マリオ・バローゾの 『モラル・オーダー』 鑑賞記*ラテンビート2020 ⑬2020年12月03日 15:15

         20世紀初頭の実話に着想を得て自由に描いたフィクション

 

        

 

マリオ・バローゾ『モラル・オーダー』(「Ordem Moral」)は、予想したようにかなりフィクション性の高いドラマでした。主人公マリア・アデライデを演じるマリア・デ・メデイロスの魅力を余すところなく盛り込んでいる。階級を超えた禁じられた恋、逃亡と監禁、裏切りと策略、情熱と苦悩、復讐とその代償、ハッピーエンド、テレノベラの要素をたっぷり詰め込んでいる。マリア・デ・メデイロスありきの映画です。最初、バローゾ監督から脚本執筆を依頼されたカルロス・サボーガはあまり乗り気でなかったという。しかし主役に「マリア・デ・メデイロスを起用するつもりだ」と話した途端「それなら話は別だ」と引き受けた逸話が、それを物語っている。以前、作品紹介の記事をアップした折り、監督&フィルモグラフィー、マリア・デ・メデイロスの出演映画などを以下に紹介いたしました。キャストは主人公を取りまく脇役に実在した人物が多数登場しますので、新たに補足追加しておきます。

『モラル・オーダー』作品紹介記事は、コチラ20201101

 

主なキャスト

マリア・デ・メデイロス(マリア・アデライデ・コエーリョ・ダ・クーニャ)

マルセロ・ウルジェージェ(アルフレド・ダ・クーニャ、夫)

ジョアン・ペドロ・マメーデ(マヌエル・クラロ、マリア・アデライデの恋人)

ジョアン・アライス(ジョゼ・エドゥアルド・ダ・クーニャ、息子)

アルバノ・ジェロニモ(シーセロ、マヌエルの同僚、アナーキスト)

ジュリア・パーニャ(ソフィア・デ・アゼヴェド、アルフレドの愛人)

アナ・パドラオ(ベルタ・デ・モライス)

アナ・ブストルフ(フィリパ・デ・サ)

テレサ・マドルガ(クロティルデ、女中頭)

ヴェラ・モウラ(イダリナ、マリア担当の女中)

レオノル・コーティニョ・カブラル(マリア・アデライデの妹)

     

ディナルテ・ブランコ(エガス・モニス、医師。1949年ノーベル医学賞を受賞)

リタ・マルティナ(マファルダ)

ソフィア・マルケス(エミリア、マリア担当の看護師)

イザベル・ルス(堕胎所の祖母)

ミゲル・ボルへス(ベルナルド・ルーカス、弁護士)

ホルヘ・モタ(マガニャーエス・レモス、コンデ・デ・フェレイラ病院医療部長)

ルイ・モリソン(ジュリオ・デ・マトス、医師。1942年リスボンで精神病院を開院)

ディニス・ゴメス(ジュリオ・ダンタス、劇作家)

マリオ・バロッソ(アニバル・クルエル民政長官)

 

ストーリー19181113日、日刊紙「ディアリオ・デ・ノティシアス」の相続人マリア・アデライデが、何の前触れもなく失踪する。やがて22歳年下の家族の元運転手マヌエル・クラロが手引きしていたことが判明する。間もなく夫アルフレドによって探し出されたマリアは、病気療養の名目で精神病院に隔離されるが、愛を貫くために男性優位の社会と対決する。第一次大戦後の混乱期、スペイン風邪が猛威を振るうポルトガルを舞台に、自らの信念を貫き通した実在の女性に着想を得てドラマ化された。階級を超えた恋、逃亡と監禁、嘘と隠蔽、裏切りと策略、情熱と苦悩、復讐とその代償、ハッピーエンド、テレノベラの要素を隈なく取り込んでいる。 (文責:管理人)

 

    

       精神病院強制入院に著名な精神科医たちが加担した危機の時代

   

A: 本作は東京国際映画祭TIFFTOKYO2020プレミア」上映作品の一つ、その折企画された「TIFFトークサロン」を視聴することができた。パリ在住のマリオ・バローゾ(仏語)とシニア・プログラマー氏とのQ&A、通訳は仏語と英語でした。

B: 監督はパリの映画高等学院IDHED教授ということでパリ在住、トークサロンでは長編4作目と話していた。

 

A: 劇映画長編3作とTVドラマ1作で4作、TVを下に見る人もいるが自分はそうではない。当ブログでは劇映画、TVドラマ、ドキュメンタリーを区別しているので3作とご紹介しています。当然のように2005年に出版されたアグスティナ・ベッサ・ルイスの伝記小説 Doidos e Amante(仮題「狂人たちと愛人」)への質問があった。

B: 小説の映画化ではなく、視点が異なるので参考にしていないときっぱり応えていた。

 

A: 全然参考にしていなかったわけではないでしょう。調べたところ、この新聞連載小説は「二人の間に愛があったという仮説を否定、マリアは単に脱出のエピソードが欲しくて、誘拐劇を演出し、マヌエルはお金目当てで協力した」と結論付けているようです。

B: タイトルからも想像できるように悪意が感じられます。監督はトークで「マヌエルとタクシー労働組合の同僚シーセロの関係をゲイにしたのは、アグスティナの小説から採った」と語っていた。映画を見るかぎり、マヌエルはバイセクシュアルでシーセロに引きずられている印象だった。

  

A: ホモセクシュアル的なにおいを入れたのは、自分を解放するのがテーマだからと述べていたが、当時同性愛は犯罪でタブー視されていたわけです。夫が火遊びでする浮気は許されたという糞ッたれな時代でした。

B: 夫が長年とっかえひっかえした女遊びは表沙汰にならなければ病気ではないが、マリアのように駆け落ちというスキャンダルを起こせば「これは立派なビョーキ、隔離して治療する必要がある」と精神科医は臆面もなく主張する。

  

       

      (顔に包帯を巻いた奇抜な格好で友人たちを驚かすマリア・アデライデ)

 

A: マリアは入院させられていたコンデ・デ・フェレイラ病院の医療部長室で行われた医療委員会によって狂人と診断され、いわゆる禁治産者の烙印を押される。このシーンは劇中の山場の一つでした。マリアの一族の主治医ジョゼ・ソブラル・シド、家庭医のようなエガス・モニスジュリオ・デ・マトス、という当時の著名な精神科医3人が報酬をもらって加担した。

B: 夫が支払った賄賂をもらいながら、エガス・モニスにいたっては、1949年にノーベル医学賞をもらっている。時代精神と言われればそれまでですが。

 

A: 1942年にリスボンで精神病院を開院したジュリオ・デ・マトスの二人については、エンディング・クレジットでその後が語られたのですが、字幕は省略していた。重要なメッセージと考えるので、僭越ながら疑問を呈しておきたい。

B: バローゾ監督もトークでモニスのノーベル賞受賞に触れていた。マリアは女性の社会的地位の不平等、不自由、不公平という犯罪まがいの行為と闘った女性でした。家族のみならず精神科医たちが加担した暴力の時代があったことを若い世代に知ってほしかったことも映画化の理由でした。

 

A: 夫が医師たちを買収してまで妻を冒瀆したのは、彼女が大新聞社の相続人だったからですね。新聞社を早く売却したい夫は、売却に反対する妻を禁治産者にして後見人になる必要に迫られていた。首尾よく後見人におさまった夫は、すぐさま売却することができた。

B: マヌエルの1歳年下という息子のジョゼは、美人の使用人イダリナをレイプして妊娠させたり、父親の言いなりで不甲斐ない。マヌエルも危険な恋のアバンチュールを愉しむというタイプでなく、一体に男性陣は魅力に乏しかった。ましなのはルーカス弁護士、マヌエルへの愛を独占できなかったシーセロくらいかな。

 

     

  (コンデ・デ・フェレイラ病院に入院するマリア・アデライデ、付添いの妹とモニス医師)

 

A: 映画にも採用された191922日に決行された梯子を使っての病院脱出劇は実際にあって、マヌエルは塀の下で待っていた。マヌエルの叔母がかつて住んでいたという空き家に隠れ住んでいたが、26日発見されて病院へ逆戻り、マヌエルも誘拐と強姦罪で逮捕という最悪の事態になる。

