ダニエル・モンソンの新作はキンキ映画*ゴヤ賞2022 ④ ― 2022年01月10日 17:01
『プリズン211』の監督新作はキンキ映画「Las leyes de la frontera」
★オミクロン感染拡大で予定通り開催できるかどうか予測不能ですが、ゴヤ賞2022の6部門にノミネートされたダニエル・モンソンの新作「Las leyes de la frontera」(仮題「境界の原則」)のご紹介。2021年のサンセバスチャン映画祭 SSIFFセクション・オフィシアル(アウト・オブ・コンペティション)で初登場、ゴヤ賞のほか、フェロス賞ではチェチュ・サルガドの助演男優賞とミゲル・アンヘル・サンアントニオの予告編の2部門にノミネートされています。昨年10月8日に公開され、コロナ禍にもかかわらず、興行成績は製作費の2倍と順調、11月22日にはNetflixでの配信が始まっています。日本語版は準備中ということですが、スペイン語版のほか英語版などで視聴できます。準備中のまま何らかの事情で配信されないケースもありますが、1970年代のカタルーニャ州ジローナのバリオの時代考証の緻密さ、若者のスラングが頻出して興味深い。主演者たちの殆どが未だ此の世に存在しなかった時代の物語です。
(ベゴーニャ・バルガス、モンソン監督、チェチュ・サルガド、マルコス・ルイス
サンセバスチャン映画祭2021、9月25日フォトコール)
★前回ご紹介したように、本作はオリジナル脚本ではなくハビエル・セルカセの同名小説の映画化、好評を博し、2014年にMandarache 賞を受賞している。脚本は監督が長年二人三脚で映画製作をしているホルヘ・ゲリカエチェバリアとの共同執筆、共に脚色賞にノミネートされています。彼のように過去30年間にスペインで何が起きたかを熟知している脚本家はそう多くない。すでにゴヤ賞ノミネートはオリジナル脚本賞と脚色賞取りまぜて8回、2010年『プリズン211』で監督と共に脚色賞を受賞しています。原作 ”Las leyes de la frontera” の翻訳はなく、翻訳書としては2001年上梓の ”Soldados de Salamina” が『サラミスの兵士たち』として刊行されているだけです。2年後ダビ・トゥルエバが映画化した。
(ハビエル・セルカセの小説の表紙、モンダドリ社、2012年刊)
「Las leyes de la frontera」(The Laws of the Border)
製作:Atresmedia Cine / Ikiru Films / Las Leyes De La Frontera / La Terraza Films
監督:ダニエル・モンソン
脚本:ダニエル・モンソン、ホルヘ・ゲリカエチェバリア、原作ハビエル・セルカセ
音楽:Derby Motoreta’s Burrito Kachimba
撮影:カルレス・グシ
編集:マパ・パストル
キャスティング:エバ・レイラ、ヨランダ・セラーノ
プロダクション・デザイン(美術):バルテル・ガリャル
セット:ヌリア・ムニ
衣装デザイン:ベニェ・エスコバル(Venyet Escobar)
メイクアップ&ヘアー:サライ・ロドリゲス、ベンハミン・ぺレス、ナチョ・ディアス(特殊メイク)
製作者:ハビエル・ウガルテ、メルセデス・ガメロ、(エグゼクティブ)マリア・コントレラス、(アトレスメディア)アンドレア・バリオヌエボ、ロサ・ぺレス、(モガンボ)クレベル・ベレッタ・クストディオ、フランシスコ・セルマ、ほか共同製作者多数
データ:製作国スペイン、言語スペイン語・カタルーニャ語・フランス語、2021年、スリラードラマ、シネキンキ、129分、撮影地カタルーニャ州ジローナ、マンレナ、コスタ・デル・ガラフ、期間2020年9月~11月の約9週間、公開スペイン2021年10月8日、配給ネットフリックス(11月22日配信)、ワーナーブラザーズ
