アルゼンチン映画 『明日に向かって笑え!』*8月6日公開 ― 2021年07月17日 16:26
ダリン父子がドラマでも父子を共演したコメディ

(スペイン語版ポスター)
★セバスティアン・ボレンステインの「La odisea de los giles」(英題「Heroic Losers」)が『明日に向かって笑え!』の邦題で劇場公開されることになりました。いつものことながら邦題から原題に辿りつくのは至難のわざ、直訳すると「おバカたちの長い冒険旅行」ですが、無責任国家や支配階級に騙されつづけている庶民のリベンジ・アドベンチャー。リカルド・ダリンとアルゼンチン映画界の重鎮ルイス・ブランドニが主演のコメディ、2年前の2019年8月15日に公開されるや興行成績の記録を連日塗り替えつづけた作品。本当は笑ってる場合じゃない。公開後ということで、9月にトロント映画祭特別上映、サンセバスチャン映画祭ではアウト・オブ・コンペティション枠で特別上映された。ダリンの息チノ・ダリンがドラマでも息子役を演じ、今回は二人とも製作者として参画しています。

(ドラマでも親子共演のリカルド・ダリンとチノ・ダリン)
*「La odisea de los giles」の作品紹介は、コチラ⇒2020年01月18日
*ボレンステイン監督キャリア&フィルモグラフィー紹介は、コチラ⇒2016年04月30日
*リカルド・ダリンの主な紹介記事は、コチラ⇒2017年10月25日
*チノ・ダリンの紹介記事は、コチラ⇒2019年01月15日
★公式サイトと当ブログでは、固有名詞のカタカナ起しに違いがありますが(長音を入れるかどうかは好みです)、大きな違いはありません。リカルド演じるフェルミンの友人、自称アナーキストのバクーニン信奉者ルイス・ブランドニ、フェルミンの妻ベロニカ・リナス(ジナス)、実業家カルメン・ロルヒオ役のリタ・コルテセ、などのキャリアについては作品紹介でアップしています。悪徳弁護士フォルトゥナト・マンツィ役アンドレス・パラ、銀行の支店長アルバラド役ルチアノ・カゾー、駅長ロロ・ベラウンデ役ダニエル・アラオスなど、いずれご紹介したい。

(監督と打ち合わせ中のおバカちゃんトリオ)
★原作(“La noche de la Usina”)と脚本を手掛けたエドゥアルド・サチェリは、大ヒット作『瞳の奥の秘密』(09)でフアン・ホセ・カンパネラとタッグを組んだ脚本家、ボレンステイン監督とは初顔合せです。大学では歴史を専攻しているので時代背景のウラはきちんととれている。
*『瞳の奥の秘密』の作品紹介は、コチラ⇒2014年08月09日
★作品紹介の段階では、受賞歴は未発表でしたが、おもな受賞はアルゼンチンアカデミー賞2019(助演女優賞ベロニカ・リナス)、ゴヤ賞2020イベロアメリカ映画賞、ホセ・マリア・フォルケ賞2020ラテンアメリカ映画賞、シネマ・ブラジル・グランプリ受賞、ハバナ映画祭2019、アリエル賞2020以下ノミネート多数。

(ゴヤ賞2020イベロアメリカ映画賞のトロフィーを手にした製作者たち)
★ネット配信、ミニ映画祭、劇場公開、いずれかで日本上陸を予測しましたが、一番可能性が低いと思われた公開になり、2年後とはいえ驚いています。公式サイトもアップされています。当ブログでは原題でご紹介しています。
★1都3県の公開日2021年8月6日から順次全国展開、ヒューマントラストシネマ有楽町、シネマカリテ、ほか。新型コロナウイリスの感染拡大で変更あり、お確かめを。
セスク・ゲイの新作コメディ 「Sentimental」*ゴヤ賞2021 ⑧ ― 2021年02月01日 10:12
「トルーマン」の監督が戻ってきた―― 舞台「Los vecinos de arriba」の映画化

★ゴヤ作品賞5作品の一つセスク・ゲイの「Sentimental」は、作品賞の他、監督賞、脚色賞、ハビエル・カマラの主演男優賞、グリセルダ・シチリアーニの新人女優賞の5カテゴリーにノミネーションされています。セスク・ゲイは、「Truman」(15、『しあわせな人生の選択』)でゴヤ賞2016の監督・脚本賞を受賞しています。アルゼンチンの名優リカルド・ダリンとハビエル・カマラという芸達者を起用して映画そのものは楽しめましたが、邦題は平凡すぎて陳腐、全くいただけなかった。本作の作品紹介と監督キャリア&フィルモグラフィーはアップ済みです。
*『しあわせな人生の選択』の記事は、コチラ⇒2016年01月09日/2017年08月04日

(セスク・ゲイ監督、サンセバスチャン映画祭2020)
★「Sentimental」は、もともとは2015年バルセロナで、翌2016年マドリードで公演された「Los vecinos de arriba」(仮題「上階の隣人」)という舞台劇の映画化、英題の「The People Upstairs」はこちらを採用した。下の階の住人がハビエル・カマラとグリセルダ・シチリアーニの結婚歴15年という倦怠ぎみの中年夫婦、上の階の住人がまだアツアツのアルベルト・サン・フアンとベレン・クエスタのカップル、4人だけの室内劇のようです。監督がチリの小説家イサベル・アジェンデの “Sentimental” という作品にインスパイアされて脚本を執筆したという記事が目にとまりましたが、確認できませんでした。

「Sentimental」 (「The People Upstairs」)
製作:Impossible Films / Sentimental Film / TV3 / Movistar+/ RTVE / カタルーニャ文化協会
監督・脚本:セスク・ゲイ
撮影:アンドレウ・レベス
編集:リアナ・アルティガル
プロダクション・デザイン(美術):アンナ・プジョル・Tauler
衣装デザイン:アンナ・グエル
録音:アルベルト・ゲイ、イレネ・ラウセル、ヤスミナ・プラデウス
製作者:マルタ・エステバン、(エグゼクティブ)ライア・ボッシュ
データ:製作国スペイン、スペイン語、2020年、コメディ、82分、撮影地バルセロナ、公開スペイン10月30日、ロシア2021年1月7日
映画祭・受賞歴:サンセバスチャン映画祭2020(9月24日上映)、トロント映画祭上映、第26回フォルケ賞2021男優賞受賞(ハビエル・カマラ)、第8回フェロス賞2021、作品(コメディ部門)・監督・主演男優(ハビエル・カマラ)・助演男優(アルベルト・サン・フアン)の4カテゴリーにノミネーション、ガウディ賞2021作品賞(カタルーニャ語以外)、監督・脚本、主演男優、助演男優、美術、衣装デザイン、録音の9部門ノミネーション、シネマ・ライターズ・サークル賞2021男優、脚色2部門ノミネーション、ゴヤ賞は省略
キャスト:ハビエル・カマラ(フリオ)、アルベルト・サン・フアン(サルバ)、ベレン・クエスタ(ラウラ)、グリセルダ・シチリアーニ(アナ)
(*ゴチック体はゴヤ賞ノミネート)
ストーリー:フリオとアナのカップルは既に結婚歴15年となり、やや倦怠ぎみの中年夫婦、連日議論に明け暮れている。片や上階のフレンドリーな隣人、サルバとラウラの夫婦はまだアツアツ。アナが上階のカップルをディナーに招待しようと提案する。フリオは夜の騒音を疎ましく思っているので乗り気でない。やがて手料理を携えて隣人夫婦がやってきた。夜が更けるにつれ、互いの夫婦の秘密が明らかになっていくのだが、隣人は驚くべき提案をする。どんな提案なのでしょうか。ノイローゼ患者の良薬は常に笑い。

(左から、ラウラ、サルバ、アナ、フリオ)
舞台劇の映画化――フリオはウエルベックの熱烈な読者
★シネヨーロッパのインタビューで、二組の夫婦の偽善的な関係がエスカレートしていくマイク・ニコルズの『バージニア・ウルフなんかこわくない』(66)やロマン・ポランスキーの『おとなのけんか』(11)との関連性を問われて、ベースにしていることを監督は認めている。アメリカン・コメディを参考にしていると語っていた。小説や戯曲の映画化は大きくジャンルが異なるので違いがでる。シアターとフィルムもなかなか難しいが、本作は自分が書いた戯曲をフィルム用に脚色したのでスムーズだったとも語っている。キャスティングは舞台とは別、バルセロナではカタルーニャ語、マドリードではスペイン語という棲み分けだったようです。男性陣のハビエル・カマラとアルベルト・サン・フアンは家族同様、息の合ったセリフ合戦が楽しめそうです。

(フリオとサルバの関係はどうなる?)
★フリオはフランスの小説家ミシェル・ウエルベックの熱烈な読者という設定、2015年当時ムスリム批判で火中の人物、世界が騒然としたシャルリー・エブド襲撃事件では危険を避けるため、警察が一時的に保護していた。どう絡みあうのか興味は尽きない。フリオ夫婦はどうやらセックスレスのようだ。サルバは消防士でラウラは精神分析医という設定です。そして互いに打ちとけるには無駄話が一番いい、ここにはセックス中でも無駄話を止めない人物が登場する。「ノイローゼの良薬は常に笑い」と監督。

(撮影中の4人と監督)
★早口で喋りまくるのがトレード・マークのカマラに『しあわせな人生の選択』では沈黙を要求した。今回はいつものカマラが戻ってきます。新人女優賞ノミネートのグリセルダ・シチリアーニ(ブエノスアイレス1978)は、アルゼンチンではTVシリーズで活躍のベテラン女優ですが、スペインでは <新人> です。年齢は無関係、昨年はオリベル・ラシェの『ファイアー・ウイル・カム』出演の御年84歳のベネディクタ・サンチェスが受賞しています。ただゴヤ賞はスペイン映画アカデミー会員の投票で決まるから、外国勢はどうしても不利です。アルベルト・サン・フアン(マドリード1967)はセスク・ゲイの「Una pistola en cada mano」(12)に出演、ゴヤ賞関連では、フェリックス・ビスカレッドの「Bajo las estrellas」でゴヤ2008主演男優賞受賞以来、久々のノミネーションです。唯一人選ばれなかったベレン・クエスタは、ASECAN 2021にノミネートされていますが、昨年のホセ・マリ・ゴエナガ他の「La trinchera infinita」で主演女優賞を受賞していますから妥当な選考かなと思います。

(ゴヤ賞ノミネートのハビエル・カマラとグリセルダ・シチリアーニ)
続 ガルシア・ベルランガの「死刑執行人」*スペインクラシック映画上映会 ― 2020年06月10日 21:18
伝統を重んじる紳士アマデオを演じたホセ・イスベルト
B: アマデオ役のホセ・イスベルト(1889~1966)は主役ではありませんが、若い主役の二人を食ってしまっている。妙なめぐりあわせでアマデオの家でコーヒーを飲むことになったホセ・ルイス、テーブルに処刑道具の入ったカバンをどんと置かれて、「人間はベッドで死ぬのが自然だと思いますが」とたじろぐ。
A: それは「当然だが、悪事を働いた人は処罰しなければ」ともっともらしい正論を吐くアマデオ。続いてアメリカでは「電気椅子で黒焦げにしてしまう」からと青年の手を電球に触れさせる。どっちが残酷なんだと言わんばかりです。

(カバンが載ったデーブルでコーヒーを飲むホセ・ルイス、カルメン、アマデオ)
B: スペインの庶民は心の中ではアメリカ嫌いです。半世紀以上も前にスペイン最後の植民地だったキューバやフィリピンを乗っ取られたことを根に持っている。しかし、道具の入ったカバンを当時は持ち歩いていたのでしょうか。
A: 中には友人はおろか家族にさえ本当の職業を秘密にしていた執行人がいたそうです。援助は受けているがアメリカ批判は問題なし。御法度なのがフランコ批判、教会批判、それに治安警備隊批判です。
B: 特徴ある帽子を被っているので直ぐ分かる。警官とは違うのですね。

(つかの間の幸せにひたるアマデオ一家)
A: 治安警備隊(Guardia Civil)は、地方の安全警護に当たるほか、治安警察としてフランコの独裁政権を支えたから気をつけねばならない。一家がマジョルカ島に到着したとき、迎えにきた治安警備隊の姿を目にすると、ホセ・ルイスは慌てて船内に戻ろうとした。観光ではなく仕事で来たことを思い出したわけです。
B: 帰られては新居を失う上に負債が残るアマデオ、新しい水着が着られないカルメン、親子は土談場で執行がなくなることもあるからと説得する。

(マジョルカに到着した家族を出迎える治安警備隊員)
A: ホセ・イスベルトは、サイレント時代から出演、クレジットされた本数は116作、ほとんどがコメディです。TV出演はなく映画一筋の俳優でした。ベルランガ映画には、『ようこそマーシャルさん』『カラブッチ』、「Los jueves, milagro」(57「木曜日には奇跡が」)に続いて本作、他に公開されたフェルナンド・パラシオスの『ばくだん家族』(62)、サンジョルディ主演男優賞を受賞した、マルコ・フェレーリの「El cochecito」(「車椅子」)などが代表作です。
B: フェレーリの「車椅子」は、今回のスペインクラシック映画上映会でオンラインされるはずでした。脚本をラファエル・アスコナが手掛けていたのでした。
A: 「車椅子」には、ホセ・ルイス・ロペス・バスケス、アンヘル・アルバレス、マリア・ルイサ・ポンテ、チュス・ランプレアベ、エレナ・サントンハなどが重なって出演しています。彼らはベルランガの代表作「プラシド」や、後期の作品でも度々お目にかかることになります。チュス・ランプレアベは、ベルランガの「ナショナル三部作」すべてに起用されている。アスコナが脚本を手掛けた後半のヒット作です。
B: 女性に厳しいと言われたアスコナのお気に入り、それもそのはずアスコナの小説を映画化したマルコ・フェレーリの「小さなアパート」でデビューしたのでした。本作も今回のクラシック映画上映会にエントリーされていたのですが。
A: 他にハイメ・デ・アルミリャンやフェルナンド・トゥルエバ作品、アルモドバルの『バチ当たり修道院の最期』から『抱擁のかけら』までの8作に出演した<アルモドバルの娘たち>の一人、カンヌ映画祭に出品された『ボルベール<帰郷>』ではグループ女優賞を受賞した。
B: 出演者が多すぎて誰を紹介したらよいか困りますが、多くが今世紀初めまで活躍していた実力者たちばかりでした。

