『タパス』Tapas ①2013年09月08日 17:42

『タパス』“Tapas”①

監督・脚本:ホセ・コルバチョ/フアン・クルス

製作:カルロス・フェルナンデス/フリオ・フェルナンデス/モニカ・ロサ他

撮影:ギジェルモ・グラニジョ

音楽:パブロ・サラ

出演:アンヘル・デ・アンドレス(ロロ)/マリア・ガリアナ(コンチ)/エルビラ・ミンゲス(ラケル)/ルベン・オチャンディアノ(セサル)/アルベルト・デ・メンドサ(マリアノ)/ダリオ・パソ(オポ)/アルベルト・ジョ・リー(マオ)/アンパロ・モレノ(ロサリア)/ブランカ・アピラーネス(カルメン)/ピラール・アルカス(ルス)

特別出演:フェラン・アドリア(自身)/ロサリオ・パルド(カルメラ)/エドゥアルド・ブランコ(エドガルド)/アナ・バラチナ(アグエダ)/セシリア・ロッセット(スーパーの客)

製作年:2005

製作国:スペイン/アルゼンチン/メキシコ

ジャンル:コメディ/ドラマ

受賞歴:2006年ゴヤ賞新人監督賞、エルビラ・ミンゲス助演女優賞受賞

2005年マラガ映画祭作品賞(金のジャスミン)・女優賞(銀のジャスミン)受賞

2005年モントリオール映画祭脚本賞受賞 他多数

 

★日本では「第3回ラテンビート2006」で上映、例年初夏に開催される「EUフィルムデーズ」(2008年)にスペイン代表作品として上映された。日本語・英語字幕付きだったので英語からの翻訳かもしれない。20138月セルバンテス文化センター土曜映画会上映&トークセッション(スペイン語字幕のみ)に登場した。

 

●ご注意ネタバレしています●

 

★舞台はコルバチョ監督が育ったバルセロナはオスピタレ市(Ciudad de L’Hospitalet)。同市の協力、二人の若者セサルとオポが働くスーパー「アランダ・スーパー」(Supermercado Aranda)、ロロのバル「バル・コメルシオ」(Bar Comercio)などの協力を得て撮影された。

 

プロット:バルセロナのとある庶民的なバルを舞台にコメディタッチで語られる5つのお話。バルの主人は空威張りの亭主関白、さすがの女房も愛想が尽きて出奔。やむなく見事な出来栄えのタパスをつくる中国人の料理人を雇うことにする。巧みな語り口、洒落た場面展開で庶民の笑いと涙の人生模様を描く。誰でも小さな秘密は持っている。切なくて悲しくて、ちょっぴり刺激的、それぞれ新しい道に踏み出していく。

 

     心をこめて作られたシリアス・コメディ

 

A: ご紹介したプロットは、映画祭用に作成された三つの宣伝文を若干調整したものです。文責はブログ管理者にあります。

B: かなりキツいテーマが盛り込まれていて、映画祭用の宣伝文「心温まる下町コメディー」がしっくりこないということですか。

A: 初っぱなからテーマに切り込むとズバリ≪愛と死≫ですからね。心をこめて作られていますが、用意周到に伏線が張られ奥が深くて一筋縄ではいかない内容です。

B: 21世紀初めのスペイン社会の縮図がまさに凝縮されている。

 

A: 5つのストーリーということから、本作の映画手法がアルトマンが生みの親と言われている群像劇であることが分かります。スペインでは合唱劇とかアンサンブル劇とか言ってます。主にバルセロナ派の監督が得意とする映画手法です。

B: ハリウッドの異端児といわれたロバート・アルトマンですね。2006年に亡くなりましたが、『MASH』(1970)『ナッシュビル』(1975)『ゴスフォード・パーク』(2001」など評価も高く、日本でもファンが多い。

 

A: スペインでは「ゴヤ賞2013予想と結果」でご紹介したセスク・ガイ(Cesc Gay 1967)がこの手法を得意としています。代表作“En la ciudad(2003 In the City)の舞台もバルセロナでした。年齢は二人の監督のほうが上ですが、監督としてのキャリアはセスク・ガイのほうが長く、彼の影響が感じられます。今年劇場公開されたホルヘ・コイラの『朝食、昼食、そして夕食』(2010)も同じ手法です。

