「El buen patron」ノミネートならず*第94回アカデミー賞2022 ― 2022年02月11日 12:01
オスカー夫妻バルデム&クルスが揃って主演俳優賞にノミネート

(ハビエル・バルデムとペネロペ・クルスがカップルでノミネート)
★フェルナンド・レオン・デ・アラノアの「El buen patrón」は残念でした。その代わりと言ってはなんですが、本作で主役を演じたハビエル・バルデムが、アーロン・ソーキンの『愛すべき夫妻の秘密』(Being the Ricardos)で主演男優賞にノミネートされた。ノミネーション発表をペネロペ・クルスとソファに座って待っていたというご両人、同時ノミネートに感無量だった由。
★バルデムのノミネーションは4回目、うち2回目のコーエン兄弟の『ノーカントリー』(07)で可笑しなオカッパ頭で登場して助演男優賞を受賞している。因みに主演男優賞はキューバの小説家レイナルド・アレナスの伝記映画『夜になるまえに』(00)、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥの『BIUTIFUL ビューティフル』(10)、今回の『愛すべき夫妻の秘密』は『アイ・ラブ・ルーシー』で主人公のリカード夫妻を演じたルシル・ボールとデジ・アーナズの関係を描いた伝記映画、実生活でも二人は結婚していた。ルシル役のニコール・キッドマンも主演女優賞にノミネートされ、彼女のそっくりさんぶりが話題になっている。本作はプライムビデオで昨年12月21日より配信されている。

(デジ・アーナズに扮したハビエル・バルデム、フレームから)

★ペネロペ・クルスは、アルモドバルの「Madres paralelas」(「パラレル・マザーズ」)のシングル・マザー役で主演女優賞にノミネートされた。スペイン語映画でのノミネートは2回目。バルデムと同じ4回目のノミネートになるが、2006年同監督の『ボルベール〈帰郷〉』で主演女優賞ノミネート、2回目はウディ・アレンの『それでも恋するバルセロナ』(08)で助演女優賞を受賞、ロブ・マーシャルの『NINE』(09)で助演女優賞ノミネート、今回が4回目である。Netflix 配信の『ロスト・ドーター』のオリビア・コールマン、『スペンサー ダイアナの決意』のクリステン・スチュワート、ニコール・キッドマンなどと競うことになりました。


(ペネロペ・クルス、「Madres paralelas」から)
★アルモドバルの『パラレル・マザーズ』の音楽を手掛けた、アルベルト・イグレシアスが作曲部門にノミネートされた。彼も今回が4回目のノミネート、まだ受賞はありません。ジョン・ル・カレの同名小説をブラジルのフェルナンド・メイレレスが監督した『ナイロビの蜂』(05)、マーク・フォースターの『君のためなら千回でも』(07)、トーマス・アルフレッドソンのスパイ映画『裏切りのサーカス』(11)の3回です。国内ではゴヤ胸像のコレクターといわれるが、それに止まらず国際的に活躍していることが分かる。今年のフェロス賞で音楽賞を受賞したばかりです。

(アルベルト・イグレシアス、フェロス賞2022のガラから)
★もう一人の短編アニメーション部門に「The Windshield Wiper」(14分、スペイン=米国合作)がノミネートされたアルベルト・ミエルゴは、アートアニメの世界では知る人ぞ知る存在。もしかしたら賞に一番近いかもしれない。愛を探す男の話です。本作はカンヌ映画祭と併催される「監督週間」で7月に上映されている。スペインの監督だが言語は英語とルーマニア語ということです。


(「The Windshield Wiper」のフレームとポスター)
★ティム・ミラーとデヴィッド・フィンチャーが2019年に製作したアニメ・アンソロジー「Love, Death & Robots」(『ラブ、デス & ロボット』全18話)の第3話「The Witness」(『目撃者』12分)を監督して2019年のプライムタイム・エミー賞をグループで受賞している。本シリーズはNetflix オリジナル作品として配信されている。殺人を目撃してしまったせいで、犯人から追われる身になった女性の話。他に2012年から開始されたTVシリーズ「Tron: Uprising」(「トロン:ライジング」)のアート監督を務め、「The Stranger」(第13話、23分)で2013年に同賞を受賞している。両作とも「アニメーションのアカデミー賞」といわれるアニー賞のプロダクション・デザイン部門で受賞している。


(「トロン:ライジング」のフレームとポスター)

(アルベルト・ミエルゴ、エミー賞2013)


(『目撃者』のフレームとポスター)
セシリア・バルトロメ*第9回フェロス栄誉賞受賞 ― 2022年02月09日 16:17
反フランコを貫く勇敢な映像作家セシリア・バルトロメ

(フェロス栄誉賞のポスターを背にしたセシリア・バルトロメ)
★第9回フェロス栄誉賞を受賞したセシリア・マルガリタ・バルトロメ・ピナは、1940年9月10日バレンシア州のアリカンテ生れ、映画監督、脚本家、製作者。7歳のとき父親が当時のスペイン植民地で映画検閲の責任者に任命されて以来、家族と赤道ギニアのフェルナンド・ブー島に移住した。当地の演劇学校で演技と演出を学び、10代後半には先住民高等学校の生徒たちを指導した。20歳のときマドリードに引っ越すまで暮らしている。数年後のインタビューで「私は適応するのに時間がかかった途方もない不道徳と、間違いを認めようとしないマチスモに出会った」と語っている。後にここの体験をテーマにした長編「Lejos de África」(96)を撮ることになる。

(自らの少女時代の体験を織り込んだ長編「Lejos de África」のポスター)

(受賞を前にしたセシリア・バルトロメ、マドリードの8 2/1書店にて)
★スペインに戻ると、大学で工学と経済科学を専攻したが断念、1947年に開校したマドリードの国立映画研究所*に入学して、本格的に映画を学ぶことにした。1969年、今は亡きピラール・ミロ、現役で活躍するホセフィーナ・モリーナと共に卒業、本校最初の女性シネアストの一人になった。既に「La noche del doctor Valdés」など数編の短編を送り出しており、1970年の離婚をテーマにしたミュージカル「Margarita y el lobo」(モノクロ、45分)が卒業制作作品。本作はフランコ政権を挑発しているということで検閲に引っかかり、民主主義の到来まで国外で秘密裏に上映されていた。バルトロメの名前はブラックリスト入りしてしまい、卒業後は宣伝や産業ドキュメンタリーしか撮ることが出来なくなった。他の監督のプロジェクトでも背後に彼女の影を見つけると検閲が通らず、長いブランクを余儀なくされた。セクシュアリティや離婚、中絶問題、女性の自由などは検閲を通らない時代であった。
*国立映画研究所は、イタリア映画のネオレアリズモの流れをくむ新しい考え方をもとに設立され、内容の乏しい映画を拒否した。スペイン映画史に名を残したフアン・アントニオ・バルデム、ガルシア・ベルランガなどが第1期生卒業生、後マドリードのコンプルテンセ大学に発展解消された映画研究所。

(35ミリで「La noche del doctor Valdés」を撮影するバルトロメ、1964年)

(中編ミュージカル「Margarita y el lobo」のポスター)
★フランコ没後の民主主義移行期に最初に撮った、1977年の「Vámos, Bárbara」は、マーティン・スコセッシの『アリスの恋』(74)に触発された作品、スペイン最初のフェミニスト映画といわれる。エンディングを変更して、スペインのアリスは白馬に乗った王子様を夢見ない、自立した自身を見つける女性として描いている。主役アナをアンパロ・ソレル・レアルが扮し、バルバラは12歳になる一人娘の名前。撮影監督はパートナーだったホセ・ルイス・アルカイネが手掛けている。

(アンパロ・ソレル・レアルと娘バルバラ役のクリスティナ・アルバレス)
★1979年から翌年にかけて、兄ホセ・フアン・バルトロメと移行期のスペインを描いたドキュメンタリー2編「Después de.....」(No se os puede dejar solos / Atado y bien atado)の撮影に取りかかり完成させる。しかし独裁政権の終りのスペインの変化を批判的に描いているため公開が遅れ、1981年のクーデタ未遂事件を経て、3年後の1983年、ピラール・ミロが映画総局長に就任したことで紆余曲折があったにしろ陽の目を見ることができた。検閲は1976年4月全廃されたが表現の自由は直ぐには手に入らなかった。ミロ監督は1984年の「第1回スペイン映画祭」の企画者で、団長としてフアン・アントニオ・バルデムやカルロス・サウラ以下と一緒に来日している。心臓にトラブルを抱えており、撮影中に心臓発作で急死している。

(ドキュメンタリー「Después de.....」のポスター)

(ホセ・アントニオ・バルトロメとセシリア・バルトロメ)
★1996年、脚本を兄ホセ・フアン・バルトロメと共同執筆した長編「Lejos de África」を撮る。キューバとの合作で、キューバで撮影した。アフリカにおけるスペイン植民地主義に関する最初の映画といわれ、二十歳まで暮らしていた赤道ギニアの体験を織り込んでいる。白人と黒人という2人の少女の友情と冒険という単純なストーリーのなかに、少女たちの無垢な目を通して、異文化間の対立、人種差別、政治情勢の推移を描いている。

(2人の少女を演じたニーニャ、フレームから)
★2005年、放映時間には通りに人影が途絶えたと言われた長寿TVシリーズ「Cuéntame cómo pasó」(01~)のドキュメンタリー編「Especial Carrero Blanco: el comienzo del fin」を撮る。フランコ総統の右腕であった軍人ブランコ首相の生涯と暗殺事件を精査、分析したドキュメンタリーである。これが最後の作品となっている。女性映画製作者協会 CIMA の名誉会員。
*映画祭の受賞歴、映画賞は以下の通り:
2009年、アリカンテ大学と女性学センターが共催した回顧展が企画された。
2012年、第50回ヒホン映画祭で ”Mujeres de cine” 賞を受賞。
2014年、美術功労賞〈金のメダル〉受賞、スペイン文化省が選考母体。
2018年、バレンシア視聴覚アカデミー賞受賞。
2019年、スペイン映画アカデミー主催の「マエストロ」プログラムが企画される。
2021年、第4回女性映画祭のキャリア賞受賞。
2022年、フェロス栄誉賞受賞

(フェリペ6世、レティシア王妃、国王夫妻列席のもと授与された〈金のメダル〉
授与式は2015年2月)

(盟友ホセフィーナ・モリーナから〈金のメダル〉を手渡される)
第9回フェロス賞2022*受賞結果発表 ― 2022年02月05日 16:49
作品賞はコメディ部門「El buen patrón」とドラマ部門「Maixabel」が受賞

★去る1月30日、第9回フェロス賞2022の授賞式がマドリードからサラゴサ・オーディトリアムに舞台を移して開催されました。ゴヤ賞前哨戦という立ち位置ですが、結果は以下の通りになりました。作品賞は下馬評通り「Maixabel」(2賞)と「El buen patrón」(3賞)になりましたが、監督賞が当ブログではノーマークだったロドリゴ・コルテスの「El amor en su lugar」となりました。第二次世界大戦中の劇場への個人的なオマージュということです。コルテス監督といえばその斬新な切り口でファンを驚かせた「Buried」(10、英語・アラビア語)の監督、国際的に大ヒットして、我が国でも『リミット』のタイトルで公開されました。
★アルモドバル監督も主演のペネロペ・クルスも赤絨毯を踏みませんでしたが、「Madres paralelas」は、アイタナ・サンチェス=ヒホンが助演女優賞、アルベルト・イグレシアスがオリジナル音楽賞、ハビエル・ハエンのポスター賞の3賞をゲットしました。TVシリーズ(ドラマ部門)のアナ・ルハスとクラウディア・コスタフレダの「Cardo」受賞は番狂わせとか。主役を演じたアナ・ルハスは主演女優賞も受賞しました。カテゴリーの数も種類もゴヤ賞とは異なり、こちらのほうが視聴者の目線に近いかもしれない。コメディ部門は2作しか紹介できませんでしたが、スペイン人のコメディ好きは相変わらずです。

