ディエゴ・セスペデスのデビュー作が「ある視点賞」受賞*カンヌ映画祭2025 ― 2025年06月01日 17:05
デビュー作「La misteriosa mirada del flamenco」が「ある視点賞」の快挙

★今年のカンヌ映画祭「ある視点」はラテンアメリカにとって大収穫の年でした。チリの若干30歳のディエゴ・セスペデスの「La misteriosa mirada del flamenco」が最高賞の作品賞(副賞30.000ユーロ)、2席に当たる審査員賞にコロンビアのシモン・メサ・ソトの「Un poeta」が受賞しました。このブログも既に十年を超えましたが、記憶を辿るかぎり初めてのことです。両作とも作品紹介記事をアップしておりますが、カンヌでのプレス会見記事から、詳細が分かるにつれ間違いも見つかる半面、疑問も解消されました。カンヌはほとんどがワールドプレミアなので情報に混乱があるからです。今回はセスペデスの作品賞受賞に絞ってアップいたします。
*作品紹介とセスペデス監督キャリア紹介記事は、コチラ⇒2025年05月12日

(参加したスタッフ&キャスト一同、レッドカーペットにて)
★受賞理由は、映画は「セスペデス監督の並外れた独創性や過酷さと感性に溢れています。世界レベルでのエイズの危機を語るのに、人間性の不在を描き、スクリーンに現れる登場人物を見ると、私たちの心は幸せに満たされます。生々しく力のある作品なのですが、楽しみにも溢れ、エネルギーを備えています」と、審査委員長モリー・マニング・ウォーカー(イギリスの監督、脚本家、撮影監督、『ハウ・トゥ・ハヴ・セックス』で2023年のグランプリ受賞者)が称賛しました。

(プレゼンターは審査員の一人アルゼンチンの俳優ナウエル・ぺレス・ビスカヤート)

(受賞スピーチをするセスペデス監督、リディア役のタマラ・コルテス、
ラ・フラメンコ役のマティアス・カタラン)
★監督を支えつづける製作者のジャンカルロ・ナシは「1000作を超える応募作から選ばれただけでなく受賞できたのは、ロッテリア(宝くじ)に当たったようなものです。国境を行き来すること数年がかりでした。ディエゴには転機になる作品、受賞はご褒美です」とコメント。軍事独裁政権を20年近く守ってきた不寛容なお国柄ゆえ、諸手を上げては喜べないでしょう。一部の人々にとっては不愉快で不都合な映画であり、カンヌなど「どこの国のお祭りですか」ですから。

(左から、パウラ・ディナマルカ、タマラ・コルテス、マティアス・カタラン、監督、
ペドロ・ムニョス、フランシスコ・ディアス、5月16日、フォトコール)
★他の人々と同じように愛し合ってどうしていけないのか、と立腹している人々と作った映画、監督がカンヌで語ったところによると、「私が生まれたころ、両親はサンティアゴの郊外でヘアサロンを経営していました。ところが働いていたゲイの美容師全員がエイズで亡くなってしまいました。そのことが母親に深く影響し、この病気に対して大きな恐怖心を抱くようになりました。私はエイズが恐ろしいという考えをもって育ったのです。しかし、大きくなるにつれ自分がゲイであると理解するようになると、世界が広がり始めました。私が輝く存在と見なす反体制派の人々に出会ったことが、私の視点を変えました。それがこの映画の最も重要な側面の一つだと思います。血縁はないが愛のある家族の創造を通じて、これらの人々がどのように生き延び、どのように生き残るために互いを助け合ったかを描くということです」と。

(セスペデス監督)
★一番の不安は、主人公リディアを演じるのが、11歳の女の子(タマラ・コルテス)ということだったそうです。しかし彼女は「樫の木のように強く、熱心で、安定して」おり、何度もテイクを撮らなければならない複雑なシーンでも1度で完璧に演じた。タマラの才能、技術にはとても感動したとも語った。クィアのコミュニティを統べる女族長のようなママ・ボア役のパウラ・ディナマルカはほぼアマチュアでしたが、知人のトランスジェンダーの女性に触発されてキャラクターを作り上げた。パウラの顔、自然な存在感、怒り、そして愛が「映画の本質を秘めた小瓶を満たしている」と絶賛している。悲劇を背負うには幼すぎるが、悲しんでばかりいるには成熟しすぎてしまった少女に、生き残るだけでなく抵抗することも教えた登場人物です。

(将来を思案する12歳の少女リディア、フレームから)
★ラ・フラメンコ役のマティアス・カタランは魅力的なプロフェショナルの俳優、主役を演じるのは今作が初めて、「彼はこのキャラクターに全てを捧げた」と監督、フアン・フランシスコ・オレアの「Oro Amargo」(24)、他TVシリーズ出演。ラ・フラメンコの恋人ヨバニを演じたペドロ・ムニョスもプロの俳優、「目と体を通して表現できる能力をもっており、信じられないほど強力」と監督。チリでは才能がありながらチャンスが与えられない演技者が多いとも述べている。ムニョスはグスタボ・メサの演劇学校「Imagen」で演技を学んだ後、2013年にチリのラス・アメリカス大学で舞台芸術の学位を取得、振付家でもある。チリの劇団「Ia re-sentida」の創設メンバーで、ヨーロッパ、ラテンアメリカ、アジアなど国際的に活躍している。

