イサキ・ラクエスタの新作は西仏合作映画*ベルリン映画祭2022 ― 2022年01月31日 14:48
2015年パリ同時多発テロ〈バタクラン劇場〉襲撃事件の生存者の実話

★イサキ・ラクエスタの新作「Un año, una noche」は、スペインとフランスの合作、両国の若手演技派が集合しました。2015年11月13日の夜、パリ11区にある伝説的なコンサートホール「バタクラン劇場」で起きたISILメンバーによるパリ同時多発テロ事件の一つの実話がベースになっています。事件当夜の生存者ラモン・ゴンサレスの ”Paz, amor y Death Metal” の映画化。襲撃された6ヵ所の死亡者130名のうちバタクラン劇場だけで89名、負傷者300名という最も多い犠牲者を出している。既に6年以上の歳月が流れましたが今でも記憶に残るテロ事件でした。原作者のラモン・ゴンサレスには『BPM ビート・パー・ミニット』(17)のアルゼンチン出身だがフランスで活躍するナウエル・ぺレス・ビスカヤート、そのガールフレンドのセリーヌにフランスの『燃ゆる女の肖像』(19)で主役の画家を演じたノエミ・メルランが扮します。両作ともカンヌFFを沸かせた作品でした。


(撮影中のノエミ・メルランとナウエル・ぺレス・ビスカヤート)
★イサキ・ラクエスタ(ジローナ1975)については、前作『二筋の川』(19、Entre dos aguas)他でご紹介しております。邦題はスペイン映画祭2019(インスティトゥト・セルバンテス東京、6月25日~7月2日)で上映されたときのものです。本作の脚本家で製作者のイサ・カンポと二人のあいだの愛娘揃ってオープニングに来日、Q&Aに参加いたしました。
*『二筋の川』の監督&作品紹介は、コチラ⇒2018年07月25日/2019年07月06日
*『記憶の行方』作品紹介は、コチラ⇒2016年04月29日

(イサキ・ラクエスタとイサ・カンポ、マラが映画祭2016、フォトコール)
「Un año, una noche」(One Year, One Night)
製作:Bambú Producciones / Mr. Fields and Friends / Noodles Production /
La Termita Films
監督:イサキ・ラクエスタ
脚本:フラン・アラウホ、イサ・カンポ、イサキ・ラクエスタ
原作:ラモン・ゴンサレスの ”Paz, amor y Death Metal”
音楽:ラウル・フェルナンデス・ミロ
撮影:イリーナ・リュプチャンスキ
編集:セルジ・ディエス、フェルナンド・フランコ
キャスティング:ピエール・フランソワ・クレアンシエル、ロサ・エステベス
美術:ミケル・フランシスコ、セバスティアン・ゴンデク
衣装デザイン:Alexia Crisp-Jones
メイクアップ:アルマ・カザル、ミロウ・サナー
特殊効果:The Action Unit
製作者:ディエゴ・ポロ、ライア・コル、モニカ・タベルナ
データ:製作国スペイン=フランス、フランス語、2022年、ドラマ、言語フランス語、撮影地バルセロナ、配給Studio Canal、Eurimages 他から資金援助を受けて製作された。
映画祭・受賞歴:第72回ベルリン映画祭2022コンペティション部門
キャスト:ナウエル・ぺレス・ビスカヤート(ラモン)、ノエミ・メルラン(セリーヌ)、キム・グティエレス、アルバ・ギレラ(ルーシー)、ナタリア・デ・モリーナ、C.タンガナ、Miko Jarry、マイク・F. パンフィール(カリム)、ホセ・ハビエル・ドミンゲス(友人)、ジャン=ルイ・ティルバーグ(教育家)、アレックス・モリュー・ガリガ、エドワード・リン(バルのオーナー)、イゴール・マムレンコフ、他
ストーリー:2015年11月13日の夜、パリ11区にある伝説的なコンサートホール「バタクラン劇場」に、武器を携えたISLLジハーディストのテロリスト4人が突然襲撃した。6ヵ所のパリ同時多発テロのうち最大の犠牲者89名を出した。スペイン人のラモン、フランス人のガールフレンドのセリーヌは、生存者としてテロ襲撃のトラウマと闘う人生を生きることになる。ラモン・ゴンサレスの ”Paz, amor y Death Metal” の映画化。Death Metalは当夜出演していたアメリカのロックバンド〈イーグルス・オブ・デス・メタル〉から採られている。

(テロ生存者のラモンとセリーヌ、フレームから)
バタクラン劇場への悲劇的な襲撃からトラウマに直面したカップル
★ラクエスタ監督は、バタクラン劇場への悲劇的な襲撃から1年後の2016年、倫理的な問題、人間関係、トラウマに直面しなければならなかった若いカップルをフォローする本作に取り組んだ。上記のように出演者はスペイン、フランスからキャスティングされている。
★主演のナウエル・ぺレス・ビスカヤートはフランスで活躍しているが、1986年ブエノスアイレス生れ、舞台と映画俳優、国籍はアルゼンチン。映画デビューは2004年から、エドゥアルド・ラスポの「Tatuado」で2005年銀のコンドル新人賞を受賞、ブノワ・ジャコの『肉体の森』(10)出演を機に、その後フランス語を学ぶため3ヵ月パリに留学した。アルゼンチンに戻り、ルイス・オルテガの「Lulú」(14)で、銀のコンドル主演男優賞にノミネートされている。しかし国際的な成功は、カンヌ映画祭2017出品のロバン・カンピヨの『BPM ビート・パー・ミニット』出演でした。本作はグランプリ、国際批評家連盟賞、クィア・パルム他を受賞、従ってカンヌの1作品1賞のルールにより、最優秀男優賞を逃しました。しかし2018年にはセザール新人賞、リュミエール男優賞などを受賞、ヨーロッパ映画賞にもノミネートされ、国際的な名声を手に入れた。

(日本語版のチラシから)
★ノエミ・メルランは、1988年パリ生れ、女優、監督、脚本家。モデルとしてスタートしたが、パリの演劇学校で学んでいる。2011年より女優として活躍しているが、監督として2本の短編を撮った後、既に長編映画にデビューして評価を得ている。ルー・ジュネの『不実な女と官能詩人』(19)、セリーヌ・シアマ監督の『燃ゆる女の肖像』(19)の画家役で女性映画批評家協会WFCC賞、リュミエール女優賞ほかを受賞、ノミネート多数の話題作。長編監督デビュー作「Mi iubita, mon amour」は自作自演、カンヌ映画祭2021でゴールデンカメラにノミネート、サンセバスチャン映画祭のサバルテギ-タバカレラ部門でも上映されている。

(ノエミ・メルラン、『燃ゆる女の肖像』から)
★スペインサイドのキム・グティエレス、ナタリア・デ・モリーナについては度々登場させているので割愛しますが、ミュージシャンのC. タンガナ(本名アントン・アルバレス・アルファロ1990)が俳優デビューを飾ったことが話題になっています。

(C. タンガナ)
★共同脚本家のフラン・アラウホは製作者、脚本家、監督。イサキ・ラクエスタ&イサ・カンポの『記憶の行方』でガウディ賞(作品・脚本)、続く『二筋の川』でも作品賞を受賞している。TVシリーズのヒット作を数多く手掛けており、なかでイサベル・ペーニャ&ロドリゴ・ソロゴジェンの「Antidisturbios」(20)でイリス賞(プロダクション)とペペ・コイラの「Hierro」(19)で脚本賞、他にメストレ・マテオ賞(脚本)を共同で受賞している。
★音楽は『二筋の川』を手掛けたラウル・フェルナンデス・ミロ、撮影監督はフランスの名匠アルノー・デプレシャンの青春映画『あの頃エッフェル塔の下で』(15)のイリーナ・リュプチャンスキ、フィルム編集のセルジ・ディエスは『二筋の川』でガウディ賞を受賞、もう一人のフェルナンド・フランコはデビュー作「La herida」(13)がサンセバスチャン映画祭で審査員特別賞を受賞、翌年のゴヤ賞2014で新人監督賞やフォルケ賞作品賞を受賞するなどしている。スタッフは西仏合作らしく両国の実力者が支えている。
カルラ・シモンの第2作目「Alcarras」*ベルリン映画祭2022 ― 2022年01月27日 11:56
「死にかけている」 家族経営の農業――舞台はリェイダの桃農園

★第72回ベルリン映画祭2022(2月10日~20日)コンペティション部門にノミネートされたカルラ・シモンの新作「Alcarras」は、アマチュアを起用しての今や瀕死の状態にある小さな家族経営の桃農園が舞台です。本作はベルリン映画祭2019開催中に行われた第16回ベルリン共同製作マーケットにおいて、アバロンPC がEurimages Co-production Development 賞(2万ユーロ)を受賞しておりましたので、完成すればコンペティションに選ばれる筋道はたっておりました。受賞のニュースについては既に記事をアップしております。共同製作はイタリアのKino Produczioni で、2018年のトリノ・フィルムラボで賞金8000ユーロを獲得しています。更にカンヌのシネフォンダシオン・レジデンス2019で特別メンションを受賞するなど国際的にも期待が高かったようです。新型コロナウイリス感染拡大によるパンデミックで遅れに遅れましたが、やっと姿を現しました。
*ベルリン共同製作マーケット2019の記事は、コチラ⇒2019年02月24日

(シモン監督と製作者マリア・サモラ、ベルリンFF 2019)
「Alcarras」
製作:Avalon Productora Cinematografica / Vilaut Films / Kino Produczioni / ICEC /
ICAA / TV3 / RTVE / Movistar+ / リェイダ県から15万ユーロの資金提供
監督:カルラ・シモン
脚本:カルラ・シモン、アルナウ・ピラロ
撮影:ダニエラ・カジアスCajías
キャスティング:ミレイア・フアレス
美術:モニカ・ベルヌイ
セット:マルタ・バサコ
衣装デザイン:アンナ・アギラ
プロダクション・マネージメント:ベルナト・リョンチ
音響:エバ・バリニョ
特殊効果:エリック・ニエト
製作者:マリア・サモラ、ステファン・シュミッツ、ジョヴァンニ・ポンピリ、(ライン)エリサ・シルベント、(アシスタント)アルフォンソ・ビリャヌエバ・ガルシア、他
データ:製作国スペイン=イタリア、カタルーニャ語、2022年、ドラマ、120分、撮影地カタルーニャ州リェイダ(レリダ)県のアルカラス、Sucs ほか数ヵ所、期間2021年6月1日~7月末まで、配給フランスMK2
映画祭・受賞歴:第72回ベルリン映画祭コンペティション部門ノミネート
キャスト:ベルタ・ピポ、ジョセプ・アバド、アルベルト・ボッシュ、カルレス・カボス、Ainet Jounou(アイネト・ジョウノウ)、アンナ・オティン、ジョルディ・プジョル・ドルセト、他アルカラスの農業者やエキストラ多数
ストーリー:長年にわたって桃農園で働いていた一族ソレ家の物語。土地のオーナーが亡くなったことで一族は大きな転機をむかえる。後継者の息子が広大な土地にソーラーパネルを設置するため、桃の木を根こそぎにしたいと思っているからだ。監督の養母の家族が暮らしている〈アルカラス〉をタイトルにした本作は、属している土地と場所についての物語だが、永続的な世代間の衝突、古い伝統の克服、危機に際しての家族の団結の重要性についてのドラマでもある。

(収穫した桃を食べる出演者やスタッフ、2021年夏撮影)
深刻な家族の危機を生み出すジレンマ
★『悲しみに、こんにちは』は監督の自伝的要素が色濃いドラマでしたが、新作も養母の家族が住んでいるアルカラスをタイトルにした、多分に自伝的な要素を含んでいるようです。2020年クランクインが予定されていましたが、新型コロナウイリスのパンデミックで、そもそものキャスティングができず、延期と再開の繰り返しでした。結局1年遅れの2021年の6月1日に撮影が開始されました。というのも完熟した桃が樹にぶら下がっている必要があり、桃の完熟期である夏しか撮影は考えられなかったからです。ビクトル・エリセのドキュメンタリー『パルメロの陽光』(92)の撮影風景が思い起こされます。
★監督は「小さい家族農業は死にかけている」とヨーロッパプレスに語っていますが、土地所有者の後継者である息子が農業部門への投資より、もっと効率の良い太陽光発電事業に変えたいというのも決して非難できません。昨今の地球温暖化対策として再生可能エネルギー事業への投資は悪いことではないはずです。「非常に難しい仕事」と監督も述懐しています。ソレ家の長老である祖父が突然声を失くしてしまうようで、イシアル・ボリャインの『オリーブの樹は呼んでいる』(16、ラテンビート上映)の祖父を思い出してしまいましたが、こちらの舞台はバレンシア州のカステリョンでした。


(桃農園で撮影中のシモン監督)
★デビュー作と大きく異なるのは、プロの俳優を起用しなかったことです。監督は「プロではない俳優と一緒に仕事をするのが好き」と語っていますが、監督の母方の祖父や叔父、2人の従兄たちの協力もあったようです。「彼らは自然や経済をよく知っている人々なのです」と、彼らから多くのことを学んだと語っています。「私の祖父と二人の従兄は、アルカラスで桃農園を経営しています。ここは私の第二の故郷のようなもので、クリスマス、夏のバカンスには必ず訪れています。家族は約10年ほど前に80パーセントの土地を失いました」とトリノ・フィルムラボで製作の意図を語っていた。先進国の農業は、どこでも転換期に差しかかっている。

