メキシコのカイ・パルランヘ監督の第1作は誘拐事件の実話2014年11月28日 21:40

★前回ゲレロ州イグアラ市で起きた師範学校生43名の拉致殺害事件の記事を書いたばかりですが、カイ・パルランヘのデビュー作Espacio interior2012、メキシコ=スペイン合作)がやっとスペインで公開されました。1990829日、建築家ボスコ・グティエレス・コルティナが実際に遭遇した拉致幽閉事件の恐ろしい実話から生れました。そんな昔の事件というなかれ、今でもメキシコでは誘拐事件は日常茶飯事、国家統計研究所のデータによると、2012年の誘拐は105,682人に上るという。この数字を信用するなら、毎日300人近い人が誘拐されていることになる。昨年のコントロール・リスクのレベルは世界トップであった。

 

      

       (ポスターを背景にインタビューを受けるカイ・パルランヘ監督、バルセロナにて)

 

     *“Espacio interiorInterior Space

製作:Glorieta Films / Sin Sentido Films

監督・脚本:カイ・パルランヘ・テスマン

共同脚本:ピエール・ファヴロー・アルカサル、ビセンテ・レニェロ

撮影:フアン・ホセ・サラビア

音楽:ハビエル・ウンピエレスUmpierrez

美術:ディアナ・キロス

製作者:アレハンドラ・カルデナス、ラファエル・クエルボ、カルロス・コラル

データ:メキシコ=スペイン、スペイン語、2012年、89分、撮影地:メキシコシティ、プエブラ、プエルト・エスコンディド他、公開:メキシコ20137月/スペイン201411

 

キャスト:クノ・ベッカー(ラサロ)、アナ・セラディリャ(妻マリア)、ヘラルド・タラセナ(テンソ)、エルナン・メンドサ(KDT)、ロシオ・ベルデホ(グレニャス)、マリナ・デ・タビラ(ホセファ)、フアン・カルロス・コロンボ(ドン・ペドロ)他

 

プロット:ラサロはある犯罪組織の手によって誘拐され、完全に外部から隔離された小部屋に閉じ込められる。家族の個人情報を明らかにせざるを得なくなり、深い絶望に陥る。檻のなかに幽閉され、家族が身代金を払わなければ殺害すると度々脅迫された。決して解放されることはないと思ったが、強い意思と精神力、揺るぎない信仰と誇り、人間らしい精神の本質を発揮する。

 

観客を誘拐する――1,5×3メートルの穴倉

★グティエレス・コルティナは、家族によって身代金が支払われるまで、1,5×3メートルの穴倉のような小部屋に幽閉された。白づくめの目だし帽を被った見張り番がドアの小窓から無言で水と食事を与えるだけ、意思の疎通は筆談でやり取りされた。時折り寛容になり国民の祝日にはウイスキーがふるまわれたという。結果的には身代金を支払わずに257日目に穴倉から脱出できた。カイ・パルランヘ監督がこの誘拐事件を知ったきっかけは偶然のことだった。

 

      

  (1,5×3メートルの穴倉に横たわるラサロ)


 

★友人から建築学部設立のための設計図を録画して欲しい旨の要請があり引き受けた。著名な建築家ボスコ・グティエレス・コルティナを撮影して終了、完成したものを引き渡した。打ち上げパーティでワインのボトルが開けられると、グティエレスはかつて自分がうけた257日に及ぶ拉致幽閉の体験を語り始めた。「私は誘拐され、9か月後に脱出できたんです」と。この言葉が大袈裟でなく監督の人生を変えたというのだ。

 

信仰と希望――克服の物語

★建築家は敬虔なカトリック信者で朝のミサを欠かさなかった。1990829日の朝も同じように妻と5人の子供たちに見送られて家を出た。すると武装した4人の男たちに取り囲まれ、あっという間に誘拐されたという。この映画は単なる誘拐脱出劇を描いたものではなく、制限された状況のなかで如何にして生き残るかを描いたものだ。この狭い穴倉に閉じ込められ、身代金の支払いをひたすら待つ。数日か過ぎると精神に異常をきたさないような闘いを始めた。

 

★理性を失わないよう、まず白い壁にデッサンを描き、筋肉が落ちないよう腕立て伏せのような腹筋運動を開始した。自分自身と信仰を見失わないよう何度もマントラつまり祈りや讃歌を繰り返した。だんだん見張り番も一緒に祈るようになったという。ここではストックホルム症候群の反対の現象が起きたのではないか。犯人が被害者と長く一緒にいることで同情や好意を抱くようになる。被害者である建築家の敬虔な信仰が犯人に感化を及ばしたのではないだろうか。冷酷な上層部の計画犯と下っ端の見張り番との意識の違いかもしれない。この映画は長い地獄の描写が中心だが、脱出時の最後のクライマックスも一つの見せ場だということです。

 

           

                (壁一面に描かれたデッサンと筋肉運動をする主人公ラサロ)

 

映画に精神的な要素を盛り込むことが不可欠だ

★監督によると、映画は「価値あるものとは何かを伝え、大衆がそれを受け入れられるようにすべきだ」と主張する。「この映画は人を熟考に駆り立てる力をもっており、宗教を含めて精神的なものを重視している」。精神を重視した映画は観客の心を強く打つ。この映画を作ることで宗教を再発見したとも語っている。

 

                        

                     (クノ・ベッカー、アナ・セラディリャ、監督)

 

<閉じ込め>で真っ先に思いつく映画は、ロドリーゴ・コルテスの『リミット』(10)だが、参考になった映画は、アルフォンソ・キュアロンの『ゼロ・グラビティ』(13)、スピルバーグの『シンドラーのリスト』(93)、ジュリアン・シュナーベルの『潜水服は蝶の夢を見る』(07)などであった。この映画は誘拐された主人公の視点で語られ、観客を主人公の内面へと導いていくからだ。

 

★メキシコでは悪いニュースばかりで、悲しいことに国民は暴力に麻痺してしまっている。警察や行政機関の当局者にとって一番困難なのは、信頼すべき情報収集が不可能という現実だとパルランヘ監督。「政治に鈍感では映画は作れない」と語っていた『ロス・ホンゴス』のルイス・ナビア監督の言葉が思い起こされる。ただキュアロン、デル・トロ、イニャリトゥ、レイガーダス、エスカランテなどのお蔭で、作家性の強い映画も認められるようになってきた。資金作りは相変わらずだが、スペインからの資金も得られるようになったという。「映画祭で受賞することも重要だが、一番は配給会社が見つかって公開されること」だと。次回作のテーマは決まっていて先住民の女性が主人公、2015年初めにクランクインする。

 

    

     (現在では子供が9人になったという建築家ボスコ・グティエレス・コルティナ)