『インビジブル・ゲスト 悪魔の証明』*オリオル・パウロ ― 2017年04月14日 15:15

★長編デビュー作『ロスト・ボディ』(12)に続くオリオル・パウロの第2作『インビジブル・ゲスト 悪魔の証明』は、比較的知名度のあるベテランを起用しての密室殺人劇でした。原題「Contratiempo」の意味は「不慮の出来事、または災難」ですが、「シネ・エスパニョーラ2017」では、英題のカタカナ起こしに今流行りの法律用語「悪魔の証明」を副題にしています。二転三転しながらも最後には証明されるのですが、本作も既に内容は紹介済みです。基本データを繰り返しておきますが、映画評論家と一般観客の評価が見事に乖離した作品だったと言えるかもしれません。

(ホセ・コロナドに演技指導をするオリオル・パウロ監督)
データ:製作国スペイン、スペイン語、2016、106分、スリラー、撮影地バルセロナ自治州テラサTerrassa、ピレネー山地のVall de Núria、映画祭歴:米国ファンタスティック・フェスト(2016年9月23日)、ポートランド映画祭2017年2月、ベルグラード映画祭2017年3月、スペイン公開2017年1月6日、日本公開同3月25日、他。IMDb評価7.8点
キャスト:マリオ・カサス(実業家アドリアン・ドリア)、アナ・ワヘネル(弁護士グッドマン/エルビラ)、バルバラ・レニー(ドリアの愛人ラウラ・ビダル、写真家)、ホセ・コロナド(ダニエルの父トマス・ガリード)、フランセスク・オレリャ(ドリアの顧問弁護士フェリックス・レイバ)、パコ・トウス(運転手)、ダビ・セルバス(ブルーノ)、イニィゴ・ガステシ(ダニエル・ガリード)、マネル・ドゥエソ(ミラン刑事)、サン・ジェラモス(ソニア)、ブランカ・マルティネス(グッドマン弁護士)他
二転三転、先が読めなかったミステリー・ホラー
A: スリラーを集めた「シネ・エスパニョーラ2017」の他作品は、およそ予想した通りの結末を迎えますが、なかで本作は先が読めなかった。というのも筋運びの不自然さが後半にかけて増していったせいです。前作『ロスト・ボディ』より強引でしたから、前作を見ていた観客もあっけにとられたのではありませんか。
B: キャスト欄を注意深く読めば分かりますが、観客は普通、そこまで細かいところに目を通しません。特にキャスト欄に役柄を明記しません。何気ないセリフが伏線になっていましたが、それは結末近くになって分かることです。
A: パウロ監督は、製作者にメルセデス・ガメロ、ミケル・レハルサ、キャストにホセ・コロナドを起用した以外、前作とはがらりと変えてきました。本作ではお気に入りのコロナドを主役級の脇役に仕立てました。

(突然失踪した息子を探す執念の父親ガリード、ホセ・コロナド)
B: 青年実業家ドリアのマリオ・カサス、いまや売れっ子俳優になって引っ張り凧です。若くして権力と金力を手にしたが頭脳明晰があだになる。いつもの動の演技ではなく静の演技を求められ難しかったのではないか。父親役はもしかして初めてか。

(逃げ道を模索するアドリアン・ドリア、マリオ・カサス)
A: グッドマン弁護士のアナ・ワヘネル、脇役専門かと思っていた彼女の主役は珍しい。事件の経過より二人の対決場面がこの映画のクライマックスです。対決シーンはまるで舞台を見てるようなもので、舞台女優歴の長いワヘネルの独壇場でした。
B: 二人はドリアの無実を証明するために対策を練るのですが、互いに嘘をつき合って駆け引きしているので、タイムリミットが目前なのに真実が見えてこない。
A: しかし次第に目的の食い違いが観客にも見えてくる。スリラー大好き人間を取り込むには、殺人、不運・偶然、復讐、大混乱は大きな武器になる。本作にはこれがてんこ盛り、右往左往させられたあげく、大騒ぎは不合理な結末を迎える。第一級のスリラーとは言えないのではないか。
B: いっぱい食わされたのを面白いとするか、それはないよ、バカにすんなとへそを曲げるか、どっちかになる。監督はヒッチコックの信奉者ということですが、二役ということで『めまい』(58)を想起した観客もいたのでは。
A: 『めまい』へのオマージュというブライアン・デ・パルマの『愛のメモリー』(76)、スペイン映画ファンならネタバレになるかもしれないが、フアン・アントニオ・バルデムの『恐怖の逢びき』(55)、クラシック映画の代表作ですね。脚本はただ複雑にすればいいというわけではなく、騙すにもある一定の論理性がないと納得しない観客が出てくる。それはともかくとしてワヘネルには何か賞を上げたい。
B: ドリアの愛人役バルバラ・レニーは相変わらず美しい。クローズアップのシーンにまだまだ耐えられる。ダブル不倫という設定で二人とも薬指に嵌めた指輪を気にしている。
A: アルゼンチン訛りを克服して、今やスペインを代表する女優に成長した。ゴヤ賞2017では、ネリー・レゲラのデビュー作「María (y los demás)」で主演女優賞にノミネートされましたが、アルモドバルの『ジュリエッタ』主役エンマ・スアレスに苦杯を喫した。
B: 『マジカル・ガール』で受賞したばかりですからもともと無理だった。3作とも酷い目にあう役ばかりでしたが、昨今の美人はいじめられ役を振られるのが流行なのかな。
A: ワヘネル同様舞台との掛け持ち派、モデルもこなし貪欲に取り組んでいる。最後になるが監督のオリオル・パウロ、期待が大きかっただけに専門家からは厳しい注文が相次いだ。背景に社会問題を取り込んではいるが尻切れトンボになっている。また俳優の演技がどんなに優れていても、ある程度専門家を納得させられないと賞レースに残れない。
B: 評論家と観客の好みが一致するのは滅多にないことですが、前者の評価が平均5つ星満点で1.5、対して後者が10点満点の7.8とかけ離れている。日本の観客には楽しんでもらえたでしょうか。

(不運な死を遂げるラウラ・ビダル、バルバラ・レニー)
★アナ・ワヘネルは、1962年カナリア諸島のラス・パルマス出身、セビーリャの演劇上級学校を出て舞台女優として出発、舞台と並行してテレビドラマに出演、映画デビューは2000年、アチェロ・マニャスのデビュー作“El Bola”と遅かった。ラテンビートが始まっていたら絶対上映された映画でした。主人公のフアン・ホセ・バジェスタが子役ながらゴヤ賞新人男優賞を受賞した話題作でした。ベニト・サンブラノの『スリーピング・ボイス~沈黙の叫び~』(11)の看守役でゴヤ賞助演女優賞を受賞、脇役に徹して出演本数も多く日本登場も意外と早い。アルベルト・ロドリゲスの『7人のバージン』とサンティアゴ・タベルネロの『色彩の中の人生』がラテンビート2006で上映され、翌年同映画祭のダニエル・サンチェス・アレバロの『漆黒のような深い青』で俳優組合助演女優賞を受賞している。他に『バードマン』でオスカーを3個もゲットしたアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥの『ビューティフル』では、バルデム扮する主人公と同じ死者と会話ができる能力の持主になった。本作『インビジブル・ゲスト 悪魔の証明』での弁護士役は迫力があり、舞台で培った演技力が活かされている。映画、舞台、テレビの三本立てで活躍している。

