マイテ・アルベルディの 『老人スパイ』 鑑賞記*ラテンビート2020 ⑩ ― 2020年11月22日 16:47
★いよいよ11月20日からオンライン上映が始まりました。東京国際映画祭TIFFで好感を与えた『老人スパイ』から鑑賞、愛すべき老人スパイ、セルヒオの人間味あふれる活躍なくしてこの傑作は生まれなかったでしょう。人間は老いようがボケようが死ぬまで生きがいと尊厳が必要だと泣かされました。作品紹介でも書いたことですが、「フィクションとドキュメンタリーの区別はない、あるのは映画だけ」というマイテ・アルベルディの言葉通りの傑作でした。老いとはいずれ我も行く道なのでした。若干ネタバレしています。便宜上、加筆訂正して出演者とストーリーを再録しました。
*作品紹介&監督キャリアは、コチラ⇒2020年10月22日
出演者:セルヒオ・チャミー(スパイ)、ロムロ・エイトケン(A&Aエイトケン探偵事務所所長)、(以下主な入居者)マルタ・オリバーレス、ベルタ・ウレタ、ソイラ・ゴンサレス、ペトロニタ・アバルカ(ペティータ)、ルビラ・オリバーレス、他にセルヒオの娘ダラルとその家族、サンフランシスコ介護施設長、介護士など多数
ストーリー:A&Aエイトケン私立探偵事務所に、サンティアゴの或る老人ホームに入居している母親が適切な介護を受けているかどうか調査して欲しいという娘からの依頼が舞い込んだ。元犯罪捜査官だったロムロ所長は、ホームに入居してターゲットをスパイしてくれる80歳から90歳までの求人広告を新聞にうつ。スパイとは露知らず応募して臨時雇用されたのが、最近妻に先立たれ元気のなかった御年83歳という好奇心旺盛なセルヒオ・チャミーだった。ロムロはスパイ経験ゼロのセルヒオに探偵のイロハを特訓する。隠しカメラを装備したペンや眼鏡のハイテクはともかく、二人を最も悩ませたのが現代人のオモチャ、スマートフォンの扱い方だった。その理解に充分な時間を費やすことになる。というのもミッションを成功させるには使いこなすことが欠かせないからだ。なんとかクリアーしていざ出陣、ジェームズ・ボンドのようにはいかないが、誠実さや責任感の強さでは引けを取らない。3ヵ月の契約でホームに送り込まれた俄かスパイは、果たしてどんな報告書を書くのだろうか。 (文責:管理人)
老人ホームのオーナーに真相を明かさなかった!
A: チリのドキュメンタリー作家といえば、「ピノチェト三部作」を撮った大先輩パトリシオ・グスマンが直ぐ思い起こされます。『光のノスタルジア』や『真珠のボタン』は、ドキュメンタリーにも拘わらず公開されました。
B: 当ブログではパブロ・ラライン兄弟やセバスティアン・レリオなどのドラマ作品をご紹介していますが、今世紀に入ってから特に活躍目覚ましいのがチリ映画です。
A: 本作を見ると、裾野の広がりを実感します。どこの国にも当てはまりますがドキュメンタリーは分が悪い。そんな中でドキュメンタリーとフィクションの垣根を取っ払っている監督の一人がマイテ・アルベルディです。『老人スパイ』が長編第4作目になります。
(老人スパイのセルヒオ・チャミーとマイテ・アルベルディ監督)
B: 「或る老人ホーム」というのは、チリ中央部に位置するサンティアゴ大都市圏タラガンテ県のコミューン、エル・モンテにある「サンフランシスコ介護施設」というカトリック系の中規模の老人ホームです。まずアイディア誕生、監督とA&Aの接点、介護施設との折衝などの謎解きから入りましょう。
A: 本作はTIFFワールド・フォーカス部門共催作品ですが、来日できない海外の監督とのオンライン・インタビュー「トーク・サロン」が上映後にもたれました。それによると「最初は探偵事務所をめぐるフィルムノワールを撮りたいと、あちこちの探偵事務所に掛け合ったがどこにも断られた。最後に辿りついたのがA&Aだった」と。折よく施設の入居者の娘から「母親がきちんと介護を受けているかどうか調査して欲しい」という依頼がきていた。当てにしていた人物が腰骨を折ったとかで身動きできない。
B: それで例の新聞広告を出すことになった。
A: 監督はもともと介護施設に関心があって、これは渡りに船ではないかと思った。つまり採用されたチャーミングなセルヒオの魅力に参ってテーマを変更したわけです。
B: セルヒオがトレーニングを受けてるシーンに監督の姿がチラリと映っていました。パブロ・バルデスが指揮を執る撮影班は、セルヒオが入居してくるシーンから撮っていたが。
A: ホーム側とは前もって伝統的な手法でドキュメンタリーを撮るという許可を受けていたが、真相は伏せていた。つまりオーナーを騙していたわけです。撮影のガイドラインを決め、ホームのルールに従った。撮影班は今か今かとセルヒオの登場を待っていたのでした。冷や冷やしながら見ていたが、最後までバレなかったというから可笑しい。
B: 変化の少ないホームでは、新入居者は格好の被写体だったから、カメラがセルヒオを追いかけても怪しまれない。それに83歳の新入居者がスパイとして潜入してくると誰が想像しますか。
入居者に必要なのは人間としての尊厳、最大の敵は孤独
A: このドキュメンタリーを見たら老人に対する考え方が変わるかもしれない。観客はセルヒオのお蔭で先入観をもって他人を判断してはいけないことに気づくでしょう。常にチャーミングで寛大、人生に前向き、苦しいときでも笑いは必要というのが本作のメッセージです。
B: バルデスも完成した「映画を見たら泣けたが、撮影中は笑うことのほうが多かった」と。前半と後半ではテーマも微妙に変化していきました。
A: 報告書の合言葉は <小包>、依頼人の母親ソニア・ぺレスを <標的> とか、QTHやらQSLやらのスパイ暗号で四苦八苦するセルヒオにやきもきするロムロだが、後半になると逆に老人の知恵に押され気味になっていくのが痛快だった。
B: ロムロ・エイトケンはインターポール・チリ支部の責任者ですね。人生を重ねていけば誰でもセルヒオのようになれるわけではない。他人に優しくできるには自分に余裕がないとできない。
(セルヒオにスパイのイロハを伝授するA&A所長ロムロ・エイトケン)
A: 4ヵ月前に亡くなったという奥さんは、さぞかし幸せな人生を送っただったろうと思った。違法なスパイ行為をしようとする父親の身を案ずる娘のダラル、幾つになっても人間には生きがいが必要、頭は疲れるが自由になったような気がする、心配するなと説得する父親、このシーンを入れたのもよかった。
B: 反対に <標的> ソニア・ぺレスの娘、クライアントの姿は一度も出さなかった。この判断もよかった。依頼者とは守秘義務の契約を結んでいたと思いますが、結構な金額だったのではないですか。
A: 母親に会いにくればどんな介護を受けているか、ある程度分かること、わざわざ探偵事務所に調査を依頼することはない。娘も病いを得ているのかもしれないが、信頼しあっていた母と娘とは少なくとも思えなかった。
B: 母親の移動は車椅子、単独歩行が無理で自由に出歩けない。気難しく、他人を寄せ付けないどころか、体が触れるのさえ嫌がる。怒りを溜めこんでいるのか、観客は遂に彼女の笑顔を見ることはなかった。
A: セルヒオがなかなか <標的> を見つけられなかったのも、<小包> がロムロに届かなかったのも、理由はソニア側にあった。進行と共にテーマが変化していくのは自然の成り行きでしょう。お蔭で私たちは人生勉強がたくさんできたわけです。老人スパイがどんな報告書を書くかは進行とともに想像できましたね。
辛い人生を受け入れることの難しさ、人生を愉しむテクニック
B: 本作は入居者の一人、セルヒオに愛を告白する85歳のセニョリータ・ベルタと、4人の子供を育て、自作の詩を諳んじるペティータ、それにメノ・ブーレマの3人に捧げられている。
A: ブーレマはアムステルダム出身の映画編集者、監督が2016年に発表した長編ドキュメンタリー第3作め「The Grown-Ups」、スペイン題「Los niños」を手掛けている。本作撮影中の2019年6月に61歳の若さで亡くなった。
B: 一生懸命育てた4人の子供たちからは忘れられ、「人生とは残酷なもの」と呟くペティータも、セルヒオがいる間に神に召されてしまった。お別れの日に読み上げられた彼女の詩は、本作の大きな見せ場でした。
A: 韻を踏んでいるようですが、字幕は英語なので分かりません。「母親が生きているなら、神の愛に感謝しなさい」と始まる詩でした。ペティータが「恩知らず」と嘆いていた4人の子供たちは参列していたのでしょうか。これもターゲットと無関係なエピソードですが、10月5日の開所記念日のユーモア溢れるシーンなど、名場面の数々は皮肉にも標的とは無関係なのでした。
