『ファイアー・ウィル・カム』鑑賞記*ラテンビート2019 ⑫2019年11月21日 14:23

      山火事の映画ではないオリベル・ラシェの『ファイアー・ウィル・カム』

 

      

         (ベネディクタを配したガリシア語版ポスター)

 

★前作Mimosas16)以来、オリベル・ラセ、オリベル・ラシェ、なんと今回はオリヴァー・ラクセと混乱の極みだった監督名表記も、オリベル・ラシェとガリシア語表記に統一することができました。LBFF2回目上映となった119日(土)のQ&Aで確認され、一件落着の運びとなりました。聞くところによれば、先発した東京国際映画祭との共催作品ということもあって訂正が難しかったということでした。東京会場は第2週目の上映も終了、横浜、大阪へと続きますのでお楽しみを。以下のお喋りは、Q&Aを挟みながら若干ネタバレしていますので、ご注意ください。

   

 カンヌ映画祭2016での「Mimosas」の紹介記事は、コチラ20160522

『ファイアー・ウィル・カム』の紹介記事は、コチラ201904280529

 

       

     (母の故郷ナビア・デ・スアルナのトレードマークの石橋をバックにラシェ監督)

 

★簡単なキャスト&プロット紹介:放火の罪で2年間服役していたアマドール・コロ(アマドール・アリアス)が仮釈放され、母ベネディクタ(ベネディクタ・サンチェス)の待つ山間の村に帰郷する。母と3頭の牛を飼育しながら穏やかな日々を過ごしていたが、それも新たな山火事が起きるまでのことだった。悪人に仕立て上げられ蔑まれている人間を救済するために、許しと受容、慈悲と愛、寛容と家族が語られる。

 

          母や祖母へのオマージュ、自分の根っこへ回帰する

 

A: Q&Aでは先ず司会者カレロ氏から、風景(自然)と監督の関係について、その重要性が指摘された。ラシェ監督からは「撮影地は母の故郷で、自分の根っこがある場所です」と応じていた。具体的な撮影地は紹介記事にも書いたように、ルゴ市近郊の町ナビア・デ・スアルナからはいった山間の村です。

B: 主人公アマドールは、ナビアの刑務所から母が待っている山間の村に帰郷する。表向きはさておき、放火犯という村八分同然の村に何故、監督はアマドールを戻すことにしたのか。

 

A: 他に選択肢があったのではないか、世間が自分の過去を知らない場所のほうが普通ではないかという問いですね。監督が「母や祖母へのオマージュ」として撮ったからだと思います。母ベネディクタは実に聡明な女性ですが、いかにせん年齢は争えない。アマドールは一度傷ついた人間だが、母も自分のせいで疎外され独り老躯を駆っている。自分が帰るべき場所は母の家しかない。

B: ベネディクタにガリシア地方の母や祖母の世代を代表させている。この映画は森林火災の映画ではなく、監督のメッセージは人は間違う存在あるというものです。つまり物語の中心テーマは許しと受容です。

 

A: 悪者扱いされているユーカリの樹について母と息子が語るシーン、自然が人間をつくる人間は小さな存在嫌われ者のユーカリも苦しんでいる、自然も苦しんでいます。ここでユーカリの樹を話題にするのは、新たな森林火災の伏線になっているからでしょう。

B: ユーカリはオーストラリア原産で世界各地に移植されている。スペインでは成長が早く紙の原料になるので、フランコ時代には経済的効果を優先して無計画に植林された。しかし非常に燃えやすく、根を深くまで伸ばすので地下水を大量に吸い上げ土地を乾燥させるデメリットがあった。悪いのはユーカリですか、無計画に植林して生態系を壊した人間ですか。

 

             

           (嫌われ者のユーカリについて語り合う母と息子)

 

A: 自然の雄大さと厳しさ、人間の小ささと愚かさなども鮮明で、猛り狂う炎の前では、人間はなす術を知らない。ブルドーザーで樹木をなぎ倒していくシーンも挟み込まれ、自然に寄り添って生きる二人の姿と対照的であった。

B: 傷ついた人に心が動かされるという監督から、会場の出席者に質問があった。「最後にアマドールが消防隊員のイナシオに反撃しなかったことをどう思いましたか」というものでした。

 

A: 日本人の受け止め方、理解してもらえたかどうか、が気になったのしょう。痛みの鎖を断ち切れない困難な世界にいる人が主人公です。彼が有罪か無罪かは無関係でしょう。

