『ザ・ドーター』のマルティン=クエンカ*TIFFトークサロン2021年11月07日 15:13

               風景は登場人物の一人、モラルのジレンマ

 

   

 

★去年からコロナ禍で来日できないシネアストとオンラインで繋がるTIFFトークサロンが、今年も始まった。スペイン、ラテンアメリカ諸国の関連作品(6作)のトップバッターとして、112日(2050)に『ザ・ドーター』(コンペティション部門)マヌエル・マルティン=クエンカが登場した。モデレーターは今年からTIFFプログラミング・ディレクターに就任した市山尚三氏、まだ本祭の本部が渋谷のオーチャードホールだった1992年から99年まで作品選定をしていたベテランが戻ってきました。

『ザ・ドーター』の作品紹介は、コチラ20211016

 

   

     

          (本作撮影中のマヌエル・マルティン=クエンカ)

     

★トークの内容は、作品紹介で書いたことと半分ぐらいは重なっていましたが、監督がコミックのファンで「日本の漫画家では、谷口ジローが好きだ」という発言など新発見もありました。以下はQ&Aのかたちではなくピックアップして纏めたものです。Qは簡潔でしたがAが長かった。監督はスペイン語、同時通訳者は映画に詳しく分かりやすかった。

 

★本作のアイディア、代理出産をテーマにした動機についてのQでは、「個人的に子供に恵まれなかったので授かりたいと考えていたので、現行法の養子制度に興味があった」ことが背景にあったようです。しかし本作のテーマを代理出産と位置づけていなかった管理人にとって不意打ちの質問でした。女性の権利、特にイレネのような未成年者の権利やモラルの境界線がテーマと考えていたからです。監督も「モラルのジレンマが常に存在していた」とコメントしていた。本作のヨーロッパでの捉え方の質問では「トロント、サンセバスチャンなどで上映され、スペインでは未成年者の権利を描く作品と一部から見られている」と答えている**

 

日本でいう代理出産は、イレネのようなケースを指していない。妻の卵子と夫の精子を第三者の子宮に移植する、あるいは夫の精子を第三者に人工授精の手法で注入して懐胎させることを指し、日本では法律がなく、日本産科婦人科学会はどちらも認めていない。従って法制化されている海外諸国で行う必要があります。監督が後半でスペインでは16歳までの未成年者の代理出産は認められていないと答えていた。

 

**サンセバスチャンFF上映後の大手日刊紙の評価は概ねポジティブ(エルペリオデコ、シネヨーロッパ)かニュートラル(エルムンド)、エルパイスのカルロス・ボジェロも「『カニバル』は好みでないが、本作は不安で重たいが、彼は必ず私を楽しませてくれる・・・最後の素晴らしい部分に恐怖を覚えた」と、監督が投げかけた謎と不安の質に高評価。ボジェロ氏はクラウディア・リョサの『悪夢は苛む』やアルモドバルの「Madres paralelas」を歯牙にかけなかった批評家です。

 

2番目のQは、舞台を人里離れた山中の山小屋にした理由、撮影場所、撮影期間について。本作にとって「風景はとても重要でキャラクターの一人です。それは風景が登場人物の心理そのものとして風景に溶け込んでいるからです。心理だけでなく身体もそうで、体重も春と秋冬では67キロの差をつけてもらった。クランクインは201911月から2020の年6月、秋、冬、春の四季をまたぐ約6ヵ月間もの長い期間、俳優たちは妥協して適応してくれた。デジタル処理でない本物の四季の変化を描きたかった」。撮影期間は6ヵ月ということでズレがありますが、11月末から6月初めということでしょうか。

 

★山小屋のある場所は「スペイン最大の国立公園、撮影隊の宿泊地から約1時間かかり、四輪駆動でないといけない。州都からは3時間、スペイン人でも知らない人が殆どです」と訳されていたが、監督は大きな自然公園の一つシエラ・デ・カソルラSierra de Cazorlaとおっしゃっていたように思います。シエラ・デ・セグラなどを含むスペイン最大の保護区であり、ヨーロッパでも2番目に大きい保護地域、ユネスコによって1983年生物圏保護区に認定された。スペイン最大の国立公園は、同じアンダルシア州でもポルトガルの国境に近いウエルバ、セビーリャ、カディス各県にまたがるドニャーナ国立公園で映画のような山間部ではない。ヨーロッパでも最大級の自然保護区、1994年世界遺産に登録され、観光地にもなっている。

 

   

             (撮影地カソルラ山脈)

 

