アントニオ・バンデラスに「名誉金のビスナガ」*マラガ映画祭2017 ― 2017年04月01日 10:11
ジュネーブで心臓の外科手術を受けていた!
(名誉金のビスナガ受賞、セルバンテス劇場、3月25日)
★俳優、監督、プロデューサー、マラガの名誉市民アントニオ・バンデラスに「名誉金のビスナガ」が贈られた。真っ白の顎髭にびっくりしたファンもいたでしょうか。授賞式に先立って行われる恒例の記者会見は、彼の健康不安についての質問から始まった。「凄い痛みであったが、幸いにも大事に至らずダメージは残っていない・・・冠状動脈の中に3本のステント(人体の管状部分を広げる医療機器)を挿入する手術を受けた。ずっと以前から不整脈があったが、報道されているような大げさなことじゃないですよ」と。マラガに来る前の先週、手術の経過の検査のためジュネーブにいた由、病気とはうまく付き合っていくしかないでしょう。
(プレス会見席上でのバンデラス、アルベニス映画館、3月25日)
★去る1月26日、ロンドン近郊サリーにある自宅でのトレーニング中、激しい心臓の痛みに襲われ病院に駆けつけたニュースは、日本の一部のメディアでも報道された。軽い心臓発作ということで入院することもなかったが、その後大事をとってジュネーブにある世界有数の心臓病病院で外科手術を受けていたことを明かした。 自身もそれほど深刻でないとツイートしていたから報道が間違っていたわけではないが、かなり重症だったようですね。授賞式にも間に合い現在は健康も回復して仕事に復帰できるということです。 現在のパートナーは、20歳年下のオランダの投資銀行家ニコール・ケンプルさん、あるパーティで知り合ったとか。 バンデラスは投資家としてのキャリアが長い。
(2年前からの新ガールフレンド、ニコール・ケンプルに付き添われて、スイスの病院前)
「故郷で有名人でいるのは何はともあれ大変なことです」とバンデラス
★マラガは生れ故郷、ピカソの次くらいに有名、マラガ名誉市民、マラガ映画祭の初めからの資金提供者、大兄弟会連合の会員にしてセマナ・サンタのプレゴネロでもあるバンデラスが、第20回という節目に「名誉金のビスナガ」をもらうについて異存はないでしょう。今回事務局からの借金返済の申し出を断ったようです。返してもらうつもりはないし、マラガがあってこそ今の自分があるのだから、自分に対して借りなど何もないというわけです。「故郷では有名人もただの人」という格言はもじって、「故郷で有名人でいるのは何か大変なこと、心づかいに大いに感激しています」と語ったバンデラス。渡米直後のラテン・コミュニティーのこと、ハリウッドに到着したころのヒスパニック系の人間関係の複雑さ、さらに闘いについても語った。現在でも解消されていない、反対に強まっていると思える偏見、差別に晒されていたことは語らずとも分かります。
★恩師アルモドバル監督について、「とっても」も恩義を感じています。「仕事に関してはとても厳しく、凝り性で気難しい」と。なぜなら撮影は「豊かな想像力のせいで地獄にいるような状況」に変えてしまうからと語っていた。今後やりたいことは、再び監督に戻って3作目を撮りたいらしく、過去の2作品は多分、自分の経験不足もあって「あまりに未熟」だったとも。2作品とは、元妻メラニー・グリフィスを主人公にしたコメディ「Crazy in Alabama」(99『クレイジー・イン・アラバマ』ビデオ2001)、マーク・チャイルドレスの小説の映画化、翻訳書も出版されている。第2作目がスペイン語で撮った「El camino de los ingleses」は、2006年11月マラガでプレミアした後、サンダンスやベルリン映画祭2007に英題「Summer Rain」として出品され、同年ラテンビートでも『夏の雨』の邦題で上映されている。
「ゲルニカ」制作中のピカソと同じ56歳になった!
★カルロス・サウラの「ゲルニカ」出演について。まだIMDbもアップされていませんが、サウラは以前からパブロ・ピカソが「ゲルニカ」制作に打ち込んだ33日間を軸にした映画を企画していて、ピカソ役に同郷のバンデラス起用をアナウンスしていた。バンデラスによると、「まだ詳しいことは分からないが、新しい脚本の権利問題がクリアーできたと聞いている。カルロスの前の脚本には自分も関わっており、奥の深いエモーショナルなインパクトがあった。制作中のドン・パブロ・ピカソの年齢が56歳、自分も同じ年になり、映画を撮るには理想的な年齢に達した。今は最初の脚本が推敲されてクランクインされるのを待っています」ということです。どんなピカソが見られるのか、しかし今年中のクランクインはなかなか難しいかもしれない。
第32回グアダラハラ映画祭2017*結果発表 ― 2017年04月01日 17:30
エベラルド・ゴンサレス、作品賞とドキュメンタリー賞のダブル受賞
★グアダラハラ映画祭 FICG については、作品賞を受賞しても公開されるチャンスがないこともあり、目についた受賞作品をピックアップするだけです。昨年は作品賞を受賞したコロンビアのフェリペ・ゲレーロの「Oscuro animal」をご紹介しました。コロンビアにはびこる暴力について、コロンビア内戦の犠牲者3人の女性に語らせました。今年のメキシコ映画部門は、エベラルド・ゴンサレスの「La libertad del Diablo」(Devil’s Freedom)が最優秀作品賞とドキュメンタリー賞の2冠に輝き、マリア・セッコが撮影賞を受賞しました。フィクション部門とドキュメンタリー部門の両方にノミネーションされていたなど気づきませんでした。プレゼンターは今回栄誉賞受賞のメキシコの大女優オフェリア・メディナ、これは最高のプレゼンターだったでしょう。
(オフェリア・メディナからトロフィーを手渡されるエベラルド・ゴンサレス)
★ベルリン映画祭2017「ベルリナーレ・スペシャル」部門で、アムネスティ・インターナショナル映画賞を受賞した折に少しご紹介いたしました。こちらはメキシコのいとも簡単に振るわれる「メキシコの暴力の現在」について、犠牲者、殺し屋、警察官、軍人などに語らせています。各自報復を避けるため覆面を被って登場しています。衝撃を受けたベルリンの観客は固まって身動きできなかったと報じられたドキュメンタリーです。おそらく公開は期待できないでしょう。
(覆面を着用した証言者、映画から)
*「Oscuro animal」の紹介記事は、コチラ⇒2016年3月19日
*「La libertad del Diablo」の紹介記事は、コチラ⇒2017年2月22日
イベロアメリカ作品賞はカルロス・レチュガの「Santa y Andrés」が受賞
★カルロス・レチュガの「Santa y Andrés」は、サンセバスチャン映画祭2016「ホライズンズ・ラティノ」部門に正式出品されたキューバ、コロンビア、フランスの合作。他に脚本賞とサンタ役のローラ・アモーレスが女優賞を受賞。1983年のキューバが舞台、体制に疑問をもち、山間に隠棲しているゲイ作家のアンドレス、彼を見張るために体制側から送り込まれた農婦のサンタ、いつしか二人の間に微妙な変化が起きてくる。本作の物語並びに監督紹介、当時のキューバについての記事をアップしています。このカテゴリーには、同じキューバのフェルナンド・ぺレスの「Ultimos días en La Habana」やアルゼンチンの『名誉市民』、スペインからはアレックス・デ・ラ・イグレシアの『クローズド・バル』もノミネートされておりました。
★女優賞のローラ・アモーレスはシンデレラ・ガール、本作のため監督が街中でスカウトした。必要な時にはいつも留守の神様も、時として運命的な出会いを用意しています。人生は捨てたものではありません。本作のような体制批判の映画は、ラウル・カストロ体制下のキューバ映画芸術産業庁ICAICでは歓迎されないが、サンセバスチャンやグアダラハラ映画祭は評価した。この落差をどう受け取るかがキューバ映画の今後を占うと思います。
(サンタとアンドレス、映画から)
*「Santa y Andrés」の作品紹介記事は、コチラ⇒2016年8月27日
