アレハンドロ・G・イニャリトゥ、アカデミー賞連続監督賞受賞2016年03月02日 15:49

         3人目の連続受賞者となったメキシコ出身監督

 

★下馬評通りだったのかサプライズだったのか知りませんが、アレハンドロ・G・イニャリトゥ2回連続監督賞受賞『レヴェナント 蘇えりし者』)には驚きました。ジョン・フォードとジョセフ・L・マンキーウィッツに次ぐ「3人目」といっても、大昔のことだから記憶を辿れる人は現在では少数派です。後者についてはF・トゥルエバ新作の記事中、「スペインでロケされた」映画『去年の夏 突然に』(59)を紹介したばかりでした。テネシー・ウィリアムズの戯曲の映画化ですね。アルモドバルの『オール・アバウト・マイ・マザー』は、彼の『イヴの総て』(1950All about Eve、監督・脚本賞受賞)へのオマージュとして題名が付けられた話は有名です。昨年の『バードマン』は作品賞・監督賞・脚本賞のトリプル受賞、手は2本しかないから3個同時に持てなかったが、今年は片手で持てます。

 

       

          (お互い1個だから片手で十分です。レオ様と監督)

 

★もっとびっくりするのは、撮影監督のエマニュエル・ルベッキの3回連続受賞ではないでしょうか。こういう事例が過去にあるのかどうか調べる気にはなりませんが。彼もメキシコ出身、「メキシカン黄金時代の到来」は大げさでしょうか。本国メキシコでは「あれはハリウッド映画だから」と、逆に国民は冷めているのかもしれません。海外からの観光客には魅力的な国でも、そこでずっと生きていくのは大変な国ですから。

 

★三度目じゃなく六度目の正直、レオナルド・ディカブリオもやっとオスカー像を手にいたしました。「もう上げるべきだよ」と思ったアカデミー会員が多かったということです。シャーリー・マクレーン同様「遅ずぎました」。マーティン・スコセッシの『アビエイター』(04)で受賞できなかったのが実に不思議でした。1974年ハリウッド生れの41歳、5歳でテレビショーに出演したというから芸歴は長い。個人的には声が高いので好きになれないタイプの俳優、一番好きな映画はラッセ・ハルストレムの『ギルバート・グレイプ』93)、知的障害をもつ少年を演じた。少年役だから高い声が気にならなかったが、実際には20歳に近かった。すごい才能が現れたと思いました。これがアカデミー賞と関わりをもった最初の映画、兄ギルバートを好演したジョニー・デップも評価された。大ヒット『タイタニック』以前の映画のほうが好もしい。大ヒットがアダになって長年苦汁を強いられたが、本作では本当の大人の演技が見られるというわけです。

 

  

     (ヒュー・グラスに扮したディカブリオ、『レヴェナント 蘇えりし者』から)

 

アレハンドロ・G・イニャリトゥは、代表作5作がすべて日本語で鑑賞できる数少ない監督の一人。これを足すと6作になる。メキシコの監督とはいえ母国語のみはデビュー作『アモーレス・ペロス』だけ、このカンヌ映画祭2000での成功がアメリカ行きの切符を可能にしたわけだが、どうやら復路の切符は失くしてしまったらしい。ストーリーは実在した毛皮取りのワナ猟師ヒュー・グラス17801833)を主人公にした伝記小説の映画化。息子を殺された父親の復讐劇の一面をもつ。舞台は19世紀初頭のアメリカ、しかしカナダの雪原で自然光を使って撮影された(劇場公開422日予定)。

 

★外国語映画賞は、ハンガリー映画34年ぶり、2回めの受賞となった『サウルの息子』でした。コロンビア映画(ベネズエラ、アルゼンチン合作)、チノ・ゲーラの『大河の抱擁』は残念でした。しかし「ノミネートに意味がある」と思いたい。エル・デセオが手掛けた『人生スイッチ』が昨年ノミネートされたときのアグスティン・アルモドバルの言葉です。

 

『バードマン』オスカー賞3冠、監督キャリアなどの紹介記事は、コチラ⇒201536


フロリアン・ガレンベルガーの”Colonia”*ナチスとピノチェト2016年03月07日 16:39

   「死の天使」ヨーゼフ・メンゲレ医師もコロニア・ディグニダに滞在していた!

 

ルシア・プエンソ『ワコルダ』(“Wakolda2013)の舞台はアルゼンチン、パタゴニアの風光明媚なバリローチェ、フロリアン・ガレンベルガーの“Colonia2015,独・ルクセンブルク・仏)の舞台はチリ中央部マウレ州リナレス県のパラル市郊外です。前者はアウシュヴィッツでユダヤ人の人体実験をおこない「死の天使」と恐れられたSS将校ヨーゼフ・メンゲレ医師がアルゼンチンに逃亡して暗躍する実話、イスラエル諜報特務庁モサドが舌を巻くほどの知的モンスターだった。後者はヒトラーユーゲント団員HJだったパウル・シェーファーが、児童の性的虐待を告発されチリに逃亡、1961年に設立した“Colonia Dignidad”(尊厳のコロニー)の真相を暴く実話。両作ともナチスと軍事独裁政権絡みの社会派ドラマです。最近、前者のメンゲレ医師が一時的にこの「コロニア」に滞在していたことが判明するなど、埋もれていたナチスや軍事独裁政権下の闇の掘り起こしが始まっています。両国はホロコーストを逃れてきた多くのユダヤ系ドイツ人と同時に、利用価値があるならばナチスであろうが積極的に受け入れてきた不思議の国といえます。

ルシア・プエンソの『ワコルダ』の記事は、コチラ⇒20131023

 

       

           (警官に追われるレナとダニエル、映画から)

 

