ケン・ローチが2度めのパルムドール*カンヌ映画祭2016 ⑧2016年05月23日 15:51

        『麦の穂をゆらす風』につづいて2度めのパルムドール

 

★あっという間にカンヌも終了しました。引退説も流れていたので、「これが遺作になるのでは」などという失礼な噂もありましたが、パルムドールはケン・ローチI, Daniel Blakeの手に渡りました。イギリスの受賞は4回め、3回め10年前のパルムドールも彼の『麦の穂をゆらす風』でした。今作はプロットを読んだかぎりでは平凡な印象をうけていました。だから上映前はそれほど上位ではなかったのに上映後は安定して上位につけていた。誰にでも起こりうる身近なテーマだけに分かりやすい。みんな理不尽な行政には怒っているのだ。下の写真にあるように両方の握り拳からは引退説など吹き飛んでしまいそう。まだまだヤル気満々なのは当たり前、まだ79歳の若さです。「カンヌにやってきた根本的な理由は、映画の生き残りをかけているからだ」と引退に抵抗している(笑)。 

            

              (パルムドールのケン・ローチ監督)

 

        Timecode”が短編パルムドール受賞、スペインでは初めて

 

      

 ★スペインは長編部門のパルムドールはブニュエル『ビリディアナ』だけですが、今年初めて短編部門で受賞しました。フアンホ・ヒメネスのTimecode、こちらは既にアウトラインをご紹介しております。「短編の次は長編」とシネマニアからも質問されるが、「私は短編の闘士なのです。次回作もおそらく短編になるでしょう」、「短編を作ること、見ること、これが私の人生です」。

 

★「創作者としては固定観念を避けるべきで、特に短編では仕上げの段階で省略が重要なのです」。足し算ではなく引き算ですね。受賞作のアイデアは、自分の体験から生まれた由。「私は自由時間のある多国籍企業で働いていたことがあり、そこでは脚本を書く時間があった」という。また「ブニュエルは私にとって崇拝の的、彼の仕事を忘れないようにしている」とも。

カンヌ映画祭2016 ④“Timecode”の記事は、コチラ⇒2016514

 

   

           (喜びのスピーチをするフアンホ・ヒメネス監督)

 

★「批評家週間」のグランプリ、オリヴェル・ラセMimosasにつづいての受賞で、スペインとしてはそれなりの収穫がありました。それにしてもアルモドバルJulietaは残念でしたが、まあ、公開は確実です。男性観客はそっぽを向いてしまう映画ですから、カンヌを納得させるのは容易じゃない。

 

  

            (“Julieta”の皆さん、お疲れさまでした)


サンセバスチャン映画祭2016*テーマは「出会い」 ①2016年05月26日 11:51

           世界中に拡散した暴力は無視できない

 

★カンヌが終わったら次は何だったかしら? カンヌもコンペティション外や特別招待作品などを積み残しており、落ち穂拾いが必要ですが気分を変えたい。メキシコのアカデミー賞「アリエル賞」結果発表は、今年は528日とちょっと先です。というわけで少し気が早いけれどサンセバスチャン映画祭のご紹介、去る55日に「64回サンセバスチャ2016」の部門ごとのポスターが発表になっておりました。916日から24日までの9日間、作品選考はこれから、ノミネーション発表は8月初旬でしょうか。ホセ・ルイス・レボルディノスが今年も映画祭総代表者を務めます。

 

 

  (第64回のメインポスターをお披露目するホセ・ルイス・レボルディノス)

 

★第64回のポスターには16人の人物が描かれておりますが、これは偶然ではなく、2016916日オープニングが掛けてあるらしい。デザイナーは「スタジオ・プリモ」のホルヘ・エロセギ、スペインのデザイン事務所が応募した10作の中から、映画祭実行委員会が選考にあたった。エロセギによると、「この作品は、ジャーナリストとして観客として、映画産業に携わる多くのプロフェッショナルな人の出会いを表現している」ようです。レボルディノスも「みんなで映画祭に行こう!」というアイデアを反映させたもの、と説明している。

 

