カルラ・シモンの第2作目「Alcarras」*ベルリン映画祭2022 ― 2022年01月27日 11:56
「死にかけている」 家族経営の農業――舞台はリェイダの桃農園

★第72回ベルリン映画祭2022(2月10日~20日)コンペティション部門にノミネートされたカルラ・シモンの新作「Alcarràs」は、アマチュアを起用しての今や瀕死の状態にある小さな家族経営の桃農園が舞台です。本作はベルリン映画祭 2019 開催中に行われた第16回ベルリン共同製作マーケットにおいて、アバロンPC が Eurimages Co-production Development 賞(2万ユーロ)を受賞しておりましたので、完成すればコンペティションに選ばれる筋道はたっておりました。受賞のニュースについては既に記事をアップしております。共同製作はイタリアの Kino Produczioni で、2018年のトリノ・フィルムラボで賞金8000ユーロを獲得しています。更にカンヌのシネフォンダシオン・レジデンス2019で特別メンションを受賞するなど国際的にも期待が高かったようです。新型コロナウイリス感染拡大によるパンデミックで遅れに遅れましたが、やっと姿を現しました。
*ベルリン共同製作マーケット2019の記事は、コチラ⇒2019年02月24日

(シモン監督と製作者マリア・サモラ、ベルリンFF 2019)
「Alcarràs」
製作:Avalon Productora Cinematografica / Vilaut Films / Kino Produczioni / ICEC /
ICAA / TV3 / RTVE / Movistar+ / リェイダ県から15万ユーロの資金提供
監督:カルラ・シモン
脚本:カルラ・シモン、アルナウ・ピラロ
撮影:ダニエラ・カジアスCajías
キャスティング:ミレイア・フアレス
美術:モニカ・ベルヌイ
セット:マルタ・バサコ
衣装デザイン:アンナ・アギラ
プロダクション・マネージメント:ベルナト・リョンチ
音響:エバ・バリニョ
特殊効果:エリック・ニエト
製作者:マリア・サモラ、ステファン・シュミッツ、ジョヴァンニ・ポンピリ、(ライン)エリサ・シルベント、(アシスタント)アルフォンソ・ビリャヌエバ・ガルシア、他
データ:製作国スペイン=イタリア、カタルーニャ語、2022年、ドラマ、120分、撮影地カタルーニャ州リェイダ(レリダ)県のアルカラス、Sucs ほか数ヵ所、期間2021年6月1日~7月末まで、配給フランスMK2
映画祭・受賞歴:第72回ベルリン映画祭コンペティション部門ノミネート、金熊賞受賞。
キャスト:ベルタ・ピポ(グロリア)、ジョゼプ・アバド(ロジェリオ)、アルベルト・ボッシュ(ロジェール)、カルレス・カボス(シスコ)、アイネト・ジョウノ(イリス)、アンナ・オティン(ドロルス)、ジョルディ・プジョル・ドルセト(キメト)、シェニア・ロゼ(マリオナ)、モンセ・オロ(ナティ)他アルカラスの農業者やエキストラ多数
ストーリー:長年にわたって桃農園で働いていた一族ソレ家の物語。土地のオーナーが亡くなったことで一族は大きな転機をむかえる。後継者の息子が広大な土地にソーラーパネルを設置するため、桃の木を根こそぎにしたいと思っているからだ。監督の養母の家族が暮らしている〈アルカラス〉をタイトルにした本作は、属している土地と場所についての物語だが、永続的な世代間の衝突、古い伝統の克服、危機に際しての家族の団結の重要性についてのドラマでもある。