B: 勇敢なのか世間知らずなのか浅はかな行為、この経緯はウラが取れているそうですね。

 

                情熱は狂気ではない――「クレージー・ノー!」

 

A: ジャーナリストのマヌエラ・ゴンザガ ”Doida Não E Não !” です。アグスティナの小説に反旗を翻して、4年後の2009年2月に刊行した。「クレージー・ノー・アンド・ノー」という意味ですね。ジャーナリストという職業柄、マリアを実際に知っている人や姪など親族縁者にインタビューして裏をとっ本にした。

B: タイトルはマリアが1920年に執筆した「クレージー・ノー!」から採られているようですが、すぐさま夫が「残念ながらクレージー」と応酬、さぞかしメディアは喜んだことでしょう。社交界の大スキャンダルでしたから。

    

    

      (マヌエラ・ゴンザガの「クレージー・ノー・アンド・ノー」の表紙

 

A: ほかにも病院に入院させられている患者のうち、病気でないのに家族が女性を処罰する方法として入院させる事実を「キャピタル」紙に投稿、このセンセーショナルな記事によって病院内に調査団がはいり、議会も無視できなくて法律が改正されたという。これはウイキペディアにも載っている。

B: 映画には採用されなかった。マリアは語学に優れ、入院中にストリンドベリの『令嬢ジュリー』をスウェーデン語をポルトガルに語に翻訳して、お芝居ごっこをして憂さを晴らしている。

 

A: 『令嬢ジュリー』は1888年にストリンドベリによってスウェーデン語で書かれた戯曲です。上流階級の子女はフランス語が教養とされていたが、マリアはスウェーデン語もできた。物語は、主人公ジュリー嬢はアシエンダを所有する伯爵と使用人であった農民出の母親のあいだに生まれた。今は亡き母親から「男のように考え行動するよう育てられた」意志の強い娘だったが、それは当時としては風変わりな女性だったから、男性にとっては危険な小説だった。

 

B: マリアはジュリーと自分を重ねていた。本当に院内でこんなお芝居ごっこができたのでしょうか。この芝居中に独裁権力を握り、国王大統領と呼ばれたシドニオ・パイスが急進的共和主義者の銃撃を受けて暗殺された報が伝わってくる。

A: ジュリー嬢役のマファルダが愛人だったという設定でした。これで彼女の監禁理由がはっきりする。つまり狂人ではないが、いささか常軌を逸している不都合な女性も監禁されていた。暗殺日は19181214日、こういう歴史的事実を挿入して、観客に時代背景が分かるように工夫している。

 

         

         (使用人イダリナに髪を整えてもらうマリア・アデライデ)

 

B: お芝居ごっこは冒頭に出てくる。詩人、戯曲家ジュリオ・ダンタスの宗教劇、豪壮な邸宅で客人を招待して催す芝居ごっこです。芝居に託けて自分を吐露するマリア、豪華な調度品にも目を奪われた。

A: マノエル・ド・オリヴェイラジョアン・セーザル・モンテイロのフレームを彷彿させた。バローゾ

は二大巨匠の撮影監督を長らく務めたから、その影響が顕著だった。冒頭の赤いカーテンが開く瞬間、あっこれはオリヴェイラ、いよいよ緞帳が上がってお芝居が始まると思いました。美術監督や衣装デザイナーの時代考証は大変だったろうと思います。

 

       

           (豪華な大道具小道具に魅せられる朝食のシーン)

 

B: 時代考証といえば、トークでも質問が出ていたが、マリアがイダリナの中絶に付き添う怖ろしいシーンで、受付の女の子の背後に後光のようなものが射していた。壁際には祭壇が置かれ、おばあさんが祈りを捧げている。

A: 監督によると、堕胎をするのは人間でなく天使という考えがあったということです。神のご加護を願いながら受けるのですね。堕胎医は女の子の母親、祈るのは祖母、受付は娘、親子三代でやっている。このおばあさん役をしたイザベル・ルスは、ポルトガル映画アカデミーのソフィア栄誉賞を受賞しているベテラン女優、『アブラハム渓谷』にも出演している。

B: お腹の子の父親が継父という13歳の子供を連れた母娘を登場させたのは、監督や脚本家の怒りと感じました。何時の時代でもこんな過酷な状況で命を落とす女性がいるのは悲しい。

 

A: フィナーレにポルトガルの国民的作家アグスティナ・ベッサ=ルイス『シビラ』A Sivilaを挿入したのは、製作中の2019年に彼女の鬼籍入りが報道されたからでしょうか、享年97歳だった。オリヴェイラの『アブラハム渓谷』や『フランシスカ』、『家宝』などの原作者でもあったから、恩師へのオマージュも含めていたかもしれません。『シビラ』はマリアが死去した1954年に刊行されたばかりの小説でした。

 

B: 1923年、ルーカス弁護士のお蔭で自由の身になったマヌエル・クラロとマリアはポルトに移り住み、彼女の死まで一緒に暮らしたが結婚はせず、二人は生涯恋人同士だった。

A: カトリック国のポルトガルで離婚ができるようになったのがいつか、もしかしたらできなかったのかもしれない。夫のアルフレドは、10年前の1944年に死去していた。

B: バローゾ監督もマリアに解放を伝えに来るクルエル民政長官役で顔を出していた。自由の身になってからの彼女の人生は語られず、いきなりマリア最期の年、1954年に飛んだ。

  

★前回の紹介記事で、彼女がバレンシア映画祭2020で棕櫚栄誉賞を受賞したことを書きましたが、その際には本作の上映はなく、監督2作目Aos Nossos Filhos19「私の息子たち」)と、イシュタル・ヤシン・グティエレスDos Fridas18、メキシコ=コスタリカ合作、「二人のフリーダ」)でバイセクシュアルだったメキシコの画家フリーダ・カーロの晩年の看護をしたコスタリカ出身の看護師を演じた作品が上映された。独立系の映画はフェスティバルでしか上映されない、コロナ禍の時代でも「映画祭は必要」と語っていた。

 

 

       

                 (バレンシア映画祭2020に出席のマリア・デ・メデイロス)

     

       

(フリーダ役のイシュタル・ヤシンとマリア・デ・メデイロスDos Fridas」から

 

         

           (監督第2作目Aos Nossos Filhos」ポスター

   

メンデス・エスパルサの3作目 『家庭裁判所 第3H法廷』 鑑賞記*ラテンビート2020 ⑭2020年12月07日 15:50

             前作『ライフ・アンド・ナッシング・モア』に繋がるドキュメンタリー

 

       

 

アントニオ・メンデス・エスパルサの第3作目になるドキュメンタリー『家庭裁判所 3H法廷(「Courtroom 3H」)は、既に終了した第33回東京国際映画祭TIFF との共催作品3作の一つ、当ブログでは第68回サンセバスチャン映画祭SSIFFセクション・オフィシアル部門でプレミアされた折りにアウトラインをご紹介しています。また前作『ライフ・アンド・ナッシング・モア』17)で作品&監督キャリア紹介をしております。

『家庭裁判所 3H法廷』の作品紹介は、コチラ20200805

『ライフ・アンド・ナッシング・モア』の作品&監督紹介は、コチラ20170910

『ライフ・アンド・ナッシング・モア』のTIFF Q&A の記事は、コチラ20171105

 

 

  (監督、ペドロ・エルナンデス・サントスほか制作会社「AQUÍ Y ALLÍ FILMS」の製作者たち、

  サンセバスチャン映画祭2020922日フォトコール)

 

TIFF上映後に企画された「トーク・サロン」を視聴する機会があり、以下のことが確認できました。撮影は2ヵ月間、300ケースを視聴し、180時間撮影した中から撮影中に結審したケースを選んだ。新型コロナの影響で編集はリモートでやったので6ヵ月間を費やした。米国では法廷は公的な場所だからカメラを入れることに支障はない。公開するにあたり当事者たちの許諾を受け、裁判所も社会貢献として許可が下りた。以下に作品紹介時点では分からなかった、主な出演者を列挙しておきました。

 

