ベニト・サンブラノの「Intemperie」*ゴヤ賞2020 ④2019年12月17日 17:10

                  ノーマークだったベニト・サンブラノの「Intemperie

 

      

 

ベニト・サンブラノIntemperieは、恣意的に映画祭出品をしなかったということで、ノーマークでした。唯一出品したのがバジャドリード映画祭、スペインではSEMINCIの愛称で親しまれている映画祭、スペイン開催の映画祭としては遅く10月下旬、当ブログでも年によって紹介したりしなかったりの映画祭ですが、サンセバスチャン映画祭に次ぐ老舗の歴史ある映画祭です(第64回)。今年のラテンビートで上映されたブラジル映画、カリン・アイヌーズ『見えざる人生』が銀のスパイク賞、FIPRESCI、二人の主演女優が最優秀女優賞を受賞しています。「Intemperie」は本賞からは外れましたが金のブログ賞を受賞していました。ゴヤ賞ノミネーション5カテゴリー(作品、脚色、歌曲、助演男優ルイス・カジェホ、プロダクション賞)

SEMINCILa Semana Internacional de Cine de Valladolid(バジャドリード映画祭インターナショナル週間)

 

      

      (現地入りしたスタッフとキャスト陣、中央の2人がサンブラノ監督と

    撮影時より背が伸びた少年役のハイメ・ロペス、SEMINCIフォトコール)

 

 

Intemperie(「Out in the Open」)

製作:Morena Films / Movistar+ / TVE / Aralan Filma / Ukbar Filmes

監督:ベニト・サンブラノ

脚本:パブロ・レモン、ダニエル・レモン、B・サンブラノ、(原作ヘスス・カラスコ)

編集:ナチョ・ルイス・カピジャス

撮影:パウ・エステベ・ビルバ

音楽:ミケル・サラス、歌曲ハビエル・ルイバル

美術:クルー・ガラバル

キャスティング:ミレラ・フアレス

メイク&ヘアー:ルベン・サモス、ラファエル・モラ

プロダクション:マノロ・リモン

製作者:ペドロ・ウリオル、フアン・ゴルドン、(エグゼクティブ)ピラール・ベニト

 

データ:製作国スペイン=ポルトガル、スペイン語、2019年、スリラー、103分、ヘスス・カラスコの同名小説の映画化、撮影地グラナダの地方オルセ、ガレラなどの砂漠地帯、撮影期間20187月から8月。スペイン公開20191122

 

映画祭・受賞歴:バジャドリード映画祭2019セクション・オフィシアルのオープニング(1019日)作品、金のブログ賞受賞。ゴヤ賞2020作品、脚色、オリジナル歌曲(ハビエル・ルビアル)、助演男優(ルイス・カジェホ)、プロダクション(マノロ・リモン)の5カテゴリーにノミネーション。

 

キャスト:ルイス・トサール(ヤギ飼いモーロ)、ルイス・カジェホ(農園主カパタス)、ハイメ・ロペス(少年)、ビセンテ・ロメロ(農園主の手下エル・トリアナ)、アドリアナ・カルバーニョ(同エル・ポルトゲス)、フアンホ・ペレス・ジュステ(同エル・セゴビア)、カンディド・ウランガ(同エル・ビエホ)、マノロ・カロ(身体障害者)、モナ・マルティネス、ミゲル・フロール・デ・リマ、ヨイマ・バルデス、マリア・アルフォンサ・ロッソ、フアナン・ルンブレラス(エル・パドレ)、カルロス・カブラ(バスの運転手)他

 

ストーリー:スペイン内戦終結後の1946年、アンダルシアのある村から命がけで逃げ出した少年の物語。彼を探している男たちの叫び声を聞きながら過酷な平原の奥深く迷い込む。飢えと渇きの地獄から少年を救い出したのは、物静かな一人のヤギ飼いだった。追っ手の農園主や取巻きたちのリベンジが始まる。逃亡の理由は定かではないが、いずれ観客は知ることになるだろう。 

  

★時代背景の1946年は、スペイン内戦が終結して7年後になる。当時のスペインは貧しく、特に南部のアンダルシアやポルトガルと国境を接するエストレマドゥーラ地方はひどかった。親が口減らしのため我が子を売ることもあり、まだ3度の食事もままならぬ時代の物語である。ブニュエルが1933年に撮った『糧なき土地』(本邦公開1977年)と同じようだったと言われる。名無しの少年(ハイメ・ロペス)が逃亡する理由もやがて分かってくるのだが、スリラーなのでストーリーを詳しく書くとネタバレになる。

 

★少年を救ったヤギ飼い役のルイス・トサールは養父代わりになり、農園主や手下の追っ手と対決する。彼はモロッコ戦争と内戦を生き延びてきた物静かな男だが、農園主たちに怯むことなく少年を守ってやる。このような筋書からはあまり魅力は感じられないが、作品賞5作の1つに選ばれたからにはそれなりの隠し玉がなければならない。

