リカルド・ダリンが主役のスリラー"Koblic"*マラガ映画祭2016 ⑦ ― 2016年04月30日 18:06
アルゼンチンを代表する俳優リカルド・ダリンはカメレオン
★バルセロナ派監督の力作が目立つ今年のマラガ映画祭ですが、アルゼンチンのセバスティアン・ボレンステインの“Kóblic”はスペインとの合作です。彼の長編第3作目“Un cuento chino”はコメディドラマでしたが新作はスリラーです。ゴヤ賞2012イベロアメリカ部門の作品賞を受賞した前作は、英語字幕でしたがセルバンテス文化センターの「土曜映画上映会」で上映され(2013年7月)泣き笑いさせられた。これは脚本が秀逸でよく練られており、主役を演じたカメレオン俳優リカルド・ダリンの魅力をあますところなく引き出した。上映後のトークで「ダリンのために作られた映画だ」と感想を述べたほどだった。正当な理由から偏屈で気難しく人間嫌いになってしまったが、心はまっすぐなまま他人の不幸を見過ごせない。こういうバルザック風の人間悲喜劇をやらせたらダリンの右に出る者がない。『人生スイッチ』をご覧になった方なら納得でしょう。結果発表が間もなくですが、監督も役者も大好きが理由でご紹介します。
(ダリン、マルティネス、クエスタを配したポスター)
“Kóblic”2015
製作:Atresmedia Cine / Gloriamundi Produccones / Pampa Films / Telefe / Endemol /
Direct TV
監督・脚本・製作者:セバスティアン・ボレンステイン
脚本(共同):アレハンドロ・オコン
撮影:ロドリゴ・プルペイロ
音楽:フェデリコ・フシド
編集:パブロ・ブランコ、アレハンドロ・カリーリョ・ペノビ
録音:フアン・フェーロ
美術:ダリオ・フェアル
プロダクション・マネージメント:パブロ・モルガビ、イネス・ベラ
製作者:バルバラ・ファクトロビッチ(エグゼクティブ)、パブロ・ボッシ、フアン・パブロ・ブスカリアル、他多数
データ:アルゼンチン=スペイン合作、スペイン語、2015年、スリラー、公開アルゼンチン2016年4月14日、マラガ映画祭2016では4月29日上映
キャスト:リカルド・ダリン(海軍大佐トマス・コブリク)、オスカル・マルティネス(警察署長バラルデ)、インマ・クエスタ(ナンシー)、他
解説:人生の岐路に立たされた海軍大佐トマス・コブリクの物語。時はアルゼンチン軍事独裁政権の1977年、コブリクは身の毛もよだつような〈死の飛行〉のミッションを命じられる。人生の岐路に立たされたコブリクは、輝かしい軍人としてのキャリアを捨て良心的不服従の道を選択する。パンパの片田舎コロニア・エレナで危険だが新しい人生を始めようと一か八かの逃亡を決心する。一方、盗難品を売り捌く犯罪集団のリーダー、軍事独裁者のドンとも暗い繋がりをもつ警察署長バラルデは、獲物を狙って執拗な追跡劇を開始する。
(リカルド・ダリン、映画から)
テーマは「汚い戦争」と良心的不服従か?