★世界中で起きている政治的対立が本映画祭のテーマの一つになるようです。2016年の選考基準の一つとして、コンペティション部門を含めて、今多くの地域で起きているバイオレンスの状況を冷静に分析した作品を特別に考慮して、前途多難な未来を語った作品を多めに選考する。なぜなら「映画祭といえども、今世界で起きていることに背を向けていることはできない」とJL・レボルディノス。サンセバスチャンは他の映画祭に比較すると政治的メッセージの強い映画祭ですが、今年はそれが更に強まりそう、昨年は管理人の好きな「ユーモア」だったのですが。

 

★世界に拡散した暴力をテーマにした「The Act of Killing, Cine y Violencia Global」部門では、暴力をテーマにした過去の優れた映画の回顧上映も予定されている。日本のフィルム・ノワールや200015に製作された独立系の新しい映画が上映される。タイトルの由来は、勿論ジョシュア・オッペンハイマーが2012年に撮った『アクト・オブ・キリング』(英=デンマーク=ノルウェー、製作総指揮ヴェルナー・ヘルツォーク)から取られている。劇場公開は2014年でした。1965年、インドネシアで起こった「赤狩り」と称した100万人規模の大虐殺のドキュメンタリー。複雑すぎて一言では紹介できませんが、「本当の悪とは何か」をテーマにした、ただ恐ろしいだけの映画ではなく、人間が犯す悪の正体を掘り下げている。

 

       

 

         フランスとの連携を深めるサンセバスチャン

 

★昨年の特集は日本映画でしたが、今年は「ジャック・ベッケル」の回顧上映が特集されます。フランソワ・トリュフォーなどヌーヴェル・ヴァーグの監督たちに尊敬されたフランスの監督(190660,享年53歳)。映画批評誌『カイエ・デュ・シネマ』の執筆陣に大きい影響を与えた監督。ルノワールの助監督を務めた後、1942年『最後の切り札』(未公開)でデビュー、シモーヌ・シニョレ主演の『肉体の冠』(51)は日本でも話題を呼んだ。フレンチ・フィルム・ノワール『現金(げんなま)に手を出すな』(54)では、主役のジャン・ギャバンがベネチア映画祭で男優賞を受賞した。ジュラール・フィリップがモディリアーニを演じた『モンパルナスの灯』(58)、脱獄映画の傑作と言われる遺作『穴』(60)など、ドラマ、サスペンス、コメディと簡潔だがきちんと計算された構成にファンは魅了されている。長編13作がスペインでは未公開、フランコ時代の理不尽な検閲をパスできなかった。大きな損失ですよ。日本でも全作が直ぐ公開されたわけではなく未公開作品もありますが、DVDなど一応字幕入りで見ることができます。

 

        

                      (ジャック・ベッケル回顧上映のポスター)

 

サバルテギZabaltegi部門は、ジャンルがアバウトです。〈サバルテギ〉はバスク語で「自由」という意味、というわけで国籍、言語やジャンル、長編短編を問わずドキュメンタリーも含めて自由に約30作品ほどが選ばれるセクションです。「コンペティション部門」は勿論ですが、サバルテギの中からもゴヤ賞ノミネーションを受けることが多い。「サンセバスチャンは、ゴヤ賞の石切り場」と言われる所以です。

 

        

      (サバルテギ・セクションのポスター)

 

★映画祭総予算は750万ユーロ、メドはたったのでしょうか。JL・レボルディノスもカンヌに出掛けて根回しをしてきたようです。作品選考、赤絨毯を歩くスターたちのリストアップ、サミットほどではないでしょうが、テロ対策も含めて国際映画祭の準備は待ったなしです。ラテンビート上映に関係ある「ホライズンズ・ラティノ」部門は、ノミネーション発表の折にご紹介したい。

 

    

                        (ホライズンズ・ラティノ部門のポスター)

 

★コンペティション部門の審査員は、金貝賞Concha de Oro以下、合計6の選出をする。基本的にはカンヌ映画祭と同じように「1作につき1賞」ですが、例外的に2014年の“Magical Girl”の金貝賞と銀貝賞(監督賞)のダブル受賞もありました。

