ペネロペ・クルスが女優賞*第78回ベネチア映画祭2021 ― 2021年09月15日 16:17
女性監督とネットフリックスに光が当たったベネチア映画祭授賞式

★去る9月11日(現地時間)、第78回ベネチア映画祭の授賞式がありました。もう古いニュースになってしまいましたが、金獅子賞にフランスのオドレイ・ディワン(ディバン)の「L’Evénement / Happening」が満場一致の即決だった由、銀獅子賞監督賞にオーストラリアのベテラン監督ジェーン・カンピオンの『パワー・オブ・ザ・ドッグ』(ニュージーランドとの合作)に、マギー・ギレンホール(ジレンホール)の初監督作品「ザ・ロスト・ドーター」(ギリシャ・米国・英・イスラエル)に脚本賞、ノミネーション21作のうち女性監督は5作、うち1作は男性との共同にもかかわらず、メインの大賞を女性監督が独占した形になった。銀獅子賞審査員グランプリにはイタリアのパオロ・ソレンティーノの『The Hand of Got 神の手が触れた日』が受賞、主演のフィリッポ・スコッティが新人賞のマルチェロ・マストロヤンニ賞を受賞した。オドレイ・ディワン以外は年内Netflixで配信が決定しており、Netflixの存在は無視できなくなったようです。

(金獅子賞のオドレイ・ディワン)

(銀獅子賞審査員グランプリのパオロ・ソレンティーノ)

(銀獅子賞監督賞のジェーン・カンピオン)

(脚本賞のマギー・ギレンホール)
★ペドロ・アルモドバルの「Madres paralelas」に主演したペネロペ・クルスが、女優賞ヴォルピ杯を受賞しました。彼女はアルゼンチンのデュオ監督ガストン・ドゥプラット&マリアノ・コーンの「Competencia oficial」にも主演していたので、豪華な衣装代もさることながらフォトコールに駆けまわっていました。

(バッグなど小物も含めてシャネルで決めたペネロペ・クルス)
★栄誉金獅子賞は、既に紹介済みのロベルト・ベニーニと、アメリカの女優ジェイミー・リー・カーティスでした。当日には、ジョン・カーペンター総指揮の新作ホラー『ハロウィンKILLS』が上映された。『ハロウィン』(78)の40年後を描いた続編、彼女は主人公ローリーを演じている。

(ロベルト・ベニーニ)

(ジェイミー・リー・カーティス)
★Netflixの宣伝をするわけではありませんが、各映画の配信予定は以下の通り:
*『パワー・オブ・ザ・ドッグ』は2021年11月公開・配信は、2021年12月1日~
*『The Hand of Got 神の手が触れた日』の配信は、2021年12月15日~
*「ザ・ロスト・ドーター」の配信は、2021年12月31日~
メイド・イン・スペイン部門8作*サンセバスチャン映画祭2021 ㉑ ― 2021年09月14日 10:57
メイド・イン・スペイン部門はドラマ、ドキュメンタリー合わせて8作品

★第69回サンセバスチャン映画祭2021の「メイド・イン・スペイン」には、カンヌ、ロッテルダム、マラガ、ヒホン、各映画祭で話題を呼んだスペイン公開作品8作がアナウンスされました。既に作品紹介をしたものはデータだけに割愛します。このセクションは著作権管理団体であるSGAE財団(Sociedad General de Autores y Editores 著者出版社協会)とタイアップしています。2年前からドゥニア・アヤソ賞の授与式を行っております。この賞は7年前に鬼籍入りしたカナリア諸島出身の監督&脚本家へのオマージュとして設けられた賞。主人公が歴史上の女性、あるいは女性がおかれている社会状況を語った作品に授与されます。同じく財団は2019年から、バスク脚本家専門協会が推進するバスク制作脚本賞を新設して資金提供を行っています。

(監督:アグスティ・ビリャロンガ、アイノア・ロドリゲス、フリア・デ・パス、
エゼキエル・モンテス)

(監督:アドリアン・シルベストレ、ハビエル・エスパダ、ハビエル・トレンティノ、
ルイス・ロペス・カラスコ)
*メイド・イン・スペイン部門*
①「Ama」2021年
監督:フリア・デ・パス(スペイン)長編映画第2作目
★データ:製作スペイン、スペイン語、ドラマ、90分、第24回マラガ映画祭2021銀のビスナガ女優賞(タマラ・カセリャス)受賞作品
*作品&監督キャリア・キャスト紹介は、コチラ⇒2021年07月07日


②「Buñuel, un cineasta surrealista / Buñuel, A Surrealist Filmmaker」
監督・脚本:ハビエル・エスパダ(スペイン)
★データ:製作国スペイン、スペイン語、2021年、ドキュメンタリー、83分、配給コントラコリエンテ・フィルム。
製作Tolocha Productions(ペドロ・ピニェイロ)/ Hemisphere Films(エミリオ・ルイス・バラチナ)、撮影(イグナシオ・フェランド)、編集(カルロス・ベリョンガ、ホルヘ・イエタノ)、音楽(ベニト・シエラ、アルバロ・マザラサ)、カンヌ映画祭2021カンヌ・クラシック部門上映
解説:デビュー作『アンダルシアの犬』(28)以来、最も純粋なシュルレアリスム映画のパイオニア的存在であるルイス・ブニュエルは、第2作目『黄金時代』の後にそれを捨てたかった。しかしメキシコ、フランス、スペインでのキャリアを積みながらシュルレアリスムの基本理念への言及に執着しつづけた。子供のときからあった原則、最も基本的な彼の創造の柱の一部となっている、または彼の映画の特異性の大きな部分を形成している夢のような要素を決して手放しませんでした。ブニュエル映画は、ゴヤ、ティツィアーノ、ダヴィンチなどの古典的な画家に触発され、シネアストに止まらず、作家、画家、劇作家の創造的な指針となっています。このドキュメンタリーは、新世代の若い観客がこの普遍的な映画人を発見する可能性を含んでいる。ブニュエルのビジョンは挑発しつづけ、更にアートや文学と繋がることで際立つでしょう。


③「Destello Bravío」2021年
監督:アイノア・ロドリゲス(スペイン、マドリード1982)長編デビュー作
★データ:製作国スペイン、スペイン語、ミステリアス・ドラマ、98分、第24回マラガ映画祭2021銀のビスナガ審査員特別賞・編集賞受賞作品、ロッテルダム映画祭2021セクション・オフィシアル「タイガー部門」正式出品。家父長制の時代に育ったイサ、シタ、マリアの中年女性3人の人生が語られる。キャストにアマチュアを起用してドキュメンタリー手法で撮ったフィクション。
*作品ストーリー紹介は、コチラ⇒2021年05月13日


④「El año del descubrimiento / The Year of the Discovery」ドキュメンタリー
監督:ルイス・ロペス・カラスコ(スペイン)
★データ:製作国スペイン=スイス、スペイン語、2020年、200分、第35回ゴヤ賞2021長編ドキュメンタリー賞、第26回フォルケ賞2021長編ドキュメンタリー賞、2021年に新設された第8回フェロス賞ドキュメンタリー賞の受賞作品。1992年のムルシア州カルタヘナ市、紫煙立ちこめる或る1軒のバルに集う隣人、若者、失業者の会話を記録する長尺のドキュメンタリー。


⑤「El ventre mar / The Belly of the Sea」(El vientre del mar) 2021年
監督:アグスティ・ビリャロンガ(スペイン、バルセロナ)
★データ:製作国スペイン、カタルーニャ語、歴史ドラマ、75分、イタリアの作家アレッサンドロ・バリッコの小説の映画化。第24回マラガ映画祭2021金のビスナガ作品賞(ハビエル・ぺレス・サンタナ他)、銀のビスナガ監督・脚本賞(A・ビリャロンガ)、同男優賞(ロジェール・カザマジョール)、同音楽賞、同撮影賞の受賞作品。ヨーロッパ映画アカデミー賞のプレセレクションされている。
キャスト:ロジェール・カザマジョール、オスカル・カポジャ、他
*作品&監督キャリア紹介は、コチラ⇒2021年05月09日
*ロジェール・カザマジョールのフィルモグラフィーは、コチラ⇒2021年06月24日


⑥「Hombre muerto no sabe vivir / A Dead Man Cannot Live」2021年
監督:エゼキエル・モンテス(スペイン、マラガ)デビュー作
★データ:第24回マラガ映画祭2021セクション・オフィシアル正式出品、アントニオ・デチェント主演の犯罪スリラー。別途作品紹介予定
キャスト:アントニオ・デチェント、ルベン・オチャンディアノ、エレナ・マルティネス、ヘスス・カストロ、パコ・トウス、他
*作品紹介記事は、コチラ⇒2021年09月18日


