『愛しのセニョリータ』ネットフリックス鑑賞記*マラガ映画祭2026 ⑪2026年05月22日 18:34

           オリジナル版はハイメ・デ・アルミニャンの『お嬢さま』

 


     

フェルナンド・ゴンサレス・モリーナの「Mi querida señorita」が、『愛しのセニョリータ』の邦題でNetflixストリーミング配信が始まっています。マラガ映画祭2026セクション・オフィシアルでワールドプレミアされた作品です。フランコ体制の末期1971年に完成、翌年2月公開されたハイメ・デ・アルミニャンの長編3作目のリメイク版です。リメイク版といっても、ジャンル、時代、場所、登場人物、セニョリータの年齢なども変えておりますが、「愛の物語」というオリジナル版の本質は失っておりません。どちらかというと翻案のほうがぴったりきます。製作者のロス・ハビスもオリジナルに敬意をはらった「リメイクではなく翻案です」と語っています。出版以来17言語に翻訳されたというベストセラー La mala costumbre 2023刊)の著者アラナ・S・ポルテロが脚本を手掛けるなど話題も尽きません(翻訳書は現在のところ出版されておりません)。

  

     

   (ハビエル・アンブロッシとハビエル・カルボに囲まれて、マラガFF38日)

 

★マラガに参加したクルー、後列左から、アンヘラ役のロラ・ロドリゲス、ハビエル・アンブロッシ、ガト―役のマヌ・リオス、イサベル役のアンナ・カスティーリョ、母親役のナゴレ・アランブル、ハビエル・カルボ、シンガーソングライターのサハラ Zahara、アレックス・デ・ルカス、前列エリザベス・マルティネスと監督でした。主要人物のうち、長寿テレドラ出演でスペインで最も有名な祖母役者となった女優マリア・ガリアナ、モニカ・ナランホのファンだという神父役のパコ・レオン、サンティアゴ役のエネコ・サガルドイなどは欠席でした。

   


    

 「Mi querida señorita / My Dearest Señorita

製作:Suma Content

監督:フェルナンド・ゴンサレス・モリーナ

脚本:アラナ・S・ポルテロ

   オリジナル版:ハイメ・デ・アルミニャン、ホセ・ルイス・ボラウ

音楽:アレックス・デ・ルカス、Zahara

撮影:カルロス・リゴ

編集:ベロニカ・カリョン

キャスティング:エバ・レイラ、ヨランダ・セラノ

メイクアップ&ヘアー:エバ・R・フォンテンラ、アマイア・ミロ―、セルモ・デル・カンポ・ペスケラ

製作者:ハビエル・アンブロッシ、ハビエル・カルボ、アンドレア・エレーラ・カタラ

プロダクション(Netflix):ジェスイカ・メナ

 

データ:製作国スペイン、2026年、スペイン語、ドラマ、112分、撮影地ナバラ州パンプローナ、配給Netflix、公開スペイン2026417日、Netflix ストリーミング配信開始51

映画祭・受賞歴:第29回マラガ映画祭2026セクション・オフィシアル、38日プレミア

 

キャスト:エリザベス・マルティネス(アデラ/アデーA.D.)、アンナ・カスティーリョ(イサベル)、パコ・レオン(ホセ・マリア司祭)、ナゴレ・アランブル(アデラの母クルス)、マリア・ガリアナ(アデラの祖母アデリナ)、エネコ・サガルドイ(サンティアゴ)、デルフィナ・ビアンコ(パトリシア/マダム・フェリ)、マヌ・リオス(ガトー/ラモン・ビセンテ)、ロラ・ロドリゲス(アンヘラ)、ロドリゴ・クエバス(アロンソ、神父のパートナー)、ウスエ・アルバレス(ベゴーニャ)、アインホア・アルテチェ(イサベルの友人アネ)、ヨグリニャ・ボロバ(ヨグリニャ)、イニゴ・デ・ラ・イグレシア(カルボ医師)、グレンダ・ガロア(グレンダ)、エスペランサ・グアルダード(マダム・デネブ)、フェリペ・ロサ(セサル)、イサベル・ミゲル・エルナンデス(館員)、ニコ・モントーヤ(イシドロ)、アラナ・S・ポルテロ(アラナ)、アリナ・ラズメンコ(マダム・アルタイア)、ミナ・セラーノ(マダム・ベガ)、他(クレジット無し)ホセ・ルイス・ロペス・バスケス(フアン)、フリエタ・セラーノ(イサベリータ)