(セルヒオとペティータ)
B: 彼らの青春時代に流行したザ・プラターズの「オンリー・ユー」のメロディーにのってダンスをする入居者たちも忘れられない。
A: 今年のキングに選ばれたセルヒオのパートナーを、施設長がさりげないしぐさで次々と変えていく。皆でお祝いすることが重要、独り占めは御法度です。ターゲットも参加していたのだろうか。
B: 最初のパートナー、セルヒオに恋を告白したセニョリータ・ベルタは、入所して25年ということですから、入居は60歳からになる。ホームでは広場を見渡せる日当たりのいい5つ星の部屋にいてお洒落さん、人生に前向きでソニアとは対照的な女性。セルヒオにお付き合いを断られても直ぐに立ち直る。
A: 心の内は分からないが孤独ともうまく折り合っている。信仰心が支えになって今の人生を受け入れている。女性の入居者は約40人ほどだが目立つ存在でした。
(ベルタとセルヒオ)
B: 認知症がグレーゾーンのルビラ、今は白髪だが若い頃はさぞかし美しかったろう。3人いる子供たちは1年以上会いに来ていない。だから次第に娘の顔もあやふやになってくる。孤独が入居者たちの最大の敵なのです。
(記憶を失う恐怖に怯えるルビラを支えるセルヒオ)
A: マルタは小さい女の子に戻ってしまい母親が迎えに来てくれる日を待っている。不安定になると偽の電話を掛けてやり落ち着かせる。手癖が悪く皆の持ち物を盗んでいるが、直ぐそれも忘れてしまう。
B: マルタの傍にいるソイラは、夫に辛く扱われていたらしくセルヒオの優しさに救われている。男性の友達は今まで一人もいなかったと。
(ソイラ、セルヒオ、マルタ)
A: セルヒオの退所の日の3人の会話に胸が熱くなった。どんな状況に置かれても愛は絶大です。エンディング曲はホセ・ルイス・ペラレスのオリジナル曲「Te quiero」(アイ・ラブ・ユー)をチリのシンガー・ソングライター、マヌエル・ガルシアがカヴァーしている。セルヒオのラスト・リポートは言わずもがなでしょう。ゴヤ賞2021イベロアメリカ映画賞部門のチリ代表作品に選ばれました。
*追加情報:『83歳のやさしいスパイ』の邦題で2021年7月9日公開決定。
チリから届いた心温まるスパイ映画 『老人スパイ』*ラテンビート2020 ⑤ ― 2020年10月22日 11:55
ジェームズ・ボンドのようにタフではありませんが・・・
★マイテ・アルベルディの長編第4作目『老人スパイ』(「El agente topo」)のご紹介。ある老人ホームに送り込まれた俄か探偵セルヒオの御年は83歳、仕事は入居者たちが適切に介護されているかどうかスパイするのが目的、ドキュメンタリーといってもドラマ性が強い。ジャンル的にはドキュメンタリーとドラマがミックスされたいわゆるドクドラのようです。まだ新型コロナが対岸の火事だった頃のサンダンス映画祭2020ワールドシネマ・ドキュメンタリー部門でプレミアされたが、もともとは2017年サンセバスチャン映画祭SSIFFヨーロッパ・ラテンアメリカ共同製作フォーラム作品。というわけで今年のSSIFFペルラス(パール)部門にノミネートされ観客賞を受賞しました。監督紹介は「La Once」でアップしています。
*「La Once」の作品紹介は、コチラ⇒2016年01月25日
(観客賞の証書を手にしたマイテ・アルベルディ、SSIFF2020授賞式、9月26日)
『老人スパイ』(「El agente topo」、「The Mole Agent」)東京国際映画祭共催作品
製作:Micromundo Producciones(チリ)/ Motto Pictures(米)/ Sutor Kolonko / Volya Films
/ Malvalanda
監督・脚本:マイテ・アルベルディ
撮影:パブロ・バルデス(チリ)
音楽:ヴィンセント・フォン・ヴァーメルダム(オランダ)
編集:カロリナ・シラキアン?(Siraqyan、Syraquian、チリ)
製作者:マルセラ・サンティバネス、(エグゼクティブ)ジュリー・ゴールドマン、クリストファー・クレメンツ、キャロリン・ヘップバーン、クリス・ホワイト、他共同製作者多数
データ:製作国チリ=米国=ドイツ=オランダ=スペイン、スペイン語、2020年、ドキュメンタリー、90分、公開オランダ12月10日、カナダはインターネット上映。
映画祭・受賞歴:サンダンス映画祭2020(1月25日)、ヨーロッパ・フィルム・マーケット(独)、カルロヴィ・ヴァリ、マイアミ、サンセバスティアン(ペルラス部門観客賞)、チューリッヒ、ワルシャワ、など各映画祭で上映された。SSIFF 2017ヨーロッパ・ラテンアメリカ共同製作フォーラムのEFADs-CAACI賞受賞。
出演者:セルヒオ・チャミー(スパイ)、ロムロ(A&Aエイトケン探偵事務所所長)、(以下入居者)マルタ・オリバーレス、ベルタ・ウレタ、ソイラ・ゴンサレス、ペトロニタ・アバルカ(ペティータ)、ルビラ・オリバーレス、他
ストーリー:A&Aエイトケン探偵事務所に、サンティアゴの或る老人ホームに入居している母親が適切な介護を受けているかどうか調査して欲しいという娘からの依頼が舞い込んだ。元犯罪捜査官だった所長ロムロは、ホームに潜入してスパイする80歳から90歳までの求人広告を新聞にうつ。スパイとは知らずに応募して臨時雇用されたのが、最近妻に先立たれて元気のなかった御年83歳という好奇心旺盛なセルヒオ・チャミーだった。ロムロはスパイ経験ゼロのセルヒオに探偵のイロハを特訓する。隠しカメラを装備したペンや眼鏡の扱い方、しかし二人を悩ませたのが現代のオモチャ、スマートフォン。その要点の理解に時間がかかるが、ミッションを成功させるには使いこなすことが欠かせない。老人はジェームズ・ボンドのようにはいかないが、誠実さや責任感の強さでは引けを取らない。3ヵ月の契約でホームに送り込まれた俄かスパイは、どんな報告書を書くのだろうか。一方、撮影スタッフは表面上はホームの伝統的なドキュメンタリーを撮るという名目でセルヒオの後を追うことになる。
(ロムロ所長からスパイの特訓を受けるセルヒオ・チャミー)
フィクションとノンフィクションの垣根はありません、あるのは映画だけ
★ジャンルは一応ドキュメンタリーに区分けされていますが、マイテ・アルベルディによれば「あるのは映画だけ」ということです。上記のように第2作「La Once」(14)でキャリア紹介をしておりますが、以後の活躍も追加して紹介すると、1983年サンティアゴ生れ、監督、脚本家、作家。チリのカトリック大学で社会情報学を専攻、オーディオビジュアルと美学を学ぶ。現在複数の大学で教鞭をとっている。共著だが ”Teorias del cine documental en Chile 1957-1973” という著書がある。長編ドキュメンタリー第1作「El salvavidas」は、チリのバルディビアFF観客賞賞、グアダラハラFF審査員特別賞、バルセロナ・ドキュメンタリーFF新人賞他を受賞している。主な作品は以下の通りです。
2007年「Las peluqueras」(短編ドラマ)監督、脚本
2011年「El salvavidas」(長編ドキュメンタリー、デビュー作)監督、脚本
2014年「La Once」(長編ドキュメンタリー、第2作)監督、脚本
2014年「Propaganda」(長編ドキュメンタリー)脚本
2016年「Yo no soy de aquí」(短編ドキュメンタリー)
2016年「The Grown-Ups」(チリ「Los niños」長編ドキュメンタリー、第3作)監督、脚本
2020年「El agente topo」(長編ドキュメンタリー)本作
★長編第3作「The Grown-Ups」は、アムステルダム映画祭を皮切りに国際映画祭巡りをした。子供時代を一緒に過ごし仲間、今は中年になったダウン症のグループの愛と友情が語られる。興味本位でない彼らの可能性を探るドキュメンタリー。グラマド映画祭特別審査員賞、マイアミ映画祭Zeno Mountain賞、オスロ・フィルム・サウスフェスティバルDOC:サウス賞など受賞歴多数。
(「The Grown-Ups」のスペイン語版ポスター)
★セルヒオが選ばれたのは好奇心は強いがおよそスパイには見えないその無邪気さだったか。先ずはクライアントの母親ソニア・ぺレスを探しあて親しくならねばならない。このカトリック系のホームは入居者の9割40名ほどが女性だから結構大変です。セルヒオのように誠実で魅力的な男性は歓迎され、彼に恋する女性も現れる。一方ロムロはセルヒオの娘の心配も和らげなくてはならない、なにしろ父親はスパイなんだから。そしてセルヒオを追いかけてカメラを回したのが、パブロ・バルデス撮影監督、「La Once」と「The Grown-Ups」を手掛けている。完成して公けになれば潜入がバレてしまうわけだから、介護施設とはどういう取り決めをしていたのだろうか。