(マティアス・カタラン、セスペデス監督、製作者ジャンカルロ・ナシ)
★ストーリーをアップしながら違和感のあった一つが、子供のリディアがどうして謎の病気をナビゲートするのかという疑問でした。ネタバレになりますが、ラ・フラメンコは恋人ヨバニの暴力で命を落としてしまう。全くの孤児になってしまった自身を守るため、恐怖や偏見、華やかな衣装の重みで崩壊しつつあるクィアのコミュニティを調べ始めるようです。予告編に現れるリディアは大人びていて12歳とは思えない。本作は寓話的なミステリーであるだけでなく、エイズ危機の解説、クィアの恐怖と欲望、社会的な圧力のもとでの愛の歪曲についてが語られるようです。
シモン・メサ・ソトの「Un poeta」審査員賞*カンヌ映画祭2025「ある視点」 ― 2025年06月06日 11:04
シモン・メサ・ソトの第2作「Un poeta」が審査員賞

(左から、編集者リカルド・サライヴァ、製作者マヌエル・ルイス、シモン・メサ監督、
ウベイマル・リオス、撮影監督フアン・サルミエント、製作者カタリナ・ベルクフェルト、
5月20日、フォトコール)
★ラテンアメリカに「ある視点」の大賞審査員賞をもたらしたのが、コロンビアの監督シモン・メサ・ソトの「Un poeta」(ドイツ、スウェーデン合作)です。作品紹介で述べたようにホセ・ルイス・ルヘレスの「Alías María」以来、10年ぶりのことになります。詩人としては大成できなかったが、若い才能を育てることに生きがいを感じている中年教師オスカル・レストレポのメタ・サティラ。キャリア紹介はカンヌ映画祭2016短編部門に「Madre」がノミネートされた折りアップしていますが、1986年メデジン生れ、アンティオキア大学マルチメディア&視聴覚コミュニケーション卒、奨学金を得てロンドン・フィルム・スクール映画監督博士課程で学んでいる。
*「Un poeta」の紹介記事は、コチラ⇒2025年05月14日
*「Madre」作品 & キャリア紹介記事は、コチラ⇒2016年05月12日
* 長編デビュー作「Amparo」の紹介記事は、コチラ⇒2021年08月23日

(スタッフ&キャスト、レッドカーペットにて)
★前回の作品紹介の段階ではキャストについて情報が入手できませんでしたが、主役二人は本作で俳優デビューしたようです。監督曰く、オスカル・レストレポのキャラクターを作るために、自分の家族や教授仲間たちからインスピレーションを得た。内気で高尚だがアルコールとノスタルジーに浸っている人々です。プロの俳優の必要性を確信していましたが、そうすると映画が重たくなるだろうと考えていました。そんなとき偶然にも、友人が彼の叔父さんがドンピシャリだと推薦してくれたのが、カメラの前に立ったことなど全くないアマチュア、教員生活30年、54歳の教授ウベイマル・リオスだった。第一印象は主人公とはイメージと違っていたが、結果的には彼と一緒に仕事をすることになった。

(メサ監督と監督の分身でもあるオスカルを体現したウベイマル・リオス)
★上映される日まで「カンヌ、カンヌと騒がれても」リオスは少しも実感が湧かなかった。しかし上映後その「素晴らしさ」を実感することになった。登場人物は「とても気高く、ノーブルな人物、とても気に入ってしまった。私自身も詩が大好きなんです」とリオスはカンヌで語っている。オスカル役は人選に難航したが、女学生ユレディ(ユルレディ)は簡単に決まった。キャスティングに学校回りをしていたときにレベッカ・アンドラーデに出会った。こちらも演技の経験はなかったが、「演技に対する勘の鋭さが可能性を感じさせたので即決した」と監督。カンヌには参加しなかったようです。

(レベッカ・アンドラーデ、フレームから)
★「これは私の個人的な映画です。詩人は私自身なのです。長年コロンビアで映画を作りたいという映像作家としてのフラストレーションを描いています。勿論、映画を撮りたいと夢想するだけでできないでいる他の教師のようにはなりたくなかった」と製作の意図を語っている。「コロンビア人独特のユーモアやエモーションを取り入れ、どこかパンク的な、へんてこだが同時に美しくもあるもの、この映画は私たちコロンビア人についての物語、私たちの矛盾を心を込めて、批判も込めて語りました」とも。Cineuropaは、「メサ・ソトの才能を示した力ある模範例、慎み深い視点と独特のユーモアを込めて、主人公のフラストレーションや抵抗をとらえることができた」と評している。
★製作者については前回簡単に紹介していますが、興奮も冷めやらぬガラの翌日、シモン・メサ監督と撮影監督のフアン・サルミエント・G .(1984)が、「CAMBIO」のインタビューを受けた記事から、二人が映画について同じビジョンを共有していることが見てとれる。サルミエントはメサのデビュー作「Leidi」(14)からコラボしている。「フアンはほとんど家族同然、多くの場合ごちゃごちゃ言う必要がないんだ」と、以心伝心の間柄であることを強調する監督は、それは二人が「映画に対して同じビジョンを持っているからだと思う」と述べている。今回スタイルを変えるにあたっても、「プロセスは流動的だったが、彼が要求したことを話し合いながら私たちは決めました」と応えている。

(製作者マヌエル・ルイス・モンテアレグレ、監督、フアン・サルミエント、ガラにて)
★インタビュアーの「主役が女性から男性に変わったことが関連しているか」という質問には、「それはあまり関係ない。変化は私の関心が男性のジレンマを掘り下げることに関係している。私たちは芸術の重要性と衝撃について個人的に多くの問題に直面している。特に芸術的なビジョンを実現する上での経済的な圧力を前にしている」と監督。この映画は「シモン個人の危機を反映しているか」という質問には「イエス」と即答している。「年齢の危機、芸術的ビジョン、経済の安定、映画を作り続けるために欠くことのできない頑固さをどうやって維持していくのか」と吐露している。

