ピノチェト時代の闇を描くTVシリーズ放映始まる*ベルリン映画祭番外編 ― 2018年03月04日 21:01
エリート諜報員「メアリとマイク」――ベルリン映画祭番外編
★ベルリン映画祭2018は閉幕いたしましたが、「ドラマ・シリーズ・デイ」で上映された6話構成のミニドラマ「Mary y Mike」(チリ、アルゼンチン合作)を番外編としてご紹介したい。このセクションは賞に絡みませんが、ベルリンで紹介される初めてのチリTVドラマになりました。チリ放映開始(3月13日、アルゼンチン同)より一足早くベルリンでプレミアされました。このドラマは1970年代ピノチェト軍事独裁時代に組織されたDINA*(チリ国家情報局)のエリート諜報員マリアナ・カジェハス=マイケル・タウンリー夫婦が暗躍する物語です。アメリカCIAの協力のもとに二人が関わった重要な殺害事件、ブエノスアイレスでのカルロス・プラッツと妻ソフィア殺害、ローマでのベルナルド・レイトン殺害、ワシントンでの駐米チリ大使オルランド・レテリエル殺害が語られるようです。
*DINA(Dirección de Inteligencia Nacional)

「Mary y Mike」TVシリーズ、ミニドラマ6エピソード構成
製作:Invercine & Wood / ChileVisión / Tuner / SPACE
監督:フリオ・コルテス、エステバン・ラライン
撮影:エンリケ・Stindt
編集:カミロ・カンピ、アルバロ・ソラル
音楽:Miranda and Tobar
製作者:パトリシオ・ペレイラ、マカレナ・カルドネ、(エグゼクティブ)マティアス・カルドネ、アンドレス・ウッド、マリア・エレナ・ウッド、他
データ:製作国チリ=アルゼンチン、言語スペイン語・英語・イタリア語、実話、スリラードラマ、ベルリン映画祭2018「ドラマ・シリーズ・デイ」部門上映、2018年3月13日放映開始
キャスト:マリアナ・ロヨラ(メアリ、マリアナ・カジェハス)、アンドレス・リジョン(マイク、マイケル・タウンリー)、コンスエロ・カレーニョ(長女コニー)、エリアス・コジャド(長男シモン)、パブロ・セルダ(ウルティア大佐)、オティリオ・カストロ(サルミエント将軍)、アグスティン・シルバ(ハビエル)、フアン・ファルコン(オメロ)、アレクサンデル・ソロルサノ(ラミロ)、他多数
プロット:メアリとマイクは、チリの秘密警察DINA(国家情報局)のエリート諜報員、彼らの仕事はピノチェト政権に反対するリーダーたちの抹殺であった。夫婦の表の顔は、メアリは作家、マイクは有能な電子工学の<グリンゴ>としてチリのセレブ階級に溶け込んでいた。首都サンティアゴの高級住宅街ロ・クーロにある彼らの屋敷で二人の子供を育て、メアリは執筆をしたりパーティを開いたりしていた。一方で拷問や殺害、大規模な破壊兵器サリンガスなどの実験場でもある「恐怖の館」であった。次第に多くの人々が滞在する奥まった部屋は、DINAの強制収容所としての役割も果たすようになっていった。アメリカCIAの協力のもと、1974年ブエノスアイレスでのカルロス・プラッツ将軍と妻ソフィア殺害、1975年ローマでのベルナルド・レイトン殺害、1976年ワシントンでの駐米チリ大使オルランド・レテリエル、その秘書ロニー・モフィット殺害を軸にドラマは展開されるだろう。 (文責:管理人)

(ロ・クーロの「恐怖の館」をバックに幸せを満喫しているカジェハス=タウンリーの一家)
★実話とはいえフィクションの部分もあるようです。メアリことマリアナ・カジェハス(1932モンテ・パトリア~2016サンティアゴ、享年84歳)は、CIAのヒットマンであったマイケル・タウンリーと再婚したとき前夫との間に3人の子供がいた。タウンリーとの間にも2人の男児が生まれている。従ってドラマでのコニーとシモン姉弟はフィクションである。2006年12月のピノチェト死去を受けて、2008年6月30日、1974年のカルロス・プラッツ将軍夫妻殺害により禁固20年の刑が言い渡された。しかし翌年1月に上告、2010年に最高裁判所はたったの5年に減刑、それも収監無しという恩恵を与えた。これが民主化されたチリの現状である。カジェハスを演じたマリアナ・ロヨラ(1975、サンティアゴ)は、フェルナンド・トゥルエバの「El baile de la Victoria」(08、『泥棒と踊り子』スペイン映画祭2009上映)、セバスチャン・シルバの「Nana」(2009、『家政婦ラケルの反乱』ラテンビート上映)、ほか最近では受賞歴の多いTVシリーズでの活躍が目立っている。

(マリアナ・ロヨラとアンドレス・リジョン、映画から)
★マリアナ・カジェハスは非常に複雑な人格で、これまでにもウルグアイ出身の監督エステバン・シュレーダーが彼女を主人公にした「Matar a todos」(2007、アルゼンチン・チリ・独・ウルグアイ)を撮っている(小説の映画化)。チリ女優マリア・エスキエルドが演じた。彼女はアンドレス・ウッド映画の常連だったが、今回のドラマには出演していない。カジェハスを分析した書籍も多数出版されております。チリ出身の作家ロベルト・ボラーニョの中編小説「Nocturno de Chile」(1999)のなかでは、マリア・カナレスの名前で登場しますが、ピノチェトとかネルーダなどは実名で現れます。邦題『チリ夜想曲』として翻訳書も出ています(ボラーニョ・コレクション全8巻、白水社)。

(ロベルト・ボラーニョ「Nocturno de Chile」から)
★妻より10歳年下のマイクことマイケル・タウンリー(1942、アイオア州ワーテルロー)は、米国のプロのシカリオ、元CIA諜報員、その後チリに派遣されDINAの諜報員となる。75歳になる現在は米国連邦証人保護プログラムの監視下に置かれている。この人物も既にドラマ化されており、今回マイケルを演じることになったアンドレス・リジョン(チリの有名な俳優でコメディアンだった母方の祖父と同姓同名)は現在31歳と当時のタウンリーと同じ年齢である。カトリック大学で演技を学んだアンドレス・リジョンによれば「マイケルは冷酷で打算的、じっくり観察し、ミッションを忠実に守る服従タイプの人間、自分の考えを口に出さない複雑な人格で、演じるのはとても難しかった」と語っている。


(マイケル・タウンリーとマリアナ・カジェハスのツーショット)
★製作の軸を担ったInvercine & Woodのプロデューサーアンドレス・ウッド(1965、サンティアゴ)は、「Machuca」(04、『マチュカ―僕らと革命―』)、「La buena vida」(08、『サンティアゴの光』ラテンビート、ゴヤ賞2009イスパノアメリカ映画賞)、「Violeta se fue a los cielos」(11、『ヴィオレータ、天国へ』ラテンビート)などの監督、脚本家としてのほうが有名でしょうか。『サンティアゴの光』がラテンビートで上映された折り来日しています。監督としては『ヴィオレータ、天国へ』を最後に、現在はもっぱらTVシリーズに力を注いでいるようです。本作をTVドラマにした理由について「チリの政治史を交差した個人的な物語ですが、映画ではなく何故あの時代に軍事クーデタが成功したのか、別の視点で軍事独裁時代を描きたかった」と語っています。


(『マチュカ―僕らと革命―』オリジナルポスター)
★シリーズのプロデューサーの一人マティアス・カルドネは「プロジェクトを立ち上げてから完成まで4年の歳月を要した」。脚本執筆のための事実確認の作業は挑戦でもあったようです。まだ関係者が生存しているからでしょうか。ウッドがベルリナーレ参加の準備や手配、また国際的なプロモーションなどを担い、マリア・エレナ・ウッドが文化芸術国家評議会の援助を受けてヨーロッパ・フィルム・マーケットに馳せ参じるなど、それぞれ役割分担をして宣伝に努めているようです。Netflix あたりが配信してくれると嬉しいのですが、どうでしょうか。
★1970年代のピノチェト軍事独裁時代を切り取った映画は、既に何作も製作され、なかには公開作品もありますが、大体が犠牲者側の視点に立っています。当ブログでもパトリシオ・グスマンのドキュメンタリー『光のノスタルジア』や『真珠のボタン』、パブロ・ララインの「ピノチェト政権三部作」(『トニー・マネロ』「Post morten」『No』)など紹介しています。続く『ザ・クラブ』も広義ではその延長線上にあるでしょう。本作のようにピノチェト政権側からの目線のものは紹介されておりません。アルゼンチン映画ではパブロ・トラペロが実話をもとに撮った『エル・クラン』(15)が公開されましたが、こちらの軍事独裁も全容はまだ明らかでなく、チリは軍事独裁が17年間と長期間続いたことで闇はより深く、解明は始まったばかりです。
セザール名誉賞のトロフィーを手に感涙のペネロペ・クルス ― 2018年03月08日 14:11
ギレルモ・デル・トロ、盆と正月が一緒にやってきた!
★テレビもネットも米国アカデミー賞一色、フランスのアカデミー賞といわれるセザール賞の授賞式が3月2日夜、一足先に開催されていましたが片隅に追いやれてしまいました。ギレルモ・デル・トロ監督の『シェイプ・オブ・ウォーター』が作品賞を受賞。監督は日本大好き人間、何度も来日してファン・サービスを忘れない。今回も宣伝を兼ねて来日していました。作品・監督・美術・作曲の4冠受賞が興行成績を押し上げるといいですね。これでメキシコ出身の「おじさん三羽ガラス」と言われる、アルフォンソ・キュアロン(『ゼロ・グラビティ』)、アレハンドロ・ゴンサロ・イニャリトゥ(『バードマン』『レヴェナント』)に続いて、一人取り残されていたデル・トロ監督も仲間入りできました。