(建設中の公営住宅を訪れた、チュス・ランプレアベ、ロラ・ガオス、フリア・カバ・アルバ)
A: 刑務所職員及び警備員など多すぎて区別しにくいが、一応分かる範囲でキャスト紹介欄に役名を列挙しておきました。違っていたら悪しからず。

(ニノ・マンフレディ、警備員ホセ・マリア・プラダ、部長グイド・アルベルティ)

(ホセ・イスベルト、ニノ・マンフレディ、労働省職員ビセンテ・リョサ)
喜劇と悲劇がモザイク状、教会批判もやんわりと
B: カルメン役のエンマ・ペネーリャ(1930~2007)は、ベルランガはこれ1作のようです。
A: アンヘリーノ・フォンスがピオ・バロハの小説を映画化した『探求』(66「La busca」)、同監督がベニト・ぺレス・ガルドスの長編大作『フォルトゥナータとハシンタ』を映画化した「Fortunata y Jacinta」(70)のフォルトゥナータ役、クラリンの小説『裁判官夫人』を映画化したゴンサロ・スアレスの「La regenta」(74)など、いわゆる文芸路線を代表する大作に主演しています。因みにガルドスとクラリンの小説は翻訳書が出ています。
B: 後年ますますふくよかになり、TVシリーズ出演を含めて鬼籍入りするまで現役続投でした。

(ピクニックでダンスをするカルメンとホセ・ルイス)
A: ニノ・マンフレディ(1921~2004)は公開作品も結構あるから、3人の中で一番知名度があるかもしれない。ディーノ・リージのコメディ『ベニスと月とあなた』(59)が好評だったので起用されたのかもしれない。続いて同監督の『ナポリと女と泥棒たち』(66)、エットーレ・スコラのドラマ『あんなに愛しあったのに』(74)、オランダ=ドイツ合作のヨス・ステリングの歴史時代劇『さまよえる人々』(95)など、芸域は広いです。
B: 上背があってハンサムだが若干意志が弱いのが玉に瑕のホセ・ルイス役にはぴったり、都合が悪くなると「機械工になる技術を学びにドイツに行く」が決め台詞だが、言うほうも聞くほうも本気でない。

(刑務所警備員エンリケ・ペラヨ、恐怖で固まってしまうホセ・ルイス)
A: 戦後の復興が目覚ましかったドイツは、当時のスペイン人の憧れの国だった。ドイツ語ができないから女性は家政婦、男性は危険な建設現場や道路清掃など、ドイツ人がやりたくない仕事だった。なかには故郷に錦を飾れた人もいたが、実情は聞くと見るとは大違い、しかし見栄っ張りなスペイン人は実際とは異なる成功談を帰国して吹聴した。
B: ここも「ピレネーの向こうはアフリカ」と、スペインをコケにしていたドイツやフランスへの皮肉が込められている。本当はアメリカと並んで質実剛健がモットーのドイツは嫌いな国の筆頭でした。
A: 「ドイツ」連発にはスペイン人の屈折した感情が隠されているようです。ホセ・ルイスは優柔不断だがちゃっかり屋でもある。アマデオの留守をいいことに昼間からカルメンと婚前交渉、突然帰宅したアマデオにあたふたする。
B: ズボンまでは掃けたが動転して靴まで気が回らなかった。頭痛がすると濡れタオルで額を冷やすが、アマデオにはバレバレ。
A: アマデオは「頭痛がするのに、どうして裸足なんだい? 恥知らずな」とにべもない。

(兄役のホセ・ルイス・ロペス・バスケスに仮縫いをしてもらうホセ・ルイス)
B: カルメンから妊娠を知らされると、またぞろ「ドイツに行って・・・」と。ドイツを体のいい逃げ口上に利用している。ドイツに行くなど本気でないから結婚するしかない。
A: お腹が目立ってしまうと教会で挙式できない。結婚ブームなのか順番待ちで挙式するのだが、彼らの前はお金持ちらしく、神父の服装も立派だし、火の灯された蝋燭が林立している。
B: カルメンたちの番になると、神父は着替え、蝋燭も次々に消されて真っ暗になる。
A: 観客は爆笑したでしょうね。教会批判は検閲条項だが、これは事実なのでしょう。まだまだ話し足りないですが、長くなりましたのでお開きにします。2008年ベルランガは、セルバンテス協会本部に設置された彼の文書箱ナンバー1034に、秘密の書類が入った紙袋を保管している。生誕100年の2021年6月12日まで開封を禁じている。何が書かれているか興味のあるところです。
B: 「マーシャルさん」より脚本が推敲されていて、やはり日本語字幕で見たらもっと楽しめたのにと思いました。
*ラファエル・アスコナのキャリア紹介*
★ラファエル・アスコナ(ログローニョ1926~マドリード2008)は、作家、脚本家。日本版ウィキペディアも脚本家にしては充実していますが、IMDbによると107作もアップされています。短編やオムニバス、TV、マルコ・フェレーリと組んだイタリア映画、没後に映画化された小説などを省いてもかなりの数になります。どれを選ぶかはどこに視点をおくかで変わってきます。ゴヤ賞では脚本賞・脚色賞、1997年のゴヤ栄誉賞を含めて7個でした。

(ありし日のラファエル・アスコナ)
*ベルランガ映画では、上記の「プラシド」「死刑執行人」、異色の映画と言われたフランス合作「Grandeur nature」(74「実物大」)、ナショナル三部作と言われる「La escopeta nacional」(78「国民銃」)「Patrimonio nacional」(81「国有財産」)「Nacional III」(82「ナショナル第三部」)、「La vaquilla」(85「子牛」)、ベルランガとの最後は「Moros y cristianos」(87「イスラム教徒とキリスト教徒」)でゴヤ脚本賞にノミネートされた。その後のベルランガ作品「Todos a la cárcel」(93「みんなで刑務所に」)では、子息ホルヘ・ベルランガと父子共同で執筆しており、本作はベルランガがゴヤ賞1994監督賞を受賞した。

(ヒットした「国民銃」のポスター)
*ベルランガ以上にタッグを組んだのが、イタリア出身だがスペインでも撮ったマルコ・フェレーリ、映画界入りのそもそもが彼との出会いで始まった。彼がアスコナの小説「El picito」(「小さなアパート」)を映画化することになり、「じゃ、自分が脚本を書きましょう」となった。続いて「車椅子」、「La grande bouffe」(73、仏伊合作『最後の晩餐』)、「No tocar a la mujer bulanca」(74『白い女に手を触れるな』)、ほかにイタリア映画を執筆している。
*カルロス・サウラとは、「La prima Angelica」(74『従姉アンヘリカ』)、続く「¡Ay, Carmela!」(90『歌姫カルメーラ』)で2個目となるゴヤ賞脚色賞を受賞している。最初のゴヤ脚本賞は、ホセ・ルイス・クエルダの「El bosque animado」(87『にぎやかな森』)、小説の映画化なので現在なら脚色賞になるのだが、まだ脚本と脚色は区別されていなかった。クエルダでは、「La lengua de las mariposas」(99『蝶の舌』)と没後に受賞した「Los girasoles ciegos」(08)で合計3個脚色賞を受賞している。残るはフェルナンド・トゥルエバがアカデミー外国語映画賞を受賞したことで話題になった『ベルエポック』(92)でオリジナル脚本賞、『美しき虜』(98)はノミネートされた。ホセ・ルイス・ガルシア・サンチェスの「Tirano Banderas」(93「暴君バンデラス」)で脚色賞、これに栄誉賞を含めて生涯に7個受賞している。

(アカデミー外国語映画賞を受賞した『ベルエポック』のポスター)
*その他、ゴヤ賞ノミネートでは、ホセ・ルイス・ガルシア・サンチェスの「El vuelo de la paloma」(89「パロマの飛翔」)のオリジナル脚本賞、ビガス・ルナの『マルティナは海』(01)の脚色賞などがある。国民映画賞とかシネマ・ライターズ・サークル賞などは割愛です。映画の脚色を多く手掛けたのは、「小説書くよりよほど易しかったから」とアスコナ流なのでした。2008年3月24日、肺癌により自宅で永眠、81歳の生涯でした。
*ホセ・ルイス・クエルダの訃報記事で「Los girasoles ciegos」にも触れています。
*チュス・ランプレアベの訃報記事で、ベルランガ、フェレーリ、アスコナにも触れています。
ガルシア・ベルランガの「死刑執行人」①*スペインクラシック映画上映会 ― 2020年06月09日 15:12
ガルシア・ベルランガの代表作「死刑執行人」は辛辣な喜劇

★今回のオンラインでの「スペインクラシック映画上映会」の最初の案内では10作がアップされておりましたが、本邦は4回シリーズで終了したようで、まことに残念です。マルコ・フェレーリの「El cochecito」(60「車椅子」)やカルロス・サウラの「Los golfos」(59「ならず者」)などの未公開作品は、結局鑑賞できないことになったようです。
★第4回目上映は、ルイス・ガルシア・ベルランガの三代悲喜劇の代表的作品「El verdugo」(63「死刑執行人」)でした。三大とは本作と『ようこそマーシャルさん』、「Plácido」(61「プラシド」)を指しますが、なかには「プラシド」ではなく前回アップした『カラブッチ』(57「Calabuch」)を推す人もいます。そして彼の頂点と一致しているのが「死刑執行人」です。ベルランガは検閲に苦しみ必然的に寡作を強いられましたが、これはスペインのシネアスト全員に当てはまることでした。
★監督として独り立ちしたばかりの『ようこそマーシャルさん』では、新人として検閲の目は厳しくなかったようですが、あれから十年、海外でも知られる危険人物の一人になっていました。検閲をかわす手段としてイタリアとの合作で成功した『カラブッチ』の経験を活かして、今回も同国との合作を画策し、主役ホセ・ルイスにイタリア俳優を起用しました。そして「死刑執行人」成功後は、その反体制的な内容の報復として、なかなか検閲を通してもらえなくなった。タイトルも内容も変更させられ、共同製作のかたちでやっとアルゼンチンで撮影した「La boutique」(67「ブティック」)は、ベルランガ映画の一番の駄作とまで言われました。体制側の暴走する権力乱用を垣間見る思いです。
★「死刑執行人」の作品解説者は、『「ぼくの戦争」を探して』の監督ダビ・トゥルエバでした。解説者は本作の共同執筆者の一人、その気難しさで近寄りがたかった名脚本家ラファエル・アスコナから、その類まれな才能を愛でられたシネアストです。スペイン=イタリア合作ということで、ベネチア映画祭1963でワールド・プレミア、国際批評家連盟FIPRESCIを受賞しました。「マーシャルさん」の主役を演じたホセ・イスベルトを老死刑執行人に、スペイン映画初出演のイタリアのニノ・マンフレディを新死刑執行人に、その妻にエンマ・ペネーリャを配しました。3人とも既に鬼籍入りしています。何しろ映画は半世紀以上前、因みにガローテ刑による死刑執行は、1974年アナーキスト二人を最後に翌年から銃殺刑になりました。
「El verdugo」(63「死刑執行人」)
製作:Naga Films(マドリード)/ Zabra Films (ローマ)
監督:ルイス・ガルシア・ベルランガ
脚本:ラファエル・アスコナ、ルイス・ガルシア・ベルランガ、エンニオ・フライアーノ
撮影:トニーノ・デッリ・コッリ
音楽:ミゲル・アシンス・アルボ
編集:アルフォンソ・サンタカナ
美術:ルイス・アルグェリョ
メイクアップ&ヘアー:(メイク)フランシスコ・プヨル、ホセ・ルイスカンポス、(ヘアー)マリア・テレサ・ガンボリノ
衣装デザイン:マルハ・エルナイス
プロダクション・マネージメント:ホセ・マヌエル・M・エレーロ
助監督:リカルド・フェルナンデス・スアイ、フェリックス・フェルナンデス
製作者:(エグゼクティブ)ナサリオ・ベルマル
データ:製作国スペイン=イタリア、スペイン語、1963年、ブラック・コメディ、87分、モノクロ、撮影地マドリードのスタジオCEA、パルマ・デ・マジョルカ、撮影1962年7月2日 公開マドリード1964年2月17日、バルセロナ5月5日、イタリア3月13日
映画祭・受賞歴:ベネチア映画祭1963出品、8月31日上映、FIPRESCI受賞、ナショナル・シンジケート・オブ・スペクタクル1963女優賞(エンマ・ペネーリャ)、シネマ・ライターズ・サークル賞1964オリジナル脚本賞(ラファエル・アスコナ、ルイス・ガルシア・ベルランガ、エンニオ・フライアーノ)、サンジョルディ賞1964受賞。
キャスト:
ニノ・マンフレディ(葬儀社社員ホセ・ルイス・ロドリゲス)
ホセ・イスベルト(死刑執行人アマデオ)
エンマ・ペネーリャ(アマデオの娘カルメン)
ホセ・ルイス・ロペス・バスケス(ホセ・ルイスの兄アントニオ・ロドリゲス)
マリア・ルイサ・ポンテ(アントニオの妻エステファニア)
アンヘル・アルバレス(葬儀社社員アルバレス)
マリア・イスベルト(アルバレスの妻イグナシア)
グイド・アルベルティ(刑務所部長)
アルフレッド・ランダ(サクリスタン)
エラスモ・パスクアル(サン・マルティン)
ホセ・オルハス(侯爵)
フェリックス・フェルナンデス(オルガン奏者)
ホセ・ルイス・コル(歌手)
シャン・ダス・ボラス(建設中のマンション警備員)
チュス・ランプレアベ(同見学者1)、フリア・カバ・アルバ(同2)、ロラ・ガオス(同3)
アグスティン・ササトルニル<ササ>(刑務所所長)
ビセンテ・リョサ(労働省職員)
セルヒオ・メンディサバル(侯爵の同行者)
マグダ・マルドナド(飛行場に夫の遺体を引き取りに来た未亡人)
エミリオ・アロンソ(未亡人の父親)
エミリオ・ラグナ(税関職員)
アントニオ・アルフォンソ・ビダル(刑務所付き医師)
ホセ・マリア・プラダ(シャンパンを持ってきた警備員)
アントニオ・フェランディス、ペドロ・ベルトラン、(刑務所所員)
エンリケ・ペラヨ(刑務所警備員)
マヌエル・アレクサンドレ(既決囚)
バレンティン・トルノス(書店員)
エレナ・サントンハ(書籍フェアーにきた女性客)
その他、ゴヨ・レブレロ、アグスティン・ゴンサレス、フランシスコ・セラーノ、ホセ・コルデロ、ドロレス・ガルシア、アグスティン・サラゴサなど多数
ストーリー:マドリード裁判所の死刑執行人アマデオは、誇り高く伝統を重んじる紳士である。今最後となる任務を終えたばかりで、遺体を引き取りに来た葬儀社の社員ホセ・ルイスと知り合った。アマデオの気がかりは後継者と婚期を逸した娘カルメンの婿探しである。ホセ・ルイスは恋人が見つからない。彼の職業を知ると女性たちは遠ざかる。カルメンも恋人が見つからない。父親の職業が分かると青年たちは遠ざかるからだ。カルメンとホセ・ルイスは急接近、カルメンは妊娠したことをホセ・ルイスに告げる。大急ぎで挙式、二人は公務員が条件の住宅を手に入れることができるアマデオと暮らす計画に浮き立っている。しかし既にアマデオは引退して権利を失っていたのである。婿が後継者になれば契約できる。父娘は今後刑の執行は決してないだろうからとホセ・ルイスを丸め込むことに成功する。そうこうするうちにマジョルカでの死刑執行命令書が届いてしまうのだった。
事実にインスピレーションを受けて製作された「死刑執行人」
A: 死刑執行人という一般庶民とは遠い存在の男性を主役に映画を撮るというアイディアは、ベルランガの知人でもある弁護士からもたらされた。それは1959年、バレンシアの連続毒殺犯の家政婦ピラール・プラデス・エクスポシトをガローテ刑で処刑した執行人の話でした。
B: 結果的にはこの執行が、スペインにおける女性最後のガローテ刑になったことで歴史になりました。
A: 執行人アントニオ・ロペス・シエラは、前夜から恐怖で辞職したいと叫んでいた。それで何本も鎮静剤を注射され、当日は酔っ払ってふらふら終了までに2時間もかかったそうです。
B: これが執行後にカルメンにもらすホセ・ルイスのセリフになった。
A: 弁護士から顛末を聞いたとき、「即座にあるイメージが浮かんだ。天井の高い空っぽの部屋を横切っていく二つのグループ、一つは罪人を引きずっていく集団、それに続いて死刑執行人を引きずっていく集団です。こうして『死刑執行人』が生まれたのです」とベルランガ。