B: 監督の高校時代の親友ルイス・トサールの即興的な演技が光った映画でした。コイラ監督は北のガリシア出身、それぞれテイストは違いますね。

 

A: セスク・ガイの柱も5本で、彼はフラッシュバックを多用するので構成が複雑です。本作にフラッシュバックはありませんが、両方とも念入りに計算されています。ガイは脚本に何ヵ月もかけ、アイディア、登場人物のタイプ、全般的なトーンと少しずつ固めていって完成させると言ってます。これは二人の共同監督にも当てはまることです。

B:『タパス』成功も脚本が決め手ですね。まず導入部に出会いサイトにしがみつく中年女性ラケルを登場させ、次に主役級のドーニャ・コンチが内面に溜めこんでいた怒りを爆発させます。

 

A: 車の中に閉じ込められキャンキャン鳴いてる小犬を通りすがりに見つけると、道に落ちていた金具を拾って思いきり窓をブチ割り小犬を出してやる。この小犬ペリートが重要≪ジンブツ≫、あるメタファーになっていることが次第に観客にも分かってくる。このペリートの動きから目を離すと主題がぼやけてしまいます。

B: ただの小犬ではないということですね。俳優犬が演じているとか。

A: 映画ではオス役ですが実際はメス。「Una Perrita ASIA」とクレジットにも出てくる。

 

B: コンチとドン・マリアノ夫婦が1本目。癌に罹り怯えながらお迎えを待つ苦しさに耐えられない。早く終りにしたいが一人で≪エンド≫できない。

A: タバコを禁じられているから肺癌という設定だと思う。妻に隠れてスパスパやる。死期が迫っているのに今更なんで禁煙なんだ、美味しい料理は体に良くないだと、いい加減にしてくれ。耐えながら自然死を待つか自分の意思を優先させるかが問われている。

 

B: 2本目が2年前に捨てたか捨てられたか一人身のラケル、噂好きな主婦たちにとって格好の獲物、缶詰や総菜を商うガルバンソ店をひとりで切り盛りしている。買い物が目的なのかイビリが目的なのか分からない主婦3人組が最も悪質でお品に欠ける登場人物。ドーニャ・コンチもここの常連客。

A: 年金暮らしのコンチと男ヒデリのラケルをチクチクやる。「ドーニャ・コンチ、どうやったら年金を上手に倹約できるの?」と主婦。「年金は食費とかペットには使わないよ。節約するには・・・」と言いよどむコンチ。何か節約術をしていることが暗示される。

B: つまりコンチの違法アルバイト()の伏線が敷かれるのですね。

 

A: 更に主婦連の一人カルメンの息子がセサル、ラケルとセサルの接着剤としても主婦連を登場させている。コンチが帰宅すると内職の仲介をしているオポがいて、内職の真相がすぐ判明する。セサルとオポは仕事仲間で3本目の柱となる。彼らの行きつけのバルの主人ロロとロサリア夫婦が本柱です。アンサンブル劇といってもやはり扇子のカナメ的な人物がいます。

B: コンチが内職の<職場>として使っているのがロロのバル()、あっという間に相関図を完成させている。コンチのペリート≪解放≫シーンに既にロロも登場していた。

A: そう、バルのシャッターを開けてるところが遠くに見えた。ウマいね。

 

B: 残る5本目が香港の有名レストランの料理人だったというマオ。マオの登場も鮮やかです。

A: 象は自分の死期を悟ると象の墓場を目指して最後の旅をする、というドキュメンタリーをテレビで見たドン・マリアノが飛び込みを決意してプラットホームに佇んでいる。決心がつかないうちに電車が滑り込んできてしまう。電車の中にマオが映りプラットホームのマリアノと偶然対峙する。このシーンにも意味があったことを観客はやがて知ることになります。

B: ドアはあちらとこちらの境界線、未来と過去と言い換えてもいい。

『タパス』Tapas ②2013年09月08日 17:56

 

     主従関係が逆転する可笑しさ

 