(言葉を失ってしまう祖父と孫娘)
★監督紹介:1986年バルセロナ生れ、監督、脚本家、フィルム編集、製作者。バルセロナ自治大学オーディオビジュアル・コミュニケーション科卒、その後カリフォルニア大学で脚本と映画演出を学び、ロンドン・フィルム学校に入学、在学中に製作したドキュメンタリーやドラマの短編が評価された。以下にフィルモグラフィーを列挙しておきます。

(デビュー作がゴヤ賞2018監督賞を受賞したカルラ・シモン)
2009年「Women」ドキュメンタリー短編
2010年「Lovers」短編
2012年「Born Positive」ドキュメンタリー短編
2013年「Lipstick」短編
2015年「Las pequeñas cosas」短編
2016年「Llacunes」短編
2017年「Estiu 1993 / Verano 1993」長編デビュー作『悲しみに、こんにちは』
2019年「Después también」短編
2020年「Correspondencia」ドキュメンタリー短編
2022年「Alcarras」長編第2作目
★ドキュメンタリー短編「Correspondencia」は、チリの若手監督ドミンガ・ソトマヨル・カスティリョ(サンティアゴ1985)とのビデオ・レターです。アバロン、TV3製作、言語はスペイン語とカタルーニャ語、モノクロ、19分、2020年ニューヨークFFほか、サンセバスチャンFFサバルテギ-タバカレラ部門、ウィーンFF、国際女性監督FFなどで上映されている。アルゼンチンのマル・デル・プラタ映画祭2020ではラテンアメリカ短編賞を受賞している。シモン監督と同世代のドミンガ・ソトマヨルは、2012年のデビュー作『木曜から日曜まで』が東京国際FFで紹介され、そのレベルの高さに驚かされた。第2作目の「Mar」がベルリンFF2015フォーラム部門にノミネートされた折りに紹介記事をアップしております。
*ドミンガ・ソトマヨル・カスティリョ紹介記事は、コチラ⇒2015年03月04日

(「Correspondencia」のポスター)
心理的スペイン・ホラー『荒れ野』*ネットフリックス ― 2022年01月20日 16:01
評価が分かれるダビ・カサデムントのデビュー作『荒れ野』

★1月6日、ダビ・カサデムントのデビュー作『荒れ野』(原題「El páramo」)のNetflix 配信が始まった。本作は昨年10月開催されたシッチェス映画祭2021でデビューを飾ったのだが、評価は大きく分かれていた。映画祭にはカサデムント監督、3人の主演者、インマ・クエスタ、ロベルト・アラモ、子役アシエル・フローレスも現地入りした。最初のタイトルは内容に近い「La bestia」(獣)であったが、8月にシッチェスFFにノミネートが決まったさいに現在のタイトルに変更したそうです。製作者によると〈荒れ野〉は「歴史を掘り下げるための重要な要素であり、撮影地としてアラゴン州のテルエルを選んだ」ということです。

(アシエル・フローレスとダビ・カサデムント、シッチェス映画祭、フォトコール)

(左から、ロベルト・アラモ、アシエル少年、インマ・クエスタ、監督、同上)
『荒れ野』(El páramo / The Wasteland)
製作:Rodar y Rodar Cune y Televisión / Fitzcarraldo Films
監督:ダビ・カサデムント
脚本:ダビ・カサデムント、マルティ・ルカス、フラン・メンチョン
音楽:ディエゴ・ナバロ
撮影:アイザック・ビラ
編集:アルベルト・デ・トロ
キャスティング:ペップ・アルメンゴル
プロダクション・デザイン:バルテル・ガリャル
美術:マルク・ポウ
セット:タイス・カウフマン
衣装デザイン:メルセ・パロマ
メイクアップ:(特殊メイク)ナチョ・ディアス、ヘスス・ガルシア、(アシスタント)ミリアム・ティオ・モリナ
特殊効果:The Action Unit
プロダクション・マネージメント:エドゥアルド・バリェス
製作者:ジョアキン・パドロ、マル・タルガロナ、マリナ・パドロ・タルガロナ
データ:製作国スペイン、スペイン語、2021年、ホラー・ミステリー、92分、撮影地アラゴン州テルエル、期間6週間、配給Netflix、配信2022年1月6日
映画祭・受賞歴:シッチェス映画祭2021正式出品
キャスト:アシエル・フローレス(ディエゴ)、インマ・クエスタ(母ルシア)、ロベルト・アラモ(父サルバドール)、アレハンドロ・ハワード(父の妹フアナ)、マリア・リョプ(獣ビースト)、ビクトル・ベンフメア(ボートで流れ着いた男)
ストーリー:19世紀のスペイン、ディエゴの家族3人は打ち続く戦禍を逃れて、社会から遠く離れた荒れ野に住んでいる。この小さな家族は訪問者を受け入れず、ただ平和に暮らすことが願いだった。ある日のこと、瀕死の重症を負った一人の男がボートで流れ着く。突如として家族の平穏は破られる。一命を取りとめたにもかかわらず男が自ら命を絶つと、父サルバドールは母ルシアの反対を押しきり遺体を家族のもとに届けると荒れ野を出て行く。残された二人はひたすら帰りを待つのだが、この小さな家に暴力的な謎の生き物が出没しはじめる。成長していくディエゴの視点を通して、社会からの逃避と孤立、深い孤独と恐怖、監禁、喪失、父親の不在、心の脆さ、母の狂気と別れが描かれる。私たちは果たして現実と決別して生きられるのか。

(母ルシア、ディエゴ、父サルバドール)
★監督紹介:ダビ・カサデムントは、1984年4月バルセロナ生れ、監督、脚本家、編集者、作曲家、製作者。2006年カタルーニャ映画視聴覚上級学校 ESCAC を卒業、2007年から助監督や短編、ビデオショート、ドキュメンタリーを撮り、5年の準備期間を費やし「El páramo」で長編デビューする。2014年の「La muerte dormida」(15分)がファンタスティック・シネマ・フェスティバル2015で監督部門の審査員賞、短編映画賞2015ドラマ部門SOFIEを受賞した他、ノミネーション多数。本作は現在でもYouTubeで英語字幕入りで鑑賞できる。主な短編映画は以下の通り:
2007年「Jingle Bells」
2009年「Paliza a Pingu」
2012年「Te he echado de menos」(ビデオショート、共同監督)
2014年「La muerte dormida」
2014年「Una vida M.」
2016年「Rumba Tres: De ida y vuerta」(ドキュメンタリー、共同監督)
2016年「Compta amb mi」
2021年「El páramo」(長編デビュー作)
コロナウィルスのパンデミックが脚本に変化をもたらした
A: ジャンル的にはホラー映画ですが、これは心理的なスリラー、ディエゴ少年のイニシエーション、多分に監督の自伝的な痕跡を感じさせます。19世紀のスペインの家族という設定が、そもそも信頼性にかけているようにも思えます。
B: 19世紀の戦争といえば、ナポレオンの侵略に反対するスペイン独立戦争(1808~14)、いわゆるナポレオン戦争をイメージしますが、遡りすぎます。19世紀半ばの3回にわたって繰り返されたカルリスタ戦争(1833~76)でしょうね。
A: どちらもスペイン全土に広がりましたが、特に後者は撮影地となったスペイン北部やカタルーニャ地方が戦場になった。厳密には内戦です。それより永遠に続くと思われるコロナウイリスのパンデミックをイメージした視聴者が多かったのではないか。監督も2年間のパンデミック体験を新たに脚本に取り入れたとコメントしています。
B: ホラーとしてはあまり怖くないのでがっかりしたホラーファンも多そうです。視聴者の「時間の無駄だった」というコメントには笑いを禁じえません。恐怖より孤立、孤独、喪失感、監禁状態の不安が強かった。
A: ディエゴ少年の視点で描かれているから、素直に少年の成長物語とも読めます。そのためには先ず庇護者であるが若干抑圧的な父親を追い出す必要があります。自立のためには父親の不在と母親との別れが求められるから、これらの要素は前半で充分予測可能なことでした。

(ルシアに別れを告げるサルバドール)
B: 愛する家族を残し、見ず知らずの男の家族のためという強引な追い出し方でした。父サルバドールは息子に越えてはいけないと諭した自らつくった境界線を越えて、かつての危険な場所に戻っていく。荒れ野には二度と戻ってこないだろう。
A: 監督は15歳のとき父親を病で失っており、立ち直りに時間がかかり今でもトラウマになっていると、シッチェス映画祭のインタビューで語っています。本作は「私の一種のセラピーであって、映画が狂気から私を救ってくれた。父親はシネマニアでハリウッドのクラシック映画ファンでした。90年代には『ジュラシックパーク』『フォレストガンプ』『ブレイブハート』『タイタニック』などを父親と一緒に観のです」と語っている。

(案山子のようなオブジェで仕切られた境界線を越えていくサルバドール)
B: 「映画が私を育て、人生を理解させ、幸せになることを教えてくれた」とも語っている。
A: 監督は映画を映画館で愉しむ最後の世代かもしれない。劇中のルシアと実際の母親が重なるかどうか分かりませんが、彼女の場合、夫を失うことへの不安が鬱を招き、謎のビーストの出現はルシアの絶望による幻覚かもしれない。
B: 獣は彼女自身の精神が投影されているようで、ビーストの力は本質的に心理的なものであり、本物でないことを示唆してもいる。

(影に怯えるディエゴ)
A: 監督は「父親が亡くなるまでのゆっくりした衰えは永遠にあるように感じた。一緒に『エクソシスト』や『ポルターガイスト』のような古典的ホラー映画も観ました。ゴーストたちがスクリーンを駆け抜けるのが魅力だった」と。
B: 『シックス・センス』のM・ナイト・シャマランや『永遠のこどもたち』のフアン・アントニオ・バヨナのファンだそうです。しかし本作は母と息子の物語で、父親は姿を消していきます。
現実との決別、狂気との闘い、純粋な暗闇
A: 本作はスクリーンで見るほうが奥行きが実感できそうです。いくら大型テレビに転送しても、明るい茶の間では純粋な暗闇や茫漠とした荒れ野を実感するには限界があります。監督は「スクリーンで愉しむために設計された映画がテレビで成功すること」が理想と語っていますが、本作はどうでしょうか。
B: 暗闇の中で物語は進行し、蝋燭の灯り、暖炉で燃えさかる炎、野外の撮影でも自然光で照明は極力抑えられている。光の遊びという点でロバート・エガースのホラー『ウィッチ』(15)を連想した人が多かったようですが。

(蝋燭の灯りのもと、自殺した妹フアナの話をするサルバドール)
A: サンダンス映画祭で監督賞を受賞している。17世紀を舞台にした魔女裁判に絡めたホラー映画、予告編しか見てないのですが、テーマは異なっています。影に隠されているものが何か、闇は恐怖であり、孤独感や喪失感かもしれない。ロベルト・アラモとインマ・クエスタが、永遠の恐怖に悩まされている夫婦に命を吹き込んでいる。
B: 真っ暗闇の恐怖と、開けられた窓から射しこむ光、風と樹々の音のあいだで、私たちの緊張は和らげられる。本作は時代や出身地と関係なく、私たち全員に等しく関係する普遍的な物語です。
A: 主役ディエゴを演じたアシエル・フローレス(2011年3月)は、ペドロ・アルモドバルの『ペイン・アンド・グローリー』(19)で映画デビュー、何本かTVシリーズに出演している。アルモドバル映画では、アントニオ・バンデラスが扮したサルバドールの少年時代を演じた。そこではペネロペ・クルスとラウル・アレバロが両親になるという幸運に恵まれた。

(アシエル、ペネロペ・クルス、ラウル・アレバロ、『ペイン・アンド・グローリー』)
B: 本作撮影当時は10歳くらいだったが、6週間に及ぶテルエルの監禁生活によく耐えた、と監督以下スタッフから褒められている。
A: 子役が大人の俳優として成功するのは難しい。現在小学校の高学年、本格的な教育はこれからです。髪も目の色もブラウン、彼の大きく開いた目に映る人影は何のメタファーか。

(ディエゴの目に映る人影)
B: もう一人の子役、父サルバドールの妹フアナ役のアレハンドラ・ハワード(2010年2月)は、バルセロナ生れ。
A: 父親はカリフォルニア生れの俳優スティーブ・ハワードでアサイヤスの『WASPネットワーク』や、TVシリーズに出演している。母親はカタルーニャ出身ということで、アレハンドラは英語、スペイン語、カタルーニャ語ができる。従って英語映画やアニメのボイスなどで活躍できる基礎ができている。

(フアナ役のアレハンドラ・ハワード)
B: 今回は小さい役でしたが、第一次世界大戦のポルトガルのファティマを舞台にしたマルコ・ポンテコルボの「Fatima」(20『ファティマ』)では生き生きしている。プライム・ビデオ他で配信されている。
A: 1917年のファティマの聖母の史実を元にしたアメリカ映画です。他にマリベル・ベルドゥが主演のTVシリーズ「Ana Tramel. El juego」(21)に出演、将来的には大人の女優を予感させます。
B: ベテラン演技派のインマ・クエスタとロベルト・アラモは、何回も登場させているので今回は割愛します。クエスタはダニエル・サンチェス・アレバロの『マルティナの住む街』(11)がラテンビートで上映されたとき、一番光っていた俳優でした。期待を裏切らない女優です。

