「監督週間」にパブロ・ララインの『ネルーダ』*カンヌ映画祭2016 ⑤ ― 2016年05月16日 14:19
順風満帆のパブロ・ラライン

★パブロ・ララインの“Neruda”のほかアレハンドロ・ホドロフスキーの“Poesía sin fin”の2作がノミネーションされましたが、ひとまずララインの“Neruda”から。本作については昨年6月クランクインした折に「ララインの新作」としてアウトラインを記事にしております。カンヌ本体とは別組織が運営する「監督週間」とはいえカンヌですから、公開はさておき字幕入りで見られるチャンスがこれで一つ増えました。ララインによると、「ノーベル賞作家とはいえ、ネルーダは自らを神話化する傾向があり、チリ人はそういうタイプを好まない」そうで、コミュニストだったこともあり、チリではネルーダ嫌いが結構いる。「自らを神話化する」という意味ではホドロフスキーも同じで、チリの人には好かれていない。そもそもチリの監督と紹介するには管理人自身も抵抗があります。ホドロフスキー映画は次回に回します。
*新作“Neruda”についての記事は、コチラ⇒2015年07月30日

(ネルーダ役のルイス・ニェッコ、映画から)
★「パブロ・ララインの新作は『ネルーダ』」と、あたかも邦題が決定したかのごとく紹介しておりますが、勿論まだ“Neruda”です(邦題に不要な修飾語がつかないことを切に願っている)。ベルリン映画祭2015で『ザ・クラブ』“El Club”が審査員賞グランプリを受賞したばかり、チリでもっとも注目されている若手監督の一人です。1971年ノーベル文学賞を受賞した詩人、作家、外交官、政治家といくつもの顔をもつ、それだけに謎の多い人物の伝記映画です。伝記と言って1949年という地下潜伏と逃避行に明け暮れた激動の時期を切り取った映画です。「ネルーダはネルーダを演じていた」、つまり自分がコミュニズムのイコンとして称揚されるよう、この逃亡劇をことさら曖昧にして詩人自らが神話化した。この映画は「ネルーダの『ニ十の愛の詩と一つの絶望の歌』の詩人の忠実な伝記映画というより、ネルーダ信奉者が作った映画」(監督談)なので、伝記映画としては不正確ということです。
“Neruda”2016
製作:Fabula(チリ) / AZ Films(アルゼンチン) / Funny Balloons(フランス) /
Setembro Cine(スペイン)他
監督:パブロ・ラライン
脚本:ギジェルモ・カルデロン
編集・音楽エディター:エルヴェ・シュネイ Hervé Schneid
プロダクション・デザイン:エステファニア・ラライン
撮影:セルヒオ・アームストロング
音楽:フェデリコ・フシド
プロダクション・マネージメント:サムエル・ルンブロソ
製作者:フアン・デ・ディオス・ラライン、ほか多数
データ:チリ=アルゼンチン=スペイン=フランス合作、スペイン語、2016年、107分、伝記映画、カンヌ映画祭2016「監督週間」正式出品、チリ公開2016年8月11日決定
キャスト:ルイス・ニェッコ(ネルーダ)、メルセデス・モラン(妻デリア・デル・カリル)、ガエル・ガルシア・ベルナル(刑事オスカル・ペルショノー)、アルフレッド・カストロ(ガブリエル・ゴンサレス・ビデラ大統領)、エミリオ・グティエレス・カバ(パブロ・ピカソ)、ディエゴ・ムニョス(マルティネス)、アレハンドロ・ゴイク(ホルヘ・ベレート)、パブロ・デルキ(友人ビクトル・ペイ)、マイケル・シルバ(歴史家アルバロ・ハラ)、マルセロ・アロンソ(ぺぺ・ロドリゲス)、ハイメ・バデル(財務大臣アルトゥーロ・アレッサンドリ)、フランシスコ・レイェス(ビアンキ)、アントニア・セヘルス、アンパロ・ノゲラ、他
解説:1947年、ガブリエル・ゴンサレス・ビデラは大統領に就任すると、共産党根絶を開始する。チリ共産党の支援をうけて1945年3月に上院議員となった赤い詩人ネルーダは苦境に立たされる。1948年共産党が非合法化されると、党は危険の迫った詩人を亡命させることに着手する。1949年の秋、妻デリア・デル・カリルを伴ってのネルーダの地下潜伏とパリへの逃避行が始まった。首都サンティアゴで数カ月潜伏した後、追っ手の目を晦ますため女装してリベルタドール、バルパライソ、ロス・リオス州バルディビア、フトロノ・コミューンなどを転々とした。馬乗してアルゼンチンに脱出すると、やがてピカソなどヨーロッパの多くの友人に助けられて、春4月半ばパリに辿り着く。逃避行の最中に『大いなる歌』が書かれ、謎に満ちたネルーダの脱出劇は伝説となる。
*トレビア*
★ネルーダは1904年生れ、チリ共産党の支援を受けて1945年3月に上院議員に当選、同年7月に入党している。1948年ガブリエル・ゴンサレス・ビデラ大統領が共産党を非合法化したため、当時の妻デリア・デル・カリルと地下に潜ることになる。ネルーダは離婚を2回しており、本作に登場する妻はネルーダがヨーロッパから帰国した1943年に再婚した2番目の妻(1955年離婚)で、『イル・ポスティーノ』に出てくる妻マティルデは3番目のマティルデ・ウルティアを想定しているようです。現在ネルーダ記念館として観光名所になっているイスラ・ネグラの美しい別荘は、彼女のために建てたものだそうです。移動には女装したとか、フトロノ・コミューンを出てアルゼンチンに行く途中のクリングエ川の急流を渡るときには溺れそうになったとか逸話が多い。