(両手に花のギレルモ・デル・トロ、作品賞と監督賞のオスカー像)
★授賞式に出席していたガエル・ガルシア・ベルナルと抱き合って喜びを分かち合っていました。G.G.ベルナルは、長編アニメーション・歌曲賞の2冠を達成した『リメンバー・ミー』の死者の国に住むヘクターのボイスを担当、死者の日に迷い込んできたミゲル少年と一緒に旅をする。音楽は言うまでもないが、メキシコ人の死生観が分かるようです。此の世の人が死者を忘れてしまうと消えてしまうのです。彼の世でも永遠には生き続けられないようです。

(第43回セザール賞ポスターと作品賞他6冠の『BPMビート・パー・ミニット』から)
トロフィーはアルモドバルとフランス女優マリオン・コティヤールの手から
★前置きが長くなりましたが本題、第43回セザール賞のガラが3月2日の夜開催されました。ロバン・カンピオの『BPMビート・パー・ミニット』が作品賞以下6冠を受賞、劇場公開は3月24日から3館上映です。セザール賞は当ブログでは対象外ですが、今回はペネロペ・クルスが名誉賞を受賞しましたのでアップいたします。スペインのシネアストとしては、ペドロ・アルモドバル(1999年)に続いて二人目です。授賞式には夫君ハビエル・バルデム、母親、弟、そして育ての親の一人アルモドバル監督も駆けつけてくれました。下の写真は監督がマリオン・コティヤールと一緒にプレゼンターとしてステージに登壇したときのもの。ペネロペ・クルスは登壇したときから既に涙があふれていました。ヴェルサーチのプリンセス・カットのドレスをエレガントに着こなし、インディゴブルーのドレス右胸には「性的暴力反対」の白いリボンをつけている。監督も背広の左襟に付けている。

(感涙のペネロペ・クルス、アルモドバル、マリオン・コティヤール)
★受賞スピーチは、「今宵は心から感謝を申し上げたい。ここパリで、フランス映画アカデミーのセザール名誉賞を頂けるなど、大それた夢は持っておりませんでした。自分にその価値があるかどうかについては問わないことにして、今はただ心から嬉しく、何人かの重要な人々を思い起こしています」と、学校で8年間学んだというフランス語で謝辞を述べました(クルスは母語・英語・伊語・仏語が堪能)。続いてフランスが常に自分に寛大で、幸せにしてくれること、文化に対して情熱を注ぐ特別な国であること、フランスの影響をうけた作品やアーチストたちは、歴史的にも私たちの人生においても、類いまれな位置を占めていること、文化や自由への想いはフランスの人々の刺激を受けたものだ、と語ったようです。
★「セザール名誉賞」の知らせを受けて以来、「もう驚いているだけ」と語っていたクルス、赤絨毯でも「こんな名誉ある賞をどうして戴けるのか理解できないの。ただただびっくり仰天です。どうしてこんな大きな賞を私が貰えるの?」とインタビューに応えていたクルスの気持ちが伝わってくるようなスピーチでした。アルモドバルに対しても「あなたの映画は女性に敬意をはらってくれ、そういう映画に出演できたことを感謝しています」と。会場にいた母親には「私が女優になりたいと言ったとき、なんて馬鹿げたことをと反対しなかった」と語りかけた。さらに今は亡き父親の思い出、弟妹と二人の子供たち、最後に「私の夫であり素晴らしい仕事仲間、いつも傍にいて広い心で私を支えてくれる」ハビエルにグラシアスでした。未成年でデビューした娘を守るためにステージ・パパ役だった父親がこの場にいなかったことは残念だったでしょう。

(隠れて見えないがリボンを付けたフランス映画アカデミー会長アラン・テルジアン、
ハビエル・バルデム、ペネロペ・クルス、アルモドバル監督)
★アルモドバルも初めて起用した『ライブ・フレッシュ』(97)での娼婦役について語った。「脚本ではもう少し年長の娼婦に設定していた。1970年代の古着を纏った田舎出の妊婦役にしては、彼女の中にはどこか魅力的な何かがあって無理があった」と。夜間バスの中で出産した男の子が主役の映画、クルスは冒頭部分で消えてしまう小さな役でした。スペインの国境を越えて活躍したが、幸いにヨーロッパを忘れずにいた。このヨーロッパ文化が彼女の原点だ、とも語った。アルモドバルの「ミューズ」になるには長い年月があったというわけです。マリオン・コティヤールも「あなたの素晴らしさと優しさで、今やみんなのイコンとなり、男性も女性も虜にしている」と、その魅力を讃えた。クルスにとっては忘れられない一夜となったでしょう。
*最近のペネロペ・クルスの紹介記事は、コチラ⇒2018年2月3日
チリ映画『ナチュラルウーマン』セバスティアン・レリオ ― 2018年03月16日 17:15
「私らしく」自分に正直に生きるのは難しい

★セバスティアン・レリオの「Una mujer fantástica」が『ナチュラルウーマン』の邦題で公開されました(公開中)。ベルリン映画祭2017にノミネートされて以来、監督フィルモグラフィーを含めて紹介記事を書いてきましたが、第90回アカデミー賞外国語映画賞受賞を機に改めて再構成いたしました。先日発表された第5回イベロアメリカ・プラチナ賞2018(メキシコのリビエラ・マヤで4月開催)にも作品賞を含めて最多の9部門にノミネートされるなど、依然として勢いは止まりません。前作『グロリアの青春』とメイン・テーマは繋がっています、それは一言でいえば威厳をもった<不服従>でしょうか。