(夫から贈られた赤いドレスを着て闘うルシアとディエゴ)
カルロス・サウラの『急げ、急げ』*時代を反映したキンキ映画 ― 2022年01月14日 17:32
民主主義移行期のキンキ映画の誕生と終焉
★以下は長らく休眠中のCabina さんブログにコメントしたものを、前回アップしたダニエル・モンソンの新作「Las leyes de la frontera」の付録として、単独でも読めるように削除加筆して再構成したものです。特に後半部のキンキ映画の父とも称されるエロイ・デ・ラ・イグレシア紹介は今回大幅に加筆しています。カルロス・サウラのキンキ映画 「Deprisa, deprisa」(81)の邦題『急げ、急げ』は、1986年に開催されたミニ映画祭〈カルロス・サウラ特集〉で上映された折りに付けられたものです。犯罪を犯すときのキンキたちの口癖「急げ、急げ!」からきています。
(Cabinaブログ「急げ、急げ」には時代背景など詳しい、コチラ⇒2011年02月19日)

(アンヘラとパブロを配したポスター)
データ:製作国スペイン・フランス、スペイン語、1981年、犯罪ドラマ、99分、監督・脚本カルロス・サウラ、撮影テオ・エスカミーリャ、製作エリアス・ケレヘタ・プロダクション、モリエール・フィルム、撮影地アルメリア。受賞歴ベルリン映画祭1981金熊賞受賞。
キャスト: ベルタ・ソクエジャモス(アンヘラ)、ホセ・アントニオ・バルデロマール・ゴンサレス(パブロ/エル・ミニ)、ヘスス・アリアス(メカ)、ホセ・マリア・エルバス・ロルダン(セバス)、マリア・デル・マル・セラーノ(マリア)、ほか多数
ストーリー:スペインが民主主義移行期の1970年代後半、マドリードの貧困地区にたむろするアウトローたち、アンヘラとパブロによって結成された4人の犯罪グループの物語。彼らは故郷を捨て家族を持たずマフィアのような組織にも属していない。手っ取り早い車上荒らしや銀行強盗を繰り返し、せしめたお金で自由を満喫している。軽い気持ちで始めた犯罪もやがて少しずつより危険で無謀なものに変貌していく。1970年代後半から80年代にスペイン社会を震撼させたヘロイン中毒を背景にしている。
サウラといえばフラメンコ?
A カルロス・サウラのキンキ映画 ”Deprisa, deprisa”(『急げ、急げ』)のストーリー、時代背景、特に類似作品についての紹介はCabinaさんブログに詳しい。1986年10月にスペイン映画講座〈カルロス・サウラ特集〉が開催され、サウラの問題作といわれる6作*が上映されました。
B 長編第1作“Los golfos”(59、『ならず者』)から数えると既に40作近くなります。
*『ならず者』(59)、『狩り』(La caza 65)、『カラスの飼育』(Cria cuervos 75)、『愛しのエリサ』(Elisa, vida mía 77)、『ママは百歳』(Mamá cumple cien años 79)、『急げ、急げ』(81)以上の6作。

(天使の丘で職務質問を受ける名場面を配した『急げ、急げ』のポスター)
A “Pajarico”(97、『パハリーコ・小鳥』)が〈スペイン映画祭1998〉で上映された後、特に気に入ったものがありません。監督自身がフラメンコ、タンゴ、ファドなど音楽物にシフトしているせいか、ラテンビート映画祭*でもドラマは上映されていません。
*ラテンビート映画祭LBFFの上映作品。“Fados”(07、『ファド』2008上映)、“Flamenco, Flamenco”(10、『フラメンコ、フラメンコ』2010上映)の2作。後者がLBFFで上映された際のチケットは完売でした。
B Cabina ブログでもドラマは久々、製作順では“Taxi”(96、『タクシー』1997公開)以来です。
A 『タクシー』は、日本スペイン協会創立40周年記念の一環として開催された<スペイン映画祭1997>で上映され、続いて一般公開されました。映画祭には監督来日がアナウンスされておりましたが、来日したのは本作でデビューを飾ったイングリッド・ルビオでした。直前に急にお腹が痛くなるのは、よくある話です。
B サウラは一般公開、映画祭、映画講座等々含めると、字幕入りで60%以上の作品が紹介されているようですが。
A DVDも発売されていてスペイン映画としては破格の扱いです。しかし、残念ながら『急げ、急げ』のような私の好きな作品は漏れてしまっています。1981年のベルリン映画祭金熊賞を受賞しながら、一般公開は見送られました。
B 今でこそ「巨匠」と紹介されますが、日本ではシネマニアは別として無名に近かったでしょう。
A スペイン自体が金熊賞受賞を例外と考え、これを快挙とポジティブにはとらなかった。民主主義移行期(1975~78)の混乱はスペイン全体を覆い、映画界も創造性と産業的なインフラを安定させるための国家的な援助体制が確立していなかったようです。
B サウラ映画が初めて劇場公開されたのが1983年には驚きますが、『カルメン』が米アカデミー外国語映画賞部門にノミネートされたおかげです。
A フラメンコ三部作の2作目『カルメン』(83)、次が同じ三部作の1作目『血の婚礼』(81、85公開)→『カラスの飼育』(75、87公開)→三部作の最後『恋は魔術師』(86、同)→『エル・ドラド』(87、89公開)という具合で、公開年は製作順ではありませんでした。
B やはりフラメンコ強しの感があります。フランシスコ・ロビラ・ベレタのフラメンコ映画『バルセロナ物語』(63、“Los Tarantos”)が公開されたのは翌年の1964年でした。
A ロビラ・ベレタは1940年代から活躍しているベテラン監督で、フラメンコに拘ったわけではありません。本作は1984年秋開催の「スペイン映画の史的展望〈1951~77〉」でも上映されました。他にも「スペイン映画祭1984」が企画され、80年代は日本におけるスペイン映画の黎明期というだけでなく、本国スペインでも歴史に残る名画が量産された時代でもありました。
B 上述した〈カルロス・サウラ特集〉のうち第3作目になる『狩り』は、「スペイン映画の史的展望〈1951~77〉」で既に紹介されていました。

(『狩り』のスチール写真)
80年代の新しいアウトサイダー映画シネ・キンキCine quinqui
A 前置きが長くなりましたが、1980年を前後して社会のはみ出し者を主人公にした犯罪映画シネ・キンキ cine quinqui に戻ります。大雑把にジャンル分けすると警察・刑事物の範疇に入り、こちらにはテロリズムをテーマにしたものも含まれます。
B いわゆるETAものと言われる映画、こちらも70年代から80年にかけて記憶に残る作品が生みだされました。
A キンキ映画には、例えばホセ・アントニオ・デ・ラ・ロマの“Perros callejeros”(77)、エロイ・デ・ラ・イグレシアの“Navajeros”(80)や“Colegas”(82)、マヌエル・グティエレス・アラゴンの“Maravillas”(80)*などが代表作として挙げられる。
B デ・ラ・ロマ監督のは、少年犯罪三部作の第1作目です。
A グループのリーダーEl Toreteエル・トレテを主人公に、続編“Perros callejerosⅡ”(79)、“Los ultimos golpes de El Torete”(80)を撮り、つづいて女性版“Perras callejeras”(85)も撮ったのでした。
*1987年5月スペイン映画講座〈アラゴン監督特集〉で『マラビーリャス』として上映された。
B だいたい未紹介作品ばかりです。ピークは80年代末に終りを告げたということですが。
A シネアストたちがこのテーマを忘れたわけではなく、アルフォンソ・ウングリアの“Africa”(96)やフェルナンド・レオン・デ・アラノアの“Barrio”(98)のような映画も記憶に新しいところです。「バリオ」の主人公たちは、『急げ、急げ』の息子世代に当たります。
B ウングリアの「アフリカ」にはエレナ・アナヤが出演しています。
A ポスト・ペネロペの呼び声が高いエレナのデビュー作。その後の活躍は御存じの通り、この秋公開のアルモドバルの新作に抜擢され、監督の〈新ミューズ〉となるかもしれません。
B サウラの『タクシー』やアチェロ・マニャスの“El bola”(00)もこの延長線上ですね。
A 遡ればメキシコ時代のルイス・ブニュエルの“Los olvidados”(50、『忘れられた人々』53公開)は、少年犯罪映画の先駆け的作品といえます。フランコ体制下の60年代にも多くの監督が厳しい検閲をくぐり抜けて、落後者の挫折と失望を描いた作品を手掛けています。変動期の80年代とは時代背景が異なりますから自ずと主テーマは異なります。
B 『忘れられた人々』はメキシコ映画ですが、ブニュエルはサウラ映画の原点の一つですね。
A ブニュエルは翌1951年のカンヌ映画祭で監督賞を受賞したのですが、スペインでは上映禁止になりました。ブニュエルに限らず当時の外国映画禁止リストを見ると、意味不明の映画のオンパレードです。
B 処女作『ならず者』の英題は“The Delinquents”(「不良少年たち」)、このほうがイメージしやすい。これはブニュエルの影響を受けて作られたということですか。

(『ならず者』のポスター)
A 勿論ブニュエルの遺産だけではありません。当時はイタリアのネオレアリズモが支配的でしたが、これは危機に瀕しているイタリアを象徴しており、一方フランスのヌーベルバーグの台頭は流動的なフランスの転換期を象徴していました。スペインのキンキ映画は軍事独裁政権からの屈折した離脱を反映しています。ドキュメンタリー・タッチの『ならず者』の登場は、新しいスペイン映画の到来を予感させたのではないでしょうか。
B 1960年カンヌ映画祭では好意をもって迎えられた。
A しかしスペイン公開は62年夏と1年半も後、おまけに事後検閲の鋏がチョキチョキ入っていた。
B 新人なので事前検閲はお目こぼしをもらえたが、カンヌが認めたからには事はそう簡単にはいかないと事後検閲が厳しくなった。
A スペイン公開前にフランス、スイス、西ドイツ、イタリアなどで上映、外貨を稼いだはずなのに、それはそれ、これはこれとはっきり区別している。最初からヌードなしの国内版と外貨稼ぎのヌードありの海外版を作った例もあるそうですから不思議ではありません。
死に急ぐ若者たち、ここにあるのは現在だけ
B 数ある少年犯罪物のなかでも、この『急げ、急げ』は突出した成功作。20年の時を経て『ならず者』のテーマに回帰したといっていいですね。
A 『ならず者』の主人公の子供たちが主人公です。前作との違いは、まずポスト・フランコ、女性のチンピラ quinqui の登場、ドラッグの拡大。<三猿>を決め込んでいた国民は、構造的な社会矛盾の深まりに直面するなかで大量消費時代にフルスピードで突入していきました。
B 価値観が180度転換した時代、女性の自己主張も始まった。アンヘラ役のベルタ・ソクエジャモスの〈発見〉は大きいです。
A 主人公はアンヘラといってもいい、その肉付けが如何にもサウラらしい。4人のなかで最も大胆不敵、射撃の名手だし、頭もよく用意周到、ヤク漬けのチンピラ青年とは違ってヘロインには手を出さない。まだ未来を信じているようです。
B パブロ(エル・ミニ、ホセ・アントニオ・バルデロマール・ゴンサレス)とメカ(ヘスス・アリアス)が偶然アンヘラに出会ったことで映画は動き出す。
A エスカレートしていくのは、二人が彼女の射撃の才能を知った時からで、いっそアンヘラに会わなければよかった。やはり他作品よりプロットや伏線の張り方に感心します。

