『もうひとりのトム』デュオ監督インタビュー*TIFFトークサロン2021年11月10日 11:51

       母と子供をテーマにした3作目、本作は国家が個人に介入してくる作品

 

   

TIFFトークサロン第2弾は、ラウラ・サントゥリョロドリゴ・プラ『もうひとりのトム』113日(1130)に配信されました。モデレーターは前回同様プログラミング・ディレクターの市山尚三氏、アンサーの部分は質問の内容によって二人で手分けして答えてくれた。LSはラウラ・サントゥリョ(サントゥージョ)、RPはロドリゴ・プラです。作品紹介と重複している部分も多々ありましたが新発見も多かった。ロドリゴ・プラ監督は、前作『モンスター・ウィズ・サウザン・ヘッズ』15)で来日してQ&Aに参加しています。監督から新作完成のメールを貰ったことで、早い段階でコンペティション部門上映が決まっていたと市山氏。『ザ・ドーター』同様Q&Aの正確な再録ではありません。両監督へのインタビューはスペイン語、メキシコシティとの時差は15時間、現地時間は2日午後8時半でした。

『もうひとりのトム』の作品紹介は、コチラ20211021

『モンスター・ウィズ・サウザン・ヘッズ』の作品紹介、監督キャリア&フィルモグラフィーは、コチラ20151103

 

     

      (インタビューを受けるラウラ・サントゥリョ、ロドリゴ・プラ)

 

Q:本作製作の動機、実話に基づいているのかという質問については、本作の原作者で脚本も手掛けたラウラ・サントゥリョが口火を切った。

LS:本作は実際のモデルがいる実話ではありませんが、母と子の関係性やトムが診断されたADHD(多動性障害)に関心があり、ADHDについて時間をかけて取材を重ねた。専門医の意見だけでなく、障害をもつご両親のブログも読んで、リサーチをしました。

 

Q:日本でも最近ADHDが問題になっており、メキシコの事情はどうでしょうか。

LS:リサーチしていくなかで、医師も一般人もADHDが病気なのか成長の一過程なのか不確かで、矛盾を感じて意見が分かれている。この一致していないことが私たちの関心の一つでもありました。

 

Q:母と子供の関係性をテーマにしたことについての質問。

RP:母と子の関係性のテーマに関心があり、これは重要と考えております。母と子を主人公にした作品は本作が3作目になり、第1作はLa demoraThe Delay)、第2作目が『モンスター・ウィズ・サウザン・ヘッズ』です。前2作と本作が大きく異なるのは、前2作が社会保障制度など国の援助を必要とする個人を国家が放置して顧みない、反対に新作は国家が個人に介入しすぎて個人を圧迫しているという点です。

La demora」は、『マリアの選択』の邦題でラテンビート2012にて上映され、観客に深い感動を与えた作品。ただし舞台はメキシコでなく、二人の出身国ウルグアイ、母国に戻って製作しました。オリジナルタイトルの意味は「遅延」、国民が必要とする事案を国がぐずぐず引き延ばして責任を果たさないことをタイトルにしたようです。邦題のマリアは認知症の老父を介護しながら3人の子供を育てているシングルマザーの名前です。(管理人補足)

   

   

         (マリア役のロクサナ・ブランコを配したポスター)

 

Q:今回初めて共同で監督したわけですが、意見の食い違などありましたか。

LS:脚本は今までも他作品で共同執筆していました。共同作業で食い違いがある場合は、納得できないときもありましたが中間地点に着地するようにしました。当然プラは監督寄りに、私は脚本寄りに傾いた。(補足、デビュー作以来、二人は二人三脚で映画製作をしています)

 

Q:キャスティングはどのように決定したのか、トムも母親エレナも自然な演技だった。

RP:トム役のイスラエル・ロドリゲス・ベルトレッリは非凡な才能の子供で、周りの雑音から離れて演技できる子供だった。実際も問題児として家庭学習をしていたが、両親が参加することで良くなるのではないかと考えてワークショップに連れてきた。集団が苦手の彼が撮影中にだんだん子供同士で遊びはじめた。新作にはプロの俳優は一人もおりませんが、最初、両国(アメリカ、メキシコ)でキャスティングしたのですが、撮影地がテキサス州のエル・パソでしたから、メキシコの俳優を連れて国境を行き来するのは難しかった。結局エル・パソの人々から選んだ。

 

    

         (トム役のイスラエル・ロドリゲス、フレームから)

 

