

 

A: ロシアの民芸品マトリョーシカ人形のように入れ子になっている。一応ストーリー紹介をしておきましたが、紹介そのもは間違っていないと思うが、間違っているとも言えるのだ。本当の人格障害者が誰なのか、最悪の臨床例であるという危険なパラノイア患者のマルティン・ウラレス・デ・ウベダの姿が二転三転する。このマルティンを怪演したのがルイス・トサール、彼の七変化が楽しめます。

 

       

                   (こんな格好もマルティンです。ルイス・トサール)

 

B: 冒頭から登場するエルネスト・アルテリオ演じる精神科医アンヘル・サナグスティンの挙動が怪しげで、にわかには信用できない。自分の患者の病歴は㊙のはずなのにオシャベリがすぎる。この男は実はニセ医者なのではないか、と聞き手も観客も半分疑いの目を向ける。

   

      

    (ゴミ山に佇む精神科医アンヘル・サナグスティン、エルネスト・アルテリオ)

 

A: アンヘルの話を聞かされるはめになったのが、ピラール・カストロ扮する出版社の編集者エルガ・パトである。北スペインの精神科クリニックに心を病んだ夫を入院させてきたばかり、マドリードへ帰る列車で偶然にも席が隣り合わせになった。

B: 実は偶然ではなくエルガをクリニックで見かけたとアンヘル、ここからドラマが動き出す。

 

      

        (アンヘルの話を聞かされるエルガ、ピラール・カストロ)

 

A: この出会いが不幸だったエルガの人生を予測不可能な未来に誘い込んでいく。この主要3人を軸にして、フラッシュバックを挿入しながら何層にも重ね合わせてクライマックスまで観客を翻弄する。

B: 観客は「あれ、そういうことだったの?」と納得するそばから、ひっくり返される。だんだん疑心暗鬼になって、どれも本気にしたくなくなる。どうせまたひっくり返すだろうから。

 

A: エルガの夫エミリオを演ずるキム・グティエレスも、こんな演技を求められたのは初めてでしょう。ダニエル・サンチェス・アレバロの『漆黒のような深い青』(06)で一躍有名になり、細身のイケメンとしてコメディもこなしているが、こんなクレイジーな役は初めてか。

B: しかし、エミリオを小型にしたような人なら、昨今では珍しくなくなっているからぞっとするわけです。

 

        

            (エルガとエミリオ役のキム・グティエレス)

 

A: マルティンの妹役アメリアを演じるベレン・クエスタは、若手女優のなかでも成長著しいものがある。本作では準主役だが、今年のサンセバスチャン映画祭のセクション・オフィシアルにノミネートされたバスクの3監督、アイトル・アレギホセ・マリ・ゴエナガジョン・ガラーニョLa trinchera infinitaでは、アントニオ・デ・ラ・トーレと夫婦役、28歳から60歳までを演じわけている。

B: 受賞は難しそうだが、ゴヤ賞2020の主演女優賞候補の一人になるのは間違いない。

La trinchera infinita」の作品紹介記事は、コチラ20190723

 

         

             (撮影中のベレン・クエスタとモレノ監督)

 

A: 原作と映画は入れ子の入れ具合が同じではない。アンヘルがエルガのために何か食べ物と飲み物を調達してくると言って、途中の駅で下車したままレストランに入って戻ってこない。列車は当然のこと発車、エルガは精神科医のカルテが入った紙ばさみと車内に取り残される。

B: この紙ばさみが重要、ここでエルガの職業を編集者にした意味がはっきりする。

A: エルガは実に不幸な人生を歩んできたのですが、編集者として成功したいという野心を秘めている。小説ではエルガが主人公のようですね。彼女の上司がアルベルト・サン・フアン扮する「W」でした。作品紹介の段階では分からなかったところです。

 

        

           (W役のベテラン、アルベルト・サン・フアン)

 

B: なかなか制作会社が見つからなくて5年も掛かったが、視覚に訴えるビジュアルブックを作って説得に回ったことが功を奏したという。

A: ベストセラー小説でも映画化の困難さが予想される場合には、キャストが決まらないと制作会社の食指を動かすことはできない。映画界ではそれなりの知名度があっても長編映画の実績がない場合は尚更です。

B: 軸になる3人の他、出番は少なくてもサン・フアンのようなベテランの出演は大きい。

       

A: 他にも身長が伸びすぎて防具なしでは立てないガラテ(ハビエル・ボテット)と右脚が左より短いのでコルセットで調整しないと歩けないロサ(マカレナ・ガルシア)のカップル、ロサの空回りでラブロマンスとは言えませんが。

B: ハビエル・ボテットは、5歳のときに発症したマルファン症候群という難病を抱えています。身長204センチに対して体重45キロしかない。ガラテは守られることで逆に人生の選択肢を奪われている。ボテットはガラテとは違ってハンディキャップを逆手にホラーやSF映画で活躍している。

 

        

 (ロサ役のマカレナ・ガルシアとガラテ役のハビエル・ボテット、テーブル上にコルセット)

 

A: ジャウマ・バラゲロREC/レック』のメデイロスは有名、アレックス・デ・ラ・イグレシア『気狂いピエロの決闘』『スガラムルディの魔女』など、公開作品が多い。

B: マカレナ・ガルシアはパブロ・ベルヘルのモノクロ・サイレント映画『ブランカニエベス』の主人公を演じてゴヤ賞2013新人女優賞を受賞したシンデレラ・ガール、ロス・ハビスのミュージカル『ホーリー・キャンプ!』で、上記のベレン・クエスタと共演している。

A: ロス・ハビスの一人、ハビエル・アンブロッシは、マカレナの実兄です。シッチェスFFで「こんな素晴らしい俳優と撮れるなんて考えてもいなかった」と、監督が感激していたのも納得のキャスト陣でした。

『ホーリー・キャンプ!』の紹介記事は、コチラ20171007

 

B: サイコではあるが、ホラーじゃない。エログロの部分もあるが、くそも噛みしめると味が出るという作品でした。

A: エンディングに日本語の歌詞の曲が流れますが、監督は日本大好き人間で毎年訪れる由、TIFFQ&Aで、パートナーは日本女性とか。そういえばパブロ・ベルエルのパートナーも日本女性でした。取りあえず、列車での旅行はお薦めできません、敢えてするなら隣席の乗客にはご用心。