(主人公オスカルは監督のアルターエゴ、5月20日)
★コロンビア人特有の文化的なユーモアがふんだんに盛り込まれているようだが、ローカルだけでなくインターナショナルにも理解できるようにした。観客がアクセス可能なしっかりした価値をもった映画を作ることを目標にしたとコメントしている。過去のコロンビア映画から影響を受けたものはないが、「ズームのカメラを使用したアメリカのジェリー・シャッツバーグが撮った70年代の映画に影響を受けた」と。具体的に作品名は挙げなかったが、第26回カンヌ映画祭1973のパルムドールを受賞した『スケアクロウ』などを指しているのだろうか。1970年、フェイ・ダナウェイとタッグを組んだ『ルーという女』でデビューした監督、検索したら97歳でご健在でした。フランスのピエール・フィルモンのドキュメンタリー『ヴィルモス・ジグモンドとの緊密な出会い』(16)に出演している。
★2021年の長編デビュー作「Amparo」から撮影監督だけでなく製作も手掛けるようになったフアン・サルミエントは、監督から渡された脚本に目を通して直ぐ「変化を感じた」と語っている。「最初に何を求めているかがはっきりすると、自然に問題が浮きあがってくる。視点は既に充分だった。仕事のやり方は、調和が取れてくるとだんだん落ち着いてくる」と語った。また撮影には本物らしさのタッチとパンクを醸すよう80年代のドキュメンタリーに影響を及ぼした70年代の美学を選択した。「本物らしさとどぎつい美しさをわざと無頓着に反映させた美学に焦点を合わせたことで作品に魂を入れることができた」と語っている。16ミリを採用したのは、「過去のプロジェクトでは恒常的に資金不足で使いたくても使えなかったが、今回は経済的な問題がなかったので採用することができた」と応じていた。秋の映画祭上映を期待したい。
第12回イベロアメリカ・プラチナ賞2025*結果発表 ― 2025年06月11日 17:09
作品賞を制したのはウォルター・サレスの「Ainda estou aquí」

★4月27日(日)、第12回イベロアメリカ・プラチナ賞2025の授賞式がありました。偶数回はスペイン開催の年ということでマドリードのIFEMA Palacio Municipal *で開催されました。奇数回はラテンアメリカ諸国、昨年はメキシコのリビエラ・マヤのエルグラン・トラチコ劇場で開催されました。カテゴリーは第1回の8部門から23部門に増加しています。主宰するのは初回からEGEDA(視聴覚著作権管理協会、エンリケ・セレソ)とFIPCA(イベロアメリカ映画視聴覚製作者連盟、アイスリン・デルベス&アシエル・エチェアンディア)の2団体です。
*IFEMA(マドリード見本市協会Institución Ferial de Madrid)Palacio Municipalは、1993年完成したマドリードにあるコンベンションセンター、2019年より IFEMA が運営している。EU 首脳会議、IMF、世界銀行の会議、NATOや国連のサミットの会場としてスペインでの国際イベントが開催されている。
★総合司会者は、FIPCAのメキシコの女優アイスリン・デルベスとスペインの俳優アシエル・エチェアンディアでした。

(レッドカーペットにて)
★イベロアメリカ映画賞作品賞(フィクション部門)にウォルター・サレスの政治ドラマ「Ainda estou aquí / Aún estoy aquí / I’m Still Here」が選ばれました。アカデミー賞2025国際長編映画賞、ゴールデングローブ賞主演女優賞、ベネチア映画祭2024脚本賞、各受賞と他の追随を許さない実績から予想通りの結果でした。邦題は英語題のカタカナ『アイム・スティル・ヒア』、2025年8月8日劇場公開が決定しています。他に監督賞、主演女優賞(フェルナンダ・トーレス)の3冠でしたが二人とも欠席でした。昨年はラテンアメリカ諸国はノミネートも少なく淋しい限りでしたが、TVシリーズ部門もコロンビアの「Cien Años de Soledad」『百年の孤独』が作品賞、男優賞(クラウディオ・カターニョ)、助演男優賞(ハイロ・カマルゴ)の3冠を制し、今回は新大陸が気を吐きました。
*第12回イベロアメリカ・プラチナ賞2025受賞結果*
*映画部門*
◎作品賞(フィクション)
「El 47」スペイン、監督マルセル・バレナ
「Grand Tour」『グランド・ツアー』ポルトガル=伊=仏、監督ミゲル・ゴメス
「El Jockey」『キル・ザ・ジョッキー』アルゼンチン、監督ルイス・オルテガ
「La infiltrada / Undercover」スペイン、監督アランチャ・エチェバリア
「Ainda estou aquí / Aún estoy aquí / I’m Still Here」『アイム・スティル・ヒア』(ブラジル=フランス)製作者:マリア・カルロタ・ブルノ、ホドリゴ・テイシェイラ、マルティーヌ・ドゥ・クレルモン=トネール、監督ウォルター・サレス
*製作者ホドリゴ・テイシェイラと長女ヴェラを演じたヴァレンティナ・ハーサージュの2人が出席した。


(ホドリゴ・テイシェイラ)

◎コメディ賞(フィクション)
「Buscando a Coque」(スペイン)監督テレサ・ベリョン、セサル・F・カルビーリョ
製作ベアトリス・ボデガス

(ベアトリス・ボデガス)

(テレサ・ベリョン、セサル・F・カルビーリョ)
◎オペラ・プリマ賞
「El ladrón de perros」(ボリビア)監督ビンコ・トミシック・サリナス


(左から、製作者ガブリエラ・マイレ、監督、製作者エダー・カンポス)
◎監督賞
アランチャ・エチェバリア(La infiltrada)
ルイス・オルテガ(「El Jockey」『キル・ザ・ジョッキー』)
ペドロ・アルモドバル(「La habitación de al lado」『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』)
ウォルター・サレス(「Ainda estou aquí」『アイム・スティル・ヒア』)


