『土と影』家と巨木*東京国際映画祭2015 ③2015年10月31日 17:16

       

★ラテンビートLB共催上映だったセサル・アウグスト・アセベドの『土と影』、LBのセッションが最終回だったので東京国際で見ることにしました。カンヌ映画祭と並行して開催される「批評家週間」で既に記事にしています。その折り「秀作の予感がする“La tierra y la sombra”」と書いた通り、カメラドールを含む4つの賞を受賞、コロンビア映画初の快挙でした。簡単な作品データ、スタッフ・キャストなどアップ済みですが(コチラ⇒2015519)、加筆して再構成いたします(ネタバレしています)。

 


     (カメラドールを手にしたセサル・アウグスト・アセベド、カンヌ映画祭)

 

    『土と影』La tierra y la sombra(“Land and Shade”)2015

製作:Burning Blueコロンビア/ Cine-Sud Promotion/ Tocapi Films/

 Rampante Filmsチリ/ Preta Porte Filmesブラジル

監督・脚本:セサル・アウグスト・アセベド

撮影:マテオ・グスマン

音響:フェリペ・ラヨ

編集:ミゲル・シェベルフィンゲル

特殊効果:Storm Post Production

製作者:ホルヘ・フォレロ、ディアナ・ブスタマンテ、パオラ・ペレス・ニエト

製作国:コロンビア、フランス、オランダ、チリ、ブラジル

 

データ:言語スペイン語、97分、撮影地コロンビアのバジェ・デル・カウカ、製作費約57万ユーロ、ワールド・プレミアはカンヌ映画祭2015「批評家週間」 コロンビア公開518

受賞歴:カルタヘナ映画祭2014で監督賞。カンヌ映画祭2015カメラドール、フランス4ヴィジョナリー賞、SACDのトリプル受賞の他、グランド・ゴールデン・レール賞(観客賞)を受賞。

援助金2009年コロンビア映画振興基金より5000ドル、2013年「ヒューバート・バルス・ファンド」**より脚本・製作費として9000ユーロなどの援助を受けて製作されている。

La Societe des Auteurs et Compositeurs Dramatiques の略

**Hubert Bais FundHBF’(1989設立):オランダのロッテルダム映画祭によって「発展途上国の有能で革新的な映画製作をする人に送られる基金」、ラテンアメリカ、アジア、アフリカの諸国が対象。コロンビアの監督では、昨年東京国際映画祭で上映された『ロス・ホンゴス』オスカル・ルイス・ナビアが貰っています。本作にはアセベド監督も共同脚本家として参画している。

キャスト:アイメル・レアル(アルフォンソ)、イルダ・ルイス(妻アリシア)、エディソン・ライゴサ(息子ヘラルド)、マルレイダ・ソト(嫁エスペランサ)、ホセ・フェリペ・カルデナス(孫マヌエル)他

 

プロット:アルフォンソと妻アリシアの物語。アルフォンソは17年前、土地を手放すことを拒んだ妻と一人息子ヘラルドを置いて故郷を後にした。老いて戻ってきた故郷は自分の知らない土地に変わり果てていた。肺の病で床に臥す息子の代わりに妻と嫁エスペランサは、サトウキビの刈取り人として過酷な労働に懸命に耐えていた。アルフォンソを戸口で迎えた孫マヌエルは、焼畑の灰塵が降りかかる荒廃のなかで成長していた。もはやよそ者でしかないアルフォンソが崩壊寸前の家族のためにできるのは何か。厳しい現実と過去の誤りに直面して、アルフォンソの模索が始まる。サトウキビ畑に取り囲まれた粗末な家と1本のサマンの巨木の下に置かれた小さなベンチ、三世代にわたる親子の歴史をミクロな視点からマクロな世界を照射する。       (文責:管理人)

 


   (小鳥を呼び寄せる台を囲む祖父と孫、ベンチに座る父、三世代が一つになるシーン)

 

セサル・アウグスト・アセベドCésar Augusto Acevedoは、1984バジェ・デル・カウカの県都カリ生れ、監督、脚本家、製作者。バジェ大学の社会コミュニケーション学部卒、卒業制作は『土と影』の脚本だった。短編“Los pasos del agua”や“La campana”(12)を撮る。後者ははコロンビア映画振興基金をもとに製作された。『土と影』は完成まで8年もの歳月を費やしており、20歳のとき母親が亡くなり、妻の死に遭遇した父親が亡霊のようになってしまったことが製作の動機。2009年コロンビア映画振興基金より援助を受け、翌年コロンビアのカリ映画祭のワークショップに参加、同年ハバナ映画祭のイベロ≂アメリカ交流のイベント、2012年ウエルバ映画祭、2013年カルタヘナ映画祭のエンクエントロス賞、サンセバスチャン映画祭のイベロ≂アメリカ共同製作フォーラムでのスペシャル・メンションを受けて完成させた。その間オスカル・ルイス・ナビアの『ロス・ホンゴス』の助監督と脚本を共同で執筆した。他に同監督のデビュー作“EL vuelco del cangrejo ”、ウイリアム・ベガの La Sirga”などの製作に参画している

