ホライズンズ・ラティノ第2弾*サンセバスチャン映画祭2016 ⑦ ― 2016年08月23日 22:46
『殺せ』のA・フェルナンデス・アルメンドラスの新作は実話が素材
★長編4作目となるアレハンドロ・フェルナンデス・アルメンドラスの“Aquí no ha pasado nada”は、実際にチリで起きた事件に着想を得て製作された。チリのオスカー賞代表作品にも選ばれた『殺せ』(2014)も実話に基づいていたが、今回は右派政党「国民革新党RN」の前上院議員カルロス・ラライン・ペーニャの息子マルティンが引き起こした飲酒運転による人身死亡事故から着想されたフィクション。上流階級に属する有名政治家の子息が起こした事件だが、無罪放免になってセンセーショナルな話題を提供した。この「マルティン・ラライン事件」は、三権分立は名ばかりのチリ民主主義の脆弱さを露呈、これがチリの現実というわけです。
4)“Aquí no ha pasado nada” (“Much Ado About Nothing”)
製作:Jirafa
監督・脚本:アレハンドロ・フェルナンデス・アルメンドラス
脚本(共):ヘロにも・ロドリゲス
撮影:インティ・ブリオネス
データ:製作国チリ=米国=フランス、2016年、94分、スリラードラマ、実話、冤罪事件
映画祭&受賞歴:サンダンス映画祭2016ワールドプレミア、ベルリン映画祭パノラマ部門出品、カルタヘナ映画祭2016国際映画批評家連盟FIPRESCI受賞、マイアミ映画祭、リマ映画祭、サンセバスチャン映画祭ホライズンズ・ラティノ部門正式出品など
キャスト:アグスティン・シルバ(ビセンテ・マルドナード)、アレハンドロ・ゴイク(ビセンテの叔父フリオ)、パウリーナ・ガルシア(ビセンテの母)、ルイス・ニェッコ(弁護士グスタボ・バリオ)、イサベーリャ・コスタ(アナ)、ジェラルディン・ニアリー(フランシスカ)、ダニエル・ムニョス、リー・フリードマン、サムエル・ランデア、ほか
物語:ロスに留学していたビセンテは、夏休み休暇で1年ぶりに両親のいる海辺の家に帰ってきた。或る夜の無分別な行動がこの裕福な青年ビセンテの人生を永遠に変えてしまった。仲間とのどんちゃん騒ぎのあと繰り出した彼らの軽トラックが歩行中の漁師を轢いてしまった。結果的に漁師は死亡、ビセンテが人身事故の第一容疑者にされてしまう。彼は酔っていて記憶が曖昧ではあったが、自分が運転していたのではないのは確かだった。自分は後部座席で女の子とイチャついており、ハンドルを握っていたのは大物政治家の息子マヌエル・ラレアだった。政治と司法の癒着、チリの現実が語られる。
(後部座席のビセンテと連れの女性、映画から)
★実際の「マルティン・ラライン事件」は、2013年9月にチリの南部クラニペで起きた事件。歩行中のエルナン・カナレスを轢いた後、助けずに草むらに放置して逃亡、結果的に死亡した。何故かマルティンの血中アルコール含量テストは行われなかった。有力な雇われ弁護士のお陰で、飲酒運転による事故死という証拠隠滅に成功、マルティンは無罪となり、同乗していた2人が犯人とされた。これはチリ国民の怒りを爆発させ、翌年再調査が行われた。多分政権が左派のバチェレ大統領になったことも影響しているかもしれない。父親の前上院議員カルロス・ラライン・ペーニャは、ホモフォビアやマチスモを公言している政治家としても有名、従って現在2期目の女性大統領バチェレを嫌っている。ちなみに『No』の監督パブロ・ララインの父親エルナン・ラライン・フェルナンデス(独立民主連合の上院議員)もチリでは有名な保守派の政治家ですが、縁戚関係はないようです(不確かです)。
★監督&フィルモグラフィー紹介は、「ラテンビート2014」で『殺せ』(“Matar a un hombre”)が上映された折に記事をアップしております。長編のみ再録すると、
2009 “Huacho” サンダンス映画祭2008 NHK賞受賞、カンヌ映画祭2009「批評家週間」ゴールデン・カメラ賞ノミネート、サンセバスチャン映画祭ホライズンズ・ラティノ出品、ハバナ映画祭2009 初監督サンゴ賞受賞 他
2011 “Sentados frente al fuego”(チリ≂独)サンセバスチャン映画祭2011「ニューディレクター」部門出品/バルディビア国際映画祭2011出品(チリ)/第27回グアダラハラ映画祭マーケット部門出品/ブエノスアイレス・インディペンデント・シネマ映画祭2012出品/サンフランシスコ映画祭2012出品他。チリ公開は2013年。
2014 “Matar a un hombre” (『殺せ』の記事は、コチラ⇒2014年10月8日)
2016“Aquí no ha pasado nada”省略
(監督、ベルリン映画祭2016「パノラマ」にて)
★スタッフ& キャスト紹介:
*ビセンテ役のアグスティン・シルバは、セバスティアン・シルバの『家政婦ラケルの反乱』(09)、『マジック・マジック』(13)、『クリスタル・フェアリー』(13)出演でお馴染みの若手俳優、ビセンテの母親役パウリーナ・ガルシアは、セバスティアン・レリオの『グロリアの青春』(13、公開)出演のベテラン、ビセンテの叔父フリオ役のアレハンドロ・ゴイクは、パブロ・ララインの『ザ・クラブ』(15)出演、事件をもみ消す悪徳弁護士グスタボ・バリオに出番こそ少ないがルイス・ニェッコと、現在のチリ映画界の有名どころを起用できたのは、前作『殺せ』の成功が大きいのではないか。ルイス・ニェッコが主役のネルーダを演じるパブロ・ララインの“Neruda”も、本映画祭「パールズ」部門にエントリーされています。
(叔父フリオ、ビセンテ、母親、映画から)
(ビセンテと弁護士グスタボ・バリオ、映画から)
★トレビア:本作も資金不足で製作には苦労したと監督。前作の成功で得た資金では当然足りなかったようです。そこでcrowdfundingクラウドファンディングのサイトを立ち上げ、ネットで協力者を募った。これはアレハンドロ・ホドロフスキーが新作『エンドレス・ポエトリー』で使用している。不特定多数の人がネットを通じて資金提供の協力をする。これは寄付金と同じで出資者に返済する義務はない。映画の場合だと、カタログの無料配布、試写会招待などをするようです。結果1700万(ドルか?)が獲得できた。それでスタッフや俳優たちも出演料なしで撮影に臨んだ。成功すれば支払う約束だそうです。
★テーマがテーマだけに撮影も困難をともない、俳優たちは苦労したようです。特に事故現場に選んだサパジャールでの撮影は難しく、「マルティン・ラライン事件の映画の撮影であることを秘密裏にしていたが、中には嗅ぎつけて撮影できないよう警察に通報された」と監督は述懐している。とにかくピノチェト政権は長過ぎました。「YesかNoか」は、相変わらず続いているようです。
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