A: ラケルがネットでブエノスアイレスに住むエドガルドと疑似恋愛のチャットをしている。弁護士らしい彼氏はどうやらアソビじゃないようだ。

B: ロロが女房のロサリアに口うるさく威張りちらしている。このマッチョ振りは半分客向けの演技と分かっていてもロサリアの怒り度は沸点を超えた。もう荷物を纏めて出ていくしきゃない。

A: 21世紀のノラは小型スーツケースに当座の衣類、多分銀行のカードも持って実力行使。それはないだろロサリア、オレがあんたを愛してんの分かってんだろ。でもロロ、あんたは度が過ぎるんだよ、マッチョの時代は終わったんだ()。ロサリア無しではバルを続けられないロロ、新たに料理人を雇うことにする。ブルース・リーを師と仰ぐカンフー料理人マオとロロのお膳立てができあがり、映画はいよいよ本格始動となる。

 

B: マオの面接シーンはかなり笑える。ロロは二つの条件を出す。

A: 一つ店が儲かって収入が増えること。二つ私がラクできること。儲からず私がラクできないなら、即刻クビだ。ほら、あそこにドアが見えるだろ、出口はそこだ。さらに付け足す、必ずオリーブ油を使うこと。南欧人のオリーブ油信仰も可笑しいが、居丈高な態度はその後の主従逆転の皮肉にも連動して笑えます。

B: ロロのというか当時のスペイン人一般の東洋人に対する偏見が伺える。

 

A: ヨーロッパ人全体の理由なき優越感や無知からくる勘違いを皮肉っている。例えば、ロロがマオの名前をちゃんと覚えない。Maoが正しいのだが Mahouと呼ぶ。「私は若い頃スイスで腕をみがいたベテランだが、マオウは食いつめて経験もなく手ぶらでやってきた」「香港の豪華レストランの料理人でした。それにマオウじゃなくマオです」「そうか、毛沢東のマオだね。あんたは信じないかもしれんが、私はちょっぴりコミュニストなんだよ」。Mahouはスペインの大手ビール会社のブランド名です。

B: スイスのヘルベティア連合で数年働いていたことがあるというロロは、かつてスペイン人がより豊かなピレネーの向う側を目指して出稼ぎに行っていたことを織りこんでいる。

 

A: マオは主人に対して「まったくナンにも分かっちゃいないんだから」という顔をする。監督がセリフなしの「目の演技」を役者に要求しているのも映画の特徴かな。ロロには中年男のステレオタイプが投影されている。女房に逃げられたことをバルのお客に知られたくない。「あんたをロサリアと呼ぶことにする」と宣言し、厨房にいるマオをことさら「ロサリア!」と呼ぶ。

B: バレバレなのに。

 


A: まだロサリアの家出を知らないラケルが現れてパエリャを注文する。一口食べて「うーん、これは美味しいね」とラケル。つまり何だ、ロサリアのパエリャより美味いってわけか、と複雑な顔をするロロ。ここもセリフがない。

 

B: コンチのケース、目眩で倒れた夫マリアノの相談に医者にいく。「連れてこい」と言われるが「頑固者だからダメ」とコンチ。

A: 医者から法的には「患者本人の診察なしに処方できないが・・・来たことにして・・・ほんの1滴ずつだよ」とモルヒネ6本入り1箱を渡される。コンチは灰色の小さな脳細胞をフル活動させて固まってしまう。ここもセリフなし。このモルヒネが予想もしない結果を招くことになります。

                                                                                                                                                                          

     終りは誰にもやってくる――道連れはダメよ

 

B: コンチと教区司祭。コンチは救いを求めて教会に行くが「祈りなさい」の一点張り。ひたらすら無言で拝聴するコンチ、もはや教会は助けにならない。手渡された祈祷用の3枚の聖人のカードは出口のゴミ箱に吸い込まれる。

A:「神のご加護がありますように」と司祭は言うが、神様とは助けて欲しい時いつも留守している人のことね。

 

B:「私の考えたやり方であちらに送って欲しい」とコンチに助けを求めるマリアノ。

A:「もし立場が反対だったら、マリアノ、あなたならどうするの」とコンチ。無言の夫を睨む妻。日本も「終活」ブームだそうですが、まさかこんな死生観を云々するテーマをコメディに持ち込むとは想像もしなかった。