(後半部分の山場、後ろの集団が警備員に引きずられていくホセ・ルイス)
B: しかし台本作りは困難を極めた。共同執筆者に「Plácido」で初めてタッグを組んだラファエル・アスコナを選び、加えてイタリアのエンニオ・フライアーノに応援を依頼した。
A: スペインを代表する名脚本家アスコナについては後述しますが、エンニオ・フライアーノとは、既に『カラブッチ』で共同作業をしていた。外国人に参加してもらうことで検閲者を牽制する策にでた。死刑が有効である国で死刑反対を主張することは慎重でなければならない。
B: 後日談ですが、ベネチア映画祭で上映された2週間後に、2人のアナーキストがガローテ刑で生涯を終えていますね。
A: そのせいでベネチア上映が論争のタネになった。スペインでの公開が遅れたのも、重箱の隅をつつくような見直しに時間がかかったからです。納得できないカットも多々あったが、公開するには受け入れざるを得なかった。特にビリディアナ事件があったばかりでしたから要注意でした。
テーマの一つにしたガローテ刑の歴史
B: ガローテ刑という処刑法は、スペインでは1820年から1974年まで行われていた。
A: スペインだけでなくスペインが宗主国であったキューバ、コスタリカ、フィリピンにも持ち込まれたということです。1974年3月2日にバルセロナ刑務所で執行されたアナーキストで反政府グループのサルバドール・プッチ・アンティックが結果的に最後となりましたが、正式に憲法で廃止が確定されたのは、フランコ没後の1978年でした。
B: これはマヌエル・ウエルガによって『サルバドールの朝』(06)として映画化され、当時人気のあったドイツのダニエル・ブリュールがサルバドールを演じ、本邦でもヒットしました。
A: 母親がスペイン出身で家庭ではカタルーニャ語を話していたこともあり、4ヵ月でスペイン語をマスターできたという語学の天才でもあった。またサルバドールと同日に、同じガローテ刑で処せられたのが東ドイツ出身のアナーキストHeinz Ches(実名ゲオルク・ミハイル・ヴェルツェル)で、タラゴナ刑務所でした。興味深いのは、死刑執行人ホセ・モネロはまるで映画のホセ・ルイス状態で、辞職したいと執行を拒んだが、結局最後には行った。
B: 苦しまずに即死できるはずが、執行人の腕力の差で終了まで20分以上もかかることがあり、立ちあった医師は、残酷な拷問だと語っています。
A: 海外からの非難を浴びても廃止できなかったのは頻発する政治テロ対策として有効だったからでしょうか。1789年のフランス革命以来フランスで執行されていたギロチン刑も、1977年まで行われていた。フランスが死刑廃止に踏み切るのは1981年ミッテラン内閣のときでした。
B: フランスだけでなくベルギー、イタリア、スイス、ドイツなどで行われていたそうですね。1960年から70年代は、いわゆる<政治の季節>だった。
ベルランガ流ブラック・ユーモアとアスコナ流のシビアな女性描写
A: テーマとしていろんなオプションの可能性があっても、政権との真っ向勝負は避けねばならない。そこでベルランガとアスコナが考えた作戦は、主人公が自身ではコントロールできない災難の悪循環に巻き込まれるようにした。執行人になることを受け入れたのは、カルメンと赤ん坊と一緒に暮らす家がどうしても必要だったから仕方なかった、それに舅も妻も執行の可能性はないと太鼓判を押したんだから、と観客を納得させることだった。
B: 当時は住宅難で若いカップルは家探しに奔走していたという背景があった。仕立て屋を営む兄夫婦の家も半地下みたいで、それに兄嫁は家賃をもらっているのに義弟を邪魔者扱いしていた。
A: 兄夫婦を演じたホセ・ルイス・ロペス・バスケスとマリア・ルイサ・ポンテの掛け合いも笑わせました。二人はベルランガ映画の常連さん、コメディでは大体女房のほうが強いのが定番です。女嫌いとも女性に辛辣だったともいわれたアスコナの人格造形、大体に女性は意地悪に描かれる。
B: 兄嫁は義弟のガールフレンドのカルメンを「どうせあばずれ女よ」とチラリ見しただけで決めつける。生活に余裕がないから亭主に八つ当たりして憂さ晴らしをしている。

(義理で結婚式に列席した兄嫁は、さっさと帰宅したいと夫を急かす)
A: 兄アントニオは葬儀社の制服を縫ってやるなど弟思いだが、勝ち目のない女房には逆らわない。我が子の頭のハチが大きいのが気がかりなのか、仕事用のメジャーで測っているのを女房に見咎められ「この子は普通だってば」と叱られている。
B: カルメンも繊細とはほど遠い。夫がマジョルカだろうがどこだろうが行きたくないと苦しんでいるのに、「買ったばかりで着てない水着があるの」海水浴ができるから行きましょう。

(浮き浮きと1回も着てないレトロな水着を披露するカルメン)
A: モノクロだから色は想像するだけですが、スペイン60年代の水着は見ものです。アマデオも「わしもマジョルカには行ったことないなぁ」なんて、父娘であれこれ説得する。罪人が先に病死したりして中止になることもある。
B: なんとか家族4人の観光旅行を兼ねた初仕事に出かけることになる。
A: 書籍フェアーに現れたエレナ・サントンハ扮するインテリ女性に「ベルイマンかアントニオーニに関する本ありますか」などと尋ねさせている。当時ベルイマンはスウェーデンを代表する映画監督として『野いちご』や『処女の泉』を発表、アントニオーニも「愛の不毛三部作」と称される『情事』『夜』『太陽はひとりぼっち』を次々に発表して映画界の話題をさらっていた。
B: 気配りしながら、知ったかぶりの映画通女性を皮肉っている。犯人はアスコナかな。

(映画通のインテリ女性を演じたエレナ・サントンハ)
A: ホセ・ルイスのような庶民が見る映画はワイラーの『ベン・ハー』、彼は自分がチャールトン・ヘストンに似ているとご満悦だった。ハリウッド映画だが撮影の殆どをローマのチネチッタというスタジオで撮ったから、こちらはエンニオ・フライアーノの発案かもしれない。
B: 公開されるや大ヒットとなり、倒産寸前だったMGMを救った映画としても有名になった。全編後編合わせて212分、観客は首や腰が痛くなったはずです。他に「ミスター・ペマン」の本を探してましたが、これはどういう人ですか。

(飛行場で葬儀社の先輩アルバレスと一緒にカメラにおさまるシーン、
ニノ・マンフレディとアンヘル・アルバレス)
A: 大急ぎで調べたのですが、作家、詩人、ジャーナリスト、雄弁家でもあったホセ・マリア・ペマンのことで、君主制主義者とありました。1928年プリモ・デ・リベラ独裁政権時代にスペイン国歌の歌詞を書き換えた人でもあるようです。問題山積のスペイン国歌の複雑な推移については深入りできません。ただスペインの観客には意味があったのでしょう。ベルランガのコメディには隠れた切り札があって一筋縄ではいきません。(続く)
ルイス・ガルシア・ベルランガの 『カラブッチ』 ― 2020年06月03日 16:04