 

ストーリー:パンプローナ、間もなくミレニアムを迎える1999年暮れ、保守的な家庭の一人娘アデラは、母親の過保護のもと家族が営むアンティークショップ「デ・フアン」で働き、週末には子供たちの教理指導の教師をしている。自身のインターセセックスを取り巻く沈黙の中で生きている。不安をかかえながらそれが自分の人生全体を左右していることに気づかない。しかし新たに赴任してきた司祭ホセ・マリアの思いがけない友情、幼馴染サンティアゴのロンドンからの帰郷、自動車事故をきっかけに突然闖入してきた理学療法士イサベルの登場が連鎖反応を引き起こし、アデラをパンプローナからマドリードへの自己発見の旅に誘い出すことになる。自分のアイデンティティを知るには愛と他人の助けが欠かせないだろう。

          

監督紹介フェルナンド・ゴンサレス・モリーナ Fernando González Molina1975年パンプローナ生れ、監督、脚本家、製作者。ナバラ大学で視聴覚コミュニケーションを専攻、その後マドリード自治体映画学校ECAM 映画監督の学士号を取得する。短編映画、ドキュメンタリー制作に携わり、アンテナ3TV人気シリーズ「Los hombres de Paco」(200610,全136話)に2008年から参加して28話を監督した。そこで出会ったマリオ・カサスを主役にコメディ「Fuga de Cerebros」を撮り、マラガ映画祭2009観客賞を受賞、映画館に100万人以上が足を運んで興行的にも成功を収めた。その後もカサスとマリア・バルベルデを起用した青春ドラマ『空の上3メートル』、続編『その愛を走れ』ではカサスの相手役にクララ・ラゴを主演させ、いずれも高い興行成績を記録した。

 

    

            (エリザベス・マルティネスとゴンサレス・モリーナ監督、マラガ)

 

2015年、ルス・ガバスの同名小説 Palmeras en la nieve に触発されて映画化した『ヤシの木に降る雪』が大ヒット、観客動員数300万人以上の大記録、ゴヤ賞2016オリジナル歌曲賞美術賞を受賞した。2017年、サンセバスティアン出身の作家ドロレス・レドンドの犯罪サスペンス、マルタ・エトゥラの主演で「Trilogía del Baztánバスタン渓谷三部作」と言われる第1部を原作とした「El guardián invisible」を発表、劇場公開3週目で300万人突破を果たした。翻訳書のタイトル『バサジャウンの影』を邦題にして、Netflixで配信されている。第2部「Legado en los huesos」と第3部「Ofrenda a la tormenta」も日本語字幕なしだが鑑賞できる。2018年の「The Best Day of My Life」は、国籍の異なる6人のLGBTメンバーについて語るドキュメンタリー、2017年バルセロナのランブラスで起きたバルセロナ同時多発テロを追う犯罪スリラーCronos」が公開予定(910)になっている。

 

主なフィルモグラフィ

2009Fuga de Cerebros」マラガFFセクション・オフィシアル観客賞を受賞、

   タラソナ・イ・エル・モンカイヨ・コメディFF作品賞受賞

2010Tres metros sobre el cielo」『空の上3メートル』、

2011Fuga de Cerebros 2」エグゼクティブプロデューサー

2012Tengo ganas de ti」『その愛を走れ』シネフォリア賞2013年間トップテン観客賞受賞

2015Palmeras en la nieve」『ヤシの木に降る雪』フォトグラマス・デ・プラタ2016観客賞

2017El guardián invisible」『バサジャウンの影』バスタン渓谷三部作第1

2018The Best Day of My Life」シネフォリア賞2019ドキュメンタリー賞ノミネート

2019Legado en los huesos」「レガシー・オブ・ボーンズ」バスタン渓谷三部作第2

2020Ofrenda a la tormenta」「吹雪と贄」バスタン渓谷三部作第3

2021~22ParaísoTVシリーズ(全15話)SFミステリー、

   アリカンテFF 20212022TVシリーズ部門ノミネート

2026Mi querida señorita『愛しのセニョリータ』

2026Cronos」犯罪スリラー

2022 アリカンテFFルセンタム賞受賞

 