(収穫した桃を食べる出演者やスタッフ、2021年夏撮影)
深刻な家族の危機を生み出すジレンマ
★『悲しみに、こんにちは』は監督の自伝的要素が色濃いドラマでしたが、新作も養母の家族が住んでいるアルカラスをタイトルにした、多分に自伝的な要素を含んでいるようです。2020年クランクインが予定されていましたが、新型コロナウイリスのパンデミックで、そもそものキャスティングができず、延期と再開の繰り返しでした。結局1年遅れの2021年の6月1日に撮影が開始されました。というのも完熟した桃が樹にぶら下がっている必要があり、桃の完熟期である夏しか撮影は考えられなかったからです。ビクトル・エリセのドキュメンタリー『パルメロの陽光』(92)の撮影風景が思い起こされます。
★監督は「小さい家族農業は死にかけている」とヨーロッパプレスに語っていますが、土地所有者の後継者である息子が農業部門への投資より、もっと効率の良い太陽光発電事業に変えたいというのも決して非難できません。昨今の地球温暖化対策として再生可能エネルギー事業への投資は悪いことではないはずです。「非常に難しい仕事」と監督も述懐しています。ソレ家の長老である祖父が突然声を失くしてしまうようで、イシアル・ボリャインの『オリーブの樹は呼んでいる』(16、ラテンビート上映)の祖父を思い出してしまいましたが、こちらの舞台はバレンシア州のカステリョンでした。


(桃農園で撮影中のシモン監督)
★デビュー作と大きく異なるのは、プロの俳優を起用しなかったことです。監督は「プロではない俳優と一緒に仕事をするのが好き」と語っていますが、監督の母方の祖父や叔父、2人の従兄たちの協力もあったようです。「彼らは自然や経済をよく知っている人々なのです」と、彼らから多くのことを学んだと語っています。「私の祖父と二人の従兄は、アルカラスで桃農園を経営しています。ここは私の第二の故郷のようなもので、クリスマス、夏のバカンスには必ず訪れています。家族は約10年ほど前に80パーセントの土地を失いました」とトリノ・フィルムラボで製作の意図を語っていた。先進国の農業は、どこでも転換期に差しかかっている。

(言葉を失ってしまう祖父と孫娘)
★監督紹介:1986年バルセロナ生れ、監督、脚本家、フィルム編集、製作者。バルセロナ自治大学オーディオビジュアル・コミュニケーション科卒、その後カリフォルニア大学で脚本と映画演出を学び、ロンドン・フィルム学校に入学、在学中に製作したドキュメンタリーやドラマの短編が評価された。以下にフィルモグラフィーを列挙しておきます。

(デビュー作がゴヤ賞2018監督賞を受賞したカルラ・シモン)
2009年「Women」ドキュメンタリー短編
2010年「Lovers」短編
2012年「Born Positive」ドキュメンタリー短編
2013年「Lipstick」短編
2015年「Las pequeñas cosas」短編
2016年「Llacunes」短編
2017年「Estiu 1993 / Verano 1993」長編デビュー作『悲しみに、こんにちは』
2019年「Después también」短編
2020年「Correspondencia」ドキュメンタリー短編
2022年「Alcarràs」長編第2作目
★ドキュメンタリー短編「Correspondencia」は、チリの若手監督ドミンガ・ソトマヨル・カスティリョ(サンティアゴ1985)とのビデオ・レターです。アバロン、TV3製作、言語はスペイン語とカタルーニャ語、モノクロ、19分、2020年ニューヨークFFほか、サンセバスチャンFFサバルテギ-タバカレラ部門、ウィーンFF、国際女性監督FFなどで上映されている。アルゼンチンのマル・デル・プラタ映画祭2020ではラテンアメリカ短編賞を受賞している。シモン監督と同世代のドミンガ・ソトマヨルは、2012年のデビュー作『木曜から日曜まで』が東京国際FFで紹介され、そのレベルの高さに驚かされた。第2作目の「Mar」がベルリンFF2015フォーラム部門にノミネートされた折りに紹介記事をアップしております。
*ドミンガ・ソトマヨル・カスティリョ紹介記事は、コチラ⇒2015年03月04日

(「Correspondencia」のポスター)
◎追加情報:『太陽と桃の歌』の邦題で2024年12月13日に公開決定。
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