(PCR 検査をする、総合司会者のナチョ・ビガロンド監督とコメディアンのパウラ・プア)
★昨年新設された二つの特別賞(フィクション&ノンフィクション)がFeroz Arrebato 賞となり、「激しい感動」という意味なので、一応「フェロス感動賞」と訳しておきます。今回はドラマ部門の作品賞にもノミネートされたチェマ・ガルシア・イバラのロカルノ映画祭特別賞受賞作SFコメディと、アドリアン・シルベストレのトランスジェンダーの心の傷を描いたドキュメンタリーが受賞しました。国内ネットワークでは放映されませんでしたが、YuoTubeで楽しめたようです。降格されてもフェロス賞は生き残る必要があるということです。以下が受賞結果、脚本賞以下は受賞者のみをアップ、ゴチック体が受賞者、*印は当ブログで作品紹介をしたものです。
*第9回フェロス賞2022受賞結果*
◎作品賞(ドラマ部門)
Espíritu sagrado 監督チェマ・ガルシア・イバラ
Libertad クララ・ロケ 邦題『リベルタード』 *
Madres paralelas ペドロ・アルモドバル *
Tres フアンホ・ヒメネス・ペーニャ&ペレ・アルタミラ
Maixabel イシアル・ボリャイン *
*製作者はコルド・スアスア、フアン・モレノ、ギジェルモ・セムペレ。ウルコ・オラサバルの助演男優賞の2冠に終わりました。オリジナル音楽賞ダブル・ノミネートのアルベルト・イグレシアスはアルモドバル映画で受賞、フェロス賞女優賞受賞者のブランカ・ポルティーリョなどは残念でした。

(イシアル・ボリャイン)

(左側が製作者コルド・スアスア)
◎作品賞(コメディ部門)
El cover 監督セクン・デ・ラ・ロサ *
Chavalas カロル・ロドリゲス・コラス
Seis días corrientes ネウス・バリュス
Un efecto óptico フアン・カベスタニー
El buen patrón フェルナンド・レオン・デ・アラノア *
*製作はレオン・デ・アラノア、ジャウマ・ロウレス、ハビエル・メンデス・ソリとの共同製作、フェロス賞受賞は初めて。

(左から2人め、ハビエル・バルデム、レオン・デ・アラノア監督、セルソ・ブガージョ、
アルムデナ・アモール)
◎監督賞
ペドロ・アルモドバル Madres paralelas
イシアル・ボリャイン Maixabel
フェルナンド・レオン・デ・アラノア El buen patrón
クララ・ロケ Libertad
ロドリゴ・コルテス El amor en su lugar

(第5作目で受賞者となったロドリゴ・コルテス)
◎主演男優賞
ロベルト・アラモ Josefina *
リカルド・ゴメス El sustituto
エドゥアルド・フェルナンデス Mediterráneo *
ルイス・トサール Maixabel
ハビエル・バルデム El buen patrón
*フォルケ賞は受賞がほぼ決定していましたが欠席、今度はさすがに出席しました。フェロス賞は『誰もがそれを知っている』(18)でノミネートされただけで今回が初受賞です。

(下馬評通りの受賞者ハビエル・バルデム)
◎主演女優賞
タマラ・カセリャス Ama *
ペネロペ・クルス Madres paralelas
マルタ・ニエト Tres
ブランカ・ポルティーリョ Maixabel
ペトラ・マルティネス La vida era eso『マリアの旅』
(ダビ・マルティン・デ・ロス・サントス) *
*60年のキャリアを持つペトラに今宵もっとも大きな拍手喝采が送られました。「私の同僚の女優たちはみんな素晴らしいのです。しかし最高の女優は私です」と、お茶目なスピーチをして満場を沸かせたそうです。

(77歳とは思えない受賞者ペトラ・マルティネス)
◎助演男優賞
セルソ・ブガージョ El buen patrón
ペレ・ポンセ El sustituto
チェチュ・サルガド Las leyes de la frontera *
マノロ・ソロ El buen patrón
ウルコ・オラサバル Maixabel

(ウルコ・オラサバル)
◎助演女優賞
アルムデナ・アモール El buen patrón
アンナ・カスティーリョ La vida era eso
ミレナ・スミット Madres paralelas
カロリナ・ジュステ Chavalas (カロル・ロドリゲス・コラス)
アイタナ・サンチェス=ヒホン Madres paralelas

(大人の気品あふれる受賞者アイタナ)
◎脚本賞
フェルナンド・レオン・デ・アラノア El buen patrón

(2冠達成のフェルナンド・レオン・デ・アラノア)
◎オリジナル音楽賞
アルベルト・イグレシアス Madres paralelas

(トロフィーを手にしたアルベルト・イグレシアス)
◎ポスター賞
ハビエル・ハエン Madres paralelas

(ハビエル・ハエン)
◎予告編賞
ミゲル・アンヘル・トゥルドゥ La abuela パコ・プラサ監督 *
*2015年の 『マジカル・ガール』 ノミネート以来7回目、2019年の 『シークレット・ボイス』、2020年のパコ・カベサスの 「Adiós」 と2回受賞しているベテラン、今回の受賞で3勝目となった。

(ミゲル・アンヘル・トゥルドゥ)
◎TVシリーズ作品賞(ドラマ部門)
Cardo 創作者アナ・ルハス&クラウディア・コスタフレダ
製作Suma Latina(ハビエル・カルボ&ハビエル・アンブロッシ)/ Atresmedia Television
*プロデューサーのハビエル・アンブロッシはステージで「若い才能に声をかけたら、彼らに任せてください。彼ら自身に物語を語らせてください」と懇願しました。ロス・ハビスは『ホーリー・キャンプ!』を共同で監督しました。1話25分のミニシリーズ(全6話)

(アナ・ルハス、クラウディア・コスタフレダ)


(80年代ファッションを着たハビエル・カルボとハビエル・アンブロッシ)
◎TVシリーズ作品賞(コメディ部門)
Venga Juan 創作者ディエゴ・サン・ホセ 製作TNT España / 100 Bala
*昨年の第2シーズン「Vamos Juan」に続いて受賞した、政治家フアン・カラスコを主役にした政治コメディ。長寿TVシリーズの第3シーズン。脚本家ディエゴ・サン・ホセは、「オーチョ・アペジードス」シリーズを手掛けたベテランです。

(中央がディエゴ・サン・ホセ)
◎TVシリーズ主演男優賞
ハビエル・カマラ Venga Juan
*主役の政治家フアン・カラスコに扮して、昨年逃したトロフィーを手にした。今回は相棒のマリア・プハルテも助演女優賞を受賞した。


(昨年トロフィーを逃したハビエル・カマラ、マリア・プハルテ)
◎TVシリーズ主演女優賞
アナ・ルハス Cardo

(デュオールのドレスで登壇したアナ・ルハス)
◎TVシリーズ助演男優賞
エンリク・アウケル Vida perfecta (監督レティシア・ドレラ)
*ゴヤ賞2020新人男優賞受賞から注目されている若手俳優、フェロス賞2020に続く2度目の受賞。目が離せなくなった個性派です。

(1970年代に流行した幅広のパンタロン姿で登壇した)
◎TVシリーズ助演女優賞
マリア・プハルテ Venga Juan

(マリア・プハルテ)
◎フェロス感動賞(フィクション部門)
Espíritu sagrado 監督チェマ・ガルシア・イバラ

(チェマ・ガルシア・イバラ)
◎フェロス感動賞(ノンフィクション部門)
Sedimentos (ドキュメンタリー) 監督アドリアン・シルベストレ
*6人のトランスジェンダーの女性の人生について欄外から描いたドキュメンタリー。タイトルは心の傷、わだかまりの意。

(左側、アドリアン・シルベストレ)
◎フェロス栄誉賞
セシリア・バルトロメCecilia Bartolomé(1940年アリカンテ生れ)
*監督、脚本家、プロデューサーとして、スペインの女性たちに課せられたタブーに挑戦した映画業界のパイオニア的存在。鬼籍入りしているピラール・ミロや未だ現役の先輩ジョセフィナ・モリーナ監督などと協力して、女性シネアストの地位向上に尽くしている。別途キャリア紹介を予定しています。コチラ⇒2022年02月09日


(多くの女性シネアストたちが登壇して祝福しました)
★以下は話題を呼んだレッドカーペット上のファッション・ショー、若手の男性たちのルックスは、黒のジャケットを脱ぎ捨てて以前とは大分変わりました。女性の人気ファッションは相変わらずモノクロが多かった印象です。

(毎回ベストドレッサーに選ばれるクララ・ラゴ)

(TVシリーズ「La fortuna」で主演女優賞ノミネートのアナ・マリア・ポルボロサ)

(「Madres paralelas」で助演女優賞ノミネートのミレナ・スミット)

(TVシリーズの助演男優賞プレゼンターのインマ・クエスタ)

(カルメン・アルファト)

(「Chavalas」で助演女優賞ノミネートのカロリナ・ジュステ)

(「Tres」で主演女優賞ノミネートのマルタ・ニエト)

(『マリアの旅』で助演女優賞ノミネートのアンナ・カスティーリョ)

(TVシリーズ『ペーパー・ハウス』で助演女優賞ノミネートのナイワ・ニムリ)

(TVシリーズ「Hierro」で主演女優賞ノミネートのカンデラ・ペーニャ)

(「El buen patrón」で助演女優賞ノミネートのアルムデナ・アモール)

(「Vida perfecta」の監督レティシア・ドレラ)

(エレガントなAICA会長マリア・ゲーラ、ポデモス統一のヨランダ・ディアス)
★アルモドバルは国内では振るいませんでしたが、イギリスのアカデミー賞と言われるバフタ賞 BAFTA(英語以外の映画部門)にノミネートされ、濱口竜介、セリーヌ・シアマ、パオロ・ソレンティーノなどと競います。
イサキ・ラクエスタの新作は西仏合作映画*ベルリン映画祭2022 ― 2022年01月31日 14:48
2015年パリ同時多発テロ〈バタクラン劇場〉襲撃事件の生存者の実話

★イサキ・ラクエスタの新作「Un año, una noche」は、スペインとフランスの合作、両国の若手演技派が集合しました。2015年11月13日の夜、パリ11区にある伝説的なコンサートホール「バタクラン劇場」で起きたISILメンバーによるパリ同時多発テロ事件の一つの実話がベースになっています。事件当夜の生存者ラモン・ゴンサレスの ”Paz, amor y Death Metal” の映画化。襲撃された6ヵ所の死亡者130名のうちバタクラン劇場だけで89名、負傷者300名という最も多い犠牲者を出している。既に6年以上の歳月が流れましたが今でも記憶に残るテロ事件でした。原作者のラモン・ゴンサレスには『BPM ビート・パー・ミニット』(17)のアルゼンチン出身だがフランスで活躍するナウエル・ぺレス・ビスカヤート、そのガールフレンドのセリーヌにフランスの『燃ゆる女の肖像』(19)で主役の画家を演じたノエミ・メルランが扮します。両作ともカンヌFFを沸かせた作品でした。


