川村元気の『百花』がワールド・プレミア*サンセバスチャン映画祭2022 ⑲2022年09月22日 15:01

      コンペティション部門――川村元気の『百花』ワールド・プレミア

    


 

920日、川村元気『百花』がワールド・プレミアされました。参加したのは川村監督と主役の原田美枝子のお二人、残念ながら菅田将暉は欠席でした。プレス会見は大盛況というほどではありませんでしたが、Q&Aの内容は深く、心強い通訳氏のお蔭もあってか、途切れなく終わることができました。挨拶はレディファーストなのか監督より先に原田さんに振られ、覚えたてのスペイン語でなんとか自己紹介できました。続く監督も自己紹介はスペイン語で、たどたどしくても記者連に好印象を与えました。これは会見を成功させるためにも大切ですね。以下のQ&Aは順序通りでなく、管理人が恣意的に纏めたものです。

   

    

 

★先ず監督に原田さんを主役に選んだ理由についての質問がありました。「自分が長編映画を撮るとしたら、黒澤明の映画に出演していた原田さんを起用したいと常々思っていました」。『乱』とか『夢』のことでしょうか、具体的なタイトルの言及はありませんでした。また「彼女の体験、認知症になった母親のドキュメンタリーをビデオで撮っていたことも理由の一つかもしれない」と。原田さんから時々「こういうとき黒澤さんなら・・・」とプレッシャーをかけられたと答えて会場を沸かせていました。原田さんに黒澤映画についての質問があり、スペインでの人気ぶりが窺えました。『乱』はサンセバスチャン映画祭1985でヨーロッパに紹介されましたが、参加者にリアルタイムで観ていた人はいないでしょう。多分2017年の4Kデジタル版『乱4K』(「Ran」)を見ているのではないでしょうか。

 

★「主人公のモデルは自分の祖母ですが、私は祖母が認知症になったことが受け入れられなくて、昔の記憶を思い起こさせようと努力した。例えば子供のとき最初に買ってもらった玩具は赤い車だったのですが、祖母は青い飛行機だったという。家に帰って写真で確認したら青い飛行機でした。記憶が曖昧だったのは祖母ではなく自分だった。記憶は書き換えながら、現実と非現実の境目を曖昧にしていく。いま緊張しながら会見に臨んでいますが、昨晩食べたハモンセラーノを思い出したりするように頭はでたらめに働く」とユーモアも交えていました。ロジカルなものとエモーショナルなものの境界も曖昧だとも語っていた。

   

   

            (緊張しながら質問に応える川村監督)

 

★自身の小説の映画化についての質問、「小説は後の映画化を考えて書いているのか、小説と映画の違いについて、アニメーションにするという選択肢もあったか」。監督「映画化するつもりで小説を書いたことはありません。今まで小説を5作書いており、これは4作目になります。小説は言葉で表現し、映画は映像と別のものです。映画化を考えたのは祖母が亡くなってから、溝口健二の映画を観ていて撮ろうと考えました」。スペインでは監督はアニメの製作者として知られているのでアニメ化についての質問があったようです。しかし答えるまでもないのか飛ばされてしまいました。

 

★女優について「最初に監督から、1シーン1カットで撮りたいと言われたとき、これは大変なことになると戸惑った。しかし話しているうちに奥に深い意味があることが分かってきた。母親のドキュメンタリー撮影の体験から、記憶を失っていく様子を映像にするのは難しいことも分かっていた。私はセリフの少ない映画が好きで、というのも言葉というのは氷山の一角でしかなく、多くは言葉にできないものだからです」と、ベテランらしい貫禄でした。他にも1シーン1カットについての質問があり、撮影監督今村圭佑のリリカルな映像を褒める人が多かった。通訳氏は日本語が堪能だけでなく、邦画にも詳しく作品をよく理解しているのでした。

    

  

              (認知症の母親に扮した原田美枝子)

 

★「黄色のポスター、(赤絨毯でも)黄色の着物を着ていたが、この黄色に何か意味があるのか」という質問には、「私の好みというわけではないから監督に聞いて」と。監督は「時間を交錯させるため、濃い黄色は過去、現実に近づくにつれだんだん薄くなって最後には白にした」と答えていた。映画のテーマの一つは〈許し〉だが、「祖母は好きな人ができて家出したことがあったと話してくれた。娘である母にも言わなかった秘密を私に打ち明けた」と。

 

       ニューディレクターズ部門――監督集団「5月」の『宮松と山下』

 

920日、監督集団「5月(ごがつ)」の『宮松と山下』もワールド・プレミアされました。主役の香川照之は目下窮地に立っているせいか不参加でした。3人の監督、佐藤雅彦関友太郎平瀬謙太朗の三氏が揃って現地入りしていました。佐藤氏は東京芸術大学大学院映像研究科教授(2006~21、現名誉教授)、若い二人は彼の教え子、『百花』の川村元気も3氏との共同監督作品があり、平瀬謙太朗は『百花』の脚本を手掛けている。


★プレミア上映では会場から笑い声があがって受け入れられていたようです。会場の通訳は『百花』と同じ人が担当していました。殺され役のエキストラ俳優というストーリーが面白く、来る日も来る日も真面目に殺され続ける宮松役を香川照之が演じる。その宮松には過去の記憶がないという斬新さに興味がそそられます。1118日公開予定。

   

     

        (左から、関友太郎、平瀬謙太朗、佐藤雅彦教授、

      宿泊ホテルのマリア・クリスティナのバルコニーにて、920日)

   

  

                  (どの写真も3人一緒、9月20日フォトコール

 

★今回はサバルテギ-タバカレラ部門は割愛していますが、深田隆之の中編『ナナメのろうか』(44分、モノクロ)が正式出品され、監督が現地入りしていました。こちらは既に公開されています。

   

        

       

                (深田隆之監督、921日)