     オリジナル版は米アカデミー賞外国語映画賞ノミネートの『お嬢さま』

 

A: 上述したようにハイメ・デ・アルミニャン(マドリード19292024)が監督、脚本を製作者で監督でもあったホセ・ルイス・ボラウ(サラゴサ19292012)が共同執筆した。本作の成功にはボラウに負うところが大きいと言われた。当時、新進気鋭の劇作家として数々の受賞歴をもつデ・アルミリャンの長編3作目、フランコ体制の末期とはいえ未だ検閲下にあったスペインでタブー視されていた性的指向について初めて語った作品でした。第45回アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされたが、ルイス・ブニュエルのフランス映画『ブルジョワジーの秘かな愉しみ』に敗れた。デ・アルミリャンは本作で第一線に登場したことになる。

 

  

            (オリジナル版のポスターとロス・ハビス)

  

B: スペインで検閲が全廃されるのは、フランコ没後の19764月、コメディとして検閲を摺り抜けた。ボラウは本作を手掛けた制作会社「エル・イマン」の設立者、またアデラに「あなたは女ではない」と診断結果を告げる医師としてスクリーンにも登場するなど多才の人ですね。

 

A: 邦題『お嬢さま』は、198411月に開催された「スペイン映画の史的展望19511977」上映時に付けられたタイトルです。京橋の東京国立近代美術館フィルムセンターで、ルイス・G.ベルランガ、J. A.バルデムからルイス・ブニュエル、カルロス・サウラ、ビクトル・エリセなど20人の監督からなる23作が一挙に上映された。

B: 日本のスペイン映画元年ともいわれる映画祭でした。中には既に公開されていたブニュエルの『ビリディアナ』やバルデムの『恐怖の逢びき』など4作も含まれていましたが、本邦初上映の粒ぞろい作品ばかりでした。エリセの『ミツバチのささやき』も翌年公開されました。

 

A: 成功のカギは、なんといってもアデラを演じた当時の大スターホセ・ルイス・ロペス・バスケス(マドリード19222009)の名演技でした。俳優、コメディアン、衣装デザイナー、更に舞台美術家でもあった。トータルの出演本数262本には驚くほかはない。油の乗りきった時代のロペス・バスケスが、鬘を被って女性のアデラと男性になったフアンを演じ分け、シカゴ映画祭1972「銀のヒューゴー男優賞」を受賞した。

B: アカデミー授賞式に出席したロペス・バスケスに、ハリウッドの監督たちから「英語を習ってハリウッドに来ないか」と誘われたエピソードは有名になった。

 

      

          (アデラ時代のホセ・ルイス・ロペス・バスケス)

 

A: あっさり断ってくれたお蔭でアントニオ・メルセロの短編ホラー「La cabina(仮題「電話ボックス」72)、マヌエル・グティエレス・アラゴンの「Habla mudita」(『話してごらん』74)などを楽しむことができたわけです。リメイク版のようなインターセックスの女優は当然存在しなかったというか、そういうキャリアの存在を許してこなかった。後述するリメイク版でアデラを演じたエリザベス・マルティネスも、今作がスクリーンデビュー作品です。

B: マルティネスの演技をとやかく言うのは簡単ですけどね。

 

A: オリジナル版の時代背景は、1970年代初めのスペイン北部の町、アデラは中流階級の婚期を逸した43歳の女性であるが、そのことに違和感っを感じている。メイドのイサベリータと暮らしている。バルセロナ生れの舞台女優フリエタ・セラーノが演じている。それほど映画出演は多くなかったが、古典劇からシェイクスピア、チェーホフ、テネシー・ウィリアムズと幅広く出演していた。若いころ好意を感じていたドン・サンティアゴ(アントニオ・フェランディス)が地方銀行の支店長として赴任してくる。最近妻を亡くしたばかりの彼はアデラにさっそく求婚する。しかし、アデラは彼に体を接触されるのが嫌である。