(学習に専念するセルヒオ)
(情報入手に入居者と親しくなるのもスパイの仕事です)
★セルヒオは目指す女性を突き止めるが、果たしてミッションは成功したのでしょうか。老人の孤独、やがて訪れるだろう死、セルヒオから送られてくる報告書はアルベルディ監督を内省的な方向に導いていく。現実に即しているとはいえドキュメンタリーというジャンルでは括れない。
★スタッフに女性シネアストが目立つが、エグゼクティブ・プロデューサーの一人ジュリー・ゴールドマンは、ニューヨーク出身のドキュメンタリーやTVシリーズを手掛けているプロデューサー兼エグゼクティブ・プロデューサー。2009年Motto Pictures を設立、オスカー賞ノミネート2回ほかエミー賞を受賞するなど受賞歴多数のベテラン、手掛けたドキュメンタリーもサンダンスFFで複数回受賞している。もう一人のエグゼクティブ・プロデューサーのキャロリン・ヘップバーンとの共同作品が多い。
(エグゼクティブ・プロデューサーのジュリー・ゴールドマン)
★成功の秘密の一つが製作者マルセラ・サンティバネスとの息の合った進行が挙げられる。監督とは初めてタッグを組んだのだが、マルセラは「マイテとはまるでパートナーになったようだった」とインタビューに応えている。またスマートフォンの特訓が大変だったとも。チリのカトリック大学視聴覚ディレクターのコミュニケーションを専攻(2003~10)。2012年9月から2年間UCLAの修士課程で映画製作を学んだ。ということで母国語の他英語が堪能。サンダンスFFにも監督と参加した。ラテンビート関連ではアンドレ・ウッドの『ヴィオレータ、天国へ』(11)のアシスタント・プロデューサーを務めている。制作会社 Micromundo Producciones 所属。
(監督と製作者マルセラ・サンティバネス、サンダンス映画祭2020)
パブロ・ララインの新作はダイアナ・スペンサーのビオピック ― 2020年07月12日 12:31
短編コレクション『HOMEMADEホームメード』をプロデュース
★新型コロナウイルスの拡大でサンチャゴの自宅に監禁状態だったパブロ・ラライン(1976)の辞書に休暇という単語はありません。43歳になる彼はサンティアゴに監禁中も、弟のフアン・デ・ディオスと設立した制作会社「ファブラFábula」製作の17人の監督からなる短編コレクション『HOMEMADEホームメード』をプロデュースしておりました。彼自身も初めてというコメディ「ラスト・コール」に挑戦、ベテランのメルセデス・モランとハイメ・バデルを起用しました。監督1人当たり4~5分から11分ぐらいで、自宅にある撮影機材や携帯電話を利用してソーシャルディスタンスを守っての撮影です。つまり全作が2020年前半コロナの時代に撮影されました。収益はコロナ禍への支援に充てられる。コロナが否応なく世界を変えつつあることを感じさせます。Netflix で6月30日から配信が始まっています。
(メルセデス・モランとハイメ・バデル、ララインの「ラスト・コール」から)
★企画はザ・アパートメントCEOロレンツォ・ミエリとパブロ・ララインの呼びかけで始まった。企画に賛同して出品したシネアストの面々は、『レ・ミゼラブル』に登場した少年が飛ばしたドローンでロックダウンの街を撮影したラジ・リ(仏)、世界で最も孤独な二人の老人、ローマ教皇とイギリス女王の恋の行方を人形劇で描いたパオロ・ソレンティーノ(ローマ)、デヴィッド・マッケンジー(グラスゴー)、レイチェル・モリソン(ロサンゼルス)、『存在のない子供たち』のナディーン・ラバキー&ハーレド・ムザンナル(ベイルート)、『カセット・テープ・ダイアリーズ』のグリンダ・チャーダ(ロンドン)、『ヴィクトリア』のゼバスチャン・シッパー(ベルリン)、ジョニー・マー(メキシコ)、アナ・リリ・アミールポアー(ロサンゼルス)、ルンガーノ・ニョニ(リスボン)、『ダークナイト』の女優マギー・ギレンホール(バーモント)、ヴァンパイアー・サガ『トワイライト』主演のクリステン・スチュワート(ロサンゼルス)、『ナチュラルウーマン』のセバスティアン・レリオ(サンティアゴ)、日本からは河瀨直美(奈良)などがが参加している。監督18人による17作品、なお()内は撮影地。
(ローマ教皇と英国女王、笑い続けたソレンティーノの人形劇から)
プリンセス・オブ・ダイアナが離婚を決意したクリスマス休暇の3日間
★さて本題、パブロ・ララインが短編コレクションと同時に準備していたのが長編「Spencer」である。旧姓ダイアナ・スペンサー、プリンセス・オブ・ウェールズのビオピックですが、ラライン映画ではダイアナの死は語られない。ダイアナ妃があるクリスマス休暇をノーフォークのサンドリンガム邸で王室の人々と過ごした3日間に限られる。「この人たちとはこれ以上一緒に暮らすことはできないと気づいた」3日間、これがチャールズ皇太子との最後のクリスマスとなる。別居が公式に発表されるのは1992年12月9日だからその前年あたりと思われる。もっとも二人の関係悪化は1984年の次男ヘンリー誕生あたりと言われており、離婚までの道のりは長かった。離婚の正式発表は1996年2月29日。
★誰がダイアナ妃に扮するのか、オリバー・ヒルシュビーゲルの『ダイアナ』のナオミ・ワッツでも、ドラマシリーズ『ザ・クラウン』のエマ・コリンでもなかった。上記の『HOMEMADEホームメード』で監督デビューも果たしたクリステン・スチュワート(ロス1990)を予想した人はいなかったでしょう。イギリスのダイアナ・ファンは、「なんでチリの監督でハリウッド女優なの!」と、いたくオカンムリなのですが、ゴシップの絶えないクリステン起用は大方にとって驚きだったでしょう。くっついたり離れたりしていたステラ・マックスとは完全に切れたらしく、去年の秋頃から新恋人として脚本家のディラン・マイヤーとのツーショットが目立つようになっている。上記の短編コレクションの脚本にも彼女は参加していて、ボイス出演までもしているのです。どうやら今度は本気らしい。
(二人のダイアナ)
★美貌だけが売りの女優でないことは、『WASPネットワーク』でオリヴィエ・アサイヤス監督のキャリア紹介をしたおりに、クリステンが『アクトレス 女たちの舞台』(14)で好演、翌年のセザール賞を受賞したことを記事にしたばかりです。アサイヤスとはサイコスリラー『パーソナル・ショッパー』にも出演しています。ヴァンパイアー・サガ『トワイライト』の成功で名声と莫大な資産を両手にしました。評判はイマイチだった『スノーホワイト』、ウディ・アレンの『カフェ・ソサエティ』、昨年は『チャーリーズ・エンジェル』(リメイク版)にも声が掛かった。
★周囲を驚かせたクリステン起用についてラライン監督は、「成功させるには映画の核に、とても重要な何かが必要なのです、それは神秘的な何かです。クリステンにはそれがある。私たちが求めていたのは、とても謎めいていて壊れやすいが強さも兼ね備えた女優でした。それらの要素を持ち合わせている女優として私たちはクリステンを思い起こしました。彼女が台本にどのように反応したか、どのように登場人物に近づいて行ったかが重要なのです。彼女なら不信と不穏な何かを同時にやり遂げるだろうと思います。自然に湧き出る強さです」と期待をにじませる。
★ララインにとって、クリステンは現時点での「最高の演技者の一人」なのでしょう。過去には、ナタリー・ポートマンにジャッキー・ケネディを演じさせベネチア映画祭に持って行くことができた。果たしてクリステンをダイアナ・スペンサーに化けさせられるか、その力量が試される。おとぎ話を読んで、やがて訪れてくるだろう王子さまを夢見ていた女性たち、歴史的な女性神話に興味をもつ多くの観客の心を掴むことができるでしょうか。
(ナタリー・ポートマンと監督、第73回ベネチア映画祭2016のフォトコールから)
