イシアル・ボリャイン*ドキュメンタリーに初挑戦2014年12月04日 16:24

     イシアル・ボリャイン、初挑戦のドキュメンタリー、舞台はエディンバラ

     

★“Katmandu, un espejo en el cielo”(2011)以来、イシアル・ボリャインのニュースが届きませんでしたが、ドキュメンタリーに初挑戦していたようです。サンセバスチャン映画祭2014で特別上映された作品。マドリード(111日)に続いて、1週遅れでバルセロナでも公開されました。長引く経済危機のせいでスペインでは暮らせない、つまり就職できない「挫折世代」と言われる若者たちがチャンスを求めて国を後にしています。スーツケース一つに全てを詰め込んで向かう先はスコットランドのエディンバラ市です。移民たちの証言と社会学者などの分析で構成されている。

 


     En tierra extraña

製作:TVE / Tormenta Films / Turanga Films

監督・脚本・製作者:イシアル・ボリャイン

共同製作者:リナ・バデネス、クリスティナ・スマラパ

データ:スペイン、スペイン語、2014、ドキュメンタリー、72

キャスト:アルベルト・サン・フアン

  

主な証言者

グローリア:美術学校卒、32歳、エディンバラでのデザイン教師採用試験に合格して移住したが、不定期雇用で、2年前から商店の店員をしている。スペインの家族とはスカイプを利用している。金融危機が始まった初期からの移民者。「la acción de los guantesの活動をしている。

ソニア:清掃員として働いている37歳、「私が二十歳なら外国で働く冒険も悪くはないが、スペインには4歳の娘を残してきている」、37歳という年齢は厳しい。

マリビ:もう若くはない50歳、商人、失業中。「移民せざるを得なかったからしたのだが、これが良かったのかどうか」と嘆く。

マリア・ホセ:化学技術者、30歳、エディンバラではホテルの清掃員として働く。「私たちの両親は私たちを育てるために物凄く頑張った。しかし、いまは・・・スペインで化学技術者として働くより、ここの清掃員のほうが給料が高い」。親が頑張ったのは、子供に高い教育を受けさせるためだったが、子供が学んだキャリアは何の役にも立っていない。

ミリアン26歳、心理学の学士号をもっている。ここでは清掃員、ウエートレス。

フラン:26歳、政治学の学士号をもっている。ソーシャルワーカー。かつて「スペインにやってきた移民たちの姿を映し出している」と分析している。




la acción de los guantes (手袋の活動)というのは、スペインの挫折世代と言われる若い移民たちが‘Ni perdidos, ni callados’というスローガンで始めた抗議運動。手袋は団結のメタファーと思われる。エディンバラの街路の柵に置かれ(写真下)、いずれ柵は手袋で埋め尽くされる。最終的には集められエディンバラのスペイン大使館の前に置かれることになる。今ではこの活動はエディンバラで働く2万人が参加している。また、20134月からマドリードで始まったアルベルト・サン・フアンのコミック独り芝居“Autorretrato de un joven capitalista espanol”(スペインの若い資本主義者の自画像という意味)でも触れている。現在もロングランを続けている。ドキュメンタリーに唯一名前がクレジットされているのは、この独り芝居がドキュメンタリーに挿入されているから。

     


★監督がこのドキュメンタリーを撮ろうと決心したのは、エディンバラに滞在していたとき、多くのスペイン人移住者の失望、望郷、悲嘆に出会ったからだという。取材を始めて思いあたったのは、1960年代に大挙して豊かなドイツ、スイス、フランスを目指して出稼ぎに出掛けた、両親や祖父母の世代との類似性だった。あの時代よりずっと情報もあり準備をして移住を決意したはずなのに、味わう失望、フラストレーションはむしろ今のほうが大きい。若者も年とともに既に若者とはいえなくなっている。多くが大学や専門学校を卒業しているのに、そのキャリアを活かせるチャンスは故国でもエディンバラにもない。まず、自分の未来が描けないということに苦しんでいる。学士号をもちながら、多くはホテルの清掃員、商店の店員、ベビーシッターなどに従事している。

 

       
              (イシアル・ボリャイン監督、サンセバスチャン映画祭にて)

CSIC Consejo Superior de Investigaciones Cientificas 科学研究評議会の報告によると、海外への労働移民は、225,000人であるが、実際には、2013年の調査で約70万人に増加しているという。人口が約4600万の国で現在の失業者が540万人、失業率は史上初めて25%を超えた(若年失業率は55%)という。それにもかかわらず、なんら有効な手が打てないでいる政府に対する抗議活動が続くが、明りは見えない。

 

★『テイク・マイ・アイズ』、『花嫁の来た村』や『ザ・ウォーター・ウォー』の監督として、社会に静かに質問を投げかけ、日本でも多くのファンをもっている。彼女の複眼的な視点は、当事者を決して糾弾しないところが魅力だ。観客を引きつけるのは、遠くに住んでいて一緒に行動できなくても、このドキュメンタリーを見たり、証言を聞いたりして、一緒に考えたりすることは出来る、と語りかけるからだ。

 

★長引く経済危機のせいで労働市場は不安定、失業者があふれている一方で、「なぜ莫大な利益を得ている銀行家や大企業の経営者が存在しているのか」と監督は問いかけている。「どの政党も大きな失望しか与えていない。両手に札束を抱えた大勢の汚職者にいたっては、ただただ国民を当惑させるだけだ」。現政権(国民党ラホイ政権)も無能だが、もともとこの経済危機を招いたのは、長いこと政権を任されながら財政悪化を先送りした先の政権(社労党サパテロ政権)にも責任がある。

 

★素人考えだが、先進国は第三世界を犠牲にして莫大な利益を得て成長したが、搾取するところがなければ成長できないというのでは、何か資本主義自体に構造的な欠陥があるように思えてならない。スペインは第三世界の仲間入りをしてしまったのだろうか。スペインは経済のパイが大きいから、観光だけで食べていくのは土台無理なのではないだろうか。1960年代に移民した経験をもつグロリアの祖父ホセの「なんて忌々しい国なんだ、子どもたちが食べていけないなんて」という怒りの声が轟く。