★映画“Colonia”の英語題は「尊厳のコロニー」と呼ばれた悪名高きColonia Dignidadの名前をそのままタイトルにしています。戦慄すべきコロニーの真相が明るみに出てからは、こちらのほうがピーンとくるでしょうか。製作にチリもスペインも参画しておりませんが、言語は英語とスペイン語、ピノチェト政権の弾圧物語なので簡単に紹介しておきたい。以前パトリシオ・グスマンドキュメンタリー『光のノスタルジア』『真珠のボタン』を記事にいたしました。第1部の舞台はチリ北部アタカマ砂漠、第2部はチリ南部太平洋岸、監督は中央部アンデス山脈の火口や火口湖を視野に入れて3部を撮りたいと語っていましたが、「コロニア・ディグニダ」も登場するのではないでしょうか。1990年の民政移管後も民主化の歩みは遅々としており、ピノチェトの傷跡は国境を越えて吹きだしている感さえあります。

主な『光のノスタルジア』の記事は、コチラ⇒20151111

主な『真珠のボタン』の記事は、コチラ⇒20151116

 

    Colonia( Colonia Dignidad2015

監督・脚本:フロリアン・ガレンベルガー

脚本(共):トルステン・ヴェンツェル

撮影:Kolja・ブラント

プロデューサー:ベンヤミン・ヘルマン(ベンジャミン・ハーマン)

データ:製作国ドイツ=ルクセンブルク=フランス、言語英語・スペイン語、2015年、110分、スリラー、実話、軍事独裁政権、撮影地ルクセンブルク、公開ドイツ2016218日、他にロシア、米国、イタリアなどの公開が予定されています。

映画祭上映:トロントFF2015でワールド・プレミア、チューリッヒFF2015、ベルリンFF2016など。

キャスト:エマ・ワトソン(レナ)、ダニエル・ブリュール(夫ダニエル)、ミカエル・ニクヴィスト(パウル・シェーファー)、リチェンダ・ケアリー(ギセラ)、他

 

  

 (左から、ミカエル・ニクヴィスト、監督、リチェンダ・ケアリー、ダニエル・ブリュール、

ベンヤミン・ヘルマン。エマ・ワトソンは撮影中により欠席、トロント映画祭2015

 

解説1973年チリのサンティアゴ、ドイツ航空ルフトハンザの客室乗務員レナとアジェンデ政権を支持してチリに滞在していた写真家ダニエルの物語。レナは夫に会うためチリを訪れていた折しもピノチェト将軍率いる軍事クーデタに遭遇してしまう。1973911日、二人はクーデタ勃発の同日に逮捕され国立スタジアムに連行される。レナは間もなく解放されるが、ダニエルはピノチェトの秘密警察である国家情報局の手で拉致されてしまう。やがてレナは彼の行き先が拷問施設として使用されている「コロニア・ディグニダ」であることを突き止めた。ヒトラーユーゲント団員、ドイツ空軍の衛生兵だったパウル・シェーファーと彼の追随者たちが、1961年に設立したカルト的な少数集団のコロニーである。レナはダニエルを救うべくシェーファーの信奉者と偽ってコロニー内部に潜入するが、そこはピノチェト軍事政権に協力してシェーファーが君臨する暴力と児童への性的虐待が蔓延する恐怖の拷問センターであった。誰一人逃れることができないコロニーから二人は脱出できるのだろうか。                                           (文責:管理人)

 

     

     (シェーファー役のミカエル・ニクヴィストとレナ役のエマ・ワトソン)

 

パウル・シェーファーの人物紹介:1921年ミュンヘンのトロースドルフ生れ、2010年チリのサンチャゴで没。大戦中はヒトラーユーゲント団員であり、ドイツ空軍の衛生兵だった。1959年、孤児院を併設したバプテスト教会を設立したが、児童への性的虐待を告発され、司法の手が及ぶのを恐れたシェーファーは、追随者を引き連れて民主化以前のチリに脱出する。1961年、チリ中央部マウレ州リナレス県のパラル市郊外のバイエルン村(スペイン語で「ビジャ・バビエラ」)に、カルト的少数集団「Sociedad Benefactora y Educacional Dignidad」(仮訳「慈善協会と教育的尊厳」)を設立、のち「Colonia Dignidad」(尊厳のコロニー)に変更した。経済活動は主に農作業であったが、敷地を有刺鉄線で囲い、逃亡防止の望楼を備えた暴力が支配する秘密施設であった(1966年調査時には230人ほどがいた)。 

         

                           (20歳ころのパウル・シェーファー)

 

1973911日、ピノチェト将軍の軍事クーデタ以後、彼の秘密警察である国家情報局の拷問センターという役割が加わった。1974年、ピノチェトもコロニア・ディグニダを訪れている。この施設に連行された人の証言により、情報局員以外のコロニーのメンバーも拷問に加担したことが後に明らかになっている。民政移管された後、シェーファーは26名の児童への性的虐待の告発を受けるが、1997520日に姿を消してしまう。チリのバルパライソに潜伏した後アルゼンチンに逃亡、リカルド・ラゴス政権時の2005310日ブエノスアイレスで逮捕される。両国の話合いの結果、チリ警察の手でサンチャゴに移送される。2006524日、性的虐待で禁錮20年、他にも武器蓄積などで7年が加算される。コロニア・ディグニダの地下兵器庫には機関銃、自動小銃、ロケット弾、更には戦車まで隠されていたという、まさに小さな地獄であった。2010424日、サンチャゴの刑務所内病院で心臓病のため死亡、享年88歳でした。ここまで生き延びて来られたのは南米諸国の政治的後進性と脆弱な民主主義、緻密なナチス残党のネットワーク、何はおいてもチリの長きに渡るピノチェト独裁のおかげである。

 

  

 (2005年、潜伏先のブエノスアイレスで逮捕され、チリ警察の手で移送されるシェーファー)

 

フロリアン・ガレンベルガーは、1972年ミュンヘン生れ、監督、脚本家、俳優、製作者。ミュンヘン大学では哲学を専攻したが、のちミュンヘン・フィルム・スクールで映画を学ぶ。数多く撮った短編のうちQuiero ser2000、“I wont to be…”)が第73回アカデミー賞短編賞、ステューデント・アカデミー賞などを受賞する。また2009年のJohn Rabeが『ジョン・ラーベ~南京のシンドラー』の邦題で公開されている。今年5月には製作に携わったクリスティアン・チューベルトの『君がくれたグッドライフ』が公開される予定。