★スティーヴン・キング自らが自作 ”Lisey’s Story” を脚色したTVシリーズ『リーシーの物語』(8話、米国・チリ合作、翻訳あり)をニューヨークで撮影中、終了次第ヨーロッパに渡って、来年早々にクランクインの予定だそうです。IMDb情報では、脚本を『イースタン・プロミス』を手掛けたスティーヴン・ナイトが執筆、製作者はラライン・ブラザーズの他、『つぐない』でアカデミー賞作品賞ノミネートのポール・ウェブスターなどがクレジットされているだけです。キャストはクリステン・スチュワート以外未発表、コロナの影響をうける可能性もゼロではないからカンヌに間に合うかどうか。監督自身も「撮影前に作品の説明はできません。なぜなら映画製作は思わぬリスクと背中合わせだからです。私の最大の喜びは映画を撮ること、アイデアが明確になり作品として完成されていく過程です。もし言ってよければ、こうして仕事を続けられるのは特権であり喜びです」と。
(弟フアン・デ・ディオスと監督、ラライン・ブラザーズ)
トライベッカ映画祭でニュー・ナラティブ監督賞にチリの新人 ― 2020年05月11日 15:13
ガスパル・アンティーリョのデビュー作「Nadie sabe que estoy aquí」
★新型コロナウイリスCovid-19が全世界を席捲していることで、主要な映画祭は軒並み延期か中止に追い込まれています。トライベッカ映画祭は、911後のニューヨークを元気づけようと翌2002年に始まりました。第19回トライベッカ映画祭2020のオンライン上映の経緯は、前回触れましたように初めての試みとして観客なしだが賞ありで開催されました。全作が上映されたわけではないがネットやYouTubeで見ることができたようです。当然のことながらガラは開催されず、4月29日受賞結果が発表になった。審査員と受賞者はオンラインを通じてやりとりした。
★本映画祭は、US ナラティブ・コンペティションとインターナショナル・ナラティブ・コンペティションの2部門に大きく分かれています。チリのガスパル・アンティーリョのデビュー作「Nadie sabe que estoy aquí」が、後者のニュー・ナラティブ監督賞を受賞しました。チリのクール世代を代表するパブロ・ラライン&フアン・デ・ディオス・ラライン兄弟が設立した制作会社「ファブラ Fabula」がプロデュースしました。主人公メモ・ガリードにチリ出身だがアメリカで活躍するホルヘ・ガルシアが起用されました。ちょっとウルウルする物語です。
「Nadie sabe que estoy aquí」(映画祭タイトル「Nobody Knows I'm Here」)2020
製作:Fabula 協賛Netflix(USA)
監督:ガスパル・アンティーリョ
脚本:エンリケ・ビデラ、ホセフィナ・フェルナンデス、ガスパル・アンティーリョ
撮影:セルヒオ・アームストロング
編集:ソレダード・サルファテ
音楽:カルロス・カベサス
美術:エステファニア・ラライン
キャスティング:エドゥアルド・パシェコ
衣装デザイン:フェリペ・クリアド
助監督:イグナシオ・イラバカ、フアン・フランシスコ・ロサス
プロダクション・マネージメント:エンリケ・レルマン
製作者:アンドレア・ウンドゥラガ(エグゼクティブ)、フアン・デ・ディオス・ラライン、パブロ・ラライン、エドゥアルド・カストロ、クリスティアン・エチェベリア
データ:製作国チリ、スペイン語、2020年、ドラマ、100分、撮影地チリのバル・パライソ、フエルト・オクタイ、サンティアゴ、2018年クランクイン。
映画祭・受賞歴:第19回トライベッカ映画祭2020「インターナショナル・ナラティブ・コンペティション」部門、ワールドプレミア、ニュー・ナラティブ監督賞受賞
キャスト:ホルヘ・ガルシア(メモ・ガリード)、ルイス・ニエッコ(叔父)、ミリャライ・ロボス(マルタ)、ソランヘ・ラキントン、アレハンドロ・ゴイク、ネルソン・ブロト、フリオ・フエンテす、マリア・パス・グランドジェーン、ガストン・パウルズ、エドゥアルド・パシェコ、ロベルト・バンデル
ストーリー:メモは15年間のあいだ、チリ南部の人里離れた牧羊舎に閉じ込められている。ポップスターになるというかつての夢を諦め、大衆の目から遠ざかっていた。マルタはメモの歌声を聴いて、彼の才能が世間に知られる時が来たと思っている。彼女が彼の歌声を記録しビデオを投稿すると、口コミで広がっていき、それはメモを世界から切り離していた遠い過去の暗部を炙り出すことになる。なぜならメモの声が伝説上の花形歌手であったウイル・ウイリーズの声とそっくりだったからである。 (文責:管理人)
(メモ・ガリードに扮したホルヘ・ガルシア)
「姿は人生を決定づけ、人々の認識をゆがめて混乱させる」と監督
★ガスパル・アンティーリョGaspar Antilloのキャリアについては、2015年に監督、脚本、プロデュースした短編「Mala Cara」(Bad Face、8分)がマイアミ・ショート映画祭に出品されたこと以外、詳細が入手できていません。トライベッカ映画祭の監督インタビューでは「この映画はチリ南部に隠され忘れ去られた人物の肖像画です。若い女性の到着が彼の壊れやすい人生をどのように変えるかを描いています。今日の世界では、姿は人生を決定づけ、人々の認識をゆがめて混乱させます」と語っています。またNetflixにリリースされるにあたって、「映画のコンセプトは、疎外されたキャラクターの内面世界を探検するというアイデアから生まれた。偏見をもたずに彼の明るい部分だけでなく暗い部分も描いている」と語っている。
(マイアミ・ショート映画祭でのガスパル・アンティーリョ)
★少年メモは、美しい声の持ち主だったが太っちょでかっこいいとは言えななかった。ハンサムな少年の影武者として舞台裏で歌っていた。そのことは少年の心に深い傷跡を残すことになったというのがメモの暗い過去であった。成人したメモはチリ南部の人里離れた牧羊舎で叔父と一緒に暮らしている。人目を避けながらも豊かな内面世界を育んでいた。この太っちょのメモ・ガリードに扮したのがホルヘ・ガルシアだった。
(叔父役のルイス・ニエッコとメモ役のホルヘ・ガルシア)
(マルタ役のミリャライ・ロボスとメモ)
★ホルヘ・ガルシア Jorge Garcia、1973年ネブラスカ州オマハ生れの俳優、コメディアン。父親がチリ出身の医師、母親がキューバ出身の大学教師ということで、アメリカ人だがスペイン語が堪能。1995年UCLAでコミュニケーション学を専攻、演技はビバリー・ヒルズ・プレイハウスで学んだ。彼のキャリア情報は監督とは反対に豊富である。というのもアメリカABC製作のTVシリーズ、ミステリー・アドベンチャー「Lost」(2004~10「ロスト」)のヒューゴ’ハーリー’レイェス役でブレークしたからです。
(ヒューゴ・レイェス役のホルヘ・ガルシア、「Lost」から)
★スペイン語映画出演は、2011年のパコ・アランゴのコメディ「Maktub」に特別出演した。アランゴ監督はメキシコ生れ(1962年)だがスペインに移住、スペインで映画を撮っている。本作でゴヤ賞2012の新人監督賞にノミネートされている。出演者のゴヤ・トレドも助演女優賞にノミネートされている。続く2作目が同監督の「The Healer」(17)では神父に扮した。「Nadie sabe que estoy aquí」が3作目になる。クランクイン前に「このプロジェクトに参加できることを喜んでいます。私は何十年もチリに行っていないので、あちらの親戚との再会を楽しみにしています」と語っていましたが、果たして再会できたのでしょうか。
(J・ガルシア、アンドニ・エルナンデス、ゴヤ・トレド、ディエゴ・ペレッティ「Maktub」)
★ルイス・ニエッコ Luis Gnecco(サンティアゴ1662)は、パブロ・ララインの『ネルーダ 大いなる愛の逃亡者』(16)でネルーダに扮している。他にグスタボ・G・マリノの『ひとりぼっちのジョニー』(1993)、フェルナンド・トゥルエバの『泥棒と踊り子』(09)、ララインの『No』などでチリの俳優としては知名度があるほうかもしれない。
(ネルーダになったルイス・ニエッコ、『ネルーダ 大いなる愛の逃亡者』から)
★いずれNetflixで世界配信されるということなので(アジアが除外されないことを切に願っています)視聴できたら再アップするつもりです。
アンドレス・ウッドの新作 『蜘蛛』 鑑賞記*ラテンビート2019 ⑭ ― 2019年12月01日 17:49
「1972年はそんなに遠い昔ではありません」とアンドレス・ウッド監督
