サンセバスチャン映画祭落穂ひろい*サンセバスチャン映画祭2021 ㉗ ― 2021年10月01日 09:12
アメナバルのTVミニシリーズ「La fortuna」一挙上映

★観客も全員マスクが義務付けられた第69回サンセバスチャン映画祭も閉幕しました。海外からの参加者も昨年よりは増え、心なしか国際映画祭の雰囲気があったように感じました。ベネチア映画祭と1週間ほどしか空きがなく、両方にノミネートされていた人は一度帰国したケースもあり、隔離期間をクリアーできずにビデオ参加となった受賞者もありました。セクション・オフィシアルの審査員の一人、デビュー作が金獅子賞を受賞したオドレイ・ディワン監督には、頑張り賞を差し上げたい。
★ベネチア同様、ノミネートされた作品は男性監督が圧倒していましたが、逆に受賞作品は女性監督が圧倒し、時代の流れを実感しました。審査員に女性が多かったこともあるかと思いますが、それだけではないでしょう。セクション・オフィシアルだけでなく、各部門の審査員も女性の登用が顕著、年齢も若返りさせ世代交代を印象づけました。
★一時もカメラを手放さないカルロス・サウラ、オープニング・セレモニーの舞台から会場の参加者をパチリ。好奇心が元気の素です。

★映画祭といえば映画に限られ、数年前までTVシリーズが上映されることはありませんでしたが、現在では当たり前のようになり、アウト・オブ・コンペティションでしたが、アレハンドロ・アメナバルが初めて手掛けたTVミニシリーズ「La fortuna」(295分)の全6話が一挙上映されました。クルサールに参集したお客さんはさぞかしお尻や首が痛くなったことでしょう。エル・パイスの批評家は「退屈ではなかったが・・・」と、お疲れ気味。本作は9月30日に2話、翌週から毎週金曜日に1話ずつ放映されるようです。ギジェルモ・コラル原作、パコ・ロカ描くコミック ”El Tesoro del Cisne Negro” をベースにして映画化されました。

(アメナバル監督以下出演者たち、SSIFF2021、9月24日フォトコール)

(主役のアルバロ・メルと監督、プレス会見)

(監督、スタンリー・トゥッチ、アナ・ポルボロサ、マノロ・ソロ)
★映画では同じ俳優を起用しない方針のアメナバルですが、今回は前作『戦争のさなかで』(19)でミゲル・デ・ウナムノを演じた、カラ・エレハルデを起用しています。脚本にアレハンドロ・エルナンデス、撮影にアレックス・カタランと変わらず、音楽は自身はタッチせずロケ・バニョスが手掛けました。製作はMovistar+のドミンゴ・コラルと Mod Produccionesのフェルナンド・ボバイラ。

(カラ・エレハルデ、フォトコール)
★残念ながら無冠に終わりましたが、フェルナンド・レオン・デ・アラノアの「El buen patrón」のチームも揃って現地入り、ファンの歓声に応えました。本作のようなシリアス・コメディ、パコ・プラサのホラー「La abuela」などが賞に絡むのは厳しい。それにしても両作に出演した期待の新人アルムデナ・アモールの上背には驚きました。今後の活躍が楽しみです。この2作はいずれ日本に上陸するでしょう。

(フェルナンド・レオン監督と主役ブランコのハビエル・バルデム)

(赤絨毯に勢揃いした出演者たち、ハビエル・バルデム、セルソ・ブガーリョ、
ソニア・アルマルチャ、マノロ・ソロ、アルムデナ・アモール、ほか)

(メイン会場歩道に設置されたポスターも泣き濡れて・・・)
★『ドライブ・マイ・カー』が特別上映された濱口竜介監督、隔離期間2週間のハードルは高く、単独で現地入りしたのでしょうか。

★アルゼンチンのデュオ監督、ガストン・ドゥプラット&マリアノ・コーンの「Competencia oficial」のチーム、両監督はベネチア映画祭には出席しておりましたが、こちらは現地入りできず、プレス会見はオンライン参加となりました。毎年現れるカタルーニャの大物プロデューサーのジャウマ・ロウレスは、フェルナンド・レオンの「El buen patrón」も製作しています。

(ガストン・ドゥプラットとマリアノ・コーン、プレス会見、9月17日)

(左から、ピラール・カストロ、製作者ジャウマ・ロウレス、アントニオ・バンデラス、
ペネロペ・クルス、オスカル・マルティネス、イレネ・エスコラル、フォトコール)

(ペネロペ・クルス)

(オスカル・マルティネス)

(愛娘と出席したアントニオ・バンデラス)

(ジャウマ・ロウレス、プレス会見)
★オープニングで会場を沸かせたバスクのバンドMastodonte のアシエル・エチェアンディアとエンリコ・バルバロ、アシエルはアルモドバルの『ペイン・アンド・グローリー』でバンデラスと共演している。ダンスはKukai Dantza、クロージングにも出演していました。来年はマスク無しを祈りたい。

(太鼓を叩きながら歌うアシエルとギターのエンリコ)

(ダンスグループ Kukai Dantza)
デ・ラ・イグレシアの新作ホラー「Veneciafrenia」*シッチェス映画祭 ― 2021年10月06日 17:35
恐怖コレクション第1作目はベネチアを舞台におきる連続失踪事件の謎

★暫く静観気味だったアレックス・デ・ラ・イグレシアの新作「Veneciafrenia」が、第54回シッチェス映画祭2021(10月7日~17日)でワールドプレミアされます。The Fear Collection(恐怖コレクション)全5作の第1作目、デ・ラ・イグレシアとカロリナ・バング夫妻が設立した制作会社 <Pokeepsie Films> とソニー・ピクチャーズ、アマゾン・スタジオが共同で製作します。既に2作目以降も準備中ということです。第1作の舞台は観光都市ベネチアを訪れた仲良しグループが次々に失踪するというホラー・サスペンスのようです。脚本はデビュー作『ハイル・ミュタンテ!電撃XX作戦』からタッグを組んでいるホルヘ・ゲリカエチェバリアとの共同執筆です。シッチェス映画祭上映は10月9日、スペイン公開は11月26日に決定しています。いずれプライム・ビデオで見られるのでしょうか。

