チリ映画 『おうちでバカンス』 リカルド・カラスコ2015年12月02日 19:31

         夏の家族旅行は我が家で海水浴?

 

★「チリ映画上映会」がセルバンテス文化センターで10月に開催され、うちリカルド・カラスコ監督のトークがあった“Vacaciones en familia”を見てきました。サンチャゴ上流家庭のブラック・コメディ、主人公ソフィアの可笑しくて切なくて、しかし実に残酷なお話なのでした。

 

     『おうちでバカンス』“Vacaciones en familia

製作:El Paseodigital Ltda

監督:リカルド・カラスコ

脚本:ロドリゴ・アントニオ・ノレロ

音楽:ミゲル・タピア

撮影:ホセ・ルイス・アレドンド

美術:カルロス・ガリド

音響:ボリス・エレラ

プロデューサー:ビセンテ・カラスコ

データ:チリ、スペイン語、2014年、90分、コメディ

受賞歴・ノミネーション:トリエステ映画祭2014、サンディエゴ(米)映画祭2015、リマ映画祭2015,各上映

 

        

                     (ブラジルの海岸で海水浴を楽しむケリー一家)

 

キャスト:マリア・イスキエルド(ソフィア・アルテアガ)、フリオ・ミロスティチ(夫フアン・ケリー)、アリシア・ロドリゲス(娘カミラ)、フェリペ・エレラ(息子ベト)、マリカルメン・アリゴリアガ(隣人スサナ)、マルシアル・エドワーズ(スサナの夫ロベルト)、セルヒオ・エルナンデス(ソフィアの父ミゲル)、シルビア・サンテリセス(ソフィアの母ルイサ)、フアン・パブロ・ミランダ(市警察官)、ガブリエラ・メディナ(マリータ)、他

 

プロット:ケリー家は社会的には上流家庭であるが、フアンはヨーロッパ直系の子孫とはいえ失業中、ソフィアは今では定かでないが或る貴族の末裔という。実体のないステータスにしがみついている家族。フアンはインテリとは言えないが家族を愛しており、自分の怠惰のせいで家族の期待にそえない実情を変えたいと思っている。ソフィアは、彼女の父親のコネで手にした仕事に失敗してしまう夫を幾度となく見てきた。日に日に暮らし向きは悪くなるばかり、夏のバカンスは目前だ。そこでケリー家が考えだした風変わりなバカンスとは、1ヶ月間ブラジルの避暑地に出かけたことにして、家族4人で自宅に閉じこもることだった。              (文責:管理人)

 

      見栄っ張りなセレブが手元不如意でバカンスに行けなかったら・・・

 

A: 意識は上流でも実態は中流階級ですね。一応通いの家政婦さんを雇っているが、支払いは滞っているという設定になっている。チリの上流家庭では女主人が料理洗濯掃除をすることはない。家事はプロフェッショナルな家政婦の領分で、女主人でも手が出せない。我が子の躾や教育も家政婦に任せている。

B: ソフィアも以前は料理などしなかったから、できる料理は見よう見まねのスパゲッティだけ、水加減も茹で加減も適当だから美味しいはずがない。「〽今日もコロッケ、明日もコロッケ、これじゃ年がら年中コロッケ」よりヒドい。

 

A: チリの家政婦制度は特別で、それを問題にした映画がセバスティアン・シルバの『家政婦ラケルの反乱』(09)でした。原タイトルは“La nana”、乳母を兼ねたメイドのことで、ここでは住込みの家政婦でした。本作については既に記事にしているので深入りしないが、チリの家政婦制度は特殊です。

B: 隣国ペルー出身の家政婦も多い。シルバ監督自身もNanaに育てられたと語っていた。

 

A: 家政婦マリータに「1ヶ月ブラジルにバカンスに出かけるから」と暇を出すシーンは、伊達に入れたわけではなく、それなりの理由があったわけです。

B: 家政婦は、主人も失業中だし給料を払ってもらっていないから、ブラジルはおろかバカンスなどが取れるとは思っていない。このシーンの会話は主客転倒ぎみでした。

 

A: これがチリ独特のユーモアですね。2月の酷暑のなか、明かりも点けず窓を締め切って1ヶ月暮らすなど不可能、映画の設定そのものがおかしい。でもチリならあり得る設定だそうです。これはチリ上流社会の「夏のバカンスは家族で長期にとる」というトラウマを風刺している。

B: こういう慣習がなければ息もできない密室暮らしはしなくてよかった。

 

          上流階級に溜まっている悪臭――出世至上主義

 

A: 見栄っ張りは隣家のスサナも相当なもの、ぐうたら息子はハーバード大学に行ってることになっている。チリでも自国の大学より外国の大学、特にハーバード大は高嶺の花のようです。