主な出演者ジョナサン・スジョストロームJonathan Sjostrom判事、ニューリン弁護士、ジョンソン弁護士、シェパード弁護士、ブラウン弁護士、バッタグリア児童家族局員、その他ケースマネージャー、里親、訴訟後見人など多数、当事者は仮名、未成年の子供にはぼかしが入っている。

 

        

        (観客に感動をもたらしたジョナサン・スジョストローム判事)

 

解説:フロリダ州レオン県タラハシーにある統合家庭裁判所は、虐待、育児放棄などされた未成年者に特化した事案を解決するために設立された裁判所である。こじれた親子関係の修復を扱う米国唯一の裁判所の目的は、できるだけ迅速に信頼できるやり方で、親子関係をもとに戻すことである。実際の法廷にカメラを入れて、20192ヵ月間に渡って撮影した180時間のフィルムを編集したものである。本作は、米国の作家で公民権運動にも携わったジェイムズ・ボールドウィンの「もしこの国でどのように不正を裁くか、あなたが本当に知りたいと望むなら、保護されていない人々に寄り添って、証言者の声に耳を傾けなさい」という言葉に触発されて作られた。(文責:管理人)

 

 

      前作『ライフ・アンド・ナッシング・モア』に繋がるドキュメンタリー

 

A: ボールドウィンの言葉は「国の正義は弱者の声に表れる」と訳されていた。前作『ライフ・アンド・ナッシング・モア』を見ている観客には、アイディア誕生のヒントは想定内です。前作はフィクションでしたが、主人公の未成年の息子が法廷で裁かれるシーンがあり、そのシーンがここで撮影され、その際に判事と親しくなったようですね。

  

B: TIFF のトークで髪の薄さが話題になった。サンセバスチャン映画祭に現れた監督の髪に驚いたのですが、それがここではずっと鮮明でした。

A: まだ髪のあった3年前の写真を見せられて「懐かしい写真ありがとう」と恥ずかしがっていた。誠実でユーモアに富んだ穏やかな人柄はそのまま、アイディアは予想通り前作から生まれた。法廷シーンで裁判官と親しくなり、第2作完成後1年半ぐらい経って撮影に入った。

 

     

     (メンデス・エスパルサ監督、サンセバスチャン映画祭2020プレス会見にて)

 

B: 撮影は2ヵ月間、300ケースを視聴した中から選んだようだが、殆どの家庭が崩壊している印象だった。両親は別居あるいは離婚しており、母親が親権放棄したが父親が異議を申し立てたケース、実の親と里親が係争しているケース、父親が誰か分からない乳飲み子を抱えた母親、エトセトラ。  

A: 両親に育てる意思がなく、子供も親と暮らしたくないケースでは、判事は親権終了を認め、養子縁組の段階に入る。親なら誰でも子供を愛しているとは限らないから、自分の限界を認めることも必要、スジョストローム判事が「自分の限界を認めてくれたことを感謝する」と親に語りかけるのは、これで子供に安定を与えられるからです。

 

        

         (左から、子供の養育権をめぐって対立する母親と里親)

 

B: レズビアン・カップルが2人の子供の養子縁組を成立させたケースは日本ではとても考えられないことです。365日以内の迅速な結審が基本なのは、長期の裁判で子供を不安定な状態にしておくのは子供を傷つけることになるという、あくまでも子供本位の方針でした。

A: 期間が既に過ぎているケースが多い印象でしたが、結審に持っていくのは並大抵のことではないということです。審理部分が2部に分かれており、なかで結審に辿りつけた二つのケースに焦点を絞るという構成でした。

 

B: 両親がそれぞれセラピーを受けて子供と再出発できたケースは、両親の努力は勿論だが、弁護士、児童家族局員双方の地道な努力と判事の適切な助言の成果です。

A: 審理が始まったときの不安定な様子の母親と険しい表情の父親、結審したときの母親と父親の笑顔をうまく切り取っていた。当事者の努力は当然ながら、関係者の援助なくして解決できなかった。父親は薬物依存症の治療中でしたが、完治まで親子を離しておくのは子供が板挟みになると再出発させた印象でした。

  

          

              (薬物治療中の険しい表情の父親)

    

          

                    

                   (審理開始時の母親、結審時の母親、まるで別人です)

 

 

        米国が多民族国家、移民国家であることを実感するエリアスのケース

 

B: 両親がグアテマラ国籍の子供の親権終了のケースでは、娘がアメリカに残って教育を受けさせたいので親権を放棄した。放棄するのは子供を愛していないからではなく愛しているからという理由なのが、アメリカと近隣諸国との関係であるのが浮き彫りになった。

A: 貧富の差がありすぎ、それは暴力的です。特に中南米諸国でもグアテマラは最貧国ですから。父親も故郷に帰っても娘に教育を与えることはできないと語っていた。

 

             

         (グアテマラ人の父親の弁護をするとニューリン弁護士)

 

B: 後半は撮影中に結審した2例、エリアスエラのケースが紹介された。前者の例は父親がベネズエラ国籍、ブラジル在住、英語を解せず特別にスペイン語の通訳2人が出廷した極めて特殊な事案だった。

A: エリアスの母親は出産当時未婚、児童虐待の疑いで子供とは切り離されている。既に親権を放棄している。問題は父親が自分の息子とは知らずにベネズエラに帰国、後にDNA検査で息子と判明した。児童家族局の依頼で訴訟後見人から父親の親権終了が申し立てられたが、父親は異議を唱えているというケースです。

 

B: もうすぐ3歳になるエリアスの親権を求めている。審議に出廷するためブラジルからやって来た。というのも他に子供がブラジルにいて、その子供とはネットで繋がっている。今回6年ぶりにその子と会った。8ヵ月のときから育てているエリアスの里親にすれば、父親の言い分は何を今頃になってということでしょう。

 

A: 所用か出稼ぎか不明だが多民族移民国家ならではの事案です。父親サイドの弁護士は、先述したニューリン弁護士、なかなか辣腕で、いろいろな困難を乗り越えて父親がブラジルから出廷できるよう手配した、その力量に驚かされた。対する里親サイドのバッタグリア児童家族局員と訴訟後見人は、父親が今まで顧みなかった息子を本当に育てる意思があるのかどうか疑っている。

B: エリアスは今のまま里親と一緒に暮らすのが最適、父親が親権を放棄すれば養子にする考えだった。しかし判事は、訴訟後見人から出されていた父親の親権終了の申立てを却下した。里親はエリアスと養子縁組はできなくなった。

         

A: 判事も苦渋の選択をした。両方の努力に食い違いがあった。しかし親に育てる意思があるならば、親が育てるべきという本来の方針に沿った。本当に育てる意思がなければ、父親はこの法廷にはいなかったからです。このような結審は里親には辛いはず。「里親に課せられた義務は過酷だけれども、これからも協力していただけますか」と、傍聴していた里親たちに語りかけていました。

B: 本当に素晴らしい判事でした。里親たちも「イエス、勿論です」と応えていたのが同じように素晴らしかった。ドキュメンタリーのもつ力は大きく怖い。それは「これはフィクションと逃げられないから」と監督は語っていた。

 

            

               (バッタグリア児童家族局員)

 

A: ドラマで撮る案もあったようですが、嘘っぽくなるのでやめたとも。初めてのドキュメンタリーは怖かったとも語っていた。ただエリアスのケースは、個人的には納得できなかった。ニューリン弁護士の熱意や努力を認めるとしても、昨今のベネズエラとアメリカのぎくしゃくした関係を考えると、反対のほうがベターだったのではないか。

 

         母親の過去ではなく、更生しつつある現在の姿を考慮して欲しい  

 

B: もう一つが3歳になるエラのケース、母親は幾度か逮捕歴のある激昂タイプの女性、ある事件をきっかけにエラは両親から引き離された。女性は現在は夫とも絶縁して、エラを取り戻したい一心で更生に励み、今では仕事をして金銭的にも育てられる。

A: 一方里親エイミーは17ヵ月のときからエラを預かりとても安定していると証言。父親は親権終了しているが、母親は終了したくないというケースです。

 

B: 母親サイドはジョンソン弁護士、里親サイドはエリアスと同じバッタグリア児童家族局員、このケースでは、母親とケースマネージャーの対立が問題をこじらせている。前者の問題行動ははっきりしているが、に後者にも問題がありそうだった。 