(撮影中のノエミ・メルランとナウエル・ぺレス・ビスカヤート)
★イサキ・ラクエスタ(ジローナ1975)については、前作『二筋の川』(19、Entre dos aguas)他でご紹介しております。邦題はスペイン映画祭2019(インスティトゥト・セルバンテス東京、6月25日~7月2日)で上映されたときのものです。本作の脚本家で製作者のイサ・カンポと二人のあいだの愛娘揃ってオープニングに来日、Q&Aに参加いたしました。
*『二筋の川』の監督&作品紹介は、コチラ⇒2018年07月25日/2019年07月06日
*『記憶の行方』作品紹介は、コチラ⇒2016年04月29日

(イサキ・ラクエスタとイサ・カンポ、マラが映画祭2016、フォトコール)
「Un año, una noche」(One Year, One Night)
製作:Bambú Producciones / Mr. Fields and Friends / Noodles Production /
La Termita Films
監督:イサキ・ラクエスタ
脚本:フラン・アラウホ、イサ・カンポ、イサキ・ラクエスタ
原作:ラモン・ゴンサレスの ”Paz, amor y Death Metal”
音楽:ラウル・フェルナンデス・ミロ
撮影:イリーナ・リュプチャンスキ
編集:セルジ・ディエス、フェルナンド・フランコ
キャスティング:ピエール・フランソワ・クレアンシエル、ロサ・エステベス
美術:ミケル・フランシスコ、セバスティアン・ゴンデク
衣装デザイン:Alexia Crisp-Jones
メイクアップ:アルマ・カザル、ミロウ・サナー
特殊効果:The Action Unit
製作者:ディエゴ・ポロ、ライア・コル、モニカ・タベルナ
データ:製作国スペイン=フランス、フランス語、2022年、ドラマ、言語フランス語、撮影地バルセロナ、配給Studio Canal、Eurimages 他から資金援助を受けて製作された。
映画祭・受賞歴:第72回ベルリン映画祭2022コンペティション部門
キャスト:ナウエル・ぺレス・ビスカヤート(ラモン)、ノエミ・メルラン(セリーヌ)、キム・グティエレス、アルバ・ギレラ(ルーシー)、ナタリア・デ・モリーナ、C.タンガナ、Miko Jarry、マイク・F. パンフィール(カリム)、ホセ・ハビエル・ドミンゲス(友人)、ジャン=ルイ・ティルバーグ(教育家)、アレックス・モリュー・ガリガ、エドワード・リン(バルのオーナー)、イゴール・マムレンコフ、他
ストーリー:2015年11月13日の夜、パリ11区にある伝説的なコンサートホール「バタクラン劇場」に、武器を携えたISLLジハーディストのテロリスト4人が突然襲撃した。6ヵ所のパリ同時多発テロのうち最大の犠牲者89名を出した。スペイン人のラモン、フランス人のガールフレンドのセリーヌは、生存者としてテロ襲撃のトラウマと闘う人生を生きることになる。ラモン・ゴンサレスの ”Paz, amor y Death Metal” の映画化。Death Metalは当夜出演していたアメリカのロックバンド〈イーグルス・オブ・デス・メタル〉から採られている。

(テロ生存者のラモンとセリーヌ、フレームから)
バタクラン劇場への悲劇的な襲撃からトラウマに直面したカップル
★ラクエスタ監督は、バタクラン劇場への悲劇的な襲撃から1年後の2016年、倫理的な問題、人間関係、トラウマに直面しなければならなかった若いカップルをフォローする本作に取り組んだ。上記のように出演者はスペイン、フランスからキャスティングされている。
★主演のナウエル・ぺレス・ビスカヤートはフランスで活躍しているが、1986年ブエノスアイレス生れ、舞台と映画俳優、国籍はアルゼンチン。映画デビューは2004年から、エドゥアルド・ラスポの「Tatuado」で2005年銀のコンドル新人賞を受賞、ブノワ・ジャコの『肉体の森』(10)出演を機に、その後フランス語を学ぶため3ヵ月パリに留学した。アルゼンチンに戻り、ルイス・オルテガの「Lulú」(14)で、銀のコンドル主演男優賞にノミネートされている。しかし国際的な成功は、カンヌ映画祭2017出品のロバン・カンピヨの『BPM ビート・パー・ミニット』出演でした。本作はグランプリ、国際批評家連盟賞、クィア・パルム他を受賞、従ってカンヌの1作品1賞のルールにより、最優秀男優賞を逃しました。しかし2018年にはセザール新人賞、リュミエール男優賞などを受賞、ヨーロッパ映画賞にもノミネートされ、国際的な名声を手に入れた。

(日本語版のチラシから)
★ノエミ・メルランは、1988年パリ生れ、女優、監督、脚本家。モデルとしてスタートしたが、パリの演劇学校で学んでいる。2011年より女優として活躍しているが、監督として2本の短編を撮った後、既に長編映画にデビューして評価を得ている。ルー・ジュネの『不実な女と官能詩人』(19)、セリーヌ・シアマ監督の『燃ゆる女の肖像』(19)の画家役で女性映画批評家協会WFCC賞、リュミエール女優賞ほかを受賞、ノミネート多数の話題作。長編監督デビュー作「Mi iubita, mon amour」は自作自演、カンヌ映画祭2021でゴールデンカメラにノミネート、サンセバスチャン映画祭のサバルテギ-タバカレラ部門でも上映されている。

(ノエミ・メルラン、『燃ゆる女の肖像』から)
★スペインサイドのキム・グティエレス、ナタリア・デ・モリーナについては度々登場させているので割愛しますが、ミュージシャンのC. タンガナ(本名アントン・アルバレス・アルファロ1990)が俳優デビューを飾ったことが話題になっています。

(C. タンガナ)
★共同脚本家のフラン・アラウホは製作者、脚本家、監督。イサキ・ラクエスタ&イサ・カンポの『記憶の行方』でガウディ賞(作品・脚本)、続く『二筋の川』でも作品賞を受賞している。TVシリーズのヒット作を数多く手掛けており、なかでイサベル・ペーニャ&ロドリゴ・ソロゴジェンの「Antidisturbios」(20)でイリス賞(プロダクション)とペペ・コイラの「Hierro」(19)で脚本賞、他にメストレ・マテオ賞(脚本)を共同で受賞している。
★音楽は『二筋の川』を手掛けたラウル・フェルナンデス・ミロ、撮影監督はフランスの名匠アルノー・デプレシャンの青春映画『あの頃エッフェル塔の下で』(15)のイリーナ・リュプチャンスキ、フィルム編集のセルジ・ディエスは『二筋の川』でガウディ賞を受賞、もう一人のフェルナンド・フランコはデビュー作「La herida」(13)がサンセバスチャン映画祭で審査員特別賞を受賞、翌年のゴヤ賞2014で新人監督賞やフォルケ賞作品賞を受賞するなどしている。スタッフは西仏合作らしく両国の実力者が支えている。
カルラ・シモンの第2作目「Alcarras」*ベルリン映画祭2022 ― 2022年01月27日 11:56
「死にかけている」 家族経営の農業――舞台はリェイダの桃農園

★第72回ベルリン映画祭2022(2月10日~20日)コンペティション部門にノミネートされたカルラ・シモンの新作「Alcarràs」は、アマチュアを起用しての今や瀕死の状態にある小さな家族経営の桃農園が舞台です。本作はベルリン映画祭 2019 開催中に行われた第16回ベルリン共同製作マーケットにおいて、アバロンPC が Eurimages Co-production Development 賞(2万ユーロ)を受賞しておりましたので、完成すればコンペティションに選ばれる筋道はたっておりました。受賞のニュースについては既に記事をアップしております。共同製作はイタリアの Kino Produczioni で、2018年のトリノ・フィルムラボで賞金8000ユーロを獲得しています。更にカンヌのシネフォンダシオン・レジデンス2019で特別メンションを受賞するなど国際的にも期待が高かったようです。新型コロナウイリス感染拡大によるパンデミックで遅れに遅れましたが、やっと姿を現しました。
*ベルリン共同製作マーケット2019の記事は、コチラ⇒2019年02月24日

(シモン監督と製作者マリア・サモラ、ベルリンFF 2019)
「Alcarràs」
製作:Avalon Productora Cinematografica / Vilaut Films / Kino Produczioni / ICEC /
ICAA / TV3 / RTVE / Movistar+ / リェイダ県から15万ユーロの資金提供
監督:カルラ・シモン
脚本:カルラ・シモン、アルナウ・ピラロ
撮影:ダニエラ・カジアスCajías
キャスティング:ミレイア・フアレス
美術:モニカ・ベルヌイ
セット:マルタ・バサコ
衣装デザイン:アンナ・アギラ
プロダクション・マネージメント:ベルナト・リョンチ
音響:エバ・バリニョ
特殊効果:エリック・ニエト
製作者:マリア・サモラ、ステファン・シュミッツ、ジョヴァンニ・ポンピリ、(ライン)エリサ・シルベント、(アシスタント)アルフォンソ・ビリャヌエバ・ガルシア、他
データ:製作国スペイン=イタリア、カタルーニャ語、2022年、ドラマ、120分、撮影地カタルーニャ州リェイダ(レリダ)県のアルカラス、Sucs ほか数ヵ所、期間2021年6月1日~7月末まで、配給フランスMK2
映画祭・受賞歴:第72回ベルリン映画祭コンペティション部門ノミネート、金熊賞受賞。
キャスト:ベルタ・ピポ(グロリア)、ジョゼプ・アバド(ロジェリオ)、アルベルト・ボッシュ(ロジェール)、カルレス・カボス(シスコ)、アイネト・ジョウノ(イリス)、アンナ・オティン(ドロルス)、ジョルディ・プジョル・ドルセト(キメト)、シェニア・ロゼ(マリオナ)、モンセ・オロ(ナティ)他アルカラスの農業者やエキストラ多数
ストーリー:長年にわたって桃農園で働いていた一族ソレ家の物語。土地のオーナーが亡くなったことで一族は大きな転機をむかえる。後継者の息子が広大な土地にソーラーパネルを設置するため、桃の木を根こそぎにしたいと思っているからだ。監督の養母の家族が暮らしている〈アルカラス〉をタイトルにした本作は、属している土地と場所についての物語だが、永続的な世代間の衝突、古い伝統の克服、危機に際しての家族の団結の重要性についてのドラマでもある。

(収穫した桃を食べる出演者やスタッフ、2021年夏撮影)
深刻な家族の危機を生み出すジレンマ
★『悲しみに、こんにちは』は監督の自伝的要素が色濃いドラマでしたが、新作も養母の家族が住んでいるアルカラスをタイトルにした、多分に自伝的な要素を含んでいるようです。2020年クランクインが予定されていましたが、新型コロナウイリスのパンデミックで、そもそものキャスティングができず、延期と再開の繰り返しでした。結局1年遅れの2021年の6月1日に撮影が開始されました。というのも完熟した桃が樹にぶら下がっている必要があり、桃の完熟期である夏しか撮影は考えられなかったからです。ビクトル・エリセのドキュメンタリー『パルメロの陽光』(92)の撮影風景が思い起こされます。
★監督は「小さい家族農業は死にかけている」とヨーロッパプレスに語っていますが、土地所有者の後継者である息子が農業部門への投資より、もっと効率の良い太陽光発電事業に変えたいというのも決して非難できません。昨今の地球温暖化対策として再生可能エネルギー事業への投資は悪いことではないはずです。「非常に難しい仕事」と監督も述懐しています。ソレ家の長老である祖父が突然声を失くしてしまうようで、イシアル・ボリャインの『オリーブの樹は呼んでいる』(16、ラテンビート上映)の祖父を思い出してしまいましたが、こちらの舞台はバレンシア州のカステリョンでした。