★アルゼンチン軍事独裁政権は、1976年3月の軍事クーデタ勃発からマルビナス(フォークランド)戦争の敗北を経て瓦解する1983年まで続いた。一人の独裁者ピノチェトが牛耳った隣国チリとは違って、アルゼンチンの軍事独裁政権は4人の軍人が大統領になった。なかでもっとも凄惨を極めたのがクーデタの首謀者、陸軍総司令官だったビデラ政権の第1期(1976~81)、3万人ともいわれるデサパレシードdesaparecido行方不明者の多くが第1期の犠牲者だった。つまり映画の時代背景となる1977年は反体制派の弾圧が厳しく、「沈黙は金」という無関心を国民に強制した戦慄の時代だった。
★〈死の飛行〉というのは、このデサパレシードと言われる収監者を飛行機で運んでラプラタ川に生きたまま突き落とす任務のことで、普通の人間の神経では耐えられない。このミッションを果たした操縦士が、後に良心の呵責に耐えかねマスコミに実名で告白すると、たちまち嘘つきデマカセの脅迫をうけて精神障害を発症してしまった記事を読んだことがある。チリのパトリシオ・グスマンのドキュメンタリー『真珠のボタン』では、遺体に列車のレールを縛りつけ太平洋に投げ捨てた事例を再現ドラマとして挿入していたが、アルゼンチンでは数が多すぎてそんなテマヒマはかけなかった。
(打合せをしているボレンステイン監督とダリン)
★ボレンステイン監督のように1960年代生れの世代は、軍事独裁政権時代の教育を受け、すっぽり青春時代と重なっている。それは1982年3月から始まった大国イギリスとのマルビナス戦争では、未経験のまま徴兵され酷寒の島で犬死にさせられた世代という意味でもあるのです。まさか英国病から抜け出せない鉄の女が原子力潜水艦まで動員して乗り込んでくるとは思わなかったのだ。前作の“Un cuento chino”でダリンが演じた人間嫌いの金物屋の主人も同世代、マルビナス戦争の傷を抱えている。『火に照らされて』(05、ラテンビート2006上映)を撮ったトリスタン・バウエルも同世代、彼らは国家の過ちを容易に許さない。自分たちの人生がゆっくりと死に向かっている体験をした世代だからです。
*監督キャリア&フィルモグラフィー*
★セバスティアン・ボレンステイン、1963年ブエノスアイレス生れ、監督、脚本家、製作者、俳優。父は喜劇役者タト・ボレス。エル・サルバドル大学でコミュニケーション科学及びアウグスト・フェルナンデス学校で俳優演出を専攻。卒業後、広告代理店のクリエーターとして第一歩を踏み出した。のちコメディショー“Tato Bores”の脚本家に転身、1990年からTVシリーズの監督、1997年TVミニシリーズ“El garante”(ホラー)がマルティン・フィエロ賞(監督賞)などを含む国内外の賞を多数受賞している。つづくTVシリーズのスリラー“Tiempofinal”(68話2000~02)はアルゼンチン他50カ国で放映され、2001年にはマルティン・フィエロ監督賞を受賞した他、エミー賞のノミネーションも受けた。長編映画デビューは以下の通り。コメディとスリラーを交替で撮っている。
2005“La suerte está echada” コメディ、トリエステ映画祭
ラテンアメリカ・シネマ審査員賞受賞
2010“Sin memoria”スリラー、メキシコ映画
2011“Un cuento chino”コメディ、ローマ映画祭2011作品賞・観客賞、ゴヤ賞2012イベロアメリカ映画賞、スール作品賞、ハバナ映画祭2011作品賞、マンハイム=ハイデルベルク映画祭2011審査員スペシャル・メンション・エキュメニカル賞、R.W.ファスビンダー特別賞他、多数受賞
2015“Kóblic”スリラー
(警察署長役のオスカル・マルティネス)
★キャスト紹介:リカルド・ダリンはもう割愛、警察署長のオスカル・マルティネスは、ダミアン・ジフロンの『人生スイッチ』の第5話「愚息」で登場、おバカ息子の父親マウリシオになった俳優、スペインから参加のインマ・クエスタは、パウラ・オルティスの“La novia”の主役を演じゴヤ賞2016主演女優賞にノミネートされた女優、他にダニエル・サンチェス・アレバロの『マルティナの住む街』(11)、ベニト・サンブラノの『スリーピング・ボイス』(11)、パブロ・ベルヘルの『ブランカニエベス』(12)、アルモドバルの新作“Julieta”にも出演と大物監督に起用されています。
*『人生スイッチ』とオスカル・マルティネスに関する記事は、コチラ⇒2015年07月29日
*“La novia”とインマ・クエスタに関する記事は、コチラ⇒2016年01月05日
*『スリーピング・ボイス』の記事は、コチラ⇒2015年05月09日
(インマ・クエスタとリカルド・ダリン、映画から)
★アルゼンチンでは公開されているので観客のコメントがアップされ始めています。まあ観客も十人十色ですが、概ね好意的なコメントが寄せられています。インマ・クエスタのアルゼンチン弁に難癖をつけていますが、アルゼンチン訛りは短期間では真似できない。相変わらずダリンは好評で人気のほどが分かります。マルティネスは嫌われ役で辛いところ、それでも流石に悪口を言う人がいないのは泣かせます。
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