A: 母親への公的支援が遅かったことも一因のようでした。母親に児童虐待の事実はないが、そのカッとしやすい性格が問題、しかしセラピーのお蔭でそれも快方に向かっていることは、女性の母親アモーレも証言している。

 

        

            (母親を親身に弁護するジョンソン弁護士)

 

B: ジョンソン弁護士の努力も実らず、母親の親権終了で結審する。弁護士は「母親の過去ではなく、更生しつつある現在の姿を考慮して」判断して欲しいと述べるが、判事の判断は親権終了だった。これも迷った末の判断です。

A: 家族の再統合が目的とはいえ、やはり母親の今後に不安が残り、母娘の再統合は叶わなかった。ジョンソン弁護士の無念の涙には心打たれたが、弁護士の信念がこれほど凄いとは驚きだった。このケースは多分認められている30日間以内の控訴をするかもしれない。

B: 当事者用に用意されたティッシュの箱が彼女にも必要なのではないかと思った。得てして対立しがちな両者の言い分に耳を傾け、できるだけ公平に扱おうとする判事の態度に心打たれた。稀に見る高潔な人柄に尊敬の念さえ覚えた。

 

A: 監督も「撮影中にこのケースを最後にしようと思った」とトークで語っていたし、判事ほか弁護士などの人格を取り入れたい意向だった。ジョナサン・スジョストローム判事ありきの映画でしょうね。撮影は180時間に及んだということですが、長ければいいわけではなく、前半の次々に現れる別件の羅列は一度見ただけでは分かりにくく、全体の構成に疑問を感じた。最初からどのような事案が撮れるか分からないから、撮りながら執筆していったような印象でした。

B: このようなドキュメンタリーでは、共同脚本家が必要なのかもしれない。

 

A: エンディング・クレジットで気づいたのですが、本作はホセ・マリア・リバに捧げられていた。彼は1951年バルセロナ生れのジャーナリスト、映画プログラマー、パリ在住、今年52日に鬼籍入り、享年69歳でした。多くのシネアストが世話になっていた。

B: サンクス欄にもありました。さて、次回作もドキュメンタリーですか。

 

A: 4作目はフィクション、それもベルランガ流のクラシック・コメディだそうです。フアン・ホセ・ミリャスの小説 Que Nadie Duerma の映画化、製作者はペドロ・エルナンデス、キャストは主役のルシアに、アルゼンチン出身のマレナ・アルテリオが決定している。現在、脚本をクララ・ロケと執筆中ということです。お楽しみに。

 

『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ベネズエラ』 鑑賞記*ラテンビート2020 ⑮2020年12月15日 10:49

           アナベル・ロドリゲスの長編ドキュメンタリー

 

      

 

アナベル・ロドリゲス・リオス(カラカス1976の長編ドキュメンタリー『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ベネズエラ』20)は、チャベス大統領亡き後、政情不安が続くベネズエラ北西部ソリア州のマラカイボ湖に浮かぶ消えゆくコミュニティ、コンゴ・ミラドール村が舞台です。作品・監督キャリア&フィルモグラフィー紹介済みですが、以下に鑑賞後に分かった出演者などを補足して再構成したデータをアップしておきます。

『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ベネズエラ』紹介記事は、コチラ20201017

 

データ:製作国ベネズエラ=イギリス=ブラジル=オーストリア、言語スペイン語・英語、ドキュメンタリー、99分、撮影2013年~18年、撮影地コンゴ・ミラドール、州都マラカイボ、他

重要関係者:タマラ・ビジャスミル(コンゴ・ミラドール地区代表者、チャベス派支持者)

      ルイス・ギジェルモ・カマリジョ(コンゴの住民、元クラブ歌手・ギター演奏)

特別出演者:ナタリア・サンチェス(ナタリ、小学校教師)とその家族、セルヒオ・サンチェス、リカルド・サンチェス、エディン・エルナンデス(コンゴ地区の警察官)、フランシスカ・エルナンデス(教育委員会職員)、ビクトル・ナバロ・ピニェロ、ジョアニー・ナバロ、フィデリア・ロサ・ビジャスミル、ルイス・ダビ・ソト・ビジャスミル(エル・カティレ)、他

 

解説カタトゥンボの<無音>の稲妻が出る南米最大の塩湖マラカイボ南部、コンゴ・ミラドールと呼ばれる水に浮かぶ村がある。ベネズエラを変貌させた大油田が横たわっている。基礎杭の上に建て家で暮らす貧しい村である。当面、村民は近づく議会選挙の準備に追われている。村のチャビスタ支持者の代表タマラは、できるだけ多くの投票用紙を集めるために奔走している。野党を支持する小学校教師ナタリにとって、タマラと政治的に対立することは職を失う恐れがあった。一方、村民は気候変動による自然現象や湖に堆積する汚泥がもたらす不衛生や沈降に脅かされており、村を離れる漁師たちが後を絶たない。汚職や環境汚染、政治的荒廃をどうやって生き延び、<自分自身の存在>を救済すればいいのだろうか。

   

         

          (ベネズエラ北西部スリア州にある塩湖マラカイボ)

 

 

        政情不安を極めるベネズエラの子供たちに未来はあるのか?

 

A: 永遠に大統領でいたかったベネズエラ統一社会党のウーゴ・チャベスが、20134月に死去した。その後継者が元労働組合の書記長だったマドゥロだった。タマラ・ビジャスミルが支持するいわゆるチャビスタ派、対する野党は反チャベス派選挙連合の民主統一会議、小学校教師のナタリア・サンチェスが支持している。

B: 近づく議会選挙の投票日が2015126日、その前後が前半の中心でした。タマラが村民の買収に躍起になっていることから、統一社会党の劣勢がはっきりする。

A: 1票の値段は20003000ボリバル、4000と言われて迷う人、食料品をちゃっかり貰いながらも今回は反対派に投票すると説得に応じない女性、コンゴ村を出ていくので投票しないという男性、結果は統一社会党55議席、反対派112議席とチャビスタの惨敗に終わった。

B: マラカイボ市長からは12000ボリバルが届いていた。「チャベス派に入れないなら、棄権して」と選挙妨害を躊躇しないタマラの説得も空振りに終わった。「社会主義くたばれ!」と祝杯をあげる反対派の住民の喜びも一晩だけ、マラカイボ湖の汚泥を攫う浚渫船はやってこなかった。急速に中央からは忘れられた村になっていく。

 

     

  (チャベスの写真や人形に囲まれたタマラの家、写真にキスしない人は我が家に入れない)

 

A: 買収工作は隠れてやると思っていたから、タマラのようにあっけらかんと、カメラに堂々とおさまるとは驚きです。チャベスにぞっこんの彼女は死んでも忠誠を誓っている。「マドゥロではなくチャベスに投票している」と説明する。

B: 買収=悪という概念はなく、私腹を肥やしているがコンゴ村のために全力を尽くしている。最初は自己中心的、肉の塊のような体形と押しの強さに辟易したが、だんだん憎めなくなってきた。監督が<盲目的信仰>と評した人物の一人かもしれない。

 

A: 1998年の大統領選挙でチャベスがやったことも踏襲しているだけです。将来が見通せない村を捨てていく村民を非難できない。かつては700人いた村民も常住しているのは30所帯、湖底は虫やネズミの死骸で10年前より1メートル50センチも浅くなった。浚渫工事は選挙用の空手形、そもそもやる気などなかった。溜まった汚泥で漁業もできない、衛生環境も悪く、教育も受けられない。こうナイナイ尽くしでは村を出るのが現実的です。

 

        

    (マラカイボ湖に基礎杭を打って建てられた家に暮らすコンゴ・ミラドールの住民)

 

B: 国民も政府を信用しておらず、約束は反故になることを知っている。1年後、結局ナタリの家族も「泥とヘビしかいない」村を出ていく。生徒がいなくなった学校に教師は不要だ。屋根が半分無くなり雨漏りのする朽ち果てた校舎の扉を閉めるナタリ、基礎杭から家を切り離し、ゆらゆらと湖を漂いながら向かう先は何処なのだろう。タマラとは違う考えでコンゴを愛していたナタリ、汚職まみれの無能な為政者を頂く国家に勝者なく、非情な現実があるだけです。