(『カラブッチ』のポスター)
★今回のスペインクラシック映画上映会には選ばれませんでしたが、先週の「死刑執行人」(63)より前に製作された『カラブッチ』(56)をアップいたします。ベネチア映画祭1956出品、国際カトリック事務局映画賞OCIC受賞作品。以下は2012年2月13日、Cabinaブログに投稿したコメントを再構成したものです。ルイス・ガルシア・ベルランガのキャリア紹介を含んでいること、両作を流れるテーマの共通性などが、その理由です。2012年は大分昔のことになりましたが、当時と考えは変わっておりません。キャスト&ストーリーを簡単に補足しておきます。(カビナさんのブログは2012年02月04日)
「Calabuch」(『カラブッチ』1956年、スペイン=イタリア合作)
製作:Aguila films (スペイン)/ Films Costellazione(イタリア)
監督:ルイス・ガルシア・ベルランガ
原案:レオナルド・マルティン
脚本:レオナルド・マルティン、フロレンティーノ・ソリア、エンニオ・フライアーノ、ルイス・ガルシア・ベルランガ
撮影:フランシスコ・センペレ、(撮影助手)ミゲル・アグード
音楽:グイド・ゲリーニ
編集:ペピータ・オルドゥーニャ
助監督:レオナルド・マルティン
製作者:ホセ・ヘレス・アロサ
キャスト:エドマンド・グウェン(ハミルトン教授)、ヴァレンティーナ・コルテーゼ(教師エロイサ)、フランコ・ファブリリーツィ(ランゴスタ)、フアン・カルボ(駐在所長マティアス)、ホセ・イスベルト(灯台守ドン・ラモン)、ホセ・ルイス・オソレス(闘牛士)、フェリックス・フェルナンデス(神父ドン・フェリックス)、フランシスコ・ベルナル(郵便配達クレセンシオ)、マヌエル・アレクサンドレ(ビセンテ)、マリオ・ベリアトゥア(フアン)、マルハ・ビコ(マティアスの娘テレサ)、他多数
ストーリー:1950年代の半ばの或る日、アメリカの物理学者にして宇宙工学の権威ジョージ・ハミルトン教授が、豪華客船リベルテ号乗船前の記者会見を終えると、突然行方不明になる。世界中の警察が捜索するも杳として所在が分からない。ところが同じ年の5月、スペインの小さな村カラブッチの海岸に突如姿を現した。近く開催される村祭りの準備から抜け出してきたフアンとクレセンシオにばったり。二人はこれ幸いと手にした包みをランゴスタに届けて欲しいとハミルトンに手渡した。ハミルトンは密輸品とはつゆ知らずにランゴスタ探しを開始する。探しあぐねて駐在所に辿りついたハミルトンは、密輸品所持で留置所へ・・・
カラブッチは江ノ島だ!
A ベルランガの“Novio a la vista”(54「一見、恋人」)にコメントしてほぼ1年が過ぎました。そのときは、ベルランガが亡くなったばかりで哀悼の意を込めてお喋りしたのでした。ベルランガはいくら喋っても喋り足りない監督の一人です。
B スペイン映画を代表する作品を作りながら、映画祭上映は別として何故か日本公開がなかった稀有な存在でした。
A 「カラブッチ」は、「ようこそマーシャルさん」が紹介された「スペイン映画の史的展望―1951~1977」(1984開催)で上映されました。米ソ対立など何処の惑星の話なの、と言わんばかりのカラブッチ村を舞台に繰り広げられる伝統的な手法のセンチメンタルなコメディです。
B スペイン=イタリア合作映画に、ハリウッドからエドマンド・グウェン*を呼んで主人公ジョージ(カラブッチではホルヘ)・ハミルトン教授に起用、ヴァレンティーナ・コルテーゼ(教師エロイサ)とフランコ・ファブリーツィ(ランゴスタ)のイタリア勢のほかは、ベルランガ映画にお馴染みのスペイン勢がかためています。
A キャスト陣の紹介は後述するとして、「カラブッチ」のロケ地となったペニスコラは、バルセロナとバレンシアの中間にあり、地中海に突きだしたような風光明媚な町。バレンシアに向かって南下していく途中のベニカルロにパラドールがあり、そこから見えるペニスコラは江ノ島に似ています。
B 江ノ島に要塞はありませんけど、全景が村祭りのドサ廻り闘牛シーンに登場します。
A 現在は観光に力を入れて毎年5月にはペニスコラ・コメディ映画祭が開催されています。14世紀にテンプル騎士団によって建てられたペニスコラ城も観光の目玉です。ベルランガは殊のほかペニスコラがお気に入りで、約40年後に舞い戻り“Paris Tombuctu”(99)を撮ったのでした。
B 彼の遺作となった映画です。“Tamaño natural”(74「実物大」)で主人公を演じたミシェル・ピコリが出演していた映画です。
A 彼はベルランガの分身ともいえる親友でしたが、二人で20世紀を締め括ったわけです。「カラブッチ」50周年(?)の2006年には、ベルランガを敬愛する市民たちからメダルが贈られ再び訪れています。まあペニスコラ名誉市民賞といったところです。現地エキストラの活躍も本作の見どころの一つでした。
*高名な物理学者ハミルトン教授役のエドマンド・グウェン(エドモンドとも表記)は、1877年ロンドン生れの舞台出身のイギリス人俳優、1939年ハリウッド入りした。ハリウッド映画『三十四町目の奇跡』(47)のサンタクロース役でアカデミー賞とゴールデン・グローブ賞の助演男優賞をダブルで受賞、グウェンといえばサンタクロース姿がお馴染み。ヒッチコックのスリラー喜劇『ハリーの災難』(55)では元船長役、シャーリー・マクレーンともどもハリーの遺体を掘り起したり埋めたりをコミカルに演じた。1959年脳梗塞のためロスで死去、結局、「カラブッチ」が映画としては最後の出演となった。IQは抜群でもシャイで世事には疎い物理学者を飄飄と楽しげに演じていました。
ベルランガの流れ着くよそ者のテーマ
B ふらりと迷い込んだよそ者が期せずして平穏な村に騒動を巻き起こすというのは、映画に限らず文学でもあります。
A 思えば「ようこそマーシャルさん」も同じようなもの、マーシャル使節団は車であっという間に通りすぎてしまうのですが、訪問して村人それぞれに贈り物をするという噂が「よそ者」です。
B 実際のところ使節団はスペインには来なかったというのを逆手に取ったコメディ。「一見、恋人」では、登場人物たちが日常を離れて避暑地に移動してのてんやわんやでした。
A 本作は2年後に撮られた長編4作目、前作より面白い。学識豊かな物理学教授ハミルトンは、核開発が人類を幸せにすると信じて、アメリカのバクダン作りに協力した。しかしこれが大きな間違いだったと気づいて怖くなり、ヨーロッパ行きの豪華客船から突然失踪する。
B 辿りついたところが地中海沿岸はレパント地方の小さな村カラブッチというわけ。
A 出会ったのが密輸品を仲間のランゴスタに手渡したいフアンとクレセンシオ、包を教授に頼んですたこらさっさ。頼みを律儀に果たすべくのこのこ訪れたところが警察署(駐在所?)、「ランゴスタはおりますか」と尋ねるが密輸品所持でお縄に、目指すランゴスタは既に檻の中でした。
B 筋を話しただけでは他愛なくて面白さは分かりません。しかしこれだけでもベルランガ流のペシミズムが横溢しています。
A 社会が個人のいるべき場所を破壊していられなくしている。ハミルトンは自分を取りまく社会集団の利己主義に耐えられなくなって失踪する。ベルランガは日増しに遠ざかっていく個人の自由を、それは幻想かもしれないが、代償を払ってでも(本作はかなりきわどい)希求していたのだと思います。
B フアンやテレサのように桃源郷カラブッチから逃げ出したい恋人たちもいる。
A ユートピアとはいえ父親マティアスの権威が強くて結婚もままならない。二人も居場所が見つからず、遠い外国ベネズエラに憧れて脱出しようと計画するも父親にばれてしまう。留置所を出たり入ったりして落着く場所のないランゴスタも、カラブッチから出ていきたいとホルヘにほのめかす。
B 気儘に暮らしているように見えるのは表面だけ、ホントの幸せがあるわけじゃない。ここが誰にとってのユートピアかです。
A 結局ハミルトンは絶大な国家権力に屈して帰国する。これが人生、個人にできることなんて限られている。無駄な抵抗はやめろというメッセージが聞こえてくる。こういう彼の頑なまでのペシミズムは何処からきてるのでしょうか。
「青い旅団」に志願、本当の恐怖はロシアの寒さ
B スペイン内戦時代について「自分にとっては<長い休暇>みたいなものだった」と語ったことがよく紹介されますが、これはどういう意味ですか。
A 敢えて言うなら、確かに多くの迫害や死があるカオスの真っただ中にいたのだが、真の友人とは何かが分かったり、画を書いたり、読書に埋没して多くを学ぶ時間があった、ということらしい。1921年12月生れですから内戦が始まった1936年6月にはまだ14歳でした。
B バレンシアの裕福な地主の家に生まれた。
A その通りですが、父親は第二共和政時代には共和派支持の国会議員という政治家だった。フランコ側が勝利してからは、モロッコのタンジールに逃亡、しかし現地で逮捕、死刑の判決を受けた。
B 父親の減刑嘆願のために「青い旅団*」に志願するよう家族から頼まれたわけです。
A 公式にはそれも一つなんですが、晩年の告白によると、親友の恋人だった女性に恋をしていて、彼女も同じ考えだった。志願して勇気のあるところを示せば振り向いてくれるんじゃないかと。どこまでほんとか分かりません(笑)。
B どんな苦境にあっても恋は芽生える。
A 医療班に動員されたというのもありますが、彼によると任務は見張塔での監視だったらしく、幸いにも人一人殺すことなく除隊できたということです。ホントのテキは想像を絶する寒さ、恐ろしかったそうです。
B ヴィットリオ・デ・シーカの『ひまわり』でも猛吹雪の中の死の行軍が出てきますが、イタリアやスペインのような南欧の人にはロシアの寒さは想像できない。
A 戦争体験を他人に語るのは難しい、心の痛みというのは孤独なものですから。カビナさんが「花言葉」のシーンで触れてるように、孤独は彼のテーマの一つです。結局、父親の減刑にはなんの役にも立たず、父親所有の電機工場や別荘など持てるもの全てをヤミで売り払って減刑運動を続けたようです。1952年まで収監されて釈放半年後に他界しています。
B 1952年といえば「ようこそマーシャルさん」が完成した年、しかし翌年のカンヌ映画祭での国際的な成功は知らずに逝ったわけですね。
A ベルランガの国家権力に反逆しても勝ち目はないというペシミズムは、この後ラファエル・アスコナとの出会いから“Placido”(61「心優しき者」)、“El verdugo”(63「死刑執行人」)とスペイン映画史に残る名作を生み出していきます。
*青い旅団は、1940年に行われたフランコ=ヒットラー密談で、第2次世界大戦でのスペインの中立政策、枢軸国との友好関係が取り決められた。しかしフランコは1941年にロシア戦線へ18000人の兵士を派遣、一翼を担ったファランヘ党の兵士が青色の制服を着用していたことが呼称の由来。約2年間にトータルで47000が地獄の戦線に派遣された。ベルランガは1941年に派遣されている。
横道だが、最近ヘラルド・エレーロが青い旅団をテーマにミステリー仕立ての“Silencio en la nieve”(12)を撮った。監督というより製作者としての活躍が多く、スペインはおろかラテンアメリカ諸国の若い監督たちに資金提供をしている。イグナシオ・デル・バジェの小説“El tiempo de los emperadores extranos”の映画化。フアン・ディエゴ・ボトー、カルメロ・ゴメスなど日本でも馴染みの布陣のフィクション。ベルランガ映画の理解に彼の「青い旅団」体験は欠かせないと考えているので、今年注目している作品の一つ。
ベルランガ流ユーモアを体現した役者たち
B 脚本担当はベルランガを含めて合計4人と多い。
A 原案はレオナルド・マルティンですが、イタリア勢のエンニオ・フライアーノの参画が大きい。ジャーナリストで小説家でもあったフライアーノは、フェデリコ・フェリーニ映画の脚本家として信望厚く、既に『青春群像』(53)や『道』(54)などで実績があった。検閲官も外国人の視点を意味なく無視できない時代に入っていました。
B 合作は資金調達のためばかりじゃないということです。
A 心優しい密売人(!)ランゴスタ役のフランコ・ファブリーツィは1926年ミラノ生れ、先述のフェリーニの『青春群像』や『崖』(55)に出演、女先生役のヴァレンティナ・コルテーゼは1925年同じくミラノ生れ、ミケランジェロ・アントニオーニの『女ともだち』(56)に出演(ヴェネチア映画祭銀獅子賞受賞作品)、ハリウッド映画『裸足の伯爵夫人』(54)にも脇役で出ています。

(ハミルトンとエロイサ役のヴァレンティーナ・コルテーゼ)
B 二人はお互い<ほの字>なのに面と向かって言いだせない。ベルランガも例の片思いの女性に告白できなかった(笑)。この二人とエドマンド・グウェンは吹替えです。
A イタリア勢はそんなに違和感ありませんが、英語とスペイン語だと大分ずれます。最も欧米ではスペインに限らず吹替えが主流、日本のような字幕入りは少数派でした。「吹替え版の映画でがっかりした」などと登場人物に言わせるフランス映画もあり、おおむねシネアストには不評でしたが。

(檻の中のハミルトンとランゴスタ)
B マティアス署長役のフアン・カルボは、ラディスラオ・バフダの『汚れなき悪戯』(54)が日本でも公開されたから見覚えがある。少々気難しいが根は善人です。
A 1892年バレンシア生れ、すでにパピージャ神父で有名になっていた。ベルリン映画祭銀熊賞(監督部門)、カンヌ映画祭ではマルセリーノ役のバブリートが特別賞を受賞したので公開された。ベルランガ作品では“Los jueves, milagro”(57「木曜日に奇跡が」)にも出演、1962年没。

(マティアス署長のフアン・カルボ、ハミルトン、ランゴスタ)
B 半世紀前の映画だから年々物故者が増えていきます。灯台守ドン・ラモン役のホセ・イスベルトも当然鬼籍入り。
A 1886年と19世紀生れですから。「マーシャルさん」での村長ドン・パブロ役、カルボと同じく「木曜日に奇跡が」、続いて「死刑執行人」の主人公アマデオ役、1966年没だから二人ともポスト・フランコ時代をみることはなかった。脇役が多かったから100以上の映画に出演しています。