(後列左から、製作者フアン・デ・ディオス・ラライン、ダニエラ・ベガ、
フランシスコ・レイェス、パブロ・ラライン、中央が監督、アカデミー賞授賞式にて)
『ナチュラルウーマン』(原題「Una mujer fantástica」
英題「A Fantastic Woman」)
製作:Fabula(チリ)/ Participant Media(米)/ Komplizen Film(独)/ Setembro Cine(西)/
Muchas Gracias(チリ)/ ZDF、ARTE(独)
監督:セバスティアン・レリオ
脚本:セバスティアン・レリオ、ゴンサロ・マサ
音楽:マシュー・ハーバート、ナニ・ガルシア(コンポーザー)
撮影:ベンハミン・エチャサレッタ
編集:ソレダード・サルファテ
美術・プロダクション・デザイン:エステファニア・ラライン
衣装デザイン:ムリエル・パラ
製作者:フアン・デ・ディオス・ラライン、パブロ・ラライン、セバスティアン・レリオ、ゴンサロ・マサ、(共同)ヤニーネ・ヤツコフスキ、ヨナス・ドルンバッハ、フェルナンダ・デ・ニド、マーレン・アデ、(エグゼクティブ)ジェフ・スコール、ベン・フォン・ドベネック、ジョナサン・キング、ロシオ・ジャデュー、マリアン・ハート
データ:製作国チリ=ドイツ=スペイン=米国、スペイン語、2017年、ドラマ、104分、撮影地チリのサンティアゴ。映画祭・限定上映をを除く公開日:チリ2017年4月6日、ドイツ同年7月7日、スペイン同年10月20日、米国2018年2月2日、日本同年2月24日
映画祭・受賞歴:第67回ベルリン映画祭2017正式出品(脚本銀熊賞、エキュメニカル審査員賞スペシャル・メンション、テディー賞)、第65回サンセバスチャン映画祭2017(セバスティアネ・ラティノ賞)、リマ映画祭2017審査員賞、女優賞)、イベロアメリカ・フェニックス賞(作品賞、監督賞、女優賞)、インディペンデント・スピリット賞(外国映画賞)、ナショナル・ボード・オブ・レビュー2017(外国語映画Top 5)、ハバナ映画祭(審査員特別賞、女優賞)、フォルケ賞2018(ラティノアメリカ映画賞)、ゴヤ賞(イベロアメリカ映画賞)、パームスプリングス映画祭(シネラティノ審査員栄誉メンション、外国映画部門の女優賞)、米アカデミー賞外国語映画賞受賞、以上が主な受賞歴。ゴールデン・グローブ賞外国語映画賞ノミネート以下、多数の国際映画祭ノミネーションは割愛。
主なキャスト(『』は公開・映画祭などで紹介された作品)
ダニエラ・ベガ(マリーナ・ビダル)
フランシスコ・レイェス(オルランド・オネット・パルティエル)、
『マチュカ』『ネルーダ』『ザ・クラブ』
ルイス・ニェッコ(オルランドの兄弟ガボ)、『ネルーダ』『No』『泥棒と踊り子』
アリネ・クッペンハイム(オルランドの元妻ソニア・ブンステル)、
『マチュカ』『サンティアゴの光』
ニコラス・サアベドラ(オルランドの長男ブルーノ・オネット・ブンステル)
アントニア・セヘルス(レストラン店主アレサンドラ)、『No』『ネルーダ』
『ザ・クラブ』
トリニダード・ゴンサレス(マリーナの姉ワンダ・ビダル)、『ボンサイ盆栽』
『ネルーダ』
アンパロ・ノゲラ(刑事アドリアナ・コルテス)、『トニー・マネロ』『No』『ネルーダ』
セルヒオ・エルナンデス(声楽教師)、『聖家族』『泥棒と踊り子』『No』
『グロリアの青春』
アレハンドロ・ゴイク(医師)、『家政婦ラケルの反乱』『ザ・クラブ』
クリスティアン・チャパロ(マッサージ師)、『モーターサイクル・ダイアリーズ』
『ネルーダ』
ディアナ・カシス(サウナ受付)
エドアルド・パチェコ(パラメディコ)、『サンティアゴの光』『見間違うひとびと』
ネストル・カンティリャーノ(ガストン)、『No』『ネルーダ』
ロベルト・ファリアス(警察医)、『サンティアゴの光』『No』『ザ・クラブ』
『ネルーダ』
ディアブラ(マリーナの愛犬)
物語:心と体の性が一致しないトランスのマリーナ・ビダルの自己肯定と再生の物語。サンティアゴ、マリーナは昼間はレストランのウエイトレス、夜はナイトクラブの歌手として働いている。父親ほど年の離れたパートナーのオルランドと平穏に暮らしていた。二人でマリーナの誕生日を祝った夜、オルランドは激しい発作のあと脳動脈瘤のため帰らぬ人となった。マリーナを待ち受けていたのは、理不尽な社会の偏見、彼の家族の非難と暴力の的になることだった。すべてを失ったマリーナの反逆と尊厳を目にした観客は、亡き人の幻影に導かれ風雨に立ち向かう毅然としたマリーナと共に旅に出ることになる。 (文責:管理人)
時代で変わる「トランスジェンダー」の語義―「みんなトランスです」
A: アカデミー賞外国語映画賞最有力候補、公開前のダニエル・ベガ来日など、チリ映画としては話題の豊富な作品でした。日本でのセバスティアン・レリオの知名度がどれくらいか分かりませんが、前作の『グロリアの青春』を気に入った方にはお薦め作品です。
B: ヒロインのマリーナ・ビダルがトランスジェンダー、ベガ自身も同じということですが、この現在使われている「トランスジェンダーTG」という用語は、スペイン語では比較的最近使われだしたもので、語義の捉え方が一定しているのかどうか疑問です。
A: パンフ掲載のインタビューでも来日インタビューでも、ベガは「トランスジェンダーTG」とありますが、スペインで最も重要なゲイのグループが出している雑誌「SHANGAY」のインタビューでは、ベガ自身は「私は女性でトランスであることに誇りに思っている」と言ってるだけです。レリオ監督はマリーナを性転換者を意味する「una mujer transexual(トランスセクシュアルの女性)」というTSを使用している。ベガ自身とマリーナが同じかどうか、TGなのかTSなのかはっきりしません。
B: 映画ではセリフから性別適合手術を受けた印象でしたが、「心と体の性別に差がある人」、または「誕生時に割り当てられた性別と異なる性で生きている人」という意味では同じですかね。
A: オルランドの死の関与を疑うコルテス刑事と医師の会話からは、まだマリーナの身分証明書が男性のままなのが分かる。そこで法的には男性でも「女性として扱ってやって」という刑事のセリフになる。マリーナも申請中だと法的には男性であることを認める。
B: TGの語義は時代とともに変化していて今は過渡期なのかもしれない。日本語の訳語は定まっていませんが、直訳すれば「性別越境者または移行者」になるのでしょうか。
A: ベガは「世間が私をどのように分類するか気にしません。自分の名前がトランスというレッテルで括られる必要のない日が来るかもしれませんし、来なくても構わない、どうせ同じことですから。レッテルは洋服のようなもので、脱いだり着たりする。つまり私は妊娠した女性の役でも男性の役でも演じられるということです」と。
B: 「生まれてきたばかりの赤ん坊の肌はすべすべですが、老いて死ぬときには皺だらけです。日々私たちは変化しています。私たちはみんなトランスなんです」とも発言している。映画の中でも愛犬ディアブラDiablaを取り返すときに見せたドスを効かせた声と、敏捷な動きに観客は唖然とする。
A: ジェンダーは社会的性別のことで生物学的な性別とは異なる。TSは「法的に戸籍も移行した性別に変えられるTS」とは全く別だと思うのですが、TS の人も広義のTGに含めて使用しているのかもしれません。
映画の構想は「トロイの木馬」だった
B: 本作はLGBTがテーマではありません。ベルリナーレでプレミアしたとき、こんなインディ映画がオスカー像をチリにもたらすなんて誰が想像したでしょうかね。
A: 本映画祭の脚本銀熊賞が大きかったと思います。レリオ監督によると、そもそもの出発は「もし愛していた人が自分の腕の中で急に死んでしまったら何が起きるか、予想もつかない悪いことが起こるに違いないという問いが自分を突き動かした」と、昨年のサンセバスチャン映画祭で語っていた。
B: 脚本が「トランスセクシュアルの女性に行き着くまで試行錯誤の連続だった」というから、発想の順序が逆ですね。
A: 「トロイの木馬」だったようです。TSの女性は後から飛び出してきて勝利した。クラシック映画を超現代的にコーティングして、社会が価値のある人間と認めていない誰かを主人公にして撮ったら面白いのではないか。例えば、トランスセクシュアルの女性をヒロインにして、あたかも1950年代のジャンヌ・モローのようにエレガントに演じさせたらと考えた。
B: そこで当時暮らしていたベルリンからチリに帰国して主人公探しを始め、辿りついたのがダニエラ・ベガだったわけですね。
A: 起用されるまでの経緯は、ベガがあちこちのインタビューで語っているので割愛しますが、監督によるとチリの知人に取材したところ、二人の別々の人物が「それならダニエラ・ベガだよ」と即座に推薦したと。それまでにベガは、マウリシオ・ロペス・フェルナンデスの「La visita」でTSのため家族からも疎んじられる女性を演じ、マルセーユ映画祭のような国際映画祭では女優賞を受賞していたからです。

(TS の女性エレナ役のベガ、ロペス・フェルナンデスの「La visita」から)
B: それにシンガー・ソング・ライターのマヌエル・ガルシアのビデオクリップ《María》に登場したことが大きいのではないか。以来TV出演が増えるなど存在が知られるようになっていた。多分エリート保守派が幅を利かせるチリでも、少しずつ社会変革が進んでいるのでしょう。
A: ベガ自身も「14歳でカミングアウトした時と、13年後の現在では雲泥の差がある」と語っている。社会の壁を破るのは「法より芸術のほうが早かった」とアートの力を実感している。出演を受けたとき、ハリウッドで脚光を浴びるとは夢にも思わなかったはずです。