B: 実際は二流三流の大学でも、外国の大学のランクはよく分からないからありがたがる。しかし現在ではネットで簡単に検索できるから要注意、したがってハーバード大なら安全だ。

A: 勘のいいスサナは、当初から疑心暗鬼だ。キゾクだがフゾクだが知らないが、お高く止まっているソフィアが気に入らない。なんとかやり込めたい。

 

B: 隣家は留守だというのにヒマだから、五感をピンピン張り詰めて偵察している。時々明かりが漏れてくるし音もする。これはワタシの錯覚ではないとウキウキ、スパイごっこは大人でも楽しい。

A: 料理をすればゴミが出る、ゴミを外に出すわけにいかないと、どうなるか。腐って悪臭を放つ。監督の厳しいセレブ観が窺える。

 

B: スサナは自分の勘が正しかったことを確信し、大胆な行動に出る。こういう詮索好きの隣人は歓迎できない。

A: チリはピノチェト派(YES組)VS反ピノチェト派(NO組)の危険な時代が20年近くあり、皆な疑心暗鬼、「隣は何をする人ぞ」とスパイごっこに余念がなかった。

B: ホンネを見破られると密告され、まかり間違うとドザエモンになる危険性があった。

A: パブロ・ララインの「ピノチェト三部作」やパトリシオ・グスマンのノンフィクションで記事にしたばかりです。まだ完全に終わっていません、大分先になるでしょう。

 


                  (愛し合っているフアンとソフィア)

 

B: フアンの仕事が長続きしない理由の一つに、ソフィアの極端な出世至上主義がある。出世できない夫はクズということですね。

A: ケリー家のボスはフアンでなくソフィア、両親の娘婿の評価も高くない。二人揃って偵察に来られるのはフアンには耐え難い。チリワインと称して混ぜ物を出していた。舅ミゲルは顔をしかめて吐き出しそうにしていたが。

B: 不甲斐ない亭主をもった娘が不憫でならない()。孫の将来も心配だ。愛しているから、家族は切ないわけですが。

 

A: チリは見栄えを重視する社会で、ソフィアのように海外でのバカンスを夢見ている人が多いそうだ。だから夫は妻のために豪勢な夢のブラジル旅行を編み出した。表面的には他愛ないようにみえて、実はチリ社会の内容の濃いX線写真を撮っているようだ。

B: 病名は複雑ですね。ソフィアの狂気が痛ましい。邪魔が入らなければ、家族揃ってごっこ遊びがそれなりに楽しめたかもしれない。

 

*監督紹介*

リカルド・カラスコは、1960年サンチャゴ生れ、監督、脚本家、撮影監督。チリのカトリック大学で造形芸術を学ぶ、1992年、キューバのサン・アントニオ・デ・ロス・バニョスの映画学校の奨学金を貰い、ドキュメンタリー製作を学んだ。1995年フランスに渡り、Ateliers Varan でもドキュメンタリー映画を専攻した。その後帰国して、ペドロ・チャスケルのような重要な監督とドキュメンタリーを共同製作している。2001年、長編映画 Negocio redondoでデビュー、ウエルバ・ラテンアメリカ映画祭「国際批評家賞」受賞、マイアミのラテン映画祭で「ゴールデン・シラサギ賞」を受賞した。本作が2作目、他に長編ドキュメンタリー“Valor para seguir tocando”を撮っている。短編多数。キャリアの長さに比べて作品数が少ないのは、ピノチェト時代には検閲が通らず撮れなかったせいである。

 

         

                               (リカルド・カラスコ監督)

 

*主な俳優紹介*

マリア・イスキエルド(ソフィア)は、1960年サンチャゴ生れ、1978TVドラマでデビュー、テレビ界での活躍が目立つ。映画は、2004年ボリス・ケルシアのコメディ“Sexo con amor”、他アンドレス・ウッド『マチュカ』、パブロ・ララインの“Fuga”、最近は映画にシフトしている。

フリオ・ミロスティチ(フアン)は、本作で映画デビュー、テレビ界で活躍していた。

マリカルメン・アリゴリアガ(スサナ)は、1957年サンチャゴ生れ、1981年からテレビ界で活躍のベテラン、セバスティアン・シルバの“La vida me mata”やララインの『NO』他、舞台にも立つ。

アリシア・ロドリゲス(カミラ)は、1992年サンティアゴ生れ、2012年マリアリー・リバスの“Joven y alocada”で主役を演じた。

セルヒオ・エルナンデス(ソフィアの父)は、1957年バルパライソ生れのベテラン、セバスティアン・レリオの『グロリアの青春』、ララインの『NO』、ミゲル・リティンの「ドーソン島10」など、多数。

 

         

                            (撮影中の家族と談笑する監督)



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