 

 

   (ブリュール、ワトソン、監督、ベルリン映画祭2016

 

★ガレンベルガー監督は製作動機を「9歳のとき学校で学んだ。当時コロニア・ディグニダのことは一大スキャンダルだった。しかし今でもドイツはアンタチャブルにしていたい。却って本作を撮るために5年前現地を訪れたときのチリのほうがオープンだった」とトロント映画祭で語っていた。1972年ミュンヘン生れの監督が9歳だった1981年は、まだチリはピノチェトが支配していた時代でした。現在ではコロニア・ディグニダについての資料や研究は進んでいるのにドイツが沈黙しているのはおかしい。人権の意味からもドイツは真実を明らかにする負債を負っている、ということでしょうか。スリラー仕立ての実話に基づく恐怖ドラマでもあるが、「これは恐怖を超えた愛の物語です。今日では、夫を助けだしたいという妻のあのような行為は普通のことではありませんが、私が惹かれるのはあの女性の勇気です」と監督。ハリポタの少女エマ・ワトソンも頭の回転の早い大人の女優に成長しました。

 

     

         (コロニア・ディグニダがあった場所、ビジャ・バビエラ)

 

「エクアドルのスピールバーグ」*世界に飛び出したマイノリティ2016年03月12日 15:45

           「プルワのスピールバーグ」ウィリアム・レオン

 

★三大映画祭(ベルリン、カンヌ、ベネチア)やサンセバスチャン映画祭などを検索しても、なかなか引っかかってこない南米エクアドル映画のご紹介。当ブログでは若いフアン・カルロス・ドノソのデビュー作Saudade2013)を記事にしただけという寂しさです。その秋に立教大学ラテンアメリカ研究所主催の「エクアドル映画週間」が池袋キャンパスで開催され、タニア・エルミダの“En el nombre de la hija”(2011『娘の御名の下に』)やセバスチャン・コルデロの第5作“Pescador”(2011『釣師、ペスカドール』)などが上映された。日程の後半がラテンビートと重なるなどの不運もあり、新宿バルト9と池袋キャンパスを往復した方もおられたのではないでしょうか(12月にセルバンテス文化センターで、うち3作品が再上映されました)。

フアン・カルロス・ドノソのSaudade”の記事は、コチラ⇒201443

 

★劇場公開された映画は、もしかしてセバスチャン・コルデロのサスペンス『タブロイド』2004、公開2006、メキシコ合作)1作だけでしょうか。十年一昔、大分前のことになります。本作の成功はサンダンスやカンヌ映画祭(ある視点部門)に出品されたことが大きかったと思います。東京国際映画祭で上映された“Ravia”(2009『激情』)はスペインとコロンビアの合作、正確にはエクアドル映画ではありません。コルデロは『釣師』のあと撮った“Europa Report”(2013)も好評でしたが、当ブログ開設前でしたので記事にできませんでした。今年半ばに長編第6Sin muertos no hay carnavalが公開される予定です。こちらはエクアドルのアンドレス・クレスポ(『釣師』の主役)を再び起用、メキシコのエランド・ゴンサレス、ディエゴ・カタニョなどの演技派を主軸に展開する「ロミオとジュリエット」エクアドル版、メキシコ、ドイツ合作のエクアドル映画です。既に昨年撮影も終了して、多分カンヌを目指しているのではないでしょうか。カンヌ2016の応募も34日に締め切られ、4月半ばに順次正式ノミネーションが発表になります。それを待ってエクアドルの他監督も交えてエクアドル特集を組もうと考えています。

 

           

              (“Sin muertos no hay carnaval”)

 

 「エクアドルのスピールバーグ」と呼ばれるのは嬉しくない?

 

★エクアドルは南米のなかでもウルグアイと同様に小国、おのずから市場も狭いので海外に打って出るしかありません。遅ればせながら35ミリからデジタルへの移行が始まって、資金の少ない若い監督にも門戸が開かれるようになりました。エクアドルはアマゾン、シエラ、太平洋岸と大きく三つの地域に分かれていますが、ウィリアム・レオンはシエラ地域チンボラソ県(県都リオバンバ)のカチャ生れの32歳という若い監督です。先住民Puruháプルワ(またはプルハ)出身、キチュア語とスペイン語のバイリンガル、10年ほど前からマイノリティの旗手として短編映画を製作しています。

キチュア語:kichwa (quichua) はケチュア語の流れをくむ言語、ペルー、エクアドル、コロンビアの3カ国で約250万人の話者が存在しており、公用語とともに使用されています。

 

「エクアドルのスピールバーグ」とか 「プルワのスピールバーグ」とか決めつけられるのは、必ずしも彼自身は歓迎していないようです。「拍手で迎えられてドキドキしてしまいましたが、それは私の作品がキチュア語だからです」。物珍しいからではなく作品の質で評価されたいのでしょう。「マーケティングを学んでいたことが、映画のアイディアを理解してもらうことに役立った」と監督。2009Sinchi Samayという若い先住民たちのグループを首都キトで立ち上げ、第一歩を踏み出した。グループ名の意味はキチュア語で「強い精神力、または物や富に執着しない強さ」だそうです。村を出て初めて都会へ出てきた先住民のカルチャーショックは想像できますね。

 

        

        (民族衣装姿のポンチョをまとったウィリアム・レオン監督)

 

