新世代監督エレナ・トラぺの3作目「Els encantats」公開2023年06月21日 16:11

          ゴヤ賞主演女優賞を受賞したライア・コスタが主演

 

      

 

エレナ・トラぺ3作目「Els encantats / Los encantados」は、ゴヤ賞2023主演女優賞を受賞したライア・コスタをヒロインにしたドラマ。コスタはアラウダ・ルイス・デ・アスアのデビュー作「Cinco lobitos」での演技が評価されての受賞でした。監督自身も新人監督賞を受賞するなど昨年の話題作でした。

 

★今回ご紹介するトラペの3作目「Els encantats / Los encantados」(仮題「魔法にかけられて」)は、今年のマラガ映画祭コンペティション部門に正式出品されました。監督は銀のビスナガ脚本賞を共同執筆者のミゲル・イバニェス・モンロイと受賞しています。マラガには監督以下、トラペ映画を手掛けるエグゼクティブプロデューサーのマルタ・ラミレス、キャスト陣ではダニエル・ペレス・プラダアイナラ・エレハルデなどが現地入りしました。昨今では珍しくもない自分探しがテーマのようにみえますが、脚本賞を受賞しただけに中々一筋縄ではいかない捻りがあるようです。ライア・コスタによる素晴らしいパフォーマンスとも相まって、ときには痛みを伴うが表層的ではないというポジティブな批評が多い。

    

    

(エレナ・トラぺ、マラガ映画祭2023フォトコール)

   

    

(左から、ダニエル・ペレス・プラダ、3人目がエレナ・トラぺ、マルタ・ラミレスなど)

 

      

            (ミゲル・イバニェスとエレナ・トラぺ、マラガFF2023授賞式)

 

★長編2作目「Les distàncies / Las destancias」は、マラガ映画祭2018でプレミアされ、金のビスナガ作品賞、トラペ自身も監督賞を受賞した。その後、釜山、カリ、ナント、トゥールーズなどの映画祭巡りをして、翌年のガウディ作品賞、サンジョルディ撮影賞を受賞するなどした。両作とも人生の岐路に立つ30代後半を登場人物に据えているが、こちらは2008年のリーマンショックで他国への出稼ぎを余儀なくされたミレニアル世代(198196年生れ)の幻滅を描いており、新作のように母親になること、離婚などには踏み込んでいない。監督キャリア&フィルモグラフィー紹介は以下にアップしています。

 

Els encantats」の作品紹介は、コチラ20230306

Les distàncies / Las destancias」の作品&フィルモグラフィー紹介は、

  コチラ20180427

   

          

         (第2作「Les distàncies」のスペイン語版ポスター)

 

 

 「Els encantats / Los encantados」(「The Enchanted」)

製作:Coming Soon Films / A Contracorriente Films / RTVE / TVC / ICAA  他

監督:エレナ・トラぺ

脚本:エレナ・トラぺ、ミゲル・イバニェス・モンロイ

音楽:アンナ・アンドリュー

撮影:パウ・カステジョン・ウベダ

美術:イレネ・モントカダ

編集:ソフィア・エスクデ

プロダクションディレクター:エリサ・シルベント

キャスティング:アンナ・ゴンサレス・パスクアル

メイクアップ&ヘアー:ラウラ・ガルシア

衣装デザイン:マルタ・ムリージョ

音響:ナチョ・オルトゥサル、ラウラ・ディエス

製作者:マルタ・ラミレス(エグゼクティブ)、アドルフォ・ブランコ、フェルナンド・リエラ、マヌエル・モンソン、リュイス・ルスカレダ、他

 

データ:製作国スペイン、2023年、カタルーニャ語、ドラマ、108分、撮影地カタルーニャ州ピレネー山脈沿いのアンティスト(Vall Fosca)、配給A Contracorriente Films  公開スペイン202362

映画祭・受賞歴:第26回マラガ映画祭2023コンペティション部門にノミネート、脚本賞受賞。

 

キャスト:ライア・コスタ(イレネ)、ダニエル・ペレス・プラダ(友人エリック)、ペップ・クルス(祖父アグスティ)、アイナ・クロテット(隣人イングリット)、アイナラ・エレハルデ(隣人ジーナ)、デリア・ブルファウ(マルタ)、カルロス・ディ・ロス(ギジェルモ)、他