★サンセバスチャン映画祭SSIFF 2019「ホライズンズ・ラティノ部門」で作品・監督・キャスト紹介はアップ済みですが、今回ラテンビートで実際に『蜘蛛』(原題「Araña」チリ・アルゼンチン・ブラジル、105分)を観て、「1972年はそんなに遠い昔ではありません」とアンドレス・ウッド監督が語っていたことが納得できました。また主役のイネス役にチリ人ではなく、スペインのマリア・バルベルデと、アルゼンチンのメルセデス・モランを起用したには何か訳があるのかと考えさせられました。監督はスペイン公開(11月22日)に合わせて来西、エル・パイス紙以下多くのメディアからインタビューを受けていました。スペイン人は40年という長きにわたって独裁政権を体験しているので、興味深いテーマだったようです。この年月はピノチェト独裁の倍になりますから、観客の受け止め方も世代によって違いがあるようでした。 (管理人10月16日鑑賞)
*「Araña」の紹介記事は、コチラ⇒2019年08月16日
主なキャスト:イネス(マリア・バルベルデ&メルセデス・モラン)、フスト(ガブリエル・ウルスア&フェリペ・アルマス)、ヘラルド(ペドロ・フォンテーヌ&マルセロ・アロンソ)
ストーリー:1970年代初頭のチリ、イネス、夫フスト、友人ヘラルドの3人は、1971年11月成立したサルバドル・アジェンデ政権の打倒を旗印にした国粋主義的な極右グループ「祖国と自由」のメンバーだった。イネスをめぐる危険な三角関係のもつれや裏切りにより3人は袂を分かつことになる。40年後、ねじけた社会正義のため復讐に燃えるヘラルドが起こしたセンセーショナルな事件により、安穏を満喫していたイネスとフストは、社会的名声と豊かさを脅かされることになる。ブルジョア階級のエリート子息たちが、自分たちの特権を守るために陰で画策した闇が語られる。(105分)
「私の国チリは、今でも過去の亡霊が彷徨っている国です」
A: 東京会場第2週目の最初に観た作品、長尺ではありませんでしたが体力が要求される映画でした。南米の「優等生」と言われるチリでは、10月6日に発表された30ペソ(約4.5円)の地下鉄運賃値上げをきっかけにした反政府デモで混乱していました。しかし値上げはきっかけでしかなく、国内の所得格差、高い失業率、年金・教育などに関する政策に関する国民の異議申し立てでした。
B: デモ隊を抑え込もうとして、軍部隊を出動させ、夕方から早朝までの外出禁止令を出したことが、国民にピノチェト時代を思い起こさせたようですね。混乱の鎮静化を図ったことが反対に国民の怒りを買ってしまった。
A: 結果、サンティアゴで開催されるはずだった「APEC」の首脳会談と地球温暖化対策会議「COP25」を、ピニェラ大統領は断念せざるを得ませんでした。監督が本作製作の意図を「私たちは民主主義を失うことへの恐怖をもち続けています」と述べているのと相通じるものがあります。
B: 70年代当時、監督も含めて若者だった世代は納得できないことでも声をあげることをしなかった。しかし今の若者は、「連帯して抗議の意思表示として払わない」と決めてデモを始めた。
A: 公開に先立って来西した折り、「私たちの頭の中は、目の前にニンジンをぶら下げられて走る馬のようでしたが、突然のごとく蜂起して政府を当惑させた」と、チリ国民が起した反政府デモについて語っていた。
B: ウッドの新作『蜘蛛』は、チリの政治システムの不名誉となった過去の泥まみれの恥を説明するのに役に立ちそうです。
(自作を語るアンドレス・ウッド監督、2019年11月20日マドリードにて)
A: イネスたちが所属していた極右グループ<祖国と自由>は、ピノチェト将軍の軍事クーデタが成功した2日後の9月13日にあっさり解散した。何故かというと軍事クーデタのお蔭でブルジョア階級がアジェンデ政権成立前に持っていた有利な権益を回復することができたからです。
B: 彼らはどんな犠牲を払ってでもエリート階級の特権を回復させたかった。安物パイのエンパナーダと赤ワインではなく、高級ウィスキーとキャビアのある生活が必要だった。
A: 彼らのテロリズムや破壊活動が、<ウィスキーとキャビア革命>と言われる所以です。
B: この<祖国と自由>の起源は、リーダーのパブロ・ロドリゲス・グレスが1970年9月10日に結成、翌年4月1日に、社会主義政策を掲げるサルバドル・アジェンデ現政権打倒のためテロリズムと破壊活動を選択したファシストのグループです。
A: 資金は南米の赤化を食い止めたい米CIAからもらっていた。映画の登場人物のモデルは同定できるメンバーもいるようですがフィクションです。クーデタ成功後はピノチェト政権内で活動、民主化後も勿論親玉が裁かれなかったのだから罪は帳消し、今日でも現役で活躍している人もいる。
(形が蜘蛛に似ている祖国と自由のマーク)
B: グループのリーダー的な女性として登場させたイネスのモデルになった人もいますが、お化粧がほどこされているのは当然です。
A: イネスを演じたマリア・バルベルデ(マドリード1987)のキャリアは、作品紹介記事に戻っていただくとして、映画デビューは2003年15歳でしたから結構長い芸歴です。イネスは1970年当時22歳ぐらいに設定されており大分若返りしたことになります。夫フストはかなり年上の28歳、ヘラルドが23歳ということでした。
(イネスとフスト役のガブリエル・ウルスア、背後に祖国と自由のポスター)
B: サンセバスチャン映画祭にはウッド監督の姿は見かけませんでしたが、映画祭開催前にチリでは公開されており、普通このようなケースは賞に絡まない。
A: 赤絨毯を踏んだのはベルベルデと2017年2月に結婚したばかりのベネズエラの指揮者グスタボ・ドゥダメルでした。彼は再婚、2015年に<和解できない意見の相違>で離婚したばかりでした。彼については、その天才ぶりがつとに有名、紹介不要でしょうか。
B: 彼女にとってイネスのような役柄は難しかったのではないですか。
A: 同じスペイン語でもチリ弁独特の訛りがあり、「よく聞き取れないから字幕を入れて」と冗談が言われる。先ず「役作りよりチリのアクセントを学んだ。役作りでもっとも難しかったのは複雑なイネスの人格で、イネスを理解するために自分自身を捨て、イネスを裁かないようにした」と語っていました。
(アツアツぶりを披露したバルベルデとドゥダメルのカップル、SSIFF 2019にて)
B: 名声とお金をほしいままにしている40年後のイネスを演じたメルセデス・モラン(サン・ルイス1955)は、昨年のLBFF、アナ・カッツの『夢のフロリアノポリス』でお馴染みになっている。
A: 冒頭から権勢をほしいままに振る舞う女性実業家を演じて貫禄をしめしていた。40年前に消えたはずのヘラルドが突然現れ、現在の地位を脅かすようになる。孫はともかく息子とは上手くいっていない。過去の秘密を共有する夫は、今や役立たずになっている。
B: むしろ重荷になっている。しかし築いた裏の人脈がものを言う。
(ヘラルド出現に動揺するイネス役のメルセデス・モラン)
A: チリはピノチェトの後、21世紀に入ってからは中道左派のラゴス大統領の後を受けて当選したバチェレが2006年から10年まで、中道右派のピニェラが2010年から14年まで、第2期バチェレが2014年から18年まで、再び第2期ピニェラという具合に左派と右派が交代で政権を執っている。
B: 40年後というのは中道右派である第1期のピニェラ政権時代に相当します。
A: そういう時代背景を知って本作を観ると、イネスの画策が成功するのも分かりやすくなる。2006年12月に死去したピノチェトの葬式を、その年の3月に就任したばかりのバチェレ大統領は国葬にすることを断固拒否したが、陸軍による葬式は認めざるを得なかった。
B: 葬式には極右グループ<祖国と自由>の元メンバーも参列したということでした。チリとはそういう国です。
A: 上述したラゴス大統領は、1987年12月にピノチェトの軍政継続を問う国民投票を実施した立役者の一人です。いわゆる「イエス」か「ノー」選挙です。
B: それをテーマにしてパブロ・ララインが製作したのが『NO』(12)でした。ガエル・ガルシア・ベルナルが出演したこともあって、ラテンビート上映後公開もされた。
A: 『NO』はララインの「ピノチェト政権三部作」の最終編でした。彼の父親はチリでは有名な保守派の大物政治家、母親は第1期ピニェラ政権の閣僚を務めている。つまりラライン一族はチリ富裕層に属している。
B: 40年後のヘラルドを演じたマルセロ・アロンソはチリの俳優、彼は3人の中で唯一エリート階級に属していない登場人物でした。自分たちの手はなるたけ汚さずにすませたいブルジョアの子息たちに利用される役目。
A: 『トニー・マネロ』や『ザ・クラブ』、『ネルーダ 大いなる愛の逃亡者』などラライン映画の常連です。狂気の目が印象的でしたが、実際にこういう立ち位置のメンバーがいたのかどうか。
(40年間持続しつづけていた復讐と狂気の人、ヘラルド役のマルセロ・アロンソ)