(デ・ラ・イグレシア監督と製作者カロリナ・バング)
「Veneciafrenia」2021年
製作:Pokeepsie Films / Sony Picuures España / Amazon Studios / Eliofilm /
TLM The Last Monkey
監督:アレックス・デ・ラ・イグレシア
脚本:ホルヘ・ゲリカエチェバリア、アレックス・デ・ラ・イグレシア
音楽:ロケ・バニョス
撮影:パブロ・ロッソ
編集:ドミンゴ・ゴンサレス
美術:ホセ・ルイス・アリサバラガ、ビアフラ Biaffra
衣装デザイン:ラウラ・ミラン
メイクアップ:クリスティナ・アセンホ、アントニオ・ナランホ
製作者:カロリナ・バング、アレックス・デ・ラ・イグレシア、(エグゼクティブ)リカルド・マルコ・ブデ、イグナシオ・サラサール=シンプソン、アリエンス・ダムシ、他
データ:製作国スペイン、スペイン語、2021年、ホラー・サスペンス、100分、撮影地マドリード、ベネチア、期間2020年10月クランクイン、約7週間。The Fear Collection第1作目。スペイン公開2021年11月26日
映画祭・受賞歴:第54回シッチェス映画祭2021正式出品(ワールドプレミア10月9日)
キャスト:イングリッド・ガルシア=ヨンソン、シルビア・アロンソ、ゴイセ・ブランコ、ニコラス・イロロ(ブランコのパートナー)、アルベルト・バング(ガルシア=ヨンソンの弟)、コジモ・ファスコ(暗殺者)、カテリーナ・ムリノ、エンリコ・ロ・ヴェルソ(タクシー運転手)、アルマンド・デ・ラッサ、ニコ・ロメロ、アレッサンドロ・ブレサネッロ(Colonna)、ディエゴ・パゴット(セールスマン)、ジュリア・パニャッコ(ジーナ)、ジャンカルロ・ユディカ・コルディーリア(ベネチア大使)、他
ストーリー:自然界には美と死のあいだに不可解な繋がりがあります。明るい灯台に引き寄せられる蛾のように、観光客が美しい都市ベネチアに押しよせ、灯りを少しずつ消していきます。ベネチアの人々は、過去数十年にわたる苦しみに怒りを爆発させ、侵略者を撃退するため生存本能を解き放ち、一部の人々がエスカレートさせていきます。そんなこととは露知らず、私たちの主人公、スペインの無邪気な観光客一行は、ベネチアを愉しむためにやってきました。しかしグループの一人が姿を消します。固い友情に結ばれていた友人たちが捜索を始めますが、やがて亀裂がおこり仲間割れが生じるようになる。彼らは自身の生き残りをかけて闘うことを余儀なくされることになるでしょう。

(ベネチアでのクランクイン、2020年10月9日)
観光客にうんざりしている友好的でないベネチアの住民たち
★アレックス・デ・ラ・イグレシアは「本作は、30人のスペイン観光客がベネチアに到着し、姿を消し始める、古典的なスラッシャー映画です」とコメント。スラッシャー映画というのは、にわか勉強ですが、殺人を含むホラー映画の非公式な総称、スプラッター映画や心理的ホラーなど他のホラーサブジャンルと区別するためできた用語で、イタリアの60年代のジャッロ映画に影響を受けているということです。

(監督と「Veneciafrenia」のポスター)
★脚本を共同執筆したホルヘ・ゲリカエチェバリアも「70年代から80年代にかけて流行したイタリアのジャッロ映画を再解釈したものです」と説明している。ジャッロ・スリラーはエロティシズムと心理的恐怖を織り交ぜた殺人ミステリー、正体不明の殺人者が登場し、壮大なやり方で殺害していくのが特徴ということです。3期に分かれていて古典期は1974~93年までの作品、例えば『悪魔のいけにえ』(74)、『暗闇にベルが鳴る』(74)、『エルム街の悪夢』(84)などが挙げられる。「コロナウイリスの前に、ラグーンで毎日下船する大きな船やクルーズ船に対する地元住民の大きな抗議がありました。それはベネチアの都市崩壊やディズニーランド化に繋がり、持続可能性を危険に晒すからというものでした」と、動機を語っている。上述したように監督のデビュー作から「Perfectos desconocidos」(17)まで、TVシリーズ「30 monedas」(30 Coins 20~21)も含めて、殆どの作品でタッグを組んでおり、ブランカ・スアレスを起用した次回作「El cuarto pasajero」も言うまでもない。

(デ・ラ・イグレシア監督とホルヘ・ゲリカエチェバリア)
★キャスト紹介:スペインサイドは、イングリッド・ガルシア=ヨンソン、シルビア・アロンソ、ゴイセ・ブランコ(TVシリーズ『ミダスの手先』)の30代の仲良し3人組を軸にしている。主役のガルシア=ヨンソンによると「回りくどいことは嫌いだが、不安定で脆いところがある。結婚しているが、夫が同行しない友人たちとのベネチア旅行に参加する」役柄と説明している。シルビア・アロンソは1992年サラマンカ生れ、TVシリーズ出演後、クララ・マルティネス=ラサロの「Hacerrse mayor y otros Problemas」(18)で主役に起用された新人、ゴイセ・ブランコはマテオ・ヒル他の『ミダスの手先』(20,6話)がNetflixで配信されている。
*イングリッド・ガルシア=ヨンソンのキャリア紹介は、コチラ⇒2019年03月29日


(別人のようにスマートになった監督の指示を受ける出演者たち、ベネチアにて)
★TVシリーズ「30 Coins」出演のガルシア=ヨンソンの弟役アルベルト・バング、ゴイセ・ブランコのパートナー役ニコラス・イロロが加わる。1983年カセレス生れのニコ・ロメロ(TVシリーズ「La fortuna」『ケーブル・ガールズ』)、アルマンド・デ・ラッサ(『ビースト 獣の日』)など。
★イタリアサイドは、1977年サルディーニャ生れ、96年のミスイタリア4位のボンド・ガールの一人カテリーナ・ムリノ(『007/カジノ・ロワイヤル』、ネットフリックス配信の新作『マイ・ブラザー、マイ・シスター』)、コジモ・ファスコ(「30 Coins」)、エンリコ・ロ・ヴェルソ(『アラトリステ』)、1948年ベネチア生れのベテラン、アレッサンドロ・ブレサネッロ(『007スペクター』の神父役)、ジュリア・パニャッコなど出演者が多い。
★観光都市ですから多くの住民が観光で生計を立てているわけですが、全部の住民が観光客に頼っているわけではない。いずれ温暖化の影響で地盤沈下で住めなくなるとしても、それは今ではない。観光客を歓迎しない住民もいるということです。「Veneciafrenia」が恐怖コレクションの第1作、既に「ジャウマ・バラゲロによるものと、ボルハ・コベアガが脚本を手掛けるエウヘニオ・ミラの作品が始動している」とデ・ラ・イグレシア監督、ベネチアはこのジャンルとうまく調和しているとも語っている。エウヘニオ・ミラは『グランドピアノ 狙われた黒鍵』(13)が公開されている。シッチェス映画祭も間もなく開幕しますが、ホラー大好き人間の評価は得られるでしょうか。痛みのジェットコースター、エモーションと凍りついた笑い満載ということです。
*追加情報:第34回東京国際映画祭2021「ワールド・フォーカス」部門で『ベネシアフレニア』の邦題で上映決定。第18回ラテンビート2021共催上映
第18回ラテンビート2021*東京国際映画祭共催上映 ― 2021年10月08日 15:41
今年のラテンビートは東京国際映画祭共催上映の3作品のみ