★早くもカンヌの季節が巡ってきました。第70回カンヌ映画祭2017の正式ポスターが発表され、今年のカンヌの顔はイタリアの往年の大スターCCことクラウディア・カルディナーレ、コンペティション審査委員長はペドロ・アルモドバル、期間は5月17日~26日です。
(踊って笑って生き生きしたフェリーニのミューズ、クラウディア・カルディナーレ)
『クローズド・バル 街角の狙撃手と8人の標的』*デ・ラ・イグレシア ― 2017年04月04日 21:03
ドタバタ密室劇はメタファー満載のホラー・コメディ
(監督も閉じ込められて出られません)
A: 「シネ・エスパニョーラ2017」という、スペイン語をちょっと齧っただけの人でも「?」なタイトルのミニ映画祭、タイトルこそヘンテコですが、スペイン語映画の最新話題作5本を纏めて見られる貴重な映画祭でした。ラテンビートと違って字幕は英語版からで不満は残りますが、それを言ったらきりがないと割り切るしかありません。それでも作品それぞれに付いた長たらしい副題は蛇足だと言いたい。
B: スペイン語はまだまだマイナー言語、上映してもらえるだけで感謝したい、邦題になどイチャモンつけてる余裕がない(笑)。新作をこれだけまとめたラインナップはなかなか企画してもらえない。スリラー、アクション・コメディ好きは、そこそこ楽しめたのではないか。
A: まずベルリン映画祭の特別招待作品(コンペティション外)でワールド・プレミアしたアレックス・デ・ラ・イグレシアの『クローズド・バル 街角の狙撃手と8人の標的』、ベルリンで監督が「この映画のテーマは思考停止だ」と語っていたように*、ドッキリ映画を装いながら、普通の人間が死の恐怖にさらされたらどうなるかを描いている。
B: 前半の15分ほどはシリアス・コメディ・タッチだが、それ以降は笑うに笑えない。登場人物たちは各自現状に不満を抱いているが、そう取りたてて悪人ではない。ところが本当のテキが分からないから、一人の「思考停止」が全員に伝染病のごとく広がってしまう。敵がバルの外にいるだけなのか中にもいるのか分からない。人間のエゴイズムもテーマの一つです。
A: スペイン人はチームプレイが得意ではない。デュマの『三銃士』の合言葉じゃないが、「万人は一人のために、一人は万人のために」とはいかない。疑心暗鬼も伝染病のように広がります。恐怖はカビのように増殖する。ちょうど1980年代のエイズ患者バッシングのように、ハグしあった親友同士も「見知らぬ人」と握手も拒んだ。
B: 現在のマドリードのバルが舞台ですが、スペインで過去に起こったこと、また未来に起こりうることでもあり、メタファーの取り方で面白さは変わってくる。
「社会的問題を描くのが第一の目的ではないが・・・」
A: 監督の生れ故郷バスクでは過去に起こったテロ事件、対する国民大衆の無関心などに思いを馳せた観客もいたと思いますね。当時大人たちは、銃声が聞こえてきても関わり合いになりたくないから聞こえなかったことにした。監督によれば「社会的問題を描くのが第一の目的ではないが、背景にそれなくして私の映画は成立しない」と語っている。
B: 一瞬にして無人となった繁華街の不気味さ、国家権力に烏合するメディアの情報操作、謎の狙撃者の狙いは何か、グロテスクを排除しないアレックスの映画手法を堪能できます。
A: 作品紹介でも触れたように**、アガサ・クリスティの『そして誰もいなくなった』やスティーヴン・キングの『ミスト』、またはブニュエルの『皆殺しの天使』からヒントを得ている。
B: いわゆる「クローズド・サークル」の代表作品ですね。
A: 特にブニュエル作品では知識階級に属する全員が思考停止になってしまう。知識など役に立たない。誰もいなくなってしまうのか、あるいは誰か残れるのか、チームプレイの不得手な人々の生き残りをかけた椅子取りゲームが後半の見所です。
B: スリラー劇ですからネタバレは御法度ですが、主役ブランカ・スアレスの下着姿にくぎ付けになっていると本質を見失います。今後どんな映画が公開されるか分かりませんが、少なくとも来年のゴヤ賞ノミネートは決まりだね。
A: 主役はマリオ・カサスではなさそうですね。際立っていたのがイスラエル役のハイメ・オルドーニェス、襤褸着のなかから現れる筋骨隆々にはびっくりしました。いつでも闘えるように肉体は鍛えておかねばなりませんし、見掛けで人を判断してはいけないという道徳教育の映画でもあります。
(サディスティックな監督に油まみれの下着姿にさせられたブランカ・スアレス)
B: 役に立つ教訓的なお話でもあります。アレックス映画ではお馴染みのセクン・デ・ラ・ロサの言い分には泣けてきます、使用人は常に辛くて弱い立場です。
A: 特に老いてますます盛んなテレレ・パベスのような強権的な雇い主の下で働くのは「一に辛抱、二に忍耐、三四が無くて、五に我慢」です。
B: 『グラン・ノーチェ! 最高の大晦日』につづいて出演のカルメン・マチ、頭の回転が速くてどんな役でもこなすカメレオン女優です。
A: エミリオ・アラゴンの『ペーパー・バード幸せの翼にのって』(10)がラテンビートで上映されたとき監督と一緒に来日、気軽に来場者との写真撮影にも応じていました。公開が確実なアルモドバル映画の常連さんでもあるから、ファンも多いほうかもしれない。本作はマラガ映画祭2017のオープニング作品でした。
(セクン・デ・ラ・ロサ、マリオ・カサス、ハイメ・オルドーニェス、カルメン・マチ)
*主な出演者紹介*
キャスト:ブランカ・スアレス(客エレナ)、マリオ・カサス(客ナチョ)、セクン・デ・ラ・ロサ(バル店員サトゥル)、ハイメ・オルドーニェス(浮浪者イスラエル)、テレレ・パベス(バル店主アンパロ)、カルメン・マチ(客トリニ)、ホアキン・クリメント(客アンドレス)、アレハンドロ・アワダ(客セルヒオ)他
*ベルリン映画祭のインタビュー記事は、コチラ⇒2017年2月26日
**作品紹介の記事は、コチラ⇒2017年1月22日
『キリング・ファミリー 殺し合う一家』*アドリアン・カエタノ ― 2017年04月09日 16:37
★「シネ・エスパニョーラ2017」で一番面白かったのがイスラエル・アドリアン・カエタノの本作でした。作品・監督紹介は大分前にアップ済みですが、一応基本データを繰り返すと、原題は「El otro hermano」(仮題「もう一人の兄弟」)英題は「The Lost Brother」、原作カルロス・ブスケドの小説「Bajo este sol tremendo」の映画化、製作国アルゼンチン=ウルグアイ=スペイン=フランス合作アルゼンチン映画、言語スペイン語、2017年、スリラー、113分、マイアミ映画祭2017ワールド・プレミア、マラガ映画祭正式出品、アルゼンチン公開3月30日、日本公開3月25日
キャスト:ダニエル・エンドレル(ハビエル・セタルティ)、レオナルド・スバラグリア(ドゥアルテ)、アンヘラ・モリーナ(モリーナ先妻マルタ)、アリアン・デベタック(ダニエル・モリーナ)、パブロ・セドロン(屑鉄商エンソ)、アレハンドラ・フレッチェネル(エバ)、マックス・ベルリネル、ビオレタ・ビダル(銀行出納係)、エラスモ・オリベラ(死体安置所職員)他
プロット:長らく音信の途絶えていた母親と弟の死を発端に闇の犯罪組織に否応なく巻き込まれていくセタルティの物語。セタルティは打ちのめされた日々を送っていた。仕事もなく、何の目的も持てず、テレビを見ながらマリファナを吸って引きこもっていた。そんなある日、見知らぬ男から母親と弟がアルゼンチン北部のラパチトで内縁の夫モリーナから猟銃で殺害されたという知らせがもたらされる。ブエノスアイレスからその寂れた町ラパチトに家族の遺体の埋葬と僅かだが掛けられていた生命保険金を受け取る旅に出発する。ラパチトではドゥアルテと名乗る顔役が彼を待ち受けていた。元軍人で家族を殺害したモリーナの友人であり遺言執行人でもあるという。しかしこの謎めいた男の裏の顔は、複雑に入り組んだ町の闇組織を牛耳るボス、誘拐ビジネスで生計を立てているモンスターであった。セタルティは保険金欲しさにずるずると予想もしなかったドゥアルテのワナにはまっていく。
冷血漢が灼熱の太陽のもとで繰り返す悪のメタファーは何か?