   

     

           (口髭、顎髭、頬髭を剃らねばならないアデラ)

 

B: そこで教区の神父(エンリケ・アビラ)の勧めもあって医師の診察を受けると、信じられないような重大な真実を知らされる。イサベリータに好意を感じていたのも、彼女のボーイフレンドのことで喧嘩別れしたことも腑に落ちるというわけです。

 

    

     (アデラ時代のロペス・バスケスとイサベリータ役のフリエタ・セラーノ)

 

A: ここからが後半部、フアンと呼ばれる男性が列車でマドリードに到着する。しかし身分証もないうえ、男性になっても女性としての教育しか受けていないから出来る仕事が容易に見つからない。かつての日本と同じ「男は外で仕事、女は内で家事育児」のせいで職業訓練など受けたことがない。家賃は滞納するは、食事もままならないほど困窮する。

B: そこでフアンはミシンを運んできたことを思い出し、裁縫の特技を生かして、アデラ時代に着ていた洋服を仕立て直して洋装店に持ち込むことで就労許可証を手にする。   

  

        

       (マドリードで再会したフアンになったアデラとイサベリータ)

 

A: 女性が低く見られている現実と、男女の役割分担を強いる政権を批判しているのですが、コメディタッチにすることで検閲を逃れている。洋装店の近くのカフェでウェイトレスをしていたイサベリータと再会するが、彼女はフアンがもとの雇い主とは気づかない。フアンは彼女が自分を憎からず思っていることに気づくが、男としての自信がない。そこで若者に混じって成人学級で学び始めたりするが上手くいかない。イサベルを遠ざけようとするフアンを彼女は優しく抱擁する。いつか大切なことを話すというフアンに、「必要ありませんよ、お嬢さま」と返事する。

B: 彼女が既にフアンの正体を知っていたことを示唆しているシーンで終わる。なんだと思うでしょうが、検閲を向こうに回して、1970年代のスペインがもっていたジェンダーについての情報や感受性を語ったパイオニア的な映画だったのです。

 

A: リメイク版に較べて登場人物は多くありませんが、アパートの管理人役にロラ・ガオス(『ビリディアナ』)、その姪にチュス・ランペアベ(アルモドバル映画の常連)、アパートの隣人で娼婦役のモニカ・ランダル(『カラスの飼育』)など、当時の個性的な演技派女優がズラリですから見ごたえがあります。公開50年後の2022年に記念上映会がもたれた。現代の観客もかつての観客同様、ロペス・バスケスの女装を見たいからではなく、愛と不適合、孤独についての物語を観に行ったのでした。

 

        時代設定を1999年にした理由――パンプローナは16世紀

 

B: ロス・ハビスが「これは挑戦です」と語った2026年版は「ゼロから始まった」という。二人のハビエルは、昨年11月、13年間の交際を解消したと発表しましたが、仕事上のパートナー関係は維持していくということです。

A: 監督によると、時代を現在ではなく1999年に設定した理由として、ミレニアムを控えた特殊な年であったこと、現在のようにインターセックス(性分化疾患)が完全に可視化されておらず、まだ LGTBI のうち は存在しなかったこと、更にパンプローナからマドリードに旅立つアデラの年齢が、脚本を手掛けたアラナ・S・ポルテロ(マドリード1978)と自分とが同世代だったことを上げている。このことで彼ら自身のことを語ることにもなったという。トランス女性としての彼女、ゲイとしての自身のことですね。

   

    

                アラナ・S・ポルテロとゴンサレス・モリーナ監督)

  

B: パンプローナは監督の生れ故郷です。オリジナル版はマドリード以外はガリシアのポンテベドラ県のバヨナやビゴで撮影した。

A: ロス・ハビスからリメイク版の打診があった。オリジナル版は映画学校で観ていたが、改めて見直すとリメイクはとても難しいと感じた。なにしろ名優ロペス・バスケスに匹敵する俳優を探すのは至難の業だったし、2026年の現在、鬘をつけた男優でインターセクシュアリティについてのドラマを語ることは出来ないのもはっきりしていた。そこで当時アラナ・S・ポルテロの小説 La mala costumbre に魅了されていたので、脚本を彼女が担当することを条件にオーケーした。

