『ビバ』 パディ・ブレスナック*ラテンビート2016 ④ ― 2016年10月02日 13:44
ラテンビートにアイルランドの監督作品が初登場!
★ラテンビートの作品紹介では、製作国は「キューバ、アイルランド」となっておりますが、正確にはアイルランド映画です。キューバの俳優を起用してハバナで撮影、言語もスペイン語とややこしいのですが。本作は「第88回アカデミー賞2016外国語映画賞部門」のアイルランド代表作品、プレセレクション9作まで踏ん張りましたが、ノミネーションにはいたりませんでした。キューバは2016年の出品を見送りました。ちなみに2017年はパベル・ジローPavel Giroudの“El acompañante”(“The Companion”)を出品します。かつて“La edad de la peseta”(06)が代表作品に選ばれています。本作は「ラテンビート2007」で『目覚めのとき』の邦題で上映されたことがあります。
『ビバ』“Viva”
製作:Treasure Entertainment(アイルランド)/ Irish Film Board(同、資金提供)、協力Radio Telefis Eireann(同)/ Windmill Lana Pictures(同)/ Island Films(イギリス)
監督:パディ・ブレスナック
脚本:マーク・オハロランMark O’Halloran
音楽:スティーブン・レニックス
撮影: Cathal・ワターズ
編集:スティーブン・オコンネル
衣装デザイン:ソフィア・マルケス
プロダクション・デザイン:パキー・スミス
製作者:ベニチオ・デル・トロ(エクゼクティブ)、Rory Gilmartin(同)、キャスリン・ドーレ、レベッカ・O’Flanagan、ロバート・ウォルポール、他
データ:アイルランド=キューバ、スペイン語、2015年、100分、撮影地ハバナ、アイルランド、公開アイルランド2016年8月19日、スペイン2016年7月、フランスなど、キューバは未定
映画祭・受賞歴:テルライド映画祭2015、パームスプリングス映画祭2016,以下サンダンス、グアダラハラ、テルアビブ、アトランタ、ブリュッセルなど国際映画祭2016多数。サンタバーバラ映画祭でADL スタンドアップ賞(パディ・ブレスナック)、ダブリン映画祭2016「アイルランド長編部門」観客賞、IFTAアイルランド映画TVアカデミー賞2016撮影賞(Cathal・ワターズ)受賞
キャスト:エクトル・メディナ(ヘスス)、ホルヘ・ペルゴリア(父アンヘル)、ルイス・アルベルト・ガルシア(ママ)、パウラ・アンドレア・アリ・リベラ(ニタ)、トマス・カオ(ネストル)、リビア・バティスタ(ラサラ)、他多数
解説: 18歳になるヘススはハバナのドラッグ・パフォーマーの一座で働いている。しかし彼のやりたいことはドラッグ・クイーンとして自ら舞台に立つことだ。やがてチャンスがめぐってきて、「ビバ」という芸名で「ママ」の経営するクラブのステージに立つことができるようになった。そんな彼の前に15歳のとき以来会うこともなかった父親が刑務所から出所してくる。元ボクサーの父はホモ嫌い、女装趣味の息子とは水と油でしかない。長い不在から帰還した父と子の葛藤が再燃する。彼らは家族として再出発できるのだろうか。
(元ボクサーの父役ホルヘ・ペルゴリア、息子を演じるエクトル・メディナ)
★ブリュッセル映画祭2016のコンペティション部門にノミネーションされ(受賞は逃したが)、7月にはスペイン公開が実現しました。アイルランドは、EU離脱(ブレグジットBrexit)で世界に激震を走らせ、冷たい視線を浴びせられているグレート・ブリテンの一員ではありませんが、隣国ですから政治的経済的に吉と出るか凶と出るか、今後の予測は難しい。
★コロラド州のテルライド映画祭(9月開催)は歴史も古く審査員が毎年変わる。2015年にはハイロ・ブスタマンテの『火の山のマリア』(グアテマラ)も上映された。アイルランド映画委員会が資金を出して映画振興に力を注いでいるそうで、それが本作のような海外撮影を可能にしたようです。アカデミー賞2016のアイルランド代表作品ですが、公開はIMDbが間違いでなければ2016年8月でした。 少なくともキューバ人のキャストを起用してハバナでの撮影を許可したのですから、いずれ公開もあるでしょうか。アグスティ・ビリャロンガの『ザ・キング・オブ・ハバナ』(15、ラテンビート2015)は、「あまりに脚本が悪すぎ」という理由でキューバから撮影を拒否されたのでした。
★アイルランドは、1949年にイギリス連邦から離脱した共和国、首都はダブリン、公用語は勿論アイルランド語ですが、400年にも及ぶイギリス支配で、国民の多数は英語を使用しています。国家がアイルランド人としてのアイデンティティ教育の一環として学校で学ぶことを義務づけています。しかし学ぶには学ぶが、日常的には英語だそうです。最近EUの公用語に指定されましたが、支配下にあった時代のスウィフトの『ガリヴァー旅行記』、オスカー・ワイルドの『ドリアン・グレイの肖像』も英語で書かれています。パディ・ブレスナック監督もアイルランド語の映画を撮っておりますが、ドラマは英語です。そういう意味では『ビバ』は異色、よくアイルランド代表作品に選ばれたと驚きます。アイルランドのオスカー賞レース参加は2007年から、『ビバ』が3回目、2017年も参加します。
*監督キャリア&フィルモグラフィー*
★パディ・ブレスナックPaddy Breathnackは、1964年ダブリン生れ、監督、製作者、脚本家。公開作品は、イギリス映画『シャンプー台のむこうに』(01“Blow Dry”)1作だけです。『フル・モンティ』のサイモン・ボーフォイが脚本を執筆、アラン・リックマンがカリスマ美容師に扮した。他にDVD化される確率が高いホラー映画2本『デス・トリップ』(07“Shrooms”)、『ホスピス』(08“Freakdog”)が字幕入りで見ることができます。サンセバスチャン映画祭にブレスナックのデビュー作“Ailsa”(94)が上映された折には、「ダブリンのキェシロフスキ」と話題になったそうです。つづく第2作がスリラー仕立てのアクション・コメディ“I Went Down”(97)、本作は同映画祭の新人監督賞、審査員賞を受賞した。クールでバイオレンスもたっぷり、自由奔放、たまらなく可笑しいブラックユーモア溢れた作品に審査員からも批評家からも、勿論観客からも歓迎された。彼の代表作は公開された『シャンプー台のむこうに』より、むしろこちらのほうではないでしょうか。そのほかコメディ“Man About Dog”(04)など。先述したように『ビバ』はアカデミー賞2016のアイルランド代表作品になった。
(パディ・ブレスナック監督)
*主なスタッフ&キャスト紹介*