B: アメナバルが真っ向う勝負した『海を飛ぶ夢』(2004)へのアイロニーかな()。尊厳死推進の映画と誤解している人が結構いるけど。

 

A: 二人のやり取りから、若いときに当時最も治安の悪かったチノ地区に移住してきたヨソ者であることがわかる。マリアノは当時の恐怖が忘れられない、今の自分はそのときと同じ恐怖の中にいるとコンチに訴える。バルセロナは東京と同じで地元っ子は少数派です。

B: 1992年のバルセロナ・オリンピックで再開発されるまで、旅行者が入りこんではいけない地区でした。これはホセ・ルイス・ゲリンのドキュメンタリー『工事中』(2001)を見るとよく分かる。純然たるドキュメンタリーとは言えませんけど。

A:「ずっと二人で頑張ってきた、決して負けなかったのよ。なのにどうして病気に屈服してしまうの」とコンチ。深読みかもしれませんが、ここは内戦を生き延び、フランコに飽くまで抵抗したバルセロナ人の誇りを失うな、だと思いますね。そうでなければこんな会話は不要だもの。

 

B: ロロとコンチ。ロロが店のシャッターを開けると4人の子供がコンチを訪ねてくる。中学生ぐらいの子もいたから、ギョッとするシーンです。

A: 不審顔のロロ。鈍いロロもやっと気がつき取引現場を押さえてしまう。「あんたの店では二度とやらない」とコンチ。「あんたみたいな真っすぐな人が、消費税も所得税も払わずに大儲けしてるなんて」と慨嘆するロロ。非難の鉾先がずれている()

 

B: 面白いのはこの後。「ここでコソコソやるならそれなりのショバ代を払ってくれ」。

A:「まったくあんたって人はヘビみたいにずる賢い。あたしは年だしブタ箱なんてどうってことないけど、あんたはそうじゃない」と逆ギレするコンチ。

B: 末端の売人は老婦人が多いという現実がありますね、警察もマサカと思うから警戒しない。ホント笑いごとじゃない。

 

『タパス』 Tapas ③2013年09月08日 18:01


  愛に選択肢はないはずだ

 

A: ラケルとセサル。後半の山場はセサルが22歳の誕生日をロロのバルで祝うことです。二人の年齢差は二回りくらいと思うが、ふとしたきっかけで始まった火遊びが思わぬ方向に走り出してしまう。仕掛け人はラケル、彼女にはそれなりの目的と意味があったはずだが、オテントウさまというか世間体を侮ってしまった。

B: ラケルの期待と後悔がごっちゃになった最初のデートは相当笑える。

A: 二人のモルモン教徒が出現したせいですよ。今でも実際に戸別訪問して入信勧誘をしてるのかしら。

                             

B: ラケルとエドガルド。チャットで始まった疑似恋愛が突然のエドガルド出現で・・・いちばん嘘っぽい()。愛に選択肢はないと思うけど、ヒョウタンから駒が二つも。ホンモノは一体どっちなんだい。

A: 最後に姿を現す風采の上がらない中年男エドガルドに安心しますが、フアン・ホセ・カンパネラのファンには始めのチャットのときからエドゥアルド・ブランコの顔がチラついて笑えます。

B: セサルが「ネットでは嘘がいくらでも書ける」とラケルをバカにすると、彼女は気分を害して黙り込む。世代間の溝は意外と深い、と感じさせるシーンです。

 

A: オポとセサル。オポは猥褻なセリフをポンポン繰りだして男性客にサービスするが、本当は一番心の優しい若者だと思う。人を見る目があり勘の鋭い人格になっている。

B: ラケルとデートすると聞いて「マジかよ」と驚く。「死ぬほどヤリたがっている。もうヒヨッコじゃないんだから、やるだけだ」と生意気にけしかける。

A: ブルース・リーがプリントしてあるTシャツしか着ないカンフー青年。仲介だけでなく自分もやるからお師匠さんの死の真相が気がかりである。夏のリゾート地ベニカッシンにくる外国からの女の子の品定めをまくしたてる。でもホントにやったのかい? 

