『よそ者』”Los bastardos”アマ・エスカランテ2013年10月10日 10:28

★今回ラテンビートでアマ・エスカランテの『エリ』が上映されること、メキシコ映画の現状にも触れていることから、以前Cabinaさんブログにコメントした『よそ者』ダイエット版を登場させます。デビュー作『サングレ』(2005)に続く第2弾、LBFF2009上映作品。

 


ストーリー:ロスの片隅に暮らす二人の若者ファウストとヘススは、メキシコからの不法移民。強いられる孤独な忍耐、日銭稼ぎの報われない労働の日々。ことの起こりは突然やってきた。ヘススがデイバックに小銃を忍ばせたとき、二人はある一線を越えてしまう。

 

*スタッフ&キャスト*

監督:アマ・エスカランテAmat Escalante

キャスト:ヘスス・モイセス・ロドリゲス(ヘスス)、ルベン・ソーサ(ファウスト)、ケリー・ジョンストン、ニーナ・サリヴァン(カレン)

製作:メキシコ・仏・米国、2008年、90分、

言語:スペイン語・英語

*受賞歴*

カンヌ映画祭フォト・コール出品

スロバキア/ブラチスラバ映画祭・最優秀監督賞、学生審査員最優秀映画賞

カタルーニャ・シッチェス映画祭「新しい視点」最優秀映画賞

メキシコ/モレリア映画祭・最優秀映画賞

アルゼンチン/マル・デル・プラタ映画祭・最優秀ラテンアメリカ映画賞

ペルー/リマ映画祭・国際審査員賞

 

     二つの文化は空中を浮遊している

 

A: メキシコの不幸は、アメリカと隣り合っていること。川を渡ろうが、フェンスを乗り越えようが、二つの文化は辺りを浮遊しているだけで、互いに解け合うことを拒否している。絶対に交わろうとしない。こういうテーマの映画を見た後の感慨はいつも同じです。

B: 人間は生れた土地を自分の意思で離れたように錯覚するが、やがて自分の意思でなかったことに気づく。「北」を目指すのは、生き延びるための「お金」であって、もう「夢」の実現など冗談でさえないことを熟知している。それほど二国間の経済格差は大きく、これはまさに「暴力」と言っていい。

 

A: ラテンビート映画祭開催前には予告編しか見られなかった映画の一つです。その時の印象は、ミヒャエル・ハネケの『ファニー・ゲーム』(1997)に似ているかなぁ、と。

B: 昨年の東京国際映画祭TIFFで上映されたエンリケ・リベロの『パルケ・ヴィア』を連想したというブログもありました。

A: テーマがですか、でも殺人の動機が違いますよ。突発的にこちらの意表を突くかたちの殺害とかは、むしろ『トニー・マネロ』(2008LBFF)に近いと思います。間をおかずに見たせいか、『パルケ・ヴィア』の主人公が尊敬もし感謝もしていた女主人を謀殺するシーンでは、殺害方法が似ていたせいか「トニー・マネロ!」と声を出しそうになった。

 

B: 確かに『よそ者』では、二人の若者が銃を構えて侵入したとき、標的の女性は幸いなことにソファでうたた寝していたから、簡単に殺害できたのにしなかった。この映画の特徴として筋運びに飛躍があって、作り手が隠してしまったピースを観客各々が探してこないといけない()。お金で妻殺しを請け負ったんですよね。

A: 妻とは断定できませんが請負殺人です。だからさっさとぶっ放して逃走すべき状況なのに、恐怖で撃てないというより、まるでいたぶるように女性や部屋を物色している。後で触れますが、この密閉され、物が溢れた部屋はキイポイントの一つ。分かりにくさや感傷のなさは、この映画の魅力でもありますが、メジャー向けにはならない。

 

B: 殺しに侵入したのに三人してプールで泳ぐ。美しい映像なのが却って不気味です。

A: この金持ちのシンボルたるプールもキイポイントです。勿論、女性は生き残りをかけて恐怖で泳ぐんですがね。ハネケのは二人の若者が自分たちを排除する社会に復讐するため、ゲーム感覚で殺人を楽しむ。だから動機は異なるのですが、<よそ者>というより、社会の厄介者、侵入者、使い捨ての二人の若者が、得体のしれない怒りでじわじわと殺人を行うというところが似ています。

 