   

   

             (一緒に旅をする少年とヤギ飼い)

 

★スペイン公開後にエル・パイスの週刊誌「セマナル」のインタビュー記事では「自分自身が激怒するシーンを楽しんだ」、4歳と4ヵ月の2人の子供の父親となって「プロとして新しい感性を受け入れている」、当時12歳だった少年役ハイメ・ロペスへ向けるにじみ出るような優しい眼差しについて聞かれると「意識していなかったが、もしかしたらそのせいかもしれない。自分が父親になる前から父親役を演じてきたが、個人としても俳優としても感性は変わっている」と応じていた。人は親になって初めて恐怖を感じるというのは本当です。これは経験してみて初めて分かることでしょう。 

           

     (ルス・サンチェス・メリャドのインタビューを受けるルイス・トサール)

 

★外観は同じでも内面は別ということです。トサールを『花嫁のきた村』99)で主役に初めて抜擢した監督、イシアル・ボリャインは「トサールは好みでハンサムにも醜男にも見える優れた役者」と評しているが、彼に『テイク・マイ・アイズ』03)で最初のゴヤ主演男優賞を彼にもたらした監督です。続いてダニエル・モンソン『第211号監房』09)で2度目のゴヤ主演男優賞を受賞した際、一番喜んでくれたのもボリャイン監督、彼の内面をよく知る監督のトサール評だけに意味がある。

 

★予告編から見えてくるのは、善玉と悪玉がはっきりしていることからウエスタン風でもあり、牧草を求めてヤギ連れで旅をするので、一種のロードムービーでもあるようです。ルイス・トサールは、今回のゴヤ賞では今年公開された映画3本が絡んでいる。本作「Intemperie」のヤギ飼い役、新人監督賞ノミネートのアリッツ・モレノ『列車旅行のすすめ』のパラノイア患者マルティン役、パコ・プラサのスリラーQuien a hierro mata3本で、3作とも主役を演じている。なかで最後のガリシア海岸を舞台に麻薬密売を絡ませた復讐劇に看護師役マリオで主演男優賞にノミネートされている。主役と脇役の2本は珍しくないが、3本とも主役というのは初めてでしょうか。ただ主演男優賞はアントニオ・バンデラスが先頭を走っている。しかし本作はNetflixとか、ミニ映画祭上映が期待できそうです。

 

★農園主に扮するルイス・カジェホ1970)は、名脇役として存在感のある役者だが、ラウル・アレバロのデビュー作『物静かな男の復讐』16)では、共演のアントニオ・デ・ラ・トーレと揃って主演男優賞にノミネートされている。今回は極め付きの悪玉の農園主カパタスで助演男優賞にノミネートされているので、キャリア紹介はそちらに回します。デ・ラ・トーレは「La trinchera infinita」で主演男優賞にノミネートされている。

 

   

           (農園主役ルイス・カジェホ、映画から)

 

ベニト・サンブラノ監督(セビーリャ1965)のキャリア紹介は、長編第3作目『スリーピング・ボイス~沈黙の叫び~』11)が公開された折りに紹介記事をアップしています。彼は非常に寡作な監督で、短編、ドキュメンタリーを含めないと新作が長編4作目です。S撮影は「ひたすら暑さとの闘いだった」と監督。今回は共同執筆者パブロ&ダニエル・レモン兄弟と脚色賞にノミネートされています。原作者へスス・カラスコの同名小説の映画化、2016年ヨーロッパ文学賞受賞作品です。監督によると「レモン兄弟の助けなしには映画化できなかった」と語っている。

『スリーピング・ボイス~沈黙の叫び~』の記事は、コチラ20150509

 

    

         (監督とトサール、公開前のプレス会見、20191120日)

 

    

      (ルイス・トサール、監督、ハイメ・ロペス、ルイス・カジェホ、同上)

 

パブロ・レモン(マドリード1977)は脚本家、監督、戯曲家。レモン兄弟はマラガ映画祭2011で金のビスナガ賞を受賞した、Max LemckeCinco metros cuadradosで二人揃って銀のビスナガ脚本賞を受賞している。同監督のCasual Day07)ではシネマ・ライターズ・サークル賞2009で脚本賞を受賞している。他には別々に執筆しており、パブロはリノ・エスカレラ『さよならが言えなくて』16、監督との共同執筆)、自身が監督した短編を執筆しているほか、どちらかというと戯曲家として演劇畑での活躍が主力です。

 

(パブロ・レモン)

    

 

ダニエル・レモン(マドリード1983)は脚本家、監督、戯曲家。兄パブロとの共同執筆以外では、自ら監督した短編Koala12)と同Los Carpatos15)などを手掛けている。戯曲第1作「Mulador」が2014年ロペ・デ・ベガ賞、続く第2作「Diablo」がカルデロン・デ・ラ・バルカ賞を受賞しており、兄同様戯曲家として活躍している。

    

(ダニエル・レモン)