★スタッフはアイルランド・サイドで構成され、ダブリン映画祭ではクロージング上映だった。またアイルランド映画TVアカデミー賞では、Cathal・ワターズが撮影賞を受賞、他にスティーブン・オコンネル、パキー・スミス、スティーブン・レニックスなどがノミネートされていた。
★キャスト陣は、主人公にエクトル・メディナ、その父親に最近アカデミー会員に選ばれたホルヘ・ペルゴリア、ベテラン俳優ルイス・アルベルト・ガルシアと、キャスト陣はキューバで固めています。ホルヘ・ペルゴリアは割愛しますが、エクトル・メディナは『ザ・キング・オブ・ハバナ』でヒロインの隣に住んでいた娼婦役の俳優、ルイス・アルベルト・ガルシアはオムニバス『セブン・デイス・イン・ハバナ』に出演、当ブログでご紹介したマリリン・ソラヤのデビュー作“Vestido de novia”や“Perfecto amor equivocado”他、テレビでも活躍するベテラン、トマス・カオは、ベニト・サンブラノの『ハバナ・ブルース』ほか、フアン・カルロス・タビオの“Cuerno de la abundancia”、最近ペルゴリアが監督した“Fatima”では大役に抜擢されている。パウラ・アンドレア・アリ・リベラ(“Perfecto amor equivocado”)、その他は今作でデビューしたようです。
(エクトル・メディナとママ役ルイス・アルベルト・ガルシア、映画から)
*主な“Viva”関連記事は、コチラ⇒2016年7月11日・2015年10月3日
『盲目のキリスト』 チリ映画*ラテンビート2016 ⑤ ― 2016年10月06日 11:47
社会的不公正を描く宗教的な寓話
★クリストファー・マーレイの『盲目のキリスト』は、既にベネチア映画祭とサンセバスチャン映画祭「ホライズンズ・ラティノ」に“El Cristo ciego”の原題でご紹介しています。しかしデータ不足で簡単すぎましたので、IMDbの情報も含めて仕切り直しいたします。ラテンビートの作品紹介によると、主人公の名前が「ラファエル」となっておりますが、ベネチア、サンセバスチャン両映画祭のカタログ、IMDbによると「Michael」です。Michaelのカナ表記をどうするか悩ましいのですが、ただ一人のプロの俳優、主人公役のマイケル・シルバが「この映画では、配役名は全員自分の名前を使用した」と語っておりますので、目下のところは「マイケル」でご紹介しておきます。(Michaelの綴り字を用いる代表国は、英語マイケル、独語ミハエル、ラテン語ミカエル。異なる綴り字では西語ミゲル、伊語ミケーレ、仏語ミシェルなど)
『盲目のキリスト』“El Cristo ciego”(“The Blindo Jesus”)
製作:Jirafa(チリ)/ Ciné-Sud Promotion(フランス)
監督・脚本:クリストファー・マーレイ
撮影:インティ・ブリオネス
音楽:Alexander Zekke
編集:アンドレア・チグノリ
美術:アンヘラ・トルティ
メイクアップ:パメラ・ポラク
セット・デコレーション:エウへニオ・ゴンサレス
製作者:ブルノ・ベタッティ(エクゼクティブ)、ペドロ・フォンテーヌ(同)、フロレンシア・ラレラ(同)、ホアキン・エチェベリア(同)、他
データ:製作国チリ=フランス、スペイン語、2016年、85分、撮影地チリ北部のラ・ティラナ、ピサグア他、撮影期間5週間
映画祭・受賞歴:ベネチア映画祭2016正式出品、サンセバスチャン映画祭2016「ホライズンズ・ラティノ」部門出品、第29回トゥールーズ映画祭「Cine en Construcción」参画作品
キャスト:マイケル・シルバ(マイケル)、アナ・マリア・エンリケス(アナ・マリア)、バスティアン・イノストロサ(バスティアン)、ペドロ・ゴドイ(ペドロ)、マウリシオ・ピント(幼馴染み、マウリシオ)、他現地のエキストラ多数
(映画から)
解説ラ・ティラナの村で父親と暮らす整備工マイケルは30歳、砂漠のなかで神の啓示を受ける。しかし誰にも信じてもらえない。それどころか村人は気が触れたと相手にしなくなった。そんなある日のこと、子供のころからの親友が遠くの村で事故にあい苦しんでいるという知らせが届く。彼はすべてを投げうち、父を残して裸足で巡礼の旅に出る決心をする。やがて奇跡が起き友人を助けることができた。この噂は鉱山会社で働く採掘者や麻薬中毒者の関心を呼び、彼をチリ北部の砂漠の過酷な現実を和らげてくれるキリストのようだと噂した。都会の経済的繁栄から打ち捨てられた貧しいチリの人々の、社会的不平等からくる痛苦をドキュメンタリータッチで描く宗教的寓話。移り変わる厳しい自然も登場人物の一人となっている。
*監督キャリア&フィルモグラフィー*
★クリストファー・マーレイChristopher Murrayは、1985年、チリのサンチャゴ生れ、監督、脚本家。チリの「クール世代」と呼ばれるニューウェーブの一人(マーレイ、マーレー、マレー、マリィと表記はまだ一定していない)。長編映画デビューは、パブロ・カレラと共同監督した“Manuel de Ribera”(10)、スプリト国際映画祭(ニューフィルム)特別賞を受賞した。本作が第2作目となるが単独としては初めてである。他に2012年、高い評価を受けたドキュメンタリー“Propaganda”を送り出している。チリでは“Propaganda”の監督と紹介されていた。2011年より構想していた『盲目のキリスト』では、御多分にもれず「資金提供をしてくれる製作会社の門戸を叩いて回った」と語っている。「これはある地方に特有なことではなく、どこでも起きる物語、現実と神話、あるいはドキュメンタリーとフィクションをミックスさせた映画、人々がパンパの現実を知ることができるだろう」とも語っている。
(クリストファー・マーレイ監督)
★舞台となったラ・ティラナは、北から2番めのタラパカ州(州都はイキケ)タマルガル県、タマルガル・パンパの小村。監督によると、最初のアイデアは「チリのキリスト」だったが、実際に現地の人々と接するうちに変化した。だからドアをオープンにして都会からやってきた監督を受け入れてくれた「この地域の人々とのコラボです」とベネチアで語っていた。大勢のエキストラを含めて、主人公マイケルを演じたシルバ以外の出演者はすべてこの地域でスカウトした由。「ずっと何週間も砂漠で撮影に熱心に協力してくれた村人たちを思い出すと感無量」、「パンパをテーマにした映画ではあるが、パンパは荒涼としているだけでなく、語る価値のある非常に豊かな人間味あふれる映画に寄与してくれた」と監督。
★イエス・キリストをめぐる映画だが、監督自身は特別熱心に信仰しているわけではなく「魅せられている、それは宗教の背後に人間的な性質や現実が存在するから」で、常に神話の起源はどこからくるのかを自問自答している。「しばしば人間は突然何か不足しているという考えに襲われる。ある時はそれが地域性のある政治的不正に起因していることにあると気づく。私は、歴史や物語を語ることが現実以上に意味をあたえることができると確信している。これはそれを探す映画です」と監督。