B: 過去に何の接点もない人間同士が、つまり恨みも憎しみもないのに出会ってしまって殺人が行われる。いわゆるホラー映画より、こういうかたちの殺人は自分にも起こり得るだけに怖い。監督は、『ファニー・ゲーム』を見てたでしょうか。

A: 見てると思います。影響を受けてる監督にハネケを挙げていますから。2007年にアメリカでリメイクされたとき話題になったし、2005年のカンヌで、両監督とも国際批評家連盟賞(FIPRESCI)を受賞しています。ハネケは『隠された記憶』で監督賞とダブル受賞でした。エスカランテは受賞のご褒美として5ヶ月間のフランス留学の奨学金を貰うことができました。

 

B: エスカランテ監督か、製作者のハイメ・ロマンディアかが来日してくれたらと思いました。

A: 実感です。ルベン・ソーサのドタキャンはさほど残念と思いませんでしたが。第1作『サングレ』がTIFFで上映されたときには来日したんです。成田から会場に直行したとかで、時差ボケのまま駆けつけてくれた。この時のQ&Aは確か英語でした。観客は不思議というか見慣れない映画にちょっと戸惑い気味でした。

B: 監督はロサンゼルス市立大学映画学科出身、生活拠点をメキシコとアメリカにおいていますから英語は問題ないですね。こちらもカンヌ映画祭に出品されています。

A: TIFFもカンヌ出品だと安心するらしく、コンペかワールド部門で取り上げてくれる()。まあ主催者にすれば、年に何千と量産される中から選ぶわけですから、何か拠りどころがないとね。

 

B: 導入部とエンディングのクレジットの部分の「緑地と赤地に白抜き文字」は、メキシコの国旗の色だそうですが。メキシコの国旗はイタリア国旗と似てますね。緑白赤の縦三色旗で、他の中南米諸国と似ていない。

A: 国旗とは気づきませんでした。前作とは違う派手な入り方に虚を衝かれて、これは趣向を変えてきたな、と身構えました。しかしパタッと大音響が消えると、はるか彼方から二つの豆粒がゆっくり近づいて二人の男になるあたりから安心して()、若いほうが空き缶を思い切り空中に蹴り上げると、身体の緊張がとけました。キューブリックの『2001年宇宙の旅』(1968)を思い出した。キューブリックのカメラはよく動きますが、この映画ではカメラを固定させたまま、人物を近づけたり遠ざけたり、停止したりを長回しで撮るから、眠くなる観客も出てくる。

B: サウンド漬けの大学生に見せたら半分は寝ますね。この常に苛々している若いほうがファウストで、空中に舞い上がる空き缶は、最後の衝撃シーンを暗示しているんですかね。

A: ジャケ写では、年長のヘススが銃を構えていますが、発砲するのはファウスト、なかなか計算高い凝り性の監督です。


 

     奇跡が起こった!

 

B: 『サングレ』の出演者は隣人だったそうですが、今回もヘスス役のヘスス・モイセス・ロドリゲス、ファウスト役のルベン・ソーサを街中でスカウトしています。

A: 主役二人を探すのに1年半かかったそうです。ヘスス役は監督の生れ故郷グアナフアトの建設現場で、キャスティング担当のマルティン・エスカランテの目に止まった。台本に関心を示してくれ、顔も人格もヘスス役にぴったりということで決まった。

 

B: マルティン・エスカランテは、脚本も監督との共同執筆、二人は兄弟ですか。

A: 監督は1979年生れですが、マルティンの生年月日が分からないので、兄か弟か、多分弟でしょうか。フランス留学中にシナリオの草稿を書いてはメキシコのマルティンに電送し、それをマルティンが完成させた。二人の共同執筆というわけです。さて、決まるには決まったが、合法的にアメリカに連れていく許可が下りない、諦めかけたときにオーケーが出た。

 

B: 最初に契約したファウスト役は、別の人だった。いざ撮影開始2日前という土壇場で下りてしまったそうですね。

A: 監督インタビューだとそうなります。最初からアメリカに着いたらドロンしようと思っていたわけではないでしょうけど、楽しい役柄じゃないから不安というか怖気づいても不思議じゃない。スタッフ現場の驚愕ぶりが目に浮かびますね。