★最初の短編は母親から借りたビデオカメラで、先住民たちが語りたかったシーンを入れて撮った。それを編集して完成させたのがNostalgia de María、その後続けてキチュア語で2作撮った。彼の作品を多くの国民が見ていたが、それは監督の許可無しに製造された海賊版が出回ったおかげでした(!)。監督が彼らに儲けを請求したら受け取ることができ、「有名にしてくれてありがとう」と監督。La Navidad de Pollitoがもっとも人気のあった作品だが興行成績はよろしくなかった。つまり映画館で見た人が少なかったというわけです。父親はアルコール中毒症に苦しんでおり、祖母の世話をしなければならない少年の物語。彼の唯一の願いはクリスマスにサッカー・ボールが届くことだ。この映画は米国、スペイン、イタリアなどに出稼ぎに行っているエクアドル移民のサークルで歓迎されたという。

2004Nostalgia de María 短編デビュー作

2004Antun aya”(“Cuentos de Terror”)3分割になるがYouTube で鑑賞できる。

2004La Navidad de Pollito”長編デビュー作

 

★妻や子供を失った寡夫の物語Llakilla Kushicuy o Triste Felicidadや、最新短編Pillallawは、聖なる山 Chuyug に稲妻が落ちて、子供を食べてしまうというモンスターが目をさましてしまうという先住民の雷神伝説をテーマにした作品。エクアドルのInput映画祭受賞作品、国境を越えてドイツやフィンランドの映画祭に招待され受賞している。「フィンランドでは私が先住民であるかどうかに重きをおかず、重要なのは作品そのものだった」とレオン監督、これは彼に自信を与えたし、物差しの違いを認識させたと思います。

2011Llakilla Kushicuy o Triste Felicidad

2013Pillallaw”(35分)

 

       

                (Pillallaw”から

 

★映画製作で大切なのはカメラ機材やテクニックではないが、資金面と技術面の制限が常に立ちはだかると語る監督。先住民のアンチ・ヒーロー「キタクイ」(Kitacuy)を登場させたテレビ・コメディを手掛けることでその解消を図っている。現在はキトに本拠を置き、長編映画を準備中。先住民抵抗運動のリーダー〈フェルナンド・ダキレマ〉の闘いと人生を語るFernado Daquilema19世紀末に十分の一税や大農場主の搾取に抵抗した実在の人物とのこと。8月にクランクインだそうです。

  

グアダラハラ映画祭2016*作品賞はコロンビアの新星フェリペ・ゲレーロ2016年03月19日 21:21

        ドキュメンタリー監督の“Oscuro animal”が独占

 

1月下旬から12日間にわたって開催されるオランダのロッテルダム映画祭2016がワールド・プレミアでした。フェリペ・ゲレーロはコロンビアの監督ですが、数年前からアルゼンチンで編集者として活躍、現在はブエノスアイレス在住、本作Oscuro animalはアルゼンチン、オランダ、ドイツとの合作。彼は長編劇映画こそ初監督ですが、既に高い評価を受けたドキュメンタリー“Corta”(2012)や短編“Nelsa”(2014)を発表しています。ロッテルダム映画祭には他にパラグアイのパブロ・ラマルの第1作“La última tierra”と、ブラジルの若手マリリア・ホーシャ(ローシャ)の“A cidade onde envelheco”が出品されていました。

 

         

             (“Oscuro animal”のポスター)

 

      Oscuro animal2016

製作:Viking Film / Sutor Kolonko / Gema Films / Mutokino

監督・脚本:フェリペ・ゲレーロ

撮影:フェルナンド・ロケットLockett

データ:製作国コロンビア=アルゼンチン=オランダ=ドイツ、スペイン語、2016年、予算約58万ドル、テーマはコロンビア内戦が熾烈だった1990年代のビオレンシア、マチスモ、私設軍隊の恐怖など。

映画祭・受賞歴:ロッテルダム映画祭2016正式出品(129日上映)、グアダラハラ映画祭2016イベロアメリカ作品賞・監督賞・撮影賞・女優賞(下記の3女優が分けあった)を受賞。

キャストマルメイダ・ソト(ロシオ)、ルイサ・ビデス・ガリアノ(ネルサ)、ホセリン・メネセス(ラ・モナ)

 

     

                (映画のシーンから)

 

解説:コロンビアの総ての世代にはびこっている暴力「ラ・ビオレンシア」についての物語。ここではコロンビア内戦で暴力の犠牲者になった3人の女性が登場する。それぞれ異なった動機で、武力衝突で土地を奪われた犠牲者として、私設軍隊パラミリタリーの殺人的猛威や普遍的なマチスモを逃れて、大量殺戮や無差別的な不正行為の恐怖から国内難民として都会に逃れて行く女性たちの物語。内戦が沈静化した現在でも知られることもなく深い傷跡を抱えたままの人生、しかしささやかな希望をもって立ち上がろうとする女性たちの物語でもある。

 

     

                 (映画のシーンから)

 

フェリペ・ゲレーロFelipe Guerrero1975年コロンビア生れ、監督、編集、脚本、製作。1995年ボゴタのCine y Fotografía de la Escuela de Cine Unitecで科学技術者の学位を得る。4年後ローマの映画撮影実験センターCSCで編集資格修了証書を取得し、映画界には編集者として出発している。東京国際映画祭2014で上映された同胞オスカル・ルイス・ナビアの『ロス・ホンゴス』(2014)や“El vuelco del cangrejo”(2009)の編集に携わっている。

『ロス・ホンゴス』の記事は、コチラ⇒20141116

 

★監督としては1999年短編Medellínでデビュー、Duende2002)はローマのドキュメンタリー・フェスティバルで審査員佳作賞を受けた。2006年コロンビアの映画振興基金FDCを受けたドキュメンタリーParaísoで、各国際映画祭、マルセーユで特別メンション、バルセロナで実験ドキュメンタリー賞ほか、翌年コロンビア文化省からドキュメンタリー国民賞栄誉メンションを受けている。上記のCortaもコロンビアの FDCを受けて製作されたドキュメンタリー。ロッテルダムFFに出品され、同映画祭のヒューバート・バルス基金も獲得した。続いて国際映画祭マルセーユ、ブエノスアイレス、ロカルノで上映、スペインのMargenes映画祭では審査員特別メンションを受賞している。コロンビアの FDCの他、IBERMEDIAプロジェクト基金も受けている。