(「無罪を勝ち取りたいなら真実を話せ」と迫るグッドマン弁護士、アナ・ワヘネル)
*作品・監督の紹介は、コチラ⇒2017年2月17日
*ホセ・コロナド紹介記事は、コチラ⇒2014年3月20日
*バルバラ・レニー紹介記事は、コチラ⇒2015年3月27日
『クリミナル・プラン 完全なる強奪計画』*「シネ・エスパニョーラ2017」 ― 2017年03月04日 17:52
スペイン本国より一足先に日本で公開される!
★イニャキ・ドロンソロの長編第2作『クリミナル・プラン 完全なる強奪計画』のスペイン公開は4月28日と日本より1か月先になります。劇場公開は早くて半年後か1年後が常識のスペイン映画が、期間限定とはいえ本国より先とは前代未聞ではないか。2015年10月にバスク自治州ビスカヤ県の県都ビルバオでクランクインした。イバニェス通りに面したビスカヤ地方評議会都市開発省本部をスイス・クレジット銀行に早変わりさせて、マドリード警察犯罪捜査部の突入シーンで撮影を開始した。交通制限をしての撮影はマドリードでは不可能、ましてや小規模ながら交通量の多い街中で火災を起こすなどもっての外、ビルバオでも撮影時間の制限を受け大勢のヤジウマに取り巻かれての撮影だったようです。
『クリミナル・プラン 完全なる強奪計画』(原題「Plan de fuga」、英題「Escape Plan」)
製作:Atresmedia Cine / Euskal Irrati Telebista(EiTB) / Lazonafilms / Scape Plan
監督・脚本:イニャキ・ドロンソロ
撮影:セルジ・ビラノバ・クラウディン
音楽:パスカル・ゲイニュ
美術:セラフィン・ゴンサレス
プロダクション・デザイン:アントン・ラグナ
衣装デザイン:クララ・ビルバオ
メイクアップ:ナチョ・ディアス、ラケル・アルバレス(特殊メイクアップ)、
セルヒオ・ぺレス、カルメレ・ソレル(メイクアップ)
製作者:ゴンサロ・サラサル=シンプソン(エグゼクティブ)、ダビ・ナランホ
データ:スペイン、スペイン語、2017年、アクション・スリラー、105分、撮影地バスク州ビルバオとマドリードの数か所、撮影期間2015年10月12日より約8週間、配給元ワーナー・ブラザース・ピクチャー・スペイン、スペイン公開2017年4月28日、日本公開3月25日
キャスト:アライン・エルナンデス(ビクトル)、ルイス・トサール(警察犯罪捜査官リーダー)、ハビエル・グティエレス(ラピド)、アルバ・ガローチャ、フロリン・オプリテスク(ダミール)、イスラエル・エレハルデ(弁護士)、イツィアル・アティエンサ(マルタ)、エバ・マルティン(経済犯罪係官)、マリオ・デ・ラ・ロサ(消防士)、トマス・デル・エステ、ペレ・ブラソ(尋問官)、ほか
プロット:金庫破りのプロフェショナル、ビクトルの物語。ヨーロッパ旧共産圏の元軍人たちで概ね組織された犯罪グループは、仲間の一人を失って活動休止に陥っていた。銀行に押し入り金庫室を掘削機で穴を開けるには、どうしてもプロをリクルートする必要があった。こうして一匹狼のビクトルに白羽の矢が立ち、彼も合流する決心をする。しかし何者かの通報で強盗一味は一網打尽に逮捕されてしまった。事件はあっけなく終わったかに見えたが、ビクトルが請け負ったミッション、金庫室の穴開け作業は開始されることになるだろう。ビクトルの本当の狙い、警察犯罪捜査部の本当の狙いとは果たして何だったのか。ここから本当のドラマが始まる。「罠に落ちるのは誰か?」「結末はどうなるか?」何人も100パーセント安全なものはいない。

(ビルバオでの撮影初日、2015年10月12日)
★最近日本で公開される映画でルイス・トサールほど出演本数が多い俳優はいないのではないか。公開が始まったダニエル・カルパルソロの『バンクラッシュ』、キケ・マイジョの『ザ・レイジ 果てしなき怒り』(「シネ・エスパニョーラ2017」上映)、ダニ・デ・ラ・トーレの『暴走車 ランナウェイ・カー』、ダニエル・モンソンの『エル・ニーニョ』、少し古いがイシアル・ボリャインの『ザ・ウォーター・ウォー』(10)などです。1999年、同監督の『花嫁のきた村』の主役で登場以来、『テイク・マイ・アイズ』など、誠実だが不器用にしか生きられない屈折した男を好演してきた。転機が訪れたのは声帯をつぶし肉体改造をしてまで取り組んだ、ダニエル・モンソンの『プリズン211』(09)のマラ・マドレ役だったと思う。「こういうトサールを見たかった」と興奮したのを思い起こします。役者になることを反対し続けてきた父親から「やっと認めてもらえた」と彼も当時インタヴューで語っていた。しかしこの成功が役柄のマンネリ化をきたしているのではないかと個人的には危惧しています。

(指揮を執るルイス・トサール、映画から)
★主役ビクトル役のアライン・エルナンデスは、1975年バルセロナ生れ、ということでカタルーニャ語とのバイリンガル、2007年、舞台俳優として出発、同時にTVシリーズドラマ「La Riera」(15、21話)、「Mar de plástico」(15~16、14話)などで演技の実績を積んでいる。代表作はフェルナンド・ゴンサレス・モリナの「Palmeras en la nieve」(15)、これは2015年暮れに公開され翌年ブレイクして2016年興行成績がフアン・アントニオ・バヨナの新作『ア・モンスター・コールズ』(6月公開予定)についで第2位となったヒット作。主役はマリオ・カサスとアドリアナ・ウガルテ、彼は準主役を演じた。ゴヤ賞2017新人監督賞ノミネートのマルク・クレウエトの「El rey tuerto」(16)では、機動隊所属の警察官に扮した。エミリオ・マルティネス=ラサロの「Ocho apellidos catalanes」(15)にも少しだけ顔を出していた。『ホテル・ルワンダ』の英監督テリー・ジョージの「The Promise」(16)にも出演しているが目下は未公開、つまり日本初登場ということになるのでしょうか。

(金庫室の穴開けのヘルメット姿のアライン・エルナンデス、映画から)
★ラピド役のハビエル・グティエレスについてはアルベルト・ロドリゲスの『マーシュランド』やイシアル・ボリャインの『The Olive Tree』でご紹介済み、彼も『暴走車 ランナウェイ・カー』で出番は少なかったが存在感を示した。アルバ・ガローチャは、1990年サンチャゴ・デ・コンポステラ生れ、アルベルト・ロドリゲスの『スモーク・アンド・ミラー』やマリア・リポルの新作「No culpes al karma de lo que te pasa por gilipollas」(16)に出演、これはゴヤ賞2017で衣装デザイン賞にノミネートされていた作品。弁護士役のイスラエル・エレハルデは『マジカル・ガール』で既に登場、バルバラ・レニーの現恋人、演技には定評があります。かなり期待していいキャスト陣です。尚キャスト、スタッフの人名表記は公式サイトと若干異なります。当ブログではスペイン語に近い発音を採用しています。

(アラン・エルナンデスとハビエル・グティエレス、映画から)
*監督キャリア&フィルモグラフィ紹介*
★イニャキ・ドロンソロIñaki Dorronsoro は、1969年バスク自治州ビトリア生れ、監督、脚本家。スリラー「El ojos del fotógrafo」(93、50分)でデビュー、本作を長編とするか中編とするかで数え方が変わる。当ブログでは次回作「La distancia」(06)を第1回作品としています。ジャンルはスリラー、サンセバスチャン、グアダラハラ、トゥールーズ・シネエスパーニャ、カルロヴィ・ヴァリー、コペンハーゲン、各映画祭に出品、ミゲル・アンヘル・シルベストレ(トゥールーズ・シネエスパーニャ映画祭新人男優賞受賞)、ホセ・コロナド、フェデリコ・ルッピ、リュイス・オマールなどが共演している。グアダラハラ映画祭ではダニエル・アランジョが撮影賞を受賞した。10年ぶりに『クリミナル・プラン 完全なる強奪計画』を撮った。TVドラも手掛けている。


『キリング・ファミリー』アドリアン・カエタノ*「シネ・エスパニョーラ2017」 ― 2017年02月20日 15:10
『キリング・ファミリー 殺し合う一家』は犯罪小説の映画化
★3月25日から2週間限定で開催される「シネ・エスパニョーラ2017」5作品の一つ、アドリアン・カエタノの『キリング・ファミリー 殺し合う一家』のご紹介。前回アドリアン・カエタノ映画はオール未公開と書きましたが、未公開には違いないのですが、2013年の前作「Mala」が『イーヴィル・キラー』の邦題でDVD発売(2013年9月)されておりました。本作の原題「El otro hermano」が『キリング・ファミリー 殺し合う一家』と、いささかセンセーショナルな邦題になった遠因かもしれません。新作はアルゼンチンの作家カルロス・ブスケドの小説『Bajo este sol tremendo』に着想を得て映画化されたもの。