(妻デリア・デル・カリルと詩の朗読会用のメイクをしたネルーダ)
★「この映画はギジェルモ・カルデロンの脚本なくして作れなかった。自分で脚本を書くのは無謀だとは思わなかったが、結局彼の助けを求めなければならなかった。だからいくら感謝してもしきれない」とラライン。脚本を評価するコラムニストが多い。ネルーダは女好きで誇大妄想きみのブルジョア趣味という反面、深遠な理想主義にもえ寛容、チリの社会にインパクトを与えた人です。だから「ネルーダまたはその造形に挑戦した」映画だとラライン。

(パブロ・ラライン監督)
★既にネルーダをテーマにした映画やTVドラは多数あります。なかでもマイケル・ラドフォードのイタリア映画『イル・ポスティーノ』(1994)は劇場公開された後、吹替え版、完全版を含めてテレビで放映されています。ネルーダにフィリップ・ノワレ、主人公郵便配達人マリオに病をおして出演したマッシモ・トロイージがクランクアップ直後に他界したことも話題になった。ララインの「ネルーダ」は1949年が時代背景ですが、『イル・ポスティーノ』のほうは1950年代初めのナポリ湾に浮かぶ架空の島が舞台だった。ナポリ湾のプローチダ島で撮影されたが、それはネルーダがカプリ島に潜伏していたときの史実に基づいている。

(逃避行をするネルーダ夫妻)
*主なキャスト紹介*
★アルフレッド・カストロ(1955年チリのサンティアゴ)とガエル・ガルシア・ベルナル(1978年メキシコのグアダラハラ)については度々登場してもらっているので割愛します。前者はラライン監督のデビュー作 “Fuga” を含めて全作に出演しており、本作ではネルーダ逮捕を命じる大統領として登場します(ララインのフィルモグラフィー参照)。後者はあと一歩のところで獲物を取り逃がしてしまう平凡な刑事役、彼のモノローグが映画の推進役となっている。今回の二人は役柄としては嫌われ役でしょうか。G.G.ガエルによると、「この映画は豊かなネルーダの詩の読者の多くを失望させないと思う、それは間違いない。ぼくたちを映画に導いたのは、ネルーダの素晴らしい詩のお陰なのです」と。他のキャスト陣もラライン映画の常連さんです。

(大統領の命令を受けるオスカル、G・G・ベルナル、左側の背中が大統領)
◎ルイス・ニェッコ Luis Gnecco(ネルーダ):1962年チリのサンティアゴ生れ、グスタボ・G・マリノ『ひとりぼっちのジョニー』(1993)、フェルナンド・トゥルエバ『泥棒と踊り子』(09)、ラライン『No』など。
◎メルセデス・モラン Mercedes Morán(ネルーダ夫人):1955年アルゼンチンのサンルイス生れ、ルクレシア・マルテルのサルタ三部作の1部『沼地という名の町』(01)と同2部『ラ・ニーニャ・サンタ』(04)、ウォルター・サレスの『モーターサイクル・ダイアリーズ』(04)などで登場している。一時『人生スイッチ』愚息出演のオスカル・マルティネスと結婚していた。
◎パブロ・デルキ Pablo Derqui(ネルーダ友人ビクトル・ペイ):1976年バルセロナ生れ、マヌエル・ウエルガ『サルバドールの朝』、ギリェム・モラレス『ロスト・アイズ』
◎ハイメ・バデル Jaime Vadell(財務大臣アルトゥーロ・アレッサンドリ):1935年バルパライソ生れ、ロドリゴ・セプルベダの代表作“Padre Nuestro”(05)の主役を演じた。「ピノチェト政権三部作」、ホドロフスキー『リアリティのダンス』、『ザ・クラブ』ではシルバ神父になった。
◎アントニア・セヘルス Antonia Zegers:1972年サンティアゴ生れ、「ピノチェト政権三部作」以降のラライン映画にオール出演、ラライン夫人である。
◎マルセロ・アロンソ Marcelo Alonso(ぺぺ・ロドリゲス):1969年サンティアゴ生れ、『No』以外の「ピノチェト政権三部作」、『ザ・クラブ』ではガルシア神父になった。テレビ出演が多い。
◎マイケル・シルバ Michael Silva(歴史家アルバロ・ハラ):1987年チリ南部アントファガスタ生れ、戯曲家、ミュージシャンとしても活躍。若い頃のアルバロ・ハラ(1923~98)はコミュニストの活動家だった。ラライン映画は初出演。
*監督フィルモグラフィー*(短編・TVシリーズを除く)
2006 “Fuga” 監督・脚本
2008 “Tony Manero”『トニー・マネロ』監督・脚本「ピノチェト政権三部作」第1部
ラテンビート2008上映
2010 “Post mortem” 監督・脚本「ピノチェト政権三部作」第2部
2012 “No”『No』監督「ピノチェト政権三部作」第3部、カンヌ映画祭2012「監督週間」、
ラテンビート2013上映
2015 “El club”『ザ・クラブ』監督・脚本・製作、ラテンビート2015上映
2016 “Neruda” 監督、カンヌ映画祭2016「監督週間」正式出品
★ララインの次回作は英語映画“Jackie”と、3月にアナウンスされています。「ブルータスお前もか」という心境、彼も英語映画を撮る監督の仲間入りです。政治に絡んだジャッキー・ケネデイの伝記映画。ジャッキーを演じるのはナタリー・ポートマン、劇場公開間違いなしです。

(ジャッキーになるナタリー・ポートマン)
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