 

★短編Nelsaは、カルタヘナ短編映画祭上映、ボゴタ短編映画祭では女優賞・編集賞ポスター賞を受賞した。本作もコロンビアの FDCを受けて製作され、コロンビア政府の経済的援助が成果を生んでいる。このことについてはコロンビア映画躍進を語るおりに当グログでは度々触れてきております。東京国際映画祭2015上映のセサル・アウグスト・アセベドの『土と影』(カンヌFFカメラ・ドール他4賞受賞)、カンヌ映画祭のチロ・ゲーラの『大河の抱擁』(アカデミー賞外国語映画賞ノミネーション)も同基金を受けて製作されました。詳細は以下の関連記事をご参照ください。

セサル・アウグスト・アセベドの『土と影』に関する記事は、コチラ⇒20151031

カンヌ映画祭2015出品のコロンビア映画の記事は、コチラ⇒2015519527

チロ・ゲーラ『大河の抱擁』の記事は、コチラ⇒2015524

 

★「ビオレンシアの意味はここコロンビアでは複雑で一言では説明できない。映画では3人の女性たちに語ってもらった」と監督。しかしセリフは極力おさえた。重要なのはセルバの自然音に語らせることだったからだそうです。このテーマで撮ろうとしたきっかけは、国際アムネスティやヒューマン・ライツ・ウォッチの報告書を読んで刺激されたこと。現在難民となって国内を流浪している人々に直接インタビューも行った。結果的には観客に多くの痛みを与える辛い仕事になった。しかしスクリーンで語られたことは、コロンビアの1980年代、90年代に実際に起こっていた苦しみであったとロッテルダムで語っていました。

 

   

   (プレス会見でインタビューを受けるゲレーロ監督、ロッテルダム映画祭2016にて)

 

★最優秀撮影賞受賞のフェルナンド・ロケットは、ドキュメンタリー映画を数多く手掛けている撮影監督。劇映画としては、マティアス・ピニェイロ(1982、ブエノスアイレス)とタッグを組み、代表作“Viola”(2012)他、“Todos mienten”(09)、“La princesa de Francia”(14)などアルゼンチン映画を撮っている。

 

 

    (撮影監督フェルナンド・ロケットの映像美)

 

3人の女優賞受賞者のうちマルメイダ・ソトは、『土と影』で嫁のエスペランサを演じた女優、唯一人のプロの女優として起用されていました。ルイサ・ビデス・ガリアノホセリン・メネセスは、IMDbによれば今回が初出演のようです。

 

    

   (最優秀女優賞のトロフィーを手にしたホセリン・メネセス、グアダラハラ映画祭)

 

    *グアダラハラ映画祭の他の受賞作・受賞者

La 4a. Compañía(メキシコ):共同監督アミル・ガルバン&バネッサ・アレオラ、初監督賞、審査員特別賞、男優賞にアドリアン・ラドロン、次のゴールデン・グローブ賞候補に推薦されることが決定された。また本映画祭と並行して行われるプレスが選ぶ「ゲレーロ賞」も受賞した。

 

             

               (“La 4a. Compañía”から)

 

El charro de Toluquilla(メキシコ):監督ホセ・ビリャロボス、最優秀ドキュメンタリー賞。メキシコ映画黄金期のイコンの一人、歌手で俳優のペドロ・インファンテ(191757)の人生を辿るドキュメンタリー。自ら操縦する自家用飛行機事故で死亡、39歳という若さであった。エイズのキャリアであったことが現在では分かっている。1957年ベルリン映画祭出品の“Tizoc”で男優銀熊賞を受賞している。

 

Me estas matando, Susana(メキシコ=スペイン=ブラジル=カナダ合作):監督ロベルト・スネイデル。ホセ・アグスティンの小説の映画化。ガエル・ガルシア・ベルナルとベロニカ・エチェギ出演のコメディ。“La 4a. Compañía”同様、次のゴールデン・グローブ賞候補に推薦されることが決定された。スネイデル監督は、『命を燃やして』がラテンビート2009で上映されたさい来日している。

 

グアダラハラ映画祭2016*ロベルト・スネイデルの新作2016年03月22日 13:37

    『命を燃やして』の監督作品“Me estás matando, Susana

 

グアダラハラ映画祭2016に出品されたコメディMe estás matando, Susana、次のゴールデン・グローブ賞の候補になったので前回ほんの少しだけ記事にいたしました。ロベルト・スネイデル監督は当ブログ初登場ですが、アンヘレス・マストレッタのベストセラー小説の映画化Arráncame la vidaがラテンビート2009『命を燃やして』2008)の邦題で上映された折り来日しています。新作は約30年前に刊行されたホセ・アグスティンの小説Ciudades desiertas1982)に触発され、タイトルを変更して製作された。ランダムハウス社が映画公開に合わせて再刊しようとしていることについて、「タイトルを変えたのに、どうしてなのか分からない。出版社がどういう形態で出すか決まっていない」とスネイデル監督。製作発表時の2013年には原題のままでしたので、混乱することなく相乗作用を発揮できるのではないか。原作者にしてみれば大いに歓迎したいことでもある。刊行当時から映画化したかったが、他の製作会社が権利を持っていてできなかった。「そこが手放したので今回可能になった」とグアダラハラFFで語っている。 

       

           (Me estás matando, Susana”のポスター)

 

     Me estás matando, Susana2016(“Deserted Cities”)

製作:Cuévano Films / La Banda Films

監督・脚本・製作:ロベルト・スネイデル

脚本(共同):ルイス・カマラ、原作:ホセ・アグスティン“Ciudades desiertas

音楽:ビクトル・エルナンデス

撮影:アントニオ・カルバチェ

編集:アレスカ・フェレーロ

製作者:エリザベス・ハルビス、ダビ・フィリップ・メディナ

データ:メキシコ=スペイン=ブラジル=カナダ合作、スペイン語、2016年、102分、ブラック・コメディ、ジェンダー、マチスモ、フェミニズム。グアダラハラ映画祭2016コンペティション正式出品、公開メキシコ201655