*金貝賞は、作品賞として製作者に与えられ、金賞はこれ一つ

*銀貝賞は、監督賞、女優賞、男優賞 の3

*審査員賞は、撮影賞、脚本賞    の2賞     

 

『ブランカニエベス』の次は『アブラカダブラ』*パブロ・ベルヘルの第3作2016年05月29日 14:57

             アクセル踏んで5年ぶりに新作発表

 

★昨年10月に「第3作はファンタスティック・スリラーのコメディAbracadabra、クランクインは来年夏、公開は2017年」とアナウンスがありましたが、いよいよクランクインしました。大当たりした第2『ブランカニエベス』から5年が経ちましたが、5年というのは監督にしては破格の速さではないでしょうか。デビュー作『トレモリノス7302)と第2作の間隔は2倍の10年でした。思いっきりアクセル踏んでスピードを上げ、55日にマドリードで撮影開始、現在はナバラ州のパンプローナに移動しています。IMDbもアップされましたが、まだ全容は分かりません。撮影地はマドリードとナバラ、約2ヶ月の9週間が予定されています。

 

   

    (左から、ホセ・モタ、ベルドゥ、監督、デ・ラ・トーレ、パンプローナにて)

 

 ◎キャスト陣

★主役のカルメンに前作のマリベル・ベルドゥ、その夫カルロスにアントニオ・デ・ラ・トーレ、カルメンの従兄にホセ・モタ、他にキム・グティエレス、ホセ・マリア・ポウ、フリアン・ビジャグラン、サトゥルニノ・ガルシア、ベテランのラモン・バレアまで曲者役者を揃えました。マリベル・ベルドゥアントニオ・デ・ラ・トーレはグラシア・ケレヘタのFelices 14015)で既にタッグを組んでいる。どんなお話かというと、カルメンはマドリードのカラバンチェルに住んでいる主婦、近頃夫カルロスの挙動がおかしいことに気づく。どうやら悪霊か何かにとり憑かれているようだ。そこで従兄のペペに助けを求めることにする。

    

Felices 140”の紹介記事は、コチラ⇒201517

マリベル・ベルドゥの紹介は、コチラ⇒2015824など

アントニオ・デ・ラ・トーレの紹介は、コチラ⇒201398など

 

     

               (私たち夫婦になりますが・・・)

 

★カルメンの従兄ペペ役のホセ・モタは、1965年シウダレアル生れ、コメディアン、俳優、声優、監督、脚本家。サンティアゴ・セグラの「トレンテ」シリーズの常連、アレックス・デ・ラ・イグレシアのダーク・コメディ『刺さった男』12)で、不運にも後頭部に鉄筋が刺さってしまった男を演じた。TV界ではチョー有名な存在だが、再び映画に戻ってきた。今回は催眠術にハマっている役柄のようで、カルロスに乗り移ってしまった悪霊を払おうとする。写真下はホセ・モタがアントニオ・デ・ラ・トーレに催眠術をかけている絵コンテ、『ブランカニエベス』も手がけたイニゴ・ロタエチェのデッサンから。 

    

                       (イニゴ・ロタエチェの絵コンテ)

 

 

       (ホセ・モタ)

 

キム・グティエレスは、今年公開されたハビエル・ルイス・カルデラのSPY TIMEスパイ・タイム』でエリート諜報員アナクレト(イマノル・アリアス)の息子アドルフォに扮しアクションも披露したばかり。今回の役は、「コッポラの『地獄の黙示録』(79)でマーロン・ブランドが演じたカーツ大佐のように物語の一種の道しるべ的な存在になる」とか、詳しいことは現段階ではバラしたくないと監督。ダニエル・サンチェス・アレバロの『漆黒のような深い青』06)でブレークした後、ドラマ、コメディ、アクションと確実に成長している。

SPY TIMEスパイ・タイム』とキム・グティエレスの紹介は、コチラ⇒201622

 

      

         (アナクレトとアドルフォ父子、映画から)

 