(パブロとアンヘラ、フレームから)
B 彼らはマドリード出身でなく、義務教育もそこそこにアンダルシア地方からこの界隈に住みついたという設定です。
A サウンドトラックにフラメンコを使用したのはそのため、カンテの歌詞がよく聞き取れないこともあって断定できませんが、直感的にいえば4人のセリフ代わりになっているのではありませんか。彼らは人生を安定させるための故郷や家族から切り離されているというか切り離してきた。
B 家族といえるものがあったかどうか分かりませんが、過去を切り捨ててきた。かといって未来があるとも信じていない、あるのは現在だけ。
A ユートピアの夢は見ない。だからサウラに特徴的なフラッシュバックや回想は禁欲的に排除されている。彼らの表情のクローズアップから、観客に類推させるだけで映像化しない。時間も一直線に進むだけです。
B パブロとアンヘラが盗んだお金で購入したマンションも何やら怪しげな建物ですね。
A すぐ傍を走る線路がマドリード中心部から彼らを分断している。大都市がもつ華やかさや喧噪とは無縁な場所です。
B マンション近辺の荒涼とした風景は、彼ら自身のメタファーでしょうか。
A 緑のない空き地に建つ四角いコンクリートの塊り、迷わず殺人も犯すアンヘラがパブロの古アパートから持ってきた鉢植えの世話をする。何を語らせたいのだろう。
B 例の線路を電車が通過するショット、あれも何かを意味するのかな。
A 4、5回繰り返されたので何処へ向かうか気になりますね。汚水の垂れ流しで濁った川、貸し馬の厩舎は「テキサス・シティ」、繋いでいた綱を解いて走り去る1頭の馬、それらが暗示するものは何だろう。
B 誰が乗っていた馬だったろうか。メカが逃走に用いた車を燃やすインパクトのあるシーン、特に最後の闇に炎が高く燃え上がるところは映像的にも印象深い。
A メカは放火狂という設定なんでしょうね。証拠隠滅だけでなく炎に魅せられている。ドキュメンタリーの報道番組を見てるようでした。撮影監督は『狩り』の撮影助手をしていたテオ・エスカミーリャ、『カラスの飼育』以来ずっとサウラ映画の専属カメラマン。夜の海、ディスコ、特に夜の灯りの扱いがいい。
B メカの恋人マリアも入れてCerro de los Angeles(天使の丘)に遊びに行く。突然パトカーが現れて二人の警官が現れるや服装検査をする。毎度のことなので素早くヤクは捨ててしまう。
A あそこは有名なシーンです。当時すでにマドリード近郊の観光地になっていたんですね。年配の女性観光客をからかったせいで「不埒者がいる」と忽ち通報されてしまう。フランコ時代の密告制度は健在と言いたいのでしょうか。ジャケ写はアンヘラとパブロのツーショットですが、当時の宣伝用スチール写真はここがよく使用された。映画でも分かるように内戦と深い関係があります。
B ここが地理学的にイベリア半島のヘソというだけではないのですね。
A 映画にも出てきたキリスト像を真ん中に配置した‘Monumento al Sagrado Corazon de Jesus’というモニュメントが建っている。1919年、アルフォンソ13世によって建造され、5月30日に除幕式が行われた。内戦が始まって間もない1936年7月に共和派の若者5人がモニュメントの警備員によって殺害されるという事件が起こった。
B 第二共和制(1931年4月)になってから、修道院の焼き打ち事件が多発していた事実が背景にあります。
A ですから関係者は襲撃に脅えていたようです。事件5日後、共和派の民兵がやってきて報復措置としてキリスト像を的に射撃の〈セレモニー〉をしたうえ、最終的には破壊、廃墟にしてしまった。内戦後の1944年、フランコ政府はレプリカをもとに再建計画のプロジェクトを組み、完成除幕は約20年後の1965年6月でした。
B 内戦時代の或る意味で象徴的な場所なんです。
A 内戦伝説なんでしょう。『狩り』の舞台となるウサギの狩猟場も、内戦時には激しい戦闘があった場所、もっともスペイン全土が戦場だったわけですが。
B サウラのスタイルについては、よく検閲回避のための「シンボリズムに富んだリアリズム」ということが言われますが。
A 確かに検閲時代には顕著でしたが、これは検閲回避だけではないと思います。彼の好きな手法であって、検閲撤廃後の本作にあっても列挙したように浮遊している。
B それは先述したフラメンコ三部作にも当てはまりますか。
A 乾英一郎氏が『スペイン映画史』で「一体どうしてしまったのかと思うほど精彩を欠いていく」と書かれた三部作ですが、彼の映画には価値観の異なる者同士の不自然な<死>というテーマが通底音としてあります。死に方は猟銃の撃ち合い、腹上死、ナイフなどいろいろですが、階級社会的な矛盾の追及とか告発は主テーマではなかったと思う、結果的にそうなったとしても。作品はひとたび公表されれば作り手の意図を離れて独り歩きをしてしまう。
B 本作でも若者たちのモラルを裁いたりしないかわりに結末は容赦がない。
A 埋もれている現実を明るみに出すこと、それをどうするかは当然政治の仕事だと考えている。冒頭からパブロとメカの死は〈約束〉されているし、後から仲間に入るヤクの売人でもあるセバス(ホセ・マリア・エルバス・ロルダン)も同じ。残された時間の多寡はあっても人間はおしなべて死ぬ運命にあり、重要なのは「今という時間、愛、友情」であり、誰でも自分の人生を選ぶ権利がある。個人的にはそういうメッセージと受け取りました。
B 仕事が成功すれば浮かれ踊るが、突然黙りこむ。そういう若者特有の感情の起伏の激しい揺れが細かく描かれていました。

(左から、パブロ、セバス、メカ、アンヘラ、主演のキンキ)
A だいたいアウトサイダーとか底辺とかいっても、厳密な意味での定義があるわけでなく曖昧です。主人公たちはマフィアとかの組織には縛られていない。極端だけど自由だしスリルはあるし、おばあちゃんにだって大型テレビを買ってやれる。ドロボーされるほうがバカ、デカい仕事に成功すればヒーローです。
B 実際の二人も大監督の映画に出たことで刑務所内では一目置かれていたようです。
A バルデロマールのちょっと青みがかった眼には人を惹きつける力があり、自分たちが社会の底辺にいるという意識はなかったと思います。
これは愛を描いたフィクション
B ベルリン映画祭コンペ出品というのは、デビュー2、3作目が対象と思っていましたが、サウラのように知名度の高い監督が金熊賞を受賞するのは意外です。
A 既にベルリン映画祭1966出品の『狩り』で監督賞を受賞、カンヌ映画祭では1974に「従姉アンヘリカ」が審査員賞、1976には『カラスの飼育』が審査員特別賞、『ママは百歳』(79)が米アカデミー外国語映画賞にノミネートされてます。鈴木清順の『ツィゴイネルワイゼン』が審査員特別賞を貰った年、日本ではこちらが話題になりました。
B サウラは『ならず者』同様、ドキュメンタリー手法で撮っています。
A 撮影に入る前、マドリードの周辺地域を入念に取材した。2ヵ月間の準備期間中ビデオを廻しつづけ、撮影は1980年の夏、9週間を費やしています。

(カメラを手放さないサウラ監督)
B この準備期間中に主人公を演じた本物のヘロイン中毒の青年たちに出会ったのでしょうか。
A 2月下旬のベルリン映画祭から帰国して間もない3月11日に、パブロ役のバルデロマールはマヌエル・ソラ・テレスと銀行強盗をして一緒に逮捕されている。このマヌエルがサウラに紹介したようです。
B 映画での経験を実地に移したんですかね。
A 出演料をどの段階で受け取ったかによりますが、あっという間に使い果たしたと証言しています。ディスコなどの遊興費やドラッグ代、とにかくお金に困っていたということです。俳優たちの自然な演技が受賞に貢献したにちがいありませんが、演技じゃなかったわけです。
B 自然な「演技しない演技」を追求するあまり、サウラは落とし穴に落ちた。
A この事件でサウラと大物プロデューサーエリアス・ケレヘタは窮地に立たされた。撮影中にヘロインを使用していたことも発覚して、「知らなかった」では済まされない。
B サウラは「マドリード周辺の若者の犯罪や社会差別をテーマに社会学的なドキュメンタリーを作る意図はなかった」と言ってます。
A 多分その通りだと思いますよ。しかし、いくら「大都会の片隅で太く短く死に急ぐ若者の愛についてのフィクション」だと説明されても、事件の重大性を鑑みれば世間は納得してくれない。フランコ心酔者が黙っていない、フランコ再評価の波は引いたり寄せたりしていた時代でした。
B 長年サウラとコンビを組んできたケレヘタもショックを受けたようですね。
A インタビューに「バルデロマールは撮影中は魅力的だったし、ベルリンでの記者会見の受け応えも申し分なかった」と答えている。真相の穿鑿など全く無意味ですが、ベルリンからの凱旋早々の事件だっただけに堪えたでしょう。もしこの事件が映画祭前だったらすんなり出品されたでしょうか。
B ホンモノに近づきすぎるとギリシア神話のイカロスの二の舞になりかねない。
A 夏には相棒だったアリアスも銀行強盗に失敗して逮捕され、二人とも同じカラバンチェル刑務所に収監されています。長年続いたサウラ=ケレヘタのコンビ解消には、路線の違いだけでなく一連の騒動が関係していたかもしれない。
B 監督はいわば現場の指揮官ですが、俳優があたかも「地でやってる」ように演技指導するのも仕事です。
A 「スタート!」「カット!」の決断はもっとも重要な仕事ですが、危うさと壁一重の犯罪者起用の是非は慎重に検討されてもよかった。例が極端ですが、『冷血』執筆中のカポーティを連想します。スランプ中だった作家は、望みの薄い死刑減刑をちらつかせながら虚実を尽くして犯人に近づき、一家四人惨殺の真相を聞き出しました。本物だけがもつ魅力には抗しがたいものがあるのかもしれない。
そしてQuinqui俳優は旅立ってしまった
B 映画出演の quinqui の多くが90年代初めに亡くなっています。
A ヘロインは一番危険なドラッグ、解毒も難しく、服用を止めると激しい禁断症状に苦しむ。現在では危険なので医療用も禁止されてるほどです。
B マリファナなんかとは比較にならない。ふつう大麻(マリファナ、ハシシュ)→コカイン→ヘロインの道を辿る。
A バルデロマールは撮影時は23歳ですから、すでに常習者だった可能性が高い。1992年11月11日、マドリードのカラバンチェル刑務所でヘロインの摂取過剰により死亡した。
B アリアスはそれより早く、1992年4月22日、バスク州ギプスコア県でエイズのため死去。
A 1960年マドリード生れですから31歳の若さです。IMDb によると4人のうち唯一他作品に出演している。ホセ・ルイス・クエルダ監督の『にぎやかな森』(89、1990公開)の下男役です。
キンキ映画の父エロイ・デ・ラ・イグレシアの軌跡
B サウラ映画から逸れますが、90年代初めには<失われた世代>といわれる若者が、薬物中毒やエイズが原因で命を落としています。
A 冒頭で触れた、エロイ・デ・ラ・イグレシアの“Navajeros”のエル・ハロEl Jaroは、映画の結末と同じ銃弾で、ホセ・アントニオ・デ・ラ・ロマの“Perros callejeros”のエル・トレテはエイズでした。
B エル・ハロを演じたホセ・ルイス・マンサノは当時15歳、映画のオーディションに応募してきてデ・ラ・イグレシアの目に止まったそうです。

(ホセ・ルイス・マンサノ、“Navajeros”から)
A 監督は1944年ギプスコア生れですが、幼いころからマドリードのこの界隈で育ち、若者の生態を熟知していた。監督自身も1983年からヘロインに手を染め、1987年に解毒治療のため戦線離脱、復帰まで16年間ものブランクがありました。
B 1983年にエル・ハロを主人公に“El pico”、その翌年に続編2を撮っています。
A 興行的にヒットしましたが、10代の子供たちや友人たちとドラッグに夢中になっていたことが発覚すると問題が吹き出しました。ヤクやりながら仕事していたわけです。「未来が見えない」と語っていたが、努力して立ち直り今世紀に入ってから2作発表した。しかし2006年腎臓癌摘出後に他界、享年62歳でした。

(治安警備隊の帽子を配したヒット作“El pico”のポスター)
B デ・ラ・イグレシアは、批評家の無理解もあって正当に評価されていないと言われています。アンチフランコ、コミュニストでホモセクシュアルであることを隠さなかった。
A いくつもゴルディオスの結び目を抱えていた。フランコ時代の60年半ばから事前検閲と闘い問題作を発表しつづけた監督です。カルメン・セビーリャを起用して撮った3作目となる ”El techo de cristal”(71「ガラスの天井」)は、商業的にも成功をおさめた犯罪スリラーでした。
B 検閲を避けるための道具としてスリラーとかホラーは有効です。
A 次回作 “La semana del asesino”(72)も連続殺人犯に陥ってしまうスリラー、こちらは検閲がなかなか通らず、65ヵ所カットされたということです。本作は『カンニバルマン精肉男の殺人記録』という目を剥く邦題でDVD化されました。
B 彼がフランコ没後に向かう先は、性的なテーマと分かっていた。
A 1976年に同性愛をテーマにした映画 “La otra alcoba”(「もう一つの寝室」)を発表した。1978年のホセ・サクリスタンを起用した “El diputado” が東京国際レズビアン&ゲイ映画祭1999で『国会議員』の邦題で上映されたほか、2004年には遺作となったコメディ “Los novios búlgaros”(03)が『ブルガリアの愛人』の邦題でエントリーされた。後者は前年開催された画期的な企画〈バスク・フィルム・フェスティバル2003〉で既に上映されていました。

(復帰後のエロイ・デ・ラ・イグレシア)

(遺作『ブルガリアの愛人』英語版ポスター)
B マラガ映画祭の特別賞の一つにエロイ・デ・ラ・イグレシア賞があります。
A 再評価の流れが出来てるのでしょう。ロドリゴ・ソロゴジェンやラウル・アレバロなど若い作家性の強い監督が受賞しています。ただし2018年からマラガ才能賞-ラ・オピニオン・デ・マラガと改名され、名前が消えてしまいました。2021年はオリベル・ラシェでした。
ダニエル・モンソンの新作はキンキ映画*ゴヤ賞2022 ④ ― 2022年01月10日 17:01
『プリズン211』の監督新作はキンキ映画「Las leyes de la frontera」

★オミクロン感染拡大で予定通り開催できるかどうか予測不能ですが、ゴヤ賞2022の6部門にノミネートされたダニエル・モンソンの新作「Las leyes de la frontera」(仮題「境界の原則」)のご紹介。2021年のサンセバスチャン映画祭 SSIFFセクション・オフィシアル(アウト・オブ・コンペティション)で初登場、ゴヤ賞のほか、フェロス賞ではチェチュ・サルガドの助演男優賞とミゲル・アンヘル・サンアントニオの予告編の2部門にノミネートされています。昨年10月8日に公開され、コロナ禍にもかかわらず、興行成績は製作費の2倍と順調、11月22日にはNetflixでの配信が始まっています。日本語版は準備中ということですが、スペイン語版のほか英語版などで視聴できます。準備中のまま何らかの事情で配信されないケースもありますが、1970年代のカタルーニャ州ジローナのバリオの時代考証の緻密さ、若者のスラングが頻出して興味深い。主演者たちの殆どが未だ此の世に存在しなかった時代の物語です。