B: 美術・衣装担当者が偶然か運命か路上でルベン・ソーサに出会いスカウトした。

A: もうこれは運命かなぁ、「奇跡が起こった」と監督が言うのも頷けます。ブッツケ本番で予定通り撮影開始、演技指導もクソもないとは、このことです。ファウスト=ルベンだったから可能だったのかも。とにかく彼の取扱いには神経をすり減らしたそうです。

 

B: 極端にセリフが少ないのは、ファウストの人物造形がもともとそうなのか、あるいはルベンにセリフを言わせるのが難しかったのか。

A: 両方でしょうね。二人とも用意したセリフを手直しして、つまり彼らの話し言葉に変更したようです。カンヌに持って行きたかったので、5週間で撮ったということです。

 

B: まあ、準備に2年以上掛けたから可能だったんでしょう。カレン役のニーナ・サヴァリンは、ネットで探し当てたんですね。

A: ハリウッドで約300人ぐらい面接したが決まらず、偶然インターネット上でニーナの写真を見つけ、近くのサンフランシスコに住んでるということで決まったらしい。

B: 物事が決まるのは得てしてこんなもんですね。ではサヴァリンはプロの俳優ということですね。

A: 脇役ですが、すでに何本か出演してます。また建設会社のボス役ケニー・ジョンストンは、エスカランテの短編Amarrados(2002)に出ています。本作では助監督・撮影も兼ねていて、映画製作は独立系では家内工業が主流。本作では「映画製作基金」からの援助を受けています。

 

     広大な大地と密閉空間のコントラスト

 

B: 先ほど密室とプールがキイポイントとありましたが。

A: それに画面を上下真っ二つにした建設現場や苺畑の大地と重たい空。まるでこれから起こる密室殺人で観客が窒息しないようにと言わんばかりに、繰り返し現れる。男たちは空に押し潰されるかのように黙々と働いている。

B: プールと聞いて、実は今年公開されたジョー・ライトの『路上のソリスト』を思い出しました。これも舞台がロサンゼルス。美しい渦を巻く高速道路が鳥瞰撮影で、あるメッセージをもって挿入される。カメラが高速道路の先を捉えると、横一列に並んだ邸宅と真っ青な水を湛えたプール群が目に入る。

A: 1994年のロサンゼルス大地震で壊滅した高速道路を映し出すことで、アメリカの繁栄を象徴させているんですね。

B: その対極にあるのが9万人に及ぶ路上生活者です。そのコントラストが見事。

 

A: 『よそ者』でも舞台装置は計算しつくされている。太陽が出ているのに薄暗い空、広大な大地と殺人現場となる狭い部屋、豊かさの象徴であるプールの澄んだ青、樹木の緑も暗示的です。

B: メキシコの国旗の緑は「独立・希望」、白は「宗教的純粋」、赤は「統一」だそうです。

A: 逃げ延びたファウストが苺摘みをする最後のシーン、葉っぱの下から太い指で真っ赤な苺を掴み取るでしょ、あの緑と赤にも意味があるのかしら。


                   

    モハード映画は危険がいっぱい

 

B: メキシコからの不法移民のことをモハード(mojado湿った)というのは、川を渡って越境すると衣服が濡れることから呼ばれるようになった。いわゆる≪モハードもの≫は、一歩間違うと大火傷をしますね。

A: 真っ向う勝負をかけたら返り討ちにあいます。私が最初に見た≪モハードもの≫は、グレゴリー・ナヴァの『エル・ノルテ/約束の地』(1983、米英)です。アカデミー賞脚本賞にノミネートされたからか公開されました。グアテマラからの不法移民、兄妹二人でメキシコを縦断してアメリカに侵入する。1960年代から始まった複数の左翼ゲリラと政府軍との軋轢が背景にありました。スペイン語・キチェ語(マヤ系言語)・英語にメキシコのスラングと目まぐるしい140分という長編です。ノミネートされただけあってストーリー運びもよく、青を基調にした美しい映像も印象的でした。

 

B: ジェニファー・ロペスとアントニオ・バンデラスが主演した『ボーダータウン/報道されない殺人者』の監督ですね。撮影中に命の危険を感じたり、危険な場所では代役を立てたとか。現実はあんな生易しいものじゃないと言いますが、仮に現実を描いたら信じてもらえない。

A: シウダー・フアレスというのはメキシコで一番危険なところ、現地に入って撮影が可能かどうか考えなくても分かります。死人の山ができたことでしょう(2008年の麻薬がらみの死者は約3000)。ナヴァ監督は、1949年サンディエゴ生れ、製作・脚本のアンナ・トーマスは夫人で、二人三脚でずっと問題作を世に問うています。とにかくメジャー向けに発信してくれたことを評価したい。

