イネス・パリスの新作は悲喜劇*マラガ映画祭2016 ⑤ ― 2016年04月25日 15:41
ベレン・ルエダがコメディに初挑戦、40代は女優の曲がり角
★イネス・パリスの第4作め“La noche que mi madre mató a mi padre”は、「お母さんがお父さんを殺しちゃった夜」などと物騒なタイトルですが辛口コメディです。監督は『マイ・マザー・ライクス・ウーマン』(2002)で長編デビュー、運良く「東京国際レズ&ゲイ映画祭2003」で上映され、2004年から始まったラテンビートでも見ることが出来ました。ベレン・ルエダといえば、日本ではアメナバルの『海を飛ぶ夢』、フアン・アントニオ・バヨナの『永遠の子どもたち』、ギリェム・モラレスの『ロスト・アイズ』などが話題作です。初のコメディ挑戦がウリですが、本人によると大方のイメージとは異なってコミカルな性格だそうで、TVドラでも実証済みです。共演者はエドゥアルド・フェルナンデス、マリア・プジャルテ、フェレ・マルティネス、ディエゴ・ペレッティ、パトリシア・モンテロと演技派が集合して危なげない。
(オール出演者、ルエダ、フェルナンデス、ペレッティ、他)
“La noche que mi madre mató a mi padre”2016
製作:La Noche Movie A.I.E. / Sangam Films / Post Eng Producciones /
共同製作TVE / Movistar+ / Crea S.G.R. / 協賛ICAA / Cultura Arts 他
監督・脚本:イネス・パリス
脚本(共同):フェルナンド・コロモ
撮影:ネストル・カルボ
音楽:アルナウ・バタリェル
編集:アンヘル・エルナンデス・ソイド
美術:ラウラ・マルティネス
衣装デザイン:ビセンテ・ルイス
メイクアップ・ヘア:ラケル・コロナド(ヘア)、サライ・ロドリゲス(メイク)
製作者:ベアトリス・デ・ラ・ガンダラ、ミゲル・アンヘル・ポベダ
データ:スペイン、スペイン語、2016年、コメディ、撮影地バレンシア、マラガ映画祭2016、4月24日上映
キャスト:ベレン・ルエダ(イサベル・パリス)、エドゥアルド・フェルナンデス(夫アンヘル)、マリア・プジャルテ(アンヘルの元妻スサナ)、ディエゴ・ペレッティ(俳優ディエゴ・ペレッティ)、フェレ・マルティネス(イサベルの元夫カルロス)、パトリシア・モンテロ(カルロスの恋人)、他
解説:美の衰えを抱きはじめた40代の女優イサベルの物語。プロフェッショナルな女優の価値について、つまり年を重ねることの恐れ、その能力、不安定、矛盾、コケットリー、苦しみなどを議論したいと思っている。イサベルと脚本家の夫アンヘルは、アンヘルの元妻で映画監督のスサナとアルゼンチンの俳優ディエゴ・ペレッティを夕食に招待する。ディエゴが今度の映画の主役を引き受けるよう説得するためだ。夕べの集いのなかば過ぎ、イサベルの元夫カルロスが若いガールフレンドを連れて闖入してくる。彼女はディエゴに秋波を送り男の欲望を掻きたてる戦術にでる。予期せぬ事態に宴は混乱、ひとつめの死体が転がることに。果たして死体は一つですむのでしょうか。
21世紀のもつれあった夫婦関係を模索する?
★「登場人物はすべてアーティスト、自由放縦なボヘミアン、意志が弱く、エゴイスト、さらに思い込みが激しく夢見がち」とイネス・パリス監督。かつてフランコ時代に描かれた家族像とは様変わりしている。例えばフェルナンド・パラシオスの『ばくだん家族』(62)、貧しいけれど父親と母親、子供たち、祖父母世代は遠くに住んでいる。結婚は1回で子沢山、これが当たり前の家族だった。ビジネス絡みとはいえ、夫婦が自宅に元夫と元妻を招待して一緒に夕べの宴をするなどありえなかった。また先日訃報に接したばかりのミゲル・ピカソの『ひとりぼっちの愛情』(64)、これはミゲル・デ・ウナムーノの同名小説“La tía Tula”の映画化ですが、妻が死んで残された夫とまだ母親が必要な子供が残される。婚期を過ぎた妻の美しい妹が見かねて母親代わりになる。夫も義妹も心のなかでは想い合うが・・・と、まあ焦れったい物語です。義妹になった女優の演技、心理描写の巧みさで現在見ても面白いかと思いますが、歴史を感じさせます。これはサンセバスチャン映画祭で監督賞、シネマ・ライターズ・サークル作品賞などを受賞した作品でした。
(本作について語るイネス・パリス)
*監督紹介*
★イネス・パリスは、1962年マドリード生れ、監督、脚本家。大学では哲学を専攻(哲学者カルロス・パリスが父)、特に美学と芸術理論、のち舞台芸術の演技と演出を学んだ。映画、テレビ、ドキュメンタリーの脚本家として出発、2002年ダニエラ・フェヘルマンとの共同監督作品『マイ・マザー・ライクス・ウーマン』で監督デビュー(フィルモグラフィーは下記参照)。現在は、スペイン及び海外の映画学校で教鞭をとるほか、男女平等についての記事を執筆している。CIMA(Asociacion de Mujeres Cineastas y de los Medios Audiovisuales)の会長を5年間務め、またアフリカ女性の自立を援助する財団の顧問でもある。
(フェルナンデス、ルエダ、監督、ペレッティ)
フィルモグラフィー(長編映画の監督作品)
2002“A mi madre le gusutan las mujeres”コメディ『マイ・マザー・ライクス・ウーマン』
2005“Semen, una histiria de amor”コメディ(問題を抱えた現代女性についての白熱した考察)
2007“Miguel y William”(セルバンテスとシェイクスピア)