⑦「Sedimentos / Sediments」ドキュメンタリー
監督・脚本:アドリアン・シルベストレ(スペイン、バレンシア1981)第2作目
★データ:製作国スペイン、スペイン語、2021年、89分。第24回マラガ映画祭2021ドキュメンタリー部門正式出品、テッサロニキ映画祭審査員特別賞受賞作品。
解説:地球がそうであるように、私たちの内なる自分は異なった地層や階層で構成されており、私たちのアイデンティティをつくり、私たちの人生の物語を語っている。本作は年齢も職業も異なる6人の女性グループと一緒に、レオン地方への旅に寄り添っていく。
キャスト:マグダレナ・ブラサス、ティナ・レシオ、サヤ・ソラナ、クリスティアナ・ミリャン、ヨランダ・テロル、アリシア・デ・ベニト


⑧「Un blues per a Teheran / Tehran Blues」(Un blues para Teherán)
監督:ハビエル・トレンティノ(スペイン)デビュー作、ジャーナリスト、作家、映画評論家。
★データ:製作国スペイン、スペイン語・ペルシャ語・クルド語、2020年、ドキュメンタリー・ミュージカル、79分、製作Quatre Films Audiovisuales(アレハンドラ・モラ)/ Eddie Saeta(ルイス・ミニャロ)、
脚本(ハビエル・トレンティノ、ドリアン・アロンソ)、撮影(フアン・ロペス)、編集(セルジ・ティエス)、配給Surtsey Films
映画祭・受賞歴:ヒホン映画祭2020(11月)クロージング作品、ラス・パルマス・デ・グラン・カナリア映画祭2021(4月)正式出品、モスクワ映画祭2021正式出品(4月)、サンセバスチャン映画祭2021メイド・イン・スペイン部門、ほかビスカヤ、ナバラ、マドリード、バレンシアなどのフィルモテカでのイベント上映多数。
キャスト:エルファン・シャフェイ、ゴルメール・アラミ、シーナ・デラクシャン、モハマド・ジャハン、他
ストーリー:イランは伝統と現代性が共存し、私たちに異なった顔を見せる国として認識されています。映画監督になりたい若いクルドの詩人エルファンは、音楽とその人々の目を通して、未知であるが洗練された国を発見するよう私たちを導いていく。両親とオウムと暮らしているエルファンは、歌い、詩を書き、しかし未だ愛については何も知らない・・・


★以上ドラマとドキュメンタリー各4作品です。
『笑う故郷』のデュオ監督のコメディ*サンセバスチャン映画祭2021 ⑳ ― 2021年09月10日 14:18
ペルラス部門の開幕作品「Competencia oficial」はベネチアでプレミア

(ペルラス部門のポスター)
★アルゼンチンのガストン・ドゥプラット&マリアノ・コーンの「Competencia oficial」は、ベネチア映画祭コンペティション部門でワールドプレミアされ、サンセバスチャン映画祭では「ペルラス」部門のオープニング作品に選ばれたブラック・コメディ。キャストにスペインを代表するアントニオ・バンデラスとペネロペ・クルス、両人ともドノスティア栄誉賞受賞者、アルゼンチンからはベネチアFF2016の男優賞ヴォルピ杯の受賞者オスカル・マルティネスと豪華版、大ヒットした『笑う故郷』を超えられたでしょうか。ベネチアでは既に上映され、緊張と皮肉がミックスされた不愉快なコメディは、概ねポジティブな評価のようでした。かつて見たことのないバンデラスやクルスを目にすることができるか楽しみです。
*『笑う故郷』(「名誉市民」)関連記事は、コチラ⇒2016年10月13日/同10月23日

(カンヌ映画祭を揶揄した?「Competencia oficial」のポスター)

(赤絨毯に現れたクルスをエスコートするバンデラス、ベネチアFF2021)

(勢揃いした左から、マリアノ・コーン監督、アントニオ・バンデラス、
ペネロペ・クルス、オスカル・マルティネス、ガストン・ドゥプラット監督)
★ペルラス部門はスペイン未公開に限定されますが、既に他の国際映画祭での受賞作品、評価の高かい作品が対象です。従って本作に見られるようにベネチア、カンヌ、ベルリン、トロント各映画祭の作品が散見されます。日本からはカンヌ映画祭で脚本賞を受賞した濱口竜介の『ドライブ・マイ・カー』がアウト・オブ・コンペティションで特別上映、ベルリン映画祭で審査員大賞を受賞した『偶然と想像』がコンペティションに選ばれています。ドノスティア(サンセバスチャン)市観客賞に5万ユーロ、ヨーロッパ映画賞に2万ユーロの副賞が出る。
「Competencia oficial / Oficial Competition」
製作:The MediaPro Studio
監督:ガストン・ドゥプラット、マリアノ・コーン
脚本:アンドレス・ドゥプラット、ガストン・ドゥプラット、マリアノ・コーン
撮影:アルナウ・バルス・コロメル
編集:アルベルト・デル・カンポ
プロダクション・デザイン:アライン・バイネ
美術:サラ・ナティビダ
セットデコレーション:クラウディア・ゴンサレス・カルボネル、ソル・サバン、パウラ・サントス・サントルム
衣装デザイン:ワンだ・モラレス
メイクアップ&ヘアー:マリロ・オスナ、エリ・アダネス、アルバ・コボス、パブロ・イグレシアス、(ヘアー)セルヒオ・ぺレス・ベルベル、他
プロダクション・マネージメント:ジョセップ・アモロス、アレックス・ミヤタ、他
録音:アイトル・ベレンゲル
製作者:ジャウマ・ロウレス、(エグゼクティブ)ハビエル・メンデス、エバ・ガリド、他
データ:製作国スペイン=アルゼンチン、スペイン語、2021年、ブラックコメディ、114分、撮影地スペイン、配給ブエナビスタ・インターナショナル・スペイン、公開スペイン2022年1月14日、アルゼンチン1月20日、ロシア3月10日
映画祭・受賞歴:ベネチア映画祭2021コンペティション9月4日、トロント映画祭9月14日、サンセバスチャン映画祭ペルラス部門オープニング作品9月17日
キャスト:ペネロペ・クルス(映画監督ロラ・クエバス)、アントニオ・バンデラス(ハリウッド俳優フェリックス・リベロ)、オスカル・マルティネス(舞台俳優イバン・トレス)、ホセ・ルイス・ゴメス(製薬業界の大物)、イレネ・エスコラル(大物の娘)、ナゴレ・アランブル、マノロ・ソロ、ピラール・カストロ、コルド・オラバリ、カルロス・イポリト、フアン・グランディネッティ、ケン・アプルドーン、他
ストーリー:超越と社会的名声を求めて、大富豪の実業家は自分の足跡を残すため映画製作に乗り出します。それを実行するため最高のものを雇います。監督には有名なロラ・クエバス、俳優にはこれまた超有名で才能あふれる2人を選びます。しかしハリウッドスターのフェリックス・リベロと過激な舞台俳優イバン・トレスはエゴの塊り、二人ともレジェンドになっていますが、正直のところ友人同士とは言い難いのです。クエバス監督によって設定され、どんどんエキセントリックになっていく一連の試練を通して、フェリックスとイバンはお互いだけでなく、自分自身の過去とも直面することになる。誇大妄想狂の億万長者から傑作を依頼されるロラの冒険物語であり、映画産業の危険性についての妄想的な解説でもある。

(数トンもあるダモクレスの剣ならぬ岩の下で危険に命をかけている3人)
映画産業についての少し悪意のこもったコメディ
★今年のベネチアのペネロペ・クルスは、アルモドバルのオープニング作品に選ばれた「Madres paralelas」と本作の主役で大忙し、よく働くと感心する。彼女が扮するロラは、非凡な才能をもっているがノイローゼ気味の独裁者、アーティストでプリマドンナだが壊れやすい。そしてこれ以上のキャスティングはないと思われる2人の俳優を選ぶが、二人は共演したことがない。アントニオ・バンデラス扮するフェリックス・リベロはハリウッド映画界きっての大スター、軽薄なファンに囲まれたセレブ、インターナショナルな商業映画では水を得た魚のように泳げるが・・・。片やオスカル・マルティネス扮するイバン・トレスは、スタニスラフスキー演技法を学んだ演劇界の大御所、インテレクチュアルなマエストロである。ただし揃いもそろってエゴの塊だ。

(打ち合せ中のバンデラス、クルス、マルティネスとデュオ監督)
★脚本家のアンドレス・ドゥプラットは、ガストン・ドゥプラットの実兄、『笑う故郷』の執筆者、彼は建築家でアート・キュレーター、その経験を活かして執筆したのが『ル・コルビュジエの家』(09)、2012年に公開されたとき来日している。アンドレスは「最良の意味で、詐欺がアートにとって優れており不可欠なもの。無駄で利己的であることは、普通の人が行かないところへアーティストを行かせる」とラ・ナシオン紙のインタビューに語っている。マルティネスは「自我がなければ映画や本、政治的なものさえ存在しない。勿論、それをマスターしなければならない」と主張する。エゴはロバと同じで飼いならさなければならない。クルスは「虚栄心は飼いならさなければただの野生動物です」と。バンデラスは慎重に「エゴは金庫に入れておかねばならない」と。ロラ・クエバスのモデルはアルゼンチンの「サルタ三部作」や『サマ』の監督ルクレシア・マルテルの分身と言うのだが・・・