(桃農園で撮影中のシモン監督)
★デビュー作と大きく異なるのは、プロの俳優を起用しなかったことです。監督は「プロではない俳優と一緒に仕事をするのが好き」と語っていますが、監督の母方の祖父や叔父、2人の従兄たちの協力もあったようです。「彼らは自然や経済をよく知っている人々なのです」と、彼らから多くのことを学んだと語っています。「私の祖父と二人の従兄は、アルカラスで桃農園を経営しています。ここは私の第二の故郷のようなもので、クリスマス、夏のバカンスには必ず訪れています。家族は約10年ほど前に80パーセントの土地を失いました」とトリノ・フィルムラボで製作の意図を語っていた。先進国の農業は、どこでも転換期に差しかかっている。

(言葉を失ってしまう祖父と孫娘)
★監督紹介:1986年バルセロナ生れ、監督、脚本家、フィルム編集、製作者。バルセロナ自治大学オーディオビジュアル・コミュニケーション科卒、その後カリフォルニア大学で脚本と映画演出を学び、ロンドン・フィルム学校に入学、在学中に製作したドキュメンタリーやドラマの短編が評価された。以下にフィルモグラフィーを列挙しておきます。

(デビュー作がゴヤ賞2018監督賞を受賞したカルラ・シモン)
2009年「Women」ドキュメンタリー短編
2010年「Lovers」短編
2012年「Born Positive」ドキュメンタリー短編
2013年「Lipstick」短編
2015年「Las pequeñas cosas」短編
2016年「Llacunes」短編
2017年「Estiu 1993 / Verano 1993」長編デビュー作『悲しみに、こんにちは』
2019年「Después también」短編
2020年「Correspondencia」ドキュメンタリー短編
2022年「Alcarràs」長編第2作目
★ドキュメンタリー短編「Correspondencia」は、チリの若手監督ドミンガ・ソトマヨル・カスティリョ(サンティアゴ1985)とのビデオ・レターです。アバロン、TV3製作、言語はスペイン語とカタルーニャ語、モノクロ、19分、2020年ニューヨークFFほか、サンセバスチャンFFサバルテギ-タバカレラ部門、ウィーンFF、国際女性監督FFなどで上映されている。アルゼンチンのマル・デル・プラタ映画祭2020ではラテンアメリカ短編賞を受賞している。シモン監督と同世代のドミンガ・ソトマヨルは、2012年のデビュー作『木曜から日曜まで』が東京国際FFで紹介され、そのレベルの高さに驚かされた。第2作目の「Mar」がベルリンFF2015フォーラム部門にノミネートされた折りに紹介記事をアップしております。
*ドミンガ・ソトマヨル・カスティリョ紹介記事は、コチラ⇒2015年03月04日

(「Correspondencia」のポスター)
◎追加情報:『太陽と桃の歌』の邦題で2024年12月13日に公開決定。
カルラ・シモン、イサキ・ラクエスタが金熊を競う*ベルリン映画祭2022 ― 2022年01月23日 16:11
コンペティション部門に2作ノミネートは初めて!

★1月19日、第72回ベルリン映画祭2022のノミネーション発表がありました(2月10日~20日)。カルラ・シモンの第2作め「Alcarras」、イサキ・ラクエスタの第7作め「Un año, una noche」が揃ってセクション・オフィシアルに選ばれました。もともとスペイン映画はベルリンFFを目指している監督が多くないこともあって、同時に2作はニュースです。ノミネーションは2019年のイサベル・コイシェの『エリサ&マルセラ』以来です。コイシェは『死ぬまでにしたい10のこと』(03)、「Nadie quiere la noche」(15)と最多の3回、公開されたラモン・サラサールの『靴に恋して』(02)、アレックス・デ・ラ・イグレシアの『クローズド・バル』(17)などが記憶に残ります。
★シモンは自伝的なデビュー作「Estiu 1993」(17、『悲しみに、こんにちは』)に続いてのノミネートですが、第1作はコンペではなくジェネレーション K-Plus 部門、グランプリと新人監督賞を受賞するという幸運に浴しました。マラガ映画祭では作品賞を含む5賞、2018年には3個のゴヤ賞、5個のガウディ賞、4個のフェロス賞と続き、国際映画祭の受賞は数えきれず、スペイン映画界に旋風を巻き起こしました。
*『悲しみに、こんにちは』の作品紹介は、コチラ⇒2017年02月22日

(候補作「Alcarras」から)
★一方、来日経験もある「Entre dos aguas」(18、『二筋の川』)のベテラン監督イサキ・ラクエスタは、ベルリンは今回が初めて、ラクエスタといえばゴヤ賞には恵まれませんが、金貝賞3個とサンセバスチャン映画祭の申し子です。新作には『ビート・パー・ミニット』主演のナウエル・ぺレーズ・ビスカヤートを起用しています。いずれ両作とも作品紹介を予定しています。
*『二筋の川』の作品紹介は、コチラ⇒2019年07月06日

(候補作「Un año, una noche」から)
★他のノミネーション18作には、オープニング作品のフランソワ・オゾンの「Peter von Kant」や、イタリアのパオロ・タヴィアーニの「Leonora addio」、ホン・サンスの「The Novelist’s Film」、ボリビア出身だが20年前からメキシコに移住して、フィルム編集や映画製作をしているナタリア・ロペス・ガリャルドのデビュー作「Robe of Gems」(メキシコ、アルゼンチン、米国合作)が、意外な結果を生むかもしれない。目下詳細が掴めませんが麻薬がらみの3人の女性の物語のようです。その他カナダやオーストリアの『パラダイス』三部作のウルリヒ・ザイドルなど鬼才監督の新作が金熊賞を競います。ほかパノラマ部門にもスペイン映画選ばれている。

(ナタリア・ロペスの「Robe of Gems」から)
★金熊栄誉賞にはフランスのイザベル・ユペールがアナウンスされ、授与式は2月15日です。

(イザベル・ユペール)
心理的スペイン・ホラー『荒れ野』*ネットフリックス ― 2022年01月20日 16:01
評価が分かれるダビ・カサデムントのデビュー作『荒れ野』

★1月6日、ダビ・カサデムントのデビュー作『荒れ野』(原題「El páramo」)のNetflix 配信が始まった。本作は昨年10月開催されたシッチェス映画祭2021でデビューを飾ったのだが、評価は大きく分かれていた。映画祭にはカサデムント監督、3人の主演者、インマ・クエスタ、ロベルト・アラモ、子役アシエル・フローレスも現地入りした。最初のタイトルは内容に近い「La bestia」(獣)であったが、8月にシッチェスFFにノミネートが決まったさいに現在のタイトルに変更したそうです。製作者によると〈荒れ野〉は「歴史を掘り下げるための重要な要素であり、撮影地としてアラゴン州のテルエルを選んだ」ということです。

(アシエル・フローレスとダビ・カサデムント、シッチェス映画祭、フォトコール)

(左から、ロベルト・アラモ、アシエル少年、インマ・クエスタ、監督、同上)
『荒れ野』(El páramo / The Wasteland)
製作:Rodar y Rodar Cune y Televisión / Fitzcarraldo Films
監督:ダビ・カサデムント
脚本:ダビ・カサデムント、マルティ・ルカス、フラン・メンチョン
音楽:ディエゴ・ナバロ
撮影:アイザック・ビラ
編集:アルベルト・デ・トロ
キャスティング:ペップ・アルメンゴル
プロダクション・デザイン:バルテル・ガリャル
美術:マルク・ポウ
セット:タイス・カウフマン
衣装デザイン:メルセ・パロマ
メイクアップ:(特殊メイク)ナチョ・ディアス、ヘスス・ガルシア、(アシスタント)ミリアム・ティオ・モリナ
特殊効果:The Action Unit
プロダクション・マネージメント:エドゥアルド・バリェス
製作者:ジョアキン・パドロ、マル・タルガロナ、マリナ・パドロ・タルガロナ
データ:製作国スペイン、スペイン語、2021年、ホラー・ミステリー、92分、撮影地アラゴン州テルエル、期間6週間、配給Netflix、配信2022年1月6日
映画祭・受賞歴:シッチェス映画祭2021正式出品
キャスト:アシエル・フローレス(ディエゴ)、インマ・クエスタ(母ルシア)、ロベルト・アラモ(父サルバドール)、アレハンドロ・ハワード(父の妹フアナ)、マリア・リョプ(獣ビースト)、ビクトル・ベンフメア(ボートで流れ着いた男)
ストーリー:19世紀のスペイン、ディエゴの家族3人は打ち続く戦禍を逃れて、社会から遠く離れた荒れ野に住んでいる。この小さな家族は訪問者を受け入れず、ただ平和に暮らすことが願いだった。ある日のこと、瀕死の重症を負った一人の男がボートで流れ着く。突如として家族の平穏は破られる。一命を取りとめたにもかかわらず男が自ら命を絶つと、父サルバドールは母ルシアの反対を押しきり遺体を家族のもとに届けると荒れ野を出て行く。残された二人はひたすら帰りを待つのだが、この小さな家に暴力的な謎の生き物が出没しはじめる。成長していくディエゴの視点を通して、社会からの逃避と孤立、深い孤独と恐怖、監禁、喪失、父親の不在、心の脆さ、母の狂気と別れが描かれる。私たちは果たして現実と決別して生きられるのか。

(母ルシア、ディエゴ、父サルバドール)
★監督紹介:ダビ・カサデムントは、1984年4月バルセロナ生れ、監督、脚本家、編集者、作曲家、製作者。2006年カタルーニャ映画視聴覚上級学校 ESCAC を卒業、2007年から助監督や短編、ビデオショート、ドキュメンタリーを撮り、5年の準備期間を費やし「El páramo」で長編デビューする。2014年の「La muerte dormida」(15分)がファンタスティック・シネマ・フェスティバル2015で監督部門の審査員賞、短編映画賞2015ドラマ部門SOFIEを受賞した他、ノミネーション多数。本作は現在でもYouTubeで英語字幕入りで鑑賞できる。主な短編映画は以下の通り:
2007年「Jingle Bells」
2009年「Paliza a Pingu」
2012年「Te he echado de menos」(ビデオショート、共同監督)
2014年「La muerte dormida」
2014年「Una vida M.」
2016年「Rumba Tres: De ida y vuerta」(ドキュメンタリー、共同監督)
2016年「Compta amb mi」
2021年「El páramo」(長編デビュー作)
コロナウィルスのパンデミックが脚本に変化をもたらした
A: ジャンル的にはホラー映画ですが、これは心理的なスリラー、ディエゴ少年のイニシエーション、多分に監督の自伝的な痕跡を感じさせます。19世紀のスペインの家族という設定が、そもそも信頼性にかけているようにも思えます。
B: 19世紀の戦争といえば、ナポレオンの侵略に反対するスペイン独立戦争(1808~14)、いわゆるナポレオン戦争をイメージしますが、遡りすぎます。19世紀半ばの3回にわたって繰り返されたカルリスタ戦争(1833~76)でしょうね。
A: どちらもスペイン全土に広がりましたが、特に後者は撮影地となったスペイン北部やカタルーニャ地方が戦場になった。厳密には内戦です。それより永遠に続くと思われるコロナウイリスのパンデミックをイメージした視聴者が多かったのではないか。監督も2年間のパンデミック体験を新たに脚本に取り入れたとコメントしています。
B: ホラーとしてはあまり怖くないのでがっかりしたホラーファンも多そうです。視聴者の「時間の無駄だった」というコメントには笑いを禁じえません。恐怖より孤立、孤独、喪失感、監禁状態の不安が強かった。
A: ディエゴ少年の視点で描かれているから、素直に少年の成長物語とも読めます。そのためには先ず庇護者であるが若干抑圧的な父親を追い出す必要があります。自立のためには父親の不在と母親との別れが求められるから、これらの要素は前半で充分予測可能なことでした。