『キリング・ファミリー 殺し合う一家』(「El otro hermano」英題「The Lost Brother」)2017
製作:Rizoma Films(アルゼンチン) / Oriental Films(ウルグアイ) / MOD Producciones(西) / Gloria Films(仏) 協賛:Programa Ibermedia/ INCAA / ICAU / ICAA
監督・脚本:イスラエル・アドリアン・カエタノ
脚本(共):ノラ・Mazzitelli(マッツィテッリ?) 原作:カルロス・ブスケド
撮影:フリアン・アペステギア
音楽:イバン・Wyszogrod
編集:パブロ・バルビエリ・カレラ
製作者:ナターシャ・セルビ、エルナン・ムサルッピ
データ:アルゼンチン、ウルグアイ、スペイン、フランス合作、スペイン語、2017年、犯罪スリラー、113分、撮影地:サン・アントニオ・デ・アレコ(ブエノスアイレス)、ラパチト(アルゼンチン北部のチャコ州)など、撮影は2016年1月25日から3月11日の約7週間、これから開催される第34回マイアミ映画祭2017がワールド・プレミア、第20回マラガ映画祭2017の正式出品が決定しています。
キャスト:ダニエル・エンドレル(ハビエル・セタルティ)、レオナルド・スバラグリア(ドゥアルテ)、アンヘラ・モリーナ(マルタ・モリナ)、パブロ・セドロン(古物商)、アリアン・デベタック(ダニエル・モリナ)、アレハンドラ・フレッチェネル(エバ)、マックス・ベルリネル、ビオレタ・ビダル(銀行出納係)、エラスモ・オリベラ(死体安置所職員)他
プロット・解説:ラパチトで暮らしていた母親と弟エミリオの死を機に闇の犯罪組織に否応なく巻き込まれていくセタルティの物語。セタルティは打ちのめされた日々を送っていた。仕事もなく、何の目的も持てず、テレビを見ながらマリファナを吸って引きこもっていた。そんなある日、見知らぬ人から母親と弟が猟銃で殺害されたという情報がもたらされる。ブエノスアイレスからアルゼンチン北部の寂れた町ラパチトに、家族の遺体の埋葬と僅かだが掛けられていた生命保険金を受け取る旅に出発する。そこではドゥアルテと名乗る町の顔役が彼を待ち受けていた。元軍人で家族の殺害者モリナの友人で遺言執行人もあるという。しかしドゥアルテの裏の顔はこの複雑に入り組んだ町の闇組織を牛耳るボス、誘拐ビジネスを手掛けるモンスターであった。セタルティは次第に思いもしなかったドゥアルテのワナにはまっていく。

(ドゥアルテ役のスバラグリアとセタルティ役のエンドレル)
★まだワールド・プレミアしていないせいか、現段階ではプロットが日本語公式サイトとスペイン語版にかなりの齟齬が生じています。映画化の段階で変更したとも考えられます。監督が小説にインスピレーションを受けて映画化したと語っているので、映画化の段階で変更したとも考えられます。プロットも映画のほうが複雑になっています。原作と映画は別作品ですから人名やプロットの変更は問題なしと思います。

(ダニエル・エンドレル、映画から)
★本作クランクイン時のインタビューで「登場人物の行動を裁く意図はなく、むしろアウトサイダー的な生き方しかできない彼らに寄り添いながら旅をして支えていく、そういう彼らの紆余曲折を語りたい。そうすることが政治的な不正や反逆の方向転換になると考えるから」と語っている。存在の空虚さ、責任感のなさ、拷問についての政治的な倫理観の欠如、これらは過去の監督作品「Un oso rojo」や『イーヴィル・キラー』の通底に流れるテーマと言えます。

(フリオ・チャベスが好演した「Un oso rojo」のポスター)
★イスラエル・アドリアン・カエタノIsrael Adorián Caetanoは、1969年モンテビデオ生れのウルグアイの監督、脚本家。ウルグアイは小国でマーケットが狭く主にアルゼンチンで映画を撮っている。デビュー作「Bolivia」(01)がカンヌやロッテルダム映画祭で高評価を受け、その後「Un oso rojo」(02「A Red Bear」)、「Crónica de una fuga」(06「Chronical of an Escapa」)、「Francia」(09)、「Mala」(13、英題「Evil Woman」『イーヴィル・キラー』DVD)などの問題作を撮っている。その他、短編、長編ドキュメンタリー、シリーズTVドラなどで活躍している実力者。

(イスラエル・アドリアン・カエタノ監督)

(本作撮影中の監督とダニエル・エンドレル)
★原作者カルロス・ブスケドは、1970年チャコ州のロケ・サエンス・ペニャ生れ、現在はブエノスアイレス在住。小説執筆の他、ラジオ番組、雑誌「El Ojo con Dientes」に寄稿している。

(原作者カルロス・ブスケド)
★キャスト陣、ドゥアルテ役のレオナルド・スバラグリアは、1970年ブエノスアイレス生れ、エクトル・オリヴェラの『ナイト・オブ・ペンシルズ』(86)でデビュー、TVドラで活躍後、1998年スペインに渡り活躍の場をスペインに移す。マルセロ・ピニェイロの『炎のレクイエム』(00)、フアン・カルロス・フレスナディジョの『10億分の1の男』(01)、ビセンテ・アランダの『カルメン』(03)のホセ役、マリア・リポルの『ユートピア』(03)など、スペイン映画出演も多い。最近ヒットしたダミアン・ジフロンの『人生スイッチ』(14)の第3話「エンスト」でクレージーなセールスマンを演じてファンを喜ばせた。
*『人生スイッチ』やキャリア紹介は、コチラ⇒2015年7月29日

(レオナルド・スバラグリア、映画から)
★母親役アンヘラ・モリーナはパブロ・ベルヘルの『ブランカニエベス』の祖母役、アルモドバルの『抱擁のかけら』の母親役、細い体にもかかわらず5人の子だくさんは女優として珍しい。海外作品の出演も多く、昨2016年の国民賞(映画部門)を受賞した。仕事と家庭を両立させていることが、ペネロペ・クルスのような若手女優からも「将来なりたい女優」として尊敬されている。
*アンヘラ・モリーナの紹介記事は、コチラ⇒2016年7月28日

(最近のアンヘラ・モリーナ)
★当ブログ初登場のダニエル・エンドレルは、1976年モンテビデオ生れのウルグアイの俳優、監督、脚本家、製作者。本作のカエタノ監督同様アルゼンチンで活躍している。2000年、ダニエル・ブルマンのいわゆる「アリエル三部作」の主人公アリエル役でデビュー。第一部『救世主を待ちながら』は東京国際映画祭で特別上映され、2004年、第二部『僕と未来とブエノスアイレス』は、ベルリン映画祭の審査員賞グランプリ(銀熊)、クラリン賞(脚本)、カタルーニャのリェイダ・ラテンアメリカ映画祭では作品・監督・脚本の3賞を独占した。第三部「Derecho de familia」(06)は未公開、今作ではかつてのアリエル青年も結婚した父親役を演じた。公開作品ではパブロ・ストール&フアン・パブロ・レベージャのウルグアイ映画『ウイスキー』(04)にも脇役で出演、両監督の「25 Watts」でも主役を演じた。

(邦題『僕と未来とブエノスアイレス』と訳された「El abrazo partido」のポスター)