B: 逆質問にはびっくりしましたが、答えは本作のテーマが何であるかを考えれば、自ずと分かることでしょう。自然は小さな存在である人間を賢くする、それが最後のヘリコプターのシーンまで繋がっていく。悲しいフィナーレではなかった。

   

       よりクラシックに、と同時に前衛的に撮った「辛口のメロドラマ」

 

A: ラシェ監督は「自分は映像重視の監督だが、今回はよりクラシックに、と同時に前衛的に撮ったと思う。様々な二分法、例えば明暗、単純と複雑、円熟と未熟という具合にです」とカンヌFFのインタビューに答えていた。

B: また「円熟とは愛が必要でないと気づくとき、それは既に愛に囲まれているからです」とも語っていた。なるほどと思います。

 

A: 前作の「Mimosas」からすると分かりやすく、観客に妥協しすぎかもしれない印象です。山火事のシーンは、ガリシア州南部の県都オーレンセ一帯で実際に起きた山火事を15日間にわたって撮影した。

B: ドキュメンタリーとして撮影した部分です。撮影班は前もって消防訓練を受けて撮影に臨んだということでした。待っていた山火事だったとか。

 

A: これはいささか物騒な話ですが、実は本作のアイデアは2006年に体験した大火災がベースになっている。翌年には本作の構想を固めていた、ということでした。「Mimosas」が先に完成しましたが、同時進行でした。ユーカリが多いポルトガルやガリシア地方では森林火災は珍しくない。

B: 地球温暖化で緑の多いガリシア地方も乾燥地帯が広がり、自然発火、雷雨、強風、焼き畑、など原因は複雑だということ、火の不始末、政治的な放火もありでしょう。 

     

              

            (201710月の森林火災を撮影するスタッフ)

 

A: 他の会場でのQ&Aでは、使用された宗教音楽についての質問があったようです。宗教と自然は深く結びついています。映像だけでなく、音、音楽にも力を入れたとカンヌで語っていた。その一例が、2016年鬼籍入りしたレナード・コーエン「スザンヌ」でした。

B: 獣医のエレナとアマドールが同乗した車内で流れていた曲、業火は勿論ですが、雨の音、風の音など、自然が生み出す音が印象的だった。ガリシアは雨の多い地域です。

    

A: Q&Aの最後に2回目の逆質問、「新藤兼人のモノクロ映画『裸の島』60)を見た人はおられますか」、一人二人、三人くらいの方が挙手された。さぞかし少なくて驚いたことでしょう。瀬戸内海の無人島、宿禰島に暮らす親子4人の日常を描いた半世紀以上も昔の作品、国内に止まらず国際的にも評価された。

B: 妻を乙羽信子、夫を殿山泰司が演じた。監督の遺骨の一部が埋葬されている。挙手を躊躇されたオールドファンが多かったでしょう。

 

A: 新藤監督のファンだというベニチオ・デル・トロが島を訪れたことが話題になりました。ラシェ監督も自転車で島めぐりをする予定とか。

B: 彼が二人目のシネアストになるのかな。

 

           早いですがゴヤ賞2020のノミネーション予想

 

A: 2019年も残り少なくなりましたが、世界各地から本作受賞のニュースが伝わってきます。今年のスペイン語映画マイ・ベスト10もはぼ決定です。『ファイアー・ウィル・カム』5本の指に入ります。スペイン映画の魅力を伝えたくて続けておりますが、本作のような切り口で自然と人間を語った作品は稀でしょう。これからノミネーションが発表になるゴヤ賞2020が待たれます。

B: 長編第2作となるMimosas」が国際的な評価が高かったにも拘わらず、スペイン映画アカデミーが無視したことで物議を醸しました。

 

A: 言語がアラビア語というハンディがあったようですが、今回は4つあるスペイン公用語のガリシア語ですから、作品賞は分かりませんが、母子を演じた二人の主演者、アマドール・アリアスベネディクタ・サンチェスの新人賞ノミネートは確実でしょう。

B: 特にベネディクタの演技は賞賛されていい。あのパンに群がる蠅を追いながらナイフで切って食べるシーンは忘れられない。

 

     

  (カメラマンのリクエストで踊りを披露するベネディクタさん、カンヌFF フォトコール)

     

A: 過去にアントニア・グスマンという93歳の新人女優賞候補者がおりました。ダニエル・グスマン監督の実のお祖母さん、可愛い孫のためにデビュー作A cambio de nadaに出演した。グスマン自身は新人監督賞を受賞しましたが、アントニアさんは受賞なら最高齢者でしたが残念でした。仮にベネディクタさん受賞なら、最年長受賞者記録を更新します。(笑)