  

B: 彼女も脚本執筆は初めて、「恐怖を感じた」と述懐しています。

A: インターセックスの女優が演じるのが本作のカギでした。しかしこれがなかなか大変で、エリザベス・マルティネスに辿りつくまでが長い道のりでした。演技経験は全くのゼロでしたが、「私たちのイメージに完璧にぴったりだった」と監督。しかし探す段階で多くのトランスの方々と知り合うメリットがあった。


B: マルティネス本人によると、皆に助けられての撮影は本当に大変だったと語っている。好きなシーンを訊かれて、足の悪いパトリシア(デルフィナ・ビアンコ)を助けて「一緒に歩道を歩いているシーンが一番好きだ」と応じている。

B: とても繊細な人、スタッフの選択は間違っていなかった。 

          

A: 彼女に関する情報は映画データでも少ないし、AI情報は別人との混同もあるようです。本人のインタビュー情報から、2000年アリカンテ生れ、育ったのはマドリード、あちこち海外にも移動している。他の職業にも興味があるらしく目下勉強中、今後女優として生きていくのかどうか分かりませんね。

B: 人格造形を最も変えたのがイサベル、パンプローナでは理学療法士で、アマチュア劇団に属して本格的な舞台女優を夢見ている。レズビアンのイサベルはアデラに好意を寄せている。再会したらアデーになっているので戸惑うが、彼女の心の扉を開けるのはイサベルで、重要人物に変わりない。

   

    

       (ジャンヌ・ダークに扮したイサベルを座席で見つめるアデラ)

  

A: アンナ・カスティーリョが演じた。当ブログでは、ゴヤ賞2017新人女優賞を受賞した、イシアル・ボリャインの『オリーブの樹は呼んでいる』、ロス・ハビス自身が演出した大ヒット・ミュージカルの映画化『ホーリー・キャンプ!』、ダビ・マルティン・デ・ロス・サントスの『マリアの旅』などでキャリア&フィルモグラフィーを紹介しています。  

B: お茶の間では、TVシリーズ「Su majestad」(2526)で主役のスペイン王女を好演して人気が上がったようです。

      

                

            (意気投合するアデラとイサベル)

 

A: 特別出演のパコ・レオン(セビーリャ1974)はゲイの神父ホセ・マリアを演じた。自身の典型的な務めから離れて、アデラの真の問いに助け舟をだす。正式名司祭の条件は独身男性が必須だが、自室でモニカ・ナランホの曲をがんがん流したって許される。

B: アデラに「パンプローナは16世紀を生きている」と語る。イサベルといると「自由になる」が「自分らしく生きることが怖い」と悩むアデラに、「もっと自分らしくなれ」とけしかける異色の神父。

 

          

             (アデラに助言するホセ・マリア神父)

 

A: 俳優、監督、脚本家、製作者と多才、マラガ映画祭2015エロイ・デ・ラ・イグレシア賞の受賞など数えきれない。実母カルミナを主役にした「Carmina o revienta」で監督デビュー、ゴヤ賞2013新人監督賞にノミネート、監督・出演の『KiKi 愛のトライ&エラー』でもゴヤ賞2017脚色賞とオリジナル歌曲賞にノミネート、受賞がないのが不思議です。

B: 俳優としてはTVシリーズ「Aída」(0514)のルイスマ役で238話に出演した記録をもっている。

     

A: 映画の冒頭、197311月に誕生した赤ん坊がインターセックスであること、母親と医師が赤ん坊の性別を決める外科的な医療介入をしたことが知らされる。スペインでは20世紀末まで「hermafroditismo」(両性同体)の外科的医療が病院の手引き書だった。侮蔑的な意味合いが感じられることから、大人になってもアデラには知らされなかった。1999年の地方都市では、教区が町の道徳的な標準枠であった。現在のスペインではインターセックスと変わり、外科的な医療介入は禁止されている。しかし、法と現実は別、外科介入の論議は閉じていない。またこの名称も流動的で変わるかもしれません。

 