(父親役を演じたアリエル、「Derecho de familia」の一場面)
『インビジブル・ゲスト』オリオル・パウロ*「シネ・エスパニョーラ2017」」 ― 2017年02月17日 14:04
『ロスト・ボディ』のオリオル・パウロ第2作目、早くも劇場公開!
★3月25日から始まる「シネ・エスパニョーラ2017」の上映作品の一つ『インビジブル・ゲスト 悪魔の証明』のご紹介。先日ベルリン映画祭に出品されるアレックス・デ・ラ・イグレシアの新作をご紹介ついでに、「こちらは公開されるかもしれない」と予想した通りになりました。こちらとは本作のこと、スペイン公開が1月6日、まだDVD発売もクローズ期間中に公開されるとは思いませんでした。現在デ・ラ・イグレシア監督のお気に入りマリオ・カサスがやり手の実業家アドリアン・ドリアを演じる。彼は愛人殺害の容疑者として突然逮捕される。その愛人ラウラにバルバラ・レニー(『マジカル・ガール』)、息子の復讐に燃える父親にホセ・コロナド(『悪人に平穏なし』『スモーク・アンド・ミラー』)、重要人物の辣腕弁護士ビルジニア・グッドマンにベテランのアナ・ワヘネル(『ビューティフル』『スリーピング・ボイス~沈黙の叫び』)という申し分のないキャスト陣で展開されます。

『インビジブル・ゲスト 悪魔の証明』(“Contratiempo” 英題 ”The Invisible Guest”)2016
製作:Atresmedia Cine / Think Studio / Nostromo Pictures / TV3 Films / ICAA / Movister / ほか
監督・脚本:オリオル・パウロ
撮影:ハビ・ヒメネス(『アレクサンドリア』”Palmeras en la nieves”)
音楽:フェルナンド・ベラスケス(『インポッシブル』“Gernika”)
編集:ジャウマ・マルティ(『インポッシブル』”Un monstruo viene a verme”)
美術:エバ・トーレス
衣装デザイン:ミゲル・セルベラ
メイクアップ&ヘアー:ルベン・マルモル
製作者:ソフィア・ファブレガス(エグゼクティブ)、メルセデス・ガメロ、サンドラ・エルミダ、アドリアン・ゲーラ、他多数
データ:製作国スペイン、スペイン語、2016、106分、スリラー、製作費約400万ユーロ、撮影地バルセロナ自治州テラサTerrassa、ピレネー山地のVall de Núria、期間2015年12月ほか、配給元ワーナー・ブラザース・ピクチャー・スペイン。米国ファンタスティック・フェスト(2016年9月23日)、ポートランド映画祭2017年2月、ベルグラード映画祭2017年3月、スペイン公開2017年1月6日、日本公開同3月25日、他
キャスト:マリオ・カサス(実業家アドリアン・ドリア)、アナ・ワヘネル(弁護士ビルジニア・グッドマン/エルビラ)、バルバラ・レニー(ドリアの愛人ラウラ・ビダル、写真家)、ホセ・コロナド(ダニエルの父トマス・ガリード)、フランセスク・オレリャ(ドリアの顧問弁護士フェリックス・レイバ)、パコ・トウス(運転手)、ダビ・セルバス(ブルーノ)、イニィゴ・ガステシ(ダニエル・ガリード)、マネル・ドゥエソ(ミラン刑事)他
物語:突然災難に見舞われるハイテク企業の経営者アドリアン・ドリアの物語。アドリアンは山岳ホテルの部屋に踏み込まれた警察によって目覚める。傍らには愛人ラウラの死体があり、ラウラ殺害容疑者として逮捕される。彼は辣腕弁護士ビルジニア・グッドマンを雇い入れることを決心する。二人は無実を証明するべく事件解明に着手するが、彼は昨晩のことをよく思い出せない。どうしても刑務所への収監を逃れたいアドリアンは、愛人ラウラとの関係、自動車衝突事故によるダニエル・ガリードの死に二人が苦しんでいたことを語った。そこで弁護士は新証人を登場させて混乱させる戦略に出る。ほとんど完成が不可能と思われるジグソーパズルの真実と嘘を嵌めこむことになるだろう。


(アドリアン・ドリア役のマリオ・カサス)

(ラウラ・ビダル役のバルバラ・レニー)

(グッドマン弁護士役のアナ・ワヘネル)

(ダニエル・ガリードの父親役のホセ・コロナド)

(マリオ・カサスとバルバラ・レニー)
★オリオル・パウロOriol Pauloは、1975年バルセロナ生れ、監督、脚本家。1998年「McGuffin」で短編デビュー、カタルーニャTVのドラマ・シリーズ「El cor de la ciutat」(カタルーニャ語2004~09、70エピソード)を執筆して脚本家として経験を積む。2010年ギリェム・モラレスの『ロスト・アイズ』の脚本を監督と共同執筆、2012年『ロスト・ボディ』で長編デビュー、ゴヤ賞2013の新人監督賞にノミネートされた。本作が第2作となる。

(ホセ・コロナドに演技指導をするオリオル・パウロ監督)
★原タイトルの「Contratiempo」の意味は、不慮の出来事、災難のこと、邦題は英語題のカタカナ起こしです(多分字幕は英語訳と思います)。いずれにせよ、フアン・アントニオ・バヨナやアメナバル作品を手掛けているスタッフ陣、スペインでもベテラン中堅若手と実力派で固めたキャスト陣、特に脇役の弁護士フェリックス・レイバ役のフランセスク・オレリャ(『ロスト・アイズ』)、ミラン刑事役のマネル・ドゥエソ(『EVAエヴァ』『ロスト・ボディ』)はバルセロナ派のベテランです。デ・ラ・イグレシアの『クローズド・バル~』やキケ・マイジョの『ザ・レイジ~』主演のマリオ・カサス以下は当ブログでも度々登場させています。映画祭上映、公開作品も多いので既にスペイン映画ファンにはお馴染みの面々かと思います。
*公式サイトと固有名詞の表記が若干異なりますが、当ブログではスペイン語読みに近い表記でアップしております。
アレックス・デ・ラ・イグレシアの新作”El bar”*ベルリン映画祭2017 ― 2017年01月22日 17:17
オフィシャル・セクションのコンペ外ですが・・・

★『グラン・ノーチェ!最高の大晦日』以来、アレックス・デ・ラ・イグレシアの話題が途絶えていると思っていたら、三大映画祭の先陣を切って開催されるベルリン映画祭2017に“El bar”が招待作品として上映されるようです。オフィシャル・セクションですがコンペティション外です。このセクションには他に、ダニー・ボイルの『トレインスポッティング』の続編“T2 Trainspotting”やジェームズ・マンゴールドの“Logan”(「ローガン」)なども招待作品になっております。前者は第1作と同じユアン・マクレガーを含むメンバー4人、後者はヒュー・ジャックマンが主人公です。ベルリン映画祭の開催は2月9日から19日まで。

★第14作目となる“El bar”はどんな映画かと言えば、コメディタッチのスリラー合唱劇のようです。マドリード中心街のバルにどこか曰くありげな人々が思い思いに朝食を摂りにやってくる。なかの一人が急いで出入り口から通りに出た途端、頭に銃弾を一発お見舞いされる。誰も彼を助けることができない、皆んなバルに捕らえられてしまっていたからだ。脚本は監督とホルヘ・ゲリカエチェバリア、製作者は今回出演しなかった監督夫人でもある女優のカロリーヌ・バンクとキコ・マルティネス、出演者はマリオ・カサス、ブランカ・スアレス、セクン・デ・ラ・ロサ、ハイメ・オルドーニェス、カルメン・マチ、テレレ・パベスなど、もう日本でもお馴染みになっているデ・ラ・イグレシア映画の常連さんが名を連ねております。スペイン公開3月24日が決定しています。今秋開催の「ラテンビート」を期待しましょう。

(マリオ・カサスとブランカ・スアレス)
★下記の写真は、オリオル・パウロの新作サスペンス“Contratiempo”封切り日に応援に駆けつけたアレックス・デ・ラ・イグレシア。オリオル・パウロ監督は、『ロスト・ボディ』(12)の監督、本作には“El bar”の主人公マリオ・カサスも出演している他、アナ・ワヘネル(『ビューティフル』)、ホセ・コロナド(『悪人に平穏なし』)、バルバラ・レニー(『マジカル・ガール』)などが共演している。こちらは公開されるかもしれない。

(“Contratiempo”のポスターを背にしたデ・ラ・イグレシア監督、1月6日)

