『モンスター・ウィズ・サウザン・ヘッズ』*東京国際映画祭2015 ④2015年11月03日 16:46

 

★ロドリゴ・プラ監督とサンディノ・サラビア・ビナイ(プロデューサー)氏を迎えてのQ&Aがあり、個人的に来日を期待していたプラ夫人ラウラ・サントゥリョさんの登壇はありませんでした。本作は夫人の同名小説の映画化(2013Estuario社刊)今回も脚本を担当しています。監督のデビュー作以来、二人三脚で映画作りをしています。既に「ベネチア映画祭2015」で作品紹介をしておりますが、まだデータが揃っておりませんでした。今回監督のQ&Aを交えて改めて再構成いたしました。上映は3回あり最終日の1030日に鑑賞、Q&A司会者はコンペのプログラミング・ディレクター矢田部吉彦氏。部分的にネタバレしております。(写真下は小説の表紙)

 


    『モンスター・ウィズ・サウザン・ヘッズ』原題Un monstruo de mil cabezas

製作:Buenaventura

監督・プロデューサー:ロドリゴ・プラ

脚本・原作:ラウラ・サントゥリョ

撮影:オデイ・サバレタ(初長編)

音楽:レオナルド・ヘイブルム(『マリアの選択』)、ハコボ・リエベルマン(“Desierto   adentro”)

音響:アクセル・ムニョス、アレハンドロ・デ・イカサ

美術:バルバラ・エンリケス、アレハンドロ・ガルシア

衣装:マレナ・デ・ラ・リバ

編集:ミゲル・シュアードフィンガー

プロデューサー(共同):アナ・エルナンデス、サンディノ・サラビア・ビナイ

データ:製作国メキシコ、スペイン語、2015、サスペンス、75分、アジアン・プレミア、撮影地メキシコ・シティー、公開:フランス2016316日、メキシコは未定

*ベネチア映画祭2015「オリゾンティ」正式出品、モレリア映画祭メキシコ映画部門、その他ロンドン、ワルシャワ、ハンプトン(USAバージニア州)各映画祭に正式出品

 

キャストハナ・ラルイ(ソニア・ボネ)、セバスティアン・アギーレ・ボエダ(息子ダリオ)、エミリオ・エチェバリア(CEOサンドバル)、ウーゴ・アルボレス(ビジャルバ医師)、ダニエル・ヒメネス・カチョ、マルコ・アントニオ・アギーレ、ベロニカ・ファルコン(ロレナ・モルガン)、ハロルド・トーレス、マリソル・センテノ 

 

プロット:癌でむしばまれた夫を自宅介護する妻ソニアの物語。夫婦は医療保険に加入しているが、保険会社の怠慢やシステムの不備や腐敗で正当な治療を受けられない。怒りと絶望におちいったソニアは、ある強硬手段に訴える決断をする。息子ダリオと一緒に保険会社を訪れたソニアは、無責任と不正義、汚職の蔓延に振り回され、事態はあらぬ方向へと転がりだしていく。ソニアは夫を救えるか、本当の目的は果たして何だったのか、前作『マリアの選択』のテーマを追及するスピード感あふれる社会派サスペンス。

 

     不正がまかり通ると何が起こるかについての教科書

 

A: 何が起こるかというと、怒りが爆発して人間は猪突猛進するというお話しです。イエロー・カードでは済まされないソニアの憤激は頂点に達する。

B: 日本のような公的医療保険のないメキシコでは、ソニアの家族のようなミドル階級は私的な医療保険に加入している。映画でも夫婦は15年以上支払っているという設定になっていた。

A: 然るにいざ病気になっても医療費は下りない。いろいろ難癖をつけて支払いを拒絶する。日本のように国民皆保険の国では少し分かりづらいかもしれない。先述したように本作はラウラ・サントゥリョの同名小説の映画化、彼女によると複数の友人たちから医療費を請求しても支払いを拒絶され、担当医師とも悶着がおこるという話を聞いた。試しにネットで検索したら文句を書きこんでいる人がゾロゾロ出てきた。それでこれは小説になる。

 


B: ソニアの家族のような保険金不払いが実際起こっていたのですね。Q&Aでも監督が「メキシコではこういう事件が起こってもおかしくない」とコメントしていた。

A: 勿論、ソニアのような行動に出た人が実在したわけではありませんよ()。保険加入者は支払っている間は大切なお客さんだが、病人になったら厄介者でしかない。保険会社は営利団体だから利益を上げなければならない、公的医療の不備を補う人権団体ではないというわけです。

 

B: 医師も平気でカルテに嘘の記述をする。そうすれば見返りの礼金が舞い込むシステムになっている。人権とか倫理とかの意識はなく、贅沢三昧の生活を選択する。映画を見ればだいたい想像できますが、タイトルについての質問がありました。