(フェリックスとライオン・ヘアーの鬘がトレードマークのロラ)
★大富豪だが映画産業には精通しているとは思えないプロデューサーの野望のまえで危険に晒される。80歳になる依頼主は、イレネ・エスコラル扮する娘を主役にする条件で歴史に残る傑作を要求する。ホセ・ルイス・ゴメスは、アルモドバルの『抱擁のかけら』で若い愛人P.P.を繋ぎとめるために映画出演させる実業家に扮した俳優、誇大妄想狂な実業家ということで目配せがありそうです。この映画のプロットはいただけませんでしたが、過去の映画やシネアストたちへのオマージュ満載で大いに楽しめた。デュオ監督の新作にも期待していいでしょうか。

(カンヌらしき映画祭の赤絨毯に現れたロラ、フェリックス、大富豪の娘、大富豪、
ロラの衣装はSSIFF2020開幕司会者カエタナ・ギジェン・クエルボの衣装と同じか?)
★ガストン・ドゥプラット監督によると、クランクインはスペインで2020年の2月、しかしパンデミックで7ヵ月間中断してしまった。しかしその期間に創造性を推敲する時間がもてたと述べている。アルゼンチンとイタリアを行き来するには10日間の隔離期間をクリアーしなければならないから、合間に仕事をするのは難しいとも語っている。アドリア海に浮かぶリド島には、『笑う故郷』(当ブログでは原題の『名誉市民』)で訪れている。主役のオスカル・マルティネスが男優賞ヴォルピ杯を受賞している。デュオ監督はヤング・ベネチア賞スペシャル・メンション他を受賞している。

(男優賞受賞のオスカル・マルティネス、ベネチアFF2016)
★ジャウマ・ロウレス(バルセロナ1950)は、制作会社メディアプロのCEO、バルセロナ派を代表する製作者、昨年のSSIFF開幕作品、ウディ・アレンの「Rifkin’s Festival」ほか、『それでも恋するバルセロナ』、『ミッドナイト・イン・パリ』などを手掛けている。フェルナンド・レオン・デ・アラノアの『月曜日にひなたぼっこ』でスタート、ハビエル・バルデムを主役にセクション・オフィシアルにノミートされている「El buena patrón」、最後のガローテ刑の犠牲者サルバドール・プッチ・アンティックを主人公にしたマヌエル・ウエルガの『サルバドールの明日』、ハビエル・フェセルの『カミーノ』でゴヤ賞2009作品賞を受賞している。アレックス・デ・ラ・イグレシアのドキュメンタリー『メッシ』、ドゥプラット作品では「Mi obra maestra」(18)をプロデュースしている。バルセロナに彼の名前を冠した通りがあるとかで、本作の大富豪と何やら共通点がありそうなのでアップしました。

(ドゥプラットの「Mi obra maestra」のポスター)
★劇中ではいがみ合った3人も、撮影中は笑いが絶えなかったという主演者、「こんなに笑ったことはないし、笑いは体制をも転覆させる。演技中も楽しかった」とバンデラス、「ロラは解放者で滑稽、魅力的な精神病質者、素晴らしいアイディアのインテリ、ただしおバカで自己中心的」とクルス。サンセバスチャン映画祭出席のリストにクルスと、「El buena patrón」主演のハビエル・バルデムの出席はアナウンスされています。ペルラス部門はメインでないからアルゼンチン組の現地入りの可能性は少ない。いずれにしても本作は字幕入りで鑑賞できますね。
◎追加情報:『コンペティション』の邦題で、2023年3月17日公開されました。
ロレンソ・ビガスの新作「La caja」*サンセバスチャン映画祭2021 ⑲ ― 2021年09月07日 17:33
第5弾――『彼方から』6年ぶりの新作「La caja」

★ホライズンズ・ラティノ部門ノミネートのロレンソ・ビガス(ベネズエラのメリダ1967)の「La caja」は、ベネチア映画祭2021のコンペティションでワールドプレミアされます(結果発表は9月11日)。監督は2015年の「Desde allá」で金獅子賞を受賞、ラテンアメリカにトロフィーを運んできた最初の監督になりました。ラテンビート2016では『彼方から』の邦題で上映されています。ラテン諸国のなかでもベネズエラは、当時も現在も変わりませんが政情不安と貧困が常態化しており、映画産業は全くといっていいほど恵まれていません。受賞作はメキシコとの合作、新作はメキシコと米国の合作、監督は20年前にメキシコにやって来て映画製作をしており、ベネズエラは監督が生まれた国というだけです。メキシコのミシェル・フランコとは製作者として互いに協力関係にあります。新作の舞台はメキシコ北部のチワワ州の大都市シウダー・フアレス、アメリカと国境を接しているマキラドーラ地帯を背景にしています。キャリア&フィルモグラフィーは、『彼方から』でアップしています。
*『彼方から』関連記事は、2015年08月08日/同年10月09日/2016年09月30日

(左から、エルナン・メンドサ、監督、ハッツィン・ナバレテ、ベネチアFF2021)
「La caja / The Box」
製作:Teorema(メキシコ)/ SK Global Entertainment / Labodigital(メキシコ)
監督:ロレンソ・ビガス
脚本:パウラ・マルコビッチ、ロレンソ・ビガス
撮影:セルヒオ・アームストロング
編集:パブロ・バルビエリ・カレーラ、イザベラ・モンテイロ・デ・カストロ
プロダクション・デザイン:ダニエラ・シュナイダー
プロダクション・マネージメント:サンティアゴ・デ・ラ・パス、マリアナ・ラロンド
衣装デザイン:ウルスラ・シュナイダー
視覚効果:エドガルド・メヒア、ディエゴ・バスケス・ロサ
キャスティング:ビリディアナ・オルベラ
音楽:マウリシオ・アローヨ
製作者:ミシェル・フランコ、ホルヘ・エルナンデス・アルダナ、ロレンソ・ビガス(以上はTeorema)、(エグゼクティブ)マイケル・ホーガン(SK Global Entertainment)、チャールズ・バルテBarthe(Labodigital)、ジョン・ペノッティ、ブライアン・コルンライヒ、キリアン・カーウィン、他多数
データ:製作国メキシコ=米国、スペイン語、2021年、スリラー・ドラマ、92分、撮影地チワワ州(シウダーフアレス、クレエル、サンフアニート、他)、パナビジョンカメラ(35ミリ)使用
映画祭・受賞歴:第78回ベネチア映画祭コンペティション部門ノミネーション(9月6日)、トロント映画祭2021上映、第69回サンセバスチャン映画祭ホライズンズ・ラティノ部門ノミネーション
キャスト:ハッツィン・ナバレテ(ハッツィン・レイバ)、エルナン・メンドサ(父親に似た男性マリオ)、クリスティナ・スルエタ(ノリタ)、エリアン・ゴンサレス、ダルス・アレクサ・アル・ファロ、グラシエラ・ベルトラン
ストーリー:死んだと信じている父親を探す13歳の少年ハッツィンの物語。メキシコシティ生れのハッツィンは、父親の遺骨を引き取るための旅に出ます。メキシコ最北部の広大な空だけに囲まれた共同墓地で発見されたからです。遺骨の入った箱を渡されるが、街中で父親と体形が似ている男を偶然目撃したことで、彼の父親の本当の居場所についての疑問と希望が少年を満たしていきます。ラテンアメリカ諸国に共通している父の不在、父性の問題、行方不明者の問題に踏み込んだスリラー。箱の中身は何でしょうか。<父性についての三部作> 最終章。

(メキシコ最北部の砂漠で少年と父に似た男性、フレームから)
「La caja / The Box」は<父性についての三部作>の最終章
★デビュー作の早い成功は、多くの監督に次回作に大きなプレッシャーをもたらします。ロレンソ・ビガスも例外ではなかったでしょう。何しろ三大映画祭の一つ金獅子賞でしたから、「受賞にとらわれないようにすることに苦労した」と明かしている。『彼方から』のフィルモグラフィーでも述べたように、本作は2004年にカンヌ映画祭併催の「批評家週間」でプレミアされた短編映画「Los elefantes nunca olvidan」(13分、製作ギジェルモ・アリアガ)を第1部、『彼方から』を第2部、新作が最終章とする三部作、監督にとっては必要不可欠な構想だったから、完結できたことを喜びたい。前2作と角度が違うのは、本作では父親の欠如がもたらす結果に踏み込んでいること、家族を維持するための父親をもつために、少年に何ができるかを掘り下げている。また90歳で死ぬまで描き続けたという父親で画家だったオスワルド・ビガスを描いたドキュメンタリー「El vendedor de orquídeas」(16、75分)も、同じテーマなのでリストに入れてもいいということです。