 

      作品を語り尽くす冒頭シーン

 

A: 白い帽子を被った初老の男が遠くから1本道を歩いてくる、やがて大型トラックが埃を巻き上げて疾走してくる、男は鬱蒼と生い茂ったサトウキビ畑に逃げ込んで難を避ける、視界が晴れるのを待って再び歩きはじめる、これが冒頭シーンです。

B: 誕生祝いに買ってやった凧をもった孫と一緒に通る道であり、息子を町の病院に運ぶため馬車で透った道でもある。タルコフスキーとかソクーロフの世界を思い浮かべさせるシーンでした。

A: この冒頭シーンが作品全体のメタファーとなっていることを観客に伝えようとしている。ダイアローグを切り詰め、映像の力でメッセージを伝えようとする監督の強い意思が窺える。

B: 撮影監督マテオ・グスマンの強い意思でもあるか。

 


           (撮影中のマテオ・グスマンとアセベド監督)

 

A: コロンビアの若いシネアストに強い影響をあたえているのが、旧ソ連時代のアンドレイ・タルコフスキー(193286)とか現在活躍中のアレクサンドル・ソクーロフ(1951)だそうです。

B: カメラドール受賞後テレビのインタビューや特別番組に引っ張りだこ、なかで彼自身も影響を受けている監督にタルコフスキーを挙げていましたね。

A: 彼の生れ故郷カリ市は、かつては麻薬密売の総本山メデジン・カルテルの解体後を継いだカリ・カルテルの本拠地として知られていますが、今ではコロンビア映画のメッカだそうです。『ロス・ホンゴス』のナビア監督、話題作“Perro come perro”の先輩監督カルロス・モレノもカリ生れです。

 

B: キャリア紹介からも、カンヌの4賞受賞が根拠のないことではないのが分かります。若い監督が足の引っ張り合いをせずに、互いに協力しているなかで刺激を受けて成長している。

A: コロンビアは長い麻薬密売抗争やそれに惹起したゲリラ戦争で土地を奪われた農民が未だに国内を放浪し続けている国内難民500万人を抱えている国でもあるから、この映画は見る人によってメタファーの受け取り方が違うと思います。

 

                                    小さな家とファミリー・ツリー

 

B: 舞台になったバジェ・デル・カウカ県は、カリ・カルテルの中心地だからコカが栽培されているのかと思っていましたがサトウキビでした。

A: 南の隣県カウカがコカ栽培発祥の地だそうで、バジェ・デル・カウカはサトウキビのプランテーションが一番盛んだった県です。経営者の顔は見えず、農民を統率している男には何の権限も与えられていない。組織犯罪のセオリー通り顔が見えるのは実行犯だけ、黒幕は闇の中と同じ構図です。

B: これはコロンビアだけに特徴的なことではなく、どこの国でも見られると思いますが。

A: 他との違いを際立たせているのが真ん中に入口のある細長い家屋と、それに寄りそうように佇んでいる1本のサマンの巨木です。主に中南米に生息している樹木で『ロス・ホンゴス』にも登場していた巨木です。

 

B: 大地tirraの母に対して、sombraとなった父を重ねているのでしょうか。

A: スペイン語のsombraの第一語義は「陰」で、邦題の「影」は比喩として使うケースが多く、幻影とか亡霊のfantasmaの意味にも使う。邦題は内容に踏み込んで付けたのではないか。

B: 主人公アルフォンソはこの巨木とその下に設えられた小さなベンチに拘っている。このベンチは彼が故郷を後にした17年前にもあったもの。

A: 昔と変わらないのは、かつては白かったであろう家、巨木、ベンチ、この三つしかない。故郷でアルフォンソはよそ者となっている。

 

B: 彼は家族との和解をしたくて帰郷したのではないことが、やがて観客にも知らされる。

A: 呼び寄せる決断をしたのは息子の妻エスペランサだ。義母アリシアと夫ヘラルドの結びつきは固く、ここから離れられない義母から病身の夫を連れ出すことは一人では不可能だからだ。
B: アルフォンソが出ていった理由が、互いの愛が冷めたせいではなかったこと、アリシアが大地にしがみつくのは、ここを出た後の青写真が描けないからということも分かってくる。