B: チリ映画の躍進は目覚ましいものがありますが、才能流失は今も昔も続いている。経済格差にも拘わらず不寛容な社会が続いている。
A: アンドレス・ウッドの久々の長編映画ですが、本作を手掛ける前の数年間はプロデューサーとしてTVドラマシリーズ「Mary y Mike」(18、メアリとマイク)を製作していた。ピノチェト時代に組織されたDINA(チリの国家情報局)のエリート諜報員マリアナ・カジェハスと元CIAスパイの米国人マイケル・タウンリーという実在した夫婦の物語でした。
(「Mary y Mike」のポスター)
B: 反ピノチェト派の殺害を子供も暮らしていた自宅の隠し部屋で遂行したという大胆不敵なカップルだった。ウッド監督は『マチュカ―僕らの革命―』(04)だけでなく軍事政権時代に拘っている監督。
A: このTVドラマも『蜘蛛』同様、独裁政権側の視点から描いている。ベルリン映画祭2018「ドラマ・シリーズ・デイ」で上映された。チリのTVドラマがベルリンで紹介される第1号でした。
*「Mary y Mike」の紹介記事は、コチラ⇒2018年03月04日
(『マチュカ―僕らと革命―』 のポスター)
B: チリで起こっていることは多くの要因が重なっている。過去の影が今日でも浮遊していることがチリを分かりにくくさせている。チリの独裁政権を糾弾し続けているパトリシア・グスマンの『光のノスタルジア』(10)『真珠のボタン』(15)も忘れるわけにいきません。
A: 才能流失組の大物、老いを感じさせないドキュメンタリー作家グスマンの最新作「La Cordillera de los sueños」は、カンヌ映画祭2019で特別上映された。ウッド監督が「気をつけて、政治的ライバルを見誤ることは重大な誤りです。私たちはピノチェトの知性を軽視しました。それは間違いでした」と警告したことを忘れないでおこう。
パブロ・ララインの「Ema」がペルラスに*サンセバスチャン映画祭2019 ⑯ ― 2019年08月28日 14:16
現代の家族をめぐる挑発的なドラマ「Ema」
★ペルラス部門の追加作品のうち、チリのパブロ・ラライン「Ema」と、コロンビアのチロ(シーロ)・ゲーラの「Waiting for the Barbarians」が昨年の『夏の鳥』に続いてペルラスにエントリーされていた。後者は監督が英語でコロンビア以外で撮った初めての映画となる。何回も言及しているように南アフリカ連邦出身(国籍は南ア連邦とオーストラリア)のジョン・マックスウェル・クッツェーの小説『夷狄を待ちながら』(1980、翻訳1991)の映画化です。2003年ノーベル文学賞、異例と言われた2度のブッカー賞受賞と、翻訳書も多く、2度にわたって来日している。劇場公開が視野に入っている英語映画ということで後回しにします。
★パブロ・ラライン(サンティアゴ1976)の新作「Ema」は、ベネチア映画祭2019コンペティション部門(8月31日上映)、トロント映画祭(9月8日上映)の後、SSIFFに登場します。ラライン映画の本映画祭の関りは、『トニー・マネロ』「Post Mortem」『ザ・クラブ』 がホライズンズ・ラティノ部門、『No』『ネルーダ 大いなる愛の逃亡者』がペルラス部門にノミネートされている。「Post Mortem」以外はラテンビートで見ることができ、チリの監督としては認知度ナンバーワンではないでしょうか。
「Ema」
製作:Fabula
監督:パブロ・ラライン
脚本:ギジェルモ・カルデロン、アレハンドロ・モレノ
音楽:ニコラス・Jaar
撮影:セルヒオ・アームストロング
編集:セバスティアン・セプルベダ
プロダクション・デザイン:エステファニア・ラライン
衣装デザイン:フェリペ・クリアド
プロダクション・マネージメント:ジョナサン・ホタ・オソリオ
特殊効果:ホアキン・サインス
製作者:ロシオ・Jadue(エグゼクティブ)、フアン・デ・ディオス・ラライン、クリスティアン・エチェベリア、他
データ:製作国チリ、スペイン語、2019年、ドラマ、102分、撮影はバルパライソで6週間、2019年米国公開の予定
映画祭・受賞歴:ベネチア映画祭2019コンペティション部門正式出品(8月31日上映)、トロント映画祭2019 Galas部門(9月8日上映)、サンセバスチャン映画祭ペルラス部門出品
キャスト:マリアナ・ディ・ジロラモ(エマ)、ガエル・ガルシア・ベルナル(エマの夫)、サンティアゴ・カブレラ、ジャンニナ・フルッテロ、エドゥアルド・パシェコ、カタリナ・サーべドラ、パオラ・ジャンニーニ、他
ストーリー:偶発的な出来事で心の傷を負ったあと、家庭生活は不安定になっている。激烈な振付師とレゲトンの踊り手エマの夫婦は、個人的な解放を求めて波乱に富んだ船出をする。現代の家族、アート、欲望についての挑発的なドラマ。
(エマに扮するマリアナ・ディ・ジロラモと夫役のG. G. ガエル)
★2016年の英語映画『ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命』完成後、2018年8月に新作のタイトルは「Ema」、スペイン語で撮るという発表があった。既にガエル・ガルシア・ベルナルと相手役にラライン映画は初めてというマリアナ・ディ・ジロラモ(サンティアゴ1990)起用が決まっていた。『No』や『ネルーダ 大いなる愛の逃亡者』に続いて、G. G. ガエルとタッグを組んだ。マリアナはチリのカトリック大学で演劇を専攻、舞台、TVシリーズ「Río oscuro」(7話)に出演している他、アレハンドロ・フェルナンデス・アルメンドラスの「Aquí no ha pasado nada」に脇役出演している。
(新作発表のラライン監督とG. G. ガエル)
(マリアナ・ディ・ジロラ)
★脇を固めるのは、米TVシリーズでも活躍するベネズエラのサンティアゴ・カブレラ(カラカス1978)、『家政婦ラケル』の怪演で観客を魅了したチリのベテラン女優カタリナ・サーべドラ、『泥棒と踊り子』や「メアリとマイク」の主役マリアナ・ロヨラ(サンティアゴ1975)などがクレジットされている。
★「偶発的な出来事」が紹介したストーリーからは分からないが、上手くいかなかった養子縁組を指しているようです。脚本は『ネルーダ~』のギジェルモ・カルデロンと「Medea」を監督したアレハンドロ・モレノとの共同執筆です。製作はラライン監督の実弟フアン・デ・ディオス・ララインが手掛けている。レゲトンというのは、1980年代から90年代にかけてのアメリカのヒップホップの影響を受けたプエルトリコ人が生み出した音楽、レゲエ+サルサ+ボンバなどが加わっているそうです。
アンドレス・ウッドの新作「Araña」*サンセバスチャン映画祭2019 ⑪ ― 2019年08月16日 12:43
ホライズンズ・ラティノ第1弾――チリの監督アンドレス・ウッドの新作
★アンドレス・ウッド久々の新作であること、ラテンビートLBFFとの深い関わりやキャストにメルセデス・モランやマリア・ベルベルデが出演ということで、チリ=アルゼンチン=ブラジル合作「Araña / Spider」の紹介から。チリの監督と言えば、『No』や『ネルーダ 大いなる愛の逃亡者』のパブロ・ララインが有名ですが、彼はデビュー作『トニー・マネロ』がカンヌ映画祭併催の「監督週間」にノミネートされたこともあって、カンヌFF出品が多い。他にベネチア映画祭やベルリン映画祭にも出品しており、今年も新作「Ema」はベネチアとトロントに出品された。
「Araña / Spider」
製作:Bossa Nova Films / Magma Cine / Wood Producciones
監督:アンドレス・ウッド
脚本:ギジェルモ・カルデロン
撮影:M.I. Littin-Menz
キャスティング:ロベルト・マトゥス
美術:ロドリゴ・バサエス
製作者:パトリシオ・ペレイラ(エグゼクティブ)、パウラ・コセンサ、アレハンドロ・ガルシア、他
データ:製作国チリ=アルゼンチン=ブラジル、スペイン語、2019年、スリラー、サンセバスチャン映画祭ホライズンズ・ラティノ部門出品、チリ公開2019年8月15日
キャスト:メルセデス・モラン(イネス)、マリア・バルベルデ(ヤング・イネス)、フェリペ・アルマス(イネスの夫フスト)、ガブリエル・ウルスア(ヤング・フスト)、マルセロ・アロンソ(イネスとフストの親友ヘラルド)、ペドロ・フォンテーヌ(ヤング・ヘラルド)、カイオ・ブラット(アントニオ)、マリア・ガルシア・オメグナ(ナディア)、マリオ・ホールトン(ホセ)、ハイメ・バデル(ドン・リカルド)、他