(ダニエラ・ベガ、マヌエル・ガルシアのビデオクリップ《María》から)
『ナチュラルウーマン』にはドン・ペドロはおりません
B: ルイ・マルやヒッチコック映画へのオマージュ、目配せのシーンが多数あるとパンフのインタビューにありました。マリーナがマイケル・ジャクソンみたいに風に向かって前傾して歩くシーンはバスター・キートンからの連想とか。スペイン語圏の人はチャップリンよりキートン好きが多い。
A: ルイ・マルのデビュー作『死刑台のエレベーター』(58)のジャンヌ・モロー、ヒッチコックの『めまい』(58)、撮影中常に頭にあったのはブニュエルの『昼顔』(66)だったそうです。
B: 大勢からアルモドバルの『オール・アバウト・マイ・マザー』(99)他、アルモドバルの影響を質問されるが、「とても光栄なことだが無関係」と否定していますね。
A: 「登場人物にトランスセクシュアルな女性が出てきたり、メロドラマへの目配せやスリラーを交差させることなどあると観客はアルモドバルを連想するけれど、『ナチュラルウーマン』にはドン・ペドロはおりません」と言ってます。
B: ダニエラ・ベガが演じたマリーナには、モローのエレガントな雰囲気が漂っている。多分監督がベガに50年代のクラシック映画に現れたヒロインたちを研究するよう示唆したせいだと思いますね。
A: 構想から脚本完成まで1年半ほどかかった。ベルリンに戻ってからは、ベガとの取材や連絡は電話とかスカイプを利用し、シナリオが半分くらいにきたところで「主役を探さなくても目の前にいるじゃないか」とパチンときた。
B: つまり「ダニエラがマリーナ」だったわけですね。人との出会いは不思議ですね。
マリーナに寄り添う巧みな選曲、心に沁みる「オンブラ・マイ・フ」
A: 本作では音楽の占める位置が重要です。邦題が「ファンタスティック・ウーマン」から「ナチュラルウーマン」になったのは、アレサ・フランクリンの名曲「A Natural Woman」の「You make me feel like a natural woman( あなたのそばにいると、ありのままの自分でいられる)」から採られている。個人的には内容からして、ことさら「ファンタスティック」を「ナチュラル」に変える必要がどこにあったのかと思っています。
B: マリーナは「あなたがいなくなっても、ありのままの自分でいられる」自立した女性に生れ変わるのだから、これこそ「ファンタスティック・ウーマン」です。
A: セルヒオ・エルナンデスが演じた歌の先生の伴奏で歌う「Sposa son disprezzata(蔑ろにされている妻)」という曲は、ボーイソプラノの美声を保つために去勢したオペラ歌手(カストラート)だったファリネッリのために書かれたものだそうです。
B: ファリネッリはバロック時代に実在した有名なカストラート、『王は踊る』のジェラール・コルビオがファリネッリのビオピック『カストラート』(94)を撮っている。
A: ゴールデン・グローブ賞外国語映画賞の受賞作品でした。悲劇には違いないですが最後には光がさすところなど、マリーナとファリネッリを重ね合わせている印象をもちました。
B: 「愛を探しにきたのかも」というマリーナに対して、先生は「君が探しているのは愛ではない」と諭す。聖フランシスコは愛をくれ平和をくれとは言わない。
A: 聖フランシスコは「私を君の愛の手段に、君の平和の手掛かりに」と言っているだけだと。浮いたセリフに聞こえるシーンですが、マリーナが心を許している数少ない登場人物の一人がこの歌の先生、常にベガを支えてくれる父親の姿が投影されているようだ。両親の支えがなかったら今日のダニエラ・ベガは存在しない。
B: 「私の人生は自分で決めたい。もし賛成してくれるなら、それはファンタスティックだ」と打ち明けたとき「分かったよ、一緒に進もう」と言ってくれた父親、「それで何か問題がある? ないでしょ」と応じてくれた母親、予想される世間の中傷をものともしない家族の存在は大きい。
A: 先生を演じたセルヒオ・エルナンデスはチリのベテラン、パブロ・ララインの『No』や『グロリアの青春』にも出演している。観客を一時和ませてくれる役柄でした。
B: 愛犬ディアブラを取り戻したマリーナがラストで歌うヘンデルの「Ombra mai fu(オンブラ・マイ・フ)」も、カストラートのために作曲された。
A: 厳しい日差しを遮ってくれるプラタナスの木陰に感謝する曲、偏見からマリーナを守ってくれた亡きオルランドへ捧げる歌になっている。エモーショナルなシーンでした。
B: 冒頭のナイトクラブでマリーナが楽しそうに歌っていた、サルサ歌手エクトル・ラボーの「Periodico de ayer(昨日の新聞)」、マリーナがディスコで踊りまくるファンタスティックなシーンで流れるのはマシュー・ハーバートのスコア、エンディングではアラン・パーソンズの別れを受け入れる「Time」など、総じて音楽が映画を魅力あるものにしている。

(ラストで「オンブラ・マイ・フ」を歌うマリーナ)
愛と寛容、レジスタンスと尊厳―「私たちは何者であるのか?」
A: 本作はトランスの人々の権利について論争を起こしましたが、チリのエリート階級は保守派で占められ、ラテンアメリカ諸国のなかでもLGBTへの偏見の強い国と言われています。実際『家政婦ラケルの反乱』の監督セバスティアン・シルバはチリを脱出、数年前からNYのブルックリンを本拠地にして英語で映画を撮っています。
B: 5年前から議論されていた「Ley de Identidad de Género ジェンダー・アイデンティティ法」が、やっとローマ法王フランシスコが来訪する1日前の2018年1月15日に可決されました。
A: 3月10日に退任したミシェル・バチェレ政権に残された仕事の一つでした。バチェレ大統領は3月8日の「国際女性デー」には、女性相クラウディア・パスクアルやダニエラ・ベガと共に街頭に出て、女性の権利平等を訴えました。
*セバスティアン・ピニェラ大統領が3月11日に就任した。

(左から、バチェレ大統領、ベガ、パスクアル女性相、2018年3月8日)
B: チリ社会も変わりつつあるのでしょうが、人々の意識変革はおいそれとは進まない。オルランドの死後、家族がマリーナに見せた顔が実態でしょう。
A: オルランド役のフランシスコ・レイェス、ルイス・ニェッコが演じたオルランドの兄弟ガボ、アントニア・セヘルスが扮したレストラン主人アレサンドラなどは少数派、葬式に集まった親戚一同、特にマリーナの顔をテープでぐるぐる巻きにしてしまうニコラス・サアベドラ演じる息子ブルーノと親戚の男たちが多数派、社会の多数派はトランスをこのように見ているのだという強烈なメッセージでした。
B: 多数派の一人、警察医になったロベルト・ファリアスは、『ザ・クラブ』でクラブに突然舞い込んできて元神父たちをかき回すキーパーソン、サンドカンを演じたベテラン、元妻か別居妻か分からなかったソニアを演じたアリネ・クッペンハイムなど、本作の脇役陣は豪華版です。

(テープで顔を巻かれたマリーナの強烈なシーン)
A: ブルーノは「お前はいったい何者なんだ?」とマリーナをギリシャ神話に出てくる怪物キマイラ扱いする。それは取りもなおさず「私たちは何者であるのか?」という問いですね。これが本作の根源的なテーマ、愛だの反逆などは副次的なものです。自分を捨て若いトランスに走った夫を許せないソニアや家族の復讐は、メロドラマとしてサービスされた小道具です。
B: 家庭を壊された家族が、壊れた原因がなんであれ破壊者に辛く当たるのは当たり前です。マリーナの不幸はオルランドの愛にかこつけたエゴや社会認識の甘さが理由のひとつですよ。死んだ後もマリーナの幻影として登場させているが、いずれのシーンもデジャヴ、鏡の多用など多分クラシック映画への目配せ、エールですかね。好き嫌いがはっきり分かれます。
「無」を描くのが好き―円環的なサスペンス
A: 多くのチリ人が避けてきたテーマを引きずり出したことが評価された。チリのエリート階級が保守的なのは、パブロ・ララインやアンドレス・ウッドの映画から読み取れます。映画とは関係ありませんが、古くは1945年ノーベル文学賞を受賞したガブリエラ・ミストラルは、その官能的な詩、1946年知り合って以来死ぬまで個人秘書だったアメリカ人のドリス・ダナとの親密な関係を批判された。
B: 幼年時代を歌った詩人、優れた教師、有能な外交官としてのミストラルだけでいて欲しかった。
A: ドリス・ダナは2006年に没するまでミストラルの遺言執行人だったのですね。ミストラルとダナとの関係を調べて、マリア・エレナ・ウッドがドキュメンタリー「Locas Mujeres」(2011)を撮っています。

(在りし日のガブリエラ・ミストラルとドリス・ダナ)
B: マリア・エレナ・ウッドは、最近ご紹介したTVミニシリーズ「メアリとマイク」をプロデュースしたばかりの監督、製作者ですね。
A: ウッドは「政治的立場は違っていても、エリート階級はおしなべて保守的」とコメント「ミストラルに偏見をもたずに紹介しているのは、チリ本国より外国のほうです」とも付け加えている。ピノチェト政権が17年間も長持ちしたのも、そういうエリートたちのお蔭でしょうか。
B: サスペンスの要素、例えば「181」というナンバーが付いた鍵、マリーナは偶然からそれがサウナのロッカーの鍵だと分かる。
A: 観客はオルランドがサウナでマッサージをうけているシーンから始まったことを思い出す。彼の体調の異変の前兆としか捉えていなかったから、サウナが伏線だったことを知る。突然逝ってしまったオルランドが、何かマリーナに残しているのではないかと前のめりになると、そこは空っぽ。
B: 何か見落としたのではないかと不安になるが、そこは「無」、哲学的です。トランスが置かれている闇かもしれない。
A: 「無」を言うなら、マリーナはオルランドを失っただけでなく同時に車やアパート、その他もろもろ、彼の贈り物だった愛犬さえとられてしまう。しかもディアブラは生きている、一緒に戦いたい。
B: ディアブラは単なる犬ではなく戦友なのだ。スペイン語のDiablaは「女の悪魔」という意味で、これはちょっと笑える。
A: オスカー像を手にチリ凱旋を果たした監督一同、国民はどんな反応をしたのでしょうか。「Ley de Identidad de Género」の可決に尽力してくれたバチェレ大統領への挨拶、ファンへの報告など多忙を極めていることでしょう。「なんてファンタスティックなの!」「ダニエラ、おめでとう!」と異口同音に迎えるだろうが、彼女はサンティアゴ空港に「ダニエラ・ベガ」で入国できたかどうか、どうでしょうか。ここから第一歩が始まる。

(監督、ベガ、右側がバチェレ大統領、3月6日)
B: チリに初めてオスカー像がもたらされたのは、2016年の短編アニメーションだそうですね。
A: ガブリエル・オソリオの「Historia de un Oso」(2014、11分)というアニメーション、監督の祖父でピノチェト政権時代に亡命した社会学者だったレオポルド・オソリオの痛みを描いているそうです。「私たちが何者なのかを理解するために鏡に向き合わねばならない」と監督。テーマが本作と繋がっているようです。