*スタッフ&キャスト紹介*
★エクゼクティブ・プロデューサーのブルノ・ベタッティは、クリスチャン・ヒネメスのデビュー作『見まちがう人たち』、『ボンサイ―盆栽』『ヴォイス・オーヴァー』(3作とも東京国際FF上映)、セバスチャン・シルバ『マジック・マジック』、パトリシオ・グスマン『真珠のボタン』にも共同参画している。同じくペドロ・フォンテーヌは、アレハンドロ・フェルナンデス・アルメンドラス『殺せ』や“Aqui no ha pasado nada”、フロレンシア・ラレラはセバスチャン・シルバ『クリスタル・フェアリー』、ホアキン・エチェベリアは初めてである。重要な役割を果たしているという音楽監督のAlexander Zekkeはロシア出身の作曲家、実験的な要素をもつ本作に深い意味を持たせているという。社会的問題の多い多国籍企業がはき出す鉱山汚染、環境破壊は、鉱夫たちの健康を損ねている現実があるようです。高い評価の撮影監督のインティ・ブリオネスは、『殺せ』、“Aqui no ha pasado nada”などで確認済みでしょうか。
★主人公を演じたマイケル・シルバ(LBFFミカエル)は主人公と同世代の29歳、2014年にアビガイル・ピサロと結婚した。チリのTVミニシリーズ“Sudamerican Rockers”や“Zamudio”で人気を博した。またパブロ・ララインの「ネルーダ」にアルバロ・ハラ役で出演している。本作では、選ばれた預言者イエスとして不毛の砂漠を巡礼するマイケルを演じた唯一人のプロの俳優。「一緒に仕事をした俳優は、今までのプロとはちょっと違っていた」「クリストファーはミニマリズムの監督」だとベネチアで語っていた。観客はマイケルの手に導かれて神秘的な旅に出掛けていくことになる。ラテンアメリカ映画に特有な〈移動〉が、ここでもテーマになっているようです。
(監督とシルバ、ベネチア映画祭にて)
*ラテンビート10月15日(土)13:30上映後に監督によるQ&Aの予定。
『KIKI~恋のトライ&エラー』 パコ・レオン*ラテンビート2016 ⑥ ― 2016年10月08日 10:33
パコ・レオンの新作コメディ―テーマはままならぬ恋の行方
★当ブログで何回も登場させているコメディの旗手パコ・レオン、やっと日本にやってきました。実母カルミナと実妹マリア・レオンを主人公にしたコメディ“Carmina o revienta”(12)で鮮烈デビュー、2014年、続編“Carmina y amén”もヒットを飛ばし、2015年には早くもマラガ映画祭のエロイ・デ・ラ・イグレシア賞*を受賞した。第3作『KIKI~愛のトライ&エラー』も公開後たちまち100万人突破と勢いは止まらない。スペインは経済も政治も不安定から脱却できないから、庶民はコメディを見て憂さ晴らししているのかもしれないが、そればかりではないでしょう。
(出演者を配したポスター、クマ、ワニ、ライオンなど各々の愛のかたちが描かれている)
『KIKI~愛のトライ&エラー』(“Kiki, el amor se hace”)
製作: ICAA / Mediaset España / Telecinco Cinema / Vértigo Films
監督:パコ・レオン
脚本(共):パコ・レオン、フェルナンド・ペレス、ジョッシュ・ローソン(フィルム)
撮影:キコ・デ・ラ・リカ
編集:アルベルト・デ・トロ
キャスティング:ピラール・モヤ
美術:ビセンテ・ディアス、モンセ・サンス
衣装デザイン:ハビエル・ベルナル、ぺぺ・パタティン
メイクアップ&ヘアー:ロレナ・ベルランガ、ペドロ・ラウル・デ・ディエゴ、他
データ:スペイン、スペイン語、2015,102分、ロマンチック・コメディ
キャスト:パコ・レオン、ナタリア・デ・モリーナ、アレックス・ガルシア、カンデラ・ペーニャ、ルイス・カジェホ(アントニオ)、ルイス・ベルメホ、アレクサンドラ・ヒメネス、マリ・・パス・サヤゴ(パロマ)、フェルナンド・ソト、アナ・Katz、ベレン・クエスタ、ダビ・モラ(ルベン)、ベレン・ロペス、セルヒオ・トリコ(エドゥアルド)、ほか。
()なしは概ね実名と同じ。
(記者会見に出席した面々、左からカンデラ・ペーニャ、マリ・パス・サヤゴ、ダビ・モラ、
ベレン・クエスタ、監督、ナタリア・デ・モリーナ、アレックス・ガルシア)
解説:オーストラリア映画、ジョッシュ・ローソンの“The Little Death”(14)が土台になっている。プロットか変わった性的趣向をもつ5組のカップルが織りなすコメディ。このリメイク版というか別バージョンというわけで、レオン版も世間並みではないセックスの愛好家5組の夫婦10人と、そこへ絡んでくるオトコとオンナが入り乱れる。ノーマルとアブノーマルの境は、社会や時代により異なるが、ここでは一種のparafilia(語源はギリシャ語、性的倒錯?)に悩む人々が登場する。ローソン監督も俳優との二足の草鞋派、テレビの人気俳優ということも似通っている。
★さて、スペイン版にはどんな夫婦が登場するかというと、
◎1組目は、レオン監督自身とアナ・カッツのカップルにベレン・クエスタが舞い込んでくる。
◎2組目は、ゴヤ賞2016主演女優賞のナタリア・デ・モリーナ(『Living is Easy with Eyes Closed』)とアレックス・ガルシア(“La novia”)のカップル、この夫婦を軸に進行する(harpaxofilia)
◎3組目は、カンデラ・ペーニャ(『時間切れの愛』『チル・アウト!』)とルイス・ベルメホ(『マジカル・ガール』)のカップル(dacrifilia)
◎4組目は、ルイス・カジェホ(ラウル・アレバロの“Tarde para la ira”)、とマリ・パス・サヤゴのカップル(somnofilia)
◎5組目が、ダビ・モラとアレクサンドラ・ヒメネス(フアナ・マシアスの“Embarazados”ではレオン監督と夫婦役を演じた)のカップル(elifilia)。
そこへフェルナンド・ソト、ベレン・ロペス、セルヒオ・トリゴ、ミゲル・エランなどが絡んで賑やかです。どうやら「機知に富んだロマンチック」コメディのようだ。
(ナタリア・デ・モリーナとアレックス・ガルシアのカップル)
★〈-filia〉というのは、「・・の病的愛好」というような意味で、harpaxofilia の語源はギリシャ語の〈harpax〉からきており、「盗難・強奪」という意味、性的に興奮すると物を盗むことに喜びを感じる。dacrifiliaは最中に涙が止まらなくなる症状、somnofiliaは最中に興奮すると突然眠り込んでしまう、いわゆる「眠れる森の美女」症候群、elifiliaは予め作り上げたものにオブセッションをもっているタイプらしい。にわか調べで正確ではないかもしれない。
(パコ・レオンとアナ・カッツのカップルにベレン・クエスタが割り込んで)