★残念ながら、ラテンビート2021は危惧していた通りになってしまいました。東京国際映画祭TIFF(10月30日~11月8日)共催上映の3作品のみとなりました。せめてオンライン上映だけでもと思っていましたが叶いませんでした。3作のうちロレンソ・ビガスの『箱』(原題 La caja)と、アレックス・デ・ラ・イグレシアの『ベネシアフレニア』(原題 Veneciafrenia)は、既に原題でご紹介しています。クララ・ロケの『リベルタード』(原題 Libertad)は次回アップします。
*TIFF 共催上映の3作品*
①『箱』(原題 La caja)2021、製作国メキシコ=米国、スペイン語、スリラー・ドラマ、92分
監督:ロレンソ・ビガス(ベネズエラ)
◎トレビア:『彼方から』がベネチア映画祭2015金獅子賞を受賞している。ベネチア映画祭2021コンペティション部門、トロント映画祭、サンセバスチャン映画祭2021ホライズンズ・ラティノ部門ノミネート作品。
*紹介記事は、コチラ⇒2021年09月07日

②『ベネシアフレニア』(原題 Veneciafrenia)2021、製作国スペイン、スペイン語、スラッシャー・ホラー、100分
監督:アレックス・デ・ラ・イグレシア(スペイン)
◎トレビア:デビュー作『ハイル・ミュタンテ 電撃XX作戦』以来タッグを組んでいる脚本家ホルヘ・ゲリカエチェバリアと共同執筆、痛みのジェットコースター、エモーションと凍りついた笑い満載、現地ベネチアにて撮影。
*作品紹介は、コチラ⇒2021年10月06日

③『リベルタード』(原題 Libertad)2021、製作国スペイン=ベルギー、スペイン語、ドラマ、104分
監督:クララ・ロケ(スペイン)
◎トレビア:カンヌ映画祭「批評家週間」にノミネートされた監督デビュー作。
監督キャリア&作品紹介予定
*作品紹介は、コチラ⇒2021年10月12日

★以上3作です。その他、コンペティション部門にベテラン監督と称してもいいマヌエル・マルティン=クエンカの『ザ・ドーター』(原題 La hija)が選ばれていました。トロント映画祭でワールドプレミアされた関係で、サンセバスチャン映画祭ではアウト・オブ・コンペティション枠でした。TIFFのコンペティション部門はデビュー作から2、3作目までと聞いておりましたが、コロナ禍の昨年から幅が広がっています。また、共にウルグアイ出身でメキシコで製作しているロドリゴ・プラ&ラウラ・サントゥリョ夫妻が手掛けた『もうひとりのトム』(原題 The Other Tom)の言語は英語です。反対に言語はスペイン語、メキシコでオールロケしたというルーマニアの監督テオドラ・アナ・ミハイの『市民』(原題 La civil)も選ばれており、今年の国際映画祭の話題作がノミネートされています。ロドリゴ・プラはTIFF 2015の『モンスター・ウィズ・サウザン・ヘッズ』で来日しています。次回からアップしていく予定です。
*東京国際映画祭のチケット発売は、10月23日です。

(マヌエル・マルティン=クエンカの『ザ・ドーター』から)
クララ・ロケの『リベルタード』*ラテンビート2021 ― 2021年10月12日 17:36
『リベルタード』――東京国際映画祭との共催上映

★前回触れましたように今年18回を迎えるラテンビート2021は、バルト9での単独開催及びデジタル配信もなく、東京国際映画祭との共催上映3作のみになりました。しかし、日本未公開のスペイン語圏の名作を中心に紹介する通年の配信チャンネル《ラテンビート・クラシック》(仮題)を準備中ということです。いずれ公式のサイトが発表になるようです。3作のうち当ブログ未紹介のクララ・ロケのデビュー作『リベルタード』のご紹介。カンヌ映画祭と併催の第60回「批評家週間」でワールドプレミアされています。1988年バルセロナ出身のロケ監督は、既に脚本家として実績を残しており、自身も「監督より脚本を構想するほうが好き」と、インタビューで語っています。
『リベルタード』(原題 Libertad)
製作:Bulletproof Cupid / Avalon / Lastor Medíaº
監督・脚本:クララ・ロケ
音楽:Paul Tyan ポール・タイアン
撮影:グリス・ジョルダナ
編集:アナ・プファフPfaff
キャスティング:イレネ・ロケ
プロダクション・デザイン:マルタ・バザコ
衣装デザイン:Vinyet Escobar ビンジェ・エスコバル
メイクアップ&ヘアー:(メイクアップ)バルバラ・ブロック Broucke、(ヘアー)アリシア・マチン
プロダクション・マネージメント:ジョルディ・エレロス、ゴレッティ・パヘス
製作者:セルジ・モレノ、ステファン・シュミッツ、マリア・サモラ、トノ・フォルゲラ、
データ:製作国スペイン=ベルギー、スペイン語、2021年、ドラマ、104分、撮影地バルセロナ、公開スペイン2021年11月19日予定
映画祭・受賞歴:カンヌ映画祭併催の第60回「批評家週間」2021作品賞・ゴールデンカメラ賞ノミネーション、アテネ映画祭、ヘント映画祭、エルサレム映画祭国際シネマ賞、第66回バジャドリード映画祭2021(Seminci)オープニング作品、各ノミネート
キャスト:マリア・モレラ・コロメル(ノラ)、ニコル・ガルシア(リベルタ―ド)、ノラ・ナバス(ノラの母テレサ)、ビッキー・ペーニャ(ノラの祖母アンヘラ)、カルロス・アルカイデ(マヌエル)、カロル・ウルタド(ロサナ)、マチルデ・レグランド、オスカル・ムニョス、マリア・ロドリゲス・ソト、ダビ・セルバス、セルジ・トレシーリャス、他
ストーリー:ビダル一家は、進行したアルツハイマー病に苦しむ祖母アンヘラの最後の休暇を夏の家で過ごしている。14歳のノラは、生まれて初めて自分の居場所が見つからないように感じている。子供騙しのゲームは卒業、しかし大人の会話には難しくて割り込めない。しかし祖母の介護者でコロンビア人のロサナと、ノラより少し年長の娘リベルタードが到着して、事情は一変する。反抗的で魅力的なリベルタードは、ノラにとって別の玄関のドアを開きます。二人の女の子はたちまち強烈で不均衡な友情を結んでいく。家族の家がもっている保護と快適さから二人揃って抜け出し、ノラはこれまで決して得たことのない自由な新しい世界を発見する。カタルーニャの裕福な家族出身のノラ、コロンビアで祖母に育てられたリベルタード、異なった世界に暮らしていた二人の少女の友情と愛は、不平等な階級の壁を超えられるでしょうか。

