「ある視点」にはアルゼンチンの新人二人*カンヌ映画祭2016 ② ― 2016年05月11日 12:56
開けてビックリ玉手箱、ブエノスアイレスからカンヌへ一直線
★アンドレア・テスタ&フランシスコ・マルケスの新人二人の“La larga noche de Francisco Sanctis”がノミネーション、この朗報が飛び込んできたのはブエノスアイレス国際インディペンデント映画祭(BAFICI)開催中でした。チケットは完売、カンヌの威力を見せつけました。カンヌがワールド・プレミアなんて信じられない二人です。兄妹のようによく似ていますが夫婦です。1984年に出版された故ウンベルト・カチョ・コスタンティーニ(1924~87)の同名小説の映画化、そういうわけでBAFICIには作家の夫人が馳せつけました。「ある視点」にノミネーションされたことでニュースが入り始めていますが、ここではアウトラインだけにしておきます。
“La larga noche de Francisco Sanctis”(“The Long Night of Francisco Sanctis”)
製作:Pensar con las Manos
監督・脚本・製作者:アンドレア・テスタ&フランシスコ・マルケス
原作:ウンベルト・カチョ・コスタンティーニ
撮影:フェデリコ・ラストラ
編集:ロレナ・モリコーニ
製作者:ルシアナ・ピアンタディナ
データ:アルゼンチン、スペイン語、2016年、78分、軍事独裁時代の政治スリラー
映画祭受賞歴:ブエノスアイレス国際インディペンデント映画祭(BAFICI)2016正式出品、最優秀作品賞・最優秀男優賞・SIGNIS賞・FEISAL賞を受賞する。カンヌ映画祭2016「ある視点」部門正式出品、カメラドール対象作品でもあります。カンヌ上映は5月20日
キャスト:ディエゴ・ベラスケス(フランシスコ・サンクティス)、ラウラ・パレデス、バレリア・ロイス、マルセロ・スビオット、ラファエル・フェデルマン、ロミナ・ピント
解説:時代はビデラ軍事独裁政権2年目の1977年、中流階級のフランシスコ・サンクティスは現政権の行政官として政治には無関心な生活を送っていた。ある日、高校時代の昔のクラスメートから1本の電話がかかってくる。今夜二人の若い活動家が逮捕され、たちどころにデサパレシードスになる。彼らを救えるかどうかはあなたの手の内にある。サンクティスは不安と恐怖に襲われる。命令を無視することもできたが、彼のなかに若かりし頃の鼓動が響いてくる。妻と子供と一緒に政治には一切関わらずに過ごしていたフランシスコの内面の葛藤が語られる。
(妻と子供たちと食事をするサンクティス、映画から)
*トレビア*
*今までの軍事独裁時代(1976~83)の映画と切り口が違うのは、活動家やデサパレシードス(desaparecidos行方不明者)、またはその家族が主人公ではなく、受け身の小市民的日常を送っていた政治的無関心派の男が、否応なく政治に巻き込まれてしまう点です。テーマは主人公の倫理的ジレンマでしょうか。原作者ウンベルト(・カチョ)・コスタンティーニは詩人、戯曲家でもあり、社会的闘士だったから、独裁者のcivico-militarと言われる市民の軍隊が組織されてからは亡命を余儀なくされた。帰国できたのは、名ばかりとはいえ民主化後のこと、1984年に本作を発表した。当然小説には作家が投影されているのでしょう。こういう「恐怖の文化」が支配する時代には、亡命が叶わなければ、沈黙して伏し目がちに目立たずに暮らすことが賢い人の生き方、そうでないと生き残れない。
*100%アルゼンチン資本で製作された作品。昨今はスペイン、フランス、ドイツなどヨーロッパ諸国とのコラボが多いなか珍しいことです。新人にかぎらずカンヌにノミネーションされた作品の殆どが合作、3カ国、4カ国も珍しくない。ほぼ同時代を描いたダニエル・ブスタマンテのデビュー作『瞳は静かに』も製作国はアルゼンチンだけでしたが珍しいケースです。彼は1966年生れ、クーデタのときは10歳ぐらいだったから少しは記憶を辿ることはできた。そのかすかな記憶が彼に映画製作を促した。しかし本作の二人の監督は、フランシスコ・マルケスが1981年、アンドレア・テスタにいたっては1987年、当時を殆ど知らない世代といっていい。彼らのような「汚い戦争」を知らない世代が映画を作り始めたということです。
*『瞳は静かに』とその関連記事は、コチラ⇒2015年7月11日
★監督紹介:フランシスコ・マルケス、1981年ブエノスアイレス生れ、アンドレア・テスタ、1987年ブエノスアイレス生れ、共に監督、脚本家、製作者。アルゼンチン国立映画学校(ENERC、Escuela Nacional de Experimentación y Realización Cinematográfica)の同窓生。以下のフィルモグラフィーから二人で協力しあって製作していることが分かる。
◎フランシスコ・マルケスのフィルモグラフィー
2011“Imagenes para antes de la Guerra”(短編15分)テスタがアシスタント監督
2014“Sucursal 39”(短編13分コメディ)テスタがアシスタント監督
2015“Despues de Sarmiento”(ドキュメンタリー76分)
2016“La larga noche de Francisco Sanctis”本作
◎アンドレア・テスタのフィルモグラフィー
2007“El Rio”(短編7分)
2009“Sea una familia feliz”(短編8分)マルケスがアシスタント監督
2010“Uno Dos Tres”(短編10分)マルケスがアシスタント監督
2015“Pibe Chorro”(ドキュメンタリー90分)マルケスがアシスタント監督
2016“La larga noche de Francisco Sanctis”本作
★二人とも原作者コスタンティーニの愛読者だった由。パルケ・センテナリオ(ブエノスアイレス)で開催された書籍見本市の人から「これは読んで後悔しない小説です」と薦められた本でした。「言うとおりでした。二人ともすごいスピードで読破、映画にしようと即座に思った。つまり小説との出会いは偶然だったのです」と口を揃えた。二人ともいわゆる「物言わね大衆」と称された中流家庭の出身、屋根のある家に住み食べるものもある家庭の「見ざる聞かざる言わざる」で育った世代が物を言い始めたということでしょうか。具体化できたのは「撮影監督のフェデリコ・ラストラとプロデューサーのルシアナ・ピアンタディナが支援してくれたお陰です」と感謝の言葉を述べていました。フェデリコ・ラストラは彼らの短編を手掛けています。
(今年2月に誕生した娘ソフィアを抱いて、二重の喜びにひたる両監督)
★キャスト紹介:主人公フランシスコ・サンクティス役のディエゴ・ベラスケスは、マルティン・カランサ共の“Amorosa Soledad”(08)で映画デビュー、マリアノ・ガルペリン共の“100 tragedias”(08)出演後はシリーズTVドラで活躍、日本登場はルシア・プエンソの『フィッシュチャイルド』(“El niño pez”、ラテンビート2009)の〈エル・バスコ〉役が最初だと思います。他にダミアン・ジフロンの『人生スイッチ』(第5話「愚息」)に検察官役で顔を覗かせた。夜のシーンがおおいので自然照明だけのグレーがかった色調から浮き上がる複雑な表情、その内面の動きを表現した演技が認められ、BAFICIの最優秀男優賞を受賞した。
(サンクティス役のディエゴ・ベラスケス、映画から)
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