★製作の経緯は、監督によると「最初(製作会社)Vértigo Filmsが企画を持ってきた。テレシンコ・フィルムも加わるということなので乗った」ようです。しかし「プロデューサーからはいちいちうるさい注文はなく、自由に作らせてくれた」と。「すべてのファンに満足してもらうのは不可能、人それぞれに限界があり、特にセックスに関してはそれが顕著なのです。私の作品は厚かましい面もあるが悪趣味ではない。背後には人間性や正当な根拠を描いている」とも。「映画には思ったほどセックスシーはなく(期待し過ぎないで)、平凡で下品にならないように心がけた」、これが100万人突破の秘密かもしれない。
(ルイス・カジェホとカンデラ・ペーニャのカップル)
*監督キャリア&フィルモグラフィー*
★パコ・レオン Paca Leon:1974年セビーリャ生れ、監督、俳優、製作者。スペインでは人気シリーズのテレドラ“Aida”(2005~12)出演で、まず知らない人はいない。2012年“Carmina o revienta”でデビュー、マラが映画祭でプレミアされて一躍脚光を浴び、翌年のゴヤ賞新人監督賞にノミネートされた。つづくカルミナ・シリーズ第2弾“Carmina y amén”もマラガ映画祭2014に正式出品した。第3作が『KIKI~愛のトライ&エラー』です。カルミナ・シリーズでは、レオン監督の家族、孟母ならぬ猛母カルミナ・バリオスと妹マリア・レオンが主役だったが、第3作には敢えて起用しなかった。フアナ・マシアス監督の“Embarazados”紹介記事にレオン監督のキャリア紹介をしています。
*フアナ・マシアスの“Embarazados”は、コチラ⇒2014年12月27日
(孟母でなく猛母カルミナ・バリオスと孝行息子のパコ、管理人お気に入りのフォト)
★カルミナ・シリーズでは監督業に専念しておりましたが、今回の第3作には監督、脚本、俳優と二足どころか三足の草鞋を履いています。俳優と監督を両立させながら独自のポリシーで映画作りをしている。将来的にはスペイン映画の中核になるだろうと予想しています。日本では俳優として出演したホアキン・オリストレル監督の寓話『地中海式 人生のレシピ』(2009、公開2013)が公開されている。マラガ映画祭2015でエロイ・デ・ラ・イグレシア賞を受賞している。
★ “Carmina o revienta” は、DVD発売や型破りのインターネット配信(有料)で映画館を空っぽにしたといわれた。第2作“Carmina y amén”も封切りと同時にオンラインで配信したいと主張したが、これには通常の仕来りを壊すものと批判もあった。彼によれば「公開後4か月経たないとDVDが発売できないのは長すぎて理不尽であり、それが海賊版の横行を許している。消費税税増税でますます映画館から観客の足が遠のいている現実からもおかしい。さらに均一料金も納得できない。莫大な資金をかけた『ホビット』のような大作と自作のような映画とが同じなのはヘン」というわけ。これはトールキンの『ホビットの冒険』を映画化したピーター・ジャクソンの三部作。アメリカ製<モンスター>に太刀打ちするには工夫が必要、今までと同じがベターとは言えないから、この意見は一理あります。
★関連記事・管理人覚え
*パコ・レオンの主な紹介記事は、コチラ⇒2015年3月19日
*“Carmina o revienta”はコチラ⇒2013年8月18日(ゴヤ賞2013新人監督賞の項)
*“Carmina y amén”はコチラ⇒2014年4月13日(マラガ映画祭2014)
*ラウル・アレバロの“Tarde para la ira”は、コチラ⇒2016年2月26日
『名誉市民』 アルゼンチン*ラテンビート2016 ⑦ ― 2016年10月13日 11:17
『ル・コルビュジエの家』の監督コンビが笑わせます!
★ベネチア映画祭2016正式出品、ガストン・ドゥプラット&マリアノ・コーンの『名誉市民』の原タイトルは、“El ciudadano ilustre”、〈名誉市民〉を演じるオスカル・マルティネスが男優賞を受賞しました。東京国際FF「ワールド・フォーカス」部門と共催上映(3回)作品です。『ル・コルビュジエの家』の監督コンビが放つブラック・ユーモア満載ながら、果たしてコメディといえるかどうか。アルゼンチン人には、引きつる笑いに居心地が悪くなるようなコメディでしょうか。
(男優賞のトロフィーを手に喜びのオスカル・マルティネス、ベネチア映画祭にて)
『名誉市民』(“El ciudadano ilustre”“The Distinguished Citizen”)
製作:Aleph Media / Televisión Abierta / A Contracorriente Films / Magma Cine
参画ICAA / TVE 協賛INCAA
監督・製作者・撮影:ガストン・ドゥプラット&マリアノ・コーン
脚本:アンドレス・ドゥプラット
音楽:トニ・M・ミル
美術:マリア・エウヘニア・スエイロ
編集:ヘロニモ・カランサ
録音:アドリアン・デ・ミチェーレ
衣装デザイン:ラウラ・ドナリ
製作者:(エグゼクティブ)フェルナンド・リエラ、ヴィクトリア・アイゼンシュタット、エドゥアルド・エスクデロ他、(プロデューサー)フェルナンド・ソコロビッチ、フアン・パブロ・グリオッタ他
データ:アルゼンチン=スペイン、スペイン語、2016年、118分、シリアス・コメディ、撮影地バルセロナ他、配給元Buena Vista、公開:アルゼンチン・パラグアイ9月、ウルグアイ10月、スペイン11月
映画祭・受賞歴:ベネチア映画祭2016正式出品、オスカル・マルティネス男優賞受賞、釜山映画祭、ワルシャワ映画祭、ラテンビート、東京国際映画祭
キャスト:オスカル・マルティネス(ダニエル・マントバーニ)、ダディ・ブリエバ(アントニオ)、アンドレア・フリヘリオ(イレネ)、ベレン・チャバンネ(フリア)、ノラ・ナバス(ヌリア)、ニコラス・デ・トレシー(ロケ)、マルセロ・ダンドレア(フロレンシオ・ロメロ)、マヌエル・ビセンテ(市長)、他
解説:人間嫌いのダニエル・マントバーニがノーベル文学賞を受賞した。40年前にアルゼンチンの小さな町を出てからはずっとヨーロッパで暮らしている。受賞を機にバルセロナの豪華な邸宅には招待状が山のように届くが、シニカルな作家はどれにも興味を示さない。しかし、その中に生れ故郷サラスの「名誉市民」に選ばれたものが含まれていた。ダニエルは自分の小説の原点がサラスにあることや新しい小説の着想を求めて帰郷を決心する。しかしそれはタテマエであって、ホンネは優越感に後押しされたノスタルジーだったろう。幼な友達アントニオ、その友人と結婚した少年時代の恋人イレネ、町の有力者などなどが待ちかまえるサラスへ飛びたった。「預言者故郷に容れられず」の諺どおり、時の人ダニエルも「ただの人」だった?