 

B: 映画祭直前にキャリー・フクナガ(Cary Fukunaga)のSin nombre(2009、メキシコ=米)という映画を見ました。こちらはホンジュラスからの不法移民です。貨物列車の屋根に載って延々と運ばれてくる。文字通りのモハード、川を渡れたのはヒロイン唯一人、現代の≪ノラ≫がアメリカに辿り着いたところで終わる。

A: 製作はカナナ・フィルム、今年のサンセバスチャン映画祭で上映されました。監督自身も現地入りして記者会見に臨みました。監督はアメリカ国籍です。

B: こっちはスピード感もあり、麻薬密売組織も絡んでスリラーの要素を取り入れている。フラッシュバックが多いのにリアリズムでぐいぐい押してくるので分かりやすい。日本でも公開できそうに思いました(『闇の列車、光の旅』の邦題で20105月公開された)。

 

A: メキシコでは5月に封切られました。『よそ者』が世界の数々の映画祭で評価され、ヨーロッパでは公開されながら、肝心のメキシコが今年7月と1年以上もかかったのと対照的です。

B: 純文学と大衆文学があるように、映画も映画祭用映画と大衆映画に二極化している?

A: 映画祭を逃すと永遠にスクリーンでは見られない現実もありますね。

 

     たかがカンヌ、されどカンヌ

 

B: さて『よそ者』に戻りましょう。これはカンヌ映画祭「ある視点」部門に出品され、上映後には5分間のオベーションを受けたそうです。

A: カンヌの常連は、長いシークエンス、極端なミニマリズムが好きなんです。ごちゃごちゃ書きこまないでシンプルに纏めて最大の効果を出しているから。映画祭の喝采には≪お世辞≫もあります。しかし本当に気に入らないとブーイングも辞さない厳しい観客です。

B: 不法移民の問題はヨーロッパ自身も苦しんでいます。しかしアメリカの家庭がもつ豊かさへの反発、人間性の喪失、人間不信の傷あと、平凡な日常への苛立ち、アイデンティティー喪失に惹かれたんじゃないか。

 

A: 『サングレ』には見られなかった強烈な色彩、エレキギター()が発する大音響とか、新しい感覚もあった。

B: 映画祭にはルベン・ソーサも招待されたが、ニース国際空港で不審者扱いされたとか。

A: パスポートが新しくメキシコから初めて出国している。映画はロスで撮影されたわけだから、それはあり得ないでしょ、後は想像してください。マンタラヤ・プロ(Mantarraya)のハイメ・ロマンディアも現地入りしていたのに別行動だったのかな。

B: カルロス・レイガダスの『静かな光』(2007LBFF2008)のプロデューサーです。

 

A: レイガダスは「ノー・ドリーム・シネマ」プロの責任者として参加してます。この三人は団子三兄弟というほどではありませんが繋がりは深い。今年のTIFFで日本メキシコ友好400年記念として、全3作が一挙上映されます。『ハポン』(2002)、『バトル・イン・ヘブン』(05)に『静かな光』です。後ろ2作がカンヌのコンペに選ばれています。

B: レイガダス特集ですから来日しますよね。来日が待たれているからQ&Aは紛糾するかも。

**来日してチケットも完売、Q&Aで英語通訳をした方が素晴らしかった。)

 

A: エスカランテは、『バトル・イン・ヘブン』に助監督として参加していて、ロマンディアは二人の全作品を製作しています。繰り返しになりますが、2005年には『サングレ』も選ばれたので三人でカンヌ入りしたわけです。

B: レイガダスは『サングレ』の製作に協力しています。

A: ついでに補足すると、フィルム編集にトルコのアイハン・エルギュルセルが参加しています。カンヌと縁の深いヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督の『スリー・モンキーズ』(2008・監督賞)や『冬の街』(20022003年度審査員グランプリ)を手掛けている人です。前作はTIFF2008の上映作品、すぐにチケット完売、涙を飲んだファンが多かった。エスカランテはトルコ語ができない、エルギュルセルはスペイン語も英語もダメ、それで映画言語()で意思の疎通を図ったとか。メキシコやトルコの監督作品が、映画祭とはいえ紹介されたことに時代の流れを感じます。