 

キャスト:ガエル・ガルシア・ベルナル(エリヒオ)、ベロニカ・エチェギ(スサナ)、Jadyn・ウォン(アルタグラシア)、ダニエル・ヒメネス・カチョ(編集者)、イルセ・サラス(アンドレア)、アシュリー・ヒンショウ(イレーネ)、アンドレス・アルメイダ(アドリアン)、アダム・Hurtig 他

 

解説:カリスマ的な俳優エリヒオと前途有望な作家スサナは夫婦の危機を迎えていた。ある朝のこと、エリヒオが目覚めると妻のスサナが忽然と消えていた。スサナは自由に執筆できる時間が欲しかったし、夫との関係をこれ以上続けることにも疑問を感じ始めていた。一方、自分が捨てられたことを知ったマッチョなエリヒオは、妻が奨学金を貰って米国アイオワ州の町で若い作家向けのプログラムに参加していることを突き止めた。やがてエリヒオも人生の愛を回復させようとグリンゴの国を目指して北に出発する。

 

ロベルト・スネイデルのキャリアとフィルモグラフィー

ロベルト・スネイデルRobberto Sneider1962年メキシコ・シティ生れ、監督、製作者、脚本家。フロリダの大学進学予備校で学んだ後のち帰国、イベロアメリカ大学でコミュニケーション科学を専攻、後アメリカン・フィルム・インスティテュートで学ぶ。1980年代は主にドキュメンタリーを撮っていた。21年前の1995年、Dos crimenesで長編映画デビュー、メキシコのアカデミー賞アリエル賞新人監督賞を受賞した。ホルヘ・イバルグェンゴイティアの同名小説の映画化、ダミアン・アルカサル主演、ホセ・カルロス・ルイス、ペドロ・アルメンダリス、ドロレス・エレンディアなどが共演した話題作。第2作目Arrancame la vida08『命を燃やして』)、第3作目が本作である。

 

 

      (ロベルト・スネイデル監督)

 

20年間に3本という寡作な監督だが、1999年に製作会社「La Banda Films」を設立、プロデューサーの仕事は多数。日本でも公開されたジュリー・テイモアの『フリーダ』02、英語)の製作を手がけている。製作者を兼ねたサルマ・ハエックの執念が実ったフリーダだった。画家リベラにアルフレッド・モリーナ、メキシコに亡命していたトロツキーにジェフリー・ラッシュ、画家シケイロスにアントニオ・バンデラスが扮するなどの豪華版だった。

 

       

             (サルマ・ハエックの『フリーダ』から)

 

         マッチョな男の「感情教育」メキシコ編

 

ホセ・アグスティンの原作を「メキシコで女性の社会的自由を称揚したアンチマチスモの最初の小説」と評したのは、スペイン語圏でもっとも権威のある文学賞の一つセルバンテス賞受賞者のエレナ・ポニアトウスカだった。原作の主人公はスサナだったが、映画では焦点をエリヒオに変えている。スネイデルはエリヒオの人格も小説より少し軽めにしたと語っている。何しろ30年以上前の小説だからメキシコも米国も状況の変化が著しい。合法的にしろ不法にしろメキシコ人の米国移住は増え続けているし、男と女の関係も変化している。原作者もそのことをよく理解していて、「映画化を許可したら、どのように料理されてもクレームは付けない。小説と映画は別の芸術だから」、「既に監督と一緒に鑑賞したが、とても満足している。メキシコ・シティで公開されたら映画館で観たい」とも語っている。

 

 

                 (原作のポスター)

 

★ボヘミアンのマッチョなメキシコ男性に扮したガエル・ガルシア・ベルナル、メキシコでの長編劇映画の撮影は、なんと2008年のカルロス・キュアロンの『ルドandクルシ』(監督)以来とか。確かに英語映画が多いし、当ブログ紹介の『NO』(パブロ・ラライン)はチリ映画、『ザ・タイガー救世主伝説』(“Ardor”パブロ・ヘンドリック)はアルゼンチン映画、ミシオネス州の熱帯雨林が撮影地だった。堪能な英語のほかフランス語、ポルトガル語もまあまあできるから海外からのオファーが多くなるのも当然です。米国のTVコメディ・シリーズMozart in the Jungle”出演でゴールデン・グローブ賞主演男優賞を受賞したばかりです。スネイデル監督は、「私だけでなく他の監督も語っていることだが、ガエルの上手さには驚いている。単に求められたことを満たすだけでは満足せず、役柄を可能な限り深く掘り下げている」と感心している。物語の中心をエリヒオに変えた一因かもしれない。どうやらマッチョなメキシコ男の「感情教育」が語られるようです。

 

★スサナ役のベロニカ・エチェギ:日本ではガエルほどメジャーでないのでご紹介すると、1983年マドリード生れ。日本公開作品はスペインを舞台に繰り広げられるアメリカ映画『シャドー・チェイサー』(2012)だけでしょうか。スペイン語映画ではビガス・ルナの『女が男を捨てるとき』(06Yo soy la Juani”)、アントニオ・エルナンデス『誰かが見ている』(07El menor de los males”)、エドゥアルド・チャペロ=ジャクソン『アナザーワールド VERVO』(11Verbo”)などがDVD発売になっています。Yo soy la Juaniでゴヤ賞新人女優賞の候補になって一躍注目を集めた。今は亡きビガス・ルナに可愛がられた女優の一人です。邦題を『女が男を捨てるとき』と刺激的にしたのは、如何にも売らんかな主義です。イシアル・ボリャインのKatmandú, un espejo en el cielo12)でゴヤ賞主演女優賞にノミネートされた。実話を映画化したもので、カトマンズで行われた撮影は過酷なもので、実際怪我もしたと語っている。きちんと自己主張できるスサナのような役柄にはぴったりかもしれない。

 

     

       (ベロニカ・エチェギとガエル・ガルシア・ベルナル、映画から)