B: ベニカッシンはバレンシアのカステリョン州に位置するリゾート地。2万人足らずの人口が夏場には3倍以上にもなるほど若者に人気がある。もっと余裕のあるラケルの年代はイビサ島やマジョルカ島に足を延ばす。

 

A: オポとコンチ。オポはセサルの22歳の誕生日を祝ったらベニカッシンに出発だ。スーパーの裏手で商品の搬入をしていたオポをコンチが訪ねてくる。「夏のバカンスはどこに行くの」とオポ。「そうね、わたしたちどこかに行くつもりよ」とコンチ。マリアノは家から一歩も出たくないはずだ。

B: オポの手にコナの小袋をねじ込むコンチ。オポは商品のワインを1本くすねて渡す。「マリアノにプレゼントだ」と。コンチの頬に軽くキスして「アディオス」という。

A: いつもはカタルーニャ語で「アデーウ」と言っていたのに。

 

         愛は植木鉢と同じ――ハッピーエンド?                     

 

B: マオとロロ。マオがセサルの誕生パーティの後片付けをしていると、マオの恋人がいつものように向かいの道路で待っている。「もう片付けはいいよ、そのままで。でもあんたのような名料理人がどうして中国からやってきたんだい?」

A:「愛のためですよ。愛は植木鉢と同じで、毎日水やりしないと枯れてしまう」とマオ。考えこむロロ。


B: 観客はマリアノがテラスに並んだ植木鉢に毎日水やりしていたことを思い出す。

A: そして場面展開、葉が萎れた植木鉢、食べ残しのテーブルに群がるハト、ナイトテーブルに転がっている空のモルヒネ、老夫婦はフレンチ・シャンパンで≪新しい門出≫を祝ったのだった。

 

★このコメディは単純な大団円とは言えない。愛と死の要素が絡まってかなりシリアスな内容です。ロロはマオにバルを任せ「ロサリア水やり」に出発した。娼婦のカルメラからも「今度は迎えに行かなくちゃ。時は金なり、善は急げ」とハッパを掛けられていた。マオは6ヵ月の契約を結び、ロロがバカンス中の8月は倍増しの給金が貰える。これはメデタシ、メデタシ。ラケルとセサルの恋はあっけなく終り、二人ともそれなりの代償を払った。ラケルはエドガルドと新しい一歩を踏み出せるか。傷心のセサルはオポとベニカッシンに≪ティラミス≫を食べに出掛けるだろう。こちらは半メデタシ。ハッピーエンドの定義は難しいが、マリアノとコンチはどうだろうか。

 

★コメディの私なりの定義は、予期しない展開の連続、隣人家族愛、宗教、ユーモアと涙、勇気と知恵、セックス、騙し合い、為政者のカリカチュア、落とせないのが人生讃歌でしょうか。ここにいう宗教は、ローマ法王を頂点とするヒエラルキー、カトリック教会批判を指します。本作にも教区司祭が出てきましたが真の批判の対象は高位聖職者たちです。彼らが常に権力と結びつき国民の抑圧に手を貸した長い歴史があるからです。

 

★スペインを含めて厳しい検閲の時期が長かったラテンアメリカ諸国には優れたコメディが多い。これは検閲逃れの手段として有効だからです。自国の文化が最高と自負しているフランスのコメディには、自国以外の文化を笑いのタネにする傾向があってゲンナリすることがあります。この程度のエスプリで笑ってもらえると思っているのかというフレンチ・コメディを最近見たばかりです。しかし『タパス』ではアジアの代表者マオの勤勉さ、アタマの回転の良さ、深い知恵が勝利するから、終わってみれば不快感は残らない。

 

★またコメディには時代を反映するセレブや人気スポーツマン(スペインではサッカー選手)、過去の映画(たいていハリウッド)がポンポン飛び出します。オマージュだったり時には皮肉だったり、本作にも出てきました。

 