(ルシアに別れを告げるサルバドール)
B: 愛する家族を残し、見ず知らずの男の家族のためという強引な追い出し方でした。父サルバドールは息子に越えてはいけないと諭した自らつくった境界線を越えて、かつての危険な場所に戻っていく。荒れ野には二度と戻ってこないだろう。
A: 監督は15歳のとき父親を病で失っており、立ち直りに時間がかかり今でもトラウマになっていると、シッチェス映画祭のインタビューで語っています。本作は「私の一種のセラピーであって、映画が狂気から私を救ってくれた。父親はシネマニアでハリウッドのクラシック映画ファンでした。90年代には『ジュラシックパーク』『フォレストガンプ』『ブレイブハート』『タイタニック』などを父親と一緒に観のです」と語っている。

(案山子のようなオブジェで仕切られた境界線を越えていくサルバドール)
B: 「映画が私を育て、人生を理解させ、幸せになることを教えてくれた」とも語っている。
A: 監督は映画を映画館で愉しむ最後の世代かもしれない。劇中のルシアと実際の母親が重なるかどうか分かりませんが、彼女の場合、夫を失うことへの不安が鬱を招き、謎のビーストの出現はルシアの絶望による幻覚かもしれない。
B: 獣は彼女自身の精神が投影されているようで、ビーストの力は本質的に心理的なものであり、本物でないことを示唆してもいる。

(影に怯えるディエゴ)
A: 監督は「父親が亡くなるまでのゆっくりした衰えは永遠にあるように感じた。一緒に『エクソシスト』や『ポルターガイスト』のような古典的ホラー映画も観ました。ゴーストたちがスクリーンを駆け抜けるのが魅力だった」と。
B: 『シックス・センス』のM・ナイト・シャマランや『永遠のこどもたち』のフアン・アントニオ・バヨナのファンだそうです。しかし本作は母と息子の物語で、父親は姿を消していきます。
現実との決別、狂気との闘い、純粋な暗闇
A: 本作はスクリーンで見るほうが奥行きが実感できそうです。いくら大型テレビに転送しても、明るい茶の間では純粋な暗闇や茫漠とした荒れ野を実感するには限界があります。監督は「スクリーンで愉しむために設計された映画がテレビで成功すること」が理想と語っていますが、本作はどうでしょうか。
B: 暗闇の中で物語は進行し、蝋燭の灯り、暖炉で燃えさかる炎、野外の撮影でも自然光で照明は極力抑えられている。光の遊びという点でロバート・エガースのホラー『ウィッチ』(15)を連想した人が多かったようですが。

(蝋燭の灯りのもと、自殺した妹フアナの話をするサルバドール)
A: サンダンス映画祭で監督賞を受賞している。17世紀を舞台にした魔女裁判に絡めたホラー映画、予告編しか見てないのですが、テーマは異なっています。影に隠されているものが何か、闇は恐怖であり、孤独感や喪失感かもしれない。ロベルト・アラモとインマ・クエスタが、永遠の恐怖に悩まされている夫婦に命を吹き込んでいる。
B: 真っ暗闇の恐怖と、開けられた窓から射しこむ光、風と樹々の音のあいだで、私たちの緊張は和らげられる。本作は時代や出身地と関係なく、私たち全員に等しく関係する普遍的な物語です。
A: 主役ディエゴを演じたアシエル・フローレス(2011年3月)は、ペドロ・アルモドバルの『ペイン・アンド・グローリー』(19)で映画デビュー、何本かTVシリーズに出演している。アルモドバル映画では、アントニオ・バンデラスが扮したサルバドールの少年時代を演じた。そこではペネロペ・クルスとラウル・アレバロが両親になるという幸運に恵まれた。

(アシエル、ペネロペ・クルス、ラウル・アレバロ、『ペイン・アンド・グローリー』)
B: 本作撮影当時は10歳くらいだったが、6週間に及ぶテルエルの監禁生活によく耐えた、と監督以下スタッフから褒められている。
A: 子役が大人の俳優として成功するのは難しい。現在小学校の高学年、本格的な教育はこれからです。髪も目の色もブラウン、彼の大きく開いた目に映る人影は何のメタファーか。

(ディエゴの目に映る人影)
B: もう一人の子役、父サルバドールの妹フアナ役のアレハンドラ・ハワード(2010年2月)は、バルセロナ生れ。
A: 父親はカリフォルニア生れの俳優スティーブ・ハワードでアサイヤスの『WASPネットワーク』や、TVシリーズに出演している。母親はカタルーニャ出身ということで、アレハンドラは英語、スペイン語、カタルーニャ語ができる。従って英語映画やアニメのボイスなどで活躍できる基礎ができている。

(フアナ役のアレハンドラ・ハワード)
B: 今回は小さい役でしたが、第一次世界大戦のポルトガルのファティマを舞台にしたマルコ・ポンテコルボの「Fatima」(20『ファティマ』)では生き生きしている。プライム・ビデオ他で配信されている。
A: 1917年のファティマの聖母の史実を元にしたアメリカ映画です。他にマリベル・ベルドゥが主演のTVシリーズ「Ana Tramel. El juego」(21)に出演、将来的には大人の女優を予感させます。
B: ベテラン演技派のインマ・クエスタとロベルト・アラモは、何回も登場させているので今回は割愛します。クエスタはダニエル・サンチェス・アレバロの『マルティナの住む街』(11)がラテンビートで上映されたとき、一番光っていた俳優でした。期待を裏切らない女優です。

(夫から贈られた赤いドレスを着て闘うルシアとディエゴ)
カルロス・サウラの『急げ、急げ』*時代を反映したキンキ映画 ― 2022年01月14日 17:32
民主主義移行期のキンキ映画の誕生と終焉
★以下は長らく休眠中のCabina さんブログにコメントしたものを、前回アップしたダニエル・モンソンの新作「Las leyes de la frontera」の付録として、単独でも読めるように削除加筆して再構成したものです。特に後半部のキンキ映画の父とも称されるエロイ・デ・ラ・イグレシア紹介は今回大幅に加筆しています。カルロス・サウラのキンキ映画 「Deprisa, deprisa」(81)の邦題『急げ、急げ』は、1986年に開催されたミニ映画祭〈カルロス・サウラ特集〉で上映された折りに付けられたものです。犯罪を犯すときのキンキたちの口癖「急げ、急げ!」からきています。
(Cabinaブログ「急げ、急げ」には時代背景など詳しい、コチラ⇒2011年02月19日)

(アンヘラとパブロを配したポスター)
データ:製作国スペイン・フランス、スペイン語、1981年、犯罪ドラマ、99分、監督・脚本カルロス・サウラ、撮影テオ・エスカミーリャ、製作エリアス・ケレヘタ・プロダクション、モリエール・フィルム、撮影地アルメリア。受賞歴ベルリン映画祭1981金熊賞受賞。
キャスト: ベルタ・ソクエジャモス(アンヘラ)、ホセ・アントニオ・バルデロマール・ゴンサレス(パブロ/エル・ミニ)、ヘスス・アリアス(メカ)、ホセ・マリア・エルバス・ロルダン(セバス)、マリア・デル・マル・セラーノ(マリア)、ほか多数
ストーリー:スペインが民主主義移行期の1970年代後半、マドリードの貧困地区にたむろするアウトローたち、アンヘラとパブロによって結成された4人の犯罪グループの物語。彼らは故郷を捨て家族を持たずマフィアのような組織にも属していない。手っ取り早い車上荒らしや銀行強盗を繰り返し、せしめたお金で自由を満喫している。軽い気持ちで始めた犯罪もやがて少しずつより危険で無謀なものに変貌していく。1970年代後半から80年代にスペイン社会を震撼させたヘロイン中毒を背景にしている。
サウラといえばフラメンコ?
A カルロス・サウラのキンキ映画 ”Deprisa, deprisa”(『急げ、急げ』)のストーリー、時代背景、特に類似作品についての紹介はCabinaさんブログに詳しい。1986年10月にスペイン映画講座〈カルロス・サウラ特集〉が開催され、サウラの問題作といわれる6作*が上映されました。
B 長編第1作“Los golfos”(59、『ならず者』)から数えると既に40作近くなります。
*『ならず者』(59)、『狩り』(La caza 65)、『カラスの飼育』(Cria cuervos 75)、『愛しのエリサ』(Elisa, vida mía 77)、『ママは百歳』(Mamá cumple cien años 79)、『急げ、急げ』(81)以上の6作。

(天使の丘で職務質問を受ける名場面を配した『急げ、急げ』のポスター)
A “Pajarico”(97、『パハリーコ・小鳥』)が〈スペイン映画祭1998〉で上映された後、特に気に入ったものがありません。監督自身がフラメンコ、タンゴ、ファドなど音楽物にシフトしているせいか、ラテンビート映画祭*でもドラマは上映されていません。
*ラテンビート映画祭LBFFの上映作品。“Fados”(07、『ファド』2008上映)、“Flamenco, Flamenco”(10、『フラメンコ、フラメンコ』2010上映)の2作。後者がLBFFで上映された際のチケットは完売でした。
B Cabina ブログでもドラマは久々、製作順では“Taxi”(96、『タクシー』1997公開)以来です。
A 『タクシー』は、日本スペイン協会創立40周年記念の一環として開催された<スペイン映画祭1997>で上映され、続いて一般公開されました。映画祭には監督来日がアナウンスされておりましたが、来日したのは本作でデビューを飾ったイングリッド・ルビオでした。直前に急にお腹が痛くなるのは、よくある話です。
B サウラは一般公開、映画祭、映画講座等々含めると、字幕入りで60%以上の作品が紹介されているようですが。
A DVDも発売されていてスペイン映画としては破格の扱いです。しかし、残念ながら『急げ、急げ』のような私の好きな作品は漏れてしまっています。1981年のベルリン映画祭金熊賞を受賞しながら、一般公開は見送られました。
B 今でこそ「巨匠」と紹介されますが、日本ではシネマニアは別として無名に近かったでしょう。
A スペイン自体が金熊賞受賞を例外と考え、これを快挙とポジティブにはとらなかった。民主主義移行期(1975~78)の混乱はスペイン全体を覆い、映画界も創造性と産業的なインフラを安定させるための国家的な援助体制が確立していなかったようです。
B サウラ映画が初めて劇場公開されたのが1983年には驚きますが、『カルメン』が米アカデミー外国語映画賞部門にノミネートされたおかげです。
A フラメンコ三部作の2作目『カルメン』(83)、次が同じ三部作の1作目『血の婚礼』(81、85公開)→『カラスの飼育』(75、87公開)→三部作の最後『恋は魔術師』(86、同)→『エル・ドラド』(87、89公開)という具合で、公開年は製作順ではありませんでした。
B やはりフラメンコ強しの感があります。フランシスコ・ロビラ・ベレタのフラメンコ映画『バルセロナ物語』(63、“Los Tarantos”)が公開されたのは翌年の1964年でした。
A ロビラ・ベレタは1940年代から活躍しているベテラン監督で、フラメンコに拘ったわけではありません。本作は1984年秋開催の「スペイン映画の史的展望〈1951~77〉」でも上映されました。他にも「スペイン映画祭1984」が企画され、80年代は日本におけるスペイン映画の黎明期というだけでなく、本国スペインでも歴史に残る名画が量産された時代でもありました。
B 上述した〈カルロス・サウラ特集〉のうち第3作目になる『狩り』は、「スペイン映画の史的展望〈1951~77〉」で既に紹介されていました。