A: 大地を捨てることイコール死と滅亡なんですね。かつての母系制家族の名残りを感じました。この土地はアルフォンソのものではなくアリシアのものなんでしょうね。


                     (堅い絆で結ばれたヘラルドと母アリシア)

 

B: 農村と都会、安定または持続性と発展、伝統と近代性、過去と未来など対立するテーマが織り込まれているが、セリフは極力抑えられているから、映像を見逃すと分からなくなる()

A: そうですね、映像のほうがずっと雄弁ですから。先述したように撮影監督のマテオ・グスマンの功績は大きいです。
B
: プロの俳優はわずか、殆どが演技指導など受けたことのないアマチュアです。

A: ありのままの自分を撮ってもらっている。アルフォンソ役のアイメル・レアルは、キャスティングを行った劇場の清掃員だったそうです。エスペランサ役のマルレイダ・ソトはプロの女優さん、カルロス・モレノの“Perro come perro”で映画デビューした。(後出参照)

 


                         (アルフォンソ役のアイメル・レアル、映画から)

 

B: ヘラルドは、灰塵を避けるため窓を閉め切った暗い部屋に幽閉されている。ゆっくり動く長回しのカメラが捉えた暗闇、これは我が家なのに牢獄と同じです。

A: 一家の主であるのに何一つ決断できない。母を思って妻の希望を叶えてやることもできない。息子の誕生祝いもしてやれない。唯一できたのは、家族の誰一人として望まなかったことでした。

B: アルフォンソは、大地から解放されたエスペランサとマヌエルだけを連れて去っていく、それがアリシアの望んだことでもあるからだ。

 


   (エスペランサ役マルレイダ・ソトとマヌエル役ホセ・F・カルデナス、映画から)

 

A: ラテンアメリカ諸国でもコロンビアは6段階に分かれた極端な階層社会、貧富の二極化が進んでいる。二極化といっても富裕層はたったの2パーセントにも満たない。

B: 社会のどの階層を切り取るかで全く違ったコロンビアが見えてくる。

A: カンヌでは「この映画のテーマは個人的な悲しみから生れた」と語っていたが、病をえること、家族の死などが動機となって作品が輝きだすのは珍しいことではない。

 

B: 本作はカンヌの「批評家週間」に出品された映画ですが、専門家だけでなく観客にも受け入れられたことが嬉しかったようです。

A: 「わが国の文化に深く根ざした映画にも拘わらず、観客の方々にも感じてもらえたことは素晴らしく名誉なことです、すべての方に感謝を捧げます」が観客賞受賞の言葉でした。とうとう最後まで飛んでこなかった小鳥、空高く舞い上がったマヌエルの凧、さてどんなメッセージだったのでしょうか。

 

*付録 & 関連記事

Burning Blue:ラテンアメリカの若い世代に資金提供をしているコロンビアの製作会社。オスカル・ルイス・ナビアの『ロス・ホンゴス』の他、コロンビアではウイリアム・ベガの La Sirga”(12)、フアン・アンドレス・アランゴの“La Playa D.C.”(12)など、カンヌ映画祭に並行して開催される「監督週間」や「批評家週間」に正式出品されているほか世界の映画祭に招待上映されている。ホルヘ・フォレロの“Violence”はベルリン映画祭2015の「フォーラム」部門で上映、それぞれデビュー作です。アルゼンチンのディエゴ・レルマン4作目Refugiado14)にも参画、本作はカンヌ映画祭2014年の「監督週間」に正式出品された。

 

マルレイダ・ソトMarleyda Sotoエスペランサ役)は、カルロス・モレノの力作“Perro come perro”(08)の脇役で映画デビュー、同じ年トム・シュライバーの“Dr. Alemán”では主役を演じた。麻薬戦争中のカリ市の病院に医師としてドイツから派遣されてきたマルクと市場で雑貨店を営む女性ワンダとの愛を織りまぜて、暴力、麻薬取引などコロンビア社会の闇を描いている。製作国はドイツ、言語は独語・西語・英語と入り混じっている。カルロヴィヴァリ、ワルシャワ、ベルリン、バジャドリーなど国際映画祭で上映された。本作も撮影地はLa tierra y la sombra”と同じバジェ・デル・カウカ。

 

オスカル・ルイス・ナビアの『ロス・ホンゴス』の記事は、コチラ⇒20141116