パブロ・ララインの”El Club”グランプリ審査員賞*ベルリン映画祭2015 ① ― 2015年02月22日 21:59
『NO』から3年、新作がベルリン映画祭グランプリ審査員賞に
★今年のベルリン映画祭は、イサベル・コイシェ(バルセロナ、1960)の“Nadie quiere la noche”で開幕しました。オープニング作品にスペイン映画が選ばれたのは初めて、ということで期待しましたが無冠、代わりにと言ってはなんですが、パブロ・ララインの“El Club”が審査員賞グランプリを受賞しました。前作『NO』(2012)はカンヌ映画祭「監督週間」でアート・シネマ賞受賞、また米国アカデミー外国語映画賞にノミネーションされたがハネケの『愛、アモール』に破れた。ベルリンは今回が初めてです。
(熊のトロフィーを高々と差し上げたパブロ・ラライン、ベルリン映画祭授賞式)
★パブロ・ララインは、1976年チリの首都サンチャゴ生れ。父親エルナン・ラライン・フェルナンデス氏は、チリでは誰知らぬ者もいない保守派の大物政治家、1994年からUDI(Union Democrata Independiente 独立民主連合) の上院議員で弁護士でもあり、2006年には党首にもなった人物。母親マグダレナ・マッテも政治家で前政権セバスチャン・ピニェラ(2010~14)の閣僚経験者、つまり一族は富裕層に属している。ラライン監督の『NO』に関連するので触れると、ピニェラ前大統領はピノチェト大統領の8年間延長についての国民投票では「No」に投票している。ピニェラは世界的な大富豪、アメリカの経済紙「フォーブス」で資産総額で437位に数えられている。同じ地震国であるということか、東日本大震災後に2回来日して被災地を視察している。
★ミゲル・リティンの『戒厳令下チリ潜入記』でキャリアを出発させている。弟(6人兄妹)フアン・デ・ディオス・ララインと 「Fabula」というプロダクションを設立、その後、独立してコカ・コーラやテレフォニカのコマーシャルを制作して資金を準備してデビュー作“Fuga”(2006)を発表した。<ジェネレーションHD>と言われる若手の「クール世代」に属している。監督では、『マチュカ』や『サンティアゴの光』のアンドレス・ウッド、『ヴォイス・オーヴァー』のクリスチャン・ヒメネス、『家政婦ラケルの反乱』や『マジック・マジック』のセバスティアン・シルバ、『グロリアの青春』のセバスティアン・レリオ、『プレイ/Play』のアリシア・シェルソンなどがおり、シェルソンの『プレイ』は「SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2006」で新人監督賞を受賞した作品。(邦題は映画祭上映時のもの)
★『NO』について:サンセバスチャン映画祭2012の「ZABALTEGIのパールズ」部門にエントリーされ、観客総立ちのオベーションを受けた作品。続いて東京国際映画祭 2012のコンペティション部門、ラテンビート2013でも上映された。「ピノチェト政権三部作」の最終作。第一部がアルフレッド・カストロ主演の『トニー・マネロ』(2008、ラテンビート上映)で1970年代後半のチリ、第二部が同じくカストロ主演の“Post
mortem”(2010)、時代背景が1973年のアジェンデ政権末期、つまり時代は二部→一部→三部の順になります。第二部はメタファーが多くチリ社会の知識を要求する複雑な作品、本作が一番分かりやすい作品と言える。しかし断然光っているのは好き好きもあるが、第一部『トニー・マネロ』か。
(『トニー・マネロ』の主役アルフレッド・カストロ、クール世代の一人)
★『NO』が東京国際映画祭2012で上映されたときラライン監督の来日はなかったのですが、ラライン兄弟の映画製作に初参加したダニエル・マルク・ドレフュス(ロス在住のアメリカ人)が来日してQ&Aに参加してくれた。「ラライン兄弟は共に次回作の撮影に入っており、極寒の場所にいて来日できなかったが、日本の皆さまによろしくと言付かってきた」と挨拶した。その次回作が銀熊賞受賞の“El Club”です。
(ガエル・ガルシア・ベルナル主演『NO』のポスター)
★受賞作“El Club”は、ピノチェト政権三部作同様チリの暗い過去を掘り起こす映画のようで、モラルの崩壊、イデオロギーの歪曲、カトリック教会の位階制、神父の小児性愛など見るものを困惑させ不快にもさせる。しかし、映像の検証は説得力があり最後は心揺さぶられることになるようだ。チリの同胞はできれば目を背けたいテーマに違いない。
キャスト:アルフレッド・カストロ(ビダル神父)、アレハンドロ・ゴイク(オルテガ神父)、ハイメ・バデル(シルバ神父)、アレハンドロ・シエベキング(ラミレス神父)、アントニア・セヘルス(シスター・モニカ)、マルセロ・アロンソ(ガルシア神父)、ロベルト・ファリアス(サンドカン)、ホセ・ソーサ(マティアス・ラスカノ神父)他
(左から、アルフレッド・カストロ、監督、ロベルト・ファリアス、ベルリンにて)
プロット:かつて好ましからぬ事件を起こして早期退職させられた神父たちのグループを、教会が海岸沿いの人里離れた村の一軒家に匿っている。神父たちはカトリック教会のヒエラルキーのもと共同生活を送っており、シスター・モニカが神父たちの世話をして生活を支えている。彼女が外と接触できる唯一の人間であり、神父たちが飼っている狩猟犬グレーハウンドも世話していた。ある日、この「クラブ」に5人目の神父が送られてきたことで静穏な秩序が一変してしまう。
(“El Club”のシーンから)
★アルフレッド・カストロは、「ピノチェト政権三部作」全てに出演、『トニー・マネロ』がラテンビートで上映された折り来日している。ラライン監督夫人でもあるアントニア・セヘルスも同じく3作に出ており、『NO』ではガエル・ガルシア・ベルナルが演じた主人公のモト妻役を演じていた女優、テレビ製作者、ラライン同様セレブ階級に属しており、結婚は2006年、2人子供がいる。
★ラライン監督談:少年時代の教育はカトリック系の学校に通った。そこで分かったのは、神父に三つのタイプがあったこと、その一つが軍人に抵抗して神父になったケース、犯罪者や行方不明者として何の痕跡も残さず突然移動させられた。その一人がチリでは有名なフランシスコ・ホセ・コックス神父(同性愛や小児性愛で告発されたラ・セレナ市の大司教も務めた神父)、彼が住んでいた牧歌的なスイスの館の写真を見て、この映画のアイディアが生れたということです。
★出演者には前もってシナリオを渡さず、大枠の知識だけで撮影に入った。つまり誰も自分が演ずる役柄の準備ができないようにした。3週間で脚本を書き、2週間半の撮影は秘密裏に、編集は自宅でやった。それを弟フアン・デ・ディオス(製作者)と関係者2人に見せ、ベルリンの主催者に送った。オーケーが出たので大急ぎで正式のプロダクションを立ち上げた。観客と一緒に見たのはここベルリンが初めて、と映画祭のインタビューで語っています。教会はこの映画については、目下ノーコメントらしい。しかし観客の反応に手ごたえを感じたようです。
追加情報:『ザ・クラブ』の邦題でラテンビート映画祭で上映されました。
最近のコメント