(オスカー像を手にした監督、右はアニメーターのパトリシオ・エスカラ、2016年)
★ダニエラ・ベガ Daniela Vega Herenández女優、叙情歌手。1989年6月3日サンティアゴのサン・ミゲル生れ、のち家族はニュニョアに引っ越し弟が生まれる。8歳のとき叙情歌手としての才能を見出され、サンティアゴの小さな合唱団で歌い始める。父親の理解のもとプロの声楽教師のもとで本格的に学ぶようになる。しかしその女らしさゆえ学校生活ではさまざまな偏見と差別に苦しむ。14歳のとき家族に女性にトランスすることを打ち明け、家族は直ちに共に歩むことを受け入れる。高校卒業後、美容師としての一歩を踏み出すかたわら、正式な演技指導は受けていなかったが地方の演劇団の仲間入りをする。
*キャリア*
2011年、マルティン・デ・ラ・パラの演劇「La mujer mariposa」でオペラを歌う主役に抜擢され、チリ国内の多くの劇場で5年間ロングランした。
2014年、シンガー・ソング・ライターのマヌエル・ガルシアのビデオクリップ《María》に登場、TV出演が増えるなど話題になる。
2014年、マウリシオ・ロペス・フェルナンデスのデビュー作「La visita」でTSの女性エレナを演じる。本作はチリのバルディビア映画祭でプレミア、後OutFest、グアダラハラ、トゥールーズ、マルセーユ、各映画祭に出品され、マルセーユ映画祭2015の女優賞を受賞、監督が作品賞を受賞した。
2016~17年、セバスティアン・デ・ラ・クエスタ、ロドリゴ・レアルなどの演出で「Migrantes」の舞台に立つ。
2017年、セバスティアン・レリオの「Una mujer fantástica」で主役マリーナに起用される。
2017年、ビスヌ・イ・ゴパル・イバラのブラックコメディ「Un domingo de julio en Santiago」でストレートの女性弁護士に扮する。

第5回イベロアメリカ・プラチナ賞2018*ノミネーション発表 ― 2018年03月20日 14:23
『ナチュラルウーマン』最多の9部門ノミネーション
★第5回イベロアメリカ・プラチナ賞のガラが、昨年の7月から4月に前倒しになったせいか、ノミネーション発表も2月下旬と早まりました。目下、ガラはラテンアメリカ諸国とスペインとで交互に開催されています。パナマ、スペインのマルベージャ、ウルグアイのプンタ・デル・エステ、マドリード、今回はメキシコのカンクン近郊のリゾート地シカレ・リビエラ・マヤ(グラン・ティラッコ劇場Teatro Gran Tlachco de Xcaret 1800人収容)で4月29日です。総合進行役はメキシコの俳優・監督・製作者・脚本家と多才なエウヘニオ・デルベス、彼は第1回プラチナ賞男優賞の受賞者です。
*第1回イベロアメリカ・プラチナ賞授賞式の記事は、コチラ⇒2014年4月17日
★映画賞は過去の作品に贈られる賞だから受賞結果だけでもと思いつつ、まだ5回目という歴史の浅い映画賞、イベロアメリカ諸国以外では話題にならないことも考慮して、やはりアップしておくことにしました。開催時期が3月から4月になった第21回マラガ映画祭(4月13日~22日)の各賞発表が五月雨式にアップされています。ギレルモ・デル・トロのマラガ賞受賞を手始めに、そろそろ紹介していく予定です。第71回カンヌ映画祭(5月8日~19日)も未だ発表になっておりません。今回の審査委員長は女性と予想しておりましたが、ケイト・ブランシェットに決定したようです。スペイン語映画がノミネートされるようでしたら記事にしたい。
★主なカテゴリー
(製作国はイベロアメリカ諸国限定。「」は公開または映画祭上映時の邦題 *当ブログ紹介)
◎作品賞(フィクション部門)
La cordillera(「サミット」アルゼンチン、スペイン)*
La librería(スペイン)*
Ultimos días en La Habana(キューバ、スペイン)*
Una mujer fantástica(「ナチュラルウーマン」チリ、スペイン)*
Zama(「サマ」アルゼンチン、ブラジル、スペイン、メキシコ、ポルトガル)*

◎監督賞
アレックス・デ・ラ・イグレシア Perfectos desconocidos(スペイン)*
フェルナンド・ぺレス Ultimos días en La Habana(キューバ、スペイン)*
イサベル・コイシェ La librería(スペイン)*
ルクレシア・マルテル 「サマ」(アルゼンチン、ブラジル、西、メキシコ、ポルトガル)*
セバスティアン・レリオ 「ナチュラルウーマン」(チリ、スペイン)*

◎脚本賞
カルラ・シモン Verano 1993 「夏、1993」(スペイン)*
フェルナンド・ぺレス&アベル・ロドリゲス Ultimos días en La Habana(キューバ、西)*
イサベル・コイシェ La librería(スペイン)*
ルクレシア・マルテル 「サマ」(アルゼンチン、ブラジル、西、メキシコ、ポルトガル)*
セバスティアン・レリオ&ゴンサロ・マサ 「ナチュラルウーマン」(チリ、スペイン)*

◎オリジナル作曲賞
アルベルト・イグレシアス 「サミット」(アルゼンチン、スペイン)*
アルフォンソ・ビラリョンガ La librería(スペイン)*
デルリスA. ゴンサレス Los buscadores(パラグアイ)
フアン・アントニオ・レイバ&マグダ・ロサ・ガルバン El techo(ニカラグア、キューバ)
プリニオ・プロフェタ O filme da minha vida(ブラジル)

◎男優賞
アルフレッド・カストロ Los perros(チリ、アルゼンチン、ポルトガル)*
ダニエル・ヒメネス・カチョ「サマ」(アルゼンチン、ブラジル、西、メキシコ、ポルトガル)*
ハビエル・バルデム Loving Pablo(スペイン)*
ハビエル・グティエレス El autor(スペイン、メキシコ)*
ホルヘ・マルティネス Ultimos días en La Habana(キューバ、スペイン)*

◎女優賞
アントニア・セヘルス Los perros(チリ、アルゼンチン、ポルトガル)*
ダニエラ・ベガ 「ナチュラルウーマン」(チリ、スペイン)*
エンマ・スアレス Las hijas de Abril(メキシコ)*
マリベル・ベルドゥ Abracadabra(スペイン)*
ソフィア・ガラ Alanis(アルゼンチン)

◎作品賞(アニメーション部門)
Deep(スペイン)
El libro de lila(コロンビア、ウルグアイ)
Historia antes de uma historia(ブラジル)
Lino-Uma aventura de sete vidas(ブラジル)
Tadeo Jones 2. El secretodel Rey Midas(スペイン)

「Lino-Uma aventura de sete vidas」
◎作品賞(ドキュメンタリー部門)
Dancing Beethoven(スペイン)
Ejercicios de memoria(パラグアイ、アルゼンチン)
El pacto de Adriana(チリ)
Los niños(チリ)
Muchos hijos, un mono y un castillo(スペイン)*

「Muchos hijos, un mono y un castillo」
◎オペラ・プリマ初監督作品賞
El techo(ニカラグア、キューバ)
La defensa del dragón(コロンビア)*
La llamada(スペイン)*
La novia del desierto(アルゼンチン、チリ)*
Mala junta(チリ)
Verano 1993(スペイン)*

◎編集賞
アナ・プファフ&ディダク・パロウ 「夏、1993」(スペイン)*
エティエンヌ・ボーザック La mujer del animal(コロンビア)*
ミゲル・シュアードフィンガー&カレン・ハーレー
「サマ」(アルゼンチン、ブラジル、スペイン、メキシコ、ポルトガル)*
ロドルフォ・バロス Ultimos días en La Habana(キューバ、スペイン)*
ソレダード・サルファテ 「ナチュラルウーマン」(チリ、スペイン)*

◎美術賞
エステファニア・ラライン「ナチュラルウーマン」(チリ、スペイン)*
ミケル・セラーノ Handia*
モニカ・ベルヌイ 「夏、1993」(スペイン)*
レナタ・ピネイロ 「サマ」(アルゼンチン、ブラジル、スペイン、メキシコ、ポルトガル)*
セバスティアン・オルガンビデ&ミカエラ Saiegh 「サミット」(アルゼンチン、スペイン)*

◎撮影賞
ベンハミン・エチャサレッタ 「ナチュラルウーマン」(チリ、スペイン)*
ハビエル・フリア 「サミット」(アルゼンチン、スペイン)*
ラウル・ペレス・ウレタ Ultimos días en La Habana(キューバ、スペイン)*
ルイ・ポサス 「サマ」(アルゼンチン、ブラジル、スペイン、メキシコ、ポルトガル)*
サンティアゴ・ラカ 「夏、1993」(スペイン)*

◎録音賞
アイトル・ベレングエラ、ガブリエル・グティエレス、ニコラス・デ・ポウルピケ
Verónica(「エクリプス」スペイン)
グイド・ベレンブルム 「サマ」(アルゼンチン、ブラジル、西、メキシコ、ポルトガル)*
セルヒオ・ブルマン、ダビ・ロドリゲス、ニコラス・デ・ポウルピケ
El bar(「クローズド・バル~街角の狙撃手と8人の標的」スペイン、アルゼンチン)*
Sheyla Pool Ultimos días en La Habana(キューバ、スペイン)*
ティナ・Laschke 「ナチュラルウーマン」(チリ、スペイン)*

