イサベル・コイシェの新作*ベルリン映画祭2015 ③2015年03月01日 18:50

            オープニング作品だったコイシェの新作

   

★昨年のような目玉作品がなかったせいか、金熊賞のジャファル・パナピの“Taxi”が頭ひとつ出ていただけでチャンスは誰にもあった。テレンス・マリックの“Knight of Cups”の前評判はイマイチだったらしく、それでも主催者からオープニングを打診されたとき「とても名誉なことだけれど、しかし・・・」と、コイシェ監督は躊躇したそうです。結局主催者はマリックを選ばなかった。ベルリナーレのディレクター、ディータ・コスリックDieter/Kossilick は、「極限状況におかれた二人の女性の迫力ある直観的な物語」が気に入ったようです。

 


Nobody Wants the Night(西語題“Nadie quiere la noche2015、西≂仏≂ブルガリア、118分、撮影地ブルガリア、ノルウェー、カナリア諸島のテネリフェ)は、結果的には無冠に終わりましたが、コイシェ監督はここ毎年新作を発表している。言語は英語だがAnother Me2013、“Mi otro yo”)、昨年のトロント映画祭出品のLearning to drive2014、資金難に喘ぐスペインの監督としては珍しいことです。やはりバルセロナを離れてニューヨークに居を定めたことが、人的交流にも恵まれ創作意欲も刺激しているようです。残念ながら新作もイヌイット語を含む英語映画です。1909年、初めて北極点に到達したと言われるアメリカの探検家ロバート・ピアリーの妻ジョゼフィーンにジュリエット・ビノシュ、イヌイット女性アラカに菊池凛子、ロバートにガブリエル・バーンが扮する。監督によると「実在した人物が主人公ですが、物語はフィクション、文明とは何か、野蛮とは何かが語られる」、ということは極めて今日的なテーマとも言えます。

    

      

        (イサベル・コイシェとジュリエット・ビノシュ、ベルリン映画祭にて)

 

★初の極点到達を目指している夫ロバート・ピアリーを追って、アメリカからグリーンランドへ旅立ったジョゼフィーンの物語。ロバートは妻と娘をワシントンに残して極点到達の探検に出掛けた。留守がちの夫の帰りを待つだけの暮らしにウンザリしていたジョゼフィーンは、初到達を夫と共有しようとグリーンランドを目指すことにする。イヌイットの女性アラカの助けを借りて夫の後を追う。

 

★ロバート・ピアリーはイヌイット女性との間に二人の子供があり、この女性の導きで極点に向かったと言われている。裕福なブルジョア階級に属し、教養の高い女性だったジョゼフィーンは、食べるのがやっとの一般庶民が夫の探検を軽蔑していると感じていた。しかし極点初到達は、現在では真偽のほどが疑問視されている、いや否定されているようだが、本作においてはあまり関係ないようだ。何故なら彼らにとって重要なことは栄光、初到達はどうでもよいことだったからだ。

 

          

                 (ジョゼフィーン・ディウベッツチ・ピアリー 18631955

 

コイシェ監督談4年前にミゲル・バロスから脚本を受け取り、とても興奮した。アメリカの多くの女優に声を掛けたが「素晴らしい役柄で気に入ったわ、だけど撮影条件に対応するのは難しい」と次々に断られた。結局「ジュリエットのようなぶっ飛んだ女優でないとやれないと分かったの」と監督。「テント小屋の暖房は灯油ストーブでも文句を言わない、プラスチックの袋に用を足せる強靭さがないと務まらない。更にある種の高揚感や本質を見抜ける力がある女優でなければ」というわけです。

 

★広大な北極で迷ってしまったジョゼフィーンをロバートは救出に行かなかった。彼にとって気がかりなのは極点に早く到達すること、そしてその偉業を喧伝することだった。後に妻は見せかけの人生を送ることになるのだが、ワシントンに戻ってから夫がどんな人間だったかを思い知る。「そのとき本当の北極の夜が始まった。悲しいけれどこれが現実」と監督。つまりタイトルに繋がる。名声と栄光を求めるだけの偽りの芸術家夫婦は、周りにたくさんいるとも。

 

                

                           (ジョゼフィーンと夫ロバート)

 

★ジョゼフィーンと冬を過ごすアラカについて、「その無垢さ、しなやかなインテリジェンス、高貴さに打たれる。若いけれど無知ではない」。グリーンランドで撮影中、イヌイットの素晴らしい女性と大いに語り合った。その識者の高祖母(ひいお祖母さんの母)がアラカの姉妹の一人だったという。スクリーンの最後に出てくるようです。キャストについてはジュリエットは言うまでもなく大いに満足している由、新婚ほやほやの凛子さん、良かったですね。

 

            

          (ジョゼフィーン役のビノシュとアラカ役の菊池凛子)

 

★ジュリエット・ビノシュによると、凍てつくようなノルウェーでの撮影を思い出して「実際のところ、撮影の3日間は凍えそうだった。残りは6月のテネリフェのスタジオで、毛皮にくるまって撮影した」。6月のテネリフェは暑いから相当過酷な仕事だったことが想像できます。「演技とは感覚的なもので知的な仕事ではない」、頭脳労働じゃない。「この映画は七面鳥であることを止めて犬に変身しようとした女性の物語」だそうです()

 

★コイシェ監督近況、現在3本の脚本を抱えている。その一つが英国のペネロペ・フィッツジェラルドのブッカー賞受賞作“The Bookshop”(1978、“La libreria”)の映画化。ニューヨーク市ブルックリン区のマンションに戻って執筆中。他にダーウィンの玄孫を主人公にした脚本をマシュー・チャップマンと執筆している。ニューヨークも寒いが「鼻がもげそうなほど寒かった」ノルウェーに比べればなんてことはないですね。「どこに住んでいようが、気分がいいときも悪いときもある・・・不安定な綱渡りのロープに立っていると感じることもあるが、必要があればウズベキスタンでもモンゴルでも行きます」、「ハイ、スタート、カット」と言いながら死にたい。

 

共同脚本家マシュー・チャップマン1950年ケンブリッジ生れ、監督・脚本家・製作者。1980年代にアメリカに渡り、ロスに10年余り暮らした後ニューヨークへ。『殺しに熱いテキーラを』(1986脚本)、『ニューオーリンズ・トライアル』(2003共同脚本)、話題となった心理サスペンス『ザ・レッジ 12時の死刑台』(2011監督・脚本・製作)など。

 

*関連記事:管理人覚え

◎“Another Me”(英西、英語)については2014727

◎トロント映画祭2014「スペシャル・プレゼンテーション」部門“Learning to drive
 (
米国、英語2014813