(ノーベル文学賞授賞式のスピーチをするダニエル)
(サラスの人々に温かく迎え入れられたダニエル)
(幼友達アントニオと旧交を温めるダニエル)
★ベネチア映画祭では上映後に10分間のオベーションを受けたという。5~6分ならエチケット・オベーションと考えてもいいが、10分間は本物だったのだろう。「故郷では有名人もただの人」なのは万国共通だから、アルゼンチンの閉鎖的な小さな町を笑いながら、我が身と変わらない現実に苦笑するという分かりやすい構図が観客に受けたのだろう。勿論オスカル・マルティネスの洒脱な演技も成功のカギ、アルゼンチンはシネアストの「石切場」、リカルド・ダリンだけじゃない。人を食った奥行きのあるシリアス・コメディ。
(左から、ガストン・ドゥプラット、マリアノ・コーン、ベネチア映画祭にて)
★2度の国家破産にもかかわらず、気位ばかり高くて近隣諸国を見下すことから、とかく嫌われ者のアルゼンチン、平和賞2、生理学・医学賞2,科学賞1と合計でも5個しかなく、文学賞はゼロ個、あまりノーベル賞には縁のないお国柄です。ホルヘ・ルイス・ボルヘスやフリオ・コルタサル以下、有名な作家を輩出している割には寂しい。経済では負けるが文化では勝っていると思っている隣国チリでは、「ガブリエラ・ミストラル(1945)にパブロ・ネルーダ(1971)と2個も貰っているではないか」と憤懣やるかたない。アルゼンチン人のプライドが許さないのだ。そういう屈折した感情抜きにはこの映画の面白さは伝わらないかもしれない。ボルヘスは毎年候補に挙げられたが、スウェーデン・アカデミーは選ばなかった。それは隣国チリの独裁者ピノチェトが「ベルナルド・オイギンス大十字勲章」をあげると言えば貰いに出掛けたり、独裁者ビデラ将軍と昼食を共にするような作家を決して許さなかったのです。これはボルヘスの誤算だったのだが、ノーベル賞は文学賞といえども極めて政治的な賞なのです。
★オスカル・マルティネスは1949年ブエノスアイレス生れ。ダニエル・ブルマンの“El nido vacío”(08)の主役でサンセバスチャン映画祭「男優賞」を受賞、カンヌ映画祭2015「批評家週間」グランプリ受賞のサンティアゴ・ミトレの『パウリーナ』(ラテンビート)、公開作品ではダミアン・ジフロンの『人生スイッチ』(エピソード5「愚息」)に出演しているベテラン。ベネチアのインタビューでは、「30代から40代の若い監督は、おしなべてとても素晴らしい」と、若い監督コンビに花を持たせていた。
(撮影中のドゥプラット監督とマルティネス)
『The Olive Tree』 Q&A*ラテンビート2016 ⑧ ― 2016年10月17日 16:32
イシアル・ボリャイン『The Olive Tree』Q&A
★「イシアル・ボリャイン監督が、エリセの『エル・スール』に出ていた女優さんに衝撃をうけた」というツイートに衝撃を受けているオールド・シネマニアもいるでしょう。もっとも1985年公開だからリアルタイムで見た人は、そろそろ化石人間入りでしょう。2回め上映の10月9日で鑑賞しました。Q&Aに登壇した監督、さばさばした飾らない人柄がにじみ出ていて好感度バツグンでした。アイディアの発端、キャスティングの苦労、オリーブの樹はスペインあるいは地中海文化のメタファーなどなど、前日の第1回と大体同じような内容だったでしょうか。「一番お金がかかったのは、〈モンスター〉オリーブの樹のオブジェ製作とその移動だった」には、会場から笑いが上がった。
(Q&Aに登壇したボリャイン監督と映画祭ディレクターのカレロ氏、10月9日)
費用が一番かかったのはオリーブの樹のオブジェとドイツへの移動!
A: こんなプロットはあり得ないと思いながらも、笑いを噛みころして愉しむことができました。ピレネーの向こうはアフリカと言われながらも、EU一人勝ちのドイツに対するスペイン庶民の屈折した感情がわかりやすく描かれていた。ヨーロッパの南北問題、経済の二極化が深層にあるようです。もともとスペイン人は、地道に働くドイツ人が嫌い、それにフランコ時代に出稼ぎに行って辛い仕事をした記憶がトラウマになっている。
B: 場内から笑い声が聞こえてこなかったのは難聴のせいかな。これじゃ面白くないのかと誤解されてしまうから、お行儀良いのも良し悪しだね。揶揄されたドイツの観客が大いに笑ってくれたと、監督は嬉しそうに話していたからね。
A: ドイツ人は余裕があるから寛大なのです。それにしても「費用が一番かかったのはオリーブの樹のオブジェ製作とドイツへの移動」には笑えました。
B: スペイン人のアメリカ嫌いも相当なもの、スペイン人が僻みっぽいのには貧しさと関係があるように思います。豊かな国に憧れながらも大国に翻弄される恨みが染みついている。「自由の女神像」に罪はないのに叩き壊されて気の毒でした。
A: あんなレプリカを庭に設置していたなんてびっくりものです。バブルとは弾けるまで気がつかない。アルマの父も叔父もバブルの犠牲者だと考えているように描かれていたが、やはり騙されやすいスペイン人気質も一因ですね。
B: 実際には起こりそうもない「オリーブ奪還作戦」も、デュッセルドルフへの珍道中もスペイン気質ならではの展開、アルマ・キホーテに従う二人のサンチョ・パンサ、恋人未満のラファ、叔父アルカチョファの再生劇です。
(一番の金食い虫だったモンスター・オリーブのオブジェ)
A: 作品紹介に書いたことだけれど、アルマは表層的には祖父のために起こした行動に見えますが、実は自分の生き方を変えたかった。ラファはアルマへの愛ゆえに嘘と気づいていたのに付き添わずにいられなかったし、叔父も抱え込んだ借金と妻との人生の立て直しをしたかった。
アルマの原点にある男性不信、父と娘の和解