(マリオ・カサスとアナ・ワヘネル、“Contratiempo”のポスター)
フロリアン・ガレンベルガーの『コロニア』*9月17日公開 ― 2016年08月06日 12:54
エマ・ワトソン、体当たりで拷問シーンに耐える政治スリラー

(エマの鋭い眼差しが印象的なポスター)
★6月上旬に公開がアナウンスされていたフロリアン・ガレンベルガーの“Colonia”の公開が近づいてきました。邦題は原題のカタカナ起こし『コロニア』、英題の「コロニア・ディグニダ」が採用されると踏んでいましたが、とにかく長たらしい修飾語が付かずにヤレヤレです。昨年のトロント映画祭2015でワールド・プレミアされたドイツ・ルクセンブルグ・フランス合作映画。舞台背景はチリのピノチェト軍事独裁時代の宗教を隠れ蓑にした拷問施設「コロニア・ディグニダ」、この施設はピノチェトの秘密警察とナチスが巧妙に手を組んだ恐怖の拷問センターでした。実話が素材ですが、やはりフィクションでしょうか。

(左から、共演者のダニエル・ブリュール、エマ、監督)
★本作については、時代背景、キャスト、ストーリーなどを既に記事にしております。アジェンデ政権の瓦解を狙ったピノチェト軍事クーデタと、かつてのヒトラーユーゲント団員、ドイツ空軍の衛生兵だったパウル・シェーファーの結びつきについても紹介しております。現地チリで撮影されましたがチリは製作に参加しておりません。チリもドイツもそれぞれ自国の「歴史的負の遺産」を闇に閉じ込めたままにしています。言語は英語とスペイン語。

(シェーファー役のミカエル・ニクヴィストとヒロインのエマ・ワトソン)
*『コロニア』の紹介記事は、コチラ⇒2016年3月7日
*劇場公開:9月17日封切り
東京・ヒューマントラストシネマ渋谷、角川シネマ新宿、ほか全国展開
「ある視点」にはアルゼンチンの新人二人*カンヌ映画祭2016 ② ― 2016年05月11日 12:56
開けてビックリ玉手箱、ブエノスアイレスからカンヌへ一直線
★アンドレア・テスタ&フランシスコ・マルケスの新人二人の“La larga noche de Francisco Sanctis”がノミネーション、この朗報が飛び込んできたのはブエノスアイレス国際インディペンデント映画祭(BAFICI)開催中でした。チケットは完売、カンヌの威力を見せつけました。カンヌがワールド・プレミアなんて信じられない二人です。兄妹のようによく似ていますが夫婦です。1984年に出版された故ウンベルト・カチョ・コスタンティーニ(1924~87)の同名小説の映画化、そういうわけでBAFICIには作家の夫人が馳せつけました。「ある視点」にノミネーションされたことでニュースが入り始めていますが、ここではアウトラインだけにしておきます。

“La larga noche de Francisco Sanctis”(“The Long Night of Francisco Sanctis”)
製作:Pensar con las Manos
監督・脚本・製作者:アンドレア・テスタ&フランシスコ・マルケス
原作:ウンベルト・カチョ・コスタンティーニ
撮影:フェデリコ・ラストラ
編集:ロレナ・モリコーニ
製作者:ルシアナ・ピアンタディナ
データ:アルゼンチン、スペイン語、2016年、78分、軍事独裁時代の政治スリラー
映画祭受賞歴:ブエノスアイレス国際インディペンデント映画祭(BAFICI)2016正式出品、最優秀作品賞・最優秀男優賞・SIGNIS賞・FEISAL賞を受賞する。カンヌ映画祭2016「ある視点」部門正式出品、カメラドール対象作品でもあります。カンヌ上映は5月20日
キャスト:ディエゴ・ベラスケス(フランシスコ・サンクティス)、ラウラ・パレデス、バレリア・ロイス、マルセロ・スビオット、ラファエル・フェデルマン、ロミナ・ピント
解説:時代はビデラ軍事独裁政権2年目の1977年、中流階級のフランシスコ・サンクティスは現政権の行政官として政治には無関心な生活を送っていた。ある日、高校時代の昔のクラスメートから1本の電話がかかってくる。今夜二人の若い活動家が逮捕され、たちどころにデサパレシードスになる。彼らを救えるかどうかはあなたの手の内にある。サンクティスは不安と恐怖に襲われる。命令を無視することもできたが、彼のなかに若かりし頃の鼓動が響いてくる。妻と子供と一緒に政治には一切関わらずに過ごしていたフランシスコの内面の葛藤が語られる。

(妻と子供たちと食事をするサンクティス、映画から)
*トレビア*
*今までの軍事独裁時代(1976~83)の映画と切り口が違うのは、活動家やデサパレシードス(desaparecidos行方不明者)、またはその家族が主人公ではなく、受け身の小市民的日常を送っていた政治的無関心派の男が、否応なく政治に巻き込まれてしまう点です。テーマは主人公の倫理的ジレンマでしょうか。原作者ウンベルト(・カチョ)・コスタンティーニは詩人、戯曲家でもあり、社会的闘士だったから、独裁者のcivico-militarと言われる市民の軍隊が組織されてからは亡命を余儀なくされた。帰国できたのは、名ばかりとはいえ民主化後のこと、1984年に本作を発表した。当然小説には作家が投影されているのでしょう。こういう「恐怖の文化」が支配する時代には、亡命が叶わなければ、沈黙して伏し目がちに目立たずに暮らすことが賢い人の生き方、そうでないと生き残れない。
*100%アルゼンチン資本で製作された作品。昨今はスペイン、フランス、ドイツなどヨーロッパ諸国とのコラボが多いなか珍しいことです。新人にかぎらずカンヌにノミネーションされた作品の殆どが合作、3カ国、4カ国も珍しくない。ほぼ同時代を描いたダニエル・ブスタマンテのデビュー作『瞳は静かに』も製作国はアルゼンチンだけでしたが珍しいケースです。彼は1966年生れ、クーデタのときは10歳ぐらいだったから少しは記憶を辿ることはできた。そのかすかな記憶が彼に映画製作を促した。しかし本作の二人の監督は、フランシスコ・マルケスが1981年、アンドレア・テスタにいたっては1987年、当時を殆ど知らない世代といっていい。彼らのような「汚い戦争」を知らない世代が映画を作り始めたということです。
*『瞳は静かに』とその関連記事は、コチラ⇒2015年7月11日

★監督紹介:フランシスコ・マルケス、1981年ブエノスアイレス生れ、アンドレア・テスタ、1987年ブエノスアイレス生れ、共に監督、脚本家、製作者。アルゼンチン国立映画学校(ENERC、Escuela Nacional de Experimentación y Realización Cinematográfica)の同窓生。以下のフィルモグラフィーから二人で協力しあって製作していることが分かる。
◎フランシスコ・マルケスのフィルモグラフィー
2011“Imagenes para antes de la Guerra”(短編15分)テスタがアシスタント監督
2014“Sucursal 39”(短編13分コメディ)テスタがアシスタント監督
2015“Despues de Sarmiento”(ドキュメンタリー76分)
2016“La larga noche de Francisco Sanctis”本作
◎アンドレア・テスタのフィルモグラフィー
2007“El Rio”(短編7分)
2009“Sea una familia feliz”(短編8分)マルケスがアシスタント監督
2010“Uno Dos Tres”(短編10分)マルケスがアシスタント監督
2015“Pibe Chorro”(ドキュメンタリー90分)マルケスがアシスタント監督
2016“La larga noche de Francisco Sanctis”本作
★二人とも原作者コスタンティーニの愛読者だった由。パルケ・センテナリオ(ブエノスアイレス)で開催された書籍見本市の人から「これは読んで後悔しない小説です」と薦められた本でした。「言うとおりでした。二人ともすごいスピードで読破、映画にしようと即座に思った。つまり小説との出会いは偶然だったのです」と口を揃えた。二人ともいわゆる「物言わね大衆」と称された中流家庭の出身、屋根のある家に住み食べるものもある家庭の「見ざる聞かざる言わざる」で育った世代が物を言い始めたということでしょうか。具体化できたのは「撮影監督のフェデリコ・ラストラとプロデューサーのルシアナ・ピアンタディナが支援してくれたお陰です」と感謝の言葉を述べていました。フェデリコ・ラストラは彼らの短編を手掛けています。