(ベゴーニャ・バルガス、モンソン監督、チェチュ・サルガド、マルコス・ルイス
サンセバスチャン映画祭2021、9月25日フォトコール)
★前回ご紹介したように、本作はオリジナル脚本ではなくハビエル・セルカセの同名小説の映画化、好評を博し、2014年にMandarache 賞を受賞している。脚本は監督が長年二人三脚で映画製作をしているホルヘ・ゲリカエチェバリアとの共同執筆、共に脚色賞にノミネートされています。彼のように過去30年間にスペインで何が起きたかを熟知している脚本家はそう多くない。すでにゴヤ賞ノミネートはオリジナル脚本賞と脚色賞取りまぜて8回、2010年『プリズン211』で監督と共に脚色賞を受賞しています。原作 ”Las leyes de la frontera” の翻訳はなく、翻訳書としては2001年上梓の ”Soldados de Salamina” が『サラミスの兵士たち』として刊行されているだけです。2年後ダビ・トゥルエバが映画化した。

(ハビエル・セルカセの小説の表紙、モンダドリ社、2012年刊)
「Las leyes de la frontera」(The Laws of the Border)
製作:Atresmedia Cine / Ikiru Films / Las Leyes De La Frontera / La Terraza Films
監督:ダニエル・モンソン
脚本:ダニエル・モンソン、ホルヘ・ゲリカエチェバリア、原作ハビエル・セルカセ
音楽:Derby Motoreta’s Burrito Kachimba
撮影:カルレス・グシ
編集:マパ・パストル
キャスティング:エバ・レイラ、ヨランダ・セラーノ
プロダクション・デザイン(美術):バルテル・ガリャル
セット:ヌリア・ムニ
衣装デザイン:ベニェ・エスコバル(Venyet Escobar)
メイクアップ&ヘアー:サライ・ロドリゲス、ベンハミン・ぺレス、ナチョ・ディアス(特殊メイク)
製作者:ハビエル・ウガルテ、メルセデス・ガメロ、(エグゼクティブ)マリア・コントレラス、(アトレスメディア)アンドレア・バリオヌエボ、ロサ・ぺレス、(モガンボ)クレベル・ベレッタ・クストディオ、フランシスコ・セルマ、ほか共同製作者多数
データ:製作国スペイン、言語スペイン語・カタルーニャ語・フランス語、2021年、スリラードラマ、シネキンキ、129分、撮影地カタルーニャ州ジローナ、マンレナ、コスタ・デル・ガラフ、期間2020年9月~11月の約9週間、公開スペイン2021年10月8日、配給ネットフリックス(11月22日配信)、ワーナーブラザーズ
映画祭・受賞歴:第69回サンセバスチャン映画祭2021セクション・オフィシアル(アウト・オブ・コンペティション上映)、第36回ゴヤ賞2022脚色・助演男優・美術・衣装デザイン・メイクアップ&ヘアー・オリジナル歌曲賞(アレハンドロ・ガルシア・ロドリゲス、アントニオ・モリネロ・レオン、ダニエル・エスコルテル・ブランディノ、ホセ・マヌエル・カブレラ・エスコ、ミゲル・ガルシア・カンテロ)の6部門ノミネート、フェロス賞2022助演男優・予告編賞の2部門ノミネート
キャスト:マルコス・ルイス(イグナシオ・カーニャ/ナチョ/ガフィタス)、チェチュ・サルガド(エル・サルコ)、ベゴーニャ・バルガス(テレ)、ハビエル・マルティン(ゴルド)、カルロス・オビエド(ギレ)、ホルヘ・アパレシオ(チノ)、ダニエル・イバニェス(ピエルナス)、シンティア・ガルシア(リナ)、ビクトル・マヌエル・パハレス(ドラクラ)、シャビ・サエス(イダルゴ)、カルロス・セラーノ(クエンカ)、ペップ・トサール(刑事ビベス)、サンティアゴ・モレロ(イグナシオ)、アイノア・サンタマリア(ロサ)、エリザベト・カサノバス(クリスティナ)、ペップ・クルス(セニョール・トマス)、エステファニア・デ・ロス・サントス(メルチェ)、カタリナ・ソペラナ(パキ)、カロリナ・モントーヤ(テレの姉)、ハビエル・ベルトラン(成人したナチョ)、ほか多数
(G体がゴヤ賞でノミネートされた人)

(サルコのキンキ・グループ)
ストーリー:1978年夏ジローナ、中産階級出身の内向的な17歳の高校生ナチョは、上流階級の若者グループからいじめを受けている。ゲームセンターで犯罪が支配する貧しいチノ地区出身のサルコとテレに出会い、ナチョはこの新たな出会いで逃げ道を見つける。しかし知らず知らずのうちに自分が善と悪、正義と不正の境界を越えて、犯罪者になっていることに気づく。40年の長いフランコ体制が瓦解、民主主義への移行期に、ジローナで万引き、窃盗、強盗に専念した3人の非行青年に焦点を当てて物語は進行する。ナチョの視点を通してフィルターにかけ、思春期の脆さ、繊細さ、内面の葛藤、ラブストーリーが語られる。70年代のキンキ映画の特徴を復元し、一種の社会的リアリズムで描かれている。(文責:管理人)

(テレ役のベゴーニャ・バルガスとナチョ役のマルコス・ルイス、フレームから)
いくつかある境界の解釈――フランコ体制と没後の民主主義移行期
★キンキ映画Cine Quinquiというのは、1975年のフランコ没後から80年代後半の民主主義移行期に、犯罪が支配した貧しい労働者階級のアウトローの若者群像を描いたスペイン映画のジャンル。キンキは非行少年に由来するごろつき、チンピラの意。政治家が威厳を保とうと腐心しているあいだに、不満のはけ口を求めていた若者は、反対方向に振れていった。暴力、セックス、官憲の残虐行為、薬物特に70年代から80年代にかけてエスカレートしたヘロインが使用され、キンキ映画は吹き荒れる嵐の中で迷走するスペイン社会を掬い取っている。自由と快楽を手に入れた若者たちが辿りつく紆余曲折は予測通りになる。
★プロの俳優を見つけることが困難だったため、キンキ映画の監督たちは街中でスカウトしたアマチュアを起用、彼らは映画出演後には残念ながらドラッグの摂取過剰、あるいはエイズなどで若くしてこの世を去りました。彼らは犯罪者になりたかったわけではなく、社会の周辺にはじき出されて他の選択肢がなかったのである。殆どが低予算で製作され、アカデミー的には批評家の無理解もあってB級映画とされた。
★キンキ映画のジャンル分けが批評家によって異なるのは解釈の広狭によりますが、ホセ・アントニオ・デ・ラ・ロマがエル・トレテを起用して撮った「Perros Callejeros」(77、ストリートファイター)、キンキシネマの父とも称されるエロイ・デ・ラ・イグレシアがホセ・ルイス・マンサノを起用して1980年に製作した「Navajeros」や「Colegas」82「El Pico」83、またカルロス・サウラがベルリン映画祭1981で金熊賞を受賞した「急げ、急げ」(Deprisa, deprisa)などが代表作です。サウラは後に主演者たちが本物のキンキであったことを指摘され窮地に陥ったが、インタビューでは断固否定した。しかし実際は撮影中もドラッグが手放せなかったことが分かっています。ホセ・ルイス・マンサノもサウラの主演者もヘロイン過剰摂取やエイズで早世しています。
★エロイ・デ・ラ・イグレシアは、1983年から自身もヘロイン中毒となり解毒治療のため戦線離脱、復帰までに16年間かかった。キンキ映画の評価については再考が必要であると思っていたので、個人的にはモンソン監督の新作を歓迎したい。現代スペイン史を語るには、この民主主義移行期のスペイン社会の分析が重要と考えるからです。キンキには当時のスペイン社会の混沌が生の姿で描かれている。タイトルになった境界には、子供時代と成人期の境界、フランコ体制の残滓と没後の混乱、越えられない社会的階級の境界、善と悪、正義と不正の境界などいくつか考えられる。民主主義の社会と言えども出来ること・出来ないことがあり、その境界には原則あるいは基準が存在するはずです。
◎キャスト紹介:
*語り部イグナシオ・カーニャ役のマルコス・ルイスは子役出身、ダビ&トリスタン・ウジョア兄妹の「Pudor」(07)でデビュー、他に2013の「Zipi y Zape y el club de la canica」、2016の『スモーク・アンド・ミラーズ』に出演しているが、成人してからの出演は本作が初めてである。劇中ではイグナシオの愛称ナチョ、またキンキ・グループ間で使用された綽名ガフィタス(gafitasはメガネgafasの愛称)で呼ばれ、二つには微妙な使い分けがあるようです。

(ナチョ、フレームから)

(撮影中の3人、ベゴーニャ・バルガス、チェチュ・サルガド、マルコス・ルイス)
*グループの首領エル・サルコ役のチェチュ・サルガドは、1991年ガリシアのビゴ生れ、ビゴの演劇学校で学び、舞台俳優としてシェイクスピア劇にも出演、ガリシアTV、TVEのシリーズで活躍中。ガリシアのオーレンセ出身の監督イグナシオ・ピラールの「María Solinha」で映画デビュー、本作の言語はガリシア語である。成人して弁護士になったナチョは別の俳優ハビエル・ベルトランが演じたが、サルガドが特殊メイクをして一人でサルコを演じた。作家によると、サルコのキャラクターは当初、1980年代のスペインで有名だった犯罪者フアン・ホセ・モレノ・クエンカ、別名エル・バキーリャにインスパイアされたと語っているが、本作はモデル小説でもビオピックでもなくフィクションです。ゴヤ賞とフェロス賞ノミネートは共に初めてです。

(サルコ、ガフィタス、テレ、フレームから)
*テレ役のベゴーニャ・バルガスは、1999年マドリード生れ、女優、モデル、バレエダンサー。アルベルト・ピントの「Malazaña 32」(20)に主演、本作はホラー・ミステリーが幸いして『スケアリー・アパートメント』としてDVDが発売されている。他に Netflix で人気のTVコメディ『パキータ・サラス』やミステリー・シリーズ「Alta mar」(19~20)に出演、本作は邦題『アルタ・マール:公海の殺人』として配信され視聴できます。新作は犯罪映画ですが、サルコとガフィタスと愛の三角関係にあり、ラブストーリーでもある。今年公開が予告されているダニエル・カルパルソロのアクション「Centauro」にアレックス・モネールやカルロス・バルデムと共演している。新作は Netflix オリジナル作品、字幕入りで鑑賞可能か。
◎スタッフ紹介:ダニエル・モンソン監督、脚本家のホルヘ・ゲリカエチェバリアについては、2014年『エル・ニーニョ』で簡単ですが紹介しております。ただし『エル・ニーニョ』以降には触れておりません。
コチラ⇒2014年09月20日/同11月03日/2015年01月15日
★キンキ映画について、カルロス・サウラの「急げ、急げ」を、現在休眠中のカビナさんブログにコメントした記事をコンパクトに修正して次回アップします。
マルセル・バレナの「Mediterraneo」*フォルケ賞2021 ― 2021年12月13日 20:27
フォルケ賞&ゴヤ賞にノミネートされた「Mediterráneo」

★マルセル・バレナの「Mediterráneo」は実話に基づいている。フォルケ賞とゴヤ賞の両方の作品賞にノミネートされながら作品紹介が未だでした。本作は第94回オスカー賞のスペイン代表作品の最終候補3作の一つでした。結果はフェルナンド・レオン・デ・アラノアの「El buen patorón」になりました。エドゥアルド・フェルナンデスが扮するオスカル・カンプス(バルセロナ1963)というライフガードがモデルです。地中海を横断する移民と難民を救助する人道支援組織NGO Proactiva Open Arms(プロアクティバ・オープン・アームズ)の設立者です。発端は2015年秋9月、トルコの海岸に打ち上げられたクルド出身のシリアの3歳児アイランの溺死体の画像でした。その映像が瞬く間に世界中を駆けめぐったのは、そんなに昔の話ではない。
★バルセロナのバダロナで人命救助の会社を所有していたカンプスは、ギリシャのレスボス島に辿りついたシリア難民支援を決意しました。資金は仲間と一緒に旅行するために節約して貯めた15,000ユーロでした。時間の経過とともに、ソーシャルネットやメディアの報道を通じて、オープン・アームズのインフラや支援能力を向上させていきました。映画はその活動の始りに焦点を当てています。
「Mediterráneo」(The Low of the Sea)
製作:Arcadia Motion Pictures / Cados Producciones / Fasten Films /
Lastor Media / Heretic 協賛RTVE / Movistar+/ TVC / ICAA / ICEC
監督:マルセル・バレナ
脚本:ダニエル・シュライフ、マルセル・バレナ
撮影:アルナウ・バタリェル
音楽:キコ・デ・ラ・リカ
編集:ナチョ・ルイス・カピリャス
キャスティング:マキス・ガジス
美術:マルタ・バザコ、ピネロプ・イ・バルティ、エレナ・バルダバ
衣装デザイン:デスピナ・チモナ
メイクアップ&ヘアー:(メイク)エレクトラ・Katsimicha、ロウラ・リアノウ、(ヘアー)マリオナ・トリアス、アンジェリキ・バロディモウ、他
プロダクション・マネージメント:アルベルト・アスペル、他
製作者:アドリア・モネス、イボン・コルメンザナ、イグナシ・エスタペ、セルジ・モレノ、トノ・フォルゲラ、(エグゼクティブ)サンドラ・タピア、他
データ:製作国スペイン=ギリシャ、言語スペイン語・ギリシャ語・英語・カタルーニャ語・アラビア語、2021年、アクション・スリラー、実話、112分、撮影地レスボス島、アテネ、バルセロナ、期間2020年9月4日~10月26日、スペイン公開2021年10月1日
映画祭・受賞歴:サンセバスチャン映画祭2021、オーレンセ映画祭観客賞受賞、ローマ映画祭観客賞受賞、パラブラ映画祭2021男優賞(エドゥアルド・フェルナンデス、ダニ・ロビラ)受賞、テッサロニキ映画祭、ノミネート:第27回フォルケ賞2021作品賞・男優賞(E.フェルナンデス)、ゴヤ賞2022(作品賞以下9カテゴリー)、フェロス賞主演男優賞(E.フェルナンデス)、他
キャスト:エドゥアルド・フェルナンデス(オスカル・カンプス)、ダニ・ロビラ(ジェラルド・カナルス)、アンナ・カスティーリョ(エステル)、セルジ・ロペス(ニコ)、メリカ・フォロタン(ラシャ)、パトリシア・ロペス・アルナイス(ラウラ・ラヌザ)、アレックス・モネル(サンティ・パラシオス)、コンスタンティン・シンシリス(バックパッカー)、バシリス・ビスビキス(マソウラス)、ヤニス・ニアロス(ロウカス)、ジオタ・フェスタ(ノラ)、スタティス・スタモウラカトス(ストラスト)、ロセル・ビリャ=アバダル(ジェラルドの妻)、他エキストラ多数
ストーリー:2015年秋、ライフガードのオスカルとジェラルドは、ギリシャのレスボス島に旅行に出掛け、地中海で溺死した幼児の写真に衝撃を受ける。武力抗争から逃れるため、何千人もの難民が不安定なボートで海を渡ってくる冷酷な現実に圧倒される。しかし誰も救助活動を行いません。エステルとニコ、他のメンバーと一緒に、彼らは救助を必要としている人々をサポートしようと決意する。この旅は全員にとって自身の人生を刻むオデッセイになるだろう。