(ノラとリベルタード、フレームから)
先達の存在に勇気づけられる――私は脚本家だと思っています
★監督紹介:クララ・ロケは、1988年バルセロナ生れ、バルセロナ派の脚本家、監督。ポンペウ・ファブラ大学で視聴覚コミュニケーションを専攻、奨学金を得てコロンビア大学で脚本を学んだ。自身は脚本家としての部分が多いと分析、脚本家デビューはカルロス・マルケス=マルセの「10.000 Km」(14)、またハイメ・ロサーレスの『ペトラは静かに対峙する』(原題Petra、18)を監督と共同執筆している。監督としては、長編デビュー作とも関連する終末ケアをする女性介護者をテーマにした、短編「El adiós」(バジャドリード映画祭2015金の麦の穂受賞)や「Les bones nenes」(16)、TVミニシリーズ「Tijuana」(19、3話)、「Escenario 0」(20、1話)を手掛けている。『リベルタード』が長編デビュー作。
*「10.000 Km」の作品紹介は、コチラ⇒2014年04月11日
*『ペトラは静かに対峙する』の作品紹介は、コチラ⇒2018年08月08日


(短編「El adiós」で金の麦の穂を受賞したクララ・ロケ、バジャドリードFF授賞式)
★カンヌにもってこられたのは「本当に夢のようです。上映を待っていたのですが、パンデミアの最中だったので難しかった。カンヌが2021年の映画祭で上映することを提案してくれた」と監督。スペイン映画としてノミネートは本作だけでした。「カタルーニャでは、女性シネアストが多く、イサベル・コイシェのような存在が大きかった。映画の世界は男性だけのものではないという希望を私に与えてくれたからです」と。他にイシアル・ボリャイン、アルゼンチンのルクレシア・マルテルとフリア・ソロモノフ、オーストラリアのジェーン・カンピオン、バルセロナ出身の先輩ベレン・フネスなどを挙げている。男性では、上記のロサーレスとマルケス=マルセの他に、『ライフ・アンド・ナッシング・モア』のアントニオ・メンデス・エスパルサを挙げている。マリア・ソロモノフ監督はコロンビア大学の彼女の指導教官、現在は映画製作と並行して、ブルックリン大学シネマ大学院で後進の指導に当たっている。
少女から大人の女性へ――揺れ動くアイデンティティ形成段階の少女たち
★カンヌ映画祭には運悪くコロナに感染していて自身でプレゼンができなかった。シネヨーロッパのインタビューも電話でした。タイトルの Libertad は、主人公の名前から採られていますが、それを超えています。「この映画の中心テーマです。自由とは何かということです。本当に自由を選ぶ手段をもっている人だけのものか、自由はもっと精神的な何かなのか。劇中にはいろいろなやり方で自由を模索する登場人物が出てきます」と監督。

(マリア・モレラに演技指導をするクララ・ロケ監督)
★ノラの祖母を介護しているロサナはコロンビアからの移民、幼い娘リベルタードを母に預けてスペインに働きに来ていた。そこへ10年ぶりに15歳になった娘がやってくる。裕福なノラの家族、貧困で一緒に暮らせなかった家族という階級格差、移民によって提供されるケアの問題が浮き彫りになる。両親から受け継いだアイデンティティ、特に母から娘に受け継がれたパターンから逃れるのはそう簡単ではない。子供から大人の女性への入口は、アイデンティティが形成される段階にあり、多くの女性監督を魅了し続けている。「自分を信頼することが一番難しい。自身を信頼することが重要」と監督。

(ノラの母親役ノラ・ナバス、リベルタードの母親役カロル・ウルタド)
★「キャスティングの段階で、介護者となるプロでない女優を探していた。そのとき出身国に自分の子供たちを残して他人のケアをしている人には大きなトラウマがあることに気づきました。10年間も母親に会っていない娘が突然現れたらというアイデアが浮かびました」と、本作誕生の経緯をシネヨーロッパのインタビューで語っている。インタビュアーからブラジルのアナ・ミュイラートの『セカンドマザー』(15)との類似性を指摘されている。サンダンス映画祭でプレミアされ、ベルリン映画祭2015パノラマ部門の観客賞を受賞、本邦でも2017年1月に公開されている。監督は「既に脚本を書き始めていて、(コロンビア大学の指導教官の)フリア・ソロモノフから観るように連絡を受けた。異なるプロフィールをもっていますが、どちらも進歩的と考えられる中産階級やブルジョア社会に奉仕することで生じてくる不快感が語られています。これを語るのは興味深いです」とコメントしている。
★最初は別の2本のスクリプトを書いていた。一つは母と娘が再会する移民の話、もう一つは祖母、母、娘が最後の夏休暇を過ごす話でした。「アンディ・ビーネンから単独では映画として機能しないから、一つにまとめる必要があると指摘された」と。アンディ・ビーネンはコロンビア大学の指導教官で、キンバリー・ピアーズが実話をベースにして撮った『ボーイズ・ドント・クライ』(99)を監督と共同執筆した。観るのがしんどい映画でしたね。こうして2つのスクリプトが合流して、バックグランドに流れる牧歌的な平和を乱す『リベルタード』は完成した。