(父親を配した「El vendedor de orquídeas」のポスター)
★キャストは、舞台演出家でベテラン俳優のエルナン・メンドサを起用、ミシェル・フランコの『父の秘密』(12)の凄みのある演技でアリエル賞にノミネート、アミル・ガルバン・セルベラほかの「La 4a Compañia」(16)でマイナー男優賞を受賞している。「ハッツィン・ナバレテと出会えたことが幸運だった」と語る監督は、主人公の少年探しは簡単ではなかったという。時間をかけて全国の学校を回り、犯罪率の高さで汚名を着せられているメヒコ州シウダー・ネツァワルコヨトルで彼を見つけるまで時間が掛った。ベネチアまで来られたのは彼の隠れた才能のお蔭だと言い切っている。またメキシコで出会った友人たちに感謝を忘れず「今回はメキシコを代表してやってきました」と述べた。以前から「自分はメキシコで生まれていなくてもメキシコ人です」と語っており、故国ベネズエラは遠くなりにけりです。

(少年とエルナン・メンドサ扮する偶然出会った男性、フレームから)
★撮影地にはメキシコ北部としか決めていなかったが、チワワ州に到着して「ここでなければならない」と思った。それは風景の圧倒的な美しさと、そこにある現実の美しさと恐ろしさのコントラストが決め手だったようです。ビデオではなく35ミリ撮影に拘ったのは「35ミリは光がフィルムと目を通過するため、依然として人間の目に近い。ビデオは電子的に生成されるから、映画館で見るとき、技術的な進歩にもかかわらず画像を知覚する感情的な方法は依然として35ミリです」とエル・パイス(メキシコ版)のインタビューに応えている。テキサス州エル・パソと国境を接するシウダー・フアレスからクレエルまでチワワ州の10ヵ所で撮影した。クレエルではメキシコでは滅多に見られない降雪があり「とても印象的でした」と。私たちは映画の中で美しい降雪に出会うでしょう。

(撮影中のロレンソ・ビガス監督)
★1990年代からシウダー・フアレスで出現し、現在も続いている女性連続失踪事件に踏み込んだのは、メキシコに来て最初に直面した衝撃の一つだったからで、脚本に自然に登場したと述べている。<フアレスの女性の死者たち>と呼ばれる殺人事件で、犠牲者は2万人にのぼる。ロベルト・ボラーニョの遺作となった小説『2666』にも登場する。小説ではサンタテレサという架空の名前になっているがシウダー・フアレスがモデルである。犠牲者の多くがマキラドーラ*の多国籍企業の下請けで低賃金で働く女性労働者であり、映画では少年をマキラドーラ産業の或る製品組立工場に導いていく。国家公安機構事務局の統計によると、2020年で最も多かった自治体はシウダー・フアレス市だったという。

(マキラドーラ産業の或る製品組立工場、フレームから)

(林立する犠牲者の十字架、シウダー・フアレス)
★脚本を監督と共同執筆したパウラ・マルコビッチ(ブエノスアイレス1968)は、ビガス同様メキシコで映画製作をしていますが、アルゼンチン出身の監督、脚本家、作家、自身の小説が映画化されている。メキシコの監督フェルナンド・エインビッケの『ダック・シーズン』や『レイク・タホ』の脚本を監督と共同執筆して、もっぱらメキシコで仕事をしているのでメキシコ人と思われていますがアルゼンチン人です。監督デビュー作「El premio」は故郷に戻って、自身が生れ育ったサン・クレメンテ・デル・トゥジュという湯治場を舞台に、軍事独裁時代を女の子の目線で撮った自伝的要素の強い作品です。ベルリン映画祭2011でプレミアされ、アリエル賞2013初監督作品賞オペラ・プリマ賞以下、国際映画祭での受賞歴が多数あります。

(「El premio」のポスター)
*マキラドーラは、製品を輸出する場合、原材料、部品、機械などを無関税で輸入できる保税加工制度、1965年に制定された。この制度を利用しているのがマキラドーラ産業で、低賃金で若い労働力を得られることで、メキシコに進出して日本企業も利用している。
*追加情報:第34回東京国際映画祭2021「ワールド・フォーカス」部門で『箱』の邦題で上映決定になりました。第18回ラテンビート2021共催上映
アルモドバル新作がオープニング作品*第78回ベネチア映画祭2021 ― 2021年09月04日 15:32
オープニング作品はアルモドバルの「Madres paralelas」

(ベネチア映画祭2021の公式ポスター)
★9月1日、第78回ベネチア映画祭2021(9月1日~11日)が開幕しました。新型コロナウイルス以前の開催日より若干遅いですが、ペドロ・アルモドバルの「Madres paralelas」をオープニング作品に選んで開幕しました。アルモドバルは第76回の栄誉金獅子賞の受賞者です。2019年は『ペイン・アンド・グローリー』で盛り上がった年でした。今年のコンペティション部門は21作、そのうちイベロアメリカ関係では英語映画を含めてミシェル・フランコの「Sundown」ほか5作品、昨年は彼の「Nuevo orden」1作だけでしたから大変な違いです。サンセバスチャン映画祭と被っている作品はそちらで作品紹介をいたしますが、取りあえずタイトルと監督などのデータをアップしておきます。

(ミレナ・スミット、監督、ペネロペ・クルス)

(赤絨毯に勢揃いした監督以下、主演のペネロペ・クルス、ミレナ・スミット、
イスラエル・エレハルデ、アイタナ・サンチェス=ヒホン、アグスティン・アルモドバル)
*ベネチア映画祭コンペティション部門*
①「Madres paralelas / Paralled Mothers」スペイン、スペイン語、2021、120分
監督:ペドロ・アルモドバル(スペイン)76回栄誉金獅子賞受賞
キャスト:ペネロペ・クルス、ミレナ・スミット、イスラエル・エレハルデ、ロッシ・デ・パルマ、アイタナ・サンチェス=ヒホン、フリエタ・セラノ、アデルファ・カルボ、ダニエラ・サンティアゴ、他
*ゴヤ賞2021新人女優賞ノミネートのM・スミットの記事は、コチラ⇒2021年02月23日


(ペネロペ・クルス、ミレナ・スミット、フレームから)
②「Sundown」メキシコ=フランス=スウェーデン、英語・スペイン語、83分
監督:ミシェル・フランコ(メキシコ)「Nuevo orden」で77回審査員大賞受賞
キャスト:ティム・ロス、シャルロット・ゲンズブール、ヘンリー・グッドマン、モニカ・デル・カルメン、イアスア・ラリオス、ほか

(主演のティム・ロス)
③「Spencer」ドイツ=イギリス、英語、2021、111分
監督:パブロ・ラライン(チリ)
キャスト:クリステン・スチュワート、ティモシー・スポール、ショーン・ハリス、エイミー・マンソン、他
*「Spencer」のトレビア紹介記事は、コチラ⇒2020年07月12日


(ダイアナ妃に扮したクリステン・スチュワート)
④「Competencia oficial / Official Comlpetition」スペイン=アルゼンチン、
スペイン語
監督:ガストン・ドゥプラット&マリアノ・コーン(アルゼンチン)、『笑う故郷』の監督
キャスト:アントニオ・バンデラス、ペネロペ・クルス、オスカル・マルティネス(73回男優賞受賞)、ホセ・ルイス・ゴメス
*サンセバスチャンFF「ペルラス」部門の開幕作品、SSIFFで別途作品紹介予定
*作品紹介記事は、コチラ⇒2021年09月10日

(左から、アントニオ・バンデラス、ペネロペ・クルス、オスカル・マルティネス)
⑤「La cajas / The Box」メキシコ=米国、スペイン語、2021,92分
監督:ロレンソ・ビガス(ベネズエラ、2015年の『彼方から』で金獅子賞)
キャスト:エルナン・メンドサ、Hatzin Navarrete(デビュー作)、クリスティナ・スルエタ
*サンセバスチャンFF「ホライズンズ・ラティノ」部門ノミネーション作品、父親の遺品を求めてメキシコ北部の悪名高いフアレス市を訪れる若者の物語。SSIFFで別途作品紹介予定
*作品紹介記事は、コチラ⇒2021年09月07日


(本作デビューの Hatzin Navarrete、フレームから)
★オープニングに合わせて、ロベルト・ベニーニの栄誉金獅子賞の授賞式が行われました。イタリアの俳優、監督、コメディアン、『ライフ・イズ・ビューティフル』(98、監督・脚本・出演)でアカデミー主演男優賞、カンヌFF審査員特別賞、英国アカデミー賞バフタ主演男優賞などを受賞した。

(ロベルト・ベニーニ、ベネチア映画祭2021、9月1日)
★審査員メンバーは、委員長ポン・ジュノ(監督、韓国)、クロエ・ジャオ(監督、アメリカ)、サラ・ガドン(女優、カナダ)、ビルジニー・エフィラ(女優、ベルギー)、サヴェリオ・コスタンツォ(監督、イタリア)、アレクサンダー・ナナウ(監督、ドイツ)、シンシア・エリボ(女優、英国)の7名です。結果発表は閉会式の9月11日(日本時間12日)。

(左から、ナナウ、ジャオ、エリボ、ポン・ジュノ、エフィラ、コスタンツォ、ガドン)
マリオン・コティヤールにドノスティ栄誉賞*サンセバスチャン映画祭2021 ⑱ ― 2021年09月02日 16:04
65人目のドノスティア栄誉賞にマリオン・コティヤール