A: 原題と邦題のタイトルがこれほどかけ離れているのも最近では珍しい。英題「The Lost Brother」のカタカナ起こしのほうがよほどぴったりしている。多義的な「lost」には「otro」の意味はありませんが内容的に優れたタイトルになっています。
B: 邦題は悪すぎ、「キリング・ファミリー」と副題の「殺し合う一家」のどこがどう違うのやら。アドリアン・カエタノ監督(モンテビデオ1969)が邦題を知ったら「?!」でしょうね。
A: タイトルは自由に付けていい決まりですが、作品の顔ですからただセンセショーナルだけではいただけない。邦題の悪口は言わない主義ですが、これは残念です。前回の『クローズド・バル~』同様メタファーが多く、アルゼンチン=サッカー王国、マラドーナ、メッシ、タンゴの豆知識だけでは映画のすごさは分かりにくい。少なくとも3万人の行方不明者を出したと言われる軍事独裁政権時代(1976~83)が背景にあることだけは押さえておきたい。
B: お金目当ての誘拐、地下室監禁、脅しの手口、性的虐待、ディオニソス症候群など、汚職まみれの残酷すぎるアルゼンチン社会のメタファーが分からないと、単なる平凡で陳腐な殺人ごっこにしか見えません。
(新しい獲物セタルティの値踏みをするドゥアルテの下卑た笑い顔)
A: 小悪党ドゥアルテと行き当たりばったりの人生を送っているセタルティは同世代、生き方は違うように見えるが同じ穴の狢の似た者同士です。彼らは法が機能しなかった独裁政権時代の犠牲者あるいは継承者、いわゆる「道に迷った子供たち」を象徴しています。
B: 「くそったれ」しか学んでこなかった。大体40歳前後に設定されているようです。この世代はきちんとした教育を受けられず、悪事や憎しみを正当化し、裏切りやレイプは当たり前、愛を語ることなど人間のもろさだと思わされて育った特異な世代です。
A: 誘拐してきたエバを地下室に監禁して、自分の排泄物を処理するがごとくレイプする。このシーンはかつての独裁政権があちこちに散在していた強制収容所で行っていたことの再現ですね。ラパチトはチャコ州にある実在の町、原作者カルロス・ブスケド(1970)はチャコ州の出身、この地方を熟知している。
B: 夏は日差しが強く、埃りの舞い上がる寂れた町でメタボ気味のセタルティは汗まみれになる。この猛暑もメタファーでしょうか。
A: 脚本を見せられ即座に出演を決めたダニエル・エンドレル(モンテビデオ1976、セタルティ役)が、アルゼンチン公開前のインタビューで「監督から体重を増やしてくれと頼まれた」と語っていた(笑)が、家族の埋葬は口実、保険金が目当てでやってきた意志の弱い男が次第に欲に釣られて深入りしていくプロセスが面白い。
B: 初対面からドゥアルテの危険な悪事に気づきながら、かけらだが良心は残っているのに、ずるずると深みにはまっていく。
(左から、スバラグリア、監督、メタボが若干解消されたエンドレル、公開前の記者会見)
A: 早くブラジルで人生をやり直そうと未来が見えてきたのに弱さが勝つ。彼らのようなアウトサイダーは、民主化されても真面な労働力と見なされない。殺害者モリーナの息子ダニエルもきちんとした教育を受けていないから、ドゥアルテに不信を抱きながらも悪事に手を染めていく。関係を切りたくても、その後の人生設計が思い描けない。
B: 母マルタはスペインからの移住者、モリーナの先妻という設定でした。モリーナは内縁の妻と息子を殺害したあと自殺したことになっているが事実かどうか分からない。邪魔者になって消されたのかもしれない。息子ダニエルは父親の埋葬のさい、幼くして死んだ同名の兄がいたことを初めて知る。
A: もう一人の兄弟の存在ですね。長男のクリスチャン・ネームは父親と同じにする仕来りがある。長男は「お前が生まれる前に死んだので、同じ名前を付けた」と母親は説明する。墓碑銘には「1983~1987」とあり、次男ダニエルが1987年以降に生まれたことを観客は知る。
B: ハビエル・セタルティとダニエル・モリーナに血縁関係はなく異母兄弟でもない。セタルティの母親とモリーナは内縁関係だから法的にも義理の兄弟にはならないわけですね。
A: 母親と一緒に殺害された弟の存在をセタルティは知らなかったようで、この弟はモリーナが父親かもしれない。セタルティにももう一人の兄弟がいたことになる。ドゥアルテは「el otro haemano」というセリフを何回か口にした。原題のキイポイントです。ワーキング・タイトルは原作と同じでしたが、最終的に変更したのでした。
B: マルタ役にスペインの大女優アンヘラ・モリーナ(マドリード1955)を起用できたことを監督は幸運だったと語っています。
A: 映画の中で唯ひとり人間性をもち続けたいと思っている人間、運命に翻弄されながらも息子ダニエルの更生を願う母親、捨てられながらも元夫を埋葬するという、吐き気を催すような登場人物のなかでは稀有の存在でした。
B: 掃き溜めに鶴、冒頭から薄命が暗示されていた。ダニエル役のアリアン・デベタックは初めて見る俳優ですが、自分の生き方に確信がもてないことが狂暴性に直結するという悪循環を断ち切れない青年を好演していた。センチメンタルで動揺しやすい青年役でした。
(長男が眠る墓に夫の遺灰を撒くマルタと息子ダニエル、映画から)
父親のいない孤児たち、アンチヒーローしか登場しない映画
A: 軍隊では先輩モリーナから様々なことを教えてもらったという小悪党ドゥアルテを好演したのがレオナルド・スバラグリア(ブエノスアイレス1970)でした。イケメンを卒業してマラガ映画祭2017では、大賞のマラガ賞、本作で銀の男優賞を受賞した。
B: マラガ賞はリカルド・ダリンも貰っていないはず、快挙に近い。軽薄に聞こえる声、薄汚い表情、お喋りだが内容は空っぽ、全てはお金のため、愛など無用の長物、病的なほど残酷なアンチ・ヒーローを体現した。これで女性ファンを大分失いましたが、役者として一皮剥けました。
A: ご安心ください。マラガに現れたスバラグリアはにこやかなイケメン、エンドレルもメタボを若干解消してお腹は引っ込んでいました。アンヘラ・モリーナも皺こそ深くなりましたが相変わらず美しい。カエタノ監督は欠席したのか、プレス会見にも姿がなかった。
B: ヒーローが出てこないのがカエタノ作品の特徴ですが、本作のもう一つのカギは移動と父親不在です。これはラテンアメリカ文学の特徴の一つですね。
(左から、スバラグリア、モリーナ、エンドレル、マラガ映画祭にて)
A: ドゥアルテには父親どころか全く家族の姿が見えない。セタルティも故郷トゥクマンを出てからは家族は不在、ダニエルは母子家庭同然だった。さらに誘拐されたエバに夫はなく、つまり電話にボイスで出演するエバの息子にも父はいない。息子には母親を救い出したいという意思がない。セタルティはトゥクマンからブエノスアイレス、さらにラパチトに流れてくる。そして最終目的地はブラジルということでした。
B: 崩壊した家族は崩壊したアルゼンチンをシンボル化しており、かつてセタルティの家族が住んでいた家は、今や廃屋となっている。鉄屑のガラクタ・コレクターの弟の存在も不気味です。
A: ディオニソス症候群らしい弟の存在と、それを買い取る屑鉄商エンソのメタファーは何でしょうか。エンソを演じたパブロ・セドロン(マル・デル・プラタ1958)は、人気テレビドラマで活躍しているベテランのようです。精彩を欠くセタルティを手玉に取る、世故に長けた屑鉄商を飄々と演じていた。
(屑鉄商エンソにガラクタの値段交渉をするぱっとしないセタルティ)
B: トラクターの売却代金を狙われ、ドゥアルテの餌食になるエバを演じたのは、アレハンドラ・フレッチェネルでした。
A: 脇役に徹して映画とテレドラで活躍している。今回は猿ぐつわをされている役なのでセリフが少なく難しい役だったと語っている。目で演技ですから、ごまかしが効かない。独裁政権下で地下室に押し込められ犯された多くの犠牲者のメタファーです。パブロ・トラペロの『エル・クラン』(15)を思い出した観客もいたはずです。
B: あちらの時代背景もポスト軍事独裁時代でしたが、誘拐ビジネスの根は前の軍事独裁政にありました。アルゼンチンの負の遺産はナチス同様、現代でも生き延びています。
(左から、エンドレル、監督、デベタック、フレッチェネル、公開前の講演会にて)
フレーミングの取り方、カメラの位置
A: カエタノ監督は、いわゆるアルゼンチン・ニューシネマ世代に属している。画面の切り取り方やカメラの位置に拘っていることがよく分かる作品でした。「構図は成り行き任せにしなかった。大変苦労したがその甲斐はあった」と。