(子役出身のマリア・モレラ)
★リベルタ―ド役のニコル・ガルシアは本作でデビュー、ノラ役のマリア・モレラは長編2作目、生まれも育ちも異なる対照的な性格の女の子を好演した。脇を固めるのがベテランのノラ・ナバス、ビッキー・ペーニャ、最近TVミニシリーズの出演が多いマリア・ロドリゲス・ソトは、2019年にカルロス・マルケス=マルセの「Els dies que vindran」で主演、マラガFF銀のビスナガ女優賞を受賞しているほか、ベレン・フネスの「La hija de un ladrón」、カルレス・トラスの『パラメディック-闇の救急救命士』(Netflix 配信)にも出演している。3作とも当ブログにアップしておりますが、今回は脇役なので割愛します。

(本作デビューのニコル・ガルシア)
スペイン映画 『ザ・ドーター』*東京国際映画祭2021 ― 2021年10月16日 15:03
マヌエル・マルティン=クエンカの新作「La hija」はスリラー

★東京国際映画祭TIFF 2021(10月30日~11月8日)のコンペティション部門でアジアン・プレミアされる、マヌエル・マルティン=クエンカの新作「La hija」(『ザ・ドーター』)は、トロント映画祭でワールド・プレミアされ、サンセバスチャン映画祭SSIFF ではアウト・オブ・コンペティションで上映されたスリラー。SSIFFの上映後に、多くの人からセクション・オフィシアルにノミネートされなかったことに疑問の声が上がったようです。選ばれていたら何らかの賞に絡んだはずだというわけです。SSIFFでのマルティン=クエンカ作品は、2005年の「Malas temporadas」、2013年の『カニバル』、2017年の「El autor」と3回ノミネートされており、3作とも紹介しております。新作スリラーは「El autor」で主人公を演じたハビエル・グティエレスと、「Ane」でゴヤ賞2021主演女優賞を受賞したばかりのパトリシア・ロペス・アルナイス、新人イレネ・ビルゲスを起用して、撮影に6ヵ月という昨今では珍しいロングロケを敢行しています。

(ロケ地アンダルシア州ハエン県のカソルラ山脈にて、左端が監督、2019年11月)
*『不遇』(Malas temporadas)の作品紹介は、コチラ⇒2014年06月11日/07月02日
*『カニバル』の作品紹介は、コチラ⇒2013年09月08日
*「El autor」の作品紹介は、コチラ⇒2017年08月31日
『ザ・ドーター』(原題 La hija)
製作:Mod Producciones / La Loma Blanca / 参画Movister+ / RTVE / ICCA / Canal Sur TV
協賛Diputación de Jaén
監督:マヌエル・マルティン=クエンカ
脚本:アレハンドロ・エルナンデス、マルティン=クエンカ、フェリックス・ビダル
撮影:マルク・ゴメス・デル・モラル
音楽:Vetusta Moria
編集:アンヘル・エルナンデス・ソイド
美術:モンセ・サンス
プロダクション・マネージメント:ロロ・ディアス、フラン・カストロビエホ
製作者:(Mod Producciones)フェルナンド・ボバイラ、シモン・デ・サンティアゴ、(La Loma Blanca)マヌエル・マルティン=クエンカ、(エグゼクティブ)アラスネ・ゴンサレス、アレハンドロ・エルナンデス、他
データ:製作国スペイン、スペイン語、2021年、スリラー・ドラマ、122分、撮影地アンダルシア州ハエン県、カソルラ山脈、期間2019年11月~2020年4月、約6ヵ月。配給Caramel Films、販売Film Factory Entertainment、公開スペイン11月26日
映画祭・受賞歴:トロント映画祭2021、サンセバスチャン映画祭2021アウト・オブ・コンペティション(9/22)、東京国際映画祭2021コンペティション(10/30)
キャスト:ハビエル・グティエレス(ハビエル)、パトリシア・ロペス・アルナイス(ハビエルの妻アデラ)、イレネ・ビルゲス(イレネ)、ソフィアン・エル・ベン(イレネのボーイフレンド、オスマン)、フアン・カルロス・ビリャヌエバ(ミゲル)、マリア・モラレス(シルビア)、ダリエン・アシアン、他
ストーリー:15歳になるイレネは少年院の更生センターに住んでいる。彼女は妊娠していることに気づくが、センターの教官ハビエルの救けをかりて人生を変える決心をする。ハビエルと妻のアデラは、人里離れた山中にある彼らの山小屋でイレネと共同生活をすることにする。唯一の条件は、多額の金銭と引き換えに生まれた赤ん坊を夫婦に渡すことだった。しかしイレネが、胎内で成長していく命は自分自身のものであると感じ始めたとき、同意は揺らぎ始める。雪の山小屋で展開する衝撃的なドラマ。

(イレネ役イレネ・ビルゲス、フレームから)

(ハビエルとアデラの夫婦、フレームから)
サンセバスチャン映画祭ではコンペティション外だった『ザ・ドーター』
★サンセバスチャン映画祭ではセクション・オフィシアルではあったが、賞に絡まないアウト・オブ・コンペティションだったのでご紹介しなかった作品。SSIFFには、上記の3作がノミネートされ、2005年に新人監督に贈られるセバスティアン賞を受賞しているだけで運がない。というわけで今回の東京国際映画祭に期待をかけているかもしれない。今年の審査委員長はイザベル・ユペールがアナウンスされているが、どうでしょうか。

(マヌエル・マルティン=クエンカとハビエル・グティエレス、SSIFFフォトコール)
★3人の主演者、ハビエル・グティエレスについては、「El autor」のほか、アルベルト・ロドリゲスの『マーシュランド』(14)、イシアル・ボリャインの『オリーブの樹は呼んでいる』(16)、ハビエル・フェセルの『だれもが愛しいチャンピオン』(18)、ダビ&アレックス・パストールの『その住人たちは』(20)などで紹介しております。バスク州の州都ビトリア生れのパトリシア・ロペス・アルナイスは、ダビ・ペレス・サニュドのバスク語映画「Ane」で、ゴヤ賞2021主演女優賞のほか、フォルケ賞、フェロス賞などの女優賞を独占している。アメナバルの『戦争のさなかで』では、哲学者ウナムノの娘マリアを好演している。難航していたイレネ役にはオーディションでイレネ・ビルゲスを発掘できたことで難関を突破できたという。監督は女優発掘に定評があり、当時ただの美少女としか思われていなかった14歳のマリア・バルベルデを起用、ルイス・トサールと対決させて、見事女優に変身させている。