(欠席、代理は製作者ホドリゴ・テイシェイラ)
◎ドキュメンタリー賞
「El eco」(メキシコ)監督タティアナ・ウエソ


◎アニメーション賞(フィクション)
「Mariposas negras」(スペイン=パナマ)監督ダビ・バウテ


(中央がダビ・バウテ監督)
◎脚本賞
アランチャ・エチェバリア、アメリア・モラ(「La infiltrada」)
*プレゼンターは、トランプ大統領からアメリカから追放(!)を受けた話題のカルラ・ソフィア・ガスコンでした。

◎撮影賞
エドゥ・グラウ(『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』)

◎オリジナル音楽賞
アルベルト・イグレシアス(『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』)

◎編集賞
ビクトリア・ラマーズ(「La infiltrada」)


◎美術賞
エウヘニオ・カバジェロ、カルロス・Y・ジャック(『ペドロ・パラモ』、メキシコ、
監督ロドリゴ・プリエト)


(左から、エウヘニオ・カバジェロとカルロス・Y・ジャック)
◎録音賞
ディアナ・サグリスタ、アレハンドロ・カスティーリョ、アントニン・ダルマッソ、
エバ・ベリニョ(「Segundo Premio」スペイン、監督イサキ・ラクエスタ&ポル・ロドリゲス)

(ディアナ・サグリスタ)
◎女優賞
フェルナンダ・トーレス(「Ainda estou aquí」ブラジル)監督ウォルター・サレス
*ノミネート:カロリナ・ジュステ(「La infiltrada」)、ウルスラ・コルベロ(「El Jockey」)、ソル・カルバリョ(「Memorias de un cuerpo que arde」)


(受賞者欠席、代理で女優のヴァレンティナ・ハーサージュが代読した)
◎男優賞
エドゥアルド・フェルナンデス(「Marco」スペイン)
監督アイトル・アレギ&ジョン・ガラーニョ
*ノミネート:ルイス・トサール(「La infiltrada」)、マヌエル・ガルシア=ルルフォ(『ペドロ・パラモ』)、ナウエル・ペレス・ビスカヤート(「El Jockey」)


(仲良し親子、愛娘グレタ・フェルナンデスと)
◎助演女優賞
クララ・セグラ(「El 47」)


◎助演男優賞
故ダニエル・ファネゴ(「El Jockey」)
*受賞者は2024年9月に亡くなり、息子マヌエルが代理で受け取った。




(大先輩を偲んでキャスト&スタッフ揃って参加しました)
◎価値ある映画と教育プラチナ賞
「Memorias de un cuerpo que arde」(コスタリカ=スペイン、監督アントネリャ・スダサシ・フルニス)


◎観客賞
「La infiltrada」製作マリア・ルイサ・グティエレス、メルセデス・ガメロ、俳優賞には男優賞ルイス・トサール、女優賞カロリナ・ジュステが受賞しました。

*TVシリーズ部門*
◎作品賞(フィクション & ドキュメンタリー)
「Cien Años de Soledad」(『百年の孤独』8話、コロンビア、
創案者ロドリゴ・ガルシア、アレックス・ガルシア・ロペス、ラウラ・モラ・オルテガ、
Netflix)



(受賞を確信して、はるばるコロンビアから大勢で参加しました)
◎創案者(クリエーター)賞
ビセンテ・アモリム、フェルナンド・コインブラ、ルイス・ボロニェージ、
パトリシア・アンドラーデ (「Senna」『セナ』6話、ブラジル、Netflix)

(クリエーターのルイス・ボロニェージ)

◎女優賞
カンデラ・ペーニャ(「El caso Asunta」『アスンタ・バステラ事件』6話、スペイン、
創案者ラモン・カンポス、ジョン・デ・ラ・クエスタ、ジェマ・R・ネイラ、Netflix)


◎男優賞
クラウディオ・カターニョ(『百年の孤独』コロンビア)

◎助演女優賞
カルメン・マウラ(「Tierra de mujeres / Land of Women」『ランド・オブ・ウーマン』6話、米国=スペイン、創案者ラモン・カンボス、パウラ・フェルナンデス、テレサ・フェルナンデス=バルデス、Apple TV+)


(栄誉賞受賞のエバ・ロンゴリアと共演、フレームから)
◎助演男優賞
ハイロ・カマルゴ(『百年の孤独』コロンビア)

(アポリナル・モスコス役のハイロ・カマルゴ)
◎観客賞
「Cien Años de Soledad」が受賞、俳優賞は同作出演のクラウディオ・カターニョ、女優賞は「El caso Asunta」のカンデラ・ペーニャの手に渡りました。
◎栄誉賞
エバ・ロンゴリア(エヴァ、俳優、監督、製作者)、1975年テキサス州生れのメキシコ系アメリカ人、牧場主エンリケ・ロンゴリア・ジュニアと教師エラ・エバ・ミレレスの四女、テキサスA&M大学キングスビル校で学び、運動学キネシオロジーで理学士号を取得した。その後タレントコンテストに応募、ロサンゼルスに移住してチャンスを掴んだ。TVシリーズ『ビバリーヒルズ青春白書』(00)でデビュー、代表作TVシリーズ『デスパレートな妻たち』(04)のチャーミングな主婦役でブレイクした。他に『ブルックリン・ナイン・ナイン』(14~15)、映画ではユージン・アッシュの『シルヴィ~恋のメロディ~』(20)など。


★カルメン・マウラがエバ・ロンゴリアの母親役で助演女優賞を受賞したTVコメディシリーズ「Tierra de mujeres / Land of Women」に娘役で主演している。カタルーニャ州ジローナで撮影され、言語はスペイン語、英語、カタルーニャ語、エグゼクティブプロデューサーも務めている。チャリティー活動にも熱心でエバ・ロンゴリア財団を設立して、ラテンアメリカ人の教育や起業にも力を注いでいる。教育をテーマにした論文を多数執筆しており、チカーノ研究の修士号を取得している。

(プレゼンターはエンリケ・セレソ会長とサプライズのソフィア・ベルガラ)