B: フレーミングに拘ったレオポルド・トーレ・ニルソン(1924~78)に捧げられている。
A: 日本では『天使の家』(57)と『MAFIA血の掟』(72)が公開されている。アルゼンチン映画史では避けて通れない監督、脚本家です。
(州都レシステンシアの銀行窓口で生命保険料の支払いを待つドゥアルテとセタルティ)
B: 原作を損なわずに、しかしかなり自由に映画化したようですが。
A: 読者と観客の違いを考えたということですかね。いずれにしろ小説と映画は別作品です。
*作品紹介とアドリアン・カエタノのキャリア紹介は、コチラ⇒2017年2月20日
*レオナルド・スバラグリアのキャリア紹介は、コチラ⇒2017年3月13日
*アンヘラ・モリーナのキャリア紹介は、コチラ⇒2016年7月28日
*ダニエル・エンドレルのキャリア紹介は、コチラ⇒2017年2月20日
『インビジブル・ゲスト 悪魔の証明』*オリオル・パウロ ― 2017年04月14日 15:15
★長編デビュー作『ロスト・ボディ』(12)に続くオリオル・パウロの第2作『インビジブル・ゲスト 悪魔の証明』は、比較的知名度のあるベテランを起用しての密室殺人劇でした。原題「Contratiempo」の意味は「不慮の出来事、または災難」ですが、「シネ・エスパニョーラ2017」では、英題のカタカナ起こしに今流行りの法律用語「悪魔の証明」を副題にしています。二転三転しながらも最後には証明されるのですが、本作も既に内容は紹介済みです。基本データを繰り返しておきますが、映画評論家と一般観客の評価が見事に乖離した作品だったと言えるかもしれません。
(ホセ・コロナドに演技指導をするオリオル・パウロ監督)
データ:製作国スペイン、スペイン語、2016、106分、スリラー、撮影地バルセロナ自治州テラサTerrassa、ピレネー山地のVall de Núria、映画祭歴:米国ファンタスティック・フェスト(2016年9月23日)、ポートランド映画祭2017年2月、ベルグラード映画祭2017年3月、スペイン公開2017年1月6日、日本公開同3月25日、他。IMDb評価7.8点
キャスト:マリオ・カサス(実業家アドリアン・ドリア)、アナ・ワヘネル(弁護士グッドマン/エルビラ)、バルバラ・レニー(ドリアの愛人ラウラ・ビダル、写真家)、ホセ・コロナド(ダニエルの父トマス・ガリード)、フランセスク・オレリャ(ドリアの顧問弁護士フェリックス・レイバ)、パコ・トウス(運転手)、ダビ・セルバス(ブルーノ)、イニィゴ・ガステシ(ダニエル・ガリード)、マネル・ドゥエソ(ミラン刑事)、サン・ジェラモス(ソニア)、ブランカ・マルティネス(グッドマン弁護士)他
二転三転、先が読めなかったミステリー・ホラー
A: スリラーを集めた「シネ・エスパニョーラ2017」の他作品は、およそ予想した通りの結末を迎えますが、なかで本作は先が読めなかった。というのも筋運びの不自然さが後半にかけて増していったせいです。前作『ロスト・ボディ』より強引でしたから、前作を見ていた観客もあっけにとられたのではありませんか。
B: キャスト欄を注意深く読めば分かりますが、観客は普通、そこまで細かいところに目を通しません。特にキャスト欄に役柄を明記しません。何気ないセリフが伏線になっていましたが、それは結末近くになって分かることです。
A: パウロ監督は、製作者にメルセデス・ガメロ、ミケル・レハルサ、キャストにホセ・コロナドを起用した以外、前作とはがらりと変えてきました。本作ではお気に入りのコロナドを主役級の脇役に仕立てました。
(突然失踪した息子を探す執念の父親ガリード、ホセ・コロナド)
B: 青年実業家ドリアのマリオ・カサス、いまや売れっ子俳優になって引っ張り凧です。若くして権力と金力を手にしたが頭脳明晰があだになる。いつもの動の演技ではなく静の演技を求められ難しかったのではないか。父親役はもしかして初めてか。
(逃げ道を模索するアドリアン・ドリア、マリオ・カサス)
A: グッドマン弁護士のアナ・ワヘネル、脇役専門かと思っていた彼女の主役は珍しい。事件の経過より二人の対決場面がこの映画のクライマックスです。対決シーンはまるで舞台を見てるようなもので、舞台女優歴の長いワヘネルの独壇場でした。
B: 二人はドリアの無実を証明するために対策を練るのですが、互いに嘘をつき合って駆け引きしているので、タイムリミットが目前なのに真実が見えてこない。
A: しかし次第に目的の食い違いが観客にも見えてくる。スリラー大好き人間を取り込むには、殺人、不運・偶然、復讐、大混乱は大きな武器になる。本作にはこれがてんこ盛り、右往左往させられたあげく、大騒ぎは不合理な結末を迎える。第一級のスリラーとは言えないのではないか。
B: いっぱい食わされたのを面白いとするか、それはないよ、バカにすんなとへそを曲げるか、どっちかになる。監督はヒッチコックの信奉者ということですが、二役ということで『めまい』(58)を想起した観客もいたのでは。
A: 『めまい』へのオマージュというブライアン・デ・パルマの『愛のメモリー』(76)、スペイン映画ファンならネタバレになるかもしれないが、フアン・アントニオ・バルデムの『恐怖の逢びき』(55)、クラシック映画の代表作ですね。脚本はただ複雑にすればいいというわけではなく、騙すにもある一定の論理性がないと納得しない観客が出てくる。それはともかくとしてワヘネルには何か賞を上げたい。
B: ドリアの愛人役バルバラ・レニーは相変わらず美しい。クローズアップのシーンにまだまだ耐えられる。ダブル不倫という設定で二人とも薬指に嵌めた指輪を気にしている。
A: アルゼンチン訛りを克服して、今やスペインを代表する女優に成長した。ゴヤ賞2017では、ネリー・レゲラのデビュー作「María (y los demás)」で主演女優賞にノミネートされましたが、アルモドバルの『ジュリエッタ』主役エンマ・スアレスに苦杯を喫した。
B: 『マジカル・ガール』で受賞したばかりですからもともと無理だった。3作とも酷い目にあう役ばかりでしたが、昨今の美人はいじめられ役を振られるのが流行なのかな。
A: ワヘネル同様舞台との掛け持ち派、モデルもこなし貪欲に取り組んでいる。最後になるが監督のオリオル・パウロ、期待が大きかっただけに専門家からは厳しい注文が相次いだ。背景に社会問題を取り込んではいるが尻切れトンボになっている。また俳優の演技がどんなに優れていても、ある程度専門家を納得させられないと賞レースに残れない。
B: 評論家と観客の好みが一致するのは滅多にないことですが、前者の評価が平均5つ星満点で1.5、対して後者が10点満点の7.8とかけ離れている。日本の観客には楽しんでもらえたでしょうか。
(不運な死を遂げるラウラ・ビダル、バルバラ・レニー)
★アナ・ワヘネルは、1962年カナリア諸島のラス・パルマス出身、セビーリャの演劇上級学校を出て舞台女優として出発、舞台と並行してテレビドラマに出演、映画デビューは2000年、アチェロ・マニャスのデビュー作“El Bola”と遅かった。ラテンビートが始まっていたら絶対上映された映画でした。主人公のフアン・ホセ・バジェスタが子役ながらゴヤ賞新人男優賞を受賞した話題作でした。ベニト・サンブラノの『スリーピング・ボイス~沈黙の叫び~』(11)の看守役でゴヤ賞助演女優賞を受賞、脇役に徹して出演本数も多く日本登場も意外と早い。アルベルト・ロドリゲスの『7人のバージン』とサンティアゴ・タベルネロの『色彩の中の人生』がラテンビート2006で上映され、翌年同映画祭のダニエル・サンチェス・アレバロの『漆黒のような深い青』で俳優組合助演女優賞を受賞している。他に『バードマン』でオスカーを3個もゲットしたアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥの『ビューティフル』では、バルデム扮する主人公と同じ死者と会話ができる能力の持主になった。本作『インビジブル・ゲスト 悪魔の証明』での弁護士役は迫力があり、舞台で培った演技力が活かされている。映画、舞台、テレビの三本立てで活躍している。
(「無罪を勝ち取りたいなら真実を話せ」と迫るグッドマン弁護士、アナ・ワヘネル)
*作品・監督の紹介は、コチラ⇒2017年2月17日
*ホセ・コロナド紹介記事は、コチラ⇒2014年3月20日
*バルバラ・レニー紹介記事は、コチラ⇒2015年3月27日
第70回カンヌ映画祭2017*ノミネーション発表 ① ― 2017年04月16日 16:43
スペイン語映画は予想通りというかゼロでした!