 

ストーリー:離婚手続き中のイレネは、4歳になる娘が父親と数週間過ごすことになり、初めて一人で自分自身に向き合うことになる。この新しい現実に適応できず、実家のあるカタルーニャのピレネー山脈近くの小さな村に出掛けようと思い立つ。長いあいだ失ったと感じていた安定と落着きを取り戻そうと考えたのだ。しかし、記憶のなかでは親しい場所であったのに、次第に自分の人生と同じようにイレネを圧倒するようになり、逃避からは何も得られないことを理解する。岩の割れ目には何かの生き物が住んでおり、夜になると出てくる。あまり近づきすぎると、あなたは彼らを愛するようになり、永遠にここに止まることになるという、カタルーニャの伝説が語られる。場所は魔法のように人を癒すことはできない。

   

      

         (岩の割れ目を覗くイレネ、フレームから)

 

★マラガ映画祭の紹介記事と重なりますが、公開されたことで情報が入手しやすくなったので、加筆して再構成しました。フランコ体制が終わった1976年生れの監督はミレニアル世代には属しておりませんが、スペインを壊滅的にした経済危機をもろに受けています。若者の失業率は6070%を超え、EUのお荷物といわれたスペイン、日本でも若者の非正規雇用が大量に発生、霞が関も大企業も無視続けた結果、経済の二極化が進んだ。「失われた30年」として、原因やその責任を問われぬまま延々と30年も続いている。30年で終止符をうつのか、40年に突入するのか。このミレニアル世代特有の「もう、うんざり」感が表面的には語られないが、奥深くに見え隠れするのではないか。監督は「時間が記憶を美化しただけのような牧歌的な田舎のノスタルジックな映画を打破したい」とコメントしている。

 

     

          (撮影中の監督とイレネ役のライア・コスタ)

 

★イレネを怖ろしい苦痛感から逃れさせるために、監督は彼女をピレネー山脈の近くにある村に逃避させます。両親が所有する家があるからです。しかし風光明媚な田舎も単なる場所でしかなく、イレネは最終的には新たな厳しい現実に直面する。場所は魔法のように人を癒すことはできない。初めて離れて暮らす娘の様子を電話で尋ねる、そう、イレネは母親なのだ。村の若い女性ジーナとその友人たちとのコントラスト、監督は世代間の違いを繊細に描いていく。内省的な映画ではあるが、イレネを体現するライア・コスタの自然な演技は注目に値するだろう。因みにジーナを演じたアイナラ・エレハルデ(バルセロナ2001)は、苗字からも分かるようにカラ・エレハルデの娘で本作でデビューした。目下売り出し中、将来が期待される新人です。

   

      

            (最近のアイナラ・エレハルデ)

 

★トラペ監督は、公開時にエル・パイスのインタビューに以下のように応えています。カタルーニャ語で行われたようですが、スペイン語に翻訳されたのをつまみ食いしてピックアップします。「へえー、そうなの?」、またはスペイン民主主義移行期の少女たちの興味深い片鱗を窺うこともできる。

 

Q: 最近のスペイン映画はなぜ田舎かや山へ脱出するのが多いのでしょうか。

A: 私の場合、山は主人公に起こる多くのことを触媒します。主人公は痛みに直面するからです。映画に登場するものはすべて本物で名前を変更せず、ストーリーをここに統合しようとしました。しかし、私はこの村の環境を、都会の人がもっている理想的な美的体験から見ていることを認めます。

 

Q: 2作目「Les distàncies」のあと、TVシリーズ『エリート』を手掛けていますが、混乱することはありませんか。

A: まったくありません。TVプロジェクトで多くのことを学びました。新作を撮影する方法を見つけたのも「Rapa」や『エリート』を手掛けたおかげです。

管理人:ハビエル・カマラ主演の犯罪スリラー「Rapa」(12話、2223)では、20223話を監督している。他にも「HIT」(30話、20216話、最新作「Yo, adicto」(23)では6話を手掛けている。

 