 

             

             (タマラと対立する小学校教師ナタリ)

 

A: 2017329日、最高裁が議会の立法権を掌握すると決定、選挙から17ヵ月後、マドゥロは制憲議会の設置を指示、選挙で過半数を得た野党から国会を奪還した。

B: どういうことか理解に苦しみますが、これが現実です。2020年段階で約300万人が難民という記事もあり、桁が間違っていると思いたいです。隣国コロンビア自身も難民を抱えているから、コロナ禍でどうなっているのだろうか。

 

        尊厳を取り戻す方法があるという盲信に支えられていると語る監督

 

A: 重要関係者欄にタマラの名前がクレジットされていたが、タマラなくして本作は撮れなかったろう。もう一人がギターの弾き語りをしていたカマリジョ、恋人が去っていく悲しみと次々に故郷をを後にする村民を重ねている。プロの歌手だった若い頃を懐かしむ。今は小鳥を友人に一人暮らし「鳥に守られて生きている」と語る。

B: 本作の進行役を果たしており、陸に打ち上げられた外輪船のある森に案内してくれる。こんな大きな船がと驚いたが、以前はマラカイボ湖に流れ込むカタトゥンボ川まで航行していたと語る。

 

         

          (陸に打ち上げられた外輪船の説明をするカマリジョ)

 

A: タマラも買収する村民がいなくなり、マラカイボ市長から届いていたお金も届かないのか、現金が無くなったら売ると語っていたブタを売却する。

B: コンゴを出ていかないのは、タマラとカマリジョだけかもしれない。

 

A: 1918年の大油田の発見以来、腐敗と汚職、地球規模の気候変動ともあいまって、政治的腐敗が価値を生み出している。監督は「この映画を撮ることで学んだのは苦痛です。しかし政治的腐敗が価値を生み出すことに気づかせてくれた。国の再建において私たちに大きな影響を与えています。理由はさまざまですが、何百万もの国民が国を出てしまいましたが、尊厳を取り戻す方法があるという盲信に支えられています」と、マラガ映画祭のインタビューで語っていた

B: 監督自身も治安悪化と経済的困難で家族とベネズエラを離れ、現在はウィーンに移住しています。本作が5年もかかった理由の一つです。いつの日か戻れる日は来るのでしょうか。 

 

      

       (アナベル・ロドリゲス・リオス監督、マラガ映画祭20208

 

A: 本作でも冒頭ほかで登場した、字幕で<静かな雷>とあった、マラカイボ湖の超常現象「カタトゥンボの無音の稲妻」の謎については、前回の記事で触れています。観光資源の一つだそうです。またカマリジョが「破滅の夜がやって来た~」と歌っていたLa Noche de Tu Partidaは、ベネズエラの作曲家オズラルド・オロペサ193998)の代表作の一つです。エンディングで歌っていたのは、同じくベネズエラの歌手エンリケ・リバスでした。

 

         

         (原因が解明されていないカタトゥンボの<無音>の稲妻)

 

アイ・ウェイウェイの『ビボス』 鑑賞記*ラテンビート2020 ⑯2020年12月21日 12:33

         政府を信用しない国民、加害者が罰せられない国メキシコ

 

     

 

オンライン上映は終わってしまいましたが、滑り込みで鑑賞できた『ビボス~奪われた未来~』は、2014926日の夜、メキシコ南西部ゲレロ州イグアラ市で起きたアヨツィナパ教員養成学校学生43名の集団失踪事件をめぐるドキュメンタリーです。監督は自身も中国政府から北京の自宅監禁を余儀なくされた経験をもつ、現代美術家、社会評論家、人権活動家としても有名なアイ・ウェイウェイ、本作は、パコ・イグナシオ・タイボ二世2019年に撮った『アヨツィナパの43人』192部構成、Netflix配信)と同じ事件をテーマにしていますが、若干方向性が異なります合わせてご覧になると理解しやすい。本作はサンダンス映画祭2020でプレミアされました。

  

    

               (アイ・ウェイウェイ監督)

 

 

 『ビボス~奪われた未来~』(原題Vivos

製作:AWW Germany / No Ficción

監督:アイ・ウェイウェイ

撮影:アイ・ウェイウェイ、エルネスト・パルド、カルロス・ロッシーニ、ブルノ・サンタマリア・ラソ、マ・ヤン

音楽:Jens Bjorn Kjaer

編集:Niels Pagh Andersen

プロダクション・マネージメント:ラウラ・ベロン、エンリケ・Chuck

製作者:アイ・ウェイウェイ、(ユニット)エルネスト・パルド、(顧問)マリア・ルイサ・アギラール・ロドリゲス、(共同)ダニエラ・アラトーレ、エレナ・フォルテス、(ライン)エンリケ・Chuck、フリーダ・マセイラ

 

データ:製作国ドイツ=メキシコ、2020年、言語スペイン語・英語、ドキュメンタリー、112分、撮影期間20183月~20193月、配給Cinephil

映画祭・受賞歴:サンダンス映画祭ドキュメンタリー・プレミア部門、ベルゲン映画祭(ノルウェー)、コペンハーゲン・ドキュメンタリー映画祭(CPHDOX)、ミュンヘン・ドキュメンタリー映画祭、他ノミネーション、ラテンビート・オンライン上映

 

失踪者家族の証言者:一人息子マウリシオ(・オルテガ・バレリオ)の父親、(生存者、脳死)アルド(・グティエレス・ソラノ)の両親・兄弟、ドリアン&ホルヘ・ルイス(・ゴンサレス・パラル)兄弟の両親・祖母、クリスティアンの父親・祖母・姉妹、(死亡者)教師フリオ(・セサル・モンドラゴン)の妻、その他名前が伏せてある家族多数、生存者エンリケ・ガルシア(仮名?)

★失踪者に顔をもたせるため、分かる範囲で実名を入れました。

   

重要協力者

フランシスコ・コックス(米州人権委員会のGIEIメンバー、チリ出身の弁護士)

テモリス・グレコ(ジャーナリスト、The Historic Lieの著者)

ケイト・ドリル(国家安全保障文書館のラテンアメリカ政策シニア・アナリスト、米国人)

ジョン・ギブラー(ジャーナリスト、That They Would Kill us他の著者)

ヒメナ・アンティロン・ナイリス(心理学者、アヨツィナパに関する心理学的なリポートの著者)

エルネスト・ロペス・P・バルガス(人権・都市治安プログラムNPO代表者、メキシコ人)

印はNetflix配信の『アヨツィナパの43人』にも出演している人。

GIEIGrupo Interdisciplinario de Experto y Experto Independientes、米州人権委員会がアヨツィナパ事件の失踪者43名を捜索するための技術的支援を目的とした第三者委員会専門家グループ。フランシスコ・コックスを含めて、チリ、コロンビア(2名)、グアテマラ、スペイン出身の弁護士、判事、医学者5名の専門家で構成されていた。

 

    

 (アヨツィナパの住民に調査打切り報告をするGIEIメンバー、左から2人目がコックス弁護士)

 

解説2014926日の2130分、ゲレロ州イグアラ市でアヨツィナパ教員養成学校の活動家学生を乗せた5台の長距離バスを警察が襲撃した。5人が死亡、数十人が負傷、43名が行方不明者となった。学生たちは1968102日に起きたトラテルロコ大虐殺事件の学生弾圧追悼デモに参加するためメキシコシティに向かう途中であった。数日前からバス数台をチャーターして参加するのが恒例だった。先住民の多くが通うこの教員養成学校は、歴史的にも連邦政府、地方自治体の抑圧の対象となっており、この強制失踪事件はイグアラ市、地元警察、連邦検察庁、陸軍、麻薬カルテル「ゲレロス・ウニドス」やペーニャ・ニエト大統領を頂点にした国家権力が結束して、捏造と隠蔽を繰り返した国家的犯罪です。上記の『アヨツィナパの43人』は事件の背景並びに経緯を時系列的に追って製作されておりますが、本作は事件4年後の行方不明者や死亡者の家族、重篤な負傷者ほか生存者の怒りと悲しみに寄り添って製作されています。          (文責:管理人)