★コメディでは、怪しげな合いの手、語呂合わせのタブー語、隠語も珍しくない。本作にも末端の売人をさすCamello、ドラッグ名のSimpsonsMitshubishisなどが出てきた。シンプソンよりミツビシのほうが純度が高く入手が難しい。日本の三菱はスペインでは評価が高いから付いた隠語とか。オポに「ミツビシを30欲しい」といわれたコンチが「そんなに一度に用意できない」と答えていた。

 

『タパス』 Tapas ④2013年09月08日 18:06

*スタッフ&キャスト紹介*


★ホセ・コルバチョ
Jose Corbacho1965年バルセロナ生れ、監督・脚本家・製作者・俳優。俳優歴が長く、2006年に自身が新人監督賞を受賞したゴヤ賞授賞式以来、毎年プレゼンターとして登場している。他にサン・ジョルディ映画祭の司会者もしている。スペインでは監督より辛辣なジョークを飛ばすボードビリアンとしてファンが多い。

2作“Cobardes(2008)をフアン・クルスと共同で監督と脚本を手掛けた。ラケルの店の買い物客アナ・バラチナAnna Barrachina2004年結婚。

 

フアン・クルスJuan Crus1966年バルセロナ生れ。コルバチョの親友。監督・脚本家・製作者・俳優。脚本家としてのキャリアが長く、現在はテレビ・シリーズを執筆している。        

 

★マリア・ガリアナMaria Gariana(ドーニャ・コンチ):1935年セビリャ生れ。ベニト・サンブラノ『ローサのぬくもり』(1999)に詳しい紹介が載っている。その後の活躍は、なんといっても2001年から始まった“Cuentame”という長寿連ドラの祖母役に止めを刺します。フランコ時代、マドリードで暮らすある家族の日常が語られる現代史ドラマ。映画はアドルフォ・アリスタラインの『ローマ』(2004、ラテンビート2005)以外未紹介。エルビラ・ミンゲスと共演したフアン・カルロス・ファルコンの“La caja(06)、ホセ・ルイス・ガルシア“Maria querida(04)などに出演している。

 

★アルベルト・デ・メンドサ Alberto de Mendoza(ドン・マリアノ):1930年ブエノスアイレス生れ、20111288歳でマドリードで死去。5歳のときに孤児となりマドリードにいる祖母に育てられる。1939年市民戦争終結後アルゼンチンに戻る。1960年再びスペインへ。両国を行ったり来たりの映画人生を送った。1958年“El jefe”、1982年“El infierno tan temido”でアルゼンチンの最高賞「銀のコンドル」主演男優賞を2回受賞した。

 

★アンヘル・デ・アンドレス・ロペスAngel de Andres Ropez(ロロ): 1951年マドリード生れ。あの巨漢は脇役でも印象に残る。アルモドバルの『神経衰弱ぎりぎりの女たち』(1984)、ピラール・ミロの『愛の虜』(1996)、デ・ラ・イグレシアの『800発の銃弾』(02)など。最近はもっぱらテレビ出演が多い。

 

★アンパロ・モレノAmparo Moreno(ロサリア):1949年バルセロナ生れ。コルバチョと同郷。1971年デビュー、脇役なので本数は多い。マヌエル・ロンバルデロの“En brazos de la mujer madura(1997)、アントニオ・メルセロの“Y tu quien eres?(2007)など、テレビ出演も多い。

 

★エルビラ・ミンゲスElvira Minguez (ラケル): 1965年バジャドリード生れ。本作でゴヤ助演女優賞受賞。イマノル・ウリベの『時間切れの愛』(1994)でデビュー。翌年のゴヤ賞新人女優賞、スペイン俳優組合賞にノミネートされるという幸運な出発をした。リカルド・フランコの『エストレーリャ*星のまわりで』(1997)は「スペイン映画祭98」で上映された。『タパス』以後、フアン・カルロス・ファルコン“La caja(06)でムルシア映画祭「フランシスコ・ラバル賞」他、ダビド&トリスタン・ウジョア兄弟の“Pudor(07)でもマラガ映画祭「銀のジャスミン女優賞」他を受賞しており、その演技力には定評がある。最近はテレビ出演が多い。

 