Q: あなたが最も多く観た映画は何でしょうか。

A: 『クレイマー、クレイマー』です。

管理人:少し意外でしたが、日本でもヒットしました。1979年製作、ロバート・ベントン監督、主演はダスティン・ホフマン、メリル・ストリープ。

 

Q: 子供時代を思い出させる映画があるでしょうか。

A: 姉と私が好きだったのは、一つは『何かいいことないか子猫チャン』、もう一つは『掠奪された七人の花嫁』です。

管理人:前者は1965年製作、クライヴ・ドナー監督、ピーター・オトゥール、ピーター・セラーズ主演のコメディ、ウディ・アレンが脚本と脇役でも出演しています。後者は1954年製作、スタンリー・ドーネン監督のミュージカル映画、海外のクラシック映画が80年代に公開されたのでしょうか、当時スペインは吹き替えが一般的でした。

 

Q: あなたの映画に出てほしい女優は誰でしょうか。

A: オリヴィア・コールマン

管理人:日本でも人気の高いオスカー女優、『女王陛下のお気に入り』でアカデミー主演女優賞、『ファーザー』、TVシリーズのエリザベス2世役でお馴染みです。

 

Q: ペドロ・アルモドバル、ビクトル・エリセ、ピラール・ミロ、いずれか選択してください。

A: ペドロ・アルモドバル

 

Q: J. A. バヨナ、アルベルト・セラ、イサベル・コイシェ、いずれか選択してください。

A: イサベル・コイシェ

管理人:これは聞くまでもありません。2004年、トラペはバルセロナ大学付属上級映画学校ESCAC監督科出身でコイシェの薫陶を受けています。J. A. バヨナもESCAC出身。コイシェについてのドキュメンタリー「Palabras, mapas, secretos, otras cosas」(1558分)は、ロス、ポートランド、ニューヨーク、ベルリン、バルセロナを巡ります。コイシェの映画に出演したティム・ロビン、菊地凛子などが登場します。

    

      

            (イサベル・コイシェ、フレームから) 

 

Q: 最近あなたを魅了した映画はなんでしょうか。

A: ジェイミー・ダックのデビュー作「Palm Trees and Power Lines」をFilminで観ました。地味ですが繊細で壊滅的な映画だと思いました。俳優が素晴らしくて魅了されました。

管理人: Filminというのは独立系映画のストリーミングに特化した映画配給会社、バルセロナに本社があり、スペインでは多くの人が加入している。バジャドリード映画祭2022で「Nunca llueve en California」として上映された。

 

Q: 誰もが賞賛する映画監督はどなたでしょう。

A: アレクサンダー・ペイン

管理人:アレクサンダー・ペイン(1961)はアメリカの監督、脚本家。代表作『サイドウェイ』(04)、『ファミリー・ツリー』(11)など。

 

Q: 映画化したい本がありますか。

A: ニック・ドルナソのグラフィックノベル Sabrina です。

管理人:ニック・ドルナソは漫画家、イラストレーター。Sabrina 2018)はグラフィックノベルとして初めてブッカー賞の候補になった。本邦でも2019年『サブリナ』として翻訳本が刊行されている。

 

Q: 今、ナイトテーブルにある本は何でしょう。

A: マギー・オファーレル El retrat de matrimoni です。

管理人:マギー・オファーレル(北アイルランド1954)の原作 The Marriage Portrait2022刊)は、15歳で政略結婚させられ、16歳で生涯を閉じたルクレツィア・ディ・コジモ・デ・メディチについて語ります。『ルクレツィアの肖像』として翻訳書がまもなく出版されます。(629日刊)

 

Q: いま読みかけている本は何でしょうか?

A: オーシャン・ヴオン On Earth Were Briefly Gorgeous です。

管理人:オーシャン・ヴオン(ベトナムのホーチミン1988)はアメリカの作家、詩人。この長編小説は『地上で僕らはつかの間きらめく』(2019年刊)という邦題で翻訳書が出ています。

 

Q: 尊敬するミュージシャンは?

A フランコ・バッティアート

管理人:イタリアのシンガーソングライター(19452021)。

 

★まだインタビューは続きますが、映画と離れていくのでお開きといたします。