 

       「歴史的真実」とは何か、「あったことはなかったことにできない」

 

A: アイ・ウェイウェイ監督の過去の『ヒューマン・フロー 大地漂流』17)をご覧になった方は、23ヵ国40ヵ所の悲惨な難民キャンプ地を巡ったドキュメンタリーながら、その映像美に心打たれたのではないでしょうか。新作も同じ印象をもちますが、何故バスが襲撃され、かくも多くの学生が強制的に失踪者になったか、事件の前段階の知識がないと分かりにくのではないか。

B: 『アヨツィナパの43人』を見ていたり、6年前世界に衝撃を与えたニュースを多少とも聞きかじっていないと、冒頭に流れたテロップだけでは事件の全体像はつかめない。

 

        

       (2019年に公開された『ヒューマン・フロー 大地漂流』のポスター)

 

A: 926日の夜930分ごろ最初の発砲があり翌朝にかけて何回か繰り返された。死亡者は全体では8名、その内訳は5名が学校関係者、そのほかサッカーの試合が終り帰途についていたチームのバスが間違われて発砲を受け、選手、バス運転手、たまたまタクシーに乗っていた民間女性の3人が巻き込まれて犠牲になった。

B: 43名というのも正確には、麻薬カルテルによってゴミ集積所コクラで焼却された灰の中に入っていた1名を含めている。死者の数はウィキペディアでもスペイン語版、英語版、日本語版とも錯綜していて、どれが正確なのか迷います。

 

A: 後にオーストリアのインスブルック大学に DNA 鑑定を依頼して判明したことなので、最初の43名をスローガンとして踏襲している。学生アレクサンデル・モラ・ベナンシオの家族が納得しないこともありますが、そもそも43人を一晩で焼却することは不可能という専門家の指摘を政府は黙殺している。

B: 高温になるゴミ焼却炉ではない、灰にするには最も不向きな森の中では、60時間という長時間、薪にしろ古タイヤにしろ膨大な量が必要ということ、しかも当夜は一晩中土砂降りだった。ある父親は「にわとり1羽でも灰にするのは簡単ではない」と証言していた。ひらたく言えば「バカにするな」ということです。

 

A: 国の公式発表は「警察が学生43人を地元の麻薬組織に引き渡し、組織が彼らを殺害、遺体は森の中で焼いて近くの川に遺棄した」と断定、連邦検察庁はこれを「歴史的真実」(la verdad histórica)と宣言した。拷問の末に無実の罪を着せられた人々も言わば被害者です。

B: 政府も最初は本当のところを把握していなかったのではないか、といわれていますね。

 

A: しかし、どうしてこんな稚拙な嘘をついたのか気がしれないが、灰になってしまうとDNA鑑定が難しいからでしょう。袋詰めにして近くのサンフアン川に流した。その袋に入っていた骨が一致したのは「歴史的真実だから、43人は焼却された」と、あくまで当局は主張する。

B: とにかくできるだけ早く終止符を打って「あったことをなかったことにしたい」焦りが見え見えです。政権の中枢に批判が波及しないよう隠蔽工作に奔走した。

 

A: 責任逃れをしたい州警察や連邦検察庁の誤算は、教養のない先住民を騙すのは簡単と勘違いしたことです。時間が経てば泣き寝入りするだろうと捏造を繰り返したことが、家族だけでなく多くの国民の怒りに火をつけた。

B: 家族たちの強い絆や諦めないパワーに押されて後手後手に回ってしまった。1989年、米国のCIAをお手本にして設立されたメキシコ国家安全調査局 CISENもグルになって指揮したと言われていますが、お粗末です。

 

A: 内務省に所属している情報機関ですが、バス襲撃に27歩兵大隊が関与していたことを掴んでいたからではないでしょうか。メキシコ陸軍となるとこれは大ごとですから。学生たちの携帯電話の発信地が陸軍基地からだったことが、電話会社の追跡で確認されている。

B: バスを降ろされ連行されていった所が軍基地だったことを意味している。

 

A: 軍部には国家機密保持のため、外部からの調査を拒否する権利があって踏み込めないことが、調査の壁になった。この拒否権が米州人権委員会GIEI が調査打ち切りを決定した大きな要因でした。

B: 本作でもメンバーの1フランシスコ・コックス弁護士が語っていました。『アヨツィナパの43人』のなかで、調査打ち切りの報告集会の席上、家族から「帰らないでください!」という悲痛な叫び声に涙が隠せなかったと語っていました。GIEI は行方不明者家族にとって、いわば最後の砦だった。

  

      「乗ってはいけないバスに乗ってしまった」アヨツィナパの学生たち

 

A: 学生たちの乗った長距離バス5台は、正規にバス会社と契約していたわけではなく、いわばハイジャックした。その中にはイグアラからシカゴに運ぶ麻薬カルテルのヘロインが多量積み込まれていたバスがあった。だから学生たちが乗った時点からずっと追跡されていたようです。

B: 5台のうち襲撃された2台から犠牲者が出た。学生たちはバスではなく霊柩車という「乗ってはいけないバスに乗ってしまった」と言われる所以です。

 

A: 最初の犠牲者はフリオとして登場していた引率教師、「仲間をおいて逃げられない」と妻に携帯で電話、夫の最後の言葉は「娘のことをよろしく頼む」だった。その女の子は34歳に見えたから当時は赤ちゃんだったでしょう。屈託なさそうな娘さんを見るのが辛いシーンでした。

B: 最初の証言者、一人息子マウリシオの父親は「息子の夢をよくみます。4年の時が経ちましたが、心は止まったまま」と物静かに語る。

 

     

            (マウリシオ・オルテガ・バレリオの父親)

 

A: 夫が失踪してアメリカに働きに行き115時間も働きづめだった母親に「必ず恩返しするから」と語っていた息子、母親は彼の無事を信じて今では家族会のリーダー役を務めている。他のグループとの共闘を示唆したのが、心理学者のヒメナ・ナイリス、本事件に関するインパクトのある著書がある。トラテルロコ大虐殺事件当時ラテンアメリカ政策担当者だったケイト・ドイル(現国家安全保障文書館シニア・アナリスト)やジャーナリストなど、抵抗の運動を応援する識者に支えられている。

 

B: 2人の息子ドリアンホルヘ・ルイスが行方不明になっている父親は、妻は「体調を崩して病気になっている」と。ある家族の「犯人が政府でないなら死体は見つかる。なぜなら麻薬カルテルが犯人なら死体は放置したままにするからだ」という指摘は的を射る。

 

      

            (強制失踪者のリーダーとして活動する母親)

 

A: カルテルなら灰にして川に流すような面倒な手間暇をかけない。フェルナンダ・バラデスの『息子の面影』にあったように遺体は見つかる。あの映画の燃え上がる炎のシーンは、アヨツィナパ事件の遺体がコクラで焼却されたというニュースに着想を得ているとバラデス監督は語っている。『息子の面影』はこの事件とリンクしています。

 

          アヨツィナパ事件はペーニャ・ニエト政権最大の汚点

 

B: 本作では行方不明の学生たちは、写真のみに存在している。監督は第三者の視点をできるだけ排除して家族の悲しみと怒りに寄り添うことにしている。そのため監督を含めて5人のカメラマンが現地入りしている。難を逃れた生存者の証言は多くない。

A: 負傷者の1人は「正義と権利を求めると弾圧される」と語っており、なかで脳死状態のアルド・グティエレス・ソラノの家族は、院内感染を怖れて息子を引き取るため自宅を新築した。母親は「何年後か分からないが息子が目覚めるときを待っている」と。

 

        

      (行方不明者の拡大写真を手にメキシコシティで怒りのデモ行進をする家族たち)

 

B: デモ行進中に「ペーニャ・ニエトはくそったれ」とシュプレヒコールされていた前大統領、任期中(201218)の最大の汚点と称されるのがアヨツィナパ事件です。

A: 2006年から始まった麻薬戦争で、25万人以上が殺害、4万人が行方不明となっているメキシコで、彼らと<アヨチィナポ/教養のない人>と陰で差別されている「アヨツィナパの43人」の違いは何か。それは固い絆で結束して、行方不明者を可視化したことだと思います。

 

         

       