★キャスティングについて、「主役イレネ・ビルゲス起用の決め手は何か、女優キャリアについて」のQには、「本作でデビュー、ダンス教室でスカウトした。内面の演技ができる派手でない少女を探していたが、カメラテストで気に入りイケるという感触を得た。演技経験はゼロだったのでリハーサルを何回も繰り返した。イレネは繊細なうえ、スペイン娘のような外へ外へというタイプでなく、エモーショナルな内面的演技ができた。撮影中は私の日本娘と呼んでいた。当時は14歳、今年の11月で16歳になる」とべた褒めでした。「繊細で内面的な日本女性」には苦笑いでしたが、後半で好きな日本の監督の名前を訊かれ「是枝監督の作品は殆ど見ている。クラシック映画をよく見る、例えば小津(安二郎)、成瀬(巳喜男)、溝口(健二)、黒澤(明)、特に小津の映画」と答えていたのでナルホドと納得できた。是枝映画はサンセバスチャン映画祭2018で、アジア人初のドノスティア栄誉賞を受賞した折りに特集が組まれ、代表作をまとめて観るチャンスがあったので、是枝ファンは多い。

 

    

    (内面的な演技を要求されたイレネ・ビルゲス、フレームから)

 

★「アウトローのことをしている自覚のある三人の一人」ハビエル役のハビエル・グティエレスについては、「ハビエルは物静かな善人から一線を越えていく役柄、彼には善と悪をミックスした人物を演じてもらった。彼とは他の映画でタッグを組んでいたので問題はなかった」。他の映画とはEl autorのこと、サンセバスチャン映画祭2017セクション・オフィシアルで上映された。ハビエルの妻アデラを演じたパトリシア・ロペス・アルナイスは、実名にしなかったが、彼女の祖母の名前だと明かした。二人のキャリアについては作品紹介を参考にしてください。

          

          

               (ハビエル役のハビエル・グティエレス、フレームから)

 

         

      (アデラ役のパトリシア・ロペス・アルナイス、フレームから)

 

★スペインの養子制度についてのQ、「出産後、養子にすれば済むケースだと思うが、何か法的な不都合があるのか」というもっともな質問には、「スペインでは16歳までの未成年が妊娠した場合、特に施設に入っている場合、産むか産まないかは国家が決断する。本人には決定権がない。ハビエルがセンター職員だから養子にできないというわけではない。不平等だが法律で決められており、仮にイレネが出産できてもハビエル夫婦は養子にできない可能性が高い」と答えている。日本とは事情が違うようです。スペインの結婚可能年齢は男女とも18歳(日本は男性18歳、女性16歳)、15歳のイレネは結婚可能年齢に達していない。

 

★移民問題についてのQ、「イレネが過激化していく背景から、もしかして移民ではないかという理解は正しいか」という質問には、「移民という設定ではないが、イレネの両親は社会の埒外にいる人々とした。彼女は両親から子供としての愛情を受けたことがなく、家族として一緒に暮らせない。愛情というものを体験したのはハビエルが初めてだった」。ドラッグの常習で子供を養育できない親は珍しくない。

 

★映画製作の出発についてのQ、「テーマを見つけ出す、これは伝えたいというテーマ、文学作品、現実に起きていることで自分の体に入ってくるもの、理論的なものでなくてもいい」。本作もイデオロギー的なものを目指していないとも他でコメントしていた。

 

★次回作品の予定についてのQ、「まず20221月に始まる舞台のプロジェクトの準備をしている。映画はプロデューサーと準備中で、できれば来年末にはクランクインしたい」。具体的なタイトル、製作者には言及しなかった。どちらかというとじっくりタイプの映像作家、前作「El autor」は4年前、前々作『カニバル』は8年前、コロナの再燃が危惧されるからあくまで予定でしょうか。「次回作も東京に持っていけたらと思っています。日本の観客の皆さんに見てくださってありがとう、感謝します」ということでした。

 

★最後に上述したしたように、日本の漫画家谷口ジローの話が飛び込み、「刺激を受けて吹き出しに入れるセリフ書きもしている」と明かした。フランスでの受賞歴が多数ある谷口ジローのコミックはスペインでも人気があり、『父の暦』(02)がバルセロナやアストゥリアスの国際コミック展で受賞している。4年前に69歳で鬼籍入り、その死を惜しむ人は多い。現在、世田谷文学館で「描く人、谷口ジロー展」が来年2月末まで開催されている。

 

★訊き洩らし、聞き違いの節は悪しからず。舞台上でのQ&Aは時間も短く、会場からの質問が纏まっていないケースも多く、オンラインでのトークは繰り返し見ることができるので歓迎です。個人的には、本作は深淵さが理解されなかった『カニバル』の延長線上にあるのではないかと感じました。

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