(今年2月に誕生した娘ソフィアを抱いて、二重の喜びにひたる両監督)
★キャスト紹介:主人公フランシスコ・サンクティス役のディエゴ・ベラスケスは、マルティン・カランサ共の“Amorosa Soledad”(08)で映画デビュー、マリアノ・ガルペリン共の“100 tragedias”(08)出演後はシリーズTVドラで活躍、日本登場はルシア・プエンソの『フィッシュチャイルド』(“El niño pez”、ラテンビート2009)の〈エル・バスコ〉役が最初だと思います。他にダミアン・ジフロンの『人生スイッチ』(第5話「愚息」)に検察官役で顔を覗かせた。夜のシーンがおおいので自然照明だけのグレーがかった色調から浮き上がる複雑な表情、その内面の動きを表現した演技が認められ、BAFICIの最優秀男優賞を受賞した。
(サンクティス役のディエゴ・ベラスケス、映画から)
アメリカン・ドリームの挫折を描いた”Callback”*マラガ映画祭2016 ⑨ ― 2016年05月03日 15:48
監督と俳優が合作したスリラーが「金のジャスミン賞」
★オリジナル版の言語が英語という映画が作品賞を受賞した。スペイン語のできる英語話者が主人公の映画は珍しくなくなったが、カルレス・トラスの“Callback”は初めてのケースではないかと思う。10年ほど遡ってみたが該当する作品はなかった。ゴヤ賞を含め数々の賞に輝いたイサベル・コイシェの『あなたになら言える秘密のこと』(05)が同じケースだが、これはマラガでは上映されなかった。マラガは国際映画祭ではなく、スペイン語映画に特化している映画祭なのだが、製作国がスペインならOKという時代になったのでしょう。
★今回の金賞は大方の見方とは異なった結果になったようです。エル・パイスのレポートによると、話題の中心はイサキ・ラクエスタ&イサ・カンポの“La propera pell”とセバスティアン・ボレンステインの“Kóblic”の2作品に絞られていたそうです。開幕から観客の大きな輪ができていたのもこの2作品だった。つまり観客の受けはイマイチだったということかな。しかし審査員は結果的に“Callback”を選んだわけです。さて来年は第20回となる節目の年、大きなイベントが計画されているようです。

(マルティン・バシガルポをあしらったポスター)
“Callback”2016
製作:Zabriskie Films / Glass Eye Pix
監督・脚本・製作者:カルレス・トラス
脚本(共同):マルティン・バシガルポ
撮影:フアン・セバスティアン・バスケス
編集:エマーヌエル・ティツィアーニ
製作者(共同):マルティン・バシガルポ、ラリー・フェッセンデン、ティモシー・ギブス、他
データ:スペイン=米国、オリジナル言語英語、2016年、スリラー、80分、マラガ映画祭2016上映4月27日他、バルセロナ映画祭4月28日
キャスト:マルティン・バシガルポ(ラリー・デ・チェッコ)、リリー・スタイン(アレクサンドラ)、ラリー・フェッセンデン(ラリーの雇い主ジョー)、ティモシー・ギブス(福音派の牧師)
解説:ラリーは熱烈な福音主義のプロテスタント、引越し業者のもとで働いている。彼にはプロフェッショナルな大スターになるという夢があるがチャンスはなかなか巡ってこない。雇い主のジョーとは折り合いが悪く、孤独な一人暮らしを続けている。ある日、アレクサンドラという女性が彼の人生に入ってきたことでラリーの運命に転機が訪れる。運が向き始めたようにみえたが、ことごとく悪い方へ転がり始めてしまう。アメリカン・ドリームを抱いて一か八かやってくるが、ニューヨークのような大都会では多くの移民がフラストレーションと厳しい孤独に苦しむことになる。夢を果たせずに挫折する移民たちの物語。

(最優秀男優賞を受賞したマルティン・バシガルポ、映画“Callback”から)
★監督紹介:カルレス・トラスは、1974年バルセロナ生れ、監督、脚本家、製作者。カタルーニャ映画スタジオ・センター(CECC)で学ぶ。ベルリン映画祭の「Berlinale Talent Campus」の参加資格を得て、リドリー・スコット、スティーヴン・フリアーズ、ウォルター・サレス、クレール・ドニ、撮影監督クリストファー・ドイルなどのセミナーに出席した。長編映画は以下の通り:
2004“Joves”ラモン・テルメンスとの共同監督、バルセロナ映画賞新人監督賞受賞、他
2009“Trash”ガウディ賞監督賞ノミネーション、他
2011“Open 24H”監督・製作者、ガウディ賞監督賞ノミネーション、他
2016“Callback”

(マラガ映画祭でのカルレス・トラス監督)
★キャスト紹介:マルティン・バシガルポはチリ生れ、1975年からニューヨーク在住の俳優、脚本家、製作者。ロンドン、ベラルーシ共倭国の首都ミンスクの芸術アカデミー、ニューヨークの名門演劇学校ステラ・アドラー・スタジオなどで演劇を学ぶ。舞台デビューは2003年の『ハムレット』、2008年『セールスマンの死』、ほか昨年2015は『三人姉妹』など。アメリカン・ルネッサンス・シアター・カンパニーのメンバー。
★映画、TVは、マーリー・エルナンデスの短編“La Reclusa”(2013,USA、スペイン語、12分)でデビュー、アメリカのTVドラ“The Hunt with John Walsh”(2014,第4章Victim の1話)に出演、本作が本格的な長編映画デビューとなる。初長編で最優秀男優賞受賞が決して棚ボタでないことは経歴が証明している。脚本には彼の体験が色濃く反映されている。

(最優秀男優賞のトロフィーを掲げて、マルティン・バシガルポ)
★リリー・スタインは本作アレクサンドラ役がデビュー作、ラリー・フェッセンデンは1963年ニューヨーク生れ、ホラー映画でお目にかかっている。風貌がホラー映画『シャイニング』に出てくる太めのジャック・ニコルソンに似ている(笑)。ティモシー・ギブスは、1967年カリフォルニアのカラバサス生れ、劇場公開作品はないようだが、ダーレン・リン・バウズマンのサスペンス・ホラー『11:11:11』(米西、2011年11月11日にアメリカで公開、DVD)で主役を演じた。ほかにハイメ・ファレロのホラー・アクション『バンカー/地底要塞』(西、2015、DVD)にも出演している。

(リリー・スタイン、映画から)

(ラリー・フェッセンデン右側、映画から)

(マラガ映画祭でのティモシー・ギブス)
リカルド・ダリンが主役のスリラー"Koblic"*マラガ映画祭2016 ⑦ ― 2016年04月30日 18:06
アルゼンチンを代表する俳優リカルド・ダリンはカメレオン
★バルセロナ派監督の力作が目立つ今年のマラガ映画祭ですが、アルゼンチンのセバスティアン・ボレンステインの“Kóblic”はスペインとの合作です。彼の長編第3作目“Un cuento chino”はコメディドラマでしたが新作はスリラーです。ゴヤ賞2012イベロアメリカ部門の作品賞を受賞した前作は、英語字幕でしたがセルバンテス文化センターの「土曜映画上映会」で上映され(2013年7月)泣き笑いさせられた。これは脚本が秀逸でよく練られており、主役を演じたカメレオン俳優リカルド・ダリンの魅力をあますところなく引き出した。上映後のトークで「ダリンのために作られた映画だ」と感想を述べたほどだった。正当な理由から偏屈で気難しく人間嫌いになってしまったが、心はまっすぐなまま他人の不幸を見過ごせない。こういうバルザック風の人間悲喜劇をやらせたらダリンの右に出る者がない。『人生スイッチ』をご覧になった方なら納得でしょう。結果発表が間もなくですが、監督も役者も大好きが理由でご紹介します。