 

★このようなロマンチック・コメディで重要なのは脇役陣、メキシコを代表する大物役者ダニエル・ヒメネス・カチョを筆頭に、イルセ・サラス(アロンソ・ルイスパラシオスの『グエロス』)、アシュリー・ヒンショウSF映画『クロニクル』)、カナダのホラー映画『デバッグ』出演のJadyn・ウォンなど国際色も豊かである。かなり先の話になりますが、例年10月開催のラテンビートを期待したいところです。

  

ガルシア=マルケスのドキュメンタリー*”Gabo:la creación de Gabriel García Márquez”2016年03月27日 15:08

                    マコンドの黄色い列車に乗って

 

Gabola creación de Gabriel García Marquezは、イギリスの監督ジャスティン・ウエブスタードキュメンタリーですが、言語はスペイン語です。監督はスペイン語が流暢、前作I will Be Murdered2013Seré asesinado”)もグアテマラの弁護士暗殺事件をテーマにしたドキュメンタリー、各地の国際映画祭で受賞しています。“Gabo”はガウディ賞2016にノミネーションされましたが受賞ならず記事を見送りました。しかし毎年誕生月の3月になると何かしら記事が目につき、今年の命日(417日)は、日本流に言うと3回忌にあたるのでご紹介することに。作家本人の登場は少ないようですが、監督によると「今まで彼のドキュメンタリーはなかった。それはインタビュー嫌いだったからだ」そうです2014年の死去に際しては当ブログでも「ガボと映画」に関する記事を中心に幾つかアップしております。

 

皆無というわけではなく、「本格的な」ドキュメンタリー映画という意味に解釈したい。作家の80歳の誕生を祝して製作された、ルイス・フェルナンドのBuscando a Gabo2007、コロンビアTV52分)が、翌2008年に『ガボを探し求めて』の邦題で上映されました(セルバンテス文化センター)。他にも『百年の孤独』に関連したシュテファン・シェヴィーテルトの“El Acordeón del Diablo”(2001、スイス=コロンビア=ドイツ合作)が『惡魔のアコーディオン』の邦題でテレビ放映されている。シェヴィーテルトは音楽ドキュメンタリー『キング・オブ・クレズマー』が公開されている監督。

「ガボと映画」に関する記事は、コチラ⇒2014123日・427日・429

 

    

 

 

  Gabola creación de Gabriel García Márquez 2015

(“GaboThe Creation of Gabriel García Márquez”、Gabola magia de lo real”他

製作:JWProductions / CanalEspaña / Caracol(コロンビアTV)他

監督・脚本:ジャスティン・ウエブスター

データ:製作国西=英=コロンビア=仏=米、スペイン語、2015年、ドキュメンタリー、伝記、90分、公開コロンビア20153月、スペイン2015417日(1周忌)、マドリード限定(TV放映)423日、バルセロナ1219日、米国独立系の映画館で20163月、ドイツ、フランス、イタリアではテレビ放映予定、他

映画祭・ノミネーション:カルタヘナ・デ・インディアス映画祭2015313日、ニューヨークのコロンビア映画祭、シカゴのラテン映画祭、ガウディ賞2016ドキュメンタリー部門ノミネーション、他

 

キャスト:フアン・ガブリエル・バスケス(作家)、アイーダ(妹1930生れ)、ハイメ(弟1941生れ)、ヘラルド・マルティン(ガボの伝記作家)、プリニオ・アプレヨ=メンドサ(親友のジャーナリスト)、セサル・ガビリア・トルヒーリョ(元コロンビア大統領)、ビル・クリントン(元合衆国大統領)、ジョン・リー・アンダーソン(ジャーナリスト)、タチア・キンタナル(元恋人)、他

 

  

                    (『百年の孤独』を頭にのせた有名なフォト)

 

       複雑に錯綜するポリフォニックな声をどこまで拾えたか?

 

「メキシコに行くつもりだよ」と親友プリニオ・アプレヨ=メンドサ**に語って、まだノーベル賞作家ではなかった1961年に妻メルセデスと長男ロドリゴを伴ってコロンビアを去った。到着したメキシコのメディアは、ノーベル賞作家ヘミングウェイのショットガン自殺(72日)を盛んに報じていたという。出演してくれた彼の妹弟が兄への愛を語るのは当然だが、「有名な作家だから賞賛しなければならないと考えた人々には出会わなかった」と監督。妹アイーダ弟ハイメの二人は、大変な読書好きだった母親について語っている。しかし作家が大きな影響を受けたのは彼の幼少期に母親代りだった母方の祖母、つまり『大佐に手紙は来ない』に出てくる大佐夫人だった。アイーダとハイメは『予告された殺人の記録』に実名で登場している。

 

     

            (マルケス一家、妻メルセデス、ガボ、次男ゴンサロ、長男ロドリゴ)

 

**プリニオ・アプレヨ=メンドサは、1957年に共産諸国(ポーランド、チェコスロバキア、ソ連、東ドイツ、ハンガリー)を巡る旅を一緒にしたコロンビア人のジャーナリスト。しかし1971年の「パディーリャ事件」での意見の相違から袂を分かつ。彼についてはアンヘル・エステバン&ステファニー・パニヂェリのGabo y Fidel2004『絆と権力 ガルシア=マルケスとカストロ』新潮社、2010、野谷文昭訳)に詳しい。ウィキペディアからは見えてこない作家の一面が分かる推薦図書の一つ。あくまでもIMDbによる情報ですが、残念ながら二人の著者はキャスト欄にクレジットされていない。複雑に錯綜するポリフォニックな声をどこまで拾えたかが本作の評価を左右すると思います。       

 

  

   (前列左から2人目ブニュエル、一人おいた眼鏡がガボ、1965年アカプルコにて)

 