(主役の3人、グティエレス、ビルゲス、ロペス・アルナイス、SSIFFフォトコール)
★共同脚本家のアレハンドロ・エルナンデスとは、「Malas temporadas」以来、長年タッグを組んでいる。彼はアメナバルの『戦争のさなかで』やTVシリーズ初挑戦の「La fortuna」も手掛けている。他にマリアノ・バロッソやサルバドル・カルボなどの作品も執筆している。キューバ出身だが20年以上前にスペインに移住した、いわゆる才能流出組の一人です。撮影監督のマルク・ゴメス・デル・モラルは、ストーリーの残酷さとは対照的な美しいフレームで監督の期待に応えている。既に長編映画7作目の監督がコンペティション部門にノミネートされたことに若干違和感がありますが、結果を待ちたい。



ロドリゴ・プラの新作『もうひとりのトム』*東京国際映画祭2021 ― 2021年10月21日 11:25
ロドリゴ・プラ&ラウラ・サントゥリョの新作「The Other Tom」

(スペイン語版のポスター)
★東京国際映画祭 TIFF コンペティション部門に、ロドリゴ・プラとラウラ・サントゥリョ夫妻デュオ監督の「The Other Tom」(El otro Tom)が『もうひとりのトム』の邦題でノミネートされました。第78回ベネチア映画祭2021オリゾンティ部門正式出品作品です。プラ監督は前作『モンスター・ウィズ・サウザン・ヘッズ』がTIFF 2015で上映された折に、プロデューサーのサンディノ・サラビア・ビナイと来日してQ&Aに出席しております。彼は新作でも製作者の一人として参加しています。前作はラウラ・サントゥリョの同名小説の映画化、自身も脚本を手掛けています。二人ともウルグアイ出身ですが、主にメキシコで映画製作に携わっております。新作もサントゥリョの同名小説の映画化、今回、監督デビューを果たしました。

(ロドリゴ・プラ、ラウラ・サントゥリョ、ベネチア映画祭2021フォトコール)
『もうひとりのトム』(The Other Tom El otro Tom)
製作:BHD Films / Buenaventura
監督・脚本:ロドリゴ・プラ、ラウラ・サントゥリョ
原作:ラウラ・サントゥリョの ”The Other Tom”
撮影:オデイ・サバレタ
編集:ミゲル・シュアードフィンガー
美術:アナ・べリード
製作者:アレハンドロ・デ・イカサ、ロドリゴ・プラ、ラウラ・サントゥリョ、サンディノ・サラビア・ビナイ、他
データ:製作国メキシコ=米国、英語・スペイン語、2021年、ドラマ、111分、撮影地テキサス州パラ・イソ、撮影期間8週間
映画祭・受賞歴:トロント映画祭2021コンテンポラリー・ワールド・シネマ部門、ベネチア映画祭2021オリゾンティ部門、ワルシャワ映画祭監督賞受賞、東京国際映画祭コンペティション部門、各正式出品作品
キャスト:フリア・チャベス(エレナ)、イスラエル・ロドリゲス・ベルトレッリ(息子トム)、リア・ミラー(バルバラ医師)、ホルヘ・カストロ(体育教師)、ソフィア・プリエト(カルラ)、ミシェル・フローレス(救急看護師)、マリシア・ドミンゲス(リタ)、フランコ・リコ(バルの男)、マリナ・カルバレナ(サビナ先生)、グロリア・カルデン(学校の保健婦)、アレハンドラ・ドサル(精神科医)、ハコ・ロドリゲス(トムの代理人)、他多数
ストーリー:テキサス州エル・パソで社会福祉に頼っているシングルマザーのエレナと息子トムの物語。トムは落ち着きのない多動性のため学校では <問題児> の烙印をおされている。父親の不在が二人の関係を一層複雑にしている。精神科医はトムを多動性障害ADHDと診断して薬を処方する。しかし母親のエレナは、その強い副作用を怖れて投薬治療を拒み、ゴミ箱に捨ててしまう。魂のこもった目とウェーブのかかった長い髪の子どもが怪我をしたことで、エレナは窮地に追い込まれる。観客は <もうひとり> のトムを目にすることができるでしょうか。

(トムを演じたイスラエル・ロドリゲス、フレームから)

(母エレナを演じたフリア・チャベス、フレームから)
★今年のTIFFでは、コンペティション部門とワールド・フォーカス部門(『箱』)でメキシコ=米国合作映画が2本上映されます。しかし監督は本作が両監督ともウルグアイ、『箱』のロレンソ・ビガスがベネズエラと、自国では映画製作のできない南米の出身者です。2作ともカンヌではなくベネチアでワールドプレミアされたのも意味深いことと思います。このコロナ禍のなかでも『もうひとりのトム』のクルーは、『モンスター・ウィズ・サウザン・ヘッズ』以来6年ぶりとなるベネチアに大挙してやってきました。中南米諸国のシネアストはベネチアを目指しているようです。

(左から、製作者アレハンドロ・デ・イカサ、同ガブリエラ・マルドナド、デュオ監督、
美術アナ・べリード、撮影オデイ・サバレタ、ベネチアFF 2021 フォトコール)
★前作『モンスター・ウィズ・サウザン・ヘッズ』はラウラ・サントゥリョの同名小説の映画化、実態が見えない官民の医療制度のもとで、一般の人々が押しつぶされていくメキシコ社会の脆弱性と闘う母子を描いていました。新作も作家の同名小説にもとづいており、医学や教育を <よく知っている> と思われている専門家のアドバイスの危険性を本能的に察知して抵抗する若い母親とその息子を描いています。粗末な家での母と息子が共有する優しい穏やかな時間、トムは本当に ADHD なのかどうか。落ち着きのない騒々しい子供は学校や教師から歓迎されない、鎮静化する必要があります。ホワイトでない、つまりヒスパニックであること、父親不在の家庭、夜遅くまで残業しなければならない母親、エル・パソを流れるリオグランデ川の向こうはメキシコです。

(フリア・チャベスとイスラエル・ロドリゲス、フレームから)
*『モンスター・ウィズ・サウザン・ヘッズ』(Un monstruo de mil cabezas)の作品紹介と監督フィルモグラフィーは、コチラ⇒2015年11月03日

(英語版のポスター)
テオドラ・アナ・ミハイの『市民』*東京国際映画祭2021 ― 2021年10月25日 15:57
ルーマニアの監督テオドラ・ミハイの長編デビュー作『市民』