ホセ(ジョセップ)・マリア・ポウは、1944年バルセロナ生れ、『ブランカニエベス』、アメナバル『海を飛ぶ夢』(04)、イネス・パリス“Miguel y William”(07)、ベントゥラ・ポンセ“Barcelona (un mapa)”など、今作ではホセ・モタが熱中する催眠術の先生役。フリアン・ビジャグランは、マラガ映画祭2016でご紹介しています。ベテランのラモン・バレアは、1949年ビルバオ生れ、監督の大先輩、『トレモリノス 73』、ボルハ・コベアガのETAのコメディ“Negociador”(14)では主役の〈交渉人〉を演じた大ベテラン。

フリアン・ビジャグラン紹介は、コチラ⇒“Gernika420Quatretondeta422

ラモン・バレア紹介は、コチラ⇒“Negociador2015111

 

 ◎スタッフ紹介

★撮影監督にキコ・デ・ラ・リカ、衣装デザインにパコ・デルガト、編集にダビ・ガリャルトなど国際的評価の高い一流どころがクレジットされています。監督夫人Yuko Haramiは日本人、プロデューサー、カメラ、音楽家、ニューヨークで知り合ったとか。監督デビュー作以来二人三脚で製作に関わっている。『トレモリノス 73』の頃、娘が生まれている。『ブランカニエベス』の白雪姫カルメンシータを10歳に想定したのは娘の年に合わせたようです。ゴヤ賞のガラには着物姿で出席していた。

 

           「私はシネマニア、これは不治の病です」

 

 ◎監督紹介

★『ブランカニエベス』を検索すれば簡単にキャリアは検索できます。詳細は完成の折に紹介するとして、1963年ビルバオ生れ、監督、脚本家、製作者。デビュー作『トレモリノス 73は、「バスク・フィルム・フェスティバル2003」で上映されたあと、「ゆうばり国際ファンタステック映画祭2005」でも上映された。第2『ブランカニエベス』、第3作が来年公開のAbracadabraと極めて寡作です。

 

★第2作を企画中の2003年には、「無声モノクロ」はクレージーな企画でどこからも相手にされなかったことが、ブランクの大きな要因だった(モノクロは現在では高価でカネ食い虫)。つまり資金が集まらなかったということ。アカデミー賞作品賞をもらったミシェル・アザナヴィシウスの『アーティスト』(11)に影響を受けてモノクロにしたわけではない。今回はオールカラー、前作の成功もあって資金が比較的早く集まったからで、特別エンジンをふかしたわけではない。クランクイン予告の記者会見では、「ロシア人形のマトリューシュカのように、ホラーのなかにファンタジー、ファンタジーのなかにコメディ、コメディのなかにドラマと、入れ子のようになっている映画が好き。ウディ・アレンのファンで、特に『カイロの紫のバラ』(85)、『カメレオン』(83)、『スコルピオンの恋まじない』(01)などが気に入っている」と語っていた。

 

    

              (新作を語るパブロ・ベルヘル監督)

 

★映画のなかに、「エモーション、ユーモア、驚き、これから何が起きるか予想できないような物語を観客に楽しんでもらいたい。いつもこれが最後の作品になると考えている。自分を本職の監督だとは思っていないから、私にとって映画を撮ることはいわば命知らずのミッションに近い、時にはうまくいくこともあるが、時にはうまくいかないこともある」。「ベルドゥの役はドン・キホーテ的、ホセ・モタの役はサンチョ・パンサ的です。またはベルドゥは泣きピエロ、ホセ・モタは人気のある陽気なピエロとも形容できます」。「マドリード的な映画で、私の大好きな映画、アルモドバルの『グローリアの憂鬱』やビガス・ルナの“Angustia”に関連しています」ということなのですが、何やらややこしくなってきました。私の映画の源泉は映画館にあるという、シネマニアです。

 

原題は“¿Qué he hecho yo para merecer esto?”(84)です。マドリードの下町に暮らす主婦(カルメン・マウラ)がグータラ亭主を殺してしまうが事件は迷宮入りになる傑作コメディ、どうしてこんな平凡な邦題をつけたのか理解できない(笑)。“Angustia”はビデオが発売されているようですが未見です。

*追記:『アブラカダブラ』の邦題でラテンビート2018上映が決定しました。