(『狩り』のスチール写真)
80年代の新しいアウトサイダー映画シネ・キンキCine quinqui
A 前置きが長くなりましたが、1980年を前後して社会のはみ出し者を主人公にした犯罪映画シネ・キンキ cine quinqui に戻ります。大雑把にジャンル分けすると警察・刑事物の範疇に入り、こちらにはテロリズムをテーマにしたものも含まれます。
B いわゆるETAものと言われる映画、こちらも70年代から80年にかけて記憶に残る作品が生みだされました。
A キンキ映画には、例えばホセ・アントニオ・デ・ラ・ロマの“Perros callejeros”(77)、エロイ・デ・ラ・イグレシアの“Navajeros”(80)や“Colegas”(82)、マヌエル・グティエレス・アラゴンの“Maravillas”(80)*などが代表作として挙げられる。
B デ・ラ・ロマ監督のは、少年犯罪三部作の第1作目です。
A グループのリーダーEl Toreteエル・トレテを主人公に、続編“Perros callejerosⅡ”(79)、“Los ultimos golpes de El Torete”(80)を撮り、つづいて女性版“Perras callejeras”(85)も撮ったのでした。
*1987年5月スペイン映画講座〈アラゴン監督特集〉で『マラビーリャス』として上映された。
B だいたい未紹介作品ばかりです。ピークは80年代末に終りを告げたということですが。
A シネアストたちがこのテーマを忘れたわけではなく、アルフォンソ・ウングリアの“Africa”(96)やフェルナンド・レオン・デ・アラノアの“Barrio”(98)のような映画も記憶に新しいところです。「バリオ」の主人公たちは、『急げ、急げ』の息子世代に当たります。
B ウングリアの「アフリカ」にはエレナ・アナヤが出演しています。
A ポスト・ペネロペの呼び声が高いエレナのデビュー作。その後の活躍は御存じの通り、この秋公開のアルモドバルの新作に抜擢され、監督の〈新ミューズ〉となるかもしれません。
B サウラの『タクシー』やアチェロ・マニャスの“El bola”(00)もこの延長線上ですね。
A 遡ればメキシコ時代のルイス・ブニュエルの“Los olvidados”(50、『忘れられた人々』53公開)は、少年犯罪映画の先駆け的作品といえます。フランコ体制下の60年代にも多くの監督が厳しい検閲をくぐり抜けて、落後者の挫折と失望を描いた作品を手掛けています。変動期の80年代とは時代背景が異なりますから自ずと主テーマは異なります。
B 『忘れられた人々』はメキシコ映画ですが、ブニュエルはサウラ映画の原点の一つですね。
A ブニュエルは翌1951年のカンヌ映画祭で監督賞を受賞したのですが、スペインでは上映禁止になりました。ブニュエルに限らず当時の外国映画禁止リストを見ると、意味不明の映画のオンパレードです。
B 処女作『ならず者』の英題は“The Delinquents”(「不良少年たち」)、このほうがイメージしやすい。これはブニュエルの影響を受けて作られたということですか。

(『ならず者』のポスター)
A 勿論ブニュエルの遺産だけではありません。当時はイタリアのネオレアリズモが支配的でしたが、これは危機に瀕しているイタリアを象徴しており、一方フランスのヌーベルバーグの台頭は流動的なフランスの転換期を象徴していました。スペインのキンキ映画は軍事独裁政権からの屈折した離脱を反映しています。ドキュメンタリー・タッチの『ならず者』の登場は、新しいスペイン映画の到来を予感させたのではないでしょうか。
B 1960年カンヌ映画祭では好意をもって迎えられた。
A しかしスペイン公開は62年夏と1年半も後、おまけに事後検閲の鋏がチョキチョキ入っていた。
B 新人なので事前検閲はお目こぼしをもらえたが、カンヌが認めたからには事はそう簡単にはいかないと事後検閲が厳しくなった。
A スペイン公開前にフランス、スイス、西ドイツ、イタリアなどで上映、外貨を稼いだはずなのに、それはそれ、これはこれとはっきり区別している。最初からヌードなしの国内版と外貨稼ぎのヌードありの海外版を作った例もあるそうですから不思議ではありません。
死に急ぐ若者たち、ここにあるのは現在だけ
B 数ある少年犯罪物のなかでも、この『急げ、急げ』は突出した成功作。20年の時を経て『ならず者』のテーマに回帰したといっていいですね。
A 『ならず者』の主人公の子供たちが主人公です。前作との違いは、まずポスト・フランコ、女性のチンピラ quinqui の登場、ドラッグの拡大。<三猿>を決め込んでいた国民は、構造的な社会矛盾の深まりに直面するなかで大量消費時代にフルスピードで突入していきました。
B 価値観が180度転換した時代、女性の自己主張も始まった。アンヘラ役のベルタ・ソクエジャモスの〈発見〉は大きいです。
A 主人公はアンヘラといってもいい、その肉付けが如何にもサウラらしい。4人のなかで最も大胆不敵、射撃の名手だし、頭もよく用意周到、ヤク漬けのチンピラ青年とは違ってヘロインには手を出さない。まだ未来を信じているようです。
B パブロ(エル・ミニ、ホセ・アントニオ・バルデロマール・ゴンサレス)とメカ(ヘスス・アリアス)が偶然アンヘラに出会ったことで映画は動き出す。
A エスカレートしていくのは、二人が彼女の射撃の才能を知った時からで、いっそアンヘラに会わなければよかった。やはり他作品よりプロットや伏線の張り方に感心します。

(パブロとアンヘラ、フレームから)
B 彼らはマドリード出身でなく、義務教育もそこそこにアンダルシア地方からこの界隈に住みついたという設定です。
A サウンドトラックにフラメンコを使用したのはそのため、カンテの歌詞がよく聞き取れないこともあって断定できませんが、直感的にいえば4人のセリフ代わりになっているのではありませんか。彼らは人生を安定させるための故郷や家族から切り離されているというか切り離してきた。
B 家族といえるものがあったかどうか分かりませんが、過去を切り捨ててきた。かといって未来があるとも信じていない、あるのは現在だけ。
A ユートピアの夢は見ない。だからサウラに特徴的なフラッシュバックや回想は禁欲的に排除されている。彼らの表情のクローズアップから、観客に類推させるだけで映像化しない。時間も一直線に進むだけです。
B パブロとアンヘラが盗んだお金で購入したマンションも何やら怪しげな建物ですね。
A すぐ傍を走る線路がマドリード中心部から彼らを分断している。大都市がもつ華やかさや喧噪とは無縁な場所です。
B マンション近辺の荒涼とした風景は、彼ら自身のメタファーでしょうか。
A 緑のない空き地に建つ四角いコンクリートの塊り、迷わず殺人も犯すアンヘラがパブロの古アパートから持ってきた鉢植えの世話をする。何を語らせたいのだろう。
B 例の線路を電車が通過するショット、あれも何かを意味するのかな。
A 4、5回繰り返されたので何処へ向かうか気になりますね。汚水の垂れ流しで濁った川、貸し馬の厩舎は「テキサス・シティ」、繋いでいた綱を解いて走り去る1頭の馬、それらが暗示するものは何だろう。
B 誰が乗っていた馬だったろうか。メカが逃走に用いた車を燃やすインパクトのあるシーン、特に最後の闇に炎が高く燃え上がるところは映像的にも印象深い。
A メカは放火狂という設定なんでしょうね。証拠隠滅だけでなく炎に魅せられている。ドキュメンタリーの報道番組を見てるようでした。撮影監督は『狩り』の撮影助手をしていたテオ・エスカミーリャ、『カラスの飼育』以来ずっとサウラ映画の専属カメラマン。夜の海、ディスコ、特に夜の灯りの扱いがいい。
B メカの恋人マリアも入れてCerro de los Angeles(天使の丘)に遊びに行く。突然パトカーが現れて二人の警官が現れるや服装検査をする。毎度のことなので素早くヤクは捨ててしまう。
A あそこは有名なシーンです。当時すでにマドリード近郊の観光地になっていたんですね。年配の女性観光客をからかったせいで「不埒者がいる」と忽ち通報されてしまう。フランコ時代の密告制度は健在と言いたいのでしょうか。ジャケ写はアンヘラとパブロのツーショットですが、当時の宣伝用スチール写真はここがよく使用された。映画でも分かるように内戦と深い関係があります。
B ここが地理学的にイベリア半島のヘソというだけではないのですね。
A 映画にも出てきたキリスト像を真ん中に配置した‘Monumento al Sagrado Corazon de Jesus’というモニュメントが建っている。1919年、アルフォンソ13世によって建造され、5月30日に除幕式が行われた。内戦が始まって間もない1936年7月に共和派の若者5人がモニュメントの警備員によって殺害されるという事件が起こった。
B 第二共和制(1931年4月)になってから、修道院の焼き打ち事件が多発していた事実が背景にあります。
A ですから関係者は襲撃に脅えていたようです。事件5日後、共和派の民兵がやってきて報復措置としてキリスト像を的に射撃の〈セレモニー〉をしたうえ、最終的には破壊、廃墟にしてしまった。内戦後の1944年、フランコ政府はレプリカをもとに再建計画のプロジェクトを組み、完成除幕は約20年後の1965年6月でした。
B 内戦時代の或る意味で象徴的な場所なんです。
A 内戦伝説なんでしょう。『狩り』の舞台となるウサギの狩猟場も、内戦時には激しい戦闘があった場所、もっともスペイン全土が戦場だったわけですが。
B サウラのスタイルについては、よく検閲回避のための「シンボリズムに富んだリアリズム」ということが言われますが。
A 確かに検閲時代には顕著でしたが、これは検閲回避だけではないと思います。彼の好きな手法であって、検閲撤廃後の本作にあっても列挙したように浮遊している。
B それは先述したフラメンコ三部作にも当てはまりますか。
A 乾英一郎氏が『スペイン映画史』で「一体どうしてしまったのかと思うほど精彩を欠いていく」と書かれた三部作ですが、彼の映画には価値観の異なる者同士の不自然な<死>というテーマが通底音としてあります。死に方は猟銃の撃ち合い、腹上死、ナイフなどいろいろですが、階級社会的な矛盾の追及とか告発は主テーマではなかったと思う、結果的にそうなったとしても。作品はひとたび公表されれば作り手の意図を離れて独り歩きをしてしまう。
B 本作でも若者たちのモラルを裁いたりしないかわりに結末は容赦がない。
A 埋もれている現実を明るみに出すこと、それをどうするかは当然政治の仕事だと考えている。冒頭からパブロとメカの死は〈約束〉されているし、後から仲間に入るヤクの売人でもあるセバス(ホセ・マリア・エルバス・ロルダン)も同じ。残された時間の多寡はあっても人間はおしなべて死ぬ運命にあり、重要なのは「今という時間、愛、友情」であり、誰でも自分の人生を選ぶ権利がある。個人的にはそういうメッセージと受け取りました。
B 仕事が成功すれば浮かれ踊るが、突然黙りこむ。そういう若者特有の感情の起伏の激しい揺れが細かく描かれていました。

