パブロ・ラライン 『ザ・クラブ』 *ラテンビート2015 ④ ― 2015年10月18日 15:11
今年の目玉は『ザ・クラブ』か?
★朝から夜まで3日間で10本の強行軍、いささか疲れました。一応映画祭前にご紹介した作品は鑑賞できましたが、なかには掘り下げが中途半端で期待外れもありました。逆に『アジェンデ』のように予想以上によかった作品もありました。なかで一番興奮したのがパブロ・ララインの『ザ・クラブ』、まだ充分内容が咀嚼できておりませんが、時間が経つと記憶が薄れて書けなくなるので、勘違いを覚悟でアップいたします。部分的にネタバレしております。(2015年2月22日「ベルリン映画祭審査員グランプリ受賞」の記事と重複している部分を含みます)
『ザ・クラブ』(“El
Club”“The Club”)2015
製作:Fabula (ラライン兄弟が設立した製作会社)
監督・脚本・製作者:パブロ・ラライン
脚本(共同):ギジェルモ・カルデロン、ダニエル・ビジャロボス
音楽:カルロス・カベサス
撮影:セルヒオ・アームストロング
編集:セバスティアン・セプルベダ
美術・衣装・デザイン:エステファニア・ラライン
製作者:フアン・イグナシオ・コレア、マリアネ・アルタルド、ロシオ・Jadue(以上エグゼクティブ)、フアン・デ・ディオス・ラライン(監督の弟)
データ:チリ、スペイン語、2015年、98分、撮影地:チリ第6区リベルタドール・ベルナルド・オイギンス州ラ・ボカ・ナビダード
公開:チリ5月28日、ブラジル10月1日、スペイン(限定10月9日)、ポーランド10月16日、デンマーク10月29日、他フランスとドイツ11月、イギリス2016年3月公開がアナウンスされている。
映画祭・受賞歴:ベルリン映画祭2015審査員グランプリ(銀熊賞)受賞作品
ノミネーション:トロント映画祭9月17日、ロンドン映画祭10月8日、他多数
キャスト:アルフレッド・カストロ(ビダル神父)、ロベルト・ファリアス(サンドカン)、アントニア・セヘルス(シスター・モニカ)、アレハンドロ・ゴイク(オルテガ神父)、ハイメ・バデル(シルバ神父)、アレハンドロ・シエベキング(ラミレス神父)、ホセ・ソーサ(マティアス・ラスカノ神父)、マルセロ・アロンソ(ガルシア神父)、フランシスコ・レジェス(アルフォンソ神父)他
(薄暮の海岸で犬の調教に熱中するビダル神父)
プロット:かつて好ましからぬ事件を起こして早期退職を余儀なくされた神父4人のグループを、教会が海岸沿いの人里離れた村の一軒家に匿っている。神父たちはカトリック教会のヒエラルキーのもと共同生活を送っており、シスター・モニカが神父たちの世話をして生活を支えている。彼女が外と接触できる唯一の人物であり、神父たちが飼っている狩猟犬グレーハウンドの世話もしている。ある日、この「クラブ」に5人目の神父が送りこまれてきたことで、秩序ある静穏さが一変してしまう。 (文責:管理人)
チリ社会の闇に拘りつづける
A: ベルリン映画祭の審査員グランプリ受賞のさい記事をアップいたしましたので、ラテンビート(LB)としては鑑賞後に回しました。サンセバスチャン映画祭「ホライズンズ・ラティノ」では無冠だったので、やはりベルリンは特殊なのかと思っていました。
B: 『パウリーナ』が独占しましたからね。これについては疑問を呈していましたが、審査員も観客も違えば評価も違うということでしょう。
A: 合唱劇ではありませんが、キャスト紹介からも分かるように複数の神父が出てくるので、それぞれどういう罪で<クラブ>に閉じ込められているのか、その理由が分かるまでうろうろします。鑑賞1回でアップするのはちょっと冒険です(笑)。
B: 性的虐待の廉でクラブ入りした最重要人物ビダル神父役のアルフレッド・カストロ以外は区別が難しい。前作『NO』に出演した俳優が殆どですが、ラライン映画のファンでも、サンドカンを演じていたのがロベルト・ファリアスだったのに気が付くのは終りのほうになってからです。
A: 何しろ顔が髭だらけで顔が見えなかった(笑)。サンドカン役も重要人物の一人、『NO』で主役を演じたガエル・ガルシア・ベルナルの別れた妻ベロニカのパートナーになった。アントニア・セヘルスが扮した訳ありシスター・モニカ役がもう一人の重要人物、彼女は『NO』でコミュニストのベロニカを演じた女優、この三人を中心にドラマは進行する。