★先週木曜日(現地時間13日)にコンペティション部門18作と「ある視点」部門のノミネーション発表がありました。「アルモドバルが審査委員長に決定」の記事をアップした折に、これが吉と出るか凶と出るか気になっておりましたが、コンペはゼロでした。最も期待していたパブロ・ベルヘルの「Abracadabra」は落選、『ブランカニエベス』熱も覚めたようです。本作は大枠をご紹介していますがいずれアップいたします。気になるもう1作がカルロス・ベルムトの「Quién te cantará」です。カンヌに間に合ったものの残れず、『マジカル・ガール』のマジック効果もありませんでした。久々のナイワ・ニムリ、ナタリア・デ・モリーナ、インマ・クエバス、カルメ・エリアスなど演技派女優を揃えており、カンヌと関係なくご紹介したい作品です。
★今年のようにフランス(6作)と米国(5作)の作品をこれほど多くエントリーした年があったかどうか調べても意味がありませんが、なかには下馬評にもなかった作品が結構選ばれておりました。フランスは開催国ですから目を瞑るとして、映画大国とはいえ米国の5作は何か経済的力学が働いたのかと勘繰りたくなります。残るは韓国2作、以下イギリス、ハンガリー、日本、ドイツ、ロシアが各1作ずつです。まだ増えるのかもしれません。カンヌ常連のフランソワ・オゾン、ミヒャエル・ハネケ、ミシェル・アザナヴィシウス、ジャック・ドワイヨン、トット・ヘインズ、ソフィア・コッポラ、ファティ・アキン、韓国の二人はポン・ジュノとホン・サンス、日本の1作は河瀨直美の『光』でした。ということで当ブログでのコンペティションの作品紹介はしないですみます。
★節目の70回という重要な年に審査委員長に選ばれたのは「名誉なことですが、少し重荷です。この重要な仕事に身も心を捧げるつもりです」と語っていたペドロ・アルモドバル、どんな采配を振るのでしょうか。オスカー像をスペインにもたらした『オール・アバウト・マイ・マザー』は、カンヌ映画祭1999の監督賞受賞作品でした。すべてがカンヌから始まったのでした。以来カンヌに焦点を合わせて製作しており、重荷でも頑張ってもらいたい。「私に生き方を教えてくれたのは、学校でも教会でもなく映画館」と語っていた監督、スペイン国内では常に雑音が聞こえてきますが、スペイン・フィルモテカの名誉あるオープニング作品に彼の『欲望の法則』が選ばれました。スペインでカンヌの審査委員長になるのはアルモドバルが初めてです。
(髪も髭も真っ白なアルモドバルとカルメン・マウラ、フィルモテカ開会式にて、2017年3月)
★今年のカンヌの顔は、イタリアの女優クラウディア・カルディナレ(1938チュニジア)ですが、ポスターの評判がイマイチです。本人は「生き生きと踊っているのが気に入っている」ようですが、カメラマンの名前は誰も覚えていないとか。撮影は1959年、ローマの屋根の上で踊っているモノクロ写真。映画界入りしたばかりでルキノ・ビスコンティにもフェデリコ・フェリーニにも出会わなかった頃の写真です。イタリア映画はゼロですが、モニカ・ベルッチが今年はセレモニーに登場するようです。
★コンペティション外には、オスカー監督のアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥの「Carne y arena」が突然アナウンスされました。ただし長編ではなく6分30秒の短編、身分証明書を持たずにメキシコから米国に渡ろうとする不法移民がテーマ、撮影はこちらもオスカー像のコレクター、いつものエマニュエル・ルベツキです。トランプ以後、国境の壁は厚くなる一方です。5月の連休に公開されるアルフォンソ・キュアロンの息ホナス・キュアロンの『ノー・エスケープ 自由への国境』と同テーマです。
★「ある視点」のオープニング作品は、監督と俳優の二足の草鞋派マチュー・アマルリックの「Barbara」に決定しています。フランスの歌手のビオピックだそうです。英語映画でしたが『ある終焉』が公開されたメキシコのミシェル・フランコの「Las hijas de Abril」がエントリーされ、今度はスペイン語で撮りました。エンマ・スアレスやエルナン・メンドサ、イバン・コルテスが出演しています。他にアルゼンチンの二人の女性監督セシリア・アタン&バレリア・ピバトの「La novia del desierto」がデビュー作ながら選ばれました。アルゼンチン=チリ合作、『グロリアの青春』でブレークしたチリのパウリナ・ガルシアとアルゼンチンのクラウディオ・リッシがタッグを組んだようです。本作はカメラ・ドールの対象作品でもあり、結果が楽しみです。既にアルゼンチン映画アカデミーINCAAが3月に開催した「オペラ・プリマ・コンクール」で受賞しております。なおカンヌだけを視野に入れて製作しているカルロス・レイガダスの「Donde nace la vida」は空振りでした。
(クラウディオ・リッシを挟んで2人の監督、製作者、オペラ・プリマ・コンクールにて)
★「ある視点」には、ほかにローラン・カンテ、俳優のほうが有名かもしれないがセルジオ・カステリットの「Fortunata」、黒沢清の『散歩する侵略者』が選ばれています。ベテランと新人が競り合うことになります。70周年の特別上映としてデヴィッド・リンチの『ツイン・ピークス』(92)やジェーン・カンピオンの「Top of the Lake」(16、第2シーズン)が上映される予定です。テレドラが上映される時代になり感無量です。
★カンヌ映画祭と並行して開催される「監督週間」と「批評家週間」のノミネーションは、映画祭事務局によると2週間以内に発表する由、受賞歴もあるサンティアゴ・ミトレ、ディエゴ・レルマン、ルクレシア・マルテルなどのアルゼンチン組が選ばれるかもしれません。
★映画祭は5月17日から28日までと長い。開催前までにピックアップして、ご紹介していきます。
ホセ・コロナド*心臓の緊急手術 ― 2017年04月17日 16:48
バンデラスに続いてコロナドも同じステント手術を受けていた
★『インビジブル・ゲスト 悪魔の証明』を記事にしたばかりですが、ホセ・コロナドがマドリードのプリンセサ病院で心臓の冠状動脈のトラブルをとりのぞくため「ステント手術*」を受けていたことをツイートしました(16日現地時間8:26)。現在はUCI(集中治療室ICU)にいるようです。1957年マドリード生れの59歳、そろそろオーバーホールが必要な年代に差しかかったということでしょうか。経過はよく、数日間の入院ですみそうですが、勿論、仕事復帰までは数週間の休養が必要のようです。
*ステントというのは「人体の管状部分を広げる医療機器」のことで、問題のある冠状動脈の中に挿入する。バンデラスは3本挿入しましたが、コロナドは1本だった由。
(額が広くなってきたホセ・コロナド)
★マドリードにある自宅で胸の異変を感じて、長男ニコラスに付き添われて病院に行ったところ、医療センターに移送されたということです。ニコラスはコロナドの最初の結婚相手パオラ・ドミンギン(女優、デザイナー他、1987~89)との間に生まれた男子、彼の現夫人は4人目。映画の本数も半端ではないが、テレビドラマに舞台にと精力的にこなしてきているから、ちょっと一休みしなさいというお告げかもしれない。とはいってもテレドラの新シリーズ「Vivir sin permiso」(テレ5、他)が4月6日にアナウンスされたばかりです。ガリシアの麻薬密売ネモ・バンデイラ「Nemo」 Bandeiraのサガを語るシリーズ物。
★オリジナルなアイディアはマヌエル・リバス、プロデューサーはコロナドをスターダムに押し上げた長寿テレドラ「El Principe」(2014~16)の製作者アイトル・ガビロンド、共演者だったアレックス・ゴンサレス(1980マドリード)と再び競演する。コロナドは老いてアルツハイマーを患うネモに、ゴンサレスは彼の養子マリオ・メンドサ弁護士になる。シェイクスピアの『リア王』が下敷きのようで、つまりネモには4人の子供がいる設定(実子2人、養子、非摘出子)。麻薬王のその後ということでしょうか。ガリシアで6月19日クランクインの予定でしたが、入院騒ぎでどうなることか。コロナドは「俳優冥利に尽きる」と語っていたから、まさか差し替えはないでしょう。
(左から、マヌエル・リバス、コロナド、アイトル・ガビロンド、製作発表プレス会見)
(ホセ・コロナドとアレックス・ゴンサレス「El Principe」から)
★誰も彼もツイッターで忙しく、今や秘密をもつことは至難となりました。「母親を心配させたくなかったが、もうスペイン中に広まって、ただただびっくりしています。皆さんのご関心に感謝いたします」とツイートしました。早く元気になってね。
『ノー・エスケープ 自由への国境』*ホナス:キュアロン ― 2017年04月23日 14:46
トランプのお蔭で公開されることになりました?
