マリオ・バローゾの 『モラル・オーダー』 鑑賞記*ラテンビート2020 ⑬ ― 2020年12月03日 15:15
20世紀初頭の実話に着想を得て自由に描いたフィクション
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★マリオ・バローゾの『モラル・オーダー』(「Ordem Moral」)は、予想したようにかなりフィクション性の高いドラマでした。主人公マリア・アデライデを演じるマリア・デ・メデイロスの魅力を余すところなく盛り込んでいる。階級を超えた禁じられた恋、逃亡と監禁、裏切りと策略、情熱と苦悩、復讐とその代償、ハッピーエンド、テレノベラの要素をたっぷり詰め込んでいる。マリア・デ・メデイロスありきの映画です。最初、バローゾ監督から脚本執筆を依頼されたカルロス・サボーガはあまり乗り気でなかったという。しかし主役に「マリア・デ・メデイロスを起用するつもりだ」と話した途端「それなら話は別だ」と引き受けた逸話が、それを物語っている。以前、作品紹介の記事をアップした折り、監督&フィルモグラフィー、マリア・デ・メデイロスの出演映画などを以下に紹介いたしました。キャストは主人公を取りまく脇役に実在した人物が多数登場しますので、新たに補足追加しておきます。
*『モラル・オーダー』作品紹介記事は、コチラ⇒2020年11月01日
主なキャスト:
マリア・デ・メデイロス(マリア・アデライデ・コエーリョ・ダ・クーニャ)
マルセロ・ウルジェージェ(アルフレド・ダ・クーニャ、夫)
ジョアン・ペドロ・マメーデ(マヌエル・クラロ、マリア・アデライデの恋人)
ジョアン・アライス(ジョゼ・エドゥアルド・ダ・クーニャ、息子)
アルバノ・ジェロニモ(シーセロ、マヌエルの同僚、アナーキスト)
ジュリア・パーニャ(ソフィア・デ・アゼヴェド、アルフレドの愛人)
アナ・パドラオ(ベルタ・デ・モライス)
アナ・ブストルフ(フィリパ・デ・サ)
テレサ・マドルガ(クロティルデ、女中頭)
ヴェラ・モウラ(イダリナ、マリア担当の女中)
レオノル・コーティニョ・カブラル(マリア・アデライデの妹)
ディナルテ・ブランコ(エガス・モニス、医師。1949年ノーベル医学賞を受賞)
リタ・マルティナ(マファルダ)
ソフィア・マルケス(エミリア、マリア担当の看護師)
イザベル・ルス(堕胎所の祖母)
ミゲル・ボルへス(ベルナルド・ルーカス、弁護士)
ホルヘ・モタ(マガニャーエス・レモス、コンデ・デ・フェレイラ病院医療部長)
ルイ・モリソン(ジュリオ・デ・マトス、医師。1942年リスボンで精神病院を開院)
ディニス・ゴメス(ジュリオ・ダンタス、劇作家)
マリオ・バロッソ(アニバル・クルエル民政長官)
ストーリー:1918年11月13日、日刊紙「ディアリオ・デ・ノティシアス」の相続人マリア・アデライデが、何の前触れもなく失踪する。やがて22歳年下の家族の元運転手マヌエル・クラロが手引きしていたことが判明する。間もなく夫アルフレドによって探し出されたマリアは、病気療養の名目で精神病院に隔離されるが、愛を貫くために男性優位の社会と対決する。第一次大戦後の混乱期、スペイン風邪が猛威を振るうポルトガルを舞台に、自らの信念を貫き通した実在の女性に着想を得てドラマ化された。階級を超えた恋、逃亡と監禁、嘘と隠蔽、裏切りと策略、情熱と苦悩、復讐とその代償、ハッピーエンド、テレノベラの要素を隈なく取り込んでいる。 (文責:管理人)
精神病院強制入院に著名な精神科医たちが加担した危機の時代
A: 本作は東京国際映画祭TIFF「TOKYO2020プレミア」上映作品の一つ、その折企画された「TIFFトークサロン」を視聴することができた。パリ在住のマリオ・バローゾ(仏語)とシニア・プログラマー氏とのQ&A、通訳は仏語と英語でした。
B: 監督はパリの映画高等学院IDHED教授ということでパリ在住、トークサロンでは長編4作目と話していた。
A: 劇映画長編3作とTVドラマ1作で4作、TVを下に見る人もいるが自分はそうではない。当ブログでは劇映画、TVドラマ、ドキュメンタリーを区別しているので3作とご紹介しています。当然のように2005年に出版されたアグスティナ・ベッサ・ルイスの伝記小説 ”Doidos e Amante”(仮題「狂人たちと愛人」)への質問があった。
B: 小説の映画化ではなく、視点が異なるので参考にしていないときっぱり応えていた。
A: 全然参考にしていなかったわけではないでしょう。調べたところ、この新聞連載小説は「二人の間に愛があったという仮説を否定、マリアは単に脱出のエピソードが欲しくて、誘拐劇を演出し、マヌエルはお金目当てで協力した」と結論付けているようです。
B: タイトルからも想像できるように悪意が感じられます。監督はトークで「マヌエルとタクシー労働組合の同僚シーセロの関係をゲイにしたのは、アグスティナの小説から採った」と語っていた。映画を見るかぎり、マヌエルはバイセクシュアルでシーセロに引きずられている印象だった。