(髭で素顔が見えないサンドカン役のロベルト・ファリアス)
B: キャストはラライン映画専属俳優と言ってもいいくらい、監督は気に入った俳優を起用しつづけるタイプ、1回起用に徹しているアメナバルの対極にある監督です。
A: アルフレッド・カストロは、「ピノチェト政権三部作」全てに出演、『トニー・マネロ』がLB2008で上映された折り来日しております。監督夫人でもあるアントニア・セヘルスも同じように全3作に出ており、『トニー・マネロ』では脇役のTVプロデューサー、第2作“Post Mortem”で主役を演じた。子供のときから女優になるのが夢だったという根っからの女優志願。
B: 女優、テレビ製作者、ラライン同様セレブ階級に属しており、結婚は2006年、既に2人供がいる。神父たちを甲斐甲斐しく世話しているが、その実クラブを牛耳っている抜け目のないシスター役は秀逸でした。よく透る美しい声の持主。
A: 彼女は家政婦であると同時に看守であり、つまりクラブはカトリック教会直属の私設刑務所でもあるからです。教会のルールに従って神父たちの連禱などを先導、男たちの気まぐれを許しながら、緻密な管理能力で調和を保つよう細心の注意を払っている。正式な尼僧ではないらしく過去のある謎のシスター、下界と接触できる唯一の人物。カトリック教会のヒエラルキーの末端にいるが、彼女なしにはクラブは存在できない。
(シスター・モニカ役のアントニア・セヘルス)
B: しかし、彼女自身もクラブなしには生きていけないという共犯関係にある。全員で所有している狩猟犬グレーハウンドと一緒に土地のドッグレースに出場できるのもシスターだけ、闇にまぎれて夜間しか外出できない神父たちは遠くから双眼鏡でレースを見守るしかない。
A: 神父たちがささやかとはいえ、教会が禁止している賭け事に興じているのも皮肉です。このグレーハウンド犬はバイブルに登場するただ一つの犬種で、この犬の辿る運命が大きなメタファーになっているのでしょう。ビダル神父が海岸沿いでラヨと名付けた犬を訓練している美しい映像が上記の写真です。
B: 神父たちは各自一定の距離を保ってバランスをとっている。そうすることが生き延びる最低条件だと分かっているからです。
A: それぞれクラブに入らざるをえなかった理由が違います。二人目のシルバ神父はピノチェト軍事独裁政の弾圧機関によって送りこまれた反体制派の神父、三人目はオルテガ神父、違法な赤ん坊の養子縁組を告発されて送りこまれてきた。四人目がラミレス神父、老いのせいか長い隔離が原因か分からないが、認知症でシスターにお下の世話をしてもらっている。クラブで何十年もの年月を過ごしている最高齢者である。
(左から、ビダル神父、オルテガ神父、シルバ神父)
B: そこへ五人目の小児性愛の罪でラスカノ神父が到着、間もなく神父を追ってサンドカンがクラブの庭先に現れたことで、危うい均衡を保っていた調和が脆くも崩れてしまう。
A: ラスカノ神父は自分は小児性愛者ではなく、皆さんのような罪は犯していないと主張するが、庭先でのサンドカンの喚きがすぐさまそれを打ち消す、彼は神父を「マティアス」とクリスチャン・ネームで呼んでいる、これがミソです。
B: 神父を告発するためにこの僻地まで追ってきたのでないことが明らかになっていくが、その真の理由は誰にとっても秘密にしたいことだった。
A: サンドカンを追い払うために渡したピストルで、あろうことかラスカノ神父が自殺してしまう。前半のクライマックスです。ここでクラブの性格が一気に判明してしまう。
B: クラブの存続を脅かす性的虐待と自殺行為が神父たちを恐怖に陥れる。
A: 正式に神父たちには告解を聞いたり葬儀を行う権限がなく、中央からアルフォンソ神父が派遣され葬儀が執り行われる。そして原因糾明を担ったガルシア神父が登場、これですべての神父が出揃うことになる。
B: 直にガルシア神父到着の本当の理由が、クラブ閉鎖であることが分かってくる。この若い教養ある革新主義者の神父が、シスターぐるみの神父たちの抵抗に手こずるところは、ブラック・コメディですね。