Q:アマチュアということですと、普段の職業は何をしていた方たちですか。また撮影期間はどのくらいでしたか。

RP:本来の仕事と似ている職業、つまり教師役は教師から、精神科医役は医師という具合に、役柄に近い人からキャスティングしました。エレナ役のフリア・チャベスは、役柄と同じシングルマザーで3人の子供の母親でした。全員アマチュアでしたので演技のワークショップに時間をかけました。みんな素晴らしい演技をしてくれた。10年前から準備しており、実際はリハーサルを含めると約6ヵ月間ですが、撮影は8週間でした。

 

Q:エレナの人格はコントラストがあり、ドライな面とウエットな面があった。最初のシナリオを状況に応じて変えていくようなことはあったでしょうか。

LS:元のシナリオを撮影に入ってから変えた部分もありました。エレナはドライな反面、愛情のこもった優しさに溢れた女性、理想化された母親像ではないが、さまざまな母親像があっていい。

 

Q:父親に会いにメキシコに行く旅で、エレナが解放されたように感じた。

LS:解釈はいろいろあり、ここはトムとエレナ二人の関係性に変化が出てきた段階です。父親に会わせるという約束をしておきながら母親は約束を守らなかった。それがいま果たせたわけです。今まで忙しかったが今は充分時間がある。

 

Q:国境を越えたのかどうか分かりにくかったが。

RP:分かりにくかったかもしれませんが、別れた夫はメキシコ人、メキシコに住んでおりますから国境は越えたのです。向こう側に行ったのです。

LS:メキシコから米国に入るのはコントロールされチェックが厳しいのですが、その反対はルーズなのです。

 

Q:ワールド・フォーカス部門のロレンソ・ビガスの『箱』も舞台がシウダーフアレスのようでした。ここは実際に危険なのでしょうか。

LS:正確には分かりませんが、多分メキシコ北部のチワワ州で撮影されたと思いますが、ここは治安はとても悪いです。

RP:チワワで撮影されました。ラウラが脚本を手掛けたのですよ。

LS:何年も前の初期の段階のことです。最終的にはパウラ・マルコビッチさんが脚本を執筆しました。最近私も見ましたが素晴らしい映画です。父親と息子の関係、子供に父親が必要なことなどが描かれています。**

**『箱』の作品紹介(コチラ20210907)で書きましたように、チワワ州のシウダーフアレス、クレエル、ほか数ヵ所で撮影された。話題に上がったマキラドーラについても簡単に触れております。ラウラさんが初期の段階で参画していたことは初めて聞くことで、市山氏が「これは失礼しました。クレジットを確認します」と詫びておられたが、データベースのクレジットはパウラ・マルコビッチ&ビガス監督です。(管理人補足)

 

QADHDの診断方法についての質問。トムとカウンセラーのやりとりで感情を色、例えば赤、青、黄色などで選ばせていたが、このシーンを入れた動機は何か。

RP:子供の行動や振る舞いが状況を考慮されずに単純化される危険性を示したかった。状況を無視して簡単な判断で診断される危険性、家庭環境とかその日にあったことを考慮しないで診断されている。人間は複雑な生き物で、単純にこれは黒、それは白と決めつけることはできない。いろいろな特徴をもっているのが人間です。

 

★最後に視聴者へのメッセージには、「楽しんでください、そして人間の大切さ、子供たちについて考えつづけてください。子供は大人より複雑で繊細です」とラウラさん。「TIFF上映の機会をいただけて、とても感謝しています。日本はサプライズに富んだ素晴らしい文化の国、とても刺激を与えてくれます」とロドリゴ。「是非今度は来日してください」と市山さん。だいたいトークは以上のようでしたが、訊き洩らし聞き違いは悪しからず。

 

118日にクロージング・セレモニーがあり、受賞結果が発表になっています。最高賞東京グランプリには、コソボの女性監督カルトリナ・クラスニチ『ヴェラは海の夢を見る』が受賞、これはベネチア映画祭の話題作でした。そして最優秀女優賞に本作でエレナを演じたフリア・チャベスが受賞、プレゼンターは審査委員長のイザベル・ユペールという栄誉、受賞理由の一つが「演じていないようなナチュラルな演技」でした。フリアからは「まずロドリゴとラウラに感謝、また付き人のプリシアにも。トムのイスラエルは素晴らしい俳優で、ご両親の育て方が良かった」というビデオメッセージが届いた。副賞は3000ドルということでした。

    

      

         (フリア・チャベス、ビデオメッセージから)

         

             

          (エレナ役のフリア・チャベス、フレームから)

 

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