マヌエル・マルティン・クエンカの『不遇』*セルバンテス土曜映画会2014年06月11日 13:55

6月のセルバンテス文化センター土曜映画会は、マヌエル・マルティン・クエンカのMalas temporadas(セルバンテス邦題『不遇』、英語字幕付)です。サンセバスチャン映画祭2005に正式出品されセバスチャン賞受賞、翌年ナタリエ・ポサがゴヤ賞主演女優賞にノミネートされた映画。マヌエル・マルティン・クエンカ監督については、新作Canibalが「トロント映画祭2013」(コチラ201398)や「ゴヤ賞2014」の候補になった折りにご紹介しております(201411226)。5月に一般公開(邦題『カニバル』)、スペイン映画としては電光石火の早業です。ゴヤ賞ノミネート5作品賞のうちでは一番乗りですが、ホラー映画じゃないのですよ。一方こちら『不遇』は、2005年と古く一般公開はないと思いますのでテーマに踏み込んでいます。

    

   

   Malas temporadasHard Times

製作Iberrota Films / Golem Distribucion

監督:マヌエル・マルティン・クエンカ

脚本:マヌエル・マルティン・クエンカ&アレハンドロ・エルナンデス

撮影:ダビ・カレテロ

音楽:ペドロ・バルバディリョ

  

                               

                (左から、カマラ、ポサ、監督、ポドロサ、ワトリング サンセバスチャンにて)

キャスト:ハビエル・カマラ(ミケル)、ナタリエ・ポサ(アナ)、Eman Xor Oña(カルロス)、ゴンサロ・ポドロサ(アナの14歳の息子ゴンサロ)、レオノール・ワトリング(ラウラ)、フェルナンド・エチェバリア(ラウラの夫ファブレ)、ペレ・アルキリュエ(パスクアル)他

 

*データ:スペイン、2005年、スペイン語、ジャンル:ドラマ、移民、撮影地マドリード、115

*受賞&ノミネート:マルティン・クエンカ(サンセバスチャン映画祭2005セバスチャン賞/サンタ・バルバラ映画祭Visionary 賞受賞他)、ハビエル・カマラ(フォトグラマ・デ・プラタ2006男優賞/スペイン俳優連盟2006主演男優賞ノミネート)、ナタリエ・ポサ(ゴヤ賞2006/スペイン俳優連盟2006主演女優賞ノミネート他)、レオノール・ワトリング(フォトグラマ・デ・プラタ2006女優賞ノミネート)

 

ストーリー:マドリードの中心街で暮らすミケルとアナとカルロスの物語。生徒の全員が答案用紙に集中している、いや一人だけ白紙のまま窓越しに揺れる樹々を眺めている、アナの息子ゴンサロだ。アナは移民援助のNGOで他人の不幸にかまけて息子や自分を置き去りにして働いている。現実を生きていない亡命キューバ人のカルロスはアナのかつての恋人、カルロスの今の愛人ラウラは事故で両足不随、無償の愛をラウラに捧げている夫のファブレ、6年の刑期を終えてたった今マドリードに戻ってきたミケルは同房だったパスクアルと話し合わねばと考えている。彼の生きがいはチェス、物静かな謎に満ちたミケルはカルロスと偶然同じアパートの住人になる。第二のチャンスを求めて都会を彷徨する群集劇。唯一の解決策は進むべき道を見なおすこと、それは予期しないかたちでやってくるだろう。 (文責:管理人)

 

風景から人物へ

★マルティン・クエンカの映画は「風景に始まりやがて登場人物に移動していく」と言われるように、背景が重要な役目をしている。本作でもホームに佇むアナ、バラハス空港で飛行機が着陸するのを見上げているカルロス、出所して荒涼とした一本道を歩いてくるミケル、三人は別々の風景から現れ、やがてカルロスを接着剤にして結びつく。この映画はロバート・アルトマンが編み出したという群集劇、スペインでは合唱劇(pelicula coral)と言われている。セスク・ガイのEn la ciudad2003)がよく引き合いに出されるが、必ず主軸となる人物の存在がある。本作では主軸の三人が冒頭の数分で鮮明になり、登場する人物の多さにも拘わらず、風景と一体化して他と交わることがない。

 

★室内の描写も重要で、ミケルが6年振りに帰宅するアパートの描写から彼の過去が少しずつ明らかになっていく。男の子がチェスをやっている写真、大小二つのトロフィー、198710月セビーリャで開催されたチェスの世界選手権のポスターなどが映し出される。しかしどんな罪で収監されたのか、どうしてパスクアルを追い回すのか直ぐには分からない謎の人物がミケル。分かるのは葉巻が好きなこと(これがカルロスに繋がっていく)、チェスに情熱をもっていること、収監が彼を別の人間に変えたことだ。ハビエル・カマラの細い鼻、すがるような同時に脅すような目、黒いひげに蔽われた唇、演技なのか地でやってるのか不思議な気分になってくる。彼を初めて起用した監督は、「日を追うごとに彼の真摯な演技に打たれた」と語っている。