◎価値ある教育シネマ賞
Como nossos pais ブラジル
Handia スペイン*
La mujer del animal コロンビア*
Mala junta チリ
Una mujer fantástica 「ナチュラルウーマン」チリ、スペイン*

*テレビ・シリーズのノミネーションは割愛、受賞作品はアップします。
*掲載写真は各国から適当に選んだものです。
★ざっと眺めただけで単独合作含めてスペインのノミネーションが多い。作品・監督・脚本賞のいずれにも顔を出している。ドキュメンタリーやアニメーションを合計すると20作ぐらいになるか。メキシコが開催国だがいささか寂しい印象です。メキシコ、ブラジル、チリなど除くと、ラテンアメリカ諸国は1国だけで製作するのは難しいことが分かります。少しはマシなスペインの資金提供となる。
★今回の参加国は23ヵ国だそうですが(ノミネーションを受けた国は11ヵ国)、ゴヤ賞2018イベロアメリカ映画賞にノミネートさえされなかったフェルナンド・ぺレスの「Ultimos días en La Habana」が、7カテゴリーでノミネートされている。悪くはなかったが、個人的には少し奇異な印象をもちました。
ギレルモ・デル・トロに「マラガ-スール」賞*マラガ映画祭2018 ① ― 2018年03月22日 17:41
アカデミー賞に続いてマラガ—スール賞受賞――今年はデル・トロの年

★第21回マラガ映画祭2018が4月13日に開幕します。コンペティション部門の正式発表はまだですが、オープニング作品にマテオ・ヒルの「Las leyes de la termodinámica」というSF映画が決定しております。他にはダビ・トゥルエバ、エルネスト・ダラナス・セラーノ(キューバ)、アニメーション2D/3Dでは20年のキャリアの持ち主カルロス・フェルナンデス・デ・ビゴが確定しています。いずれ全作品が発表された時点でアップしたい。
★本映画祭の大賞マラガ—スール賞にギレルモ・デル・トロ、エロイ・デ・ラ・イグレシア賞にロドリゴ・ソロゴジェン監督、リカルド・フランコ賞に衣装デザイナーパコ・デルガドがアナウンスされました。「金の映画」にはペドロ・オレアの「Un hombre llamado Flor de Otoño」が公開40周年を記念して選ばれています。主役のホセ・サクリスタンが女装に挑戦、サンセバスチャン映画祭1978の男優銀貝賞を受賞した作品です。
★まずは、米アカデミー賞作品・監督賞を受賞した(3月4日)興奮も覚めやらない3月9日に、マラガ—スール賞*受賞の朗報を貰ったギレルモ・デル・トロから始めたい。現在の178センチの巨漢からは、青い目の金髪、ひどく痩せていた子供だったとは想像できないが、中身はシャイで繊細、モンスターの恋人、妖精物語が大好きな少年そのままです。子供のときの夢は「海洋生物学者か作家、イラストレーター」、「海の中の混沌や恐怖に惹かれる」と、かつて語っていたデル・トロ、『シェイプ・オブ・ウォーター』は子供のころの夢と繋がっているのでしょうか。
*昨年までの「マラガ賞」が、今回から映画動向に詳しい「Diario Sur」のコラボレーションにより賞名変更になったようです。本賞受賞者は海沿いの遊歩道に等身大の記念碑を立ててもらえる。

(ギレルモ・デル・トロ)
★受賞にとどまらず、マラガ映画祭が出版社Luces de Galiboとコラボして、デル・トロの人生やキャリアに関したアントニオ・トラショラスの「Del Toro por Del Toro」という本を出版する。彼のオピニオン、逸話、意見、年代順ではない自由自在に歩き回る伝記まで網羅したデル・トロ紹介本のようです。デル・トロは長編映画『デビルス・バックボーン』(2001)を初めてスペインで撮ったメキシコ監督としてスペインではファンが多い。著者アントニオ・トラショラスは、本作の共同執筆者の一人で旧知の間がら、二人の対談も含まれている由。
★アルモドバル兄弟の制作会社エル・デセオが手掛けたホラー・ミステリー『デビルス・バックボーン』は、国際的に非常に高い評価を受けながらも興行的には芳しくなかった。後年『パンズ・ラビリンス』(06)がハリウッドで成功した折に「わたしの映画は、いくつかの分野にまたがっているので評価が分かれる。『ヘルボーイ』(04)は興行的に成功したが、批評家からは無視された。『デビルス・バックボーン』は批評家からは評価されたが、観客にはそっぽを向かれた。両方が納得してくれたのが、この『パンズ・ラビリンス』だ」と語ることになる。十年以上の歳月を経て、『シェイプ・オブ・ウォーター』で再びハリウッドに戻ってきて、自身が念願の作品賞・監督賞の2冠を手にしたほか、作曲賞・美術賞も受賞した。

(オスカー像と抱き合って喜ぶデル・トロ、アルゼンチン出身のアウグスト・コスタンソ筆)
★中古車売買業者フェデリコ・デル・トロ・トレスを父に、女優グアダルーペ・ゴメスを母に、1964年10月9日、グアダラハラ、ハリスコに生れる。監督、脚本家、製作者、小説家。厳格なカトリックの家庭で育ち、不可知論者。8歳のとき母親の影響を受け短編を撮る。少年青年期には2日に1冊のスピードで読了した本好き、子供向け古典シリーズから家庭医学百科事典、「芸術の鑑賞法」10巻など、絵画、人体について多くを本から学んだ。「これらの百科事典を読んでいたせいで、早くから心気症ヒポコンドリー患者になってしまった」と昨年のシッチェス映画祭2017で語っていた。1986年ロレンサ・ニュートンと結婚、2017年に離婚したが、できるだけ2人の娘と過ごす時間を大切にしている。

(最新作『シェイプ・オブ・ウォーター』をバックにした監督)
★グアダラハラ大学の付属校映画製作研究センターで、特に特殊効果を学ぶ。1985年、特殊効果の制作会社ネクロピア Necropia を設立、翌年シリーズ「Hora marcada」で監督デビュー、6話を手掛ける。20歳のときハイメ・ウンベルト・エルモシージャ監督(1942生れ)と出会い、彼から「もし道がなければ、自分で切り開きなさい」という言葉を貰った。さらに「監督からは若いシネアストへの援助の重要性も教えられた。フアン・アントニオ・バヨナのデビュー作『永遠のこどもたち』のエグゼクティブ・プロデューサーを手掛けたのもその教えです」と。エルモシージャ監督はグアダラハラ大学オーディオビジュアル・アート校で後進の教育に当たっている。
★現在はロスとトロントのどちらかで暮らしているが国籍はメキシコ、「何故なら私はメキシコ人だからです」。ゴチック風の家には膨大な珍しいモンスターなどのコレクション、書籍、おもちゃ類、コミック類が収蔵されている。『デビルス・バックボーン』の撮影地マドリードにも、約5000冊のお気に入りコミック類と一緒に旅をしたというコミック・オタクです。
*主なフィルモグラフィー*(短編・テレビ・脚本・製作のみは省く)
1993 Cronos 『クロノス』監督・脚本
1997 Mimic 『ミミック』同上
2001 El espinazo del diablo 『デビルス・バックボーン』監督・脚本・製作
2002 Blade II 『ブレイド2』監督
2004 Hellboy 『ヘルボーイ』監督・脚本
2006 El laberinto del fauno 『パンズ・ラビリンス』監督・脚本・製作
アカデミー賞撮影・美術・メイクアップ賞の3賞を受賞した作品
2008 Hellboy 2: el ejercito dorado 『ヘルボーイ/ゴールデン・アーミー』監督・脚本
2013 Pacific Rim 『パシフィック・リム』監督・脚本・製作
2015 La cumbre escarlata『クリムゾン・ピーク』監督・脚本・製作
2017 La forma del agua『シェイプ・オブ・ウォーター』監督・脚本・製作
ベネチア映画祭2017金獅子賞、ゴールデン・グローブ賞監督賞、アカデミー賞作品・監督賞他
*多数の受賞歴のあるアリエル賞、ゴヤ賞、英国アカデミー賞、他ノミネーションは割愛。
フアン・アントニオ・バヨナにレトロスペクティブ賞*マラガ映画祭2018 ② ― 2018年03月24日 18:18
『怪物はささやく』のバヨナ監督、レトロスペクティブ賞受賞
★レトロスペクティブ賞は、貢献賞、栄誉賞の色合いが濃く、どちらかというとベテラン勢が受賞することが多かった。当ブログ誕生後の過去4年間を遡る受賞者は、2014年ホセ・サクリスタン(1937)、2015年イサベル・コイシェ(1960)、2016年グラシア・ケレヘタ(1962)、昨2017年はフェルナンド・レオン・デ・アラノア(1968)でした。1975年生れのフアン・アントニオ・バヨナは、輝かしいキャリアの持ち主とはいえ、世代的には一回りほど若くベテラン枠には入らない。今年から賞名が日刊紙「Málaga Hoy」とのコラボレーションとなり「Premio Retrospectiva—Málaga Hoy」に変更されました。