B: 娘を選択した母親にナゴレ・アランブルが起用された。アデラを心から愛して理不尽な外圧から守っているが、娘が苦しんでいることを知りながら嘘をつき続けている。この映画のテーマに「自分の人生の選択権は誰にあるか」がある。出生時に本人がどうするかは物理的にできない。

A: 家長でもある祖母役のマリア・ガリアナ1935)に一族の秘密を語らせる。親戚にはアデラのような大柄な女性、マルガ叔母さんとその娘エルネスティナがいたことを打ち明ける。長いあいだ沈黙が家族を支配していたわけです。冒頭に伏線として二人の古ぼけた写真が映しだされている。事実を知ったアデルはパンプローナからマドリード行きを選択する。

        

   

        (母親のナゴレ・アランブル、エリザベス・マルティネス)

 

B: 23年間に及ぶテレビの歴史ドラマシリーズ「Cuéntame cómo pasó」(0123)以来、スペインを代表する祖母役と言えば、もうマリア・ガリアナをおいて他にいないでしょう。

A: 日本ではベニト・サンブラノの『ローサのぬくもり』がヒットしました。本国ではイマイチでしたが、ゴヤ賞2000助演女優賞を受賞している。今年スペイン映画アカデミーからタリア栄誉賞も授与された。

 

     

            (祖母アデリナ役のマリア・ガリアナ)

 

B: アデルの幼馴染サンティアゴを早い段階で登場させている。

A: 大都会ロンドンから「99人しか住んでいない」遅れたパンプローナに帰郷するサンティアゴ役にエネコ・サガルドイを起用した。彼のセリフには当時の監督の思いが投影されている。

B: オリジナル版のドン・サンティアゴとは職業以外似ていない。あちらは陽気なタイプですが、こちらは家業を継ぐため仕方なく故郷に戻ってきたニヒルな人物造形にした。

   

      

             (冒頭で再会する幼馴染のサンティアゴ役エネコ・サガルドイ)

 

A: エネコ・サガルドイはアイトル・アレギ & ジョン・ガラーニョのバスク語映画『アルツォの巨人』でゴヤ賞2018新人男優賞を受賞している。

B: TVシリーズ出演も多く、頭の回転の早さから映画祭のホストなども任され、プロデューサーとしても活躍している。

 

        変えるのは「身体でなく社会」――後半はまるで合唱劇 

 

A: 90年代は、スペインだけでなく世界中で吹き荒れたエイズに怯えた時代でした。「大柄な女やなよなよした男は、人々を怖がらせる」とアデラに語ったホセ・マリア神父の最愛の人はアロンソ(ロドリゴ・クエバス)、エイズで亡くなった。神父は宗教の道に入った理由の一つに上げる。これでエイズを取り扱うことになったと監督。  

B: 神父の造形も大幅に変えている。オリジナル版は登場人物が少なく、マドリードにやってきたフアンの孤独も続いている。しかしフアンは他人の助けを求めません。語りたいテーマが違うからです。

  

A: 監督は「私たちは、自分探しの旅をさせているアデーA.D. に他人が手を差し伸べることにしたかった」。アパートの部屋をシェアリングしているガトー役のマヌ・リオス、アンヘラ役のロラ・ロドリゲス、二人が育てている息子の父親はガトーじゃない。

B: 再会したイサベルの女友達アネやヨグリニャ、仕事を世話してくれたトランスのパトリシア、そこで働くマダム・アルタイア(アリナ・ラズメンコ)やマダム・ベガ(ミナ・セラーノ)、血は繋がっていない家族が増えていくから当然テーマも増える。しかし「自分らしく生きることが怖かった」主人公も解放されていく。

 

    

        (ガトー役マヌ・リオスとアンヘラ役のロラ・ロドリゲス)

 

    

         (信頼で繋がるガトー、アデー、アンヘラの疑似家族)

 

A: しかし二つのバージョンは、付かず離れずの関係です。アデーの窮地を救ってくれた雇い主のパトリシアが、仕事場では「フェリ様か、マダム・フェリ」と呼ぶようにアデラに命じますが、これはオリジナル版でモニカ・ランダルが演じた〈フェリ〉に敬意を払っている。

B: 後半部で最も光っていた登場人物がこの哲学者のようなパトリシアです。彼女のセリフから脚本家アラナ・ポルテロの声が聞こえてくるようです。

  