(電話で神父ドン・フェリックスとチェスをする灯台守のホセ・イスベルト)
B フェルナンド・パラシオスの『ばくだん家族』(62“La gran familia”)も公開されたから、お祖父ちゃんの活躍を記憶しているファンも多いでしょう。
A ベルランガの回想によると、撮影が始まって少しすると、「どうもペペ・イスベルトはちゃんと脚本を読んできていない」と気づいた。それどころか勝手に赤字で訂正した自分用のを撮影に携えていたという。それで自然に映画の中にとけ込んでしまったそうで、モンスター的天才です。
B じゃあ、脚本家は5人に増えてしまう。脚本を変更してしまう監督は珍しくないが、セリフを変えてしまう役者は珍しい。
A 灯台守ドン・ラモンと電話でチェスをするフェリックス神父役が「マーシャルさん」でお医者さんになったフェリックス・フェルナンデス。
B まだ若くてハンサムなのに驚いたマヌエル・アレクサンドレが絵描きのビセンテに扮している。
A ベルランガは若い頃は画家を志していたから、たぶんビセンテは彼の分身かな。
B 闘牛士役のホセ・ルイス・オソレスは、“Esa pareja feliz”(51「あの幸せなカップル」)に出ています。
A アントニオ・バルデムと共同監督したデビュー作でした。オソレスは1923年マドリード生れ、44歳の若さで1968年に亡くなっています*。
*スペインでは有名な芸術一家の出身、ペドロ・ルイス・ラミレスのコメディ“El tigre de Chamberi”(57「チャンベリの虎」)のボクサー役が代表作。トニイ・レブランクとのコンビが絶妙で笑い皺ができる。娘のアドリアナ・オソレスはアントニオ・メルセロの“La hora de los valientes”(98)でゴヤ助演女優賞を受賞、他に「めがねのマノリート」(99)や“El metodo”(05)などに出演している。
スタッフ陣も国際色豊か、音楽をグイド・ゲリーが手掛ける
B 闘牛シーンは、ペニスコラの長回しの遠景で始まる。闘牛といっても<略式闘牛>ですね。
A 村祭りの催しなどに招かれるドサ廻りの闘牛。銛打ち士も槍方も省略、マタドールと牛は一緒に巡業する親密な家族だからそもそも闘牛にならない。牛も大人のトロではなくノビーリョといわれる子供の牛のようです。
B 闘牛はスペインでは「国民の祝祭」だから登場させたい。「マーシャルさん」ではフラメンコをやったしね。闘牛の際に演奏されるパソドブレの軽快なリズムで一行は登場する。
A この音楽を担当したのがイタリアのアンジェロ・フランチェスコ・ラヴァニーノとグイド・ゲリーニ。ラヴァニーノは映画音楽では超有名。ソルダーティのヒット作『河の女』(55)の音楽も彼が担当した。原作はネオレアリズモの代表的存在であるアルベルト・モラヴィアと先述したエンニオ・フライアーノが共作し、戦後イタリアが生んだ大女優ソフィア・ローレンの出演でも話題になった。
B グイド・ゲリーニはイタリア音楽界のマエストロとして、パルマ音楽院を皮切りに、フィレンツェ、ボローニャ、そして撮影時にはローマ音楽院で教鞭をとっていた。
A 二人はカラブッチの村祭りを楽しくするためにスペシャル・ミュージックを作ろうとした、なぜならカラブッチの人々がユーモアのセンスを忘れずに暮らしていたからだと。
B 撮影監督はスペインのフランシスコ・センペレ。ロングショットからクローズアップへ、またその逆の切り替え、ローアングルと面白い。
A 個人的には大写しは嫌いだが、ここでは役者の表情がいいので気にならない。この後「木曜日に奇跡が」や「心優しき者」、イタリアのマルコ・フェリーニやホセ・マリア・フォルケ(フォルケ賞は彼の名前から)とタッグを組んでいる。
B 闘牛シーンに戻ると、肝心のトロは狭苦しい車から解放され、のんびり渚をぶらぶらしてるだけ。いくらマタドールが「ちゃんとやってよ」と頼んでもバケツの水など飲んで知らんぷり。
A しびれを切らした見物人が飛び入りして、やっとこさ牛との追いかけっこが始まる。手持無沙汰のマタドールはお弁当のコンビーフの缶詰なんか開けて食べ始める。ここはシュールだね。
B 闘牛祭りも終了、夕闇せまる浜辺にマタドールと子牛がポツンと残される。
A 父親が我が子を慈しむように「わたしの坊や」と、頑張った子牛の頭を優しく撫でてやる。

(ぶらぶら散歩するばかりで闘わないトロに困り果てる闘牛士)
人間は地球上で一番危険な生きもの
B バラ色のネオレアリズモの影響下に作られた半世紀も前の映画を語る必要がありますかね。
A そうね。でも世の中そんなに変わっていないのじゃない。チェスの世界チャンピオンがコンピューターに負けたとか、チェスより複雑な将棋でも<ボンクラー>が米長名人を下したとか。しかし相変わらず世界は不安定で、貧しい人の数は逆に増えている。
B 冷戦時代は終わったというけど、世界の対立構図は形を変えて常に私たちを脅かしている。
A ランゴスタが密売のシゴトをするので突然映写技師にさせられたホルヘ、NO-DOのニュースに自分が映って大慌て、操作を誤って大切な国策フィルムを燃やしてしまう。
B よく検閲がパスしましたね。映写室には誰もいないのに身元がバレてはいけないと大急ぎでサングラスをかける可笑しさ。こういうアイロニーは今でも古くない。
A 灯台からドン・ラモンが望遠鏡で覗くと、はるか彼方に数隻の艦船が目に飛び込んでくる。
B 東地中海を守っている艦隊はアメリカの第6艦隊、ソ連の脅威に対抗して創設された。
A アメリカの秘密を知りすぎた男ハミルトン引渡しに第6艦隊を派遣してきた。ここで観客は冷酷な現実に引き戻される。ユートピアといえども冷戦構図からは逃げられないのだと。
B マティアス以下村の知恵者が作戦を練る。村人こぞって古びた槍刀を手に手に兜を被って小舟でいざ出陣。しかし端から勝負にならない。
A 迎えに飛来したヘリコプターに搭乗したハミルトンは、旋回しながら機上から村人たちに最後の別れを告げる。軍事大国とか国家権力には逆らえないというペシミズム。常にベルランガは政治、宗教、教育などを直球勝負を避けながらソフトに批判している。かつてはバラ色に見えた「**イズム」も、地球上でもっとも危険な生きものが人間であることを忘れて崩壊した。行き場というか<生き場>を奪われた人々の生き辛さは、今も昔も変わらない。
B ベルランガ映画のいいところは、決して絶望の押売りをしないということです。
(以上は、Cabinaブログに投稿したコメントの再録です)
ベルランガの『ようこそ、マーシャルさん』*スペインクラシック映画上映会 ― 2020年05月22日 11:55
第2回目はルイス・ガルシア・ベルランガのコメディ「ようこそ、マーシャルさん」

★ルイス・ガルシア・ベルランガ(1921~2010)の「ようこそ、マーシャルさん」は、今まで「ようこそマーシャルさん」でご紹介してきました。こちらの邦題は1984年10月から11月にかけて開催された「スペイン映画の史的展望<1951~1977>」(全23作上映)という画期的な映画祭のときに付けられたものです。本作は映画祭で上映されただけで残念ながら未公開でした。今回の上映会を企画したセルバンテス東京がアップしたポスター(上記の写真)を見て、ビックリマークがついているので驚きました。映画は勿論「Bienvenido Mister Marshall」でした。しかし今回は企画者に敬意を表して句点を入れた上記のタイトルを採用しました。因みにIMDbを検索したところ、ポスターはオリジナルの他に幾つものバージョンがあるのでした。
★監督紹介は以前に「Novio a la vista」(54「一見、恋人」)の作品紹介をした折りにアップしていますが、当時の検閲制度や「ようこそマーシャルさん」についても触れています。
*「一見、恋人」の紹介記事は、コチラ⇒2015年06月21日

(ルイス・ガルシア・ベルランガ)
★本作は2002年12月、プロデューサーのエンリケ・セレソ(EGEDAオーディオビジュアル著作権管理協会)現会長の提案で、撮影地だったマドリード郊外のグアダリックス・デ・ラ・シエラ市(マドリード北方49キロ)で再公開され、25,260人が押しよせました。2016年の人口は6000人足らず、観客はマドリードや近郊から出向いたことになります。当時エキストラで出演していたスマートな若者がサンチョ・パンサのようにふくよかになって取材に応じていました。更にマドリードのグランビア100周年を記念して催行されたクラシック映画を特集した映画祭でもオマージュとして上映されたということです。

(「ようこそ、マーシャルさん」の記念プレート、グアダリックス・デ・ラ・シエラ市)
★更に2015年、スクリーンでクラシック映画を観たことのない若者のために企画された上映会で再リリースされました(6館で1月~5月)。ラディスラオ・バフダの『汚れなき悪戯』(54)、フアン・デ・オルドゥーニャの「最後のクプレ」(57)、ハイメ・デ・アルミニャンの「お嬢さま」(72)、少し新しいがカルロス・サウラの『歌姫カルメーラ』(90)などと一緒に上映されました。スペイン人が最も愛した映画監督がベルランガと言われるだけあって没後も根強い人気を誇っています。
★上映前の解説者はチュス・グティエレス監督でした。当時の時代や舞台背景についての説明、監督紹介がありました。当ブログではコロンビア=スペイン合作『デリリオ~歓喜のサルサ』(ラテンビート2014上映)や公開されたドキュメンタリー『サクラモンテの丘~ロマの洞窟フラメンコ』などでグティエレス監督をご紹介しています。
*『デリリオ~歓喜のサルサ』の紹介記事は、コチラ⇒2014年09月25日
*『サクラモンテの丘~ロマの洞窟フラメンコ』の紹介記事は、コチラ⇒2017年02月01日
「Bienvenido Mister Marshall」(『ようこそ、マーシャルさん』)
製作:UNINCI(Unión Industrial Cinematográfica)
監督:ルイス・ガルシア・ベルランガ
原案:フアン・アントニオ・バルデム、ルイス・ガルシア・ベルランガ
脚本:フアン・アントニオ・バルデム、ルイス・ガルシア・ベルランガ、ミゲル・ミウラ
音楽:ヘスス・ガルシア・レオス
歌曲:ホセ・アントニオ・オチャイタ、シャンドロ・バレリオ、フアン・ソラノ・ペドレロ
撮影:マヌエル・べレンゲル
編集:ペピータ・オルドゥーナ
美術:フランシスコ・カネト、フランシスコ・ロドリゲス・アセンシオ
衣装デザイン:エドゥアルド・デ・ラ・トーレ
メイクアップ&ヘアー:アントニオ・フロリド、ロサリオ・バケロ
プロダクション・マネージメント:ビセンテ・センペレ
助監督:リカルド・ムニョス・スアイ
美術:フェデリコ・デル・トーレ、エンリケ・ビダル
録音:アントニオ・アロンソ、ロレンソ・ライネス
カメラ:エロイ・メリャ
製作者:ビセンテ・センペレ
データ:製作国スペイン、スペイン語・ラテン語・英語、1953年、コメディ、78分、撮影地グアダリックス・デ・ラ・シエラ市、スタジオCEA他。公開マドリード1953年4月4日、バルセロナ同4月㎜日、フランス7月17日
映画祭・受賞歴:第6回カンヌ映画祭1953出品、コメディ(ユーモア)賞、脚本スペシャル・メンション受賞。第9回シネマ・ライターズ・サークル賞(音楽賞ヘスス・ガルシア・レオス、オリジナル脚本賞ルイス・ガルシア・ベルランガ、フアン・アントニオ・バルデム、ミゲル・ミウラ)
キャスト:ロリータ・セビーリャ(カルメン・バルガス)、マノロ・モラン(マノロ)、ホセ・イスベルト(村長ドン・パブロ)、アルベルト・ロメア(郷士ドン・ルイス)、エルビラ・キンティーリャ(小学校教師エロイサ)、ルイス・ぺレス・デ・レオン(司祭ドン・コスメ)、フェリックス・フェルナンデス(医師ドン・エミリアノ)、ニコラス・ベルチコト(薬剤師)、ホアキン・ロア(公示者フリアン)、フェルナンド・アギレ(秘書ヘロニモ)、マヌエル・アレクサンドレ(秘書)、ホセ・フランコ(使節団長)、ラファエル・アロンソ(使節)、ホセ・マリア・ロドリゲス(ホセ)、エリサ・メンデス(ドーニャ・ラケル)、マティルデ・ロペス・ロルダン(ドーニャ・マティルデ)、他グアダリックス・デ・ラ・シエラのエキストラなど多数、ナレーションはフェルナンド・レイ
ストーリー:カスティーリャの村ビリャール・デル・リオは、スペインならどこにでもあるのんびりした農村である。折しも村長ドン・パブロが経営するバルに出演すべく、美貌の歌姫カルメンとマネージャーのマノロが村営の定期バスで広場に到着する。村長が馬車で客人を案内している最中、今度は県庁のお偉方4人が2台のバイクに先導されて到着した。一体何事ならんと、小父さんたちは床屋談議に花を咲かせ、川で洗濯ちゅうのおかみさんたちも井戸端会議に熱中する。マーシャル・プランの生みの親、米国国務長官ミスター・マーシャルの使節がビリャール・デル・リオを通るという。このビッグニュースはたちまち村中を駆けめぐり、アメリカ人を感動させる準備が始まった。ボストンで過ごしたことのあるマノロのアドバイスで、道路沿いをアンダルシア風の街並みに変え、村民にはフラメンコ衣装を着せることにした。学校ではアメリカ史のにわか勉強、ローラー車がデコボコ道路を整備し、歓迎パレードのリハーサルまでして、マーシャル御一行さまを待ち受けることになった。果たして努力は報いられるでしょうか。