A: ソニアが盥回しになるのは、会社の無責任体制、命令系統が縦割りでCEOにさえ決定権がない。脳みその足りない頭が千もあるモンスターということからついた。組織の安全弁として誰も責任をとらないで済むようにしているわけです。黒幕の顔は見えない、保険会社のCEOでさえ将棋の駒なんです。

B: サンドバルは最高責任者だと思っていたのに自分のサインだけじゃドキュメントが有効にならないのに呆れていた。凄いブラックユーモア、これはシリアス・コメディでもあるね。

 

      実は観客が見ているシーンのメインはフラッシュバック

 

A: 一番感心したのは映画の構成、途中から観客が見ているというか見せられているシーンが過去の出来事と分かる仕掛けをしている。刻一刻と近づいてくる夫の死をなんとか押し止めようと強硬手段に打って出たと思っていたのに、裁判シーンでの<影の声>が聞こえてきて「これはフラッシュバックじゃないか」と初めて気が付く。

B: 時系列に事件を追っていると思っていたのに、現在点はあくまで目下進行中のソニアの裁判だと分かってくる。

A: 短い<影の声>の証言が挿入されると、それにそってスクリーンに事件の推移が映し出される。見なれたフラッシュバックはこれと反対ですものね。

B: ラストに法廷シーンが映しだされる。やっと現在に戻ってきたと思いきや、2分割4分割されてどうもおかしい。開廷が宣言され被告人ソニアが入ってくるはずが別の女性が入ってくる。このシーンは実際に行われた本当の裁判を特別の許可を得て撮影したと明かしていました。最後の最後まで観客を翻弄して監督は楽しんでいたのでした()

 

A: 監督は結構お茶目だと分かった。今回のQ&Aの質問者は映画をよく見ていた人が多く、監督から面白い話を引き出していた。他にも笑える仕掛けがしてあって、保険会社の重役宅で息子がテレビでサッカー中継を見ている。解説者が「レフリーが公平じゃない、あれは賄賂を貰っているからだ」と憤然とする。

B: 映画の内容とリンクさせて、不正は何も保険会社に限ったことじゃない。スポーツ界も、政治家も、警察官も、製薬会社もみんな汚職まみれ、グルになって国民を苦しめているというわけです。

A: メキシコに限りませんけど、これはホントのこと。人を地位や見掛けで簡単に信用しちゃいけないというメッセージです()。ラストでまたサッカー中継の<影の声> が「ゴール!」と言うがこれも八百長ゴールというおまけ付き、次回作はコメディを撮って欲しい。

 

      ソニアの本当の目的は夫を救うことだったのか

 

B: 脅しで携帯したはずのピストルだが、一発火を噴いたところから歯止めが効かなくなっていく。最初は冷静だったソニアも自分の本当の目的が何だった分からなくなっていく。

A: 義理の姉から夫が急死したことを知らされても暴力の連鎖は止まらない。なんとか踏みとどまるのは、自分がダリオたちの母親だということです。ダリオは既に父親を諦めているが、母親に付き添うのは只ならぬ気配の母親まで失いたくないからです。

 

B: 高校3年生という設定、もう子供じゃないが大人でもない微妙な年齢にした。狂気に陥った母親をはらはらしながら健気に守っていく役割た。

A: 怒りが大きいとアドレナリンがどくどく出て交感神経を刺激、分別が効かなくなる。大脳は不正を許さない。夫を救うことができなかった怒りは、さらに増幅して社会的不正義の糾弾に向かう。破れかぶれは自然なことだと思いますね。

 

B: ソニアにどんな刑が言い渡されるか、または無罪かは観客に委ねられる。

A: 観客が見ているフラッシュバックは裁判中の証言にそっているから、本当はどうだったかは闇です。人間の記憶は時とともに薄れ脚色もされて変貌するから真実は曖昧模糊となる。時々映像がぼやけるのはそれを意図しているのではないか。

B: この映画のテーマの一つは記憶の不確かさ、仮りに真実があるとしても、それは<藪の中>です。

 

       ヒロインを支えた贅沢な脇役陣

 

B: カタログの紹介記事に、前作より「アート映画としてもエンタメ映画としても通用する作品に進化している」とありました。

A: 前作というのは『マリアの選択』のことで、監督夫妻の故郷ウルグアイのモンテビデオが舞台だった。メキシコに戻って撮った本作は4作目にあたる。以前海外勢は3作目あたりまでがコンペの対象作品だったが、最近はそうでもなくなった。プラ監督も中堅クラス入り、キャストも脇は豪華版です。

 

