「監督週間」にロマのレスビアンの愛を語った映画*カンヌ映画祭2018 ④ ― 2018年05月13日 16:19
アランチャ・エチェバリアのデビュー作「Carmen y Lola」
★「ある視点」は後回しにして、ビルバオ生れの新人アランチャ・エチェバリアのデビュー作「Carmen y Lola」について。女性同士の愛が禁じられているロマ社会で、偏見や差別、家族の無理解と闘って愛を貫徹しようとする十代の娘カルメンとロラの物語。エチェバリア監督談によると、本作は2009年スペインでロマ女性の同性婚第1号となったロサリオとサラのニュースにインスパイアーされて製作したということです。実在の二人はロマの居住が多いグラナダ出身ですが、映画はマドリードの町外れに舞台を移している。スペインでは、2005年同性婚が正式に認められるようになった。「ある視点」でも、ケニアの女性監督ワヌリ・カヒウWanuri Kahiuが首都ナイロビを舞台にして撮った長編デビュー作「Rafiki / Friend」が、レズビアンの愛をテーマにしている。ケニアでは現在でもケニアの法律や文化、またモラルに反するとして、同性愛は御法度で14年間の禁固刑が科せられる。今作はホモセクシュアルなシーンを理由に本国では上映禁止になった。
「Carmen y Lola」2018
製作:TvTec Servicios Audiovisuales
協賛:ICAA、教育文化スポーツ省、マドリード市、Orange Spain Film madrid
監督・脚本:アランチャ・エチェバリア
音楽:ニナ・アランダ
撮影:ピラール・サンチェス・ディアス
編集:レナート・サンフアン
キャスティング:ディエゴ・ベタンコル、クリスティナ・モレノ
衣装デザイン:テレサ・モラ
メイクアップ:ソレ・パディリャ、グロリア・ピナル
製作者:アランチャ・エチェバリア、ピラール・サンチェス・ディアス
データ:スペイン、スペイン語、2018年、90分、撮影地マドリード、サンタンデール(カンタブリア州)、製作費約700,000ユーロ。脚本はSGAE基金(作家編集者協会)が設立したフリオ・アレハンドロ賞の特別メンションを受賞。カンヌ映画祭2018併催の「監督週間」正式出品作品、初監督作品に与えられるカメラ・ドール賞の対象作品に選ばれている。
キャスト:サイラ・ロメロ(ロラ)、ロシー・ロドリゲス(カルメン)、モレノ・ボルハ(ロラの父パコ)、ラファエラ・レオン(ロラの母フロール)、カロリナ・ジュステ(パキ)、他
物語:カルメンは、マドリードの町外れに住んでいるロマの娘である。他の女の子たち同様、結婚して、できるだけ沢山の子供を産み育てるという、なん世代にも亘って繰り返されてきた人生を運命づけられている。美容師になりたいが、父親も恋人も、彼女の仕事には関心がない。17歳になればどうせ結婚するのだから。ロラは16歳、他のロマの娘とは一風変わっていて、大学に行くことが夢である。内気なロラは時々壁や塀に小鳩のグラフィティをして周りを驚かせている。男の子には興味がなく、ネットで女性同士がキスをしているのを見ると慌ててしまう。野菜の露天商を営む父親は娘が地域の合唱団で歌っているのを誇りに思い、字の読めない母親は娘が学校に通っていることを誇りにしている。そんな二人がある日、雨の降り出した市場で偶然運命の出会いをしてしまった。カルメンはロラに抗しがたい魅力を感じ、ロラも不思議な感情を抱く。ロマ社会の偏見や差別、家族の口出しにもかかわらず二人は急速に惹かれあっていく。
(一目で惹かれあうカルメンとロラ)
★プロフェッショナルな俳優は、パキを演じたカロリナ・ジュステ唯一人だそうで、他はオーディションに押し掛けた1000人ほどのアマチュアから、エキストラを含めて約150人を選んだ。大変な作業で6か月もかかり、特にカルメン役の人選に難航した。もう半ば諦めかけたときにロシー・ロドリゲスが現れ、彼女のエントリーナンバーはなんと897番だった。結婚しても6か月後に夫を見捨てるという、ロマ・コミュニティに見られる典型的な「不幸な結婚」の一例を演じる。サイラ・ロメロが扮したロラは16歳、ロマとロマでない両親の娘という設定、父親が営む野菜の露天商を手伝っている。恥ずかしがり屋で目立つのが好きではないが、カルメンと出会うことで心を急速に解放していく。
(カルメン役のロシー・ロドリゲス)
(壁に小鳩のグラフィティをして心を発散させるロラ)
★冒頭で触れたように監督の肩を押したのは、2009年の「ロマ女性の同性婚第1号」というグラナダ・ニュースを聞いたことによる。二人は顔写真なしの仮名を条件に新聞社の取材に応じた。だからロサリオもサラも本名ではない。周囲からも家族からもロマ・コミュニティからも追い出され、闘いはまるでボクシングの試合のようだったという。いわゆる「村八分」以上の扱いを受けたが、二人の決心は揺るがなかった。ロマの女性であることは、家父長制が敷かれたマチスモが常識である社会では、そもそも女性の同性婚など存在すべきではないということです。ロサリオとサラの話は遠い前世紀のことではなく、ついこの間の話なのである。今もってスペインのロマの女性は、用箪笥ではなく金庫室に閉じ込められているから、容易なことではカミングアウトできない。
(本作撮影中の左から、母親、父親、弟、ロラ)
★エチェバリア監督が「カルメンとロラ」で語りたいのは、二人が愛を育むなかで自分たちの視野を広げ、それぞれの視点を世界に向けること、ロマの女性たちの声を世界に届けることのようです。監督にとって重要なことは、現代的な素材を使ってクラシックな表現形式に生気を吹き込むことにある。かつてのパルム・ドール受賞作品、ダルデンヌ兄弟の『ロゼッタ』や『ある子供』、またはジャック・オーディアールの『ディーパンの闘い』のように、現実を操らないで語ることを目指して。最も以上の3作は、受賞発表時には会場からブーイングと称賛が同時に起きたのでした。
★アランチャ・エチェバリア Arantxa Echevarria は、1968年ビルバオ生れの監督、脚本家、製作者。マドリードのコンプルテンセ大学で映像科学を学び、同大学でオーディオビジュアル演出を専攻した。その後オーストラリアのシドニー・コミュニティ・カレッジで映画製作を学んだ。1991年から広告宣伝と映画を両立させながら、オーディオビジュアル産業のプロフェッショナルなキャリアを出発させる。
(本作撮影中のアランチャ・エチェバリア監督)
★2010年、短編デビュー作となる「Panchito」は、アマチュアだけを起用して撮ったコメディ。同2010年、国営テレビの要請でDocumentos TVのルポルタージュ「Cuestión de pelotas」、を撮る。これは女性サッカー・クラブReal Federación Española de Fútbolについてのドキュメンタリー。2013年、短編サイコ・スリラー「De noche y de pronto」を監督、翌年ゴヤ賞2014短編映画部門にノミネートされた。2016年、短編「El último bus」が、メディナ・デル・カンポ映画祭の作品賞を受賞した。2017年、ドキュメンタリー「7 from Etheria」は、7人の共同監督作品(製作は米国)。2018年、長編デビュー作「Carmen y Lola」が監督週間にノミネートされた。
(サイコ・スリラー「De noche y de pronto」のポスター)
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