★トロント映画祭2015の折に原題「Desierto」としてご紹介していた少し古い映画ですが、トランプの壁のお蔭か公開がアナウンスされました。ホナス・キュアロンの長編第2作『ノー・エスケープ自由への国境』、キュアロン一家が総出で製作しました。トロント映画祭「スペシャル・プレゼンテーション」部門で国際批評家連盟賞を受賞したこともあって話題になっていた作品。これから公開されること、スリラーであることなどから、比較的詳しい公式サイトから外れないように注意してアップしたいと思います。なかでもキャスト紹介は主役の二人、ガエル・ガルシア・ベルナルとジェフリー・ディーン・モーガンしか紹介されておりませんので若干フォローしておきます。
(オリジナル・ポスター)
『ノー・エスケープ 自由への国境』(原題「Desierto」英題「Border Sniper」)2015
製作:Esperanto Kino / Itaca Films / CG Cinema
監督・脚本・編集・製作者:ホナス・キュアロン
脚本(共):マテオ・ガルシア
音楽:Woodkid、ヨアン・ルモワンヌ
撮影:ダミアン・ガルシア(『グエロス』)
プロダクション・デザイン:アレハンドロ・ガルシア
衣装デザイン:アンドレア・マヌエル
キャスティング:ベヌス・カナニ、他
メイクアップ・ヘアー:ヒメナ・キュアロン(メイク)、エマ・アンヘリカ・カンチョラ(ヘアー)他
製作者:ニコラス・セリス、サンティアゴ・ガルシア・ガルバン、ダビ・リンデ、ガエル・ガルシア・ベルナル(以上エグゼクティブ)、アルフォンソ・キュアロン、カルロス・キュアロン、アレックス・ガルシア、エイリアン・ハーパー、他多数
データ:製作国メキシコ=フランス、言語スペイン語・英語、2015年、スリラー・ドラマ、94分(日本88分)、撮影地バハ・カリフォルニア、映倫G12、IMDb5.9点
映画祭・受賞歴:トロント映画祭2015国際批評家連盟賞受賞(スペシャル・プレゼンテーション部門)、ロンドン映画祭2015(10月)正式出品、(仏)ヴィルールバンヌ・イベロアメリカ映画祭2016(3月)正式出品、イベロアメリカ・フェニックス賞2016録音賞ノミネーション、以下2016年、ロスアンジェルス(6月)、シッチェス(10月)、オースティン(10月)、ダブリン、リマ(8月)、ハバナ(12月)他、各映画祭正式出品、第89回アカデミー賞メキシコ代表作品(落選)
公開:メキシコ2016年4月、フランス同4月、米国限定同10月、スペイン限定2017年1月、香港同1月、ハンガリー同4月、日本同5月、他多数
キャスト:ガエル・ガルシア・ベルナル(モイセス)、ジェフリー・ディーン・モーガン(サム)、アロンドラ・イダルゴ(アデラ)、ディエゴ・カタニョ(メチャス)、マルコ・ぺレス(ロボ)、ダビ・ペラルタ・アレオラ(ウリセス)、オスカル・フロレス・ゲレーロ(ラミロ)、エリク・バスケス(コヨーテ)、リュー・テンプル(国境パトロール)、他多数
プロット:正規の身分証明書を持たない、武器を持たない、ただリュック一つを携えたモイセスを含む15人のグループが、メキシコとアメリカを隔てる砂漠の国境を徒歩で越えようとしていた。それぞれ愛する家族との再会と新しいチャンスを求めていた。しかし、不運なことに越境者を消すことに生きがいを感じている錯乱した人種差別主義の<監視員>サムに発見されてしまった。不毛の砂漠の中で残忍な狩人の餌食となるのか。星条旗をはためかせたトラックに凶暴な犬トラッカーを乗せたサムは、祖国への侵略者モイセスたちを執拗に追い詰めていく。砂漠は武器を持つ者と持たざる者の戦場と化す。生への執着、生き残るための知恵、意志の強さ、人間としての誇りが、ダミアン・ガルシアの映像美、ヨアン・ルモワンヌの音楽をバックに語られる。 (文責:管理人)
監督は何を語りたかったのか?
A: 監督が何を語りたかったのかは、観ていただくしかないが、まず製作のきっかけは10年ほど前に異母弟と一緒にアリゾナを旅行したことだったという。アリゾナ州Tucsonツーソン(トゥーソン)にあるメキシコ領事館に招待され、移民たちに起きている悲劇を生の声で聞いたことが契機だったという。
B: アリゾナ州の人口の37パーセントがヒスパニック系、もともと米墨戦争に負けるまでメキシコ領だった。そのアリゾナ体験から脚本が生まれたわけですね。
A: しかし、どう物語っていけばいいのか、なかなか構想がまとまらなかった。既に同じテーマでたくさんの映画が撮られていた。例えばキャリー・フクナガの『闇の列車、光の旅』(09「Sin nombre」)、ディエゴ・ケマダ=ディエスの『金の鳥籠』(13「La jaula de oro」)など、それぞれ評価が高かった。しかし、それらとは違った切り口で、もっと根深い何かを描きたかった。
B: 辿りついたのが子供の頃から大好きだった1970年代のハリウッド映画のホラーやスリラーだった。セリフを抑えたカー・アクションの不条理な追跡劇、スピルバーグの『激突!』(71)や、リチャード・C・サラフィアンの『バニシング・ポイント』(71)を帰国するなり見直した。
A: それにアンドレイ・コンチャロフスキーの『暴走機関車』(85)も挙げていた。人間狩りというショッピングなテーマを描いた、アーヴィング・ピチェルの『猟奇島』(32)、コーネル・ワイルドの『裸のジャングル』(66)も無視できなかったと語っている。ダイヤローグを抑えるということでは、ロベール・ブレッソンの『抵抗(レジスタンス)~死刑囚の手記より』(56)も参考にしたという。
B: 死刑囚の強い意志は、モイセスの強さに重なります。
ネットにあふれた人種差別主義者のコメントに恐怖する!