A: カリカチュアぎりぎりかな。これ以上落ちるところのない、海千山千の歴戦の戦士たちは保身のためなら嘘をつくことも躊躇しない。
B: クラブ全員の憂慮は、サンドカンが当地に住みつきそうなことだ。全員一致で追い出しに奔走することになる。ここから後半が猛スピードで展開していく。
A: 最後のどんでん返しに観客は驚くが、さすがにネタバレできない(笑)。因みに、ラスカノ神父役のホセ・ソーサはララインのデビュー作“Fuga”に出演、アルフォンソ神父を演じたフランシスコ・レジェスはアンドレス・ウッドの『マチュカ』に出ていた。ガルシア神父役のマルセロ・アロンソは『トニー・マネロ』や“Post Mortem”などラライン映画に複数出演している。
カトリック系の学校に通った少年時代
B: これはあくまでもフィクションですね。
A: この映画のアイディアは、チリでは有名なラ・セレナ市の大司教も務めた神父フランシスコ・ホセ・コックス神父が住んでいた牧歌的なスイスの館の写真を見て生れたということです。同性愛や小児性愛で告発された神父です。ですからこういう施設は実際にあったわけです。監督は少年時代は、カトリック系の学校に通っていたから、カトリック教会のシステムを熟知している。さまざまなタイプの神父を観察してきたと語っています。
B: 幽閉されていた神父たちにはモデルとなる神父たちの誰彼が投影されているのでしょうか。
A: 詳しいことは知りませんが、マティアス・リラの“El bosque de Karadima”(2015)という映画は、1930年チリ生れのフェルナンド・カラディマ神父の実話です。1980年代から2000年にかけて性的虐待をしていたことを、2011年にバチカンも認めた。そういう現存している人物が『ザ・クラブ』の神父の誰かに投影されていると考えるのは自然なことでしょう。
B: カトリック教会のモラルの衰退が大きなテーマですが、同性愛と小児性愛は別の次元の問題です。
A: 問題なのは小児性愛、事実はどうあれビダル神父は同性愛だけを認めていました。神は子孫を残すために男と女をお創りになった。子孫を残せない同性愛を教会は認めない。しかし「同性愛者も神がお創りになったのだ」とビダル神父は語る。現在もバチカンは認めていないが、エルトン・ジョンの国が合法化したのは1967年でした。第2次世界大戦下、ドイツ軍の暗号エニグマ解読に成功した天才数学者チューリングも犠牲者だった。スコットランド、北アイルランドの合法化は1980年代、ついこの間のことなのです。
B: エイゼンシュテインもメキシコから帰国したあと10年のシベリア送りになったと『エイゼンシュテイン・イン・グアナファト』のエンディングにあった。
A: このクラブの4人の住人は贖罪などしない。代わりに夜間の散歩や狩猟犬のトレーニングにのめり込んでいる。贖罪すべき罪を犯していないからか、許されるチャンスが与えられていないからか。
B: 終身刑ですから言葉悪いですが飼殺しです。反体制派のシルバ神父など全く救われないです。
A: チリはピノチェトの時代が18年間と長かったから、民主主義は名ばかりで実体は脆弱なのかもしれません。スタイルは違いますが、「ピノチェト政権三部作」の続編だと言えますね。
B: 『NO』のときは、80年代当時のフッテージ映像が映画になじむようアナログのソニー製ビンテージカメラで撮影された。今作はピントをゆがませたり、カメラを固定して広角レンズを多用していた印象でした。
A: 相変わらず凝り性ですね。クローズアップが多かったように思いましたが、個人的には好きになれません。テレビで見ることを想定していると勘ぐってしまいます。
(ビダル神父役のアルフレッド・カストロ)
B: 凝るのはカメラだけじゃない、出演者には前もってシナリオを渡さず、大枠の知識だけで撮影に入ったそうですね。誰も自分が演ずる役柄の準備ができないようにした。
A: 撮影期間は2週間ちょっと、邪魔が入るのを恐れて秘密裏に行い、編集は自宅でやったという。ベルリンまでの道のりは綱渡りでスリル満点だったでしょう。弟で製作者のフアン・デ・ディオス・ララインの協力なしには不可能だった。