(ソフィア・ベルガラとのツーショット)
★マドリード開催にしてはスペイン・サイドの欠席者が多すぎました。
アルモドバルの新作「Amarga Navidad」がカナリア諸島でクランクイン ― 2025年06月17日 19:12
アルモドバル新作「Amarga Navidad」は悲喜劇――痛みとユーモア

(ビクトリア・ルエンゴ、監督、パトリック・クリアド、バルバラ・レニー)
★6月9日、昨年10月に発表された新作「Amarga Navidad / Bitter Chrismas」が、カナリア諸島のランサローテ島でクランインした。ペドロ・アルモドバルの24作目となる本作は、監督自身の12編からなる短編集 “El último sueño”(Reservoir Books 2023年4月13日刊)におさめられた《Amarga Navidad》と、チャベラ・バルガスの歌曲 “Amarga Navidad” をミックスしたものがベースになっているそうです。短編集のタイトルになった《El último sueño》は、母親の死を題材にした短編集のなかでも最も完成度の高い、自身もお気に入りの1編とか。因みに第57回カンヌ映画祭2004のオープニングを飾った『バッド・エデュケーション』は、同短編集の《La visita》がベースになって映画化された。彼は2002年の自伝で既にカミングアウトしていた。

(短編集の表紙)
★イサベル・バルガス・リサノ(チャベラはイサベルの愛称)は、2019年コスタリカ生れ、17歳でメキシコに移住して活躍したメキシコの国民的な大歌手、ランチェラやボレロのシンガーソングライター、女優。2012年クエルナバカで93歳で死去するまで、メキシコの大衆に愛された歌謡を独自の解釈で個性的に歌い続けた。民間伝承の名曲「ラ・ジョローナ 泣き女」もリリースしている。50年代の後半にブレークする以前、メキシコを代表する画家ディエゴ・リベラとフリーダ・カーロ夫妻と1年ほどの短期間だが同居しており、フリーダと恋愛関係にあった。歌手でもあるアルモドバルは、チャベラに深い愛情と尊敬の念を抱いており、彼女の「優美なしわがれ声」のファンであった。新作でもサウンドトラックでチャベラの演奏が流れるようですが、既に『ジュリエッタ』や『ライブ・フレッシュ』などで採用している。


(フリーダ・カーロとチャベラ・バルガス)

(チャベラ・バルガスと監督)
★キャスト紹介:ストーリーは、クリスマスの日にパートナーに捨てられる女性エルサの物語。現在アナウンスされている出演者は、以下の通り。
バルバラ・レニー(エルサ、『神が描くは曲線で』『ペトラは静かに対峙する』
『マジカル・ガール』『日曜日の憂鬱』)
ビクトリア・ルエンゴ(『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』「Suro」)
アイタナ・サンチェス=ヒホン(『パラレル・マザーズ』『裸のマハ』『娼婦と鯨』)
ミレナ・スミット(『パラレル・マザーズ』「No matarás」TV『スノーガール』)
レオナルド・スバラリア(ラウル、『ペイン・アンド・グローリー』『UFOを愛した男』)
パトリック・クリアド(『レッド・バージン』『バード・ボックス・バルセロナ』
『ペーパー・ハウス』)
キム・グティエレス(『ラスト・デイズ』『SPY TIME スパイ・タイム』
『漆黒のような深い青』)




*バルバラ・レニーのキャリア紹介記事は、コチラ⇒2015年03月27日/2018年06月21日
*アイタナ・サンチェス=ヒホンのキャリア紹介は、コチラ⇒2024年12月17日
★スタッフ紹介:製作:El Deseo / Movister Plus+ 監督・脚本:ペドロ・アルモドバル
製作者:アグスティン・アルモドバル 撮影:パウ・エステベ・ビルバ(『カニバル』『リミット』『アウェイクニング』) 美術:パブロ・ブラッティ(『抱擁のかけら』『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』『ジュリエッタ』)
★2026年公開予定、配給はワーナーブラザース・ピクチャーズ(スペイン)、公開後はモビスター・プラスのプラットフォームで独占的に配信される。カンヌに間にあえばだが、時間的にはベネチアでのプレミアの可能性が高いか。『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』で金獅子賞を受賞した折、「金獅子賞には中毒性がある」と語っていた。

(金獅子賞のトロフィーを手にして、ベネチア映画祭2024ガラ)
カルロス・セデスの『ヴューダ・ネグラ 黒蜘蛛の企み』*Netflix配信 ― 2025年06月26日 19:13
実話にインスパイアされた犯罪ドラマ――カルメン・マチが刑事役