 


因みにこのひげはイサベル・コイシェの『あなたになら言える秘密のこと』(2005)で気に入って本作にも採用したとか。演技に完璧を求めるタイプだがメソッドに縛られない、どんな役柄でも地かなと思わせるカメレオン俳優、「ゴヤ賞2014」ダビ・トゥルエバの新作で念願の主演男優賞を受賞した。もう一人のカメレオン俳優アントニオ・デ・ラ・トーレといい勝負、マルティン・クエンカは新作『カニバル』で彼を主役に抜擢、彼の隠れた才能を引き出した。

 

自己欺瞞が再生を阻んでいる

★カルロス(Eman Xor Oña)は現実を生きていない。心を開かないでずっと逃げつづけている。亡命キューバ人にとって同国人は敵か味方か見極めねばならない、がっしりした肩に鎧を着け身構えている。危険な密売に関わっている、生き残るためにそうしている。壁にパイロットの制服を身に着けた写真を飾っており、過去の自分から抜け出せない。5年前キューバからスペインに来た、これは事実だろうが、嘘でかためた自己欺瞞の人がカルロス、愛と憎しみでラウラと寝ているのだが、いずれ終りがあることを知っているからだ。マイアミから一本の電話が掛かってくる、航空学校の教師の仕事があるという、果たしてチャンスを掴むことができるのだろうか。自己欺瞞はテーマの一つか。(写真:孤独に耐えるカルロス)

 

 

カルロスを亡命キューバ人にしたのは、共同脚本家アレハンドロ・エルナンデスが同国人だからでしょう。監督はドキュメンタリーEl juego de Cubaで既にコンビを組んでいます(フィルモグラフィー参照)。カルロスには2000年にスペインに移住したというエルナンデスが投影されているように思います。キューバ革命を外から見る、現在のキューバ、キューバ人に対する想いがカルロスや友人のセリフに垣間見える。群集劇では登場人物のなかに自分を発見できるのだが、カルロスと自分を重ねられる人は少ないでしょう。私たちは亡命者ではないからだ。キャリアは昨年のラテンビートで再上映されたフェルナンド・トゥルエバのアニメ『チコとリタ』(2011)のチコのボイス、エルネスト・ダラナス**の『壊れた神々』(2008、ラテンビート2009)、リゴベルト・ロペスのRoble de Olor2004)でデビュー以来、キューバ映画に多く出演している。

 

 目は口ほどに物を言う

★本作で言葉以上に重要なのが≪視線≫である。過去の経緯が省かれているうえ、セリフが少ないので片時もスクリーンから目が離せない。監督によると、この目の演技ができる俳優を選んだという。その一人が、アナの引きこもり息子ゴンサロのゴンサロ・ポドロサ本作でデビューした。起用した条件が神秘性と目の演技力の二つ、この二つの素質は役者として欠かせないからだ。本作で重要なのは言葉でなく目に語らせることだったから。ゴンサロに何がしたいか誰も尋ねてくれない。母親アナの問題は息子の危険信号をキャッチできないほど他人の問題にエネルギッシュに没頭していること、それが人生で最も重要だと考えていること。アナの問題が一番深刻、なぜなら自分や家族を顧みないことが問題だと思っていないからだ。息子の突然の引きこもりにバランスを失い歯車は逆回転を始めてしまう。アナは初めて自分と息子に目を向ける。カルロスに導かれたミケルとゴンサロは、チェスを仲立ちに再生できるのだろうか。

 

アナ役のナタリエ・ポサ Nathalie Pozaは、1972年マドリード生れ。テレビ界で活躍の後El otro lado de la cama2002で映画デビュー、マルティン・クエンカのLa flaquesa del bolcheviqueに出演。ゴヤ賞はダビ・セラーノのDías de fútbol2003)で助演女優賞、マヌエル・マルティン・クエンカのMalas temporadas2005)で主演女優賞、マリアノ・バロソのTodas las mujeres2013)で助演女優賞にノミネートされている実力派。アナと同じように力惜しみしない、守りに入らない女優です。監督も彼女と出会えたことは「贈り物だった」と語っています。バロソの新作Todas las mujeresが紹介されるといいのですが、すべて未公開です。 

  

 
              (アナに扮したナタリエ・ポサ)

★ラウラを演じたレオノール・ワトリングも目の演技ができる強固な意志をもっている女優。我儘な王女のように振舞い、同時にそういう自分を蔑み痛めつけている。愛していないが一緒に暮らす夫ファブレと生きるしか仕方がないのか。彼女は歌手としても有名ですが、本作でも事故前のビデオ映像のなかで彼女の歌を聴くことができます。アルモドバルやアレックス・デ・ラ・イグレシアの映画でお馴染みですが、美人に溺れず、必要ならヌードも辞さない潔い勇気ある女優、カンデラ・ペーニャと一脈通じるところがある。

  

                                    

                                                                                              (ラウラに扮したレオノール・ワトリング)