(左から、パブロ、セバス、メカ、アンヘラ、主演のキンキ)
A だいたいアウトサイダーとか底辺とかいっても、厳密な意味での定義があるわけでなく曖昧です。主人公たちはマフィアとかの組織には縛られていない。極端だけど自由だしスリルはあるし、おばあちゃんにだって大型テレビを買ってやれる。ドロボーされるほうがバカ、デカい仕事に成功すればヒーローです。
B 実際の二人も大監督の映画に出たことで刑務所内では一目置かれていたようです。
A バルデロマールのちょっと青みがかった眼には人を惹きつける力があり、自分たちが社会の底辺にいるという意識はなかったと思います。
これは愛を描いたフィクション
B ベルリン映画祭コンペ出品というのは、デビュー2、3作目が対象と思っていましたが、サウラのように知名度の高い監督が金熊賞を受賞するのは意外です。
A 既にベルリン映画祭1966出品の『狩り』で監督賞を受賞、カンヌ映画祭では1974に「従姉アンヘリカ」が審査員賞、1976には『カラスの飼育』が審査員特別賞、『ママは百歳』(79)が米アカデミー外国語映画賞にノミネートされてます。鈴木清順の『ツィゴイネルワイゼン』が審査員特別賞を貰った年、日本ではこちらが話題になりました。
B サウラは『ならず者』同様、ドキュメンタリー手法で撮っています。
A 撮影に入る前、マドリードの周辺地域を入念に取材した。2ヵ月間の準備期間中ビデオを廻しつづけ、撮影は1980年の夏、9週間を費やしています。

(カメラを手放さないサウラ監督)
B この準備期間中に主人公を演じた本物のヘロイン中毒の青年たちに出会ったのでしょうか。
A 2月下旬のベルリン映画祭から帰国して間もない3月11日に、パブロ役のバルデロマールはマヌエル・ソラ・テレスと銀行強盗をして一緒に逮捕されている。このマヌエルがサウラに紹介したようです。
B 映画での経験を実地に移したんですかね。
A 出演料をどの段階で受け取ったかによりますが、あっという間に使い果たしたと証言しています。ディスコなどの遊興費やドラッグ代、とにかくお金に困っていたということです。俳優たちの自然な演技が受賞に貢献したにちがいありませんが、演技じゃなかったわけです。
B 自然な「演技しない演技」を追求するあまり、サウラは落とし穴に落ちた。
A この事件でサウラと大物プロデューサーエリアス・ケレヘタは窮地に立たされた。撮影中にヘロインを使用していたことも発覚して、「知らなかった」では済まされない。
B サウラは「マドリード周辺の若者の犯罪や社会差別をテーマに社会学的なドキュメンタリーを作る意図はなかった」と言ってます。
A 多分その通りだと思いますよ。しかし、いくら「大都会の片隅で太く短く死に急ぐ若者の愛についてのフィクション」だと説明されても、事件の重大性を鑑みれば世間は納得してくれない。フランコ心酔者が黙っていない、フランコ再評価の波は引いたり寄せたりしていた時代でした。
B 長年サウラとコンビを組んできたケレヘタもショックを受けたようですね。
A インタビューに「バルデロマールは撮影中は魅力的だったし、ベルリンでの記者会見の受け応えも申し分なかった」と答えている。真相の穿鑿など全く無意味ですが、ベルリンからの凱旋早々の事件だっただけに堪えたでしょう。もしこの事件が映画祭前だったらすんなり出品されたでしょうか。
B ホンモノに近づきすぎるとギリシア神話のイカロスの二の舞になりかねない。
A 夏には相棒だったアリアスも銀行強盗に失敗して逮捕され、二人とも同じカラバンチェル刑務所に収監されています。長年続いたサウラ=ケレヘタのコンビ解消には、路線の違いだけでなく一連の騒動が関係していたかもしれない。
B 監督はいわば現場の指揮官ですが、俳優があたかも「地でやってる」ように演技指導するのも仕事です。
A 「スタート!」「カット!」の決断はもっとも重要な仕事ですが、危うさと壁一重の犯罪者起用の是非は慎重に検討されてもよかった。例が極端ですが、『冷血』執筆中のカポーティを連想します。スランプ中だった作家は、望みの薄い死刑減刑をちらつかせながら虚実を尽くして犯人に近づき、一家四人惨殺の真相を聞き出しました。本物だけがもつ魅力には抗しがたいものがあるのかもしれない。
そしてQuinqui俳優は旅立ってしまった
B 映画出演の quinqui の多くが90年代初めに亡くなっています。
A ヘロインは一番危険なドラッグ、解毒も難しく、服用を止めると激しい禁断症状に苦しむ。現在では危険なので医療用も禁止されてるほどです。
B マリファナなんかとは比較にならない。ふつう大麻(マリファナ、ハシシュ)→コカイン→ヘロインの道を辿る。
A バルデロマールは撮影時は23歳ですから、すでに常習者だった可能性が高い。1992年11月11日、マドリードのカラバンチェル刑務所でヘロインの摂取過剰により死亡した。
B アリアスはそれより早く、1992年4月22日、バスク州ギプスコア県でエイズのため死去。
A 1960年マドリード生れですから31歳の若さです。IMDb によると4人のうち唯一他作品に出演している。ホセ・ルイス・クエルダ監督の『にぎやかな森』(89、1990公開)の下男役です。
キンキ映画の父エロイ・デ・ラ・イグレシアの軌跡
B サウラ映画から逸れますが、90年代初めには<失われた世代>といわれる若者が、薬物中毒やエイズが原因で命を落としています。
A 冒頭で触れた、エロイ・デ・ラ・イグレシアの“Navajeros”のエル・ハロEl Jaroは、映画の結末と同じ銃弾で、ホセ・アントニオ・デ・ラ・ロマの“Perros callejeros”のエル・トレテはエイズでした。
B エル・ハロを演じたホセ・ルイス・マンサノは当時15歳、映画のオーディションに応募してきてデ・ラ・イグレシアの目に止まったそうです。

(ホセ・ルイス・マンサノ、“Navajeros”から)
A 監督は1944年ギプスコア生れですが、幼いころからマドリードのこの界隈で育ち、若者の生態を熟知していた。監督自身も1983年からヘロインに手を染め、1987年に解毒治療のため戦線離脱、復帰まで16年間ものブランクがありました。
B 1983年にエル・ハロを主人公に“El pico”、その翌年に続編2を撮っています。
A 興行的にヒットしましたが、10代の子供たちや友人たちとドラッグに夢中になっていたことが発覚すると問題が吹き出しました。ヤクやりながら仕事していたわけです。「未来が見えない」と語っていたが、努力して立ち直り今世紀に入ってから2作発表した。しかし2006年腎臓癌摘出後に他界、享年62歳でした。

(治安警備隊の帽子を配したヒット作“El pico”のポスター)
B デ・ラ・イグレシアは、批評家の無理解もあって正当に評価されていないと言われています。アンチフランコ、コミュニストでホモセクシュアルであることを隠さなかった。
A いくつもゴルディオスの結び目を抱えていた。フランコ時代の60年半ばから事前検閲と闘い問題作を発表しつづけた監督です。カルメン・セビーリャを起用して撮った3作目となる ”El techo de cristal”(71「ガラスの天井」)は、商業的にも成功をおさめた犯罪スリラーでした。
B 検閲を避けるための道具としてスリラーとかホラーは有効です。
A 次回作 “La semana del asesino”(72)も連続殺人犯に陥ってしまうスリラー、こちらは検閲がなかなか通らず、65ヵ所カットされたということです。本作は『カンニバルマン精肉男の殺人記録』という目を剥く邦題でDVD化されました。
B 彼がフランコ没後に向かう先は、性的なテーマと分かっていた。
A 1976年に同性愛をテーマにした映画 “La otra alcoba”(「もう一つの寝室」)を発表した。1978年のホセ・サクリスタンを起用した “El diputado” が東京国際レズビアン&ゲイ映画祭1999で『国会議員』の邦題で上映されたほか、2004年には遺作となったコメディ “Los novios búlgaros”(03)が『ブルガリアの愛人』の邦題でエントリーされた。後者は前年開催された画期的な企画〈バスク・フィルム・フェスティバル2003〉で既に上映されていました。

(復帰後のエロイ・デ・ラ・イグレシア)

(遺作『ブルガリアの愛人』英語版ポスター)
B マラガ映画祭の特別賞の一つにエロイ・デ・ラ・イグレシア賞があります。
A 再評価の流れが出来てるのでしょう。ロドリゴ・ソロゴジェンやラウル・アレバロなど若い作家性の強い監督が受賞しています。ただし2018年からマラガ才能賞-ラ・オピニオン・デ・マラガと改名され、名前が消えてしまいました。2021年はオリベル・ラシェでした。
ダニエル・モンソンの新作はキンキ映画*ゴヤ賞2022 ④ ― 2022年01月10日 17:01
『プリズン211』の監督新作はキンキ映画「Las leyes de la frontera」

★オミクロン感染拡大で予定通り開催できるかどうか予測不能ですが、ゴヤ賞2022の6部門にノミネートされたダニエル・モンソンの新作「Las leyes de la frontera」(仮題「境界の原則」)のご紹介。2021年のサンセバスチャン映画祭 SSIFFセクション・オフィシアル(アウト・オブ・コンペティション)で初登場、ゴヤ賞のほか、フェロス賞ではチェチュ・サルガドの助演男優賞とミゲル・アンヘル・サンアントニオの予告編の2部門にノミネートされています。昨年10月8日に公開され、コロナ禍にもかかわらず、興行成績は製作費の2倍と順調、11月22日にはNetflixでの配信が始まっています。日本語版は準備中ということですが、スペイン語版のほか英語版などで視聴できます。準備中のまま何らかの事情で配信されないケースもありますが、1970年代のカタルーニャ州ジローナのバリオの時代考証の緻密さ、若者のスラングが頻出して興味深い。主演者たちの殆どが未だ此の世に存在しなかった時代の物語です。

(ベゴーニャ・バルガス、モンソン監督、チェチュ・サルガド、マルコス・ルイス
サンセバスチャン映画祭2021、9月25日フォトコール)
★前回ご紹介したように、本作はオリジナル脚本ではなくハビエル・セルカセの同名小説の映画化、好評を博し、2014年にMandarache 賞を受賞している。脚本は監督が長年二人三脚で映画製作をしているホルヘ・ゲリカエチェバリアとの共同執筆、共に脚色賞にノミネートされています。彼のように過去30年間にスペインで何が起きたかを熟知している脚本家はそう多くない。すでにゴヤ賞ノミネートはオリジナル脚本賞と脚色賞取りまぜて8回、2010年『プリズン211』で監督と共に脚色賞を受賞しています。原作 ”Las leyes de la frontera” の翻訳はなく、翻訳書としては2001年上梓の ”Soldados de Salamina” が『サラミスの兵士たち』として刊行されているだけです。2年後ダビ・トゥルエバが映画化した。