            

           (マダム・フェリ役のデルフィナ・ビアンコ)

 

 

         脚本の過剰さは決断の代価――1999年に遡らせた理由

  

A: マラガ映画祭に寄せられた声として、脚本の過剰さがありました。アデラが起こした自動車事故の原因の一つ「ワニンコフ事件」に始まって、病院の受付の女性が読んでいたフルール・イェギーの『規律という甘い日々』と訳されたされた Los hermosos años del castigo という小説、神父がファンのモニカ・ナランホは、プライド・パレードに参加する活動家でもある。

B: ワニンコフ事件は199910月にアンダルシアで起きたばかりの若い女性の殺人事件。

 

A: 母親の元恋人ドロレス・バスケスが逮捕されたが、全くの冤罪だった。スペインで一番有名な冤罪事件と言われてます。アリバイもあったのに犯人に仕立て上げられた。理由は同性愛者だったからです。

B: アデルの祖母も世間同様有罪を確信する。たまりかねたアデラの怒りが爆発する。

 

A: ネットフリックスがドキュメンタリー『コスタ・デル・ソル殺人事件』の邦題で配信しています。1989年に刊行されたフルール・イェギーの小説は、少女の成長物語ですが、クィア小説でもあるようです。

B: 現在のところ翻訳書はないようですが、スイスの作家でイタリア語で執筆している。

  

A: イサベルが手に入れたいカール・T・ドライエルのフランスの無声映画『裁かるるジャンヌ』(28)、アナイス・ニンの日記を映画化したフィリップ・カウフマンの『ヘンリー&ジューン』(90)、アナイスにポルトガルの女優マリア・デ・メデイロス、ヘンリー・ミラーにフレッド・ウォード、妻ジューンにユマ・サーマン、1930年代のパリで織りなす3人の屈折した愛の物語、DVDが発売されている。

B: ネットでマリア・ファルコネッティが演じた聖女ジャンヌを見てしまいました。クローズアップの多用さに正直びっくりしましたが、カット構成技法の巧みさに引き込まれました。

 

A: 日本でも公開されましたが映画館で観た人は、もうこの世に一人もいない。主人公に「自分らしい生き方」を決断させるにはいささか多すぎるかもしれませんが、現代にすれば必要なかったでしょう。地方都市のパンプローナに暮らすアデラには、エストロゲン服用の必要性さえ分からなかった。ネットで繋がることが出来なかった時代に遡った理由かもしれません。

  

B: プライド・パレードのイベントに窓から手を振るシーンがありました。

A: 決断にはアデラをマドリードに旅立たせる必要があったのです。パンプローナでは不可能でもマドリードなら可能です。オリジナル版の出演者の多くは既に旅立ちました。イサベリータになったフリエタ・セラーノはアルモドバル映画に出演でゴヤ賞助演女優賞を受賞するなど元気です。今回、祖母役が検討されたという記事も目にしました。エンディング「寂しくなると美術館に来るの」と老婦人はアデーに話しかける。この老婦人を演じたのがフリエタ・セラーノです。

 

      

          (プライド・パレードにエールを送るアデラたち)

   

B: シンガーソングライターのサハラ Zahara が歌う "La luz que vendrá" が、これからアデラの進む道です。

   

   

            (居場所を見つけ一歩踏みだしたアデラ)


A: 光に満ちた未来がやってくる、来年のゴヤ賞オリジナル歌曲賞ノミネートを期待します。まもなくカンヌ映画祭の結果発表があります。ロス・ハビスのグラナダの詩人ガルシア・ロルカの4ページの未完のテキストにインスパイアされた「La bola negra」がノミネートされ、スタッフ、キャストが揃って現地入りしています。今年は珍しいことにアルモドバルの新作「Amarga Nadidad」、ロドリゴ・ソロゴジェンの「El ser querido」が、日本映画と同じように3作コンペティション部門に入りました。濱口竜介は脈ありでしょうか。ハリウッド映画の不振が関係しているのかもしれません。政治と芸術は切り離せません。今回でマラガ映画祭の記事は終わりにします。

  

      

             (Zahara、マラガ映画祭フォトコール