A: ホモセクシュアル的なにおいを入れたのは、自分を解放するのがテーマだからと述べていたが、当時同性愛は犯罪でタブー視されていたわけです。夫が火遊びでする浮気は許されたという糞ッたれな時代でした。
B: 夫が長年とっかえひっかえした女遊びは表沙汰にならなければ病気ではないが、マリアのように駆け落ちというスキャンダルを起こせば「これは立派なビョーキ、隔離して治療する必要がある」と精神科医は臆面もなく主張する。
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(顔に包帯を巻いた奇抜な格好で友人たちを驚かすマリア・アデライデ)
A: マリアは入院させられていたコンデ・デ・フェレイラ病院の医療部長室で行われた医療委員会によって狂人と診断され、いわゆる禁治産者の烙印を押される。このシーンは劇中の山場の一つでした。マリアの一族の主治医ジョゼ・ソブラル・シド、家庭医のようなエガス・モニス、ジュリオ・デ・マトス、という当時の著名な精神科医3人が報酬をもらって加担した。
B: 夫が支払った賄賂をもらいながら、エガス・モニスにいたっては、1949年にノーベル医学賞をもらっている。時代精神と言われればそれまでですが。
A: 1942年にリスボンで精神病院を開院したジュリオ・デ・マトスの二人については、エンディング・クレジットでその後が語られたのですが、字幕は省略していた。重要なメッセージと考えるので、僭越ながら疑問を呈しておきたい。
B: バローゾ監督もトークでモニスのノーベル賞受賞に触れていた。マリアは女性の社会的地位の不平等、不自由、不公平という犯罪まがいの行為と闘った女性でした。家族のみならず精神科医たちが加担した暴力の時代があったことを若い世代に知ってほしかったことも映画化の理由でした。
A: 夫が医師たちを買収してまで妻を冒瀆したのは、彼女が大新聞社の相続人だったからですね。新聞社を早く売却したい夫は、売却に反対する妻を禁治産者にして後見人になる必要に迫られていた。首尾よく後見人におさまった夫は、すぐさま売却することができた。
B: マヌエルの1歳年下という息子のジョゼは、美人の使用人イダリナをレイプして妊娠させたり、父親の言いなりで不甲斐ない。マヌエルも危険な恋のアバンチュールを愉しむというタイプでなく、一体に男性陣は魅力に乏しかった。ましなのはルーカス弁護士、マヌエルへの愛を独占できなかったシーセロくらいかな。
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(コンデ・デ・フェレイラ病院に入院するマリア・アデライデ、付添いの妹とモニス医師)
A: 映画にも採用された1919年2月2日に決行された梯子を使っての病院脱出劇は実際にあって、マヌエルは塀の下で待っていた。マヌエルの叔母がかつて住んでいたという空き家に隠れ住んでいたが、26日発見されて病院へ逆戻り、マヌエルも誘拐と強姦罪で逮捕という最悪の事態になる。
B: 勇敢なのか世間知らずなのか浅はかな行為、この経緯はウラが取れているそうですね。
情熱は狂気ではない――「クレージー・ノー!」
A: ジャーナリストのマヌエラ・ゴンザガの ”Doida Não E Não !” です。アグスティナの小説に反旗を翻して、4年後の2009年2月に刊行した。「クレージー・ノー・アンド・ノー」という意味ですね。ジャーナリストという職業柄、マリアを実際に知っている人や姪など親族縁者にインタビューして裏をとっ本にした。
B: タイトルはマリアが1920年に執筆した「クレージー・ノー!」から採られているようですが、すぐさま夫が「残念ながらクレージー」と応酬、さぞかしメディアは喜んだことでしょう。社交界の大スキャンダルでしたから。
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(マヌエラ・ゴンザガの「クレージー・ノー・アンド・ノー」の表紙)
A: ほかにも病院に入院させられている患者のうち、病気でないのに家族が女性を処罰する方法として入院させる事実を「キャピタル」紙に投稿、このセンセーショナルな記事によって病院内に調査団がはいり、議会も無視できなくて法律が改正されたという。これはウイキペディアにも載っている。
B: 映画には採用されなかった。マリアは語学に優れ、入院中にストリンドベリの『令嬢ジュリー』をスウェーデン語をポルトガルに語に翻訳して、お芝居ごっこをして憂さを晴らしている。
A: 『令嬢ジュリー』は1888年にストリンドベリによってスウェーデン語で書かれた戯曲です。上流階級の子女はフランス語が教養とされていたが、マリアはスウェーデン語もできた。物語は、主人公ジュリー嬢はアシエンダを所有する伯爵と使用人であった農民出の母親のあいだに生まれた。今は亡き母親から「男のように考え行動するよう育てられた」意志の強い娘だったが、それは当時としては風変わりな女性だったから、男性にとっては危険な小説だった。