★マラガ映画祭には特別賞として、前回アップのマラガ賞以下、リカルド・フランコ賞、エロイ・デ・ラ・イグレシア賞、銀のビスナガ「シウダ・デル・パライソ」賞、「金の映画」などがあり、コンペティション発表前に決まりしだい順次アナウンスされます。先頭を切って1月31日に発表されたのが本賞でした。今回の受賞者は長編3作すべてがヒットした、批評家からも観客からも受け入れられた稀有な監督、全作が劇場公開されました。日本語ウイキペディアでも詳しい情報が入手できますので簡単なデータ紹介にとどめます。
★フアン・アントニオ・バヨナ Juan Antonio Bayona、1975年5月9日バルセロナ生れ、監督、脚本家、製作者。カタルーニャ映画視聴覚上級学校ESCACの監督科出身、「Mis vacasiones」(99)、「El hombre esponja」(02)など、短編多数を制作する。1993年、長編デビュー作『クロノス』を手にシッチェス映画祭に出席していたギレルモ・デル・トロより、将来的に制作支援を確約してもらえ、それが果たされたのが「母子三部作」の第1作「El orfanato」(『永遠のこどもたち』)、製作総指揮をデル・トロが担いました。カンヌ映画祭2007でプレミアされ、翌2008年のゴヤ賞新人監督賞を受賞した。

★2012年「母子三部作」の第2作「Lo imposible」(『インポッシブル』)は、ハリウッド俳優を起用した英語映画にもかかわらず国内外で空前のヒット作となる。国内だけでも600万人以上が映画館に足を運び、ゴヤ賞5冠、彼は監督賞を受賞した。2004年スマトラ島沖地震の津波に巻き込まれたカタルーニャ一家の実話がもとになっている。ナオミ・ワッツ演じた母親マリア・ベロンがものした記録を、前作と同じ脚本家セルヒオ・G・サンチェスが脚色した。スペイン映画としては製作費$45,000,000は半端ではなかったが、トータルで$180,300,000を叩き出し、その功績のお蔭か、翌2013年の映画国民賞に歴代最年少で選ばれた。スペイン文化省とスペイン映画アカデミーが選考母体、格式はゴヤ賞より上でしょうか。時の文化教育スポーツ大臣出席のもとサンセバスチャン映画祭で授与式が行われる。2013年は消費税が3倍近く急騰した年だったことから、「教育を疎かにし文化にたいしては消費税増税をした」と、文化教育に冷たい政権に苦言を呈するという異例の受賞スピーチをして話題になった。

(国民党ラホイ政権の文化相ホセ・イグナシオ・ウェルトから授与されたバヨナ監督)
★2014年、アメリカのテレビ局ショウタイムShowtime が企画し、サム・メンデス他によってプロデュースされたゴシック・ホラー、TVシリーズ「Penny Dreadful」(第1話・第2話)を監督する。翌年WOWOWが「ナイトメア~血塗られた秘密」という邦題で放映された。
★2015年、Oxfam Intermón のために短編ドキュメンタリー「9 días en Haití」(37分、仮題「ハイチでの9日間」)を撮る。世界の極貧国の一つと言われるハイチの現状、開発協力の重要性、危機的状況からの緊急的脱出の必要性、またハイチの子供たちの目を通して、チャンスを得られる権利を訴えたドキュメンタリー。

(自身出演した短編ドキュメンタリー「9 días en Haití」のポスター)
★2016年「母子三部作」の第3作「Un monstruo viene a verme」(『怪物はささやく』)、本作はゴヤ賞2017では最多受賞の9冠、うち彼は監督賞を受賞した。
★2017年、セルヒオ・G・サンチェスのホラー・スリラー「El secreto de Marrowbone」をプロデュースする。ゴヤ賞2018新人監督賞にノミネートされた。サンチェスは『永遠のこどもたち』と『インポッシブル』の脚本家。
★2018年、「Jurassic World: El reino caída」を撮る。「ジュラシック・ワールド」シリーズの第5作、スティーブン・スピルバーグが製作総指揮、2018年6月8日スペイン公開予定、日本公開は邦題『ジュラシック・ワールド/炎の王国』で7月13日がアナウンスされている。他にグスタボ・サンチェスの長編ドキュメンタリー「I Hate New York」の製作を手掛ける。ニューヨークのアンダーグラウンドで生きる4人の女性アーティスト、トランスジェンダー活動家を追ったドキュメンタリー、本作は今年のマラガ映画祭で上映される予定。

ロドリゴ・ソロゴイェンにマラガ才能賞*マラガ映画祭2018 ③ ― 2018年03月26日 11:24
エロイ・デ・ラ・イグレシア賞がマラガ才能賞に衣替え
◎マラガ才能賞(エロイ・デ・ラ・イグレシア)-La Opinión de Málaga
★今回から各種特別賞にそれぞれ協賛者の名前が入ることになったらしく、エロイ・デ・ラ・イグレシア賞は上記のように長たらしい「マラガ才能賞Premio Malaga Talent(エロイ・デ・ラ・イグレシア)」と名称まで変更になりました。コラボしているLa Opinión de Málagaは、マラガやアンダルシア中心の情報(経済、文化、スポーツ)を発信している日刊紙です。
*エロイ・デ・ラ・イグレシアの紹介記事は、コチラ⇒2014年4月7日
◎キャリア、フィルモグラフィー紹介
★受賞者のロドリゴ・ソロゴイェン(ソロゴジェン)Rodrigo Sorogoyenは、1981年マドリード生れ、監督・脚本家・プロデューサー。マドリードの大学で歴史学の学士号を取得、大学の学業とオーディオビジュアルの勉強の両立を目指して映画アカデミーで学び、3本の短編を制作して卒業。2004年、マドリード市が資金援助をしているECAM(Escuela de Cinematografía y del Audiovisual de la Comunidad de Madrid)の映画脚本科に入り、並行してTVドラマ の脚本執筆を始める。最終学年の2008年にデビュー作「8 citas」を撮り(脚本はペリス・ロマノとの共同執筆)マラガ映画祭2008に出品され高い評価を受ける。本作にはフェルナンド・テヘロ、ベレン・ルエダ、ベロニカ・エチェギ、ラウル・アレバロ、ハビエル・ペレイラなど、現在活躍中の演技派が出演した。

★2011年、Caballo Films製作で長編第2作となる「Stockholm」の脚本に共同執筆者イサベル・ペーニャと着手する。資金難からクラウドファンディングで賛同者を募り完成させる。マラガ映画祭2013監督賞、新人脚本賞を受賞、ゴヤ賞2014新人監督賞ノミネート、シネマ・ライターズ・サークル賞2014新人監督賞受賞、Feroz 賞2014ドラマ部門作品賞受賞、トランシルバニア映画祭グランプリ、その他マイアミ、モントリオール、トゥールーズ他の映画祭正式出品。
*「Stockholm」とキャリア紹介記事は、コチラ⇒2014年6月17日

★2016年、第3作目となるスリラー「Que Dios nos perdone」(英題「May God Save Us」)の脚本をイサベル・ペーニャと共同執筆、キャストにアントニオ・デ・ラ・トーレ、ロベルト・アラモを起用した。サンセバスチャン映画祭2016脚本賞を受賞、主演のロベルト・アラモがゴヤ賞2017、フォルケ賞、フェロス賞で主演男優賞を受賞した。本作は2018年10月「ワールド・エクストリーム・シネマ2017」の一つとして『ゴッド・セイブ・アス マドリード連続老女強姦殺人事件』の邦題で短期間ながら公開された。

(アントニオ・デ・ラ・トーレとロベルト・アラモ、映画から)
★2017年、短編「Madre」は映画賞60以上の受賞に輝く。アルカラ・デ・エナーレス短編映画祭217観客賞・作品賞・監督賞、「マドリード市短編週刊」で短編映画賞、マラガ映画祭2017観客賞・女優賞(マルタ・ニエト)、アリカンテ映画祭監督賞、フォルケ賞2018(短編フィクション部門)作品賞、ゴヤ賞2018(フィクション部門)短編映画賞など多数受賞している。
*「Madre」関連記事は、コチラ⇒2018年2月10日

(トロフィーを手に受賞スピーチをする監督、ゴヤ賞2018授賞式2月3日)
★2018年、長年撮りたかったと語っていたスリラー「El Reino」が長編第4作となる。既に公開9月28日が予定されている。製作TornasolとAtresmedia、脚本共同執筆イサベル・ペーニャ、出演者は主役にアントニオ・デ・ラ・トーレ、バルバラ・レニー、ジョセップ・マリア・ポウなど演技派を揃えている。

(バルバラ・レニーとアントニオ・デ・ラ・トーレ、映画から)
パコ・デルガドにリカルド・フランコ賞*マラガ映画祭2018 ④ ― 2018年03月28日 17:55
オスカー賞に2回ノミネートされた国際派の衣装デザイナー
◎リカルド・フランコ賞―マラガ映画アカデミー
★今回からマラガ映画アカデミーとのコラボになり、上記のように長い賞名になりました。主に技術面で活躍しているシネアストに贈られる賞です。昨年はメイクアップ・アーティストのシルヴィ・インベールに贈られました。リカルド・フランコは、1949年マドリード生れ、監督、脚本家、俳優、製作者。1998年長らく患っていた心臓病のため48歳という若さで鬼籍入りしてしまいました。日本での紹介作品は、ノーベル文学賞を受賞したカミロ・ホセ・セラの『パスクアル・ドゥアルテの家族』を映画化した『パスクアル・ドゥアルテ』(カンヌ映画祭1976正式出品、スペイン映画祭1984上映)と、『エストレーリャ~星のまわりで』(ゴヤ賞1998作品・監督・脚本賞、スペイン映画祭1998上映)の2作だけかと思います。
*リカルド・フランコについての記事は、コチラ⇒2014年4月7日
アルモドバルやデ・ラ・イグレシア監督とコラボレーション
◎受賞者のキャリア&フィルモグラフィー
★パコ・デルガド Francisco ‘Paco’ Delgado Lopezは、1965年カナリア諸島ランサロテ生れ、衣装デザイナー。1982年物理学を学ぶためマドリードに上京するも3学年で退学、舞台装置と衣装を学ぶためバルセロナに移動する。その後奨学金を貰ってロンドンに移り、12年間舞台装置家として仕事をする。帰国後ヘラルド・ベラの「La Celestina」(1996)に、衣装デザイナーのソニア・グランデの助手として映画界に入る。