★ミケルより早く娑婆に戻ったパスクアルは早く過去を葬りたい。ミケルとは二度と接触したくないのに執拗に追ってくる。あそこで起こったことはすべて消し去りたい、新しい人生が始まっているのだから割り込んでこないで欲しい。しかし彼の心は恐怖に慄いている。彼の鋭い視線、どすの利いた太い声、強さのなかに脆さを隠しているパスクアル役にペレ・アルキリュエはぴったりです。

  

                         

                                                                    (パスクアルとミケル)

ペレ・アルキリュエPere Arquilluéは、1967年バルセロナ生れ。テレビでデビューしたこともあってTVドラのシリーズ出演が主です。それに脇役が多いから出演本数のわりには馴染みがない俳優。日本紹介はよく調べてないが、カルロス・サウラの『サロメ』(2002)で監督に扮した1本だけかもしれない。未公開ではセスク・ガイのEn la ciudad、フェルナンド・レオン・デ・アラノアのPrincesas2005)、最近ではナチョ・G・ベリリャのQue se mueran los feos2010)など、評価の高い作品に出演している。

 

監督紹介&主なフィルモグラフィー

マヌエル・マルティン・クエンカManuel Martin Cuenca1964年アンダルシアのアルメリア生れ。グラナダ大学の文献学、マドリードのコンプルテンセ大学で情報科学を専攻。


2001年製作のドキュメンタリーEl juego de Cuba2001The Cuban Game)がマラガ映画祭ドキュメンタリー部門銀のジャスミン賞」、ニューヨーク映画祭2003ベスト・ドキュメンタリー「金のリンゴ賞」を受賞した。キューバの国民的スポーツ「ベースボール」を通して、米国との相関関係、小さな島国に起きている矛盾のなかでキューバ革命を生きている国民、選手の成功と失敗が語られる。ホルヘ・ペルゴリア、ルイス・アルベルト・ガルシア他出演。共同脚本はアレハンドロ・エルナンデス、ナレーターはメルセデス・サンピエトロと豪華版(アリスタラインLugares comunes2002、ピラール・ミローEl pájaro de la felicidad1993などが代表作)。 


○長編第1La flaquesa del bolchevique2003The Weakness of the Bolshevik)はアンジェ・ヨーロピアン・ファースト・フィルム映画祭2004(仏)で観客賞を受賞、ゴヤ賞2004では脚色賞をロレンソ・シルバと共にノミネートされた。ロレンソ・シルバの小説の映画化。「欲求不満を抱えたビジネスマン(ルイス・トサール)と聡明な美少女(マリア・バルベルデ、デビュー作)に突然襲いかかる悲劇」。他にナタリエ・ポサ、ルベン・オチャンディアノ。

 


2Malas temporadas略)

 

3La mita de Oscar2010Half of Oscar)は、マイアミ映画祭2011スペシャル・メンションを受賞した。トロント、ハバナ、ヒホンなどの国際映画祭に出品された。「一人暮らしのオスカル(ロドリゴ・サエンス・デ・エレディア)は、アルメリアの製塩所のガードマン、帰宅して最初にすることは空の郵便受けを見ることだ。ある日この単調な日常がアルツハイマーの祖父の死で破られる。パリ暮らしの妹(ベロニカ・エチェギ)とは2年も会っていない。知らせを受けて恋人とやってきた妹とオスカルには口に出せない秘密があるのだ」。他にアントニオ・デ・ラ・トーレ、マヌエル・マルティネス・ロカほか。共同脚本はアレハンドロ・エルナンデス、撮影監督ラファエル・デ・ラ・ウスの評価が高く、アルメリアのカボ・デ・ガタ(猫岬)で撮影された風景は、物言わぬ登場人物の一人である。

  


4Caníbal2013『カニバル』)は、ウンベルト・アレナルの短編を自由に翻案して映画化したサイコ・スリラー。(公開中につき省略)

 

アレハンドロ・エルナンデス Alejandro Hernandez 1970年ハバナ生れ、作家、脚本家、プロデューサー。18歳のときアンゴラ戦争に戦場ジャーナリストとして従軍する。1996年、処女作“La Milla”をキューバと米国で出版、第2作“Algún demonio”(2007)、第3作“Oro ciego”(2009)。2000年よりスペイン在住、カルロス三世大学で教鞭をとる。日本で紹介された作品はベニト・サンブラノの『ハバナ・ブルース』(2005、ラテンビート上映)、『カニバル』、未公開ではLa mita de Oscar、マリアノ・バロソのLo mejor de Eva2011)、Todas las mujeres2013)など。

 

**Eman Xor Oñaは出演しておりませんが、エルネスト・ダラナスの最新作Conductaは、マラガ映画祭2014ラテンアメリカ部門のグランプリ作品、キューバICAICの資金で今年製作された唯一の作品です。ちょっとアレナスの名作『苺とチョコレート』にテーマが似ています。マラガ映画祭2014でもご紹介しておりますが、「Marysolさんブログ」で紹介されております。