本作の語り手にコロンビアの作家フアン・ガブリエル・バスケス1973ボゴタ)を起用している。ロサリオ大学で法学を専攻、1996年フランスに渡り、1999年パリ大学ソルボンヌでラテンアメリカ文学の博士号取得、1年ほどベルギーに滞在した。その後バルセロナに移り2012年まで在住、現在はボゴタに戻っている。彼のEl ruido de las cosas al caer2011)が最近『物が落ちる音』(松籟社、20161月、柳原孝敦訳)の邦題で刊行されたばかり、推薦図書として合わせてご紹介しておきます。コロンビアと米国の麻薬戦争を巡るドキュメンタリー風の小説、2011年のアルファグエラ賞受賞作品。

 

 

            (アルファグエラ賞授賞式でスピーチをするバスケス、2011

 

タチア・キンタナル(本名コンセプシオン・キンタナル)は、1929年バスク自治州ギプスコア生れの女優、詩人(タチアTachiaは渾名、コンセプシオンの愛称コンチータCon­-chi-taのシラブルを入れ替えたもの)。フランコ独裁政権下では仕事ができず1953年フランスに亡命、1956年パリでガルシア=マルケスと知り合う。二人とも厳しい経済的困窮を抱えていた時代、あたかも後に書かれることになる『大佐に手紙は来ない』の大佐夫婦のような生活だったらしい(彼女は82歳になった2010年師走にアラカタカを初訪問している)。二人の熱烈な関係は1年とも数年とも言われている。作家がメルセデス・バルチャと結婚するのは1958年です。キンタナルも1950年に出会ったビルバオの詩人ブラス・デ・オテロ(191679)と親密な恋人関係を詩人の死まで維持していた。詩人はタチアの名付け親でもある。

 

  
     (「アディオス、ガボ」と作家の好きな黄色い花束を手にしたタチア・キンタナル)

 

★キンタナルには左耳の聴覚障害があり、映画化もされた『コレラの時代の愛』のヒロイン、フェルミーナ・ダーサを同じ聴覚障害者にしたのは、作家の元恋人への目配せだというわけです。この小説のモデルは作家の両親というのが通説ですが(本人が述べているようだ)、「私の両親は結婚しています。この小説は、アカプルコで毎年逢瀬を愉しんでいた80代のカップルを、あるとき船頭がオールで殴り殺してしまった結果事件となり、二人の秘密が白日の下になってしまった。二人はそれぞれ別の人と結婚していたからだ、という新聞記事にインスピレーションを得て書かれた」とも語っています。キンタナルも結婚してミュージシャンの息子がいる。両親は主人公フロレンティーノ・アリーサのように「519ヶ月と4日」も待たなかったというわけです。ウソとマコトを織り交ぜて話すのが大好きな作家の言うことですから、信じる信じないはご自由です。

 

ジャスティン・ウエブスターのキャリア&フィルモグラフィー

★イギリス出身の監督、脚本家、製作者、ノンフィクション・ライター、ジャーナリスト。ケンブリッジ大学で古典文学を専攻、1990年代はロンドンでジャーナリストとして働いた後、バルセロナに移り写真術を学びながらフリーランサーのレポーターの仕事をする。1996年製作会社JWProductionsを設立、現在はバルセロナを拠点にして映画製作に携わっている。本作の企画は「ほぼ10年前から温めていたが、具体的に始動したのは作家が死去する数ヶ月前のことで、亡くなったことで危機が訪れた」と監督。作家の熱烈なファンであったウエブスターにとって『百年の孤独』の作家の人生を語ることは難しく、結局予定より1年半遅れて完成。しかし、この映画を作ることで「今までと違った作家像にも出会った。例えば意外に内気で、若い頃に暮らしていたバルセロナ時代は無口で、親しい友人たちの付き合いを好んでいた」とも語っている。反面ノーベル賞受賞には執念をもやし、推薦者への根回しを怠らなかったいう話は有名です。

 

      

                        (最近のジャスティン・ウエブスター監督

 

ウエブスターが国際舞台に躍り出たのは、冒頭で触れたドキュメンタリー第1I Will Be Murdered2013Seré asesinado”、デンマーク、英、西、グアテマラ合作)だった。グアテマラの政財界に激震を走らせた「ロドリゴ・ローゼンバーグ暗殺事件」をテーマにしたドキュメンタリー、各地の映画祭に招かれそれぞれ受賞も果たした***ローゼンバーグはグアテマラのエリート弁護士、2009510の日曜の朝、サイクリング途中に或る者から差し向けられたヒットマンによって暗殺された(享年48歳の若さだった)。グアテマラ内戦(196096)の平和条約の調印がなされた後も和平合意は実現されておらず、当時の殺人件数6000人以上、誘拐件数400人以上というグアテマラでも大事件だった。それに拍車をかけるように弁護士が2日前に撮ったというビデオテープが公開されたことから国家の危機を引き起こす暗殺事件に発展した。

 

 

            

                  (政権を告発するロドリゴ・ローゼンバーグと殺害現場)

 

★ロドリゴ・ローゼンバーグの死後2日後に公開されたビデオは、「自分が殺害された場合の首謀者は、アルバロ・コロン大統領私設秘書官グスタボ・アレホスであり、大統領夫妻も私の殺害を了承していた」という衝撃的な内容だった。ローゼンバーグは国家資金を運用しているグアテマラ農村開発銀行の執行委員を務めていた企業家とその娘の殺害事件の調査に関与していた。彼は起業家が違法取引の隠蔽工作の協力を断ったために殺害されたと政権を告発した。 

 

 

         (高い評価を受けた“I will Be Murdered”のポスター)

 

***受賞歴:サンパウロ映画祭2013ドキュメンタリー部門審査員賞・栄誉メンション、ウィチタ映画祭2013ベスト・フューチャー・ドキュメンタリー賞、ハバナ映画祭2013ラテンアメリカ以外の監督部門サンゴ賞、グアナファト映画祭作品賞、カルタヘナ映画祭2014監督賞、バルセロナPro-Docs2014ベスト・ドキュメンタリー賞、その他、シカゴ映画祭2013正式出品、ガウディ賞2015ノミネーションなど多数。