(左から、エロイサ、マノロ、カルメン、村長ドン・パブロ、本番並みのリハーサル風景)
ロリータ・セビーリャ出演が前提だった「ようこそ、マーシャルさん」
A: 結構厳しい社会批判がオブラートに包まれているとはいえ出てきますが、よく検閲の目を潜り抜けました。制作会社UNINCIからは、ロリータ・セビーリャを主演に据えることが求められていた。1935年セビーリャ生れ、10歳でダンサーとしてデビューした。オファーが来たとき、ミュージカル映画に主演できると喜んだのに、実際は検閲逃れのパロディ映画であることに気がついたようです。
B: 歌って踊れる女優として映画界への足掛かりを得たと胸弾ませていたのに、どうやら主役はドン・パブロとマノロ。
A: カルメン・バルガスの主役を射止めたと思ったが、実は違った。しかしカンヌで本作が成功すると、ロリータも引っ張りだこになって結果的には大成功だったのでした。
B: 製作側としては、外貨を得るには外国人がイメージするスペインに、アンダルシア風やフラメンコは欠かせなかった。
A: 原案者のフアン・アントニオ・バルデムも監督もそれは承知の助、利用しない手はなかった。検閲逃れの極めつきは、本作にナレーションを入れて、ナレーターにフェルナンド・レイ(ラ・コルーニャ1917)を抜擢したこと、「昔むかし・・」で始まり、結びの常套句「Y colorín, colorado, este cuento se ha acabado」で映画を締めくくらせたことです。
B: 「これでおしまい、めでたしめでたし」、これは昔々のお話だから目くじら立てないでね。
A: フェルナンド・レイはスクリーンには現れませんが、当時スペイン人にも人気のあったタイロン・パワーやローレンス・オリヴィエの吹替として知名度があった。彼については次回上映予定のブニュエルの『ビリディアナ』(61)でご紹介したいが、内戦の関りではベルランガとの共通点があるのです。
B: 内戦後、それぞれの父親が刑務所に収監されていたのです。
舞台となったビリャール・デル・リオは実在の村
A: 舞台となるビリャール・デル・リオは、架空の村ではなくカスティーリャ-レオン自治州ソリア県の町、近くのビリャール・デル・カンポまでは鉄道が来ているが、デル・リオには通じていない。ドン・パブロはそれが悔しくてならない。
B: 鉄道を通すことが村長の宿願だった。県庁から派遣されてきた使節団長に「デル・カンポ」と何回も間違えさせている。村長はその度に「デル・リオ」と訂正して笑わせる。
A: デル・カンポへの対抗心が滲みでており、中央から忘れられた村の代表として選ばれている。実際の撮影は上述したように、マドリード近郊のグアダリックス・デ・ラ・シエラでした。
B: 最初はビリャール・デル・リオを予定していた。
A: しかし人口も少なく、村民はジャガイモやタマネギの農作業に忙しく、エキストラが集まらなかったらしい。それにマドリードから遠すぎることも一因かもしれない。
B: 現在の市庁舎のバルコニーには村長役ホセ・イスベルトそっくりのドン・パブロの銅像が建っています。
A: 2011年に建てられた比較的新しいもので、市庁舎は当時のままを使用しているが、1階にはバルと中国料理店が入っているそうです。写真にあるように、予算がなくて3時10分で止まったままの大時計は4時を指しているから、新品に変えたのかもしれない。2016年の人口調査によると、6000人足らずの町のようです。市民はグアダリックスで撮影されたことが知られていないことが残念だったようです。
B: ドン・パブロが演説するバルコニー付きの村役場が立派すぎたのは、グアダリックス・デ・ラ・シエラの市庁舎だったからですね。
A: 広場に集まった村民に「私は皆さんの村長です。だから村長としてご説明しなければなりません・・・」を延々と繰り返すだけで、説明しなければならない事案が一向に分からない。意味深な演説です。何を説明してもらいたかったかは、当時の国民にとってそれぞれ違ったはずです。

(「私は・・・」と意味不明の演説をする村長、目立ちたがり屋マネージャーのマノロ)

(バルコニーで熱弁をふるうドン・パブロの銅像、マノロと助役は割愛されている)
マーシャル・プラン排除を逆手にとったパロディ映画
B: タイトルに使用されたミスター・マーシャルは、かの有名なマーシャル・プランの立案者、米国国務長官ジョージ・マーシャルを指す。第2次大戦後の1947年、疲弊したヨーロッパ経済の復興計画として1951年まで実施された。
A: ドイツとスペインは除外された。スペインは参戦しませんでしたが、民主国家ではないとして国際連合による<スペイン排斥決議>をうけていた。本作が完成したときには既に解除されていましたが、当時のスペイン人がマーシャル・プランに寄せる期待は大きかったという。
B: 歴史の浅い米国より伝統のあるスペインのほうがウエだと思いつつ、内戦から立ち直れない経済をアメリカに救済して欲しかった。その屈折した感情が本作を貫いている。
A: 対象国でもないのに、マーシャル・プランを主軸にしてストーリーを展開させた。それがカンヌ映画祭脚本賞受賞に繋がったのだと思います。
B: 反米的なシーンもありました。県庁の使節団長から「失礼のないようにしなさい」と言われたドン・パブロに「レモネードでもお出ししましょうか」なんて言わせたり、ロード・ローラーを走らせて一行が通る道路だけ整備させている。
A: 結局マーシャル使節団は村に立ち寄ることなく、あっという間に村を駆け抜けてしまい、後には溝に落ちてずたずたになった星条旗が残された。スペイン人の外国人嫌いというか恐怖症を描いていますが、カンヌでこのシーンを目撃したアメリカ人が怒り出したという。
B: 移民の寄り合い所帯の合衆国で一番重要なのが国旗、星条旗のパロディ化は御法度です。しかしこのシーンは、スペイン人のヒダリもミギにも共通した感情だった。
A: アメリカから経済援助を引き出したいフランコ政権の検閲がよく通したと思うのですが、フランコ政権は「ウチは検閲などしておりませんよ」と海外に知らせるために容認したとも。
B: マーシャルさんを歓迎するコメディだから、バルデムやベルランガたちが仕掛けた深慮遠謀に全体的に気づかなかったということもあった。
登場人物のキャラクター、村長ドン・パブロは聴覚障害者
A: 登場する人物は当時のスペイン人のサンプルです。村長ドン・パブロが聴覚障害者なのは都合が悪くなると聞こえなくなる。司祭ドン・コスメ(ルイス・ぺレス・デ・レオン)は太っていて噂好き。飽食できたのは政治家と宗教関係者だけだったから、映画に現れる司祭は肥満が通り相場だった。懺悔の内容はマル秘でなければならない司祭を噂好きに設定した。
B: 知ったかぶりにアメリカの悪口を言いふらしたことで、マーシャル一行が到着する前日には、KKKに捕らえられたあげく、非米活動委員会裁判で絞首刑を言い渡される夢を見る。

(聴覚障害者の村長ドン・パブロ)

(司祭ドン・コスメを演じたルイス・ぺレス・デ・レオン)
A: 郷士イダルゴのドン・ルイス(アルベルト・ロメア)は、先祖がアメリカ大陸に初めて上陸した名誉ある家柄だから表向きには尊敬されている。しかし今は落ちぶれて先祖の肖像画や時代物の家具に囲まれて孤独に暮らしている。当然誰からも手紙はこない。マーシャル一行が到着する前日に見た夢は、先住民に捕らえられ海岸で釜茹でにされてしまう。

(郷士ドン・ルイスを演じたアルベルト・ロメア)
B: ドン・パブロといえば、アメリカ西部で保安官になり、悪漢マノロと歌姫カルメンをめぐって酒場でドンパチやる夢を見る。村長は美人のカルメンにほの字のようだ。
A: 村長は、ボストンにいたことがあるというカルメンのマネージャーがアメリカ通ということで村長を差し置いて仕切りたがるので、悪漢をマノロにしている。
B: デル・リオの村民でもないのにバルコニーに登場してドン・パブロの演説の邪魔をしていた。マノロのような出しゃばりのアメリカ通は、えてして敬遠されていた。

(ドン・パブロは歌姫カルメンにほの字)

(夢の中で悪漢にされたマノロ)
A: マーシャルさんが1人に1つだけ望みを叶えてくれると聞かされていた農夫のフアンも、アメリカ空軍機から念願の新型トラクターがパラシュートで落下してくる夢を見る。
B: 小学校教師のエロイサ(エルビラ・キンティーリャ)には眼鏡をかけさせ独身にした。大人にアメリカ史を教える授業では、クラスの優等生をアンチョコ代わりに教壇の下にもぐらせていた。女性の地位の低さを描いている。
A: 女性蔑視を皮肉っているが、優等生にも眼鏡をかけさせている。若い人の眼鏡は負のイメージか。現在の女性の社会進出をベルランガが知ったら驚くでしょう。

(教師のエロイサを演じたエルビラ・キンティーリャ)
B: 村長役のホセ・イスベルト(マドリード1886~1966)は、今回のクラシック映画上映会では出番が多い。
A: ベルランガの『死刑執行人』(63)の他に、マルコ・フェレーリの『車椅子』(60)でも主演しています。小柄でガラガラ声、お世辞にもガランとは言えないが、1950年代60年代で最も活躍した俳優の代表格でした。キャリア紹介は次回にいたします。
アチェロ・マニャスの十年ぶりの新作*マラガ映画祭2020 ⑤ ― 2020年03月26日 14:04
アチェロ・マニャスの新作はブラック・コメディ「Un mundo normal」

★利害が複雑に絡みあってなかなか延期に踏み切れなかったIOCも、どうやら東京オリンピック・パラリンピック延期に舵を切った。安倍総理に下駄を預けたかたちのバッハ会長の狡さが際立った。元来決定権はIOCにあったと考えていたけれど、これじゃ責任転嫁です。中止があり得ないのは、もしそんなことをしたら2028年ロスが最後のオリンピックになってしまう恐れがあるからでしょう。新型コロナウィルスの勢いは増すばかり、ヒト、モノ、カネがストップして世界はマヒ状態、「コロナはアジアの感染症」と高を括っていた、WHOや欧米のリーダーたちの無能ぶりには開いた口が塞がらない。
★さて、第7回イベロアメリカ・プラチナ賞2020のノミネーションが発表になっていますが、ガラがいつ開催されるかは未定です。沈黙していたマラガ映画祭事務局も、MAFIZ(Málaga Festival Industry Zone)2020のMálaga WIP(Málaga Work in Progress)が3月23日からオンラインでの開催を発表した(3月20日)。22作が参加するということです。

(マラガ映画祭2020記者会見のフォトコール、3月3日マドリード)
★気になる監督、アチェロ・マニャスAchero Mañas(Juan Antonio Mañas Amyach)は、1966年マドリード生れの監督、脚本家、俳優。父は劇作家アルフレッド・マニャス、母は女優パロマ・ロレナ、2014年に自伝 ”Como un relámpago”(仮題「稲妻のように」)を出版している。マドリードの下町カラバンチェロで、文学やアート、演劇に囲まれながら育った。高校では絵画を、1984年に家族でニューヨークに移ってからは、Real Stageの演劇科で1年間演技を学んだ。映画界入りは俳優としてスタート、リドリー・スコットの『1492:コロンブス』(92)、カルロス・サウラの『愛よりも非情』(93)、1995年には立て続けに、マヌエル・グティエレス・アラゴンの「El rey del río」、アドルフォ・アリスタラインの「La ley de la frontera」、そしてフアン・セバスティアン・ボリャインの「Belmonte」では、ヘミングウェイを虜にした実在の闘牛士フアン・ベルモンテを演じている。舞台やTVシリーズにも出演しているが、監督デビューしてからは映画出演はない。


(自伝を手にした母親パロマ・ロレナ)
★第4作目となる「Un mundo normal」(20)は、2010年の第3作「Todo lo que tú quieras」以来久々のブラック・コメディです。10年間近く新作を発表しなかったわけで、スペインでも若い人にはよく知られていないかもしれない。2000年に父親の虐待をテーマにした「El Bola」で鮮烈デビューして、翌年のゴヤ賞では新人監督賞とオリジナル脚本賞の2冠、主役のフアン・ホセ・バジェスタが若干13歳で新人男優賞、更に作品賞にも輝いた。憎まれ役の父親にはマヌエル・モロンが扮した。監督が貰える賞のうち、ASECAN、トゥリア、サンジョルディ、スペイン俳優組合など23賞を獲得した。第2作「Noviembre」(03)はトロント映画祭FIPRESCI賞、サンセバスチャン映画祭審査員ユース賞などを受賞している。第2作と3作に母親のパロマ・ロレナが出演している。

(第1作「El Bola」バジェスタを配したポスター)

「Un mundo normal」2020
製作:Tornasol Films / Last Will Producciones Cinematográficas A.I.E. / Sunday Morning Production S.L.
監督・脚本:アチェロ・マニャス
撮影:ダビ・オメデス
音楽:バネッサ・ガルデ
編集:ホセ・マヌエル・ヒメネス
衣装デザイン:クリスティナ・ロドリゲス
メイク&ヘアー:ビセン・ベティ(ヘアー)、アントニア・ぺレス(メイク)、アントニオ・ナランホ(特殊メイク)
製作者:ヘラルド・エレーロ、ペドロ・パストール、(エグゼクティブ)マリエラ・ベスイエフスキー
データ:製作国スペイン、スペイン語、2020年、ブラック・コメディ、103分、撮影地バレンシア州のリィリア、アルプエンテ、アルカセル、他。スペイン公開5月22日予定
映画祭・受賞歴:マラガ映画祭2020セクション・オフィシアル出品
キャスト:エルネスト・アルテリオ(エルネスト)、ガラ・アムヤチ(娘クロエ)、ルス・ディアス(フリア)、パウ・ドゥラ(マックス)、マグイ・ミラ(カロリナ)、オスカル・パストール、アブデラティフ・ウイダルHwidar、ラウラ・マニャス、他
ストーリー:エキセントリックな舞台演出家エルネストの物語。母の訃報を受けたエルネストは帰郷する。セメンテリオに向かう途中、母の遺骨をおさめた柩を盗んでしまう。海に散骨することが母の願いだったからである。娘のクロエは世間の慣習に拘らない父親についていけず疲労困憊している。しかし父との旅のなかで、彼の振る舞いが狂気でないことが分かってくる。父が望んでいることは自分自身に誠実なこと、しばしば世間の常識と異なっていることもあるのだ。

(霊柩車の運転手を追い出して柩を盗んだ父と揉める娘クロエ)
★監督曰く「人はそれぞれ違っている独特な存在。家族との繋がり、そして死による別れがある。私を此の世に連れてきてくれた母へのオマージュ、常識に抵抗するのに必要なのは愛と支えだと気がついた。多くのことが私たちの精神を痛めつけている。そこからフラストレーション、無力感、苛立ち、失望が生み出されている」と。もっと人生は自由であっていいのではないかという提案らしい。もしかしたら母の死が今回の新作の動機の一つだったのかもしれない。

(父エルネストと娘クロエ、映画から)
★主役のエルネスト・アルテリオ(1970)は、ブエノスアイレス出れだが、家族(父エクトル・アルテリオ)と一緒に5歳でスペインに移住している。アレックス・デ・ラ・イグレシアの「Perfectos desconocidos」に、2018年夏別れたフアナ・アコスタと危機に瀕した夫婦役で出演していた。オシドリ夫婦の評判でしたが映画完成後に本当に別れてしまった。キャリア&フィルモグラフィは以下にアップしています。
*エルネスト・アルテリオのフィルモグラフィは、コチラ⇒2018年07月11日

