BAFICI第19回作品賞はアドリアン・オルの「Ninato」*ドキュメンタリー ― 2017年05月23日 15:44
受賞作のテーマは多様化する家族像と古典的?
★インターナショナル・コンペティションの最優秀作品賞は、アドリアン・オルOrrのデビュー作「Niñato」(2017)、どうやら想定外の受賞のようでした。本映画祭はデビュー作から3作目ぐらいまでの監督作品が対象で、4月下旬開催ということもあって情報が限られています。今年は20本、日本からもイトウ・タケヒロ伊藤丈紘の長編第2作「Out There」(日本=台湾、日本語142分)がノミネートされ話題になっていたようです。昨年のマルセーユ映画祭やトリノ映画祭、今年のロッテルダムに続く上映でした。審査員も若手が占めるからお互いライバル同士になります。スペインが幾つも大賞を取ったので審査員を調べてみましたら、以下のような陣容でした。
★エイミー・ニコルソン(米国監督)、アンドレア・テスタ(亜監督)、ドゥニ・コテ(カナダ監督)、ニコラスWackerbarth(独俳優・監督)、フリオ・エルナンデス・コルドン(メキシコ監督)の5人、最近話題になった若手シネアストたちでした。アルゼンチンのアンドレア・テスタは、カンヌ映画祭2016「ある視点」に夫フランシスコ・マルケスと共同監督したデビュー作「La larga noche de Francisco Sanctis」がノミネートされた監督、ニコラスWackerbarthは、間もなく劇場公開されるマーレン・アデのコメディ『ありがとう、トニ・エルドマン』に脇役として出演しています。フリオ・エルナンデス・コルドンは、米国生れですが両親はメキシコ人、彼自身もスペイン語で映画を撮っています。2015年の「Te prometo anarquía」がモレリア映画祭でゲレロ賞、審査員スペシャル・メンション、ハバナ映画祭脚本賞、他を受賞している監督です。ということでスペインの審査員はゼロでした。
*A・テスタ& F・マルケス「La larga noche de Francisco Sanctis」紹介は、コチラ⇒2016年5月11日
「Niñato」ドキュメンタリー、スペイン、2017
製作:New Folder Studio / Adrián Orr PC
監督・脚本・撮影:アドリアン・オル
編集:アナ・パーフ(プファップ)Ana Pfaff
視覚効果:ゴンサロ・コルト
録音:エドゥアルド・カストロ
カラーグレーディングetalonaje:カジェタノ・マルティン
製作者:ウーゴ・エレーラ(エグゼクティブ)
データ:製作国スペイン、スペイン語、2017年、ドキュメンタリー、72分、撮影地マドリード
映画祭・受賞歴:スイスで開催されるニヨン国際ドキュメンタリー映画祭Visions du Réel2017でワールド・プレミア、「第1回監督作品」部門のイノベーション賞受賞、ブエノスアイレス国際インディペンデント映画祭Bafici2017「インターナショナル・コンペティション」で作品賞受賞
キャスト:ダビ・ランサンス(父親、綽名ニニャト)、オロ・ランサンス(末子)、ミア・ランサンス(次女)、ルナ・ランサンス(長女)
プロット・解説:ダビは3人の子供たちとマドリードの両親の家で暮らしている。定職はないが子育てをぬってラップ・シンガーとして収入を得ている。彼の夢は自分の音楽ができること、3人の子供たちを養育できること、自分の時間がもてて、それぞれあくびやおならも自由にできれば満足だ。重要なのは経済的な危機にあっても家族が一体化すること、粘り強さも必要だ。しかし時は待ってくれない、ダビも34歳、子供たちもどんどん大きくなり難しい年齢になってきた。特に末っ子のオロには然るべき躾と教育が必要だ。何時までも友達親子をし続けることはできない、ランサンス一家も曲がり角に来ていた。およそ伝統的な家族像とはかけ離れている、風変わりな日常が淡々と語られる。3年から4年ものあいだインターバルをとって家族に密着撮影できたのは、ダビと監督が年来の友人同士だったからだ。
短編第3作「Buenos dias resistencia」の続編?
★アドリアン・オルAdrián Orrは、マドリード生れ、監督。助監督時代が長い。ハビエル・フェセルの成功作『カミーノ』(2008)、ハビエル・レボージョの話題作「La mujer sin piano」(09、カルメン・マチ主演)、父親の娘への小児性愛という微妙なテーマを含むモンチョ・アルメンダリスの「No tengas miedo」(11)、劇場公開されたアルベルト・ロドリゲスの『ユニット7/麻薬取締第七班』(12)と『マーシュランド』(14)、フェデリコ・ベイロフのコメディ「El apóstata」(15)などで経験を積んでいる。
★今回の受賞作は2013年に撮った同じ家族を被写体にしたドキュメンタリー「Buenos dias resistencia」(20分)の続きともいえます。つまり何年かにわたってランサンス一家を追い続けているわけです。同作は2013年開催のロッテルダム映画祭、テネリフェ映画祭、Bafici短編部門などで上映、トルコのアダナ映画祭(Adana Film Festivali)の金賞、イタリア中部のポーポリ映画祭(Festival dei Popoli)、ポルトガルのヴィラ・ド・コンデ短編映画祭(Vila do Conde)ほかで受賞している。Bafici 2013の短編部門に出品されたことも今回の作品賞につながったのではないでしょうか。下の子供3人の写真は、短編のものです。他に短編「Las hormigas」(07)と「De caballeros」(11)の2作がある。
(ランサンス家の3人の子供たち、中央がルナ)
(ポーポリ映画祭でインタビューを受ける監督、2013年12月)
★タイトルになったniñatoは、若造、青二才の意味、普通は蔑視語として使われる。親がかりだから一人前とは評価されない。2013年ごろはスペインは経済危機の真っ最中、「EUの重病人」と陰口され、若者の失業率50パーセント以上、失業者など掃いて捨てるほどというご時世でした。しかし3人子持ちの父子家庭は珍しかったでしょう。少しは改善されたでしょうが、スペイン経済は道半ばです。別段エモーショナルというわけでなく、ダビが子供たちを起こし、着替えや食事をさせ、一緒に遊び、ベッドに入れるまでの日常を淡々と映しだしていく。オロがシャワーを浴びながら父親譲りのラッパーぶりを披露するのがYouTubeで見ることができます。現在予告編は多分まだのようです。
(niñatoのダビ・ランサンス)
★純粋なドキュメンタリー映画というよりフィクション・ドキュメンタリーficdocまたはドキュメンタリー・フィクションficdocと呼ばれるジャンルに入るのではないかと思います。ドキュメンタリーもフィクションの一部と考える管理人は、ジャンルには拘らない。今カンヌで議論されているネットフリックスが拾ってくれないかと期待しています。
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