(レスボス島に流れ着いた難民を救助するライフガードたち、フレームから)
地中海は地球上で最大の集団墓地になっていた!
★監督紹介:マルセル・バレナ、1981年バルセロナ生れ、監督、脚本家、俳優、製作者。2010年TVムービー「Cuatro estaciones」がガウディ賞を受賞、ドキュメンタリー「Món petit」(12)がアムステルダム国際ドキュメンタリー映画祭2013で受賞するなどした。またゴヤ賞2014ドキュメンタリー賞部門にノミネートされている。2016年に「100 metros」で長編デビュー、本作は『100メートル』の邦題でNetflixが配信した。多発性硬化症と診断されたラモン・アロヨ(ビルバオ1971)の実話がベースになっている。「Mediterráneo」が第2作目になり、本作について「ラブストーリーでもあるが、ロマンティックな愛ではなく、自分が人間であると感じることのできる人の物語」と語っている。現在オンライン上映の具体的な話はないそうだが、たとえばFilminが目下最有力候補ということです。ということは日本は無理かもしれない。
*ドキュメンタリー「Món petit」の紹介記事は、コチラ⇒2014年01月19日

(オープン・アームズの シャツを着た監督、サンセバスチャンFF2021フォトコール)

(左から、セルジ・ロペス、エドゥアルド・フェルナンデス、バレナ監督、
ダニ・ロビラ、アンナ・カスティーリョ、同上)
★エドゥアルド・フェルナンデス、1964年バルセロナ生れ、演劇、映画、TV俳優。バルセロナの演劇研究所(1913設立)でパントマイムを学ぶ。シェイクスピア劇(2006年「ハムレット」でフォトグラマス・デ・プラタ俳優賞)、ベケット、アーサー・ミラーのような現代劇にも出演、TVシリーズ出演は1985年、日本で公開された最初の映画はビガス・ルナの『マルティナの海』(01)ではないかと思います。三つの分野を両立させながら今日に至っている。
★当ブログ登場も多く、ゴヤ賞には「Fausto 5.0」(監督アレックス・オリェ、イシドロ・オルティス、カルルス・パドリサ)で2002主演男優賞、セスク・ゲイの「En la ciudad」(03)とアメナバルの『戦争のさなかで』(19)のミリャン・アストライ役で助演男優賞と3個のゴヤ胸像を手にしている。他にサンセバスチャン映画祭2016のアルベルト・ロドリゲスの『スモーク・アンド・ミラーズ』で元諜報員フランシスコ・パエサを演じて銀貝男優賞、ガウディ賞も3個、マラガ映画祭でもビスナガ男優賞3個と受賞歴が多く、ノミネートは数えきれない。これまでも歴史上の人物を具現化してきた。上述したミリャン・アストライやフランシスコ・パエサの他に、フェリペ2世、ヘスス・デ・ガリンデスなどだが、キャラクターが生きている場合は「演じる人物の動機を知り、なぜそうしたか、その理由を理解することです」と語っている。私事になるが共演作もある、活躍目覚ましい女優グレタ・フェルナンデスは一人娘である。
*『戦争のさなかで』の作品紹介は、コチラ⇒2019年11月26日
*『スモーク・アンド・ミラーズ』の作品紹介は、コチラ⇒2016年09月24日

(オスカル・カンプス役のエドゥアルド・フェルナンデス、フレームから)
★ダニ・ロビラ、もう一人の主人公ジェラルド・カナルスを演じた。「オーチョ・アペジードス」の大ヒットで上昇気流に乗っていたさなかの2020年3月にホジキンリンパ腫という癌で闘病生活を余儀なくされた。本作出演は復帰第2作目になる(第1作目は夏公開されたジャウム・コレット=セラの『ジャングル・クルーズ』)。彼はマルセル・バレナ監督のデビュー作「100 metros」で主人公のラモン・アロヨを演じた。30代の若さで、100メートルさえ歩けないと言われたラモンが、トライアスロンの鉄人レースに挑戦した実話をベースにしたヒューマンドラマでした。既にキャリア&フィルモグラフィー紹介をしております。バレナ監督によると、新作の撮影は悪天候や新型コロナウイリス感染の影響で困難続きだったという。エキストラになってくれたシリア難民が収容キャンプ地に足止めされてしまった。しかしもっと大変だったのは、ダニのホジキンリンパ腫の罹患だったという。
*ダニ・ロビラのホジキンリンパ腫闘病&キャリア紹介は、コチラ⇒2021年05月24日

(エドゥアルド・フェルナンデス、ダニ・ロビラ、アンナ・カスティーリョ)
★オスカル・カンプスは、1963年バルセロナ生れ、人道支援組織NGO Proactiva Open Arms(プロアクティバ・オープン・アームズ)の設立者。23歳のときレンタカーの会社を立ち上げ成功させた。その後離婚したときに慰謝料として妻に渡した。赤十字に参加した経験をもとにライフガードの仕事に携わることになった。「ライフガードは、世界の他の地域では尊敬されていますが、ここではプールでごっこ遊びをしていると思われています」と語り、アイラン少年と同じ年齢の息子がいたこともNGOオープン・アームズ設立の動機の一つのようでした。「船員には漂流者を救助する義務があり、その後、彼らをどうするかは指導者の責任である」とも語っている。オープン・アームズは約10万人以上の難民を救助した。

(「私たちは子持ちの離婚経験者」と仲のいいフェルナンデスとカンプス)
『リベルタード』のクララ・ロケ監督インタビュー*TIFFトークサロン ― 2021年11月20日 11:29
クララ・ロケのデビュー作『リベルタード』は短編「El adiós」がベース

★TIFFトークサロン視聴の最終回は、ワールド・フォーカス部門のクララ・ロケのデビュー作『リベルタード』です。カンヌ映画祭と併催の「批評家週間」でワールドプレミアされました。本作はバルト9での上映が見送られた第18回ラテンビートとの共催上映作品です。既にアップした作品紹介と重なっている部分、アイデア誕生の経緯、自由とはないか、アイデンティティ形成期の重要性、階級差の理不尽、本作のベースになった短編「El adiós」など重なっていた。しかし紹介では触れなかった新発見も多々ありましたので、そのあたりを中心に触れたいと思います。インタビューは英語、クララ・ロケ(バルセロナ1988)は、カタルーニャ政府が1990年に創立したポンペウ・ファブラ大学で視聴覚コミュニケーションを学んだあと、奨学金を得てコロンビア大学で脚本を学んでおり英語は堪能。モデレーターは映画祭プログラミング・ディレクターの市山尚三氏。
*『リベルタード』作品紹介、キャリア&フィルモグラフィーは、

(クララ・ロケ監督)
Q: 本作は監督の体験が含まれているのかという観客からの質問がきています。
A: 短編「El adiós」がベースになっており、これはアルツハイマーの祖母を介護してくれたコロンビアから働きに来ていた女性がモデルになっています。短編のキャスティングの段階で、女性介護師の多くが、故国に家族を残して出稼ぎに来ていることを知りました。私は恵まれた階級に属していることを実感していますが、この階級格差をテーマにしてフィクションを撮ろうとしたわけです。地中海に面した避暑地コスタブラバに別荘があり、子供のころ夏休みをここで過ごしたので撮影地にしました。

(多くの受賞歴がある「El adiós」のポスター)
Q: 劇中のアルツハイマーの祖母とご自身のお祖母さんと重なる部分がありますか。
A: 私の祖母の記憶に沿っています。壊れていく祖母を目の当たりにして、一つの世界の終り、一つの時代の終り、家族のアイデンティティの終りを実感しました。アイデンティティと階級格差、記憶をテーマにしました。アイデンティティは記憶でつくられるからです。
Q: 本作を撮るにあたり参考にしたバカンスをテーマにした映画などありましたか。
A: イングマール・ベルイマンの『不良少女モニカ』、エリック・ロメールの『海辺のポーリーヌ』、ルクレシア・マルテルの『沼地という名の町』など、人間の感情を描いているところ、辛辣で意地悪な雰囲気を感じさせるユニークなスタイルが参考になりました。特にマルテルの作品です。
管理人補足:クラシック映画、またはマイナー映画ということもあって、邦題の同定には市山氏の貴重な助言がありました。監督が挙げた3作品の駆け足紹介。
*1953年のスウェーデン映画『不良少女モニカ』(原題Sommaren med Monika、仮題「モニカとの夏」)はベルイマンの初期の作品で、フランスのヌーベルバーグの監督から絶賛された作品。17歳になる奔放なモニカと内気な19歳のハリイの物語、奔放なリベルタードの人物造形はモニカが参考になっているのかもしれません。1955年に公開されました。現在はないアート系映画チャンネル、シネフィル・イマジカのベルイマン特集があると放映されていました。ビデオ、DVDが発売されています。
*1983年の『海辺のポーリーヌ』は、ロメールの「喜劇と格言劇」シリーズの第3作目、ノルマンディーの避暑地を舞台にした一夏の恋のアバンチュール、愛するより愛されたい人々を辛辣に描いた群像劇。ベルリン映画祭でロメールが銀熊監督賞、国際批評家連盟賞を受賞した作品。撮影監督がバルセロナ出身のネストル・アルメンドロスでロメール映画やフランソワ・トリュフォー映画を多数手掛けている。ビデオ、DVDで鑑賞できます。
*アルゼンチンのルクレシア・マルテルの『沼地という名の町』(La Ciénaga)は、アルゼンチン国家破産前のプール付き邸宅で暮らすブルジョワ家族のどんよりした日常が語られます。NHKが資金提供しているサンダンス映画祭1999でNHK国際映像作家賞(賞金1万米ドル)を受賞して完成させた関係から、NHKの衛星第2で深夜に放映されています。他にラテンビート2010京都会場で特別上映されたのがスクリーンで観られた唯一の機会でした。ベルリン映画祭2001フォーラム部門でワールドプレミアされ、アルフレッド・バウアー賞を受賞した他、国際映画祭の受賞歴多数。監督の生れ故郷サルタの特権階級を舞台にした『ラ・ニーニャ・サンタ』(04)と『頭のない女』(08)を合わせてサルタ三部作と言われています。DVDは発売されていないと思います。
Q: キャスティングの経緯と二人の少女の演出についての質問。
A: マリア・モレラとニコル・ガルシアの二人に出演してもらえたのは幸運でした。マリアは別の作品を見ていて起用したいと思っていましたが、ニコルは本作がデビュー作です。リベルタードのバックグランドをもっている女の子を探しておりました。つまりコロンビア人でスペインは初めてということです。それでコロンビアまで探しに行きました。プロは考えてなく、街中を探し回りました。青い髪をなびかせてローラースケートをしている素晴らしい女の子ニコルを探しあてたのです。クランクイン前に二人を同じ家に一緒に住まわせて、二人をキャラクターに無理に合わせるのではなく、二人の個性に寄せて脚本を変えた部分もありました。