B: 特にアルマは境地に陥っていた。二十歳にもなっているのに自分の将来図が描けていない。ラファを好きなのに受け入れられない。それが少女時代に受けた人格者といわれる人からの性的いたずらだった。親にも話せず、勇気を出して打ち明けると、父親からデタラメを言っていると逆に詰られてしまう。
A: 予告編からは見えてこなかった核心がこのシーンでした。アルマの父親を含めた男性一般に対する不信感でした。父親を許していないことが祖父に肩入れする理由の一つ。父親も今では娘を守ることができなかったことを後悔しているが、謝罪を切り出せない。
B: 素直に謝れない苦悩を抱え込んでいる。これが最後の父と娘の和解シーンに繋がっていく。見ていてロバート・ロレンツの『人生の特等席』を思い浮かべてしまいました。
A: クリント・イーストウッドが寡夫の野球スカウトマンになった映画ですね。娘をエイミー・アダムスが演じた。父親は娘が6歳頃にレイプされそうになったことがトラウマになっている。娘は覚えていないが、突然親戚に預けられた理由を父から嫌われたと勘違いして大人になる。
B: 最後に真相が分かって父と娘は和解する話でした。
(生き方に行き詰まって混乱しているアルマ、映画から)
A: 叔父も最後にやっと顔を出した別居中の妻と手をつなぎ、いずれアルマもラファと結ばれることが暗示されて映画は終わる。
B: 祖父を救うことはできなかったが、観客は幸せな気分で席を立てるというわけです。コメディとしてもヒューマンドラマとしても品良く仕上がっていた。
A: 伏線の貼り方も巧みで、例えば8歳のアルマが切り倒されそうなオリーブの樹に登って抵抗するシーンは、エネルギー関連会社に飾られたオブジェに攀じ登るシーンとリンクする。
B: 祖父が接木の方法をアルマに教えるシーンは、デュッセルドルフから持ち帰ったオリーブの小枝の接木に繋がっていく。ツボを押さえた構成に感心した。
(アルマに接木の仕方を教える祖父ラモン、映画から)
A: ディレクターのカレロ氏による監督キャリア紹介、この映画のアイディアはどこから生れたか、樹齢2000年の「モンスター・オリーブ」の樹をどのようにして見つけたか、祖父のキャスティングはどうやって見つけたか、などが会場で話し合われた。
B: 作品紹介で既に紹介しておりますから、そちらにワープして下さい。
A: やはり祖父役探しに苦労したと語っていました。オーディション会場にきてくれる人がいなくて、演ってもらえそうな人に声をかけたが「忙しい」と断られたとか(笑)。
B: トラクターから下りてきた農民のマヌエル・クカラさんに監督とキャスティング担当のミレイア・フアレスが一目惚れ、出演を粘って引き受けてもらえた。
A: 彼のように農作業をしている手をしたプロの俳優さんはいませんからね、現地で見つけるしかない。セリフは少なくてもアマチュア離れしていた。
B: セリフが少ないのはラファ役も同じ、却って難しい。ペプ・アンブロスも難しかったと語っていた。却ってアナ・カスティーリョ(アルマ)やハビエル・グティエレス(叔父)のほうが演りやすい。グティエレスはアルベルト・ロドリゲスの『マーシュランド』(14)でゴヤ賞を含めて主演男優賞を総なめしたが、こちらは思慮深い刑事役でした。
A: ロドリゲス監督の『スモーク・アンド・ミラーズ』は、今年のラテンビートの目玉でした。
B: 来春、劇場公開が決まったようで、見逃した方で、人生を立て直したい人、幸せになりたい人にお薦めの映画です。
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*『The Olive Tree』(“El olivo”)の作品紹介は、コチラ⇒2016年7月19日
『盲目のキリスト』 Q&A*ラテンビート2016 ⑨ ― 2016年10月21日 12:20
ベネチア正式出品だけでは日本の観客を惹きつけられない?
★今年のラテンビートのQ&Aは、前回の『The Olive Tree』と本作だけ、ちょっと寂しかった。クリストファー・マーレイ監督の来日、1回上映にもかかわらず観客も少なめなうえ、Q&A前に席を立つ人もあり、知名度の低さを印象づけた。ベネチア正式出品だけでは日本の観客を惹きつけることは難しい。映画祭ディレクターのカレロ氏によるキャリア紹介に続いて、ベネチア映画祭出席の印象、映画製作の経緯、舞台となったチリ北部の人々の信仰心、並びにキャスティング方法などの質問の後、会場からの質問にも丁寧に応じていた。作品同様非常に思索的な、しかしこれからの監督、一般観客を惹きつけるには工夫が必要と感じた。
(登壇したマーレイ監督とカレロ氏、10月15日、バルト9にて)
A: 映画祭ディレクターのカレロ氏からベネチア映画祭での感想を聞かれて、「尊敬する監督さんたちとの交流、海外の観客に見てもらえるなど、すべて初体験だった」と応えていた。2010年にパブロ・カレラと共同で監督したデビュー作“Manuel de Ribera”は、ロッテルダム映画祭でワールド・プレミアされたのですが規模が違います。翌年クロアチアのスプリト国際映画祭(ニューフィルム)特別賞を受賞しましたが、より規模が小さい。
B: ロッテルダムは新人の登竜門、ベネチアのような大物監督は出品しないのではないか。
A: 他に2012年、ドキュメンタリー“Propaganda”(62分)を送り出しており高い評価を受けている。チリではこちらのほうが有名です。単独での長編劇映画は、本作が初監督です。
B: 聞き違いかもしれませんが、ドキュメンタリーも共同監督作品と通訳されていました。ドキュメンタリーは単独で撮っていますね。
盲目なのは誰か、社会的政治的メッセージはどこまで届くか?