(父エクトルとエルネスト)
★娘クロエを演じたガラ・アムヤチは、映画初出演、まだ情報がない。カロリナ役のマグイ・ミラ(バレンシア1944)はTVシリーズ出演が多いが、ソエ・ベリエトゥアの「En las estrellas」(18)に出ている。アレックス・デ・ラ・イグレシアとカロリナ・バングが製作を手掛けているせいか、『パパと見た星』の邦題でNetflixで配信されている。フリア役のルス・ディアス(カンタブリア1975)は、ラウル・アレバロの『物静かな男の復讐』に出演、ベネチア映画祭2016「オリゾンティ部門」の女優賞を受賞している。短編を撮るなど監督デビューもしている。
*ルス・ディアスの紹介記事は、コチラ⇒2017年01月09日


(ルス・ディアス)
★強力な3人のベテラン製作者ヘラルド・エレーロ、ペドロ・パストール、マリエラ・ベスイエフスキーは制作会社Tornasol Films に所属している。字幕入りで最近観られた作品のなかで、受賞歴の多いヒット作、『瞳の奥の秘密』、『ゴッド・セイブ・アス~マドリード連続老女強姦事件』、『12年の長い夜』などを手掛けている。
イシアル・ボリャインの新作はコメディ*マラガ映画祭2020 ④ ― 2020年03月21日 18:34
イシアル・ボリャインの新作「La boda de Rosa」はコメディ

★3月19日、映画祭中止の噂も流れていた第73回カンヌ映画(5月12日~23日)の正式な<延期>発表がありました。事務局は6月下旬、または7月上旬の線で検討しているようです。マクロン政府により1000人以上の集会が禁止されている現状で開催できるわけがありません。一応スパイク・リーが審査委員長に決定しておりますが、ラインナップは4月中旬の予定、予定はあくまで未定です。先日テキサス州オースティンで開催されるはずだったSXSWサウス・バイ・サウスウェスト映画祭の中止がアナウンスされたばかりでした。中止なら1968年の五月革命の混乱を機に、若いシネアストたちの映画祭ボイコットで中断して以来のことになる。
★一方、マラガ映画祭のセクション・オフィシアルにノミネートされているイシアル・ボリャインの「La boda de Rosa」は、主役ロサ(45歳の設定)にお気に入りのカンデラ・ペーニャ(バルセロナ1973)を配したコメディ。ボリャインは自身の監督デビュー作「Hola, ¿estás sola?」(95、コメディ)に、イマノル・ウリベのシリアス・ドラマ『時間切れの愛』で脇役ながら存在感を発揮したペーニャを起用、、両作ともおよそ実年齢と重なる役柄です。映画祭上映になった「Te doy mis ojos」(03『テイク・マイ・アイズ』)にも主人公の妹役に起用している。新作の脚本は「Te doy mis ojos」で共同執筆したアリシア・ルナと今回もタッグを組んだ。撮影地にバレンシアのベニカシムを選び、2018年盛夏にクランクインした。

(撮影中のボリャイン監督とロサ役のカンデラ・ペーニャ)
「La boda de Rosa」
製作:Tamdem Films / Turanga Films / Setembro Cine / Halley Production
協賛Movistar+、RTVE、バレンシア文化協会
監督:イシアル・ボリャイン
脚本:イシアル・ボリャイン、アリシア・ルナ
撮影:セルジ・ガリャルド、ベアトリス・サストレ
編集:ナチョ・ルイス・カピリャス
音楽:バネッサ・ガルド
キャスティング:デボラ・ボルケ、ミレイア・フアレス
美術:ライア・コレト
衣装デザイン:ジョバンナ・リベス
メイク&ヘアー:アネ・マルティネス(メイク)、アンパロ・サンチェス(ヘアー)
製作者:クリスティナ・スマラガ、リナ・バデネス、フェルナンダ・デル・ニド、アレクサンドラ・レブレト
データ:製作国スペイン=フランス、スペイン語、2020年、コメディ・ドラマ、97分、撮影地バレンシア州のベニカシム、アルカサル、コスタ・デル・アサアル海岸、他、スペイン公開7月3日予定
映画祭・受賞歴:第23回マラガ映画祭2020セクション・オフィシアル出品
キャスト:カンデラ・ペーニャ(ロサ)、ナタリア・ポサ、セルジ・ロペス、パウラ・ウセロ、ラモン・バレア(父アントニオ)、ハボ・ヒメネス、マリア・マロト、エリック・フランセス、ルシン・ポベダ、マリア・ホセ・イポリト、パロマ・ビダル(マルガ)、他
ストーリー:45歳を迎えたロサは、自身が自分のためでなく他の人のために並外れた努力をして生きていることに気づく。そこで自分の生き方を変えようと核のボタンを押そうと一大決心をした。人生の主導権を取ること、自身のビジネスをもつという夢を実現することだ。しかしロサは直ぐに、父親や娘や兄姉たちが別のプランをもっていることを知る。人生を変えるのは容易なことではない。それに家族は厄介だ。ロサとおせっかいでエゴイスト、いささかシュルレアリストだがとても愛情あふれた家族の物語。「家族と上手くやるにはどうしたらいい?」「離れて暮らすことだよ」

(ラモン・バレア、セルジ・ロペス、ナタリエ・ポサ、パウラ・ウセロ、映画から)
★『オリーブの樹は呼んでいる』(16)以来、久々にコメディのメガホンをとった。「Yuli」(18)、『ザ・ウォーター・ウォー』(10)の脚本を手掛けた夫君ポール・ラヴァティは参加せず、前述したように『テイク・マイ・アイズ』のアリシア・ルナとタッグを組んだ。クルーの多くが女性であることが列挙したクレジットから察することができます。ボリャインは長らく女優だったこともあり撮り直しを好まない。監督スタートが遅く、従って作品数も多いほうではない。しかし低予算ながら奇をてらわずに社会に疑問を静かに投げかけている。『オリーブの樹は呼んでいる』がラテンビート2016で上映された折り来日した。監督キャリア&フィルモグラフィは以下にご紹介しています。
*監督キャリア&フィルモグラフィについては、コチラ⇒2016年07月19日
*ラテンビート2016来日の記事については、コチラ⇒2016年10月17日

(ボリャイン監督とラテンビートのディレクターであるカレロ氏、LB2016のQ&A)
★スペインのジョークに「あなたが家族と上手くやるには離れて暮らすことが最善」というのがある。家族は大切だが厄介でもある。女性ならロサは私の分身と感じる方もいると思う。昨年インスティトゥト・セルバンテス東京で開催された「スペイン映画祭2019」で上映されたネリー・レゲラの『マリアとその家族』(16)と重なる部分がある。それぞれ特に悪い人ではないがちょっと迷惑な家族、父親だったり兄弟姉妹だったりする。
*『マリアとその家族』の紹介記事は、コチラ⇒2019年08月14日
★主役のカンデラ・ペーニャの他、ボリャイン映画初出演のナタリエ・ポサ(『さよならが言えなくて』『ジュリエッタ』)、セルジ・ロペス(『パンズラビリンス』『ナイト・トーキョー・デイ』)、ラモン・バレア(『列車旅行のすすめ』『誰もがそれを知っている』)、バレンシア出身で『オリーブの樹は呼んでいる』に出演していたパウラ・ウセロなどのベテランが脇を固めている。撮影は下の写真のように笑いが絶えないのがボリャイン流です。

(撮影の合間に談笑する、監督とカンデラ・ペーニャ)

(監督、セルジ・ロペス、横向きがカンデラ・ペーニャ)

(ナタリエ・ポサ)

(セルジ・ロペス)
★本作の製作者は女性が4人、国際的に活躍している先輩格のクリスティナ・スマラガやアルゼンチン出身のフェルナンダ・デル・ニドはそれなりの認知度がありますが、もう一人のエグゼクティブ・プロデューサーリナ・バデネスは、今までドキュメンタリーを手掛けることが多かったので認知度はこれからの人、最近ドラマを手掛けるようになった。2008年バレンシア工科大学オーディオビジュアル・コミュニケーション科卒、翌年キューバの国際映画テレビ学校で1年間ドキュメンタリーと監督のワークショップに参加、2011年 制作会社 Turanga Films を設立、2012年メディア・ビジネス・スクールのマスター・コースでマネージメントと映画製作を学ぶ。ボリャインが初めてドキュメンタリーに挑戦した「En tierra extraña」をスマラガと共同製作、今回コメディ・ドラマを初めて製作した。将来が期待される女性製作者の一人。
*「En tierra extraña」の紹介記事は、コチラ⇒2014年12月04日


(リナ・バデネス)
3人の失業仲間が奮闘する笑えないコメディ 「El plan」」 ― 2020年02月22日 09:32
同名戯曲の映画化、お先真っ暗なパコ、ラモン、アンドラデの人生設計

★ポロ・メナルゲスの「El plan」は、アントニオ・デ・ラ・トーレ、チェマ・デル・バルコ、ラウル・アレバロのベテラン3人が登場する。働いていた警備会社が閉鎖、お決まりの失業者の仲間入り、日がな一日、今後を議論しているが光は射してこない。イグナシ・ビダルの戯曲をベースにして映画化された。昨年のバジャドリード映画祭2019 SEMINCIに正式出品(10月22日)、続くセビーリャ・ヨーロッパ映画祭でも上映された(11月12日)。主演3人は人気の高い中堅演技派を揃えていますが、監督のポロ・メナルゲスは当ブログ初登場です。

(ポロ・メナルゲス監督、第64回バジャドリード映画祭SEMINCIにて)

(左から、ラウル・アレバロ、監督、アントニオ・デ・ラ・トーレ、チェマ・デル・バルコ)
★ポロ・メナルゲス Carlos Polo Menárguezは、監督、脚本家、製作者、編集者ほか撮影も手掛けるマルチ人間、マドリードのカルロス3世大学で情報メディア、視聴覚コミュニケーションを専攻(2006~10)、スペイン国営テレビRTVEオフィシャル研究所で養成を受けた(2010~11)。2009年短編「La culona」(16分)を撮る。母親を殺された事件を機に故郷を離れていた若い娼婦ルシアが、数年後リベンジのため帰郷する。独り暮らしの伯母カルメンを手助けする必要もあったのだが、伯母の助言は役に立つだろう。カルメン役にベテランのマリア・アルフォンソ・ロッソが扮した。長編映画としては「Dos amigos」(13、96分)があり、これはフィクションとドキュメンタリーをミックスしたような作品。トゥールーズ映画祭2013初監督部門とセビーリャ・ヨーロッパ映画祭に正式出品された。音楽を担当したルイス・エルナイスがテネリフェ映画音楽フェスでオリジナル・スコア賞を受賞した。本作「El plan」を長編デビュー作と紹介する記事もあるが第2作目になります。

(長編デビュー作「Dos amigos」のポスター)
★セルビアを舞台にしたドキュメンタリー「Invierno en Europa」(70分)は、バジャドリード映画祭2017に正式出品され、翌年のゴヤ賞の作品・監督・脚本・編集など8部門に候補として選ばれていたが、最終ノミネーションには残れなかった。新作「El plan」もSEMINCIの愛称でより親しまれているバジャドリード映画祭でプレミアされている。

(ドキュメンタリー「Invierno en Europa」のポスター)
「El plan」2019
製作:Capitán Araña / Elamedia Estudios
監督:ポロ・メナルゲス
脚本:ポロ・メナルゲス、原作イグナシ・ビダル
音楽:パブロ・マルティン・カミネロ
撮影:アレハンドロ・エスオアデロ
編集:バネッサ・Marimbert
プロダクション・マネージメント:ビルヘニア・エルナンド
衣装デザイン:イラチェ・サンス
メイク&ヘアー:クルス・プエンテ
製作者:ナチョ・ラ・カサ、ララ・テヘラ(エグゼクティブ)
データ:製作国スペイン、スペイン語、2019年、コメディ・ドラマ、79分、スペイン公開2020年2月21日
映画祭・受賞歴:バジャドリード映画祭2019 SEMINCI、セビーリャ・ヨーロッパ映画祭2019に正式出品される。
キャスト:アントニオ・デ・ラ・トーレ(パコ)、チェマ・デル・バルコ(ラモン)、ラウル・アレバロ(アンドラーデ)
ストーリー:パコ、ラモン、アンドラーデの3人は、働いていた警備会社が閉鎖して失業、負け犬の不運を日がな一日かこつことになる。しかしある日のこと、朝の9時に3人は、新しい<プラン>を実行することに決心する。プランはすべてを一新するはずだったが、何やかや不慮の出来事が起きて、家から出発できず、またもや堂々巡りの議論が始まって・・・それぞれの個人的な生活やマドリード郊外の下町の隣人たちによるフラストレーションから、3人の友情と憎しみが炸裂するだろう。
★監督によると「トーンはコメディと辛口ドラマの中間、ホームドラマというのは諍いは日常的で、どんな時でも一触即発の危機にある」ということです。進行につれて悪くなる予感がしてくるが「それは見方によるだけ」で、作品はいかなる解釈も正当化もきっぱりと拒絶している。
★舞台劇の映画化では登場人物の選考は難しい。アントニオ・デ・ラ・トーレとラウル・アレバロは、ラテンビート2009で上映された、ダニエル・サンチェス・アレバロの『漆黒のような深い青』、『デブたち』、『マルティナの住む街』、短期間だが公開されたアルベルト・ロドリゲスの『マーシュランド』、そしてアレバロ初監督の『物静かな男の復讐』の主役はデ・ラ・トーレでした。二人ともゴヤ賞ノミネートの常連、紹介俳優ベストテンにはいる。ラモン役のチェマ・デル・バルコは、ダニエル・モンソンの『エル・ニーニョ』(14)の工場長役や Netfix 配信のTVシリーズ『ペーパーハウス』などに出演している。
*アントニオ・デ・ラ・トーレのフィルモグラフィー紹介は、コチラ⇒2018年08月27日
*ラウル・アレバロのフィルモグラフィー紹介は、コチラ⇒2017年01月09日