(生れも育ちも対照的なノラとリベルタード)
Q: 階級格差を描いているが、スペインは階級社会なのでしょうか。
A: スペインは欧米の多くの国々と同じく階級社会です。あからさまに話題にしなくなっていますが、平等になって格差が無くなったと考えるのは錯覚です。出自によって得られるチャンスが違うからです。『リベルタード』製作にあたって、自分が特権階級と気づくために、一時そこから意識的に離れる必要がありました。
Q: リベルタードは結局自由になれない、階級差が続くというメッセージですか。反対に死に近づく祖母アンヘラがある意味で自由になっていく。これは老いてから自由になれるということですか。
A: 素晴らしい質問です、『リベルタード』で描きたかったことです。経済的に恵まれていないため自分の人生を生きることのできない人は、本当に自由になれるのかという問いですね。またアンヘラは自分が望んでいた人生を歩んでいたわけではない、これは本当の意味での人生ではないから、死をもって不本意な人生を終わらせ自由になりました。
Q: 音楽が良かった、どのように選曲しましたか。
A: 好きな音楽についての質問でとても嬉しいです。私にとって音楽は重要、それで音楽用の資金を残してくれるように頼んでおきました。シーンに載せるだけの音楽でなく、シーンから生まれる音楽をつくりたいと考えました。過去の記憶を失ってノスタルジーに生きているアンヘラにはクラシックを使用、若い二人には、レゲエ、よりヘビーなレゲトン、サルサなどのニューミュージックです。家族の贅沢を象徴する音楽も入れました。
Q: 撮影地のコスタブラバは、子供のときと現在で変化はありましたか。
A: 脚本はコスタブラバをイメージしながら執筆しました。知ってる場所だとよいものになると思っていて、実際何かが起きるのです。
Q: 女の子たちのセリフを変えたところがありますか。
A: 監督のために脚本を書くことが私の仕事で、脚本に固執していましたが、監督をして学んだこともありました。それは役者たちが即興で演じたセリフのほうが面白いという経験です。結果、変えたところが良いシーンになったのでした。
Q: 長編デビューしたわけですから、今後は監督業に徹しますか。また、これからのプランがあったら聞かせてください。
A: 私は他の監督のために脚本を書くのが好きですから書き続けます。是非撮りたいというテーマがあれば別ですが、監督業はエネルギーが必要です。先の話になりますが、父親が馬のディーラーをしているので馬をテーマにした映画を考えています。短編を撮っているので今度は長編を撮りたい。興味深い質問ありがとうございました。
★馬をテーマにした短編というのは、女の子の姉妹と片目を失った農場の1頭の馬を語った「Les bones nenes」(15、17分)を指す。監督の母語カタルーニャ語映画で国際映画祭巡りをして好評を得た。うちシネヨーロッパ賞2019短編映画賞、アルカラ・デ・エナレス短編映画祭2017で『リベルタード』の音楽も手掛けたパウル・タイアンがオリジナル作曲賞を受賞するなどした短編。

(馬を主人公にした「Les bones nenes」のフレームから)
★これで当ブログ関連のTIFFトークサロンは終りです。アレックス・デ・ラ・イグレシアの『ベネシアフレニア』は、ラテンビートFFプログラミング・ディレクターのアルベルト・カレロ氏とのオンライントークがアップされています。「美しいものは壊れる」がテーマです。いずれ公開されると思いますので割愛します。力不足で聞き違い勘違いが多々あると思いますが、ご容赦ください。
『ザ・ドーター』のマルティン=クエンカ*TIFFトークサロン ― 2021年11月07日 15:13
風景は登場人物の一人、モラルのジレンマ

★去年からコロナ禍で来日できないシネアストとオンラインで繋がるTIFFトークサロンが、今年も始まった。スペイン、ラテンアメリカ諸国の関連作品(6作)のトップバッターとして、11月2日(20:50)に『ザ・ドーター』(コンペティション部門)のマヌエル・マルティン=クエンカが登場した。モデレーターは今年からTIFFプログラミング・ディレクターに就任した市山尚三氏、まだ本祭の本部が渋谷のオーチャードホールだった1992年から99年まで作品選定をしていたベテランが戻ってきました。
*『ザ・ドーター』の作品紹介は、コチラ⇒2021年10月16日

(本作撮影中のマヌエル・マルティン=クエンカ)
★トークの内容は、作品紹介で書いたことと半分ぐらいは重なっていましたが、監督がコミックのファンで「日本の漫画家では、谷口ジローが好きだ」という発言など新発見もありました。以下はQ&Aのかたちではなくピックアップして纏めたものです。Qは簡潔でしたがAが長かった。監督はスペイン語、同時通訳者は映画に詳しく分かりやすかった。
★本作のアイディア、代理出産をテーマにした動機についてのQでは、「個人的に子供に恵まれなかったので授かりたいと考えていたので、現行法の養子制度に興味があった」ことが背景にあったようです。しかし本作のテーマを代理出産と位置づけていなかった管理人にとって不意打ちの質問でした*。女性の権利、特にイレネのような未成年者の権利やモラルの境界線がテーマと考えていたからです。監督も「モラルのジレンマが常に存在していた」とコメントしていた。本作のヨーロッパでの捉え方の質問では「トロント、サンセバスチャンなどで上映され、スペインでは未成年者の権利を描く作品と一部から見られている」と答えている**。
*日本でいう代理出産は、イレネのようなケースを指していない。妻の卵子と夫の精子を第三者の子宮に移植する、あるいは夫の精子を第三者に人工授精の手法で注入して懐胎させることを指し、日本では法律がなく、日本産科婦人科学会はどちらも認めていない。従って法制化されている海外諸国で行う必要があります。監督が後半でスペインでは16歳までの未成年者の代理出産は認められていないと答えていた。
**サンセバスチャンFF上映後の大手日刊紙の評価は概ねポジティブ(エルペリオデコ、シネヨーロッパ)かニュートラル(エルムンド)、エルパイスのカルロス・ボジェロも「『カニバル』は好みでないが、本作は不安で重たいが、彼は必ず私を楽しませてくれる・・・最後の素晴らしい部分に恐怖を覚えた」と、監督が投げかけた謎と不安の質に高評価。ボジェロ氏はクラウディア・リョサの『悪夢は苛む』やアルモドバルの「Madres paralelas」を歯牙にかけなかった批評家です。
★2番目のQは、舞台を人里離れた山中の山小屋にした理由、撮影場所、撮影期間について。本作にとって「風景はとても重要でキャラクターの一人です。それは風景が登場人物の心理そのものとして風景に溶け込んでいるからです。心理だけでなく身体もそうで、体重も春と秋冬では6~7キロの差をつけてもらった。クランクインは2019年11月から2020の年6月、秋、冬、春の四季をまたぐ約6ヵ月間もの長い期間、俳優たちは妥協して適応してくれた。デジタル処理でない本物の四季の変化を描きたかった」。撮影期間は6ヵ月ということでズレがありますが、11月末から6月初めということでしょうか。
★山小屋のある場所は「スペイン最大の国立公園、撮影隊の宿泊地から約1時間かかり、四輪駆動でないといけない。州都からは3時間、スペイン人でも知らない人が殆どです」と訳されていたが、監督は大きな自然公園の一つシエラ・デ・カソルラSierra de Cazorlaとおっしゃっていたように思います。シエラ・デ・セグラなどを含むスペイン最大の保護区であり、ヨーロッパでも2番目に大きい保護地域、ユネスコによって1983年生物圏保護区に認定された。スペイン最大の国立公園は、同じアンダルシア州でもポルトガルの国境に近いウエルバ、セビーリャ、カディス各県にまたがるドニャーナ国立公園で映画のような山間部ではない。ヨーロッパでも最大級の自然保護区、1994年世界遺産に登録され、観光地にもなっている。

(撮影地カソルラ山脈)
★キャスティングについて、「主役イレネ・ビルゲス起用の決め手は何か、女優キャリアについて」のQには、「本作でデビュー、ダンス教室でスカウトした。内面の演技ができる派手でない少女を探していたが、カメラテストで気に入りイケるという感触を得た。演技経験はゼロだったのでリハーサルを何回も繰り返した。イレネは繊細なうえ、スペイン娘のような外へ外へというタイプでなく、エモーショナルな内面的演技ができた。撮影中は私の日本娘と呼んでいた。当時は14歳、今年の11月で16歳になる」とべた褒めでした。「繊細で内面的な日本女性」には苦笑いでしたが、後半で好きな日本の監督の名前を訊かれ「是枝監督の作品は殆ど見ている。クラシック映画をよく見る、例えば小津(安二郎)、成瀬(巳喜男)、溝口(健二)、黒澤(明)、特に小津の映画」と答えていたのでナルホドと納得できた。是枝映画はサンセバスチャン映画祭2018で、アジア人初のドノスティア栄誉賞を受賞した折りに特集が組まれ、代表作をまとめて観るチャンスがあったので、是枝ファンは多い。

(内面的な演技を要求されたイレネ・ビルゲス、フレームから)
★「アウトローのことをしている自覚のある三人の一人」ハビエル役のハビエル・グティエレスについては、「ハビエルは物静かな善人から一線を越えていく役柄、彼には善と悪をミックスした人物を演じてもらった。彼とは他の映画でタッグを組んでいたので問題はなかった」。他の映画とは「El autor」のこと、サンセバスチャン映画祭2017セクション・オフィシアルで上映された。ハビエルの妻アデラを演じたパトリシア・ロペス・アルナイスは、実名にしなかったが、彼女の祖母の名前だと明かした。二人のキャリアについては作品紹介を参考にしてください。

(ハビエル役のハビエル・グティエレス、フレームから)

(アデラ役のパトリシア・ロペス・アルナイス、フレームから)
★スペインの養子制度についてのQ、「出産後、養子にすれば済むケースだと思うが、何か法的な不都合があるのか」というもっともな質問には、「スペインでは16歳までの未成年が妊娠した場合、特に施設に入っている場合、産むか産まないかは国家が決断する。本人には決定権がない。ハビエルがセンター職員だから養子にできないというわけではない。不平等だが法律で決められており、仮にイレネが出産できてもハビエル夫婦は養子にできない可能性が高い」と答えている。日本とは事情が違うようです。スペインの結婚可能年齢は男女とも18歳(日本は男性18歳、女性16歳)、15歳のイレネは結婚可能年齢に達していない。
★移民問題についてのQ、「イレネが過激化していく背景から、もしかして移民ではないかという理解は正しいか」という質問には、「移民という設定ではないが、イレネの両親は社会の埒外にいる人々とした。彼女は両親から子供としての愛情を受けたことがなく、家族として一緒に暮らせない。愛情というものを体験したのはハビエルが初めてだった」。ドラッグの常習で子供を養育できない親は珍しくない。
★映画製作の出発についてのQ、「テーマを見つけ出す、これは伝えたいというテーマ、文学作品、現実に起きていることで自分の体に入ってくるもの、理論的なものでなくてもいい」。本作もイデオロギー的なものを目指していないとも他でコメントしていた。
★次回作品の予定についてのQ、「まず2022年1月に始まる舞台のプロジェクトの準備をしている。映画はプロデューサーと準備中で、できれば来年末にはクランクインしたい」。具体的なタイトル、製作者には言及しなかった。どちらかというとじっくりタイプの映像作家、前作「El autor」は4年前、前々作『カニバル』は8年前、コロナの再燃が危惧されるからあくまで予定でしょうか。「次回作も東京に持っていけたらと思っています。日本の観客の皆さんに見てくださってありがとう、感謝します」ということでした。
★最後に上述したしたように、日本の漫画家谷口ジローの話が飛び込み、「刺激を受けて吹き出しに入れるセリフ書きもしている」と明かした。フランスでの受賞歴が多数ある谷口ジローのコミックはスペインでも人気があり、『父の暦』(02)がバルセロナやアストゥリアスの国際コミック展で受賞している。4年前に69歳で鬼籍入り、その死を惜しむ人は多い。現在、世田谷文学館で「描く人、谷口ジロー展」が来年2月末まで開催されている。
★訊き洩らし、聞き違いの節は悪しからず。舞台上でのQ&Aは時間も短く、会場からの質問が纏まっていないケースも多く、オンラインでのトークは繰り返し見ることができるので歓迎です。個人的には、本作は深淵さが理解されなかった『カニバル』の延長線上にあるのではないかと感じました。
スペイン映画 『ザ・ドーター』*東京国際映画祭2021 ― 2021年10月16日 15:03
マヌエル・マルティン=クエンカの新作「La hija」はスリラー

★東京国際映画祭TIFF 2021(10月30日~11月8日)のコンペティション部門でアジアン・プレミアされる、マヌエル・マルティン=クエンカの新作「La hija」(『ザ・ドーター』)は、トロント映画祭でワールド・プレミアされ、サンセバスチャン映画祭SSIFF ではアウト・オブ・コンペティションで上映されたスリラー。SSIFFの上映後に、多くの人からセクション・オフィシアルにノミネートされなかったことに疑問の声が上がったようです。選ばれていたら何らかの賞に絡んだはずだというわけです。SSIFFでのマルティン=クエンカ作品は、2005年の「Malas temporadas」、2013年の『カニバル』、2017年の「El autor」と3回ノミネートされており、3作とも紹介しております。新作スリラーは「El autor」で主人公を演じたハビエル・グティエレスと、「Ane」でゴヤ賞2021主演女優賞を受賞したばかりのパトリシア・ロペス・アルナイス、新人イレネ・ビルゲスを起用して、撮影に6ヵ月という昨今では珍しいロングロケを敢行しています。