★8月24日、65人目のドノスティア栄誉賞にマリオン・コティヤールがアナウンスされ、2017年のアニエス・ヴァルダ以来4年ぶりにフランスのシネアストが選ばれました。女優としては受賞順にカトリーヌ・ドヌーヴ、ジャンヌ・モロー、イザベル・ユペールと4人目になります。ジュリエット・ビノシュが先と予想していましたが、コティヤール受賞はカンヌ映画祭2021でレオス・カラックスが監督賞を受賞したミュージカル『アネット』主演でグッド・タイミングです。9月17日のオープニングに授賞式が予定されており、メイン会場のクルサールです。本祭での上映作品はジョニー・デップ同様ありません。ということで過去の話題作ジャン・ピエール&リュック・ダルデンヌ兄弟の『サンドラの休日』(14)が9月4日、ジョニー・デップはジム・ジャームッシュの『デッドマン』(95)が9月9日上映されることになりました。

(二人のドノスティア栄誉賞受賞者の特別上映)
★キャリア&フィルモグラフィーは日本語版ウイキペディアに詳細があり、公開作品も多くオンラインで配信されておりますので大枠だけアップします。マリオン・コティヤール(パリ1975)はフランスの女優。両親はともに舞台俳優、オルレアンの演劇学校を首席で卒業している。少女の頃から父親ジャン=クロード・コティヤールの舞台に出演、ほかTVシリーズにも出演している。1994年に映画デビュー、1996年アルノー・デプレシャンの『そして僕は恋をする』で大学生に扮した。ブレイクしたのはリュック・ベンソン製作・脚本のカーアクション・コメディ3部作『TAXi』、第1作(98、監督ジェラール・ピレス)と第2作『TAXi 2』(00、監督ジェラール・クラヴジック)でセザール有望賞にノミネートされ、第3作『TAXi 3』(02、同監督)にリリー・ベルティノー役でファンを獲得した。
★本国で大ヒットしたヤン・サミュエルの『世界でいちばん不運で幸せな私』(03)で後にパートナーとなるギヨーム・カネと共演、ハリウッド・デビューのティム・バートンの『ビッグ・フィッシュ』(03)、ジャン=ピエール・ジュネの『ロング・エンゲージメント』(04)でカンヌ映画祭新人女優賞、セザール助演女優賞に初受賞した(主役はオドレイ・トトゥ)。リドリー・スコットの『プロヴァンスの贈りもの』(06)、そしてマリオンといえばまず引用されるのが、オリヴィエ・ダアンの『エディット・ピアフ~愛の讃歌』(07)のピアフ役、米アカデミー賞、セザール賞、ゴールデン・グローブ賞(ミュージックコメディ部門)、英バフタ賞以下書ききれないほどの主演女優賞を受賞した。同じ年、マイケル・マンのアメリカの犯罪映画『パブリック・エネミーズ』でジョニー・デップやクリスチャン・ベールと共演した。

(大ヒット作『エディット・ピアフ』でのマリオン・コティヤール)
★ロブ・マーシャルがフェデリコ・フェリーニの自伝的映画『8 1/2』をミュージカル化した『NINE』(09)に、ダニエル・デイ=ルイスが演じたグイドの妻役ルイザに起用され、ソフィア・ローレン、ジュディ・デンチ、ニコール・キッドマン、ペネロペ・クルスなど、有名女優と競演し、ゴールデン・グローブ賞主演女優賞にノミネートされた。これ以降、2014年の『サンドラの休日』までの活躍は特筆に値する。クリストファー・ノーランの『インセプション』(09)、ギヨーム・カネの『君のいないサマーでイズ』(10)、ウディ・アレンの『ミッドナイト・イン・パリ』(11)、ジャック・オディアールの『君と歩く世界』(12)では受賞こそなかったが、ゴールデン・グローブ賞(ドラマ部門)、セザール賞、バフタ賞ほか多数のノミネーションを受けた。2012年には再びノーランの『ダークナイト・ライジング』、ハリウッド映画で初めて主役を演じた、ジェームズ・グレイの『エヴァの告白』(13、全米、ニューヨーク、ボストン、トロントなどの各映画批評家協会賞を受賞)、そして2度目となるオスカー賞ノミネートの『サンドラの休日』と続く。セザール賞はノミネートに終わったが、ヨーロッパ映画賞女優賞を筆頭に受賞歴を誇るマリオンの代表作になった。

(『サンドラの休日』のマリオン・コティヤール)
★ニコール・ガルシアの『愛を綴る女』(15)、グザヴィエ・ドランの『たかが世界の終わり』(16)、ブラッド・ピットとの不倫噂がつきまとったロバート・ゼメキスの『マリアンヌ』(16)では、終戦末期のロンドンで他人の人生を歩かざるを得なかった悲劇の二重スパイを演じた。最新作が上述したレオス・カラックスのミュージカル『アネット』でアダム・ドライバーと夫婦役を演じている。今年のカンヌにはインドネシアの環境を破壊しているプラスチックゴミをテーマにしたフロール・ヴァスールのドキュメンタリー「Bigger Than Us」が特別上映され、彼女は共同製作者の一人として、こちらのフォトコールにも出席していた。SSIFF でも9月18日にビクトリア・エウヘニア劇場で特別上映される。

(『アネット』のカラックス監督とアダム・ドライバーと、カンヌFF2021)

(ヴァスール監督とコティヤール、フォトコール)
★フランスのアニメーションのヴォイス出演もあり、マーク・オズボーンの『リトルプリンス星の王子さまと私』(14)、クリスチャン・デスマール他の『アヴリルと奇妙な世界』(15)の主役アヴリル役、ロフティングの児童文学『ドリトル先生』シリーズをアニメ化した『ドクター・ドリトル』(20、米)では、アカメギツネのチュチュを担当した。最近では製作も手掛けており、トータルではTVシリーズを含めるとIMDbによると90作に及ぶが、まだ45歳である。私生活では2007年からのパートナーである俳優で監督のギヨーム・カネとのあいだに1男1女がある。

(パートナーのギヨーム・カネとマリオン、2020年)
ドノスティア栄誉賞にジョニー・デップ*サンセバスチャン映画祭2021 ⑰ ― 2021年08月31日 21:12
ドノスティア栄誉賞受賞者はジョニー・デップとマリオン・コティヤール

★第69回サンセバスチャン映画祭2021ドノスティア栄誉賞をジョニー・デップが受賞することは大分前に決まっていましたが、8月24日二人目の受賞者としてマリオン・コティヤールがアナウンスされました。昨年はコロナウイリス感染拡大でヴィゴ・モーテンセン一人でしたが、今年は2人 米国とフランスの俳優が選ばれました。ジョニー・デップは9月22日、マリオン・コティヤールはオープニングの9月17日にメイン会場クルサールで授与式が行われます。両人とも日本語版ウィキペディアで読めますので、ごく簡単に発表順にアップします。今回はジョニー・デップ。 彼は昨年も本祭に参加、ジュリアン・テンプルのドキュメンタリー「Crock of Gold: AFew Rounds With Shane MacGowan」の製作者の一人、自身もシェン・マガウアンと共演している。 テンプル監督が審査員特別賞を受賞した。


(昨年のSSIFFに来サンセバスチャンしたジョニー・デップ)
★ ジョニー・デップ(ジョン・クリストファー・デップ2世)は、1963年ケンタッキー州生れ、俳優、プロデューサー、ミュージシャン。ギタリストとしてキャリアをスタートさせる。映画デビューは21歳のとき、ウェス・クレイブンのホラー映画『エルム街の悪夢』(84)で殺人鬼フレディ・クルーガーの犠牲者役で出演した。1990年『クライ・ベイビー』で初めて主役を演じ、「一番好きな監督」というティム・バートンのファンタジー『シザーハンズ』(90)でゴールデン・グローブ賞(ミュージカルコメディ部門)の主演男優賞にノミネートされた。『エド・ウッド』(94、モノクロ)、『スリーピー・ホロウ』(99)など、2016年の『アリス・イン・ワンダーランド』までバートン映画には9本出演している。

(相思相愛?のティム・バートン監督とジョニー・デップ)
★90年代の華々しいキャリアとして、忘れられないのがラッセ・ハルストレムの『ギルバート・グレイプ』(93)、知的障害をもつ弟(レオナルド・ディカプリオがアカデミー賞助演男優賞にノミネート)の世話をしながら一家の大黒柱役を演じた。ジョニデもレオさまもとても好かった。他に同監督の『ショコラ』(00)ではロマの青年に扮し、ぶっとんだ女優ジュリエット・ビノシュに負けない息の合った演技で、共に流れ者の悲哀を演じた。エミール・クストリッツァの『アリゾナ・ドリーム』に主演、監督がベルリン映画祭1993で銀熊審査員グランプリを受賞している。ジム・ジャームッシュの『デッドマン』(95)、マイク・ニューウェルの『フェイク』(97)では、実在したFBI潜入捜査官を演じた。 役柄上髪を剃って禿頭にした、テリー・ギリアムの『ラスベガスをやっつけろ』(98)、ロマン・ポランスキーの『ナインスゲート』(99、米西仏合作)など、90年代が一番充実していたのではないか。米アカデミー賞はノミネートだけで受賞歴はないが、1999年にはフランス映画アカデミーのセザール栄誉賞を受賞している。多分ハリウッドスターとしては最も早かったのではないか。

