バンデラス栄誉賞スピーチ*ゴヤ賞授賞式あれこれ ― 2015年02月15日 12:35
♪もういくつ寝ると授賞式~~♪
A: 授賞式当日よりも前日までが楽しめるのはお正月と同じ、根回しや裏工作(?)の票取り合戦があるらしく、何事にも戦略は重要です。終わってしまえば「戦いすんで夜が明けて」泥酔してるか、「冬草や兵どもが夢の跡」とぼやくだけです。
B: 迷っている仲間にダイレクトにアタックするらしい。映画賞というのは会員同士が選ぶわけで恩義があるとか、借りがあるとか心理的な抑圧もあり得ますね。
A: 高がゴヤ賞、されどゴヤ賞です。今年は現在21%の消費税減税、文化政策費削減など、教育文化スポーツ大臣が出席したこともあって、現政権への風当たりは強かったようです。しかしかつてアスナール政権(PP)がイラク戦争に参戦を表明、出席者たちは「ノーモア戦争」のゼッケンを胸に登壇したような過激さはなかった。「お祭りに政治色を持ちこむな」と批判する意見もありましたけど、記憶に残る授賞式でした。
B: PP支持者のなかには欠席した人も出た。しかし、「私を見習いなさい、政治に口出しは無用」という40年間を体験したスペインでは、映画産業に限らず政治的な旗幟を鮮明にする傾向がありますね。
A: 国の指導者の真綿で首を絞めつけるような抑圧があれば、誰もまともな判断ができなくなります。声高に「国民の平安」を叫ぶスローガンには気をつけなくちゃ。
B: 特定の思想を植えつける全ての映画には抵抗していく、また繰り返される決まり文句には関心を怠ってはいけない、ですかね。
辞退していたゴヤ栄誉賞
A: 前日のバンデラスはやはりナーバスになっていたようです。注目の受賞スピーチはいささか長かった印象。「自分が持てるすべてを仕事に注ぎ込んできたが、これは天命と言っていい。しかしはるかに重要なことは現実にその責任を果たしていく」という言葉で切り出して、謙虚ながらそれなりの自負を垣間見せました。
B: 同郷のピカソと同じように俳優になるべくして生れてきたということですね。私たちは夢と違いすぎる人生を歩んでいるのですが、バンデラスは故郷に錦を飾ることができた幸せ者です。
A: 二十歳で故郷を離れたときのシーンを語ったときはちょっと感動的でした。列車の窓からだんだん小さくなっていくホームに佇む両親を見つめていた。お父さんはもう亡くなりましたが、あちらで喜んでいることでしょう。
B: 手ぶらでマラガに戻ってくるな、持っているお金だけで暮らせ、など父親の堅実な教えを守り、セマナ・サンタにはできる限り帰省する孝行息子でもある。古くさい教えかもしれませんが、息子の成功を信じる父親像が浮かび上がってきます。
A: 以前にも書きましたが、彼は大兄弟会連合Cofradias
Fusionadasの会員、これは「悲しみと愛のマリアVirgen de Lágrimas y Favores」の聖櫃財産管理委員のことで、その一員としてセマナ・サンタに参加する。2011年、大兄弟会団体よりセマナ・サンタの開会の辞を述べる「プレゴネロpregonero」に任命され、2013年にはメナMenaの信徒団よりマラガ名誉市民に指名されています。善き人、勤勉な働き者、国際的に活躍するマラガ人として尊敬に値する人に贈られる称号です。
B: マラガの海岸通りに記念碑が建ってるそうです。
A: 2014年の夏、アカデミー会長から栄誉賞の打診があったときは辞退したようです。まだ志半ばで俳優を引退する気持ちは微塵もないし、54歳受賞はそもそも若すぎると。時期的に離婚したばかりということも理由として上げていました。
B: 54歳で貰うのは彼の責任ではない(笑)。ハリウッド時代の20年間があり、その頃は「えっ、バンデラスはスペイン人なの?」と嫌味を言われていたから、お茶の間の反応も気になったかも。もっともな判断だと思いますね。
A: スペイン人はかなり妬み深い(笑)。異郷で暮らすと自然と物の見方が複眼的になり、故国の歴史や文化、政治を学ぶ必要に迫られる。彼は勉強家ですね。ピカソに触れているのは同郷ということもあるが、今年公開になるカルロス・サウラの“33 días”で「ゲルニカ」制作中のピカソに扮する。そんなことも影響してるかも。バスク・テレビが製作に参加、音楽は『フラワーズ』のパスカル・ゲーニュです。
B: グウィネス・パルトローがドラ・マールを演じる。彼女は十代のころスペインに交換留学生として滞在していたのでスペイン語は流暢だそうですね。
A: ドラ・マールもアルゼンチンで過ごしたことがあったのでスペイン語ができた。本作はスペイン=カナダ=アルゼンチン合作、言語は西語と仏語です。来年あたりの公開を期待したい。
人生の第2幕がスタートした
B: 栄誉賞受賞の時刻は23時15分、プレゼンターはアルモドバルと公表されていたので、お茶の間は二人がどんなスピーチをするか、パジャマ姿でソファに陣取って待機していた。
A: 作品賞の受賞者は“La isla mínima”と決まったも同然だったから、ハイライトはこっちでした。
B: たくさんの人たちに支えられて、特に直接には知らない、赤絨毯を踏むこともカメラのフラッシュを浴びることもない多くの観客のお蔭でここまでやってこられたと。
A: 音楽家としてファジャ、タレガ、アルベニス、グラナドス、文学者としてはセルバンテス、ウナムノ、バジェ≂インクラン、ロルカ、マチャード、セルヌーダ、アルボルノス、(フランシスコ・)アジャラの名を上げた。アルボルノスは政治家でもあったアルバロ・デ・アルボルノスのことでしょうか。
B: 監督としては、ブニュエル、ベルランガ、サウラ、エリセ、勿論、ペドロ・アルモドバルでした。
A: ベルランガを上げたのは個人的に嬉しい、映画祭上映だけで全て劇場未公開なのが残念でならない。スペインで一番愛された監督がベルランガです。アルモドバルはベルランガ学校の優等生です(笑)。
B: 最後に、この賞を我が娘ステラ・デル・カルメンに捧げると。
A: 両親に捧げると思っていましたが、メラニーとの破局の責任を感じているのですね。
B: ゴヤ賞に撮影賞・美術賞他ノミネートされた“Autómata”は無冠に終わりましたが、今年は公開作品や撮影中のものが目白押しです。
A: 我が人生の第2幕が揚がった、これに向かって前進するという決意で締め括りました。俳優、監督、製作者としてスペイン語映画で活躍して下さい。
(“Autómata”のバンデラス)
*関連記事:管理人覚え*
バンデラス離婚騒動とマラガに新居購入は、コチラ⇒2014年06月21日
バンデラス栄誉賞受賞については、コチラ⇒2014年11月05日/2015年02月07日
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