★ルベ()ン・オチャンディア()Ruben Ochandiano (セサル): 1980年マドリード生れ。名前の表記がさまざまでしたがアルモドバルの『抱擁のかけら』(09)でやっと定着した。オチャンディアノの日本初登場は、シネフィルが放映したイシアル・ボジャインの『花嫁の来た村』(1999)ですが、脇役だったのでカタカナ表記はありませんでした。ダニエル・カルパルソルの『非情戦闘区域』(0203DVD)では、ルベン・オカンディアノ、フェリックス・サブロソの『チル・アウト!』(0308DVD)でルーベン・オカンディアノと間違った場所に長音がはいり、次のマヌエル・ロンバルデロの『抱かれる女』(0708DVD)が踏襲、アルモドバルでクレームがついて訂正されました。長音の有無は個人的には好みと考えています。『抱擁のかけら』カタログに詳しい紹介が載っています。その後公開された最新作がイニャリトゥの『ビューティフル』(10)と大分前の映画です。モンチョ・アルメンダリスの“No tengas miedo(11)を含めて3作出演のほかテレドラが多いようです。英仏伊にカタルーニャ語もでき、短期間ながらパリに語学留学をした勉強家。好きな監督はウディ・アレン、タランティーノ、ハネケ、フィンチャー、ガレル等、好きな映画『イヴの総て』、『パルプ・フィクション』、男優ではフィリップ・シーモア・ホフマン、ルイ・ガレル、女優メリル・ストリープ、同世代ではヒース・レジャーだった、とどこまで行ってもスペインは出てこない()

 

★ダリオ・パソDario Paso : 1979年マドリード生れ。テレビ出身、俳優、監督・脚本と幅広い活躍をしている。祖父の代からの映画一家、祖父は脚本家、両親は俳優、従兄弟のラモン・パソは脚本家である。ショートながら既に4本撮っている。日本初登場は多分『トレンテ1』(1998)、他に“Mensaka(98)、シリーズのテレドラ出演が多い。

 

★アルベルト・ジョー・リーArberto Jo Lee(マオ):1979年バルセロナ生れ。本作でデビュー。ナチョ・ガルシア・ベリジャの『シェフズ・スペシャル』(08)に出演。これは「東京国際レズ&ゲイ映画祭2009」で上映された。

 

*特別出演*

★ロサリオ・パルドRosario Pardo(カルメラ役):アンダルシアのハエン生れ。マヌエル・ゴメス・ペレイラのコメディ『電話でアモーレ』(1995)、アレックス・デ・ラ・イグレシアの“Crimen ferpecto(2004)TVシリーズ“Cuentame(2001~)、“Doctor Mateo(2009~)などテレビ出演が多い。

 

★フェラン・アドリアFerran Adria1962年バルセロナ生れ。エル・ブジ(ブリ)の人気シェフだった。現在レストランは2013年まで休店。コルバチョと同郷の誼みで特別友情出演した。マオがテレビ料理番組“Bienvenidos al Show Cooking de Ferran Adria”を見ながらカタルーニャ料理を作るシーンに出ていた。テレビ、ドキュメンタリー出演は俳優より多い。ヘスス・マリア・サントスのドキュメンタリー『ペルー・サベ』(12)に出演、ラテンビート2012で上映された。

 

★エドゥアルド・ブランコEduardo Blanco(エドガルド):1958年ブエノスアイレス生れ。フアン・ホセ・カンパネラの“El hijo de la novia(2001)、“Luna de Avellaneda(04)、ギジェルモ&ホルヘ・センペレ共同監督の“Pajaros muertos(08)など、その独特の雰囲気はコメディ・ドラマに欠かせない。

マヌエル・マルティン・クエンカ”Canibal”*トロント国際映画祭①2013年09月08日 21:38


★モントリオールが閉幕したらトロントと秋のカナダは忙しい。カナダ最大の都市で開催されるトロント国際映画祭が
95日から始まりました(15日閉幕)。上映作品約300、入場者30数万人以上という大規模な映画祭(TIFF)です。映画祭のポリシーが「ノン・コンペティション」ということで、観客賞がいわゆるグランプリに当たります。最近は英語圏の作品が受賞することが多いのですが(例えば『英国王のスピーチ』、『スラムドッグ$ミリオネア』)、以前はスペイン語圏でもルイス・プエンソの『オフィシャル・ストーリー』、アルモドバルの『神経衰弱ぎりぎりの女たち』、わが国では北野武の『座頭市』が受賞しています。次の年のアカデミー賞ノミネートへの近道なんだそうです。