(『リリーのすべて』で2度目のオスカー賞をノミネートされたパコ・デルガド、2016年)
★2000年、アレックス・デ・ラ・イグレシアの「La comunidad」(『13みんなのしあわせ』)を手掛け、第1作目でゴヤ賞2001衣装デザイン賞にノミネートされる。以後デ・ラ・イグレシア映画の『マカロニ・ウエスタン800発の銃弾』(02)、『オックスフォード連続殺人』(08)、『気狂いピエロの決闘』(10、ゴヤ賞2回目のノミネート)、『スガラムルディの魔女』(13、ゴヤ賞2回目の受賞、フェニックス映画賞ノミネート)などを担当する。

(デ・ラ・イグレシアとデルガド、『気狂いピエロの決闘』から)
★2004年、ペドロ・アルモドバルの『バッド・エデュケーション』、『私が、生きる肌』(11、ゴヤ賞ノミネート)に起用される。パブロ・ベルヘルの『ブランカニエベス』(12)で初めてゴヤ賞を受賞、ヨーロッパ映画賞、ガウディ賞も受賞、国際映画祭でも高い評価を受けた。ベルヘルの最新作「Abracadabra」(17)も手掛けている。
*ヨーロッパ映画賞2013の記事については、コチラ⇒2013年11月2日

(ゴヤ賞初受賞の『ブランカニエベス』の衣装とデルガド)
★国際舞台に躍り出たのは、やはりトム・フーパーの『レ・ミゼラブル』(13)でオスカー賞や英国映画テレビ芸術アカデミーBAFTAにノミネートされたこと、米国サタン賞を受賞したことでしょうか。同監督の『リリーのすべて』(15「The Danish Girl」)もオスカー賞、BAFTAにノミネートされたほか、衣装デザイナー・ガウディ賞を受賞した。世界初の性別適合手術を受けたリリー・エルベの実話がもとになっている。

(『リリーのすべて』の衣装をバックに)
★最新作はディズニー実写映画「A Wrinkle in Time」(18)、マデレイン・レングルのSFファンタジー小説をエイヴァ・デュヴァーネイが映画化した。邦題は『五次元世界のぼうけん』、クリス・パン、リース・ウィザースプーン、オプラ・ウィンフリー、ミンディ・カリングなどが出演している。

(オプラ・ウィンフリーとデルガド)
◎「金の映画」ペドロ・オレアの「Un hombre llamado Flor de Otoño」
★本作の公開40周年を記念して選ばれています。主役のホセ・サクリスタンが女装に挑戦、サンセバスチャン映画祭1978の男優銀貝賞を受賞した作品です。ホセ・サクリスタンはカルロス・ベルムトの『マジカル・ガール』出演より日本での若いファン層を開拓しましたが、マラガ映画祭2014の「レトロスペクティブ賞」の受賞者でもあります。

(ホセ・サクリスタン、「Un hombre llamado Flor de Otoño」から)
モニカ・ランダル「ビスナガ・シウダ・デル・パライソ」*マラガ映画祭2018 ⑤ ― 2018年03月30日 17:10
マカロニウエスタン女優または『カラスの飼育』の叔母さん役が有名?
★2015年に創設られた「ビスナガ・シウダ・デル・パライソ」に選ばれたのは、バルセロナ生れのモニカ・ランダル、伊西合作映画のマカロニウエスタン、例えば『五匹の用心棒』(66)やテレンス・ヤングの『レッド・サン』(71)出演時にモニカ・ランドールとクレジットされたことから、日本では後者のほうが通りがいい。ということでカルロス・サウラの『カラスの飼育』(76)公開時も後者が採用されました。ここでは母親を亡くした三姉妹の世話をする叔母役、現在に過去を絡ませる手法を取り入れたサウラがもっとも輝いていた時代の作品かもしれない。

(モニカ・ランダル、『カラスの飼育』から)
★過去の受賞者は、フリエタ・セラノ、エミリオ・グティエレス・カバ、昨年のフィオレリャ・ファルトヤノと、いずれも映画・舞台で活躍したベテラン俳優が選ばれている。レトロスペクティブ賞は目下活躍中のシネアストから選ばれる貢献賞だが、こちらは現役引退に近いシネアストから選ばれているようです。モニカ・ランダルもペドロ・オレアの「Tiempo de tormenta」(03)を最後に銀幕からは引退していますが、しばらくはTVシリーズ出演、TV司会者、舞台女優としては現役を続けていた。

★モニカ・ランダル(ランドール)Mónica Randall、本名Aurora Juliá i Sarasa、1942年11月18日バルセロナ生れ(75歳)、女優、TV司会者、監督。バルセロナのアルテ・ドラマティコで演技を学ぶ。アレハンドロ・ウジョアの劇団員として、コメディ「Cena de matrimonios」などの舞台に立つ。ほかハシント・ベナベンテの「Los intereses creados」、フアン・ホセ・アロンソ・ミリャンの「El alma se serena」などに出演、その後映画界に移り、30年のブランクを経た2009年、ヤスミナ・レサの「Una comedia española」(演出シルビア・ムント)で舞台に戻ってくる。
★映画出演はTVシリーズを含めると100作を超える。上述のマカロニウエスタンの他、未公開だがビデオやテレビ放映を含めると結構あります。例えば『殺しの番号77~』(66、TV放映、伊西)、『黄金無頼』(67、伊西)、『Dデイ特攻指令』(68、伊西、ビデオ)、『今のままでいて』(78、伊西米)などが挙げられます。これらは代表作というわけではなく、字幕入りで鑑賞可能というだけのことです。映画デビューはホセ・ディアス・モラレスの「La revoltosa」(63)、その後上記のマカロニウエスタンに出演、特に「007」の監督テレンス・ヤングの『レッド・サン』(71、仏伊西)は、アラン・ドロン、チャールズ・ブロンソン、三船敏郎出演の異色マカロニウエスタンだった。モニカ自身は脇役に過ぎなかったが、当時の世界三大スターと共演できた映画だった。

(モニカ・ランダル、三船敏郎、『レッド・サン』から)
★マカロニウエスタン・ブームに陰りが見えてきた1968年からスペイン映画出演が増え、ルイス・セサール・アマドリの「Cristina Guzmán」(68)、ペドロ・ラサガの「Abuelo Made in Spain」(69)他、ハイメ・デ・アルミリャン「Carola de día, Carola de noche」(69)、ラファエル・ヒル「Un adulterio decente」(69)など、コスモポリタンで気取った女性のプロトタイプを演じることが多かったが、それはフランコ体制という時代の要請でもあった。「Cristina Guzmán」でナショナル・シンジケート・オブ・スペクタクル賞1968助演女優賞を受賞した。
★フランコ体制の揺らぎとともにハイメ・デ・アルミリャンの「Mi querida señolita」(72)、カルロス・サウラの『カラスの飼育』、アントニオ・ヒメネス=リコの「Retrato de familia」(76)、ルイス・ガルシア・ベルランガの「ナシオナル三部作」の第1作目「La escopeta nacional」(78)などに出演する。今ではクラシック映画の名作になっている作品だが、「Retrato de familia」でシネマ・ライターズ・サークル賞1976主演女優賞、ナショナル・シンジケート・オブ・スペクタクル賞1976女優賞、「La escopeta nacional」でフォトグラマス・デ・プラタ1978スペイン映画俳優賞を受賞した。

(主演女優賞を受賞した「Retrato de familia」から)
★1987年、ハイメ・デ・アルミリャンの「Mi general」で主役に起用され、フェルナンド・レイ、フェルナンド・フェルナン・ゴメス、エクトル・アルテリオ、ラファエル・アロンソ他、当時の錚々たる男優陣と共演した。本作はモントリオール映画祭1987審査員特別賞を受賞した。1993年、ベルランガの最後の映画となる「Todos a la cárcel」に出演、先述したように2003年の「Tiempo de tormenta」が最後の映画出演となった。

★その他の受賞歴:1964年からドラマや司会者として出演するようになったテレビでは、1973年のエンターテイメント番組「Mónica a Medianoche」で「TP de Oro」賞のベスト司会者に選ばれたほか、サン・ジョルディ賞2015プロフェショナル・キャリア賞を受賞した。
★以上でマラガ映画祭の特別賞紹介はおしまいにして、次回から五月雨式にアナウンスされているコンペティション部門の作品紹介をする予定です。
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