(ダリン、マルティネス、クエスタを配したポスター)
“Kóblic”2015
製作:Atresmedia Cine / Gloriamundi Produccones / Pampa Films / Telefe / Endemol /
Direct TV
監督・脚本・製作者:セバスティアン・ボレンステイン
脚本(共同):アレハンドロ・オコン
撮影:ロドリゴ・プルペイロ
音楽:フェデリコ・フシド
編集:パブロ・ブランコ、アレハンドロ・カリーリョ・ペノビ
録音:フアン・フェーロ
美術:ダリオ・フェアル
プロダクション・マネージメント:パブロ・モルガビ、イネス・ベラ
製作者:バルバラ・ファクトロビッチ(エグゼクティブ)、パブロ・ボッシ、フアン・パブロ・ブスカリアル、他多数
データ:アルゼンチン=スペイン合作、スペイン語、2015年、スリラー、公開アルゼンチン2016年4月14日、マラガ映画祭2016では4月29日上映
キャスト:リカルド・ダリン(海軍大佐トマス・コブリク)、オスカル・マルティネス(警察署長バラルデ)、インマ・クエスタ(ナンシー)、他
解説:人生の岐路に立たされた海軍大佐トマス・コブリクの物語。時はアルゼンチン軍事独裁政権の1977年、コブリクは身の毛もよだつような〈死の飛行〉のミッションを命じられる。人生の岐路に立たされたコブリクは、輝かしい軍人としてのキャリアを捨て良心的不服従の道を選択する。パンパの片田舎コロニア・エレナで危険だが新しい人生を始めようと一か八かの逃亡を決心する。一方、盗難品を売り捌く犯罪集団のリーダー、軍事独裁者のドンとも暗い繋がりをもつ警察署長バラルデは、獲物を狙って執拗な追跡劇を開始する。

(リカルド・ダリン、映画から)
テーマは「汚い戦争」と良心的不服従か?
★アルゼンチン軍事独裁政権は、1976年3月の軍事クーデタ勃発からマルビナス(フォークランド)戦争の敗北を経て瓦解する1983年まで続いた。一人の独裁者ピノチェトが牛耳った隣国チリとは違って、アルゼンチンの軍事独裁政権は4人の軍人が大統領になった。なかでもっとも凄惨を極めたのがクーデタの首謀者、陸軍総司令官だったビデラ政権の第1期(1976~81)、3万人ともいわれるデサパレシードdesaparecido行方不明者の多くが第1期の犠牲者だった。つまり映画の時代背景となる1977年は反体制派の弾圧が厳しく、「沈黙は金」という無関心を国民に強制した戦慄の時代だった。

★〈死の飛行〉というのは、このデサパレシードと言われる収監者を飛行機で運んでラプラタ川に生きたまま突き落とす任務のことで、普通の人間の神経では耐えられない。このミッションを果たした操縦士が、後に良心の呵責に耐えかねマスコミに実名で告白すると、たちまち嘘つきデマカセの脅迫をうけて精神障害を発症してしまった記事を読んだことがある。チリのパトリシオ・グスマンのドキュメンタリー『真珠のボタン』では、遺体に列車のレールを縛りつけ太平洋に投げ捨てた事例を再現ドラマとして挿入していたが、アルゼンチンでは数が多すぎてそんなテマヒマはかけなかった。

(打合せをしているボレンステイン監督とダリン)
★ボレンステイン監督のように1960年代生れの世代は、軍事独裁政権時代の教育を受け、すっぽり青春時代と重なっている。それは1982年3月から始まった大国イギリスとのマルビナス戦争では、未経験のまま徴兵され酷寒の島で犬死にさせられた世代という意味でもあるのです。まさか英国病から抜け出せない鉄の女が原子力潜水艦まで動員して乗り込んでくるとは思わなかったのだ。前作の“Un cuento chino”でダリンが演じた人間嫌いの金物屋の主人も同世代、マルビナス戦争の傷を抱えている。『火に照らされて』(05、ラテンビート2006上映)を撮ったトリスタン・バウエルも同世代、彼らは国家の過ちを容易に許さない。自分たちの人生がゆっくりと死に向かっている体験をした世代だからです。
*監督キャリア&フィルモグラフィー*
★セバスティアン・ボレンステイン、1963年ブエノスアイレス生れ、監督、脚本家、製作者、俳優。父は喜劇役者タト・ボレス。エル・サルバドル大学でコミュニケーション科学及びアウグスト・フェルナンデス学校で俳優演出を専攻。卒業後、広告代理店のクリエーターとして第一歩を踏み出した。のちコメディショー“Tato Bores”の脚本家に転身、1990年からTVシリーズの監督、1997年TVミニシリーズ“El garante”(ホラー)がマルティン・フィエロ賞(監督賞)などを含む国内外の賞を多数受賞している。つづくTVシリーズのスリラー“Tiempofinal”(68話2000~02)はアルゼンチン他50カ国で放映され、2001年にはマルティン・フィエロ監督賞を受賞した他、エミー賞のノミネーションも受けた。長編映画デビューは以下の通り。コメディとスリラーを交替で撮っている。
2005“La suerte está echada” コメディ、トリエステ映画祭
ラテンアメリカ・シネマ審査員賞受賞
2010“Sin memoria”スリラー、メキシコ映画
2011“Un cuento chino”コメディ、ローマ映画祭2011作品賞・観客賞、ゴヤ賞2012イベロアメリカ映画賞、スール作品賞、ハバナ映画祭2011作品賞、マンハイム=ハイデルベルク映画祭2011審査員スペシャル・メンション・エキュメニカル賞、R.W.ファスビンダー特別賞他、多数受賞
2015“Kóblic”スリラー

(警察署長役のオスカル・マルティネス)
★キャスト紹介:リカルド・ダリンはもう割愛、警察署長のオスカル・マルティネスは、ダミアン・ジフロンの『人生スイッチ』の第5話「愚息」で登場、おバカ息子の父親マウリシオになった俳優、スペインから参加のインマ・クエスタは、パウラ・オルティスの“La novia”の主役を演じゴヤ賞2016主演女優賞にノミネートされた女優、他にダニエル・サンチェス・アレバロの『マルティナの住む街』(11)、ベニト・サンブラノの『スリーピング・ボイス』(11)、パブロ・ベルヘルの『ブランカニエベス』(12)、アルモドバルの新作“Julieta”にも出演と大物監督に起用されています。
*『人生スイッチ』とオスカル・マルティネスに関する記事は、コチラ⇒2015年07月29日
*“La novia”とインマ・クエスタに関する記事は、コチラ⇒2016年01月05日
*『スリーピング・ボイス』の記事は、コチラ⇒2015年05月09日

(インマ・クエスタとリカルド・ダリン、映画から)
★アルゼンチンでは公開されているので観客のコメントがアップされ始めています。まあ観客も十人十色ですが、概ね好意的なコメントが寄せられています。インマ・クエスタのアルゼンチン弁に難癖をつけていますが、アルゼンチン訛りは短期間では真似できない。相変わらずダリンは好評で人気のほどが分かります。マルティネスは嫌われ役で辛いところ、それでも流石に悪口を言う人がいないのは泣かせます。
マラガ映画祭2016*オープニングはキケ・マイジョのスリラー ① ― 2016年04月14日 18:33
オープニングはコンペティション外からキケ・マイジョの“Toro”に決定

(第19回マラガ映画祭2016ポスター)
★第19回マラガ映画祭は例年より若干後ろにずれて4月22日から、クロージングは5月1日と月を挟んでしまいました。オープニングは公平を期してかコンペティション外からキケ・マイジョの“Toro”に決定、正式出品は14作品、コルド・セラの“Gernika”と新人ポル・ロドリゲスの“Quatretondeta”が、下馬評では先頭を走っています。

