ラテンビート2014*あれやこれや ③ ― 2014年11月01日 14:00
★残る2作品『ブエノスアイレスの殺人』と『エル・ニーニョ』は共にサスペンス、横浜会場がこれからなので深入りできない。そうは言っても気分が切れないうちに印象を纏めておきたい。まずナタリア・メタの『ブエノスアイレスの殺人』から。
ブエノスアイレスのゲイ・コミュニティが語られる
A: 『ブエノスアイレスの殺人』に登場した若い警部の妖しい魅力に堪能できたら、それで充分でしょうか。そうはいきませんよね。しかし結末は書けないから、遠回り記事でお茶を濁すしかありません(⇒LB2014 ⑤ 9・29)。
B: 途中から犯人探しから微妙に焦点がずれてきて、本当のテーマは何なのと戸惑いました。
A: 詰め込みすぎてテーマが少し拡散してしまった印象かな。最初、TVドラマ・シリーズとして企画されたことが尾を引いているのかもしれない。
B: 少しジグザグしているけれど、1個1個ジグソーパズルのように嵌めこんでいくしかない。

A: 軍事政権から民政移管されたラウル・アルフォンシン政権時代(1983~89)の80年代半ばが時代背景ということですが、今まで禁じられていた諸々のこと、性の解放、アングラで秘かに行われていたゲイ・クラブ内での麻薬取引、海外への巧妙な麻薬密輸、遅れてやってきた70年代のシンセサイザーのグラムロックと、若い観客を飽きさせない仕掛けが盛り沢山。
B: 当時のゲイ・コミュニティに大胆に踏み込んでいますが、現在のように米国のトップ企業アップルのCEOがカミングアウトできる時代ではなかった。
A: それに<ストップ・エイズ>の嵐が吹きまわっており、エイズと分かれば、かつてハグし合った友人でも握手を拒んだ時代でした。80年代から90年代初めはホモ排斥が最高潮だった。彼らが現在獲得しているような自由は存在していなかった。
B: 「アン・リーの『ブロークバック・マウンテン』が本作の出発点だった。ワイオミングのカウボーイをブエノスアイレスの警察官に変えたらどうなるか」という監督談話を思い出しながら観ていた。
A: アルゼンチンのゲイ・コミュニティの著者、ジャーナリストで作家のアレハンドロ・モダレジィ*は、「自分は映画のプロではないので映画の良し悪しについては何とも言えないが、もっとも興味深かったのは政治的文化的な要素が提起されていたこと」と前置きして、時期を80年代半ばでなく1989年と限っています。
B: フィクションですから時代を忠実に反映していなくてもと思いますが、どんな理由ですか?

A: 時期を限るのは難しいが、アルフォンシン政府の内務大臣を1987年まで務めたアントニオ・トロッコリは大のホモ嫌い。在任中はゲイ・クラブの一斉検挙や手入れをして迫害した政治家で、ゲイは治療すれば治る病気と考えていた人です。ゲイの世界の情報は薄ぼんやりしていて、映画のようにゲイが受け入れられる状況ではなかったということです。
B: 女性が職務とはいえ<女人禁制>のゲイ・クラブに入れるのもあり得ないか。
A: モニカ・アントノプロス扮するドロレスは、ナタリア・メタ監督の視線を兼ねている。今までの女性の描き方は大方受け身のポジションにおかれたが、ドロレスはそうではなかった。もう一人、ルイサ・クリオクが演じた犠牲者の妹の人格も、良い悪いは別として計算高く利口な人物だった。女性監督の目線を感じました。

*Alejandro
Modarelli : “Fiestas, baños y exilios”/“Flores sobre el orín”など。軍靴の鳴り響く軍事独裁時代に、地下に潜ったゲイ社会の実情をテーマにした本を上梓している。後者は駅舎の公衆トイレを舞台にした軍事独裁時代のゲイたちの日常を描いた戯曲。‘orín’の意味は「錆」、稀に尿ですが、ここでは便器についた汚れのような意味。
チノ・ダリン無しでこの映画は作れなかった
A: 「男性の中にある欲情を騒がせるような魅力ある俳優が必要だった。チノ・ダリンには男の心を捉えるような」魅力があったと監督。もっともらしい顔で二枚舌を使っても、どこか憎めない魅力がありました。
B: ウラオモテノがあると気づきつつも、つい気を許してしまう魔力を備えている。
A: たった一度のチャベス警部との途方もないシーンも、10年前のアルゼンチンだったら一大スキャンダルだった、奥歯に物が挟まったような言い方ですが。
B: 危うい魅力を発散するヌード・ディスコ<マニラ>の歌手ケビンのカルロス・カセリャ、ウンベルト・トルトネセ扮するクラブ・オーナーのモヤノ、具体的なモデルがいそうですね。
A: 80年代だけでなく、90年代から新世紀にかけてニュースとなったゲイ殺害事件も織り込まれているようです。前出のアレハンドロ・モダレジィによれば、部屋の中で殺害されるケースは、たいていハイソサエティの人だそうで、犯人は子供のいる異性愛者だったり、極右のカトリック系のグループだったり、差別は水面下で続いている。
B: 映画に先住民やアフリカ系の人が出てこなかったように、85%が欧州系白人、先住民を含めたメスティーソが15%、ユダヤ系も一番多く、他のラテンアメリカ諸国とは一線を画している。
A: 自国をヨーロッパの一部と考える優越感、しかしヨーロッパ化が不完全だったという劣等感の間で微妙に揺れ動いている。経済のアップダウンも一番激しい国で、他のラテン諸国から批判されても仕方がない面がありますね。
B: 80年代のノスタルジーを楽しむか、70年代のグラムロックにしびれるか、または犯人が行きずりの物取りか、痴情犯罪か、雇われ暗殺者の仕業か推理しながら見るのも一興です。
A: 評価は賛否両論、はっきり二分されているようです。来年のオスカー賞アルゼンチン代表作品に“Relatos
salvajes”(Wild Tales)が選ばれたことはご紹介済みですが(⇒10・24)、こちらには本作の主役の一人チノ・ダリンの父親リカルド・ダリンが出演者の一人です(写真下)。

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