A: まず当ブログで紹介したプロットが若干ずれていましたね。冒頭で主人公マイケルに「病気を治せることはできない」と語らせている。しかし「藁をもつか」みたい村人は奇跡を信じたがっている。やがてマイケルも、「もしかして起こせるかもしれない」と思い始めて巡礼を続けていく。
B: 結果的には幼な友達マウリシオの足の怪我を治すことはできなかった。しかし、マウリシオは彼が仕事や父親を投げ打って訪ねてきてくれたことで充分報われたと感謝する。
A: 逆境にありながらも、マウリシオのこの声高でない謙虚さに驚く。友情以外の〈何か〉が分からないと、彼の諦観を理解することはできない。
(幼な友達マウリシオの怪我を治そうと精神を集中するマイケル、
奇跡が起こるのを我が目で見たいと長い道のりを同行した巡礼者たち)
B: ラテンビート・カタログでは、マイケル・シルバが演じた主人公の名前が「ラファエル」になっておりますが、当ブログの「マイケル」でよかったようです。シルバはただ一人のプロの俳優、「チリ北部の人々は押しなべて信仰心が厚く、北部出身の彼も例外ではない」と監督。
A: 信仰心といってもローマ・カトリックというわけでなく、大航海時代にヨーロッパからもたらされたキリスト教、もともと先住民が部族ごとに信仰していた宗教、この二つがミックスされた宗教、と多種多様ですね。
B: Q&Aでマーレイ監督も「種類も多く、儀式のやり方もさまざま、現地に行かなければ分からなかった。神話、民話、実話がミックスされていた」と語っていた。
A: これはチリに限らないことで、ラテンアメリカ全体に言えること、キリスト教とドッキングしているように見えても、目に見えない塵のように辺りを浮遊しているだけかもしれない。作品紹介でも書いたことですが、監督自身は特別熱心に信仰しているわけではなく「魅せられている、それは宗教の背後に人間的な性質や現実が存在するから」で、常に神話の起源はどこからくるのかを自問自答しているという。
(マイケル・シルバとクリストファー・マーレイ監督、ベネチア映画祭にて)
B: 「宗教は社会問題と結びつくことが多く、常に興味をもっていた。チリ北部に暮らす人々の考え方、特に信仰心について多くの人に知ってほしかった」と話していた。「信仰は大切だが、神は自分の心の中にいる」とも語っていた。
A: 現地に行って初めて分かる現実というものがあるわけで、彼らと話し合いながら進行していった。多分、脚本を書き直しながらの撮影だったのではないか。この映画は現地の人々とのコラボだとベネチアでも語っていたからね。
神話や民話で語りつぐ構成―長く感じた宗教的寓話
B: 演技指導は特別しなかったとも語っていたから、行く先々で村人がマイケルに語り聞かせる例え話あるいは神話は、セリフを暗記して喋っているというより「自分が信じている事」をそのまま語っていたように感じた。
A: だから演技指導など必要なかったということですかね。彼ら自身の言葉で語っているように感じた。人から聞いた話だったり、彼らが信じている神話だったりするが、それは耳を傾けるに値する普遍性がありますね。観客も自分は信じていないが、自分の祖父や曾祖母たちは信じていたに違いないと思わせる。
B: ゆったり時間が流れるので2時間ぐらい見たように錯覚した。速いテンポのアクション映画の好きな人は退屈したかもしれない。
A: カメラは素晴らしかった。アレハンドロ・フェルナンデス・アルメンドロスの『殺せ』(ラテンビート2014)を撮ったインティ・ブリオネス、監督と同じグループ「クール世代」のメンバー、チリ映画の躍進は、ひとえに彼らの活躍にあるでしょう。
B: 作品紹介記事で触れたように、製作会社「Jirafa」の資金提供、プロデューサーたちの支援がなければ不可能な作品かもしれませんね。
A: 紹介記事では詳しく触れませんでしたが、パブロ・カレラとの共同作品“Manuel de Ribera”は、英語字幕ならネットで見られます。こちらは本作とは反対の土地、チリ南部のチリ・パタゴニア地方のカルブコが舞台、テーストは似ていて不思議な空間に迷い込んでしまいます。
B: 砂漠と海と舞台も対照的です。主人公のマヌエル・リベラをエウへニオ・モラレスが演じていたが、少し難解ですね。
(エウへニオ・モラレス、“Manuel de Ribera”から)
A: 影響を受けた監督に、ロベール・ブレッソン(1999没)とピエル・パオロ・パゾリーニ(1975没)をあげていました。ブレッソンはプロの俳優の演技を嫌い基本的にはアマチュアを起用した。そんなことが本作に影響を与えているのかもしれない。
B: その後、俳優になった人もおりますね。パゾリーニの『奇跡の丘』は、「マタイによる福音書」の映像化、「処女懐胎」から「復活」までを忠実に描いた。物語を次々に登場する村人に語らせていく本作の構成と相通じるものがあり、「なるほど、そうなのか」と思いました。
A: 今後のことを聞かれて、「現在はマンチェスター大学の大学院でAntropología visualを学んでいる」と答えていた。確か「映像人類学」と訳しておられたが、「視覚人類学」のほうがベターかもしれない。広い意味での画像(グラフィックアート、写真、映画、ビデオ)を研究対象にしている。
B: 映画は現実を知り、それを分析するのに役立つから、一つの手段として見ることにも意味がありますね。
*『盲目のキリスト』の作品紹介記事は、コチラ⇒2016年10月6日
引きつる笑い『名誉市民』*ラテンビート2016 ⑩ ― 2016年10月23日 15:53
故郷を捨てた作家がノーベル文学賞を貰って帰郷するとどうなるか?
★『ル・コルビュジエの家』の監督コンビ、ガストン・ドゥプラット&マリアノ・コーンが放つアルゼンチン風のブラック・コメディ。冒頭シーンから笑わせますが、これまたあり得ない、少し悪ノリしたストーリーでした。アルゼンチンの観客は、さぞかし居心地悪かったのではないでしょうか。「預言者故郷に容れられず」の諺どおりノーベル賞作家ダニエルも「ただの人」だったと思わせて、最後の最後にどんでん返しがありました。アカデミー賞2017のアルゼンチン代表作品に選ばれました。
(ガストン・ドゥプラットとマリアノ・コーン)
A: いやはや、この最後のシーンがなければ平凡な筋書きで、それに少しばかり長すぎて「カット、カット」でしたが、最後に一本取られました。
B: 「コメディは90分以内がベター」と言ったのはアルモドバルでしたが、〈118分〉は長すぎました。故郷を捨てた成功者が凱旋すれば、起こるだろうことが起こっただけで、予測の範囲内でした。ホラー・コメディの『ル・コルビュジエの家』の不気味さ、奇抜さにはかないません。
A: 故郷に錦を飾るのは難しい。今は親友アントニオの妻になっている元恋人イレネから帰郷したことを詰られていましたが、せっかく忘れていた心の痛みをほじくり返され、あげく跳ねっ返り娘にまで被害が及んで気の毒でした。作家にしては想像力欠如というか、女心の機微が分からない、気難しいわりにはおスケベな小父さんでした。
B: しかし観客サービスも必要ですね。イレネの夫アントニオにしてみれば、遠路はるばるやってきて夫婦仲をかき回され、ただじゃおかないと仕返しのチャンスをヨワいオツムでフル回転させている。
(40年ぶりに会うダニエルとイレネ、映画から)
(笑顔だが内心面白くないアントニオと元恋人を取られて忸怩たる思いの作家)
A: ダニエルはノーベル賞をもらってから、5年間もスランプ状態、1作も書けないでいる。そんな折に生れ故郷サラスから「名誉市民」賞受賞の知らせが届く。