(ロケ地アンダルシア州ハエン県のカソルラ山脈にて、左端が監督、2019年11月)
*『不遇』(Malas temporadas)の作品紹介は、コチラ⇒2014年06月11日/07月02日
*『カニバル』の作品紹介は、コチラ⇒2013年09月08日
*「El autor」の作品紹介は、コチラ⇒2017年08月31日
『ザ・ドーター』(原題 La hija)
製作:Mod Producciones / La Loma Blanca / 参画Movister+ / RTVE / ICCA / Canal Sur TV
協賛Diputación de Jaén
監督:マヌエル・マルティン=クエンカ
脚本:アレハンドロ・エルナンデス、マヌエル・マルティン=クエンカ、フェリックス・ビダル
撮影:マルク・ゴメス・デル・モラル
音楽:Vetusta Moria
編集:アンヘル・エルナンデス・ソイド
美術:モンセ・サンス
プロダクション・マネージメント:ロロ・ディアス、フラン・カストロビエホ
製作者:(Mod Producciones)フェルナンド・ボバイラ、シモン・デ・サンティアゴ、(La Loma Blanca)マヌエル・マルティン=クエンカ、(エグゼクティブ)アラスネ・ゴンサレス、アレハンドロ・エルナンデス、他
データ:製作国スペイン、スペイン語、2021年、スリラー・ドラマ、122分、撮影地アンダルシア州ハエン県、カソルラ山脈、期間2019年11月~2020年4月、約6ヵ月。配給Caramel Films、販売Film Factory Entertainment、公開スペイン11月26日
映画祭・受賞歴:トロント映画祭2021、サンセバスチャン映画祭2021アウト・オブ・コンペティション(9/22)、東京国際映画祭2021コンペティション(10/30)
キャスト:ハビエル・グティエレス(ハビエル)、パトリシア・ロペス・アルナイス(ハビエルの妻アデラ)、イレネ・ビルゲス(イレネ)、ソフィアン・エル・ベン(イレネのボーイフレンド、オスマン)、フアン・カルロス・ビリャヌエバ(ミゲル)、マリア・モラレス(シルビア)、ダリエン・アシアン、他
ストーリー:15歳になるイレネは少年院の更生センターに住んでいる。彼女は妊娠していることに気づくが、センターの教官ハビエルの救けをかりて人生を変える決心をする。ハビエルと妻のアデラは、人里離れた山中にある彼らの山小屋でイレネと共同生活をすることにする。唯一の条件は、多額の金銭と引き換えに生まれた赤ん坊を夫婦に渡すことだった。しかしイレネが、胎内で成長していく命は自分自身のものであると感じ始めたとき、同意は揺らぎ始める。雪の山小屋で展開する衝撃的なドラマ。

(イレネ役イレネ・ビルゲス、フレームから)

(ハビエルとアデラの夫婦、フレームから)
サンセバスチャン映画祭ではコンペティション外だった『ザ・ドーター』
★サンセバスチャン映画祭ではセクション・オフィシアルではあったが、賞に絡まないアウト・オブ・コンペティションだったのでご紹介しなかった作品。SSIFFには、上記の3作がノミネートされ、2005年に新人監督に贈られるセバスティアン賞を受賞しているだけで運がない。というわけで今回の東京国際映画祭に期待をかけているかもしれない。今年の審査委員長はイザベル・ユペールがアナウンスされているが、どうでしょうか。

(マヌエル・マルティン=クエンカとハビエル・グティエレス、SSIFFフォトコール)
★3人の主演者、ハビエル・グティエレスについては、「El autor」のほか、アルベルト・ロドリゲスの『マーシュランド』(14)、イシアル・ボリャインの『オリーブの樹は呼んでいる』(16)、ハビエル・フェセルの『だれもが愛しいチャンピオン』(18)、ダビ&アレックス・パストールの『その住人たちは』(20)などで紹介しております。バスク州の州都ビトリア生れのパトリシア・ロペス・アルナイスは、ダビ・ペレス・サニュドのバスク語映画「Ane」で、ゴヤ賞2021主演女優賞のほか、フォルケ賞、フェロス賞などの女優賞を独占している。アメナバルの『戦争のさなかで』では、哲学者ウナムノの娘マリアを好演している。難航していたイレネ役にはオーディションでイレネ・ビルゲスを発掘できたことで難関を突破できたという。監督は女優発掘に定評があり、当時ただの美少女としか思われていなかった14歳のマリア・バルベルデを起用、ルイス・トサールと対決させて、見事女優に変身させている。

(主役の3人、グティエレス、ビルゲス、ロペス・アルナイス、SSIFFフォトコール)
★共同脚本家のアレハンドロ・エルナンデスとは、「Malas temporadas」以来、長年タッグを組んでいる。彼はアメナバルの『戦争のさなかで』やTVシリーズ初挑戦の「La fortuna」も手掛けている。他にマリアノ・バロッソやサルバドル・カルボなどの作品も執筆している。キューバ出身だが20年以上前にスペインに移住した、いわゆる才能流出組の一人です。撮影監督のマルク・ゴメス・デル・モラルは、ストーリーの残酷さとは対照的な美しいフレームで監督の期待に応えている。既に長編映画7作目の監督がコンペティション部門にノミネートされたことに若干違和感がありますが、結果を待ちたい。



クララ・ロケの『リベルタード』*ラテンビート2021 ― 2021年10月12日 17:36
『リベルタード』――東京国際映画祭との共催上映

★前回触れましたように今年18回を迎えるラテンビート2021は、バルト9での単独開催及びデジタル配信もなく、東京国際映画祭との共催上映3作のみになりました。しかし、日本未公開のスペイン語圏の名作を中心に紹介する通年の配信チャンネル《ラテンビート・クラシック》(仮題)を準備中ということです。いずれ公式のサイトが発表になるようです。3作のうち当ブログ未紹介のクララ・ロケのデビュー作『リベルタード』のご紹介。カンヌ映画祭と併催の第60回「批評家週間」でワールドプレミアされています。1988年バルセロナ出身のロケ監督は、既に脚本家として実績を残しており、自身も「監督より脚本を構想するほうが好き」と、インタビューで語っています。
『リベルタード』(原題 Libertad)
製作:Bulletproof Cupid / Avalon / Lastor Medíaº
監督・脚本:クララ・ロケ
音楽:Paul Tyan ポール・タイアン
撮影:グリス・ジョルダナ
編集:アナ・プファフPfaff
キャスティング:イレネ・ロケ
プロダクション・デザイン:マルタ・バザコ
衣装デザイン:Vinyet Escobar ビンジェ・エスコバル
メイクアップ&ヘアー:(メイクアップ)バルバラ・ブロック Broucke、(ヘアー)アリシア・マチン
プロダクション・マネージメント:ジョルディ・エレロス、ゴレッティ・パヘス
製作者:セルジ・モレノ、ステファン・シュミッツ、マリア・サモラ、トノ・フォルゲラ、
データ:製作国スペイン=ベルギー、スペイン語、2021年、ドラマ、104分、撮影地バルセロナ、公開スペイン2021年11月19日予定
映画祭・受賞歴:カンヌ映画祭併催の第60回「批評家週間」2021作品賞・ゴールデンカメラ賞ノミネーション、アテネ映画祭、ヘント映画祭、エルサレム映画祭国際シネマ賞、第66回バジャドリード映画祭2021(Seminci)オープニング作品、各ノミネート
キャスト:マリア・モレラ・コロメル(ノラ)、ニコル・ガルシア(リベルタ―ド)、ノラ・ナバス(ノラの母テレサ)、ビッキー・ペーニャ(ノラの祖母アンヘラ)、カルロス・アルカイデ(マヌエル)、カロル・ウルタド(ロサナ)、マチルデ・レグランド、オスカル・ムニョス、マリア・ロドリゲス・ソト、ダビ・セルバス、セルジ・トレシーリャス、他
ストーリー:ビダル一家は、進行したアルツハイマー病に苦しむ祖母アンヘラの最後の休暇を夏の家で過ごしている。14歳のノラは、生まれて初めて自分の居場所が見つからないように感じている。子供騙しのゲームは卒業、しかし大人の会話には難しくて割り込めない。しかし祖母の介護者でコロンビア人のロサナと、ノラより少し年長の娘リベルタードが到着して、事情は一変する。反抗的で魅力的なリベルタードは、ノラにとって別の玄関のドアを開きます。二人の女の子はたちまち強烈で不均衡な友情を結んでいく。家族の家がもっている保護と快適さから二人揃って抜け出し、ノラはこれまで決して得たことのない自由な新しい世界を発見する。カタルーニャの裕福な家族出身のノラ、コロンビアで祖母に育てられたリベルタード、異なった世界に暮らしていた二人の少女の友情と愛は、不平等な階級の壁を超えられるでしょうか。

(ノラとリベルタード、フレームから)
先達の存在に勇気づけられる――私は脚本家だと思っています
★監督紹介:クララ・ロケは、1988年バルセロナ生れ、バルセロナ派の脚本家、監督。ポンペウ・ファブラ大学で視聴覚コミュニケーションを専攻、奨学金を得てコロンビア大学で脚本を学んだ。自身は脚本家としての部分が多いと分析、脚本家デビューはカルロス・マルケス=マルセの「10.000 Km」(14)、またハイメ・ロサーレスの『ペトラは静かに対峙する』(原題Petra、18)を監督と共同執筆している。監督としては、長編デビュー作とも関連する終末ケアをする女性介護者をテーマにした、短編「El adiós」(バジャドリード映画祭2015金の麦の穂受賞)や「Les bones nenes」(16)、TVミニシリーズ「Tijuana」(19、3話)、「Escenario 0」(20、1話)を手掛けている。『リベルタード』が長編デビュー作。
*「10.000 Km」の作品紹介は、コチラ⇒2014年04月11日
*『ペトラは静かに対峙する』の作品紹介は、コチラ⇒2018年08月08日


(短編「El adiós」で金の麦の穂を受賞したクララ・ロケ、バジャドリードFF授賞式)
★カンヌにもってこられたのは「本当に夢のようです。上映を待っていたのですが、パンデミアの最中だったので難しかった。カンヌが2021年の映画祭で上映することを提案してくれた」と監督。スペイン映画としてノミネートは本作だけでした。「カタルーニャでは、女性シネアストが多く、イサベル・コイシェのような存在が大きかった。映画の世界は男性だけのものではないという希望を私に与えてくれたからです」と。他にイシアル・ボリャイン、アルゼンチンのルクレシア・マルテルとフリア・ソロモノフ、オーストラリアのジェーン・カンピオン、バルセロナ出身の先輩ベレン・フネスなどを挙げている。男性では、上記のロサーレスとマルケス=マルセの他に、『ライフ・アンド・ナッシング・モア』のアントニオ・メンデス・エスパルサを挙げている。マリア・ソロモノフ監督はコロンビア大学の彼女の指導教官、現在は映画製作と並行して、ブルックリン大学シネマ大学院で後進の指導に当たっている。
少女から大人の女性へ――揺れ動くアイデンティティ形成段階の少女たち
★カンヌ映画祭には運悪くコロナに感染していて自身でプレゼンができなかった。シネヨーロッパのインタビューも電話でした。タイトルの Libertad は、主人公の名前から採られていますが、それを超えています。「この映画の中心テーマです。自由とは何かということです。本当に自由を選ぶ手段をもっている人だけのものか、自由はもっと精神的な何かなのか。劇中にはいろいろなやり方で自由を模索する登場人物が出てきます」と監督。

(マリア・モレラに演技指導をするクララ・ロケ監督)
★ノラの祖母を介護しているロサナはコロンビアからの移民、幼い娘リベルタードを母に預けてスペインに働きに来ていた。そこへ10年ぶりに15歳になった娘がやってくる。裕福なノラの家族、貧困で一緒に暮らせなかった家族という階級格差、移民によって提供されるケアの問題が浮き彫りになる。両親から受け継いだアイデンティティ、特に母から娘に受け継がれたパターンから逃れるのはそう簡単ではない。子供から大人の女性への入口は、アイデンティティが形成される段階にあり、多くの女性監督を魅了し続けている。「自分を信頼することが一番難しい。自身を信頼することが重要」と監督。

(ノラの母親役ノラ・ナバス、リベルタードの母親役カロル・ウルタド)
★「キャスティングの段階で、介護者となるプロでない女優を探していた。そのとき出身国に自分の子供たちを残して他人のケアをしている人には大きなトラウマがあることに気づきました。10年間も母親に会っていない娘が突然現れたらというアイデアが浮かびました」と、本作誕生の経緯をシネヨーロッパのインタビューで語っている。インタビュアーからブラジルのアナ・ミュイラートの『セカンドマザー』(15)との類似性を指摘されている。サンダンス映画祭でプレミアされ、ベルリン映画祭2015パノラマ部門の観客賞を受賞、本邦でも2017年1月に公開されている。監督は「既に脚本を書き始めていて、(コロンビア大学の指導教官の)フリア・ソロモノフから観るように連絡を受けた。異なるプロフィールをもっていますが、どちらも進歩的と考えられる中産階級やブルジョア社会に奉仕することで生じてくる不快感が語られています。これを語るのは興味深いです」とコメントしている。
★最初は別の2本のスクリプトを書いていた。一つは母と娘が再会する移民の話、もう一つは祖母、母、娘が最後の夏休暇を過ごす話でした。「アンディ・ビーネンから単独では映画として機能しないから、一つにまとめる必要があると指摘された」と。アンディ・ビーネンはコロンビア大学の指導教官で、キンバリー・ピアーズが実話をベースにして撮った『ボーイズ・ドント・クライ』(99)を監督と共同執筆した。観るのがしんどい映画でしたね。こうして2つのスクリプトが合流して、バックグランドに流れる牧歌的な平和を乱す『リベルタード』は完成した。

(子役出身のマリア・モレラ)
★リベルタ―ド役のニコル・ガルシアは本作でデビュー、ノラ役のマリア・モレラは長編2作目、生まれも育ちも異なる対照的な性格の女の子を好演した。脇を固めるのがベテランのノラ・ナバス、ビッキー・ペーニャ、最近TVミニシリーズの出演が多いマリア・ロドリゲス・ソトは、2019年にカルロス・マルケス=マルセの「Els dies que vindran」で主演、マラガFF銀のビスナガ女優賞を受賞しているほか、ベレン・フネスの「La hija de un ladrón」、カルレス・トラスの『パラメディック-闇の救急救命士』(Netflix 配信)にも出演している。3作とも当ブログにアップしておりますが、今回は脇役なので割愛します。

(本作デビューのニコル・ガルシア)
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