★バレンシア州パトライスで2017年8月16日に起きたアントニオ・ナバロ・セルダン刺殺事件をベースにしている。計画犯が被害者の若い未亡人、実行犯が冴えない中年の愛人というお膳立て、メディアの視聴率アップに貢献した事件でした。TV局は特集を組んだり、ドキュメンタリーを制作するなどしたので、スペインでは「パトライスの邪悪な未亡人」(“La viuda negra” de Patraix)として誰もが知っている殺人事件でした。Netflix は「サスペンス、ミステリー」ドラマと宣伝していますが、犯罪ドラマには違いありませんが、サスペンスやミステリーなど期待しないほうがいい。
★オリジナル・タイトルは「La viuda negra」ですが、邦題は思わせぶりな『ヴューダ・ネグラ 黒蜘蛛の企み』となり、なんともはや恐れ入ります。カルメン・マチやトリスタン・ウジョアがクレジットされていなければ多分見ない邦題です。英語題「A Widow’s Game」も感心しませんが、こちらのカタカナ起こしのほうが余程ましです。タイトルは自由に付けてよい決まりですが作品の顔でもあるので、無い知恵を絞らないでもらいたい。基本データ、スタッフ&キャスト、ストーリーは以下の通り。
「La viuda negura」
製作:Bambú Producciones / Netflix
監督:カルロス・セデス
脚本:ラモン・カンポス、ジェマ・R・ネイラ、ジョン・デ・ラ・クエスタ、リカルド・ジョルネ、ダビ・オレア、ハビエル・チャカルテギ
撮影:ダニエル・ソサ・セグラ
音楽:アドリアン・フォルケス、フェデリコ・フシド
編集:ディエゴ・ファハルド、アンドレス・フェデリコ・ゴンサレス
キャスティング:コンチ・イグレシアス
美術:アンヘル・アマロ
衣装デザイン:アントニオ・M・サンチェス・デ・ディオス
メイクアップ&ヘアー:イサベル・アウエルンハイマー、アリシア・ブランコ、他
製作者:ラモン・カンボス、ビクトル・ファンディーニョ
ストーリー:2017年8月16日バレンシア、マンション駐車場内で男性の血みどろの刺殺体が発見される。6ヵ所に及ぶ深い刺し傷から男性の怨恨による殺人事件と考えられた。ベテランの警部エバを筆頭にバレンシア殺人捜査課の調査が開始された。彼らは誰も予想しなかった容疑者に導かれていくことになる。若くして未亡人になってしまった〈優しくて親切な〉看護師マヘ、夫アルトゥーロとの新婚生活は1年未満であった。
データ:製作国スペイン、2025年、スペイン語、サスペンス、犯罪ドラマ、122分、撮影地バレンシア州パトライス、2025年5月30日Netflix 配信開始。
キャスト紹介:実話ではあるがプライバシー保護のため殺人犯以外は仮名である。さらに殺人犯は事実に即しているが、それ以外の人物造形は脚色が施された別バージョンです。本作は捜査開始から3週間後の9月12日、別件で殉職したバレンシア殺人捜査課警部補ブラス・ガメス・オルティスに捧げられている。
カルメン・マチ(バレンシア殺人捜査課主任エバ・トーレス/実名エステル・マルドナド)
イバナ・バケロ(マヘMaje、実名マリア・ヘスス・モレノ・カント)
トリスタン・ウジョア(サルバSalva、実名サルバドール・ロドリゴ・ラピエドラ)
パブロ・モリネロ(トゥリ、トゥリエンテス)
ペペ・オシオ(ベルニ、ベルナルド/実名ブラス・ガメス・オルティス)
ラモン・ロデナス(新任刑事ハビエル・ヒル)
アレックス・ガデア(アルトゥーロ・フェレル/実名アントニオ・ナバロ・セルダン)
以下、ジョエル・サンチェス(マヘの愛人ダニエル)、ペドロ・カサブランク(判事)、パウ・デュラ、ベルタ・イバラ(エバの娘サンドラ)、タニア・フォルテア(マヘの友人ソニア)、アンパロ・フェルナンデス(アルトゥーロの母親)、ホセ・アントニオ・バヤゲス(アルトゥーロの父親)、ミケル・マルス(アルトゥーロの兄ビクトル)、インマ・サンチョ(マヘの母親)、ヘスス・カストロ(マヘの元恋人アンドレス)、テレサ・ロサノ(サルバの母親)、シスコ・ロメロ(アルトゥーロの同僚ルイス)、オスカル・パストール(サルバの友人フランセスク)、他
スタッフ紹介:カルロス・セデス(ア・コルーニャ1973)、監督、TVシリーズのクリエーター、代表作は、ロマンチックコメディ「El curb de los incomprendidos」(14)、ブランカ・スアレスとハビエル・レイを起用した「El verano que vivimos」(20)、クリエーターとして「Las chicas del cable」(17~20、『ケーブル・ガールズ』41話)、イバナ・バケロが主演した「Alta mar」(19~20、『アルタ・マール:公海の殺人』18話)、カルメン・マウラがイベロアメリカ・プラチナ賞の助演女優賞を受賞した「Tierra de mujeres」(24、3話)、カンデラ・ペーニャに同じイベロアメリカ・プラチナ賞主演女優賞をもたらした「El caso Asunta」(24、『アスンタ・バステラ事件』6話)などがある。


(トリスタン・ウジョアが主演した『アスンタ・バステラ事件』)
★Bambú Producciones は2007年、製作者で脚本家のラモン・カンボス(ア・コルーニャ1975)が中心になって設立した制作会社、他にテレサ・フェルナンデス=バルデス、主にTVシリーズのドラマや犯罪ドキュメンタリーを手掛けている。以下受賞歴のある話題作を挙げると、Netflixが初めてスペイン語のTVシリーズとして製作したのが「Las chicas del cable」(17~20、『ケーブル・ガールズ』41話)、「El caso Asunta」(24、『アスンタ・バステラ事件』6話)、「Tierra de mujeres」(24、3話)、「Gran hotel」(11~13、『グラン・オテル』38話)、「Velvet」(13~16、『ベルベット』56話)、「Fariña」(18、10話)、「Alta mar」(19~20、『アルタ・マール:公海の殺人』18話)など。

★ドキュメンタリーではスペインで起きた未解決殺人事件も含めて犯罪物を多く製作している。「El caso Alcasser」(19、『アルカセルの惨劇 少女3人殺害事件』5話)、「El caso Asunta~Operación Nenúfar」(17、4話)、「800 metros」(22、『800メートルの恐怖:バルセロナ・テロ事件』3話)、映画ではアルベルト・ピントの「Malasaña 32」(20、『スケアリー・アパートメント』)、カルロス・セデスの「El verano que vivimos」(20)、ハコボ・マルティネスの「13 Exorcismos」(22)、イサキ・ラクエスタの「Un año , una noche」(22)、最新作が「La viuda negra」である。
怪物は人里離れた廃屋には住んでいない――犯人は平凡なあなたの隣人
A: クレジットによると脚本家が6人と多く、「船頭多くして船山に上る」が危惧されたが、どうでしょうか。3部構成になっており、第1部がカルメン・マチ扮するエバ・トーレスの視点、第2部がイバナ・バケロ扮する夫殺害を計画するマヘの視点、第3部がトリスタン・ウジョア扮する実行犯サルバの視点プラス総括、犯罪ドラマにしては2時間は長すぎた。