(左から、J・デ・D・ラライン、ファリアス、監督、カストロ ベルリン映画祭)
B: ラライン監督は、21世紀に入ってからのチリ映画を牽引している代表選手です。
A: 監督紹介でも触れておりますが、自作に止まらず他監督の製作にも協力を惜しみません。セバスティアン・シルバの新作“Nasty Baby”は、ベルリン映画祭2015「パノラマ」部門で上映された英語映画です。現在ニューヨークのブルックリンに本拠を移し、パートナーと暮らしています。映画もそれがヒントになってでいるそうです。LB2013に来日してQ&Aに出演しています。
B: ララインの次回作は“Neruda”とアナウンスされています。再びG.G.ガエルとタッグを組むようですが。
A: 時代背景は1940年代後半、ビデラ政権によって共産党が非合法化され、ネルーダが国外逃亡を余儀なくされた頃を描いたもの。ガエルはそのネルーダを追い回す刑事役です。ネルーダにはチリの大物コメディアン、ルイス・グネッコ(1962、サンチャゴ)が扮します。『NO』ではキリスト教民主党の政治家ホセ・トマス・ウルティアを演じたベテラン俳優、どんなネルーダになるんでしょうか。
B: 同じ逃亡中のネルーダを扱ったマイケル・ラドフォードの『イル・ポスティーノ』(94)とは全く別の顔を見せるはずです。2016年チリ公開が決まっています。
*監督キャリア&フィルモグラフィー*
★パブロ・ララインは、1976年チリの首都サンチャゴ生れ。父親エルナン・ラライン・フェルナンデス氏は、チリでは誰知らぬ者もいない保守派の大物政治家、1994年からUDI(Union Democrata Independiente 独立民主連合) の上院議員で弁護士でもあり、2006年には党首にもなった人物。母親マグダレナ・マッテも政治家で前政権セバスチャン・ピニェラ(2010~14)の閣僚経験者、つまり一族は富裕層に属している。6人兄妹の次男、2006年アントニア・セヘルスと結婚、一男一女の父親。
★ミゲル・リティンの『戒厳令下チリ潜入記』でキャリアを出発させている。弟フアン・デ・ディオス・ララインとプロダクション「Fabula」を設立、その後、独立してコカ・コーラやテレフォニカのコマーシャルを制作して資金を準備、デビュー作“Fuga”を発表した。<ジェネレーションHD>と呼ばれる若手の「クール世代」*に属している。現在はラライン、セバスティアン・シルバ、セバスティアン・レリオがチリの三羽鴉か。プロジェクトを組んで互いに協力し合っている。
*長編映画(短編・TVシリーズ省略)*
2006“Fuga”監督・脚本
2008“Tony Manero”『トニー・マネロ』監督・脚本「ピノチェト政権三部作」第1部
LB2008
2010“Post mortem” 監督・脚本「ピノチェト政権三部作」第2部
2012“No”『No』監督「ピノチェト政権三部作」第3部 LB2013
2015“El club”『ザ・クラブ』監督・脚本・製作、 LB2015
*他監督の主な製作作品(Fabula製作)*
2007“La vida me mata”セバスティアン・シルバ
2011“El año del tigre” セバスティアン・レリオ
2011“Ulises”オスカル・ゴドイ
2012“Joven y alocada”マリアリー・リバス
2013“Gloria”『グロリアの青春』 セバスティアン・レリオ LB2013
2013“Crystal
Fairy” 『クリスタル・フェアリー』セバスティアン・シルバ LB2013
2015“Nasty Baby” セバスティアン・シルバ
*「クール世代」のメンバー:『マチュカ』『サンティアゴの光』のアンドレス・ウッド、『盆栽』『ヴォイス・オーヴァー』のクリスチャン・ヒメネス、『家政婦ラケルの反乱』『マジック・マジック』のセバスティアン・シルバ、『グロリアの青春』のセバスティアン・レリオ、『プレイ/Play』のアリシア・シェルソンなどがメンバー(邦題は映画祭上映時のもの)
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