映画祭・受賞歴:第69回サンセバスチャン映画祭2021セクション・オフィシアル(アウト・オブ・コンペティション上映)、第36回ゴヤ賞2022脚色・助演男優・美術・衣装デザイン・メイクアップ&ヘアー・オリジナル歌曲賞(アレハンドロ・ガルシア・ロドリゲス、アントニオ・モリネロ・レオン、ダニエル・エスコルテル・ブランディノ、ホセ・マヌエル・カブレラ・エスコ、ミゲル・ガルシア・カンテロ)の6部門ノミネート、フェロス賞2022助演男優・予告編賞の2部門ノミネート
キャスト:マルコス・ルイス(イグナシオ・カーニャ/ナチョ/ガフィタス)、チェチュ・サルガド(エル・サルコ)、ベゴーニャ・バルガス(テレ)、ハビエル・マルティン(ゴルド)、カルロス・オビエド(ギレ)、ホルヘ・アパレシオ(チノ)、ダニエル・イバニェス(ピエルナス)、シンティア・ガルシア(リナ)、ビクトル・マヌエル・パハレス(ドラクラ)、シャビ・サエス(イダルゴ)、カルロス・セラーノ(クエンカ)、ペップ・トサール(刑事ビベス)、サンティアゴ・モレロ(イグナシオ)、アイノア・サンタマリア(ロサ)、エリザベト・カサノバス(クリスティナ)、ペップ・クルス(セニョール・トマス)、エステファニア・デ・ロス・サントス(メルチェ)、カタリナ・ソペラナ(パキ)、カロリナ・モントーヤ(テレの姉)、ハビエル・ベルトラン(成人したナチョ)、ほか多数
(G体がゴヤ賞でノミネートされた人)
(サルコのキンキ・グループ)
ストーリー:1978年夏ジローナ、中産階級出身の内向的な17歳の高校生ナチョは、上流階級の若者グループからいじめを受けている。ゲームセンターで犯罪が支配する貧しいチノ地区出身のサルコとテレに出会い、ナチョはこの新たな出会いで逃げ道を見つける。しかし知らず知らずのうちに自分が善と悪、正義と不正の境界を越えて、犯罪者になっていることに気づく。40年の長いフランコ体制が瓦解、民主主義への移行期に、ジローナで万引き、窃盗、強盗に専念した3人の非行青年に焦点を当てて物語は進行する。ナチョの視点を通してフィルターにかけ、思春期の脆さ、繊細さ、内面の葛藤、ラブストーリーが語られる。70年代のキンキ映画の特徴を復元し、一種の社会的リアリズムで描かれている。(文責:管理人)
(テレ役のベゴーニャ・バルガスとナチョ役のマルコス・ルイス、フレームから)
いくつかある境界の解釈――フランコ体制と没後の民主主義移行期
★キンキ映画Cine Quinquiというのは、1975年のフランコ没後から80年代後半の民主主義移行期に、犯罪が支配した貧しい労働者階級のアウトローの若者群像を描いたスペイン映画のジャンル。キンキは非行少年に由来するごろつき、チンピラの意。政治家が威厳を保とうと腐心しているあいだに、不満のはけ口を求めていた若者は、反対方向に振れていった。暴力、セックス、官憲の残虐行為、薬物特に70年代から80年代にかけてエスカレートしたヘロインが使用され、キンキ映画は吹き荒れる嵐の中で迷走するスペイン社会を掬い取っている。自由と快楽を手に入れた若者たちが辿りつく紆余曲折は予測通りになる。
★プロの俳優を見つけることが困難だったため、キンキ映画の監督たちは街中でスカウトしたアマチュアを起用、彼らは映画出演後には残念ながらドラッグの摂取過剰、あるいはエイズなどで若くしてこの世を去りました。彼らは犯罪者になりたかったわけではなく、社会の周辺にはじき出されて他の選択肢がなかったのである。殆どが低予算で製作され、アカデミー的には批評家の無理解もあってB級映画とされた。
★キンキ映画のジャンル分けが批評家によって異なるのは解釈の広狭によりますが、ホセ・アントニオ・デ・ラ・ロマがエル・トレテを起用して撮った「Perros Callejeros」(77、ストリートファイター)、キンキシネマの父とも称されるエロイ・デ・ラ・イグレシアがホセ・ルイス・マンサノを起用して1980年に製作した「Navajeros」や「Colegas」82「El Pico」83、またカルロス・サウラがベルリン映画祭1981で金熊賞を受賞した「急げ、急げ」(Deprisa, deprisa)などが代表作です。サウラは後に主演者たちが本物のキンキであったことを指摘され窮地に陥ったが、インタビューでは断固否定した。しかし実際は撮影中もドラッグが手放せなかったことが分かっています。ホセ・ルイス・マンサノもサウラの主演者もヘロイン過剰摂取やエイズで早世しています。