ストーリー:1970年代の初頭、イネス、夫のフスト、夫婦の親友ヘラルドの三人は、アジェンデ政権打倒を目論む過激な国粋主義を標榜する極右グループのメンバーだった。犯罪や陰謀が渦巻くなか、彼らは歴史の流れを変えようと或る政治的犯罪に手を染めていく。同時に危険で情熱的な三角関係にもつれ込み、裏切りにより彼らは永遠に袂を分かつことになる。40年という長いあいだ、復讐と強迫観念に捉われていたヘラルドは、青春時代の国家主義的な主義主張にかき立てられていた。一方イネスは、実業家として成功を収めていた。警察は、ヘラルドと自宅に保管してある書類をを監視しており、イネスはかつての政治的性的な過去や夫フストのことが明るみに出ることを避けようと最善を尽くすだろう。サルバドル・アジェンダ政権(1970年11月4日~1973年9月11日)打倒を目標に生まれたパラミリタール「祖国と自由」運動を掘り下げる。二人のイネスによって物語は語られる。 (文責:管理人)
(左から、青春時代の仲間、イネス、ヘラルド、フストの3人)
『マチュカ 僕らと革命』とは別の視点で撮った「Araña」
★アンドレス・ウッド(サンティアゴ・デ・チレ1965)は、監督、脚本家、製作者、SSIFF1997ニューディレクターズ部門に出品された「Histrias de fútbol」がデビュー作。カンヌFF「監督週間」出品の「Machuca」(04、『マチュカ 僕らと革命』)、「La buena vida」(08、『サンティアゴの光』LBFF2009、ゴヤ賞2009イスパノアメリカ映画賞)、「Violeta se fue a los cielos」(11、『ヴィオレータ、天国へ』LBFF)などが代表作。『サンティアゴの光』がLBFFで上映された折り来日している。監督としては『ヴィオレータ、天国へ』を最後に、現在は製作者としてTVシリーズに力を注いでおり、今回8年ぶりに『マチュカ』とは別の視点で「Araña」を撮った。
*アンドレス・ウッドのキャリア&フィルモグラフィーは、コチラ⇒2018年03月04日
(アンドレス・ウッド監督、2019年8月)
★「もう一つの9-11」と言われるのが1973年11月3日に勃発したチリの軍事クーデタである。如何にしてピノチェトがクーデタを成功させ、20年近くにも及ぶ独裁政権を維持できたのか考え続けているアンドレス・ウッドが、『マチュカ 僕らと革命』とは別の視点でチリの現代史を描いている。40年の時を隔てて、キャストは各々別の俳優が演じている。ヤング・イネスはスペイン女優マリア・バルベルデ(マドリード1987)、現代のイネスはアルゼンチンのベテラン女優メルセデス・モラン(サン・ルイス1955)が扮した。バルベルデは2003年、マヌエル・マルティン・クエンカの「La flaqueza del bolchevique」で銀幕デビュー、相手役のルイス・トサールと堂々わたり合って、いきなり翌年のゴヤ賞新人女優賞を受賞したシンデレラ・ガール。LBFF2014上映の『解放者ボリバル』、Netflixのマリア・リポル『やるなら今しかない』など、スペイン映画に止まらず、イタリア、イギリス、米国映画にも出演している。
*マリア・バルベルデのキャリア紹介は、コチラ⇒2015年07月14日
(チリ公開前夜祭に登場した二人のイネス、モランとバルベルデ、2019年8月14日)
★メルセデス・モランは、昨年のLBFFで上映されたアナ・カッツの『夢のフロリアノポリス』に主演、ルクレシア・マルテルの「サルタ三部作」の第1部『沼地という名の町』、第2部『ラ・ニーニャ・サンタ』の他、パブロ・ララインの『ネルーダ 大いなる愛の逃亡者』など、当ブログでは数回にわたってキャリア紹介をしています。リカルド・ダリンと共演することが多く、アルゼンチンではチョー有名な女優。
*メルセデス・モランの主なフィルモグラフィーは、コチラ⇒2018年09月21日
(過去の秘密が暴露されることを怖れるイネス、メルセデス・モラン)
★ヘラルド役のペドロ・フォンテーヌとマルセロ・アロンソはチリの俳優、ペドロ・フォンテーヌは2015年、マリア・エルビア・レイモンドの「Days of Cleo」でデビューした。プロデューサーとしてLBFF上映のクリストファー・マーレイの『盲目のキリスト』や、アレハンドロ・フェルナンデス・アルメンドラスの「Aqui no ha pasado nada」を手掛けている。マルセロ・アロンソはパブロ・ララインのデビュー作『トニー・マネロ』や「Post Mortem」の他、『ザ・クラブ』のガルシア神父や『ネルーダ 大いなる愛の逃亡者』などに出演している演技派で、本作主演の一人。他に「Princesita」などが代表作。TVシリーズ出演が多く、チリの有名どころが総出演している観のある人気犯罪ドラマ「Prófugos」(11&13)にも出演している。
(マリア・バルベルデとペドロ・フォンテーヌ)
(ポスターにも採用されたヘラルド役のマルセロ・アロンソ)
★フスト役のガブリエル・ウルスアとフェリペ・アルマスの二人もチリと、大方はチリの俳優が起用されている。ガブリエル・ウルスアは2010年、パスカル・クルムの「MP3: una pelicula de rock descargable」でデビュー、他にフアン・ギジェルモ・プラドのアクション・アドベンチャー「Puzzle negro」など。フェリペ・アルマス(サンティアゴ1957)は、主にTVシリーズに出演しているテレビ界の大物俳優。しかし目下自閉症の息子をほったらかしにしていたことで告発されており窮地に立たされている。他にドン・リカルド役のハイメ・バデル(バルパライソ1935)は、パブロ・ララインのほとんどの作品「Post Mortem」から『ザ・クラブ』『No』『ネルーダ~』などに顔を出している。
(ヤング・イネスのマリア・バルベルデ、ヤング・フストのガブリエル・ウルスア、
背後にグループ「PATRIA Y LIBERTAD 祖国と自由」のポスター)
(公開前夜祭でのフェリペ・アルマス)
★国家主義的な極右グループ「PATRIA Y LIBERTAD 祖国と自由」のリーダーらしきアントニオは、ブラジルのカイオ・ブラット(サンパウロ1980)が演じている。ナディアを演じたマリア・ガルシア・オメグナは美人女優として売り出し中だが、目下第一子を抱えており、夫君ゴンサロ・バレンスエラにエスコートされて前夜祭に参加、話題を集めていた。
(マリア・ガルシア・オメグナ、公開前夜祭にて)
◎関連記事(管理人覚え)
*『ザ・クラブ』の紹介記事は、コチラ⇒2015年10月18日
*『ネルーダ 大いなる愛の逃亡者』の紹介記事は、コチラ⇒2017年11月22日
*「Aqui no ha pasado nada」の紹介記事は、コチラ⇒2016年08月23日
*『盲目のキリスト』の紹介記事は、コチラ⇒2016年10月06日/10月21日
*追加情報:ラテンビート2019で『蜘蛛』の邦題で上映が決定しました。
ニューディレクターズ全14作が発表*サンセバスチャン映画祭2019 ⑩ ― 2019年08月13日 14:49
全容が明らかになったニューディレクターズ部門―チリとアルゼンチンから
★7月30日、ホセ・ルイス・レボルディノス総ディレクターとニューディレクターズ部門の代表者イドイア・エルルベによって全14作品が発表になりました。スペイン語映画は、既に発表になっていたスペイン映画2作(「La inocencia」、「Las letras de Jordi」)は紹介済み、加えてアルゼンチン映画、チリ映画各1作ずつ、合計4作がノミネートされたことになりました。アジアからは関係がぎくしゃくしている日本と韓国から仲良く1作ずつ選ばれました。他、アルファベット順にブルガリア、米国、イスラエル、リトアニア、ノルウェー、イギリス、スイス、チュニスが選ばれましたが大方が合作、各国から満遍なく選ばれている印象です。
* ルシア・アレマニーの「La inocencia」の紹介は、コチラ⇒2019年07月24日
* マイデル・フェルナンデス・エリアルテ「Las letras de Jordi」は、コチラ⇒2019年07月24日
(全14作を発表する、ホセ・ルイス・レボルディノスとイドイア・エルルベ、7月30日)
◎『よあけの焚き火』(「Bonfire at Dawn」)日本、土井康一
キャスト:大蔵基誠、大倉康誠、鎌田らい樹、坂田明
*650年の伝統を守る大蔵流狂言方の父と子の物語。大蔵流狂言方の実の親子が初出演している。ドキュメンタリーとフィクションを織り交ぜている。8月9日よりフォーラム山形で上映開始、全国各地で展開中。監督(横浜1978)、スタッフ、キャスト紹介の詳細は公式サイトで。