                       (写真を手にした行方不明者の家族たち)

 

B: 階級間格差や地域間格差はどこでも見られることですが、その他にメキシコは人種間格差を抱えている。ハンスト、座り込み、人間の鎖などは、権力者の目に入らないが、国民の目には入った。政府の繰り返される捏造に家族は苦しめられたが屈しなかった。そのことが多くの国民の賛同を得たのではないか。

A: アヨツィナパ事件の真実と正義を解決すると強調していた現大統領ロペス・オブラドールは、当選3日目に連邦裁判所の判決に従って「真実と正義委員会」を設立した。アレハンドロ・エンシナスを長とするこの委員会には、学生の家族、市民団体の代表者が含まれている。

 

B: これとは別に国家検察庁(FGR)は、検察チームが率いる行方不明者捜索に焦点を絞った特別部隊も設立して、少しずつながら進展がみられるようになった。ドキュメンタリーの撮影は20183月からの1年間ですから、当然触れられない。

A: 重要な進歩が見られるようになったのは、20203月、事件に関わった政府高官、軍人を司法妨害で逮捕、5名中4名が現在も拘束されている。6月には麻薬カルテルのゲレロス・ウニドスの指導者、46名に及ぶ自治体職員も逮捕され、捜査は進んでいる。

 

B: しかし当時、事件の証拠隠滅、犯罪現場の変更、拷問に関与したと言われる司法長官トマス・セロンには捜査の手が及んでいない。現在逃亡中のイスラエル政府に引き渡しを要請している。しっぽ切りにならないことを祈りたい。

 

A: 家族の諦めない団結が、43人のみならず行方不明者全体の捜索に寄与している。行方不明者4万人と先述しましたが、国家捜索委員会(CNB)のリストによると、2006年以降20207月までの総数は73,000と倍近い。この数は近年増加傾向にあるということですが、危機が国内のより広範な地域にわたっていることを物語っている。その原因解明も検証しなければならない。

B: それには予算が必要、この圧倒的な数に対処するには増やした予算では足りないでしょう。アメリカに運び込まれるコカインの90%は、コロンビアからメキシコを経由している。強大な隣国アメリカに最も近い国メキシコの悲劇です。

 

A: 捜査の進展は、学生の家族を筆頭に、家族を支える組織、特別検察官オマル・ゴメス、真実と正義委員会などの努力によります。ドキュメンタリーその後に触れたのは、まだ緒に就いたばかりとはいえ、少しだが光が射してきたことを述べたかったからです。


フーベルト・ザウパーの新作 『エピセントロ』 鑑賞記*ラテンビート2020 ⑰2020年12月26日 18:33

        カリブに浮かぶ赤い島キューバ、実在しない<ユートピア>

 

      

 

★ラテンビート2020の鑑賞記もフーベルト・ザウパー『エピセントロ~ヴォイス・フロム・ハバナ』最終回になりました。大分時間が経って記憶が曖昧になってしまいましたが、サンダンス映画祭2020ワールド・シネマ・ドキュメンタリー部門審査員大賞受賞作品、オスカー賞にノミネートされた『ダーウィンの悪夢』04)の監督みずからがカメラを片手にハバナの街をめぐり歩いた新作ということでアップすることにしました。サンダンス映画祭2014特別審査員賞を受賞した、南スーダン独立をテーマにした前作We Come As Friendsと精神的な繋がりがあるのかどうか、即興とカメラ使用を組み合わせて真実を明らかにするシネマ・ヴェリテに忠実だったのかどうか。スペイン植民地支配の終焉と同時に始まったアメリカ帝国主義とプロパガンダとしての映画の誕生を絡ませて <カリブに浮かぶ赤い島> の今日が語られている。

 

(ハバナの街)

     

 

 『エピセントロ~ヴォイス・フロム・ハバナ』(原題「Epicentro」)2020

製作:Groupe Deux / KGP Kranzelbinder Gabriele Production / Little Magnet Films

監督・脚本・撮影・編集・ナレーション:フーベルト・ザウパー

編集:(共)Yves Deachamps

音楽:ズュザァンナ・ヴァルコニイ Zsuzsanna Varkonyi、マクシミリアン・ターンブル

プロダクション・マネージメント:パオロ・カラミタ(マネージャー)、その他多数

美術:フアン・パドロン(アニメーション)

製作者:マーティン・マルケ、ダニエル・マルケ、ガブリエレ・クランツェルビンダー、バルバラ・ピヒラー、パオロ・カラミタ、(エグゼクティブ)ダン・コーガン、他多数

 

        

    (左から、パオロ・カラミタ、マーティン・マルケ、フーベルト・ザウパー監督、

     ガブリエレ・クランツェルビンダー、サンダンス映画祭にて、2020124日)

 

データ:製作国オーストリア=フランス=米国、2020年、スペイン語・英語、ドキュメンタリー、108分、撮影地ハバナ、公開フランス2020819日、米国826

映画祭・受賞歴:サンダンス映画祭2020ワールド・シネマ・ドキュメンタリー部門審査員大賞受賞、コペンハーゲン・ドキュメンタリーFF、レイキャビックFF、モスクワFF、バジャドリードFF、オーストリア・ビエンナーレFF、(ベラルーシュ)ミンスクFF、アムステルダム・ドキュメンタリーFF、他

   

出演者:ウナ・カステーリョ・チャップリン、フアン・パドロン、クラリタ・サンチェス、キレニア・サンチェス、ハンス・ヘルムート・ルードヴィヒ、トニー・メネンデス、グラント・ラッセル・ケネディ、アルフォンソ・ハリスJr.、その他「小さい先駆者」と呼ばれた子供たち

 

解説:オスカー賞ノミネート監督フーベルト・ザウパーの最新ドキュメンタリー。サンダンス映画祭の勝利者は、18982月にハバナ湾でアメリカ海軍の戦艦メイン号が爆発沈没した100年後の<ユートピア>キューバの隠喩に富んだポートレートを撮った。1898年はアメリカ大陸におけるスペイン植民地支配の終焉とアメリカ帝国主義時代の始まりの年であったが、それはまたプロパガンダの道具としての映画が誕生した時代でもあった監督はハバナの人々、特に彼が「小さい先駆者」と呼んだ子供たちと一緒に約1世紀に及ぶ介入主義と神話づくりを探求する。ハバナの海岸に打ち寄せる巨大な波は、危機的な気候変動とキューバ固有の文化を沈めようとする観光政策を象徴しているのだろうか。                            (文責:管理人)

 

 

 本作に登場したフィルム、順不同

『月世界旅行』(14分)ジョルジュ・メリエスによる世界初のSF映画、1902

Elpidio Valdés contra el águila y el león」(78分、アニメ)フアン・パドロン、1996

『独裁者』チャールズ・チャップリン、1940年、リニューアル版1968

『黄金狂時代』同上、1942年のサウンド版、リニューアル版1969

Soy Cuba」(140分)ミハエル・カラトーゾフ、1964年、『怒りのキューバ』DVD2006年発売

Earth at NightNASA2019

We Come As Friends」フーベルト・ザウパー、ドキュメンタリー、2014

 

 献 辞

マルセリーヌ・ロリダン=イヴェンス(1928~パリ20189月)フランス女優、映画監督。ジャン・ルーシュ&エドガール・モランのドキュメンタリー『ある夏の記録』(61)のインタビュアー役で出演した。オランダ出身だがフランスでドキュメンタリー作家として活躍したヨリス・イヴェンスと一時期結婚しており、共同監督で作品を送り出している。

エウヘニオ・ポルゴブスキ(19772017)メキシコ出身のドキュメンタリー監督、プロデューサー。

 

        マレコン通りに打ち上げる巨大な波、外国人にはパラダイス

 

A: 『エピセントロ』はキューバ、より正確には現在のハバナを舞台にしたドキュメンタリー。上述したように、1898年を起点にして、スペイン植民地支配の終焉、即アメリカ帝国主義の開始と映画誕生を絡ませている。マレコンの防波堤を乗り越えて海岸通りに打ち上げる巨大な波は、ハバナを飲み込もうとしている。世界規模で地球を破壊しようとしている気候変動ともとれるが、キューバ固有の文化を飲み込もうとする欧米からやってくる、醜悪な金持ち観光客を象徴しているかのようです。