B: デビュー作“La zona”の主役ダニエル・ヒメネス・カチョも保険会社の役員として出演している。ソニアに脚を打たれて悲鳴を上げていた。まさか彼のふりチン姿を見せられるとは思いませんでした()

A: ブラック・ユーモアがところどころにちりばめられたフィルム・ノワールだ。彼はメキシコのベテラン俳優としては一番知られているのではないか。マドリード生れのせいかアルモドバルの『バッド・エデュケーション』、パブロ・ベルヘルの『ブランカニエベス』などスペイン映画出演も多い。それこそ聖人から悪魔までオーケーのカメレオン俳優、アリエル賞のコレクター(5個)でもある。

 

B: 発砲を目撃したもう一人のふりチンが逃げ込んだ先は、女の子たちが水泳の授業を受けているプールサイドだった()。次に知名度がある俳優はサンドバル役のエミリオ・エチェバリア、アレハンドロ・G・イニャリトゥのあまりにも有名な『アモーレス・ペロス』第3話の主人公エル・チボになった。

A: TIFF2000の東京グランプリ受賞作品、当時の最高賞です。監督と一緒に来日している。同監督の『バベル』やアルフォンソ・キュアロンの『天国の口、終りの楽園』ではディエゴ・ルナの父親に扮した。ヒメネス・カチョもナレーターとして出演していた。ほかに未公開作品だがデンマーク出身のヘニング・カールセンがガルシア・マルケスの『わが悲しき娼婦たちの思い出』を映画化、そこでは語り手のエル・サビオに扮した。

 

B: ビジャルバ医師役のウーゴ・アルボレスほかの俳優は、メキシコのTVドラ・シリーズで活躍している人で占められている。

A: ソニア役のハナ・ラルイ(カタログはジャナ、スペイン語読みにした)は、1998TVドラの脇役でデビュー、主にシリーズ物のTVドラに出演している。映画の主役は本作が初めてのようです。すごい形相のクローズアップが多かったが、かなりの美人です。

 


              (ハナ・ラルイ、カンヌ映画祭にて)

 

B: 来日した製作者のサンディノ・サラビア・ビナイの謙虚さと若さに驚きました。

A: カンヌにも参加、プラ夫人や撮影監督のオデイ・サバレタの姿もあった。音楽監督のレオナルド・ヘイブルムは、『マリアの選択』以外にマルシア・タンブッチ・アジェンデの『アジェンデ』(ラテンビート2015)やディエゴ・ケマダ≂ディエスの『金の鳥籠』などを手掛けたベテラン。

B: 無駄を省いた75分、映画も小説も足し算より引き算が成功の秘訣。どこかが配給してくれたら、もう一度見たいリストに入れときます。

 


   (左から、オデイ・サバレタ、ハナ・ラルイ、プラ監督、ラウラ・サントゥリョ、

サンディノ・サラビア・ビナイ、カンヌ映画祭にて)

 

 

監督キャリア& フィルモグラフィー

ロドリゴ・プラRodrigo Plá1968年、ウルグアイのモンテビデオ生れ、監督、脚本家、プロデューサー。「エスクエラ・アクティバ・デ・フォトグラフィア・イ・ビデオ」で学ぶ。後Centro de Capacitacion CinematograficaCCC)で脚本と演出を専攻。ウルグアイ出身の作家、脚本家のラウラ・サントゥリョと結婚。デビュー作より二人三脚で映画作りをしている。

 


1996Novia mía短編、第3回メキシコの映画学校の国際映画祭に出品、メキシコ部門の短編賞を受賞、フランスのビアリッツ映画祭ラテンアメリカ部門などにも出品された。

2001El ojo en la nuca”短編、グアダラハラ映画祭メキシコ短編部門で特別メンションを受ける。ハバナ映画祭、チリのバルディビア映画祭で受賞の他、スペインのウエスカ映画祭、サンパウロ映画祭などにも出品された。

2007La zona”監督、脚本、製作、ベネチア映画祭2007で「ルイジ・デ・ラウレンティス賞」、「平和のための映画賞」、「ローマ市賞」の3賞を受賞、トロント映画祭で審査員賞、マイアミ、サンフランシスコ両映画祭2008で観客賞受賞

2008Desierto adentro”監督、脚本、製作、グアダラハラ映画祭2008で観客賞ほか受賞、

アリエル賞2009で脚本賞受賞

2010Revolución”(10名の監督による「メキシコ革命100周年記念」作品)『レボリューション』の邦題でラテンビート2010で上映

2012La demora 『マリアの選択』の邦題でラテンビート2012で上映、ベルリン映画祭2012「フォーラム」部門でエキュメニカル審査員賞受賞、アリエル監督賞、ハバナ映画祭監督賞、ウルグアイの映画批評家連盟の作品賞以下を独占した。

2015Un monstruo de mil cabezas”割愛。