A: 構想から10年、間には父親の『ゼロ・グラビティ』の脚本を共同執筆、撮影でも一緒だったからいろいろ相談に乗ってもらった。同業の有名人を父に持つのは大変です。「父の存在は重く、時には鬱陶しいこともある」と笑っています。
B: しかし「すごく力になってくれるし、叔父のカルロスも同じだが、私にとって大きなマエストロです」とも。アカデミー賞メキシコ代表作品に選ばれると、500以上のコピーを作りアメリカでの上映を可能にした。最初の16作に残れたのも、このコピーの多さのお蔭です。
(父アルフォンソ・キュアロンと、『ゼロ・グラビティ』が上映されたサンセバスチャン映画祭)
A: それでも「この映画の扉を開けてくれたのはガエル、彼が脚本を気に入ってくれたことだ」ときっぱり語っている。彼への信頼は揺るがない。ワールド・プレミアしたトロント映画祭にも駆けつけてくれ、素晴らしいスピーチをしてくれた。
(スピーチをする監督とガエル・ガルシア・ベルナル、第40回トロント映画祭にて)
B: トロントでの批評家の反応は正直言ってさまざまだったが、それぞれ主観的なものが多かった。しかし、観客の反応は違った。
A: 苦しそうに椅子にしがみついて一心にスクリーンを観ていた。他人事ではないからね。これはリマでもハバナでも同じだった。しかしYouTubeで予告編が見られるようになると、メキシコから押し寄せる移民に反対する人種差別主義者のコメントで飽和状態になった。「何が言いたいんだよ」など大人しいほうで、なかには「みんな殺っちまえ!」とかあり、「楽天家の私でも、父親になっているのでビビりました」と監督はインタビューで語っていた。
B: トランプにとっては、本作は悪夢なんでしょうか。
A: しかし数日経つと、そんな雰囲気は下火になり、自然と収束していったという、当然ですよね。アメリカ公開の2016年10月14日は、大統領選挙3週間前で両陣営とも一触即発だったから、何か起こってもおかしくない状況だった。
B: 星条旗、トラック、ライフル銃、獰猛に訓練された犬、国境沿いで起こる祖国を守るための人間狩り、お膳立てはできていた。
(星条旗をはためかせて疾走するトラック、御主人に服従するトラッカー)
A: 狙撃者サム役にジェフリー・ディーン・モーガンを選んだ理由は、「彼がもっている強力な外観がパーフェクトだったから。映画の中ではサムの動機の多くを語らせなかったが、彼を念頭に置いて脚本を書いた。あのような人格にしたのが適切かどうかは別にしてね。あとはジェフリーがそれを組み立ててくれたんだ」と監督。
B: 完璧に具現化してくれたわけですね。
(サバイバル・ゲームでモイセスを見失うサム)
A: 公開前なので後は映画館に足を運んでください。付録としてスタッフ&キャスト紹介を付しておきます。
◎スタッフ紹介
★ホナス・キュアロンJonás Cuarónは、1981年11月28日メキシコシティ生れ、監督、脚本家、編集者・製作者。父親アルフォンソは『ゼロ・グラビティ』(13)のオスカー監督、叔父カルロスも監督、脚本家(『ルドandクルシ』)、製作者エイリアン・ハーパーは監督夫人。家族は神が授けるものだから選べません、というわけで「親の七光り」組です。友人は自分で選ぶ、それで主役にガエル・ガルシア・ベルナルを選びました。長編監督デビュー作「Año uña」(「Year of the Nail」メキシコ=英=西79分、スペイン語・英語)は、グアダラハラ映画祭2007で上映され高評価だった。父親と脚本を共同執筆した『ゼロ・グラビティ』のスピンオフムービー「Aningaaq」(13、米、7分、グリーンランド語、英語)、アニンガーはイヌイットの漁師の名前、サンドラ・ブロックが同じライアン・ストーン博士役でボイス出演している。他短編ドキュメンタリーがある。次回作「Z」(「El Zorro」)が進行中、ガエル・ガルシア・ベルナルが怪傑ゼロに扮します。
(本作撮影中のキュアロン監督とガエル・ガルシア・ベルナル)
(次回作「Z」のポスターと主役のガエル・ガルシア・ベルナル)
*ダミアン・ガルシアは、1979年メキシコシティ生れ、撮影監督。メキシコシティの映画研修センターとバルセロナのESCAC*で撮影を学ぶ。2003年広告や多数の短編を手掛け、長編デビューは2006年、アンドレス・レオン・ベッカー&ハビエル・ソラルの「Más que a nada en el mundo」、アリエル賞の撮影賞にノミネートされた。アルフォンソ・ピネダ・ウジョアの「Violanchelo」(08)、フェリペ・カサレスの「Chicogrande」(10)では、再びアリエル賞ノミネート、ハバナやリマでは撮影賞を受賞した。アリエル賞を独り占めした感のあったルイス・エストラーダの『メキシコ地獄の抗争』(10、「El infierno」未公開、DVD)ではノミネートに終わった。ルイス・マンドキの「La vida precoz y breve de Sabina Rivas」(12)もアリエル賞を逃した。モノクロで撮影したアロンソ・ルイスパラシオスのコメディ『グエロス』(14、「Güeros」ラテンビート上映)でアリエル賞の他、トライベッカ映画祭の審査員賞を受賞している。最新作にディエゴ・ルナの「Sr. Pig」(16)がある。本作上記。オスカー賞を3個も持っているエマニュエル・ルベツキ、ギジェルモ・ナバロ(『パンズ・ラビリンス』)、ロドリゴ・プリエト(『バベル』)の次の世代を代表する撮影監督である。現在はメキシコシティとバルセロナの両市に本拠地をおき、大西洋を行き来して仕事をしている。
*バルセロナ大学に1994年付設されたカタルーニャ上級映画学校Escola Superior de Cinema i Audiovisuals de Catalunya の頭文字、バルセロナ派の若手シネアストを輩出している。
(『グエロス』でアリエル賞撮影監督賞(銀賞)のトロフィーを手にしたダミアン・ガルシア)
(撮影中のダミアン・ガルシア)
◎キャスト紹介
★出演者のうち、公式サイトに詳しいキャリア紹介のある、ガエル・ガルシア・ベルナル、アメリカ側のスナイパー役ジェフリー・ディーン・モーガンは割愛しますが、悪役サムがしっかり機能していたことが本作の成功の一因だったといえそうです。またスクリーンに少しだけ現れた国境パトロール隊員のリュー・テンプルは、1967年ルイジアナ州生れの俳優。犬のトラッカーは俳優犬ではなく警備の訓練を受けた犬だった由、トラッカーが出てくるとアドレナリンがドクドクの名演技でした。もう一つが2年間にわたって探し回ったという乾いた砂漠の過酷さと美しさだった。主な不法移民役のメキシコ人俳優をご紹介すると、
(サムにショットガンを構えるモイセス)
*ディエゴ・カタニョは、1990年クエルナバカ生れ、フェルナンド・エインビッケのデビュー作『ダック・シーズン』(04)や『レイク・タホ』(08、東京国際映画祭2008)に出演、ホナス・キュアロンの長編デビュー作「Año uña」(07「Year of the Nail」)では、アメリカから休暇でやってきた年上の女性モリーに淡い恋心を抱くティーンエイジャーを演じた。モリーを演じたのがエイリアン・ハーパー、2007年、監督と結婚して1児の母。第2作ではプロデューサーとして参加している。他にロドリゴ・プラの話題作「Desierto adentro」(08)にも出演している。
(ディエゴ・カタニョ、『レイク・タホ』から)
(エイリアン・ハーパー、「Año uña」から)
*マルコ・ぺレスは、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥの『アモーレス・ペロス』(99)、マルコ・クロイツパイントナーの「Trade」(07)、クリスチャン・ケラーのグローリア・トレビのビオピック「Gloria」(14)では、グロリアのマネジャーに扮した。最後までモイセスと運命を共にするアデラ役のアロンドラ・イダルゴは、本作が長編映画デビュー、テレビドラマに出演している。
(ケラー監督とマルコ・ぺレス、「Gloria」から)
(モイセスに助けられながら追跡を逃れるアデラ)
関連記事・管理人覚え
*トロント映画祭2015の本作の紹介記事は、コチラ⇒2015年9月25日
*アロンソ・ルイスパラシオス『グエロス』の紹介記事は、コチラ⇒2014年10月3日
*ディエゴ・ケマダ=ディエス『金の鳥籠』の紹介記事は、コチラ⇒2014年6月5日
*キャリー・フクナガ『闇の列車、光の旅』の紹介記事は、コチラ⇒2013年11月10日
「批評家週間」にマルセラ・サイドの新作*カンヌ映画祭2017 ② ― 2017年04月25日 13:32
もう1作はベネズエラのグスタボ・ロンドン・コルドバの「La familia」