(バレンシア殺人捜査課所属のエバ:トーレス役のカルメン・マチ)

(夫殺害の計画犯マヘ役のイバナ・バケロ)
B: 特に第2部のマヘの夫殺害の動機の掘り下げが雑で、映画というよりTVミニシリーズのような印象を受けた。早い段階でマヘがゴミ女であることは分かるが、もっと複雑な性格なのではないか。
A: まるで欲しい獲物を狙い撃つニンフォマニアのような描き方で、両親に強制された厳格な宗教的な背景への反発、スペインの地方都市に暮らす女性の息苦しさが描ききれていなかった。
B: マヘがなぜ好きでもないアルトゥーロと結婚したのか、アルトゥーロがなぜ結婚式1ヵ月前に発覚したマヘの浮気を受け入れたのか、映画からは見えてこない。

(アントニオ・ナバロ・セルダンとマリア・ヘスス・モレノ・カント)

(左アントニオとマリア、右アルトゥーロとマヘ)

(サルバ役のトリスタン・ウジョアとサルバドール・ロドリゴ・ラピエドラ)
A: 本事件は2017年8月16日に自宅マンションの駐車場で遺体が発見され、翌2018年1月10日に容疑者が逮捕されるまでを描いている。最初から犯人は未亡人マヘと割れていて難事件というほどではなかった。マヘのアリバイも稚拙で直ぐ嘘とばれてしまうものであり、6ヵ所の深い刺し傷から女性の単独犯説は初期の段階で消えた。ただ実行犯の割り出しに時間が掛かり、結果捜査班は意外な人物に辿りつく。分かってみれば、あまりの「悪の凡庸さ」に一同驚きを隠せない。
B: 実行犯サルバは、マヘが働いている病院の年配の同僚でした。同じ職場で働く看護師の妻、18歳になる息子、介護が必要な母親という〈平凡〉を絵に描いたような家庭でした。日ごろ憎からず思っていた若い女性から愛を囁かれ有頂天になって殺人を犯すには、もっと長い心の道程を描く必要があったのではないか。

(サルバとマヘ)
A: 憎しみや絶望から犯行に及ぶわけではない。実直な中年男性の心に流れる静かな隙間風、男の身勝手な正義感や見当違いの忠誠心から、いやいや犯行に引きずり込まれていく悲哀をトリスタン・ウジョアが演じていた。
B: 友人フランセスクにマヘの写真を見せておきながら、自分に捜査の手が及ぶことはないと確信している愚かさが信じられない。
A: サルバはマヘの夫アルトゥーロを実際にはよく知らないわけで、マヘからの一方的な情報で殺害を決心する。恋は盲目とはいえ、その陳腐さに呆れる。人は「自分が信じたいことだけを信じる」の見本みたいです。
事件「その後」もなかなかユニーク、マヘは刑務所内で男児を出産
B: 映画は犯人逮捕までで裁判シーンは描かれないし、メディアを喜ばせたマヘのその後も描かれない。サルバは最初、自分の単独犯を主張してマヘを庇うが、結局マヘに利用されていただけと知って共謀を認める。
A: エンディングで実際の法廷シーンが挿入され、裁判の供述前に前言を翻したことが観客に知らされます。逮捕後マヘは、男女混合のピカセンテ刑務所に収監されるのですが、入所以来相変わらず多くの男性と関係している。それを知ってやっと目が覚める。
B: 受刑者間のセックスが容認されているわけだ。
A: 2020年8月28日の裁判でマヘに唆されて殺害したことを正式に認める。金銭の授受がない「請負殺人」でした。同年11月にマヘに禁固22年、サルバに禁固17年の刑が申し渡され結審する。教唆罪は実行犯と同じ罪が科されるのですが、マヘがサルバより5年加重されたのは「親族殺人」だからです。映画の字幕ではサルバが捜査に協力的だったから減刑されたとありましたが。
B: 教唆罪も重い、マヘは司法の手が自分に及ぶとは思っていないが、事件当時既に26歳でしたから賢いのかバカなのか首を捻る。
A: 横道にそれますが、殺人事件そのものも衝撃ですが、「その後」も興味深いのです。マヘは収監中に妊娠する。子供の父親は殺人の罪で2008年から同じ刑務所に収監されているダビという受刑者。それで出産設備のある別のアリカンテ刑務所に移送され、2023年7月に総合病院で男児を出産する。出産後はアリカンテ刑務所内にある男子禁制の母子寮で、子供が3歳になる2026年まで一緒に過ごせる。現在そこにいます。
B: 生まれてくる子に罪はないというわけですね。
A: 同じ塀の中でも母子寮のほうが自由度も高く待遇もいいので、妊娠を希望する女子受刑者がいるのかもしれません。一方、ダビは既に刑期を終えて出所していますが、当然マヘとの関係は終わらせている。
B: 実話を下敷きにしているとはいえ、フィクションとして見たほうがいいですね。人々の記憶が鮮明な直近の事件ですから、映像化にはそれなりの配慮が必要です。第2部のイバナ・バケロのヌードなど本当に必要だったとは思えません。
A: 脚本執筆の分担がどうなっているのか知りたいところです。第1部の警部補ベルニ殉職のサイドストーリーなど、エンディングまで意味不明でした。「ブラス・ガメス・オルティスを偲んで」の字幕が出て、初めて分かった。主役はタイトルになった「邪悪な未亡人」マヘではなく、エバ・トーレス率いる事件解決98パーセントの「バレンシア殺人捜査班」です。