◎「Algunas bestias / Some Beasts」チリ、ホルヘ・リケルメ・セラーノ
Cine en Construccion 35 Toulouse 受賞作品、2019年、監督第2作目、スリラー、97分
キャスト:パウリナ・ガルシア(ドロレス)、アルフレッド・カストロ(アントニオ)、コンスエロ・カレーニョ(コンスエロ)、ガストン・サルガド(アレハンドロ)、アンドリュウ・バルグステッド(マキシモ)、ミジャレイ・ロボス(アナ)、他
ストーリー:ある家族がチリ南部の海岸沿いにある無人島に、観光ホテル建設の夢を抱いて喜び勇んでやってくる。本土から彼らを船に乗せてきた男が姿を消すと、家族は島の囚われ人となってしまう。水もなく寒さと不安で気力も失せ、家族の各々が隠しもっている悪霊が露わになるなかで、共同生活は次第に困難になっていく。
*4日間で撮ったデビュー作「Camaleón」(16)がロンドン映画祭などで高評価だったことが、比較的早い第2作に繋がった。「チリ社会に根源的に存在する悪霊がテーマ」と監督。
(アルフレッド・カストロ、パウリナ・ガルシア)
◎「Las buenas intenciones / The Good Intentions」アルゼンチン、アナ・ガルシア・ブラヤ
キャスト:ハビエル・ドロラス(グスタボ)、アマンダ・ミヌヒン(アマンダ)、エセキエル・フォンタネラ、カルメラ・ミヌヒン、セバスティアン・アルセノ、ハスミン・スタート、フアン・ミヌヒン
ストーリー:1990年代のブエノスアイレス、アマンダは10歳、弟と妹がいる。子供たちは離婚した両親の家を行ったり来たりして暮らしている。父親と一緒のときは、アマンダはできる限り家事をこなして大人のように振るまわざるを得ない。それは父親が子供たちを自身よりほんの少しだけ愛しているようなとても風変わりなタイプの人間だったからだ。ある日のこと、母親が父親のきちんとできない生活からは程遠い外国を申し出る。その提案はアマンダを不安に陥れることになる。
*監督デビュー作、1974年ブエノスアイレス生れ。実際の3人姉弟が演じる。
(父親と子供たちをバックにしたポスター)
(きちんとした性格の母親)
ホナス・トゥルエバ新作カルロヴィ・ヴァリ映画祭でFIPRESCI賞受賞 ― 2019年07月22日 18:18
ホナス・トゥルエバの「La virgen de agosto」が国際批評家連盟賞を受賞
★大分古いニュースになりましたが、第54回カルロヴィ・ヴァリ映画祭2019(7月6日ガラ)でホナス・トゥルエバの「La virgen de agosto」が国際批評家連盟賞 FIPRESCIと審査員スペシャル・メンションを受賞しました。父親フェルナンド・トゥルエバ監督と製作者の母親クリスティナ・ウエテ、叔父ダビ・トゥルエバ監督と恵まれた環境でありながら、現在は親に頼らず映画作りをしている。「この賞は謙虚で慎ましい映画に贈られる。世界のポジティブな見方をたもって、色調豊かな感情表現に取り組んだ一連のテーマも、それに相応しいものでした」というのが審査員の授賞作に選んだ理由でした。
(カルロヴィ・ヴァリ映画祭に勢揃いしたスタッフ&キャスト、左から4人目が監督)
(ホナス・トゥルエバとイチャソ・アラナ、授賞式にて)
★既に本作の作品紹介&監督フィルモグラフィー、主演女優イチャソ・アラナを含むキャスト紹介をしております。スペイン公開予定8月15日がアナウンスされています。
*「La virgen de agosto」の作品紹介は、コチラ⇒2019年06月03日
(ヒロインのイチャソ・アラナ、映画から)
★スペイン語映画では、他にチリのフェリペ・リオス・フエンテスのデビュー作「El hombre del futuro」(チリ=アルゼンチン合作)も審査員スペシャル・メンションを受賞しました。チリのパタゴニアを舞台にした、父(ホセ・ソーサ)と娘(アントニア・ギーセンGiessen)の一種のロード・ムービーのようですが、かなり興味を惹かれました。いずれご紹介するとして目下は受賞報告だけにとどめます。キャストは他にパブロ・ララインの『ザ・クラブ』や『ネルーダ』の出演者ロベルト・ファリアス、セバスティアン・レリオの『ナチュラルウーマン』のアンパロ・ノゲラ他、アルゼンチンからはルクレシア・マルテルの『ラ・ニーニャ・サンタ』のマリア・アルチェなどがクレジットされています。
(アントニア、プロデューサーのジャンカルロ・Nasi、監督、映画祭にて)
(ホセ・ソーサとアントニア・ギーセン、映画から)
特別上映作品にパトリシオ・グスマンの新作*カンヌ映画祭2019 ⑩ ― 2019年05月15日 15:43
もう1作はパトリシオ・グスマンの「La Cordillera de los sueños」
★特別上映作品のもう1作は、チリのパトリシオ・グスマンの「La Cordillera de los sueños」というドキュメンタリーです。チリ最北部を撮った『光のノスタルジア』(10)と最南端を撮った『真珠のボタン』(15)は2部作となっています。後者がベルリン映画祭2015の銀熊脚本賞を受賞したことで本邦でも公開されたのでした。ドキュメンタリー映画の巨匠フレデリック・ワイズマン(1930)との対談(2015年1月)で、「もし第三部を撮るとしたらアンデス山脈になるが、目下具体的な案はないし、その可能性もない」とかつて語っていた監督、幸いなことに可能性があったようです。
「La Cordillera de los sueños」(「The Cordillera of Dreams」)2019
製作:ARTE / Atacama Productions
監督・脚本:パトリシオ・グスマン
撮影:サムエル・ラフ Lahu
データ・映画祭:製作国フランス=チリ、スペイン語、2019年、ドキュメンタリー、85分、撮影地アンデス山脈。配給Pyramid Distribution(仏)。カンヌ映画祭2019コンペティション部門特別上映作品、ドキュメンタリー賞(ルイユ・ドール賞)を受賞。
解説:カンヌ映画祭総ディレクターであるティエリー・フレモーのコメントによると「パトリシオ・グスマンは、軍事独裁政権が民主的に選ばれた政府を転覆させた40年前にチリを離れた。しかし片時も忘れたことがない地図上の母国、その文化について考え続けている。『光のノスタルジア』で北部を『真珠のボタン』で南部を描いたのち、彼が<チリの過去と現在の歴史をつらぬく広大で明白な脊柱>と称するところに近づいて行く。「La Cordillera de los sueños」は、映像詩であり、歴史的質疑であり、映像エッセイであるとともに個人的な心の探求である」
★チリのピノチェト軍事独裁政権を倦むことなく糾弾し続けるグスマン監督は、第1部、第2部に続いて本作で三部作を完成させたことになる。広大なチリの脊柱アンデス山脈を舞台に、精神的探求者が語るビジュアルなエッセイのようです。数カ月前に完成させたばかりの新作がカンヌ映画祭のセレクションで特別上映されることについて「カンヌは私の仕事のために常に連携してくれている。チリの隠された歴史シリーズの第3部が、このような重要な映画祭で上映されるのは光栄なことです」と語っている。
★「わたしの国ではあらゆる場所に山脈がありますが、チリの国民にとっては殆ど見知らぬ領域同然なのです。『光のノスタルジア』で北を、『真珠のボタン』で南端を描き、今度は山脈の美しさを探求し、その神秘を明らかにするために、この広大な脊柱をフィルムにおさめる用意ができたと思いました」とグスマン。
★チリの製作者で配給を手掛けるアレクサンドラ・ガルビスは「この映画は大きな挑戦でした。しかし監督は、撮影がアクセスの難しかった高山にもかかわらず、肉体的な限界というものを感じさせなかった」と語っている。今年のクラシック部門にルイス・ブニュエルが特集され、フランス映画『黄金時代』(30)とメキシコ時代の『忘れられた人々』(50)が4K修整、『ナサリン』(58)が3K修整で上映されるようです。今年もセレブが顔を揃えて華々しく開幕したニュースが入ってきました。高がカンヌ、されどカンヌですか。
(撮影中のグスマン監督と撮影監督のサムエル・ラフ)
*『光のノスタルジア』の作品紹介、監督フィルモグラフィーは、コチラ⇒2015年11月11日
*『真珠のボタン』の作品紹介記事は、コチラ⇒2015年11月16日
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