(日がな一日、議論ばかりしている敗残兵、アンドラーデ、パコ、ラモン)
ダリン父子が初共演の「La odisea de los giles」*ゴヤ賞2020 ⑬」 ― 2020年01月18日 17:25
イベロアメリカ映画賞にアルゼンチンの「La odisea de los giles」が有力

★アルゼンチン興行成績史上初という快挙を遂げたセバスティアン・ボレンステインの「La odisea de los giles」は、2019年8月15日公開以来過去の記録を更新し続けている。しかしアドベンチャー・コメディ、スリラーなら何でも成功するというわけではない。アルゼンチン人なら誰一人として忘れることができない2001年12月23日の<デフォルト>宣言に始まる<コラリート>を時代背景にしているからです。世界を震撼させた無責任国家の破産を舞台にして、煮え湯を飲まされた住民が反旗を翻す物語、それをリカルド&チノのダリン父子が初共演、ベテランのルイス・ブランドニやリタ・コルテセを絡ませているから、何はともあれ映画館に足を運ばねばならない。第1週380館でスタートしたが、12月半ばには482館、180万枚のチケットが売れたそうです。地元紙は2018年のルイス・オルテガの「El Angel」(『永遠に僕のもの』354館)をあっさり抜いたと報じている。因みにコラリートとは預金封鎖のことで、銀行に預けた自分のお金が引き出せないということです。

(現地入りしたダリン父子とブランドニ、サンセバスチャン映画祭2019フォトコールから)
★個人的には、アルゼンチン国民ほど近隣諸国から嫌われている国はないと考えていますが、このデフォルトによって中間層が貧困層に転落、それは国民の60%近くに及んだという。20世紀初頭には「南米のパリ」ともてはやされたブエノスアイレスも、夜中にゴミあさりをする人たちで、塵一つ落ちていない清潔な街になったと皮肉られた。アルゼンチン経済立て直しと称して、1990年にメネム政権が打ち出した1弗=1ペソ政策は見た目には成功しているかに思われたが、所詮錯覚に過ぎず、厚化粧が剥げれば経済だけでなく政治も社会も三つ巴になってデフォルトに直進した。相続・贈与税がそもそもなく、累進課税制度もないから、富める者はますます富み、貧しい人々はますます貧しくなる構図があり、自分さえよければよいという風潮が蔓延している。見た目と実態がこれほど乖離している国家も珍しい。そういう国で起きた騙されやすいオメデタイ人々が起こしたリベンジ・アドベンチャーです。
「La odisea de los giles」(「Heroic Losers」)2019
製作:Mod Producciones / K&S Films / Kenva Films 協賛:TVE / Televisión Federa(Telefe)
監督:セバスティアン・ボレンステイン
脚本:セバスティアン・ボレンステイン、原作者エドゥアルド・サチェリ
音楽:フェデリコ・フシド
撮影:ロドリゴ(ロロ)・プルペイロ
編集:アレハンドロ・カリージョ・ペノビ
特殊効果:Vfx Boat
録音:ビクトリア・フランサン
製作者:フェルナンド・ボバイラ、ハビエル・ブライア、ミカエラ・ブジェ、レティシア・クリスティ、チノ・ダリン、リカルド・ダリン、シモン・デ・サンティアゴ、Axel Kuschevatzky、他
データ:製作国アルゼンチン、スペイン語、2019年、アドベンチャー・コメディ、スリラー、116分、配給元ワーナーブラザーズ。第92回米アカデミー賞国際映画賞アルゼンチン代表作品(落選)。公開アルゼンチン8月15日、ウルグアイ同22日、パラグアイ同29日、以下ボリビア、チリ、コロンビア、ペルー、ブラジル、メキシコなどラテンアメリカ諸国、スペイン11月29日
映画祭・受賞歴:トロント映画祭2019特別上映、サンセバスチャン映画祭2019正式出品、パルマ・スプリングス映画祭2020外国語映画部門上映、など。
キャスト:リカルド・ダリン(フェルミン・ペルラッシ)、ルイス・ブランドニ(友人アントニオ・フォンタナ)、チノ・ダリン(息子ロドリゴ)、ベロニカ・リナス(妻リディア)、ダニエル・アラオス(駅長ロロ・ベラウンデ)、カルロス・ベジョソ(爆発物取扱いのプロ、アタナシオ・メディナ)、リタ・コルテセ(実業家カルメン・ロルヒオ)、マルコ・アントニオ・カポニ(カルメンの息子エルナン)、アレハンドロ・ヒヘナ&ギレルモ・ヤクボウィッツJucubowicz(エラディオ&ホセ・ゴメス兄弟)、アンドレス・パラ(弁護士フォルトゥナト・マンツィ)、ルチアノ・カゾーCazaux(銀行家アルバラド)、アイリン・ザニノヴィチ(弁護士秘書フロレンシア)、他
ストーリー:2001年8月、アルシナはこれといった資源もない、アルゼンチン東部の寂れた小さな町である。元サッカー選手だったフェルミンと妻リディアは、廃業したサイロを購入して協同組合を立ち上げ、地域経済の活性化を図ろうと決意する。年長者の友人アントニオ・フォンタナ(自称アナーキストでバクーニンの信奉者)、駅長ロロ・ベラウンデ、実業家カルメン・ロルヒオ、爆発物のエキスパートのアタナシオ・メディナ、ゴメス兄弟などが資金を出し合ってグループ事業を計画する。フェルミンとリディアは、アルシナには銀行がなかったので、銀行家のアルバラドを信用して金庫ごと、近郊のビジャグラン市に運ぶことにする。一方銀行家は彼自身の銀行に金庫の中身を移し替えるよう二人を説得にかかる。果たしてマネーの行方は・・・? 破産させられた住民たちが彼ら独自の方法でリベンジできるチャンスを見つけるが、その方法とは? コラリートを生き延びるために隣人たちが乗り出したアドベンチャーが語られる。 (文責:管理人)
『瞳の奥の秘密』の原作者エドゥアルド・サチェリの小説の映画化
★原作はエドゥアルド・サチェリ(カステラル1967)の小説 ”La noche de la Usina”(2016年刊)の映画化、サチェリは2個目のオスカー像をアルゼンチンにもたらしたフアン・ホセ・カンパネラの『瞳の奥の秘密』(09)の原作者でもあります。大学では歴史学を専攻、現に高校や大学で教鞭を執っているから、時代背景などはきちんと裏が取れている。アルゼンチンの経済危機は1998年から2002年まで、多くの国が煮え湯を飲まされた。IMFの不手際も原因の一つだったから、日本も借金を棒引きして救済したのでした。彼らにしてみれば、返せる能力もない人にお金を貸すほうが悪いというわけで、ぼくたちは悪くない。
★セバスティアン・ボレンステイン(ブエノスアイレス1963)は、2011年のヒット作「Un cuento Chino」(「Chinese Take-Away」)で、リカルド・ダリンの魅力を思う存分引き出した監督。あれはまさにリカルドのための映画だった。アルゼンチン映画アカデミーの作品・主演男優・助演女優賞(ムリエル・サンタ・アナ)を受賞、米アカデミー賞アルゼンチン代表作品にも選ばれた。更にゴヤ賞2012イベロアメリカ映画賞も受賞した。

★コメディとスリラーを交互に撮っている監督は、2015年にスリラー「Kóblic」(スペインとの合作)を撮った。マラガ映画祭2016に正式出品、1977年の軍事独裁政権を時代背景に軍務と良心の板挟みになるコブリック大佐にリカルド・ダリンが扮した。悪玉の警察署長を演じたオスカル・マルティネスが助演男優賞、撮影監督ロドリゴ・プルペイロが撮影賞を受賞した(プルペイロはロドリゴの愛称Roloロロでも表記される)。スペイン側からインマ・クエスタが出演しているが、なかなかマネできないアルゼンチン弁に苦労した。翌年9月『コブリック大佐の決断』でDVDも発売されている。当ブログでは、詳細な監督紹介と時代背景をアップしています。
*監督キャリア&フィルモグラフィーと「Kóblic」の記事は、コチラ⇒2016年04月30日

(『コブリック大佐の決断』撮影中のボレンステイン監督とリカルド・ダリン)
一癖も二癖もあるキャスト陣が大いに興行成績に寄与している?
★新作「La odisea de los giles」出演の顔ぶれを見ると、なかなか味のあるキャスティング、主演のダリン父子は何回か登場してもらっているので、さしあたり自称アナーキストでバクーニンのファンというフォンタナ役を演じたルイス・ブランドニから。1940年ブエノスアイレス州の港湾都市アベジャネダ生れ、俳優で政治家、アルゼンチン映画界の重鎮の一人、UCR(ユニオン・シビカ・ラディカル)党員で国会議員に選ばれている。1962年舞台俳優としてデビュー、翌年TVシリーズ、映画デビューは1966年。1970年代から主役を演じている。1984年のアレハンドロ・ドリアの「Darse cuenta」で主役に起用された。本作は銀のコンドル賞の作品・監督賞他を受賞したことで話題になった。ブランドニはドリア監督の「Esperando la carroza」(85)でも起用されている。『笑う故郷』のガストン・ドゥプラットの「Mi obra maestra」(18)にギレルモ・フランチェラ(ギジェルモ・フランセージャ)と共演している。間もなく80代に突入だが依然として主役に抜擢されている。

(ガストン・ドゥプラットの「Mi obra maestra」から、左側はギレルモ・フランチェラ)
★長寿TVシリーズ「Mi cuñado」(93~96)で2回マルティン・フィエロ賞を受賞、他作でも2回、計4回受賞している。新作ではロシアの哲学者、無政府主義者の革命家ミハイル・バクーニン(1814~76)の信奉者という役柄、日本では教科書で習うだけの思想家バクーニンが、アルゼンチンでは今でもファンがいるというのがミソ、マルクスのプロレタリア独裁に対立した革命家でもあった。
*リカルド・ダリンの主な紹介記事は、コチラ⇒2017年10月25日

(ラテンアメリカから初のドノスティア賞のリカルド・ダリン、SSIFF 2017)

(リカルド・ダリン、ベロニカ・リナス、ルイス・ブランドニの三人組、映画から)
★チノ・ダリンは、1989年ブエノスアイレスのサン・ニコラス生れ、俳優、最近父親リカルド・ダリンが主役を演じたフアン・ベラの「El amor menos pensado」で製作者デビューした。本作はSSIFF2018のオープニング作品である。映画デビューはダビ・マルケスの「En fuera de juego」(11)、本邦登場はナタリア・メタの『ブエノスアイレスの殺人』(「Muerte en Buenos Aires」14)の若い警官役、ラテンビートで上映された。翌年韓国のブチョン富川ファンタスティック映画祭で男優賞を受賞した。続いてディエゴ・コルシニの「Pasaje de vida」(15)で主役に抜擢されるなど、親の七光りもあって幸運な出発をしている。他にルイス・オルテガの「El Angel」(18、『永遠に僕のもの』)、ウルグアイの監督アルバロ・ブレッヒナーの『12年の長い夜』で実在した作家でジャーナリストのマウリシオ・ロセンコフを演じた。役者としての勝負はこれからです。
* 他にチノ・ダリンの紹介記事は、コチラ⇒2019年01月15日

(劇中でも父子を演じたリカルド&チノ・ダリン親子、映画から)
★女優軍は、フェルミンの妻リディア役のベロニカ・リナス、1960年ブエノスアイレス生れ、女優、舞台、TVシリーズで活躍、映画監督、舞台演出家でもある。父は最近癌で鬼籍入りした作家のフリオ・リナス、母は若くして癌に倒れた画家のマルタ・ペルフォ、映画監督のマリアノ・リナス(1975)は実弟。自らラウラ・シタレジャと共同監督・主演した「La mujer de los perros」(15)撮影中に夫も癌で亡くしている。本邦では馴染みがないなかで、サンティアゴ・ミトレの『パウリナ』に出演している。コメディ出演が多いが、マルティン・フィエロ賞をコメディとドラマ部門で受賞、銀のコンドル賞も受賞するなどの演技派です。

(デフォルトのニュースを聞いて気絶する夫フェルミンを支える妻リディア)

(監督&主演した「La mujer de los perros」から)
★実業家カルメン・ロルヒオ役のリタ・コルテセは、ダミアン・ジフロンの『人生スイッチ』で、同僚のウエートレスの家族を破滅に追い込んだお客に猫いらず入りの料理を出して殺害しようとする料理女(ゴリラ)、塀の中体験者で「刑務所暮らしのほうがシャバより余程まし」とうそぶく、アルゼンチンの社会的不公平を逆手にとって金持ちに復讐する迫力満点の料理人を演じた。パウラ・エルナンデスの『オリンダのリストランテ』(01、08年公開)で主役のオリンダに扮した。ここでも料理をしていた(笑)。物言う女優の一人、リタ・コルテセについては別の機会にご紹介したい。

(カルメン・ロルヒオ役のリタ・コルテセ)

(料理人に扮したリタ・コルテセ、『人生スイッチ』から)
★その他の出演者たち、アレハンドロ・ヒヘナ&ギレルモ・ヤクボウィッツが扮したゴメス兄弟、アンドレス・パラが扮したマンツィなど。


★いずれ何かの形で、つまりネット配信、ミニ映画祭、劇場公開、DVDなどで字幕入りで観られる機会があるのではないでしょうか。
*追加情報:邦題『明日に向かって笑え!』で公開されました。
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