(主演のアルセリア・ラミレスを配したポスター)
★コンペティション部門最後のご紹介は、ルーマニアの監督テオドラ・アナ・ミハイがスペイン語で撮ったデビュー作『市民』(ベルギー=ルーマニア=メキシコ合作、原題 La civil)、第74回カンヌ映画祭2021「ある視点」に正式出品され、Prize of Courage勇敢賞受賞作品。カンヌには監督以下主なスタッフ、俳優が出席した。ルーマニアの監督がどうしてメキシコを舞台に、麻薬密売にコントロールされた暴力をテーマにしようとしたのかは後述するとして、取りあえず作品紹介から始めたい。

(Prize of Courage勇敢賞を受賞したテオドラ・アナ・ミハイ監督)
『市民』(La civil)2021年
製作:Les Films du Fleuve / Menuetto Film / Mobra Films
監督:テオドラ・アナ・ミハイ
脚本:テオドラ・アナ・ミハイ、ハバクック・アントニオ・デ・ロサリオ・ゲレロ
音楽:ジャン=ステファン・ガルベ、ウーゴ・リペンス
撮影:マリウス・パンドゥル
編集:アライン・Dessauvage
キャスティング:ビリディアナ・オルベラ
プロダクション・デザイン:クラウディオ・ラミレス・カステリ
美術:ヘオルヒナ・フランシスコ・コンスタンティノ
衣装デザイン:ベルタ・ロメロ
メイクアップ&ヘアー:アルフレッド・ガルシア(メイク)、タニア・アギレラ(ヘアー)
プロダクション・マネージメント:ホセ・アルフレッド・モンテス、ウィルソン・ロバト、ルイス・ベルメンBerumen
製作者:ハンス・エヴェラート、(エグゼクティブ)チューダー・レウ、(共同)ジャン=ピエール・ダルデンヌ、リュック・ダルデンヌ、ミシェル・フランコ、エレンディラ・ヌニェス・ラリオス、テオドラ・アナ・ミハイ、クリスティアン・ムンジュウ、(ライン)サンドラ・パレデス、ほか

(左から、ハンス・エヴェラート、アルバロ・ゲレロ、アルセリア・ラミレス、監督、
脚本家ハバクック・アントニオ・デ・ロサリオ、カンヌ映画祭2021、フォトコール)
データ:製作国ベルギー=ルーマニア=メキシコ、スペイン語、2021年、ドラマ、135分、撮影地メキシコのビクトリア・デ・ドゥランゴ、期間2020年12月
映画祭・受賞歴:カンヌ映画祭2021「ある視点」、カメラ・ドール対象作品、Prize of Courage(勇敢賞)受賞、FEST New Directora / New Films Festival 2021ゴールデン・リンクス賞、ハンブルク映画祭ポリティカル・フィルム賞、各受賞。エルサレム映画祭、東京国際映画祭、各ノミネーション。
キャスト:アルセリア・ラミレス(シエロ)、アルバロ・ゲレロ(グスタボ)、ホルヘ・A・ヒメネス(ラマルケ)、アジェレン・ムソ(ロブレス)、フアン・ダニエル・ガルシア・トレビニョ(エル・プーマ)、アレサンドラ・ゴニィ・ブシオ(コマンダンテ、イネス)、エリヒオ・メレンデス(キケ)、モニカ・デル・カルメン、メルセデス・エルナンデス、マヌエル・ビジェガス(リサンドロ) 、アリシア・カンデラス(メチェ)、ほか多数
ストーリー:メキシコ北部を舞台に10代の娘ラウラが組織犯罪に巻き込まれた母親シエロの闘いが語られる。警察や州当局が娘の捜索をしないなら、自らの手で捜すしかない。シエロは問題解決に取り組むなかで一人の主婦から怒りに燃える過激な闘士に変身する。自分の娘が麻薬密売カルテルによって誘拐殺害されたミリアム・ロドリゲスの実話をベースにしている。ミリアムは彼女自身の手で正義を司法に訴えた女性。ダルデンヌ兄弟、クリスティアン・ムンジュウ、ミシェル・フランコなど、カンヌ映画祭の受賞者たちがルーマニアの若手女性監督を応援している。映画界も時代の転機を迎えている。

(シエロ役のアルセリア・ラミレス)

(グスタボ役のアレバロ・ゲレロとラミレス、フレームから)
「朝目覚めると死にたい殺したいと思う」とミリアム・ロドリゲス
★テオドラ・アナ・ミハイは、ニコラエ・チャウシェスク独裁政権下の1981年ルーマニアのブカレスト生れた、監督、脚本家。1989年家族はベルギーに亡命、10代の初めに叔母が移住していたサンフランシスコに渡り、フランス系のアメリカン・インターナショナル・ハイスクールで学ぶ。ニューヨーク州のサラ・ローレンス・カレッジで映画を学んだ後、ベルギーに帰国する。ベルギーでは助監督を経験しながら、2000年短編「Civil War Essay」(サンフランシスコ映画祭ユース部門でCertificate of Merit 受賞)で監督デビューする。
★2014年ドキュメンタリー「Waiting for August」がカルロヴィ・ヴァリ映画祭でドキュメンタリー賞、HotDocs映画祭審査員賞を受賞している。その他アムステルダム、バルディビア、レイキャビック、ベルゲン、ブダペストなど各映画祭でドキュメンタリー賞を受賞している。受賞後、ヨーロッパ映画アカデミーの会員になり、制作会社One for the Road dvdaを設立する。社会的関連性の普遍的な問題を捉えた映画製作を目指しており、ベルギー、ラテンアメリカ、東欧間のコラボレーションを目指している。サンフランコ滞在中の2006年前後はまだ安全だったメキシコに度々旅行に出かけていたことが、本作製作の動機のひとつ。TVミニシリーズのほか短編「Alice」、「Paket」で経験を積み、今回劇映画長編デビューを果たした。

(カルロヴィ・ヴァリ映画祭のドキュメンタリー賞を受賞)

(ドキュメンタリー「Waiting for August」のポスター)
★上述したようにシエロのモデルになったミリアム・ロドリゲスは、「朝、目が覚めると死にたい殺したいと思う」と、ルーマニアの監督テオドラ・アナ・ミハイに語った。2014年に16歳だった娘カレンを誘拐殺害された。そのことが『市民』映画化の動機だったという。メキシコに渡って実態調査に2年以上かけ、メキシコの作家ハバクック・アントニオ・デ・ロサリオの協力を得て脚本を完成させることができた。最初のオリジナル・アイディアは、2015年に知り合うことになったミリアムの証言を軸にしたドキュメンタリーで撮る計画だったと語っている。しかしそれは、あまりに危険すぎて断念せざるを得なかった。「私たちは物語の展開に自由裁量を求めていたので、つまり証言者の誰も危険に晒したくなかった」のでドラマにしたとコメントしている。