★21世紀に入るとゴア・ヴァービンスキー他が監督したシリーズ『パイレーツ・オブ・カリビアン』(03、06、07、11、17)で新しい世代のファンを獲得した。第1作目でアカデミー主演男優賞にノミネートされたが、前述したように他作品でも受賞はない。ゴールデン・グローブ賞にいたっては、ノミネート9回、ティム・バートンの『スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師』(07)で主演男優賞(ミュージカルコメディ部門)をやっと受賞しただけ。 最近は受賞から遠ざかっているが、ゴア・ヴァービンスキーの『ローン・レンジャー』(13)、ロブ・マーシャルのミュージカル『イントゥ・ザ・ウッズ』(14)、またスコット・クーパーの『ブラック・スキャンダル』(15)はSSIFF のパールズ部門で上映された。
★当ブログでも『夷狄を待ちながら』のタイトルで紹介したチロ・ゲーラの『ウェイティング・バーバリアンズ 帝国の黄昏』(19)、最新作アンドリュー・レヴィタスの『MINAMATAミナマタ』(20)では、水俣を伝えたジャーナリストの一人、写真家のユージン・スミスに扮する。水俣を考える微妙な作品ながら間もなく公開されることが決定した(9月23日)。今年は水俣病が公式認定されて65年目だそうで新刊や改版版が刊行される。新しいファンが期待される。

(キャプテン・ジャック・スパロウ)
★私生活では不祥事も含めて何かと話題が豊富だが、破格の出演料、多額の寄付やチップで有名、子煩悩で、ファンのサインに気軽に応じるなど偉ぶらない。現在はコロナでファンはおいそれと近づけないが、スペインでの人気は高い。メイン会場のクルサールで、9月22日にマヌエル・マルティン・クエンカの「La hija」の上映前に授与式がもたれる。9月13日にチケット販売が予告されている。次回はもう一人の受賞者マリオン・コティヤール。
開幕作品はアルゼンチンの「Jesús López」*サンセバスチャン映画祭2021 ⑯ ― 2021年08月30日 13:41
第4弾――マキシミリアノ・シェーンフェルドの「Jesús López」

★ホライズンズ・ラティノ部門オープニング作品に選ばれた「Jesús López」は、アルゼンチンのマキシミリアノ・シェーンフェルドの長編第3作目、サンセバスチャン映画祭がワールドプレミアです。他に長編ドキュメンタリー2作、短編を数本撮っている。アルゼンチンのエントレリオス州クレスポ生れの監督、脚本家、作家。新作はレーシングドライバーだった従兄ヘスス・ロペスのアイデンティティを引き継ぎたい10代の若者アベルの物語。WIP Latam 2020作品。
「Jesús López」(アルゼンチン=フランス)
製作:Murillo Cine(アルゼンチン)/ Luz Verde(フランス)
監督:マキシミリアノ・シェーンフェルド
脚本:マキシミリアノ・シェーンフェルド、(原作)セルバ・アルマダの”Chicas Muertas”
撮影:フェデリコ・ラストラ
音楽:ハビエル・ディス
編集:アナ・レモン
録音:ソフィア・ストラフェイス
製作者:ヘオルヒナ・Baish、セシリア・サリム(Murillo Cine)、マキシミリアノ・シェーンフェルド、ルセロ・ガルソン(Luz Verde)
データ:製作国アルゼンチン=フランス、スペイン語、2021年、ドラマ、90分、WIP Latam 2020作品、撮影地エントレリオス州バジェ・マリア、期間2019年2月~2020年12月。エントレリオス地域基金、メトロポリタン基金、フランスのシネ・ナショナル・センターCNC基金、INCAA他の協力を得ている。販売代理店Pluto Film
映画祭・受賞歴:第69回サンセバスチャン映画祭2021ホライズンズ・ラティノ部門ノミネート、オープニング作品。
キャスト:ルカス・シェル、ホアキン・スパン、ソフィア・パロミノ、イア・アルテタ、アルフレッド・セノビ、パウラ・ランゼンベルク、ロミナ・ピント、ベニグノ・レル、他
ストーリー:若いレーシングドライバーのヘスス・ロペスが交通事故で亡くなり、町はショック状態に陥った。目的のないティーンエイジャーであるヘススの従弟アベルは、彼の身代りになりたいと次第に思うようになった。ヘススの両親の家に落ちつき、彼の服を着て友人や元のガールフレンドと一緒に出かけたりした。最初は町の人もそれを受け入れ、アベル自身もこの役が気に入っていた。しかし従兄とそっくりであることが彼を不安にさせ、ヘスス・ロペスに変身するほどまでになる。町ではヘススに敬意を表してレースが企画され、アベルは従兄の精神に勇気づけられ故人の車を走らせる。このレースの結果は、変身が本物だったのかどうかを決定するだろう。

(アベル役のルカス・シェル、フレームから)


★監督紹介:マキシミリアノ・シェーンフェルドSchonfeld (アルゼンチン、エントレリオス州クレスポ1982)は、監督、脚本家、製作者。コルドバ国立大学で映画とTVの制作を3年間学んだ後、国立映画実験制作学校ENERCを卒業。2007年短編数本を撮った後、2011年にTVシリーズ「Ander Egg」、2012年TVミニシリーズ「El lobo」で高い評価を得る。長編劇映画デビュー作「Germania」がブエノスアイレス国際インディペンデント映画祭BAFICI 2012特別審査員賞とFEISAL賞を受賞、同年ハンブルク映画祭で初監督作品に贈られるヤング・タレント賞を受賞、リオやハバナなど国際舞台にデビューした。コペンハーゲン・ドキュメンタリー映画祭から招聘され、カドリー・コーサールと中編「Auster」(14)を共同監督する。
★ミステリアスな長編2作目「La helada negra」がマル・デル・プラタ映画祭2015、次いでベルリン映画祭2016パノラマ部門にノミネート、トゥールーズ、ハバナ、香港、ハイファなどの映画祭に正式出品された。第3作にも起用されたルカス・シェル、ベニグノ・レルがクレジットされている。長編3作目が本作「Jesús López」である。国内外の映画祭審査員を選ばれるなど活躍の場を広げている。

(主演のアイリン・サラスを配した「La helada negra」のポスター)
★2016年、初めてドキュメンタリー「La siesta del tigre」がドク・リスボア映画祭にノミネート、コスキン音楽祭ドキュメンタリー賞を受賞した。2019年ドキュメンタリー「Luminum」を撮っている。

(マキシミリアノ・シェーンフェルド)
★セルバ・アルマダ(エントレリオス1973)の恐怖のクロニクル ”Chicas Muertas”(2014年刊)がベースになっているということでしたが、原作はアルゼンチンで1980年代にそれぞれ別の州(チャコ、コルドバ、エントレリオス)で実際に起きた若い3人の女性殺害事件のノンフィクション。作家が初めてノンフィクションに挑戦して、当時ヒホンのノンフィクション賞などを受賞している話題の作品。テーマはジェンダー差別にもとづく暴力が無処罰に終わることへの怒りが原動力になっている。本作「Jesús López」とどのようにリンクするのか分かりません。アベルの物語とありますが、タイトルになった事故死したヘスス・ロペスの物語かもしれません。

(セルバ・アルマダと ”Chicas Muertas” の表紙)
★本作はエントレリオス州バジェ・マリアで2019年2月にクランクイン、翌年の3月まで間隔をおいてバジェ・マリアとその近郊で撮影された。しかしコロナウイリス感染拡大で中断、再開されたのは2020年12月、1ヵ月で終了させた。従ってWIP Latam 2020(63分)で上映されたのは最終部分が含まれていないことになる。バジェ・マリア市は前作「La helada negra」の撮影地でもあり今回が2度目になる。19世紀末にドイツ移民によって開拓され、現在は観光地になっているが、小さな市町村にとってロケ地になることの経済効果は大きい。エキストラ募集、輸送、ケータリング、宿泊施設の提供、更にはバジェ・マリアの景観や文化を世界に紹介して貰えることで、監督以下クルーに感謝状のオマケがついた。

(バジェ・マリアでの撮影風景)
アロンソ・ルイスパラシオスの第3作*サンセバスチャン映画祭2021 ⑮ ― 2021年08月28日 11:49
第3弾――アロンソ・ルイスパラシオスの第3作「Una pelícla de policías」