B: マリアはジュリーと自分を重ねていた。本当に院内でこんなお芝居ごっこができたのでしょうか。この芝居中に独裁権力を握り、国王大統領と呼ばれたシドニオ・パイスが急進的共和主義者の銃撃を受けて暗殺された報が伝わってくる。
A: ジュリー嬢役のマファルダが愛人だったという設定でした。これで彼女の監禁理由がはっきりする。つまり狂人ではないが、いささか常軌を逸している不都合な女性も監禁されていた。暗殺日は1918年12月14日、こういう歴史的事実を挿入して、観客に時代背景が分かるように工夫している。
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(使用人イダリナに髪を整えてもらうマリア・アデライデ)
B: お芝居ごっこは冒頭に出てくる。詩人、戯曲家ジュリオ・ダンタスの宗教劇、豪壮な邸宅で客人を招待して催す芝居ごっこです。芝居に託けて自分を吐露するマリア、豪華な調度品にも目を奪われた。
A: マノエル・ド・オリヴェイラやジョアン・セーザル・モンテイロのフレームを彷彿させた。バローゾ
は二大巨匠の撮影監督を長らく務めたから、その影響が顕著だった。冒頭の赤いカーテンが開く瞬間、あっこれはオリヴェイラ、いよいよ緞帳が上がってお芝居が始まると思いました。美術監督や衣装デザイナーの時代考証は大変だったろうと思います。
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(豪華な大道具小道具に魅せられる朝食のシーン)
B: 時代考証といえば、トークでも質問が出ていたが、マリアがイダリナの中絶に付き添う怖ろしいシーンで、受付の女の子の背後に後光のようなものが射していた。壁際には祭壇が置かれ、おばあさんが祈りを捧げている。
A: 監督によると、堕胎をするのは人間でなく天使という考えがあったということです。神のご加護を願いながら受けるのですね。堕胎医は女の子の母親、祈るのは祖母、受付は娘、親子三代でやっている。このおばあさん役をしたイザベル・ルスは、ポルトガル映画アカデミーのソフィア栄誉賞を受賞しているベテラン女優、『アブラハム渓谷』にも出演している。
B: お腹の子の父親が継父という13歳の子供を連れた母娘を登場させたのは、監督や脚本家の怒りと感じました。何時の時代でもこんな過酷な状況で命を落とす女性がいるのは悲しい。
A: フィナーレにポルトガルの国民的作家アグスティナ・ベッサ=ルイスの『シビラ』(“A Sivila”)を挿入したのは、製作中の2019年に彼女の鬼籍入りが報道されたからでしょうか、享年97歳だった。オリヴェイラの『アブラハム渓谷』や『フランシスカ』、『家宝』などの原作者でもあったから、恩師へのオマージュも含めていたかもしれません。『シビラ』はマリアが死去した1954年に刊行されたばかりの小説でした。
B: 1923年、ルーカス弁護士のお蔭で自由の身になったマヌエル・クラロとマリアはポルトに移り住み、彼女の死まで一緒に暮らしたが結婚はせず、二人は生涯恋人同士だった。
A: カトリック国のポルトガルで離婚ができるようになったのがいつか、もしかしたらできなかったのかもしれない。夫のアルフレドは、10年前の1944年に死去していた。
B: バローゾ監督もマリアに解放を伝えに来るクルエル民政長官役で顔を出していた。自由の身になってからの彼女の人生は語られず、いきなりマリア最期の年、1954年に飛んだ。
★前回の紹介記事で、彼女がバレンシア映画祭2020で棕櫚栄誉賞を受賞したことを書きましたが、その際には本作の上映はなく、監督2作目「Aos Nossos Filhos」(19「私の息子たち」)と、イシュタル・ヤシン・グティエレスの「Dos Fridas」(18、メキシコ=コスタリカ合作、「二人のフリーダ」)でバイセクシュアルだったメキシコの画家フリーダ・カーロの晩年の看護をしたコスタリカ出身の看護師を演じた作品が上映された。独立系の映画はフェスティバルでしか上映されない、コロナ禍の時代でも「映画祭は必要」と語っていた。
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(バレンシア映画祭2020に出席のマリア・デ・メデイロス)
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(フリーダ役のイシュタル・ヤシンとマリア・デ・メデイロス「Dos Fridas」から)
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(監督第2作目「Aos Nossos Filhos」ポスター)
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