ゴヤ栄誉賞に撮影監督フアン・マリネ*ゴヤ賞2024 ①2023年12月03日 15:20

            103歳の撮影監督フアン・マリネにゴヤ賞栄誉賞

    


     

★第38回ゴヤ賞2024は、カスティーリャ・イ・レオン州のバジャドリード(会場フェリア・デ・バジャドリード)で210(土)開催です。スペイン映画アカデミー会長フェルナンド・メンデス=レイテが主宰する(副会長ラファエル・ポルテラ、スシ・サンチェス)。ノミネーションは1130日と間もなくですが、106日に栄誉賞は撮影監督フアン・マリネ(バルセロナ1920)、1030日に総合司会者は女優、歌手、監督のアナ・ベレン(ゴヤ栄誉賞2017の受賞者)と監督、脚本家、製作者のロス・ハビスことハビエル・アンブロッシハビエル・カルボ3名、と強力打線がアナウンスされておりました。アナ・ベレンは紹介不要ですが、目下舞台やTVシリーズに出演中、ロス・ハビスはフェロス賞のTVシリーズ(ドラマ部門)に最多ノミネーションと紹介したばかりの「La mesías」を手掛けている新進気鋭のシネアスト、二人の作品賞受賞は間違いないでしょう。

   

   

    (左から、スペイン映画アカデミー会長フェルナンド・メンデス=レイテ、

     アナ・ベレン、ロス・ハビス、1030日)

   

★スペイン映画アカデミーは、今回のゴヤ栄誉賞に撮影監督、フィルム修復家、スペイン映画界の伝説的な正真正銘の映画研究者フアン・マリネを選びました。「スペイン映画史において80数年にもわたるそのキャリア、フィルム保存や修復への努力、自らの仕事を通じて、スペイン映画史における光の重要性に確かな意義をもたせた」と授賞理由を発表した。監督や俳優のように華々しく表舞台には現れないが、まず19201231日生れに驚かされる(まだ102歳だが受賞時には103歳になる)。映画界に足を踏み入れたのが14歳、「スペイン内戦を生きのび、私の人生イコール映画だと誓って断言できます」と受賞者。

   

      

★若い頃に一緒に仕事をした多くの監督名をつらつら眺めるに、当然のことながらほとんどが鬼籍入りしていました。例えばスペイン映画史を紐解けば必ず登場するエドガル・ネビリェ、チャップリンの友人で貴族出の外交官でもあった彼は、ハリウッドの映画界と関係の深った監督で、故国の若いシネアストたちをハリウッドに紹介した人物、またホセ・ルイス・サエンス・エレディアアントニオ・デル・アモホセ・マリア・フォルケペドロ・ラサガペドロ・マソ・・・と、アシスタント時代を含めると140作以上手掛けている。1990年、フアン・ピケル・シモンの「La grieta」(「The Rift」、『新リバイアサン リフト』)が最後に手掛けた映画でした。彼とも10作以上撮っている。2014年にはプリミティボ・ペレスがドキュメンタリー「Juan Mariné: La aventura de hacer cine」を撮っている。

 

     

     (マリネのビオピック「Juan Mariné: La aventura de hacer cine」)

 

★最初の撮影はIMDbに記載はないが、シンジケート全国労働総同盟に加入していたことで、193611月に殺害されたアナーキストのブエナベントゥラ・ドゥルティのバルセロナでの埋葬を撮っている。当時彼はエンリケ・リステルの戦争カメラマンだった。内戦中にはフランスのサン=シプリアンやアルジュレス=シュル=メールの強制収容所に入れられ、セビーリャのフランコ派の強制収容所であったラ・リコナダ捕虜収容所に収監されたときは、セビーリャの多くの人々から愛されていたサッカーのレフェリーであった父親のお陰で出所できたということです。10代で「内戦を生きのびた」世代の一人です。

    

     

★その後、カタルーニャ参謀本部のカメラマンになり、バルセロナのプロダクションで写真撮影助手として働いていた。内戦が終結すると以前のようにハリウッド映画「The Great Ziegfeld」(36『巨星ジーグフェルド』)を観に映画館に行けるようになった。これは1932年に亡くなったブロードウェイの興行主フローレンツ・ジーグフェルドの伝記映画で、そのインパクトが彼を映画界に引き入れた1作になったと語っている。

 

       

★最初の長編映画は、1947年のアントニオ・デル・アモの「Cuatro mujeres」で、その後13作もタッグを組んでいる。紹介記事によるとオーソン・ウェルズが自宅に逗留してロスのカリフォルニア大学で講義するよう誘ったがハリウッドには関心を向けなかったという。彼はスペインで最初にカラー撮影をしたことでも知られている。マルガリータ・アレクサンドレ&ラファエル・マリア・トレシーリャの「La gata」(56)である。新しい撮影技術やフィルム修復の考案者でもあった。例えば光学コピー機、あるいは彼の手で設計されたネガ洗浄機などである。2020年、彼の生誕100周年には、スペイン・フィルモテカで彼が修復した作品、自身の「Orgullo」、「La gata」、「La gran familia」(『ばくだん家族』)、「Supersonic Man」、その他サイレント時代のフローリアン・レイの「La aldea maldita」(30)、本物の闘牛士ペピン・マルティン・バスケスが主演したルイス・ルシアのトレロ映画「Currito de la cruz」(49)などが上映された。

 

★パンデミアになる2020年までマドリード共同体映画学校の映画修復の指導者として毎日通っていた。地下に専用の部屋を持っていて、指導を受けていた生徒たちによると「サブ≂マリネ」と呼ばれていたそうです。以下に主な受賞歴を列挙しておきます。

 

    主な受賞歴

1966年:ナショナル・シンジケート・オブ・スペクタクル賞

    (撮影部門、「Los guardiamarinas」)

1990年:金のメダル(スペイン文化スポーツ省の美術功績賞)

1994年:映画国民賞(スペイン文化スポーツ省)

2001年:セグンド・デ・チョモン栄誉賞(スペイン映画アカデミー)

2015年:エスピガ麦の穂栄誉賞(Seminci 60回バジャドリード映画祭)

2017年:シッチェス映画祭栄誉賞

2024年:38回ゴヤ栄誉賞

    

  

   (3人揃って栄誉賞を受賞したフアン・ディエゴ、フェルナンド・トゥルエバと、

    Seminci 2015、カルデロン劇場にて

 

★簡単にご紹介するつもりが、その経歴の波乱万丈に魅せられ、結局スペイン映画史の資料をあさる自体になりました。願わくば来年210日の授賞式には元気な姿で登壇してほしいものです。ゴヤ賞2024ノミネーションも出揃い、次回にアップする予定です。フォルケ賞、フェロス賞に多くが重なりますが、ノーチェック作品で賞に絡みそうな話題作を紹介したいと思います。


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