(2017年9月12日、51歳で殉職したブラス・ガメス・オルティスの葬儀)

B: 大分たっぷりめのマチがスクリーンに登場すると画面が生きいきしてくる。最初にTVミニシリーズの話があったそうですが。
A: 冒頭に出てくるマヘの遊び友達ソニア役でタニア・フォルテアの起用がアナウンスされたのです。ですから4話ぐらいのミニシリーズかと思っていました。事情はあくまで憶測でしかありませんが、何らかの理由により途中で変更されたのではないでしょうか。映画の台本を6名で執筆するなど異例です。それにソニアの描き方もステレオタイプで、わざわざ出演をアナウンスするほどではなかった。
B: 今回のネット配信で寝た子を起こされた、事件とは全く無関係のサルバの息子(実際は娘)や妻、元夫の親族のプライバシーがどうなっているのか気になります。かなりのお化粧直しはプライバシー保護の観点からも当然です。
A: そんなこんながネックになって、TVシリーズ化がおじゃんになったか。描けるのは逮捕劇までですね。捜査班の3人がマヘとサルバのプリペイド式携帯の通話記録を聞くシーンはコミカルでちょっと笑えた。マチによると「女性の観客は実話に基づいた殺人事件が好き」だそうで、ターゲットは女性のようです。「劇場に来てくれるのは70パーセント以上が女性」ともエル・パイス紙に語っている。

(捜査班の3人、トゥリ、エバ、ベルニ、フレームから)

(ベルニ亡きあとに配属されたハビエル・ヒルとエバ)
B: マヘを演じたバケロが「マヘはとても複雑で、心に闇を抱えているように思える」と、インタビューに応えていますが、スクリーンからは見えてこなかった。
A: エバのセリフに「尽くしてくれる男を求めるタイプ」とあったが、それに「お金」をプラスしなければならない。ダニエルのようにお金持ちで未来に目を向けることのできる男性が理想的、因習が支配的な故郷ノベルダから精神的に離れられないアルトゥーロなどお呼びでなかった。殺人の決意を加速させた一因は、ダニエルとの偶然の出会いでしょうか。
B: 引き金です。殺さずとも離婚すればすむはずなのに「離婚するより未亡人に見られるほうがマシなタイプ」、バレなければ遺産も遺族年金も受け取れる。理想を言えば、夫の同僚ルイスのように交通事故死してくれることでした。夫の葬儀の空涙の名演技も実話通りなら褒めてやりたい。
A: しかし仕事もせずラクして金持ち男に寄生するタイプではない。病院と介護施設を掛け持ちして夜勤もこなす〈優しくて親切な〉看護師なのです。殺人の三大動機「ドラッグ、お金、アモール」、ドラッグはやっていなかった。マヘのなかには複数の人格が存在しているように思えます。
B: サルバのように殺人など犯しそうでない人が、いとも簡単に一線を越える恐怖、道徳的な自己欺瞞がどのように機能するのか、裁判シーンがあったら浮かび上がってきたように思った。
★キャスト紹介:
*カルメン・マチについては、マラガ映画祭2025の大賞マラガ―スール賞を受賞した折にキャリア&フィルモグラフィー紹介しています。コチラ⇒2025年04月06日

(エル・パイスのインタビューを受けるカルメン・マチ、2025年5月6日、マドリード)
*イバナ・バケロ、1994年バルセロナ生れ、ギレルモ・デル・トロの『パンズ・ラビリンス』(06)の赤い靴を履いた可憐な少女を演じ、子役ながらゴヤ新人女優を受賞した。大人になってからは前述したカルロス・セデスの『アルタ・マール:公海の殺人』、カタルーニャ語はもちろん英語もできるので、イサベル・コイシェのホラー「Another Me」(13)に起用されている。ほか米国コメディ『ブラックフライデー』(22、DVD)にも出演している。目標は同じ子役出身のジョディ・フォスター、ナタリー・ポートマンの由、これからです。

(夫の死に泣き崩れるマヘ)

(新任刑事ハビエル・ヒルに手錠をかけられるマヘ)
*トリスタン・ウジョア、1970年、当時両親が亡命していたフランスのオルレアンで生まれた。俳優、監督、脚本家、フランス語、スペイン語、カタルーニャ語、英語ができる。主にスペイン映画で出演している。代表作は、ジャウマ・バラゲロのホラー『ネームレス無名恐怖』(99)、フリオ・メデムの『ルシアとSEX』(01、ゴヤ賞主演男優賞ノミネート)、アントニオ・チャバリアスの「Volverás」(02、マル・デル・プラタ映画祭スペシャル・メンション、アリエル賞ノミネート)、マヌエル・ウエルガの『サルバドールの朝』(06)、イシアル・ボリャインの「Mataharis」(07、ゴヤ主演ノミネート)、フアン・マルティネス・モレノのスリラー「Un buen hombre」(09)、最新作はカルラ・シモンの「Romería」(25)。
TVシリーズでは「Fariña」(18、10話)、『シスター戦士』(20~22、英語、Netflix 配信)、先述したカルロス・セデスの『アスンタ・バステラ事件』でフォトグラマス・デ・プラタ賞受賞、フェロス賞とスペイン俳優連盟賞にノミネートされた。2002年、弟ダビ・ウジョアと共同で短編「Ciclo」を監督する。ついで共同で監督した「Pudor」(07)がカルロヴィ・ヴァリ、ワルシャワ、マラガ、シカゴ、各映画祭にノミネートされ、翌年のゴヤ賞新人監督賞と脚色賞にノミネートされた。現在ダビ・ウジョアは主にTVシリーズの監督として活躍している。

(犯行のチャンスを窺うサルバ)
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