(マリオ・カサス“toro”のポスター)
★第1弾は、長編デビュー作『エヴァ』(“Eva”)でゴヤ賞2012新人監督賞やガウディ賞など複数受賞したキケ・マイジョの“Toro”からご紹介。ラテンビート2012上映『エヴァ』で日本でも認知度のあるキケ・マイジョ、前作は近未来2041年が舞台のSFでしたが、近作は現代のアンダルシアを舞台に2人の兄弟が織りなすスリラー・アクション、『エヴァ』とは大分様相が異なります。暗い過去を断ち切って5年ぶりに出所してきたトロにマリオ・カサス、ワルの兄ロペスにルイス・トサール、彼には小さな娘ディアナがいる。この3人によろ48時間のアンダルシアへの逃亡劇、ハリウッド並みのカーアクションで盛大に車が吹っ飛びます。スペイン映画ファンには両人ともお馴染みでしょう。

(なんとも冴えない髪型の兄役トサールと泥沼に落ちるカサス、映画から)
“Toro”2015
製作:Apaches Entertainment / Atresmedia Cine / Zircozine / Escandalo Films /
Maestranza Films
監督:キケ・マイジョ
脚本:ラファエル・コボス、フェルナンド・ナバロ
撮影:アルナウ・バルス・コロメル
編集:エレナ・ルイス
美術:ぺぺ・ドミンゲス・デル・オルモ
データ:スペイン、スペイン語、2015年、スリラー、マラガ映画祭2016オープニング上映4月22日、撮影地アルメリア、マラガ、トレモリノス他、米国公開予定
キャスト:マリオ・カサス(トロ)、ルイス・トサール(兄ロペス)、ホセ・サクリスタン(ロマノ)、クラウディア・カナル(ロペス娘ディアナ)、ホセ・マヌエル・ポガ、イングリッド・ガルシア=ヨンソン(エストレーリャ)、ホヴィク・ケウチケリアン、他
解説:トロは彼の人生を閉じ込めた長い5年間の刑期を終えて出所してきた。反逆したい気持ちを抑えて暗い過去を断ち切り、社会復帰を目指して新たな一歩を踏み出した。しかし彼を待っていたのは、小さな娘ディアナを連れて追われている古買人の兄ロペスだった。複雑な家族関係にある兄弟は、それぞれの命を救うために古疵を癒やすことなく和解せざるをえなかった。こうして三人の目まぐるしい48時間のアンダルシアへの逃避行が始まった。暗い過去から逃げようとしても逃げられないとき、人間はどうすればいいのだろうか?
★故買人は盗品の事実を知っていて売買する人、ロペスは危険な古買人だった。かつてトロが引き起こした悲惨な事件にはロペスが関係しているようです。ルイス・トサールは『プリズン211』で声を潰して以来、元に戻らないのか、すっかりワルが似合う役者の仲間入りをしたようです。マリオ・カサスは、『グラン・ノーチェ!最高の大晦日』、『スガラムルディの魔女』など、今はアレックス・デ・ラ・イグレシアのお気に入りとなっています。
★ホセ・サクリスタンは、カルロス・ベルムトの『マジカル・ガール』のホントウの主人公であったスペイン映画の重鎮、この春やっと公開されてお目見えした。イングリッド・ガルシア=ヨンソンは、ハイメ・ロサーレスがカンヌ映画祭2014でプレミアした“Hermosa Juventud”でデビューしたスウェーデン出身の才媛という言葉がぴったりする演技派女優(マドリード在住)、キャスト陣は不足なしでしょうか。ホセ・マヌエル・ポガはアルベルト・ロドリゲスの“Grupo 7”やハイメ・ロサーレスの“Miel de naranja”に出演している。

(本作撮影中のキケ・マイジョ監督)
★スタッフ陣のうち脚本のラファエル・コボスは、アルベルト・ロドリゲスの『マーシュランド』や“Grupo 7”を手がけて、ロドリゲス監督の信頼が厚い。美術担当のぺぺ・ドミンゲス・デル・オルモも『マーシュランド』組。脚本の共同執筆者フェルナンド・ナバロと撮影監督のアルナウ・バルス・コロメルはハビエル・ルイス・カルデラの『SPY TIME スパイ・タイム』を共に担当している。こうして纏めてみると、大体の輪郭が見えてきます。早ければ秋ごろ短期間かも知れませんが公開が期待できそうです。
*特別賞の行方*
★本映画祭にはコンペティション以外に特別賞として本映画祭に貢献したシネアストに贈られるマラガ賞、リカルド・フランコ賞、エロイ・デ・ラ・イグレシア賞、レトロスペクティブ賞、「金の映画」、ビスナガ・プラタ‘シウダ・デル・パライソ’があります。コンペの前段として受賞者の名前を簡単にお知らせいたします。判断材料として()内に昨年の受賞者を入れました。
◎マラガ賞(俳優アントニオ・デ・ラ・トーレ)
パス・ベガ(女優)
フリオ・メデムの『ルシアとSEX』(2001)でゴヤ賞新人賞他を受賞、2003年ビセンテ・アランダの『カルメン』、1999年米国のTVドラマ出演を期に軸足を海外に広げていった。2002年ベネズエラ人のオルソン・サラサールと結婚、ニ男一女の母。スペイン映画のスクリーンからは遠ざかっていますが、米国、フランス、イタリア、メキシコの映画に出ずっぱり、目下のところ海外活躍組です。

◎リカルド・フランコ賞(キコ・デ・ラ・リカ)
テレサ・フォント(映画編集者)
編集者は裏方なのでテレサ・フォントが受賞するのは嬉しい。今年「金の映画」を受賞する『アマンテス / 愛人』のビセンテ・アランダ監督の作品を数多く手がけた編集者。リカルド・フランコの“Berlin Blues”(88)、ビガス・ルナの『ハモンハモン』、3人とも既に鬼籍入り、20年前のアレックス・デ・ラ・イグレシアのホラー『ビースト 獣の日』も編集した。

◎エロイ・デ・ラ・イグレシア賞(監督・脚本家・俳優パコ・レオン)
サンティアゴ‘サンティ’アモデオ・オヘダ(監督・脚本家・ミュージシャン)
1969年セビーリャ生れ、ギタリスト、作曲家など多彩な顔をもつ。脚本家として出発、同郷のアルベルト・ロドリゲスとのコラボの後、長編映画“Astronautas”(03)でデビュー、ゴヤ賞新人監督賞にノミネートされた。続く2006年“Cabeza de Perros”は上海映画祭2007に出品、国際的にも評価される。2013年“Quién mató a Bambi”ほか。昨年のコンペティション部門審査員を務めた。

◎レトロスペクティブ賞(監督イサベル・コイシェ)
グラシア・ケレヘタ(監督)
今年も女性監督が受賞、当ブログではゴヤ賞2015作品賞ノミネーション、スペイン映画アカデミー副会長就任の記事など含めて度々ご紹介しています。

◎「金の映画」(オーソン・ウェルズの『フォルスタッフ』)
『アマンテス / 愛人』(1991)監督ビセンテ・アランダ
主演者ビクトリア・アブリル、ホルヘ・サンス、マリベル・ベルドゥ。ゴヤ賞1992の作品賞・監督賞受賞作品。ベルリン映画祭でビクトリア・アブリルが主演女優賞を受賞、アランダの名を国際的に高めた作品。 *監督と本作についての記事は、コチラ⇒2015年6月6日

(ビクトリア・アブリルとホルヘ・サンス、映画から)
◎ビスナガ・プラタ‘シウダ・デル・パライソ’(女優フリエタ・セラノ)
エミリオ・グティエレス・カバ(映画と舞台俳優)
1942年バジャドリード生れ、パスクアル・アルバの曾孫、イレーネ・アルバの孫、エミリオ・グティエレスとイレーネ・カバ・アルバの息子、レオカディア・アルバの甥の息子・・・と延々と続く有名なシネアスト一家。子役時代を含めると長い芸歴です。カルロス・サウラがエリアス・ケレヘタとタッグを組み、ベルリン映画祭1966銀熊監督賞を受賞した『狩り』(1965)に出演、4人の兎狩り仲間の一番若い青年役だった。アレックス・デ・ラ・イグレシアのブラック・コメディ『13みんなのしあわせ』(La Comunidad)と2002年のミゲル・アルバラデホの“El cielo abierto”でゴヤ賞助演男優賞を連続受賞、マラガ映画祭1998にも同監督の“La primera noche de mi vida”で最優秀男優賞を受賞している。

最近のコメント