 

B: 床屋で髪を切ってもらっている男の子を群がってカメラにおさめるツアー客、カメラを何台もぶら下げたドイツ人観光客は、モデル料をせがむ子供にボールペンを渡す。それを撮影するザウパーに「お金はやらない、高級なペンだよ」と言い訳する。

A: モデル料にペンを渡された子供の視線、髪を切ってもらっていた男の子が観光客に向けた鋭い批判的な視線にぎくりとします。

B: 子供たちの「ぼくは見世物パンダではありません」という厳しい表情に胸が痛む。

 

      

(男の子にカメラをむける観光客たち、それを活写するザウパーのカメラ)

 

     

                            (モデル料として子供にペンを渡した観光客)

 

A: 世界の観光地巡りには飽きあきした、もはや労働とは無縁になった裕福な人々が、カリブ海に浮かぶ最後の共産主義国キューバを優越感を満たすために訪れてくる。

B: 沈没しかかっているキューバ丸を救うには、彼らが落としていくドルは掛け替えのない命だ。上から目線の観光客受け入れも背に腹は代えられない。ザウパーが「小さい予言者/先駆者たち」と呼んだ子供でさえ「私たちを見下している」と怒っている。カメラの被写体になった子供たちは、反対に観光客を観察している。

 

A: スクリーンで最も存在感を示した「ビヨンセのような」スターになりたい女の子は、1902年に米国の内政干渉を認めた屈辱的なプラット修正条項について滔々とまくしたてる。恐れ入谷の鬼子母神、教育も映画同様一種のプロパガンダと実感するが、確かにキューバ独立のために米国が内政干渉する権利を認めたわけですから、本質的に矛盾している。

B: 女の子は小学校高学年くらいに見えた。憧れているビヨンセがアメリカ人なのはいささか皮肉、よく知らないがフランスで女優になりたい、知識がアンバランスです。多分自分たちに好意的なザウパーがフランスから来たからだろうね。

 

          

          (ビヨンセのようなスターになるのが夢と語る女の子)

 

A: 監督は反ユートピアを形成している奴隷貿易、植民地化、外国の内政干渉などをテーマに製作しているが、親カストロの宣伝には挑戦しません。

B: しかし迂回しながらも巧みに観客を操作誘導できることを知っている。

 

A: 移民を受け入れないトランプをいくら批判しても、アメリカは痛くも痒くもありません。アメリカに表現の自由はあっても国民の声など聞いていないから、不自由のキューバと同じじゃないか。いいえ、それは同じではありません。

B: 海外の観光客にキューバ案内をする女性は、「キューバの悪口を言うと殺される」と笑いに紛らわすが、半分ホンネでしょう。セックス目当ての観光客が「黒いペニスに目がない」のは、女性に限らず男性も変わりません。興味本位で来島すると批判しますが、観光とは散財して気晴らしすることなのです。

 

A: 高尚な理由でハバナを訪れる人もいるとは思いますが多くはない。女性ガイドは、排気ガスを撒き散らしながら走るハバナ観光の目玉クラシックカーに同乗して「女優気分が味わえる」とご満悦、しかし近所の人に見られたら「これは事になる」と。

B: プータ扱いされることを覚悟しないといけない。スクリーンでこのクラシックカーを見て、カッコいいと憧れた観客が多分いたでしょうが、ここハバナは外国人にはパラダイスなのです。

 

            

                     (クラシックカーに同乗してご満悦な女性ガイド)

 

A: ザウパーが宿にしていたらしいグランホテル・マンサナを見れば納得する。2017年にドイツのホテルチェーン、ケンピンスキーが内部を全面改装して開業した5階建ての豪華ホテル、屋上プールからは旧市街が一望できる。

B: 女の子が兄と一緒にザウパーの子供に成りすましてドアマンを騙して通過する。屋上プールでは水が冷たくて女の子はおもらしをしてしまう。共犯者ザウパーにケーキは1個「たったの10ドルだからお替りするかい?」と聞かれ、二人揃ってハトが豆鉄砲を食ったような顔をした。

    

    

   (女の子がおもらしをしてしまった屋上プールから旧国会議事堂カピトリオが見える)

    

A: 母親の賃金が11500ペソ約4ドルだから、空恐ろしくてお替りなどできない。この暴力的な経済格差に慄然とするが、監督は兄妹のギョッとした顔を見事に切り取っていた。

   

    

         プロパガンダの道具として誕生した映画、シネマ・ヴァリテ

 

B: 監督は「映画は魔法、人間を騙すのは簡単」と語ります。

A: 18982月、ハバナ湾でアメリカ海軍の戦艦メイン号が撃沈する。アメリカを戦争に巻き込みたいイエロー・ジャーナリズムは宗主国スペインを犯人と捏造する。しかし爆発の正確な原因は、1世紀以上たった今日でも議論されつづけている謎なのです。

B: 「メイン号を忘れるな」の合言葉でアメリカ人を戦争支持に駆り立てる。ピオネールの子供たちや観客が見ているメイン号撃沈の映像は、浴槽に浮かべた模型のボートとハマキの煙を使って撮影された。

 

A: シネマ・ヴァリテ(映画・真実)はドキュメンタリーの手法の一つ、手動カメラや同時録音によって取材対象者に「真実」を語らせる形式のことですが、カメラの存在をあえて見る人に意識させる。このスタイルを継承するザウパーは、シネマ・ヴァリテのアイコンであるジャン・ルーシュに忠実だったでしょうか。

B: 本作をマルセリーヌ・ロリダン=イヴェンスに捧げていますが、『ある夏の記録』に比べると撮影対象に選ばれた人数が少なすぎますし、2週間の予定で訪れたというドイツ人のタンゴ・ダンサーなどを筆頭に、やたら観光客が目についた。これではハバナの住民から真実を引き出すことができたかどうか。もっとも隣組の密告制度が健在しているからハバナ市民の声を拾うのは困難か。

 

        

             (取材撮影中のフーベルト・ザウパー)

 

A: <真実>というものがあるとしての話ですが、例の女の子と母親役を演じたウナ・チャップリンの口論シーンなどやらせの印象を受けました。「騙せればあなたの勝ち」とウナは娘役の能力を評価していましたが。

B: ウナの立ち位置がよく分からないのも不満、演技者なのか、取材対象者なのか、はたまたスタッフなのか。祖父チャールズ・チャップリンの永遠の名作『独裁者』や『黄金狂時代』を挿入するためなのか、ドキュメンタリーとしては作りすぎの印象。

 

       

         (チャーリーの孫娘ウナ・カステーリョ・チャップリン)

 

A: 子供たちと一緒に『独裁者』を見ていたウナを独裁者(を演じていた俳優)の孫娘だと説明すると、「えっ、ヒトラーの孫なの」と勘違いして驚くシーンは笑いを誘った。

B: 私たちがメディアや映画で見聞きするキューバの現状とあまり違わないシーンが多かったように思うが、このくだりは面白かった。街頭で「グアンタナメラ」を陽気に歌っていた二人組は「飲んで踊れればハッピー」と屈託なさそうだったが、果たしてホンネだったでしょうか。

 

     

            (「民主主義は悪臭がする」映画『独裁者』から)

 

A: 監督が最後に「ウナ、ここはどこ?」と質問すると「パラダイス」とウナ、それではもしかしたらウナは観光客なのか。自由の旗 <星条旗>、ルーズベルトという名前の建物、かつてはコカ・コーラの砂糖を精製していた砂糖工場、農民が牽く馬車、観光客に反感をもちながら乗せるクラシックカーの運転手、観光客を満載したハバナ・バスツアー、アメリカが租借しているグアンタナモ海軍基地、矛盾をはらんだ赤い島は依然としてエピセントロ震源地であり続けると、ザウパーは考えているようです。

   

   

           (ドイツ人観光客を乗せたハバナ・バスツアー)

 

★今回で管理人のラテンビート2020を終わりにします。オンライン上映でプラスな面もありましたが、映画は映画館という考えに変わりありません。しかしコロナの時代は「コロナ・ゼロ」にはならず当分続く、映画の見かたも変わらずをえません。