★予定より早く「批評家週間」と「監督週間」のノミネーション発表がありました。今回は1962年から始まった前者のご紹介。カンヌ本体とは別組織が並行して開催する映画祭ですが、例年一括りにしてご紹介しています。長編第1作から2作目までが対象です。いわゆる<巨匠>などがエントリーされることがなくずっとスリリングです。昨年はガリシアの監督オリヴェル・ラセのデビュー作「Mimosas」がグランプリ、2015年はアルゼンチンのサンティアゴ・ミトレの『パウリーナ』(ラテンビート2015)がグランプリを受賞して結構勝率が高い。2015年は「監督週間」ですが、チロ・ゲーラの「El abrazo de la serpiente」(邦題『彷徨える河』で公開)が作品賞を受賞するなど、ラテンアメリカが頑張った年でした。今年の期間は5月18日から26日まで、カンヌ本体より先に結果発表があります。
★今年は、チリ=フランス合作のマルセラ・サイドの第2作「Los perros」(ワールド・プレミア)とベネズエラ=チリ=ノルウェー合作のグスタボ・ロンドン・コルドバの「La familia」の2作品、ラテンアメリカからは他にブラジルの作品も選出されました。
★マルセラ・サイドは、1972年サンチャンゴ生れのチリの監督、脚本家、プロデューサー、女優。デビュー作「El verano de los peces volandores」が2013年の「監督週間」に出品され、続いてトロント映画祭の「Discovery」部門で上映された監督です。新作「Los perros」の主人公は『ザ・クラブ』(パブロ・ラライン)のアントニア・セヘルスとアルフレッド・カストロとチリの大物二人が出演、いずれ作品と監督キャリア紹介はアップする予定です。
★グスタボ・ロンドン・コルドバは、1977年カラカス生れのベネズエラの監督、脚本家、編集者、プロデューサー。本作は長編映画としては第1作目ですが、以前から短編がベルリン映画祭で注目を浴びていた監督、ということで次回はデビュー作「La familia」のご紹介を予定しています。
グスタボ・ロンドン・コルドバの「La familia」*カンヌ映画祭2017 ③ ― 2017年04月28日 21:37
ベルリナーレ・タレントからカンヌの「批評家週間」へ
★ベネズエラは南米でも映画は発展途上国、当ブログでもミゲル・フェラリの「Azul y no rosa」(13)、アルベルト・アルベロの『解放者ボリバル』(ラテンビート2014)、マリオ・クレスポのデビュー作「Lo que lleve el rio」(15)、ロレンソ・ビガスがベネチア映画祭2015で金獅子賞を受賞した『彼方から』(ラテンビート2016)など数えるほどしかありません。国家予算の大半をアブラに頼っているベネズエラでは、最近の原油安はハイパー・インフレを生み、カラカスでは先月から1か月も抗議デモが続いています。マドゥロ大統領は催涙ガスでデモ隊に応戦、町中はガスが充満して、デモでの死者は24人と海外ニュースは報じています(4月26日調べ)。国債急落、貧困や犯罪に苦しむ国民は、大統領選挙と総選挙を求めていますが、マドゥラ大統領にその気はないようです。そんな困難をきわめるベネズエラから今年のカンヌの作品紹介を始めたいと思います。
★グスタボ・ロンドン・コルドバのデビュー作「La familia」は、イベロアメリカ諸国の映画製作を援助しているIbermediaプロジェクトのワークショップ、オアハカ・スクリーンライターズのラボなどを経た後、2014年の「ベルリナーレ・タレント・プロジェクト・マーケット」(デモテープや未完成作品を専任の審査員が選ぶ)から本格的に始動した。続いてカンヌ映画祭2014の「ラ・ファブリケ・シネマ・デュ・モンド」(若い才能の発掘と促進を目指す組織)で完成させ、今年の「批評家週間」に正式出品されることになった作品。
「La familia」 2017
製作:Factor RH Producciones / La Pantalla Producciones(ベネズエラ)/ Avira Films(チリ)
/ Dag Hoels(ノルウェー)/ 協賛:CNAC Centro Nacional Autónomo de Cinematografía
監督・脚本・製作者:グスタボ・ロンドン・コルドバ
助監督:マリアンヌ・Amelinckx
撮影:ルイス・アルマンド・アルテアガ
録音:マウリシオ・ロペス、イボ・モラガ
製作者:ナタリア・マチャード、マリアネラ・イリャス、ルベン・シエラ・サリェス、
ロドルフォ・コバ、ダグ・ホエル、アルバロ・デ・ラ・バラ
データ:製作国べネズエラ=チリ=ノルウェー、スペイン語、2017年、ドラマ、82分、プログラム・イベルメディア、ノルウェーのSorfondの基金をうけている。
映画祭・受賞歴:カンヌ映画祭2017「批評家週間」正式出品
キャスト:ジョバンニ・ガルシア(父親アンドレス)、レジー・レイェス(息子ペドロ)他
(ペドロとアンドレス、映画から)
プロット:35歳のアンドレスは12歳になる息子のペドロとカラカス近郊のブルーカラーが多く暮らす地区に住んでいたが、二人は互いに干渉し合わなかった。アンドレスは日中は掛け持ちの仕事に明け暮れ、ペドロは仲間の少年たちとストリートをぶらつき、彼らから暴力の手ほどきを受けていた。彼を取りまく環境は日常的に暴力が支配していた。ある日ボール遊びの最中、ペドロは喧嘩となった少年を瓶で怪我させてしまう。それを知ったアンドレスは、復讐の予感に襲われ息子をこのバリオから避難させる決心をする。この状況は息子をコントロールできない若い父親の身を危うくすることになるだろうが、同時に意図したことではないが、二人を近づけることにもなるだろう。
「La familia」のアイディアはどこから生まれたか
★表面的には取りたてて大きな事件が起こるわけではないが、目に見えない水面下では変化が起きているという映画のようです。監督は上記の「ラ・ファブリケ・シネマ・デュ・モンド」のインタビューで、本作のアイディア誕生について「数年前にある事件に巻き込まれたメンバーの家族を助けるということがあり、それがきっかけで家族をテーマにした短編を撮りたいと考えるようになった。だから最初は短編『家族』プロジェクトとしてスタートさせた」と答えている。だから非常に個人的な動機だったようです。ベネズエラと暴力はイコールみたいですが、監督は好きな作品として、ヴィム・ヴェンダースの『パリ、テキサス』(84、パルムドール)や、トルコのヌリ・ビルゲ・ジェイランの『冬の街』(03、カンヌ・グランプリ)を挙げている。特に『冬の街』については、「ストーリーはシンプルだが深い意味をもっていて、ラストシーンの美しさは忘れがたい」と語っている。表面的には静かだが、水面下では動いている映画が好みのようです。シンプルなストーリーで観客を感動させるのは難しい。
★他にアルゼンチンのリサンドロ・アロンソの『死者たち』(04「Los muertos」)、ダルデンヌ兄弟の『少年と自転車』(11、カンヌ・グランプリ)に影響を受けたと語っている。おおよそ本作の傾向が見えてきます。リサンドロ・アロンソについては、『約束の地』(14「Jauja」)が公開された折に作品紹介と監督紹介をしております。「フランスの好きな映画監督2人を挙げてください」というインタビュアーに対して、ロベール・ブレッソンとジャック・オーディアールを挙げていました。ブレッソンは若手監督に人気がありますね。
*『約束の地』の記事は、コチラ⇒2015年7月1日
★グスタボ・ロンドン・コルドバGustavo Rondón Córdovaは、1977年カラカス生れ、監督、脚本家、編集者、製作者。ベネズエラ中央大学コミュニケーション学科の学位取得、チェコのプラハの演出芸術アカデミーからも映画演出の学位を取得している。ベネズエラ中央大学は1721年設立された南米最古の伝統校。本作は長編映画デビュー作であるが、過去に6作の短編を撮っており、ベルリン、カンヌ、ビアリッツ、トゥールーズ、トライベッカなどの国際映画祭に出品されている。「La linea del olvido」(05、14分)、コメディ「¿Qué importa cuánto duran las pilas?」(05、10分)、中で最新作の「Nostalgia」(12)は、ベルリン映画祭短編部門に正式出品された。
★キャスト紹介:ジョバンニ・ガルシアは、ロベール・カルサディリャの「El Amparo」(16、ベネズエラ=コロンビア)に出演している。サンセバスチャン映画祭2016「ホライズンズ・ラティノ」などにエントリーされた後、ビアリッツ映画祭(ラテンアメリカ・シネマ)観客賞、サンパウロ映画祭で脚本賞・新人監督賞、ハバナ映画祭でルーサー・キング賞を受賞するなどの話題作。1988年ベネズエラのエル・アンパロ市で実際に起きた、14名の漁師が虐殺された実話に基づいて映画化された。同作の編集を担当したのがグスタボ・ロンドン・コルドバ、またガルシアはプロデューサーとしても参画している。
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