B: 40年前の母親の死をきっかけに故郷を捨てる。その10年後の父親の葬式にも帰郷しなかった。そんな恥知らずな男が故郷に帰ればどうなるか、ノーベル賞作家でも人間的にはクソったれだ、というわけです。
A: 人気に陰りが見えるサラス市長は、次の選挙に勝てる自信がない。勝利するには豪華な花火を打ち上げねばならない。いささか古いニュースたが、確かノーベル賞を貰った作家がいたはずだ。彼に名誉市民賞をやるのはどうだろう。
B: 市長室にペロン大統領とファーストレディのエバ・ペロンの写真が壁に掛かっていた。
A: エビータが死んだのは1952年だから、半世紀以上も時代を遡ることになる。現在でもエビータ人気は根強いらしく、そこらへんを揶揄しているわけですね。ペロニスタが母体となっている正義党、通称ペロン党は最大政党でもある。
B: ホルヘ・ルイス・ボルヘスの名前も出てきましたが、「ボルヘスはノーベル賞を辞退した」と言わせている。彼はブエノスアイレス市の「名誉市民」賞は貰っていますが、ノーベル賞は受賞しなかった。
A: というより、自国の独裁者ビデラ将軍やチリの独裁者ピノチェトの体制寄りで、スウェーデン・アカデミーは「ボルヘスにはやらない」と決定していたのだ。ボルヘスは軽い気持ちだったらしいが、後に「最大の誤算だった」と後悔することになった。
B: アルゼンチンの観客がどんな反応を示したか、興味深い。もっとも左派の人たちの「ボルヘス嫌い」は徹底していて、いわゆる読まず嫌いのようだ。文学など興味のない庶民には、ノーベル賞作家ガルシア・マルケスと混同している人もいるようです。
A: ダニエルが授賞式に正装して出席するよう依頼されたが「断った」というセリフがあって、チャコールグレーの背広に黒っぽいシャツ、おまけにノーネクタイだった(笑)。ガルシア・マルケスも確か正装じゃなかったですね。
(受賞スピーチをするダニエル)
B: シニカルな受賞スピーチに国王以下全員固まってしまって笑わせます。
A: ダニエルのスピーチは簡潔でなかなか良かったじゃないですか。バルガス=リョサの長い長い受賞スピーチを皮肉っているのかもしれません。
B: 今年の文学賞は、ボブ・デュランが沈黙していてスウェーデン・アカデミーも困惑気味のようですが、欲しくなければ無視しないで、ジャン=ポール・サルトルのように辞退すれば済むことです。
A: 他にもいろいろ面白い仕掛けがありますが、これから開催される東京国際映画祭と共催上映なので、ここいら辺で。ブラック・コメディ好きにはお薦めです。ちなみに監督コンビのドキュメンタリー“Todo sobre el asado”(2016,仮訳「バーベキューのすべて」)はサンセバスチャン映画祭2016で上映されました。アルゼンチンの主菜は肉料理、特にアサードだ。70歳まで生きるとすると平均1.5トン食するという。これは如何にも多すぎて健康によくない。
B: しかし、お二人とも世界保健機関WHOの方針がお気に召さないようです。映画にもドでかい焼肉が登場します。
スペイン映画アカデミー新会長にイボンヌ・ブレイク ― 2016年10月29日 17:22
衣装デザイナーのイボンヌ・ブレイクが選出されました
★前会長アントニオ・レシネスの辞任に伴い、7月14日以来会長代理を務めていたイボンヌ・ブレイクが第15代会長に選出されました(10月18日)。副会長に監督・脚本家のマリアノ・バロッソと女優のノラ・ナバス、立候補は3人セットで臨むのが原則です。対抗馬なしの選挙でしたから信認投票ですね。オンラインと郵送での選挙、アカデミー会員約1200人のうち投票したのは248人、その内訳は、賛成193票、反対50票、白票3、無効票2でした。どうやらバルセロナ派で固めたようで、反対票50はこれを反映しているのでしょう。投票率も最低なら、これでは今後が思いやられます。大勢は「どうでもいいや」でしょうが、ゴヤ賞投票と同じように、会員登録していても会費が滞っていると選挙権がないのかもしれません。
(イボンヌ・ブレイクを中央にノラ・ナバスとマリアノ・バロッソ、9月末)
★スペインは政治も混迷していましたが、やっと社労党PSOEが国民党PPのラホイ首相の正式選出を容認しました。PSOEはラホイ続投に反対しておりましたが、年末に予定されていた3度めの総選挙を回避すべきという決定になったようです。つまり国会での信認投票には棄権するということです。国家もアカデミーも混迷続き、どちらも任期を全うできるでしょうか。特にアカデミーは問題山積、どこから着手すべきでしょうか。「アカデミーは映画に携わる総ての人々のための団体であるべきです。私たちの映画を守り発展させるためにしなければならないことが山ほどある」とブレイク新会長。
★イボンヌ・ブレイクYvonne Blake(1940年マンチェスター生れ)、イギリス系スペイン人(国籍はスペイン)の衣装デザイナー(生年は1938、1941と諸説あり、スペイン版ウィキペディア40によった)。英米合作映画フランクリン・J・シャフナーの大長編歴史ドラマ、ロマノフ家滅亡を描いた『ニコライとアレクサンドラ』(71)で第44回アカデミー賞「衣装デザイン賞」を受賞した。他、『ロビンとマリリン』(76)、『スーパーマン』(78)、『宮廷画家ゴヤは見た』(06)など代表作が英米映画に特化していることが反対票の理由の一つかもしれない。スペイン映画では、ゴヤ賞4個、ホセ・ルイス・ガルシの“Canción de cuna”(94)ビセンテ・アランダの『カルメン』(03)など、2012年に映画国民賞を受賞、これは女優以外の女性受賞者としては初めて。
(イボンヌ・ブレイク)
★副会長のマリアノ・バロッソは、1959年バルセロナ生れ、監督、脚本家、製作者。アメリカン・フィルム・インスティチュートとサンダンス・インスティチュートで映画演出を、テアトロ・エスパニョール・マドリード他で舞台演出を学ぶ。1993年“Mi hermano del alma”でゴヤ賞新人監督賞を受賞、ベルリン映画祭出品、サン・ジョルディ賞、カルロヴィ・ヴァリ映画祭金賞を受賞する。他の代表作はハビエル・バルデム、フェデリコ・ルッピを主役に据えた“Extasis”(95)がベルリン、ロンドン、ワシントン各映画祭に出品された。2005年“Hormigas en la boca”でマラガ映画祭審査員特別賞、2007年、国境なき医師団の活躍を追ったドキュメンタリー“Invisibles”をハビエル・バルデムなどと製作、ゴヤ賞ドキュメンタリー賞を受賞、2010年に放映された人気TVドラ・シリーズ“Todas las mujeres”(脚本を執筆)を、2013年に映画化、ゴヤ賞脚色賞他を受賞した。舞台演出でも活躍している。
(マリアノ・バロッソ)
(中央が主人公エドゥアルド・フェルナンデス、映画“Todas las mujeres”から)
★同副会長ノラ・ナバスは、主にバルセロナ派の監督作品に出演、日本公開作品では、アグスティ・ビリャロンガの『ブラック・ブレッド』の母親役でサンセバスチャン映画祭2010(銀貝)女優賞、ゴヤ賞2011主演女優賞を受賞、前回アップした『名誉市民』では、ノーベル賞作家ダニエルの秘書役で映画冒頭に登場していました。当ブログにもしばしば登場してもらっているバルセロナ派のベテランです。
(ノラ・ナバス、『ブラック・ブレッド』から)
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