2016“La noche que mi madre mató a mi padre”コメディ
*うち第3作目“Miguel y William”は、16世紀末、一人の女性(エレナ・アナヤ)に魅せられてしまった二大作家セルバンテス(フアン・ルイス・ガリアルド)とシェイクスピア(ウィル・ケンプ)を交錯させたドラマ。その体験がミゲルに『ドン・キホーテ』を、ウィリアムに三大悲劇(ハムレット、オセロ、リア王)を書かせたというお話。
*キャスト紹介*
★ベレン・ルエダは、1965年マドリード生れ、キャリアについては公開作品『海を飛ぶ夢』や『永遠のこどもたち』の公式サイトに詳しいが、TVドラ出演がもっぱらで、『海を飛ぶ夢』が映画デビューだったという遅咲きの女優。本作では40代後半の女優に扮したが、実際は既に51歳になっている。冒頭に触れたようにコミカルな性格、「我が家にいるときは、家族を笑わせるピエロ役、でもコメディを演ずることとピエロであることは同じではない」とインタビューに応えている。「女性の脚本家が不足しているから、ある年齢に達した女優が優れたホンに出会えるチャンスは多くない」とも。
★マリア・プジャルテは、1966年、ガリシアのア・コルーニャ生れ。“Miguel Willam”を除いてイネス・パリスのデビュー作『マイ・マザー・ライクス・ウーマン』から出演している。脇役が多いから結果的に出演本数は多くなり、主にバルセロナ派の監督に起用されている。なかでセスク・ゲイの群像劇『イン・ザ・シティ』では、エドゥアルド・フェルナンデスや『マイ・マザー~』のレオノール・ワトリングなどと共演している。
(死体に唖然とするプジャルテ、ペレッティ、フェルナンデス)
★エドゥアルド・フェルナンデスは、1964年バルセロナ生れ、ルエダ同様公開作品が多いから説明不要でしょうか。1985年シリーズTVドラで出発した。公開作品を時系列で並べると、ビガス・ルナ『マルティナは海』(01)、アグスティン・ディアス・ヤヌス『アラトリステ』(06)、アグスティ・ビリャロンガ『ブラック・ブレッド』(10)、アレハンドロ・G・イニャリトゥ『ビューティフル』(10)、アルモドバル『私が、生きる肌』(11)、ダニエル・モンソン『エル・ニーニョ』(14)など。その他、F・ハビエル・グティエレス『アルマゲドン・パニック』(08)やビセンテ・ランダ『ザ・レイプ』(09)などがDVD化されています。当ブログでは、アルゼンチン監督のマルセロ・ピニェイロの“El método”(05)とグラシア・ケレヘタの“Felices 140”(14)でご紹介しています。
*“El método”の記事は、コチラ⇒2013年12月19日
*“Felices 140”の記事は、コチラ⇒2015年1月7日
★フェレ・マルティネスは、アメナバルの『テシス、次に私が殺される』(95)のホラー・オタク青年、フリオ・メデムが次回作を撮れなくなったほど大成功をおさめた『アナとオットー』(98)の主人公オットー、アルモドバルの『バッド・エデュケーション』の監督役など、公開された話題作に出演している。
★パトリシア・モンテロは、1988年バレンシア生れ。1999年、マリアノ・バロッソの“Los lobos de Washington”で映画デビュー、本作にはエドゥアルド・フェルナンデスやマリア・プジャルテが出演していた。その後シリーズTVドラ出演に専念、代表作の殆どがTVドラである。2011年ダビ・マルケスの“En fuera de juego”の小さい役で映画復帰、本作が本格的な映画出演のようです。
(カルロス役のフェレ・マルティネスとガールフレンドのパトリシア・モンテロ)
★ディエゴ・ペレッティは、アリエル・ウィノグラードの第4作になるロマンチック・コメディ“Sin hijos”にマリベル・ベルドゥと共演したアルゼンチンの俳優。ここではオシャマな娘に振り回されるバツイチを演じた。1963年ブエノスアイレス生れ、ルシア・プエンソの『ワコルダ』で少女リリスの父親を演じて既に日本登場の俳優です。本作では本人と同じ名前ディエゴ・ペレッティで登場します。キャリアについてはご紹介済みです。
*“Sin hijos”とディエゴ・ペレッティのキャリア紹介記事は、コチラ⇒2015年8月24日
(マラガに勢揃いした監督以下の女優陣、右端は製作者ベアトリス・デ・ラ・ガンダラ)
★開幕2日前には赤絨毯が敷かれてからはフェスティバル・ムードも盛り上り、23日夜には最高賞のマラガ賞がバス・ベガに手渡されました。こんな鈍行では5月1日のクロージングまでどれだけご紹介できるか分かりませんが、馴染みのある監督や俳優が出演している映画を拾っていきたい。
★カンヌ映画祭もオフィシャル・セクションのノミネーションが発表になりました。予想通りアルモドバルの“Julieta”が選ばれ、下馬評ではパルムドール、審査員賞などが取りざたされておりますが、個人的には厳しいかなと思います。ラテンアメリカからはブラジルのKleber Mendonça Filho(クレベル・メンドンサ・フィーリュ?)の“Aquarius”(フランスとの合作)がノミネートされました。「ある視点」部門では、アルゼンチンから若い二人の監督アンドレア・テスタとフランシスコ・コルテスのデビュー作“La larga noche de Francisco Sanctis”がいきなりノミネートされ、若い二人は夢心地です。マラガのあとカンヌ特集を予定していますので、いずれご紹介することになるでしょう。
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