(シエロのモデルになったミリアム・ロドリゲス)

(脚本共同執筆者ハバクック・アントニオ・デ・ロサリオと監督)
★娘ラウラは映画の冒頭で麻薬カルテルの手で誘拐される。組織は目の玉が飛び出すほどの身代金を強要する。母親は支払うが娘は戻ってこなかった。警察も当局も捜索をせず誰も助けてくれない。母親は自ら誘拐犯の追跡に身を投じる。2006年ごろは「夜間に外出できたし、国道を問題なく走ることができた」と監督、つまり今は危険だということ。シエロの苦しみはシエロに止まらず、中米、世界の各地の多くの市民たちに起きている。「俳優たちやスタッフが個人的な動機から出発した物語を語って私は元気づけられた」と監督、私たちは同じような誘拐事件が至る所に転がっており、その結果が絶望に終わることことを知っている。
★メインプロデューサーのハンス・エヴェラートはベルギーのプロデューサー、2017年制作会社「Menuetto Film」を設立した。2018年「The Conductor」、視聴者には不評だった日本との合作、ロックバンドのヘンドリック・ウィレミンスの「Birdsong」(19、『バードソング』20年公開)など。ベルギーの共同製作者ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ兄弟は、カンヌFFで2回のパルムドール(『ロゼッタ』『ある子供』)、脚本賞(『ロルナの祈り』)、グランプリ(『少年と自転車』)、監督賞(『その手に触れるまで』)と、もらえる賞は全部獲得した。ルーマニアのクリスティアン・ムンジュウは、『4ヶ月、3週と2日』でパルムドール、『汚れなき祈り』(脚本賞)、『エリザのために』(監督賞)受賞で知られている。メキシコのミシェル・フランコは、『父の秘密』(ある視点部門グランプリ)、『或る終焉』(脚本賞)、『母という名の女性』が「ある視点」の審査員賞を受賞と、共同製作者にカンヌFFの受賞者が名を連ねている。
★主役シエロを演じたアルセリア・ラミレスは、1967年メキシコシティ生れのベテラン女優、カルロス・カレラの『ベンハミンの女』、アルフォンソ・アラウ『赤い薔薇ソースの伝説』(92)、アルトゥーロ・リプスタインの「Asi es la vida」や『ボヴァリー夫人』を現代のメキシコを舞台にした「Las razones del corazón」、カルロス・アルガラ&アレハンドラ・マルティネス・ベルトランのミステリー「Verónica」(17)、TVシリーズ「ソル・フアナ・イネス」に主演している。

(アルセリア・ラミレス、カンヌ映画祭2021フォトコール)
追加情報:2023年1月20日、邦題『母の聖戦』で公開されました。
フェルナンド・レオンの新作がオスカー賞のスペイン代表作品に決定 ― 2021年10月27日 15:12
フェルナンド・レオンの新作「El buen patrón」がスペイン代表作品に決定

★第94回アカデミー賞の授賞式は2022年3月27日(日)と大分先の話ですが、国際長編映画部門にフェルナンド・レオン・デ・アラノアの「El buen patrón」がスペイン代表作品に選ばれました。サンセバスチャン映画祭では鳴かず飛ばずと言っては語弊がありますが、無冠に終わった映画が代表作品に選ばれたわけです。もっとも他のスペイン映画も軒並み賞に絡みませんでしたが。代表作品に選ばれるのは『月曜日にひなたぼっこ』(02、落選)以来になります。
*「El buen patrón」の作品紹介は、コチラ⇒2021年08月10日

(フェルナンド・レオン監督とオスカー賞俳優のハビエル・バルデム、SSIFF2021)
★最終候補に残った2作は、ペドロ・アルモドバルの「Madres paralelas」と、マルセル・バレナの「Mediterráneo」でした。既にオスカー賞監督だったアルモドバルとは『トーク・トゥ・ハー』で競り勝って選ばれたので、いわば因縁の対決でした。製作者のジャウマ・ロウレスも20年前を思い出して、「現地ではとてもいい感触だったのですが・・・新作は1950年代から60年代のイタリア映画に近く、サティラ調のコメディです。アメリカでのプロモーションには有利に働くかもしれない」と感慨深そうでした。監督も主役のバルデムも経験者です。一方アルモドバル映画は選ばれなくても公開されます。
★マルセル・バレナの「Mediterráneo」は、オーレンセ・インディペンデント映画祭とローマ映画祭で観客賞を受賞しています。寡作な監督で実話に基づいた『100メートル』(16)がNetflixで配信されているだけかもしれない。主役を演じたダニ・ロビラが新作にも登場している。難しい癌を克服したダニの姿を日本でも観られるでしょうか。他にエドゥアルド・フェルナンデスやセルジ・ロペス、パトリシア・ロペス・アルナイスの演技派ベテラン勢、アンナ・カスティーリョやアレックス・モネールなどの若手が出演しています。新作も実話に基づき、言語がスペイン語、ギリシャ語、英語、カタルーニャ語、アラビア語と複数クレジットされている。

(最終候補に残った3作)
★まずショートリスト15本に選ばれるのが至難の業、2月8日のノミネート5本に残るまで遠い道のりです。日本はカンヌ映画祭の脚本賞受賞作品、濱口竜介の『ドライブ・マイ・カー』を選びましたが、米アカデミーはカンヌとは方向性が異なるから予測は難しい。
★作品賞予想の有力ランキングの1つに、ベネチア映画祭の監督賞を受賞した、ジェーン・カンピオンの『パワー・オブ・ザ・ドッグ』が入っている。日本劇場公開は11月19日、12月1日からネットフリックスで配信されます。アカデミー賞は Netflix を排除しない。コロナ感染の再燃、アカデミー会員の老齢化が危惧されている現状では、お茶の間で鑑賞できるのは有利だから可能性はありそうです。他にチリのパブロ・ララインの『スペンサー』でダイアナ妃を演じたクリステン・スチュワートが女優賞の下馬評に上がっています。有力視されていても土壇場でどうひっくり返るか分からないのがオスカーの常識です。
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