★ホライズンズ・ラティノ部門の作品紹介3作目は、メキシコのアロンソ・ルイスパラシオスの第3作目「Una pelícla de policías」です。「警察の映画」とまことにシンプルなタイトルですが、どうやら内容はタイトルとは裏腹に別の顔をしているようです。ドキュメンタリーとフィクションのテクニックを組み合わせて、メキシコ警察の現在の課題を提供するという大きな賭けに出たようです。「バラエティ」誌のコラムニストは「不必要に複雑に見えるが、最終的にはその構想の輝きが明確になる」と絶賛しているが、各紙誌とも概ねポジティブ評価です。モノクロで撮った第1作『グエロス』で鮮烈デビュー、「Museo」が第2作目の監督は、崩壊の危機に瀕しているメキシコ社会を二人の警官に予測不可能な旅をさせる。第71回ベルリン映画祭2021でワールドプレミア、イブラン・アスアドが銀熊フィルム編集賞を受賞した。
*『グエロス』(原題「Gúeros」)の作品とキャリア紹介は、コチラ⇒2014年10月03日
*「Museo」の作品紹介は、コチラ⇒2018年02月19日

(銀熊を手にしたイブラン・アスアドとルイスパラシオス監督、ベルリンFF 2021、6月)
「Una pelícla de policías / A Cop Movie」
製作:No Ficción
監督:アロンソ・ルイスパラシオス
脚本:アロンソ・ルイスパラシオス、ダビ・ガイタン
撮影:エミリアノ・ビリャヌエバ
編集:イブラン・アスアド
キャスティング:ベルナルド・ベラスコ
プロダクション・デザイン:フリエタ・アルバレス・イカサ
衣装デザイン:ヒメナ・バルバチャノ・デ・アグエロ
メイクアップ:イツェル・ペーニャ・ガルシア
プロダクション・マネージメント:フアン・マヌエル・エルナンデス
視覚効果:エリック・ティピン・マルティネス
録音:イサベル・ムニョス・コタ、(サウンド・デザイン)ハビエル・ウンピエレス
製作者:エレナ・フォルテス、ダニエラ・アラトーレ
データ:製作国メキシコ、スペイン語、2021年、ドクドラマ、107分、ネットフリックス・オリジナル作品(海外販売Netflix)、スウェーデン2021年11月5日インターネット
映画祭・受賞歴:第71回ベルリン映画祭2021正式出品、イブラン・アスアドが銀熊フィルム編集賞を受賞、メルボルン映画祭、第25回リマ映画祭(ドキュメンター部門)、第69回サンセバスチャン映画祭ホライズンズ・ラティノ部門正式出品、ほか
キャスト:ラウル・ブリオネス(モントーヤ)、モニカ・デル・カルメン(テレサ)、ほか
ストーリー:家族の伝統に従って、テレサとモントーヤは警察で働き始めるが、機能不全のシステムによって、二人の信念と希望が押しつぶされていくのを感じるだけでした。自分たちが晒されている敵意を前にして、避難所としての愛の絆にすがっているだけでした。本作は革新的なドキュメンターとフィクションの限界を超え、観客をいつもと異なる空間へ導きだします。メキシコと世界で最も物議を醸している組織の一つである警察の内部にスポットライトを当て、司法制度に影響をあたえる不処罰の危機の原因を分析しています。フィクション、ドキュメンタリー、アクション、コメディ、ロマンスのカクテル。

(モントーヤ役のラウル・ブリオネス、フレームから)
★アロンソ・ルイスパラシオス(メキシコシティ1978)は、デビュー作「Gúeros」がベルリナーレ2014のパノラマ部門にノミネート、初監督作品賞(銀熊)、第2作目の「Museo」は同映画祭2018のコンペティション部門に昇格して、最優秀脚本賞(銀熊)を受賞、第3作目となる本作もベルリナーレでワールドプレミア、クマとは相性がいいらしい。警察をテーマに新プロジェクトを立ち上げたとき、メキシコの警察内部の腐敗と不処罰の連鎖を探求したかったが、「警察のように外側からは不透明な組織の内部に入るにはどうすればよいか。まずドキュメンタリーは無理、それでフィクションを利用することにした」と語っている。つまり両方の要素を組み合わせて、テレサとモントーヤに旅をさせるという賭けに出た。

(アロンソ・ルイスパラシオス、ベルリン映画祭2021にて)
★前作「Museo」で示された、1985年のクリスマスに実際に起きたメキシコ国立人類学博物館のヒスパニック以前の文化遺産盗難事件が如何にして可能だったのかが本作にヒントを与えたのではないか。テオティワカン、アステカ、マヤの重要文化財140点の窃盗犯は、大規模な国際窃盗団などではなく、行き場を見失った二人の青年だった。この事件はメキシコ社会に衝撃を与えたが、ルイスパラシオスの映画は事件の正確なプロセスの再現ではなく、「青年の自分探しの寓話を描こうとしたら、この盗難事件の犯人がひらめいた」と語っている。現実を飲み込んでしまうフィクションのアイディアは前作と繋がっているように見える。正確なカメラの動きとナレーションは、マーティン・スコセッシのギャング映画を参考にしているということです。
★本作は共謀的な沈黙を強いる、あるいは沈黙は金に報いるシステムに対して、異を唱えようとする人々を罰する社会を改革することの必要性、警察の腐敗に従ってきたことへの反省と議論を生み出すことを目的として製作された。2年前からの専門家との面会、さまざまな警察官へのインタビュー、その真摯な調査の結果が実った。それからキャスティングを行った。二人の主人公には雰囲気をキャッチするため警察学校に2週間の体験入学をした。「この映画は非常に愛情のこもった二人の主人公の肖像画でもあります」と監督。警察には親戚もなく、知識も一般の人と同じだったから、監督にとって完全な新しい旅であった。モニカ・デル・カルメンとラウル・ブリオネスのプロの俳優が演じたテレサとモントーヤを追って進行します。二人は社会に役立ちたいという意欲をもっていますが、直ぐに存在する腐敗と公共の安全を維持しなければならないという厳しい現実に直面します。カップルである二人の信念は揺らいでいきます。

(ラウル・ブリオネスとモニカ・デル・カルメン、フレームから)
★ラウル・ブリオネスは、メキシコシティのクアヒマルパ市生れ、映画と演劇の俳優。メキシコ自治大学 UNAM の演劇大学センター CUT で演技を学んだ。演劇では本作監督のアロンソ・ルイスパラシオス、脚本を監督と共同で手掛けたダビ・ガイタンほか、ルイス・デ・タビラ、ダニエル・ヒメネス=カチョ、マリオ・エスピノサなどの演出で舞台に立つ。ルイスパラシオスの『グエロス』で長編映画デビュー、代表作は、2020年にアリエル賞とディオサ・デ・プラタの助演男優賞をもたらしたケニア・マルケスの「Asfixia」(仮題「窒息」19)とアントニオ・チャバリアスの「El elegido」(『ジャック・モルナール、トロツキー暗殺』16)、TVシリーズのコメディにも出演している。モレリア映画祭2018 Ojito 男優賞を受賞している。アマゾンプライム・オリジナル作品TVシリーズ「La templanza」(9話、スペイン、21)に脇役で出演、アンダルシアで撮影された本作は『ラ・テンプランサ~20年後の出会い』の邦題で配信されている。コメディもやれるプロ意識と力強い演技力で期待のスターとして注目されている。

(モレリア映画祭2018男優賞のトロフィーを手にしたラウル・ブリオネス)

(アリエル賞助演男優賞を受賞したラウル・ブリオネス)
★モニカ・デル・カルメン(本名モニカ・カルメン・マルティン・ルイス)は、1982年オアハカ州ミアワトラン生れ、映画と舞台で活躍する女優、14歳でオアハカ市に移り、演劇教育センターで本格的に演技を学んだ。2000年から4年間メキシコシティのINBA国立美術研究所で演技コースを受講する。2003年舞台女優としてスタート、2006年に映画デビューした。オーストラリア系メキシコ人の監督マイケル・ロウの「Año bisiesto」がカンヌ映画祭2010で衝撃デビュー、主役を演じたことで一躍有名になる。監督は新人監督に与えられるカメラドールを受賞、彼女自身はアリエル賞2011女優賞を受賞した。ラテンビート2011で『うるう年の秘め事』の邦題で上映された。

(モニカ・デル・カルメン、『うるう年の秘め事』のフレームから)
★アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥの『バベル』(06)、2011年コメディ・アニメーション「La leyenda de la Llorona」のボイス、ミシェル・フランコの2作目「Después de Lucía」(公開『父の秘密』)の教師役、3作目「A los ojos」では眼病の子供を抱えた母親役で主演、5作目「Las hijas de Abril」(公開『母という名の女』)の家政婦役、ベネチア映画祭2020で審査員グランプリを受賞した政治的寓話「Nuevo orden」などフランコ監督のお気に入りでもある。他にラウル・ブリオネスと共演して共にアリエル賞2020助演女優賞を受賞した「Asfixia」などがある。ガブリエル・リプスタインの「6 millas」(15)など、社会的にシステム化された抑圧を批判する作品には欠かせない存在感を示している。舞台女優としてはメキシコだけでなくスペインやフランスでも舞台に立っている。ジェンダー差別、中絶の権利、HIV感染予防などに対して社会的な発言をする物言う女優の一人、慈善活動もしている。
*『父の秘密』「A los ojos」『母という名の女』については、当ブログで紹介しています。