★エロイ・デ・ラ・イグレシアは、1983年から自身もヘロイン中毒となり解毒治療のため戦線離脱、復帰までに16年間かかった。キンキ映画の評価については再考が必要であると思っていたので、個人的にはモンソン監督の新作を歓迎したい。現代スペイン史を語るには、この民主主義移行期のスペイン社会の分析が重要と考えるからです。キンキには当時のスペイン社会の混沌が生の姿で描かれている。タイトルになった境界には、子供時代と成人期の境界、フランコ体制の残滓と没後の混乱、越えられない社会的階級の境界、善と悪、正義と不正の境界などいくつか考えられる。民主主義の社会と言えども出来ること・出来ないことがあり、その境界には原則あるいは基準が存在するはずです。
◎キャスト紹介:
*語り部イグナシオ・カーニャ役のマルコス・ルイスは子役出身、ダビ&トリスタン・ウジョア兄妹の「Pudor」(07)でデビュー、他に2013の「Zipi y Zape y el club de la canica」、2016の『スモーク・アンド・ミラーズ』に出演しているが、成人してからの出演は本作が初めてである。劇中ではイグナシオの愛称ナチョ、またキンキ・グループ間で使用された綽名ガフィタス(gafitasはメガネgafasの愛称)で呼ばれ、二つには微妙な使い分けがあるようです。
(ナチョ、フレームから)
(撮影中の3人、ベゴーニャ・バルガス、チェチュ・サルガド、マルコス・ルイス)
*グループの首領エル・サルコ役のチェチュ・サルガドは、1991年ガリシアのビゴ生れ、ビゴの演劇学校で学び、舞台俳優としてシェイクスピア劇にも出演、ガリシアTV、TVEのシリーズで活躍中。ガリシアのオーレンセ出身の監督イグナシオ・ピラールの「María Solinha」で映画デビュー、本作の言語はガリシア語である。成人して弁護士になったナチョは別の俳優ハビエル・ベルトランが演じたが、サルガドが特殊メイクをして一人でサルコを演じた。作家によると、サルコのキャラクターは当初、1980年代のスペインで有名だった犯罪者フアン・ホセ・モレノ・クエンカ、別名エル・バキーリャにインスパイアされたと語っているが、本作はモデル小説でもビオピックでもなくフィクションです。ゴヤ賞とフェロス賞ノミネートは共に初めてです。
(サルコ、ガフィタス、テレ、フレームから)
*テレ役のベゴーニャ・バルガスは、1999年マドリード生れ、女優、モデル、バレエダンサー。アルベルト・ピントの「Malazaña 32」(20)に主演、本作はホラー・ミステリーが幸いして『スケアリー・アパートメント』としてDVDが発売されている。他に Netflix で人気のTVコメディ『パキータ・サラス』やミステリー・シリーズ「Alta mar」(19~20)に出演、本作は邦題『アルタ・マール:公海の殺人』として配信され視聴できます。新作は犯罪映画ですが、サルコとガフィタスと愛の三角関係にあり、ラブストーリーでもある。今年公開が予告されているダニエル・カルパルソロのアクション「Centauro」にアレックス・モネールやカルロス・バルデムと共演している。新作は Netflix オリジナル作品、字幕入りで鑑賞可能か。
◎スタッフ紹介:ダニエル・モンソン監督、脚本家のホルヘ・ゲリカエチェバリアについては、2014年『エル・ニーニョ』で簡単ですが紹介しております。ただし『エル・ニーニョ』以降には触れておりません。
コチラ⇒2014年09月20日/同11月03日/2015年01月15日
★キンキ映画について、カルロス・サウラの「急げ、急げ」を、現在休眠中のカビナさんブログにコメントした記事をコンパクトに修正して次回アップします。
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