(ハビエル・セルカセの小説の表紙、モンダドリ社、2012年刊)
「Las leyes de la frontera」(The Laws of the Border)
製作:Atresmedia Cine / Ikiru Films / Las Leyes De La Frontera / La Terraza Films
監督:ダニエル・モンソン
脚本:ダニエル・モンソン、ホルヘ・ゲリカエチェバリア、原作ハビエル・セルカセ
音楽:Derby Motoreta’s Burrito Kachimba
撮影:カルレス・グシ
編集:マパ・パストル
キャスティング:エバ・レイラ、ヨランダ・セラーノ
プロダクション・デザイン(美術):バルテル・ガリャル
セット:ヌリア・ムニ
衣装デザイン:ベニェ・エスコバル(Venyet Escobar)
メイクアップ&ヘアー:サライ・ロドリゲス、ベンハミン・ぺレス、ナチョ・ディアス(特殊メイク)
製作者:ハビエル・ウガルテ、メルセデス・ガメロ、(エグゼクティブ)マリア・コントレラス、(アトレスメディア)アンドレア・バリオヌエボ、ロサ・ぺレス、(モガンボ)クレベル・ベレッタ・クストディオ、フランシスコ・セルマ、ほか共同製作者多数
データ:製作国スペイン、言語スペイン語・カタルーニャ語・フランス語、2021年、スリラードラマ、シネキンキ、129分、撮影地カタルーニャ州ジローナ、マンレナ、コスタ・デル・ガラフ、期間2020年9月~11月の約9週間、公開スペイン2021年10月8日、配給ネットフリックス(11月22日配信)、ワーナーブラザーズ
映画祭・受賞歴:第69回サンセバスチャン映画祭2021セクション・オフィシアル(アウト・オブ・コンペティション上映)、第36回ゴヤ賞2022脚色・助演男優・美術・衣装デザイン・メイクアップ&ヘアー・オリジナル歌曲賞(アレハンドロ・ガルシア・ロドリゲス、アントニオ・モリネロ・レオン、ダニエル・エスコルテル・ブランディノ、ホセ・マヌエル・カブレラ・エスコ、ミゲル・ガルシア・カンテロ)の6部門ノミネート、フェロス賞2022助演男優・予告編賞の2部門ノミネート
キャスト:マルコス・ルイス(イグナシオ・カーニャ/ナチョ/ガフィタス)、チェチュ・サルガド(エル・サルコ)、ベゴーニャ・バルガス(テレ)、ハビエル・マルティン(ゴルド)、カルロス・オビエド(ギレ)、ホルヘ・アパレシオ(チノ)、ダニエル・イバニェス(ピエルナス)、シンティア・ガルシア(リナ)、ビクトル・マヌエル・パハレス(ドラクラ)、シャビ・サエス(イダルゴ)、カルロス・セラーノ(クエンカ)、ペップ・トサール(刑事ビベス)、サンティアゴ・モレロ(イグナシオ)、アイノア・サンタマリア(ロサ)、エリザベト・カサノバス(クリスティナ)、ペップ・クルス(セニョール・トマス)、エステファニア・デ・ロス・サントス(メルチェ)、カタリナ・ソペラナ(パキ)、カロリナ・モントーヤ(テレの姉)、ハビエル・ベルトラン(成人したナチョ)、ほか多数
(G体がゴヤ賞でノミネートされた人)

(サルコのキンキ・グループ)
ストーリー:1978年夏ジローナ、中産階級出身の内向的な17歳の高校生ナチョは、上流階級の若者グループからいじめを受けている。ゲームセンターで犯罪が支配する貧しいチノ地区出身のサルコとテレに出会い、ナチョはこの新たな出会いで逃げ道を見つける。しかし知らず知らずのうちに自分が善と悪、正義と不正の境界を越えて、犯罪者になっていることに気づく。40年の長いフランコ体制が瓦解、民主主義への移行期に、ジローナで万引き、窃盗、強盗に専念した3人の非行青年に焦点を当てて物語は進行する。ナチョの視点を通してフィルターにかけ、思春期の脆さ、繊細さ、内面の葛藤、ラブストーリーが語られる。70年代のキンキ映画の特徴を復元し、一種の社会的リアリズムで描かれている。(文責:管理人)

(テレ役のベゴーニャ・バルガスとナチョ役のマルコス・ルイス、フレームから)
いくつかある境界の解釈――フランコ体制と没後の民主主義移行期
★キンキ映画Cine Quinquiというのは、1975年のフランコ没後から80年代後半の民主主義移行期に、犯罪が支配した貧しい労働者階級のアウトローの若者群像を描いたスペイン映画のジャンル。キンキは非行少年に由来するごろつき、チンピラの意。政治家が威厳を保とうと腐心しているあいだに、不満のはけ口を求めていた若者は、反対方向に振れていった。暴力、セックス、官憲の残虐行為、薬物特に70年代から80年代にかけてエスカレートしたヘロインが使用され、キンキ映画は吹き荒れる嵐の中で迷走するスペイン社会を掬い取っている。自由と快楽を手に入れた若者たちが辿りつく紆余曲折は予測通りになる。
★プロの俳優を見つけることが困難だったため、キンキ映画の監督たちは街中でスカウトしたアマチュアを起用、彼らは映画出演後には残念ながらドラッグの摂取過剰、あるいはエイズなどで若くしてこの世を去りました。彼らは犯罪者になりたかったわけではなく、社会の周辺にはじき出されて他の選択肢がなかったのである。殆どが低予算で製作され、アカデミー的には批評家の無理解もあってB級映画とされた。
★キンキ映画のジャンル分けが批評家によって異なるのは解釈の広狭によりますが、ホセ・アントニオ・デ・ラ・ロマがエル・トレテを起用して撮った「Perros Callejeros」(77、ストリートファイター)、キンキシネマの父とも称されるエロイ・デ・ラ・イグレシアがホセ・ルイス・マンサノを起用して1980年に製作した「Navajeros」や「Colegas」82「El Pico」83、またカルロス・サウラがベルリン映画祭1981で金熊賞を受賞した「急げ、急げ」(Deprisa, deprisa)などが代表作です。サウラは後に主演者たちが本物のキンキであったことを指摘され窮地に陥ったが、インタビューでは断固否定した。しかし実際は撮影中もドラッグが手放せなかったことが分かっています。ホセ・ルイス・マンサノもサウラの主演者もヘロイン過剰摂取やエイズで早世しています。
★エロイ・デ・ラ・イグレシアは、1983年から自身もヘロイン中毒となり解毒治療のため戦線離脱、復帰までに16年間かかった。キンキ映画の評価については再考が必要であると思っていたので、個人的にはモンソン監督の新作を歓迎したい。現代スペイン史を語るには、この民主主義移行期のスペイン社会の分析が重要と考えるからです。キンキには当時のスペイン社会の混沌が生の姿で描かれている。タイトルになった境界には、子供時代と成人期の境界、フランコ体制の残滓と没後の混乱、越えられない社会的階級の境界、善と悪、正義と不正の境界などいくつか考えられる。民主主義の社会と言えども出来ること・出来ないことがあり、その境界には原則あるいは基準が存在するはずです。
◎キャスト紹介:
*語り部イグナシオ・カーニャ役のマルコス・ルイスは子役出身、ダビ&トリスタン・ウジョア兄妹の「Pudor」(07)でデビュー、他に2013の「Zipi y Zape y el club de la canica」、2016の『スモーク・アンド・ミラーズ』に出演しているが、成人してからの出演は本作が初めてである。劇中ではイグナシオの愛称ナチョ、またキンキ・グループ間で使用された綽名ガフィタス(gafitasはメガネgafasの愛称)で呼ばれ、二つには微妙な使い分けがあるようです。

(ナチョ、フレームから)

(撮影中の3人、ベゴーニャ・バルガス、チェチュ・サルガド、マルコス・ルイス)
*グループの首領エル・サルコ役のチェチュ・サルガドは、1991年ガリシアのビゴ生れ、ビゴの演劇学校で学び、舞台俳優としてシェイクスピア劇にも出演、ガリシアTV、TVEのシリーズで活躍中。ガリシアのオーレンセ出身の監督イグナシオ・ピラールの「María Solinha」で映画デビュー、本作の言語はガリシア語である。成人して弁護士になったナチョは別の俳優ハビエル・ベルトランが演じたが、サルガドが特殊メイクをして一人でサルコを演じた。作家によると、サルコのキャラクターは当初、1980年代のスペインで有名だった犯罪者フアン・ホセ・モレノ・クエンカ、別名エル・バキーリャにインスパイアされたと語っているが、本作はモデル小説でもビオピックでもなくフィクションです。ゴヤ賞とフェロス賞ノミネートは共に初めてです。

(サルコ、ガフィタス、テレ、フレームから)
*テレ役のベゴーニャ・バルガスは、1999年マドリード生れ、女優、モデル、バレエダンサー。アルベルト・ピントの「Malazaña 32」(20)に主演、本作はホラー・ミステリーが幸いして『スケアリー・アパートメント』としてDVDが発売されている。他に Netflix で人気のTVコメディ『パキータ・サラス』やミステリー・シリーズ「Alta mar」(19~20)に出演、本作は邦題『アルタ・マール:公海の殺人』として配信され視聴できます。新作は犯罪映画ですが、サルコとガフィタスと愛の三角関係にあり、ラブストーリーでもある。今年公開が予告されているダニエル・カルパルソロのアクション「Centauro」にアレックス・モネールやカルロス・バルデムと共演している。新作は Netflix オリジナル作品、字幕入りで鑑賞可能か。
◎スタッフ紹介:ダニエル・モンソン監督、脚本家のホルヘ・ゲリカエチェバリアについては、2014年『エル・ニーニョ』で簡単ですが紹介しております。ただし『エル・ニーニョ』以降には触れておりません。
コチラ⇒2014年09月20日/同11月03日/2015年01月15日
★キンキ映画について、カルロス・サウラの「急げ、急げ」を、現在休眠中のカビナさんブログにコメントした記事をコンパクトに修正して次回アップします。
2022年スペイン語映画*新年のご挨拶 ― 2022年01月04日 17:11
「松七日」のうちに新年のご挨拶
★スペイン保健省は、コロナウイリス感染の第6波が加速して、新たな感染者372.000人は住民10万人当たり2295人に相当すると発表した。患者数の増加に伴って入院患者も当然のごとく大幅に増加しており、ICU占有率も上がっている。これは215.000人が検出されたクリスマスイブとクリスマス時よりはるかに高い発生率になる。さらに薬局の検査で分かる陽性者の報告にズレがあり、実態はもっと多いのではないかと危惧しているようです。オミクロン株の死亡率はデータが揃っていないようです。家族が集まって会食するクリスマス休暇と新年が続いていたので、ある程度予想されたことですが、もうそろそろベルトを締める時期がきたと警告している。教育現場では児童のマスク着用が義務づけられている。日本とは桁違いの数字ですが、こちらも連日感染者が増加しているから用心するに越したことはない。

(ワクチン接種をした子供にご褒美の飴を差し出す看護師、作年12月30日、マドリード)
★第36回ゴヤ賞ガラがどうなるか予測できませんが、開催まで未紹介の作品を少しずつアップしたい。ダニエル・モンソンの「Las leyes de la frontera」は、ハビエル・セルカセの同名小説の映画化、ジャンルは1970年代のキンキ映画。モンソンは『プリズン211』や『エル・ニーニョ』でファンを獲得している。ノミネーションは、脚色賞(監督と共同執筆したホルヘ・ゲリカエチェバリア)、新人男優賞(チェチュ・サルガド)、オリジナル歌曲賞(ダニエル・エスコルテル・ブランディノほか)、美術賞(バルテル・ガリャル)、衣装デザイン賞(Vinyel Escobal)、メイクアップ&ヘアー賞(サライ・ロドリゲス、ベンハミン・ぺレスほか)と6部門にノミネートされている。

(マルコス・ルイス、ベゴニャ・ロドリゲス、チェチュ・サルガドを配したポスター)
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