(「Nuevo orden」で赤絨毯を踏むモニカ・デル・カルメン、ベネチアFF2020)
★製作はNo Ficciónの二人の女性プロデューサー、エレナ・フォルテスとダニエラ・アラトーレです。ネットフリックス・オリジナル作品ということなので、いずれ配信されることを期待したい。ベルリナーレにはエレナ・フォルテスが出席していました。

(エレナ・フォルテスとダニエラ・アラトーレ)

(ビエンナーレに参加したエレナ・フォルテス)
★フィルム編集賞を受賞したイブラン・アスアドは、フィルム編集者、監督、脚本家。長編監督デビューの「El caco」(06)では編集も兼ねている。ルイスパラシオスの『グエロス』以下全作を手掛けている。他にNetflix配信のフェルナンド・フリアスの「Ya no estoy aquí」(19『そして俺は、ここにいない。』)では、アリエル賞2020編集賞を監督と受賞したほかイベロアメリカ・プラチナ賞にノミネートされている。同じくNetflix配信のマヌエル・アルカラの「Private Network: Who killed Manuel Buendía?」(21『プライベートネットワーク:誰がマヌエル・ブランディアを殺したのか?』)などオンラインで鑑賞できる。監督・脚本・編集を兼務した「Todas las pecas del mundo」は、フォトフィルム・ティフアナ2019の観客賞にノミネートされた。

(銀熊フィルム編集賞を受賞したイブラン・アスアド、ベルリン映画祭2021にて)
追加情報:『コップ・ムービー』の邦題で2021年11月5日、Netflix 配信開始。
シモン・メサ・ソトの「Amparo」*サンセバスチャン映画祭2021 ⑭ ― 2021年08月23日 11:22
第2弾――コロンビアのシモン・メサ・ソトの長編デビュー作「Amparo」

★ホライズンズ・ラティノ部門の作品紹介2作目は、コロンビアのシモン・メサ・ソトの長編デビュー作「Amparo」です。カンヌ映画祭2014短編部門のパルムドール受賞作「Leidi」に続いて、2016年に「Madre」がノミネート、長編が待たれていました。1986年アンティオキア県都メデジン生れ、アンティオキア大学で視聴覚コミュニケーションを専攻、後にロンドン・フィルム・スクールの奨学金を貰い映画製作の修士号を取得しています。パルムドール受賞作は同スクールの卒業制作作品だった。短編2作とキャリア&フィルモグラフィーは以下の通り:
*「Leidi」の作品紹介は、コチラ⇒2014年05月30日
*「Madre」の作品紹介は、コチラ⇒2016年05月12日

(シモン・メサ・ソト監督)
「Amparo」
製作:FDC Proimagenea Colombia / Antioquia Film Commission /
Swedish Film Institute / Goethe Institut Bogota / Magin Comunicaciones
監督・脚本:シモン・メサ・ソト
音楽:ベネディクト・シーファー
撮影:フアン・サルミエント・G
編集:リカルド・サライバ
キャスティング:ジョン・ベドヤ
衣装デザイン:フリアン・グリハルバ
メイクアップ:フアニータ・サンタマリア
プロダクション・デザイン:マルセラ・ゴメス・モントーヤ
録音:テッド・クロトキエフスキー Krotkiewski、カルロス・アルシラ、ホルヘ・レンドン
製作者:フアン・サルミエント・G、シモン・メサ・ソト、(エグゼクティブ)マヌエル・ルイス・モンテアレグレ、エクトル・ウリョケ、(共同)マルティン・エルディエス、ダビ・エルディエス、ほか
データ:製作国スペイン=スウェーデン=ドイツ=カタール、スペイン語、2021年、ドラマ、95分、撮影地メデジンほか
映画祭・受賞歴:カンヌ映画祭2021併催の「批評家週間」に正式出品、ゴールデンカメラ賞ノミネート、ルイ・ロデレール財団ライジングスター賞受賞(サンドラ・メリッサ・トレス)、イスラエル映画祭国際シネマ賞ノミネート、カルロヴィ・ヴァリ映画祭、サンセバスチャン映画祭「ホライズンズ・ラティノ」部門ノミネート
キャスト:サンドラ・メリッサ・トレス(アンパロ)、ディエゴ・アレハンドロ・トボン(息子エリアス)、ルチアナ・ガジェゴ(娘カレン)、ジョン・ハイロ・モントーヤ、ほか
ストーリー:メデジン1998年、二人の子供を育てているシングルマザー、アンパロの物語。アンパロが縫製工場での長時間に及ぶ夜勤を終えて帰宅すると、子供たちの姿がなかった。18歳になる息子エリアスが軍に強制的に連れ去られ、国境近くの危険な戦闘地に配備されてしまったことが分かってくる。彼の運命は閉じられてしまったのか。アンパロがエリアスのファイルの内容を変更して、ここから脱出できるよう或る人物に接触したのは、エリアスが徴兵された前日のことだった。殆ど選択肢のないアンパロにとって、汚職や暴力が支配する社会で自分の息子を強制徴兵から救出する方法はあるのか、彼女は時間との闘いに投げ込まれる。

(息子を探しまわるアンパロ)
貧しい人々によって戦われる戦争「コロンビアで生きる普通の母親たちに捧ぐ」
★カンヌ併催の第60回「批評家週間」のオープニング作品に選ばれた本作は、主演サンドラ・メリッサ・トレス(メデジン、31歳)に新人賞に当たる「ルイ・ロデレール財団ライジングスター賞」をもたらした。全く演技経験のない新人、本作のオーディションに応募する前の職業は、家電製品店で働いていた。「映画と同じようなことを自分の母親が経験していたので、物語に入り込むのは難しくありませんでした」とサンドラ。監督も「プロではありませんでしたが飲み込みが早く、役柄へのアプローチが的確で、私たちを驚かせた」と賛辞を惜しまない。カンヌでの受賞がコロンビアにもたらされたとき「サンドラ・メリッサって誰?」と話題になったようです。

(サンドラ・メリッサ・トレス、フレームから)

(ソト監督とサンドラ・メリッサ・トレス、カンヌFF2021)

(証書を披露するサンドラ・メリッサ・トレス)
★2014年に「Leidi」が短編部門でパルムドールを受賞したシモン・メサ・ソトは、この映画は「普通のお母さんたち、コロンビアで暮らしている全ての人々に捧げます」と、また「これは非常に政治的な映画です」ともカンヌで語っていた。アンパロはメロドラマのステレオタイプ的な造形からはかけ離れている。脚本執筆時から自分の母親が念頭にあった。「私の家庭は中産階級に属していましたが、母はアンパロと同じシングルマザーで、私たち兄弟を守るためにはあらゆることをしました」と監督。監督をコロンビア軍からの自由を買うために有力者に会いに行く、これは90年代のコロンビアでは非常に一般的なことでした。兵役を果たさなかった場合、軍に誘拐される可能性が高かった。「通りを歩くのが怖かった」と監督。軍隊と犯罪者は同じ穴の狢ということです。当時のメデジンは世界で最も暴力的な都市の一つ、麻薬密売が国の秩序を破壊していた。

(母アンパロと息子エリアス)
★監督は「カール・テオドア・ドレイヤーのサイレント映画『裁かるるジャンヌ』(28)の最初のフレームに大きな影響を受けている」、ジャンヌ役のルネ・ファルコネッティのノーメイクの美しさ、キャラクターに密着したクローズアップに魅了されたという。「古典的で非常にフォーマルな映画を作りたかった。古典的な映画、キェシロフスキやベルイマンの調和のとれた映画を撮りたかった。自国の映画にはなかったタイプの映画です。何十年にもわたって支配してきた政治的領域に疑問を投げかけたい。私たち新世代には明らかな不適合感があり、本作は私の母が生きていた経験を背景にして、暴力を体系的に取りあげた非常に政治的な映画です」と述べている。因みにスペイン語のアンパロamparoという単語には、保護とか避難場所という意味があり、示唆的です。

(母アンパロと娘カレン)
★2016年の「Madre」から長編は時間の問題と思われていたが、5年も掛かってしまったのは矢張り資金不足が原因ということでした。コロンビア政府の文化助成金のほか、2017年のトリノ・フィルム・ラボを経て、スウェーデン映画協会から映画プロジェクト助成金を獲得して完成させた。製作者で撮影監督のフアン・サルミエント・G(コロンビア1984)とは、8年前の「Leidi」以来の友人でもあり、監督にとって非常に重要な存在、将来的な連携を視野に入れ、2017年に制作会社「Ocútimo」を二人で設立した。フアン・サルミエントのカメラは、ダイナミックなサンドラ(アンパロ役)を追い、彼女が主導するエネルギーとリズムを維持することを心掛けたということです。音楽担当のベネディクト・シーファー(独ローゼンハイム1978)は、ブラジルのカリン・アイヌーズの「A vida invisível」を手掛けている。ラテンビート2019で『見えざる人生』の邦題で上映された。
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