 

★部門別に「ガラ・プレゼンテーション」、「スペシャル・プレゼンテーション」がメインセクション。今年はスペインからも10作が選ばれ、「EU域内の重病人」との悪口をはね返して文化省も力を入れているようです。920日から始まるスペイン最大の国際映画祭サンセバスティアン(SIFF)が近づいたらご紹介しようと思っていたのが“Caníbal”(2013英題“Cannibal”)でした。スペイン代表作品としてSIFFのオフィシャル部門に選ばれ、今回TIFFのスペシャル・プレゼンでの上映も決定しました。同じケースがデニス・ビジェネウベの“Enemigo”(同“An Enemy”)ですが、ここでは2011年の製作発表から話題になっていた“Caníbal”に絞ってご紹介します。

 

★監督紹介:1964年アンダルシアのアルメリア生れ。グラナダ大学の文献学、マドリードのコンプルテンセ大学で情報科学を専攻。2001年製作のドキュメンタリー“El juego de Cuba”(英題“The Cuban Game”)がマラガ映画祭ドキュメンタリー部門銀のジャスミン賞」受賞した。長編第1作“La flaquesa del bolchevique”(2003同“The Weakness of the Bolshevik”)もヨーロッパ・ファースト・フィルム映画祭で観客賞を受賞。第4作がウンベルト・アレナルの短編を自由に翻案して映画化したサイコ・スリラー“Caníbal”です。

 

Caníbal  2013

監督:マヌエル・マルティン・クエンカ

 脚本:アレハンドロ・エルナンデス/ラファエル・デ・ラ・ルス

 キャスト:アントニオ・デ・ラ・トーレ(カルロス)/オリンピア・メリンテ(ニナ)/マリア・アルフォンサ・ロッソ(アウロラ)他

 製作国:スペイン/ルーマニア/ロシア/フランス

 ○言語スペイン語、ロケ地グラナダ、カラー、スペイン公開20131011

 

プロット42歳になるカルロスはグラナダでも指折りの仕立屋、彼の日常は物静かに洋服を仕立て食べて寝るという繰り返しであった。しかし彼には罪の意識もなく良心の呵責もなく若い女性を殺害して食すという別の秘密の顔をもっていた。しかしニナというルーマニアからの女性が彼の人生に現れることですべてが変わってしまうだろう。彼は生れて始めて恋を知る・・・

 

★カルロスは精神病質者ではなくホルモン調整不良に苦しむ繊細な人間らしく、彼の主治医の精神分析医は不治の病であると告げている。ニナは突然行方不明になった姉を探し求めているという設定、つまり姉はカルロスの餌食になっているわけです。1年に3人、子供と妊婦は食べないとか彼なりのルールもあり、メタファーが複雑です。ハネケの『ファニー・ゲーム』、ジョナサン・デミの『羊たちの沈黙』のレクター博士、コーエン兄弟の『ノーカントリー』の殺人鬼シガーなどに繋がっている印象です。これらの映画が持っている哲学は人によって解釈が異なると思いますが、本作のテーマは「愛の物語」だと監督は語っているんです。

 

★カルロス役のデ・ラ・トーレは既にちょこちょこご紹介していますが、最近の活躍振りは異例のことです。紹介済みの“Grupo 7”、アルモドバル“Los amantes pasajeros”(ラテンビート上映決定)、ダニエル・カルパルソロの『インベーダー』(2014公開)、サンチェス・アルバロ“La gran familia española”と話題作に顔を出しています。来年のゴヤ賞こそ、と思っています。本作については、「自分のキャリアの中で最も難しかった役の一つだった。カルロスは略奪者であるが、儀礼、生き残り、情動的かつ食への欲望が彼には必要だった」とコメントしています。

(写真:カルロスとニナ